シーケンサ米内
そしてシェオゴラス城の戦いから8日後。
魔王ルシファードと対面した俺は早々に広間に集まっていた魔族たちに囲まれている中で、ルシファードに対して土下座をして謝罪をしていた。
ルシファードは俺を責める権利がありながら、擁護をしてくれている。
ベルゼビュートを始めとする一部の魔族たちも、ルシファードの意見に同意しているようである。
だが、この広間に集った多くの魔族から、俺は責められる視線を感じていた。
魔神の加護を受けて送り込まれた存在。彼らの崇める神、魔神クテルピウスの使徒であるとルシファードが言っているとはいえ、それを本当の意味で知っているのはルシファードとベルゼビュートのみである。
光聖を破ったとはいえ、その戦いの場面を実際に見たものはいない。
あの戦いで俺が考案した逆転の秘策、各個撃破の戦術も、発案者が俺であることを知っているのはルシファードとベルゼビュートのみである。
それに、魔神の送り込んだ異世界人ということは、彼らにとっての仇である光聖を始めとする女神の召喚した異世界人と同じ存在ということである。
魔王と三元帥筆頭がどれだけ信頼を寄せ、感謝をしていたとしても、これまでの俺が知らない戦いで命を落としていった者たちと関係の深い魔族から見れば、俺は突然彼らの崇める神の加護を受けて出てきた敵の同郷の異世界人だ。信用などされるはずもなく、むしろ戦争により積み重なった憎悪を向けられる対象となっていた。
特に俺が召喚された前日の戦いで戦死した元三元帥次席の魔族、アポロアの配下だった魔族からの恨みは大きく、先日にはグラヴノトプスという魔族が俺に対して襲いかかってきたほどである。
その後、魔族の国の国民感情を敗戦続きからの逆転勝利で活気づけるために、ベルゼビュートが俺を魔神が遣わした使徒、そしてシェオゴラス城の戦いの英雄として喧伝するための式典が開かれることが決定したのだが、その際にもルシファードに知られることはなかったが、影でグラヴノトプスら複数の魔族に襲われた。
ベルゼビュートからどうして彼らが戦後に俺に襲いかかってきたのかを聞いていた俺は、グラヴノトプスの突き出した剣をわざと受け、大騒ぎになった。
ベルゼビュートに頼んでその襲撃の件についても不問に付してもらっており、グラヴノトプスはお咎めなしとなっている。
さらなる襲撃を許し恨みを増長させることになりかねないからと、ベルゼビュートはあまり納得できなかったようだが、この手の反感を引き受ける対象がいなければやがて恨みはルシファードやベルゼビュートに向くようになり、ただでさえ弱っている魔族の国に内乱を招くことになる。
不満のはけ口が必要であったし、俺もルシファードの負傷に関しては罰を受ける必要があるだけのことをやらかしてしまっている。
ベルゼビュートを説き伏せ、グラヴノトプスの襲撃についてはルシファードの耳に入れることもなく事件そのものを握りつぶすこととなった。
もともと俺は他人より怪我の治りが早い。
それがこの世界に来た影響からか、より顕著なものとなっており、グラヴノトプスにつけられた怪我もわずか数分で消えてしまった。
超人的な身体能力といい、外見ばかり異形の魔族に比べれば自分たちの方がよほど化け物に見えるだろうなと感じていた。
「多くの魔族が集う間で人間の姿を晒すことがあれば、魔族の中から私闘を禁止しているこの場で恨みを抑えられずに襲撃するものがいるかもしれません。
そうなればルシファードにも襲撃の件が知られることになり、使徒殿を慕うルシファードは厳罰を下すことになるでしょう。
使徒殿の素顔を知る者はほとんどいないので、ひとまず彼らには使徒殿が魔族であると知らせておくので、顔を隠して出席してください」
ベルゼビュートにそう言われ、王との対面の舞台でありながら、俺は全身を漆黒の甲冑に包んでいる。
素顔を隠すそれも悪い印象を与える要因の1つとなっている。
俺を既に2度襲撃してきたグラヴノトプスも全身甲冑姿でいるが、彼女にはアポロアの配下として、そしてシェオゴラス城で奮戦した活躍と実績からくる信頼がある。
一方の俺は現状その信頼を得るためのものが何も無い。
向けられる視線が一層冷たいのは、当然である。
「使徒殿、貴殿は我ら魔族の神である魔神クテルピウス様の加護を授けられた。そのようなお方が、易々と頭を下げては–––––––」
「その使徒の身でありながら、与えられた役目もこなせず、王の身を危険にさらした。受けるべき咎こそあれど、讃えられる資格はこの身にはありません」
再三、頭を上げるよう言い続けるルシファードだが、この謝罪を受け入れ罰を下してもらえなければ歪曲した反感が増幅されることにもなる。
俺自身のケジメとしての都合も含まれているが、「恨んでいない、許す」と言われてノコノコと頭を上げることはできない。
先ほどから平行線のやりとりがルシファードと俺の間で続けられている。
それに見かねたのか、ここでルシファードの後ろに立っていたベルゼビュートが助け舟を出してくれた。
「王よ、命があるとはいえ使徒殿の策によりその身が危険にさらされたのは明白です。使徒殿の召喚があと1日早ければ、アポロア殿が討たれることもなかったでしょう。この戦いにおける被害の責任、使徒殿にはその罰を受けて然るべきかと」
事情を理解してくれているベルゼビュートは、さすが政治屋としての一面も持っているだけあり、見方によっては国の恩人とも言える相手に対して全ての責任をなすりつけるとも取れる発言をした。
それは俺にとって望むべきことであり、人材が不足して国の再建も急がなければならない中で残っている者に責任を負わせるわけにもいかないこの国においては最も有効な手段である。
だが、予想通りルシファードは猛反対した。
「いったい何を思ってそのようなことを言うのだ、ベルゼビュート。魔神クテルピウス様の使徒たる御方に罰を下せなどと………申し開きによっては、我が同志といえどただでは済まさんぞ」
それは決して怒鳴りつけるような言い方ではなかった。
だが、広間の温度を一気に下げるほどの怒りと威圧にみちた、魔王に相応しい声だった。
いくら怪我が治りきっていないとはいえ、魔王たるルシファードの怒りが満たされ、広間の中に緊張が走る。
直接その怒気を向けられたわけでも無いのに顔を青くする者が多く見られる中、その怒りを正面から向けられた当人であるベルゼビュートは、いたって冷静に答えた。
「お言葉ですが王よ。これまでの戦い、女神の召喚した異世界の勇者たちによって多くの同胞の命が失われました。その者たちの血を顧みず、今更になって出てきた我らが神の使徒を名乗る者………私は–––––––」
「控えよ、ベルゼビュート!!」
ベルゼビュートの言葉を遮り、ルシファードの怒号が轟いた。
それは激情。感情が爆発し、抑えきれない怒りがあらわになっている。
あまりのルシファードの怒りに、魔族達はたじろいでいる。
その中で、ルシファードは言い放った。
「ベルゼビュート、貴様は魔神クテルピウス様が我らのために送られた使徒殿を疑うとほざくつもりか? それとも、我らが神の真意を疑うつもりか? かの神が司る混沌とは、すなわち我らの進化を促す試練だ。我らのために国造りの聖剣の勇者に挑みこれを退けて見せた使徒殿に科があるなどとぬかすのであれば、そもそも女神の召喚した十数人の異世界人ごときに国が滅びる寸前まで追い詰められ、使徒殿に頼ることとなった我らの不甲斐なさこそ責められるべき罪であろうが! 2度と使徒殿に罰を下すなどという妄言をほざくな」
「出過ぎたことを申しました。王よ、申し訳ありませぬ」
ベルゼビュートが引き下がる。
ルシファードがここまで怒ることも、ベルゼビュートがここまでルシファードの怒りを煽り立てることも、そこまでとは思っていなかった俺は途中から一触即発の空気を感じいつのまにか顔を上げて推移を見守っていた。
だが、ベルゼビュートがルシファードに頭を下げてから一度だけ目線をこちらに送ったことで、ふと周囲の反応を見る。
ルシファードの見せた激情に気圧されていた魔族たちは、俺が頭を上げたことなど気にする余裕もなく、自分にこの怒りが向けられた場合を想像しているのか震え上がっているのが見える。
もはや、俺に対する怒りや恨みの視線は消えており、ただただ自分たちの王に向けられる椅子の視線だけが場を支配していた。
あれだけルシファードが俺を重んじていること、そして激怒している姿を見せつければ、体制の保持も俺への逆恨みも静まるだろう。
「…………………」
それをわかっていて、ベルゼビュートはルシファードを激怒させたらしい。
強い上に頭も切れる。
あまりにもうまく誰にもお咎めなしで場を収めてしまった手腕に、相応の罰を受ける覚悟も意思もあったとに空振りとなった俺は、脱帽するしかなかった。
なんでもござれなチート魔族、それがベルゼビュートさんです




