シーラカンス大西
今更ながら、今後の旅の重要な相方となるグラヴノトプスとのシェオゴラス城におけるやりとりをすっ飛ばすという愚行を反省し、詳細を記した物語を書いております。
最初はいがみ合っているというのは、ある種ヒロインの王道のパターンと言えるものではないでしょうか?
2人の魔族と別れた俺は、シェオゴラス城の塔の上に向かい、眼下に広がるフラウロス山脈を眺めた。
シェオゴラス城の戦いから5日。
魔族軍の最高幹部である三元帥の席は、ベルゼビュート以外の2つが空席となっており、さらには魔王ルシファードも負傷している。
シェオゴラス城の戦いでは魔族軍が人間軍に対して占領地の放棄を選択させるほどの大きな損害を与えることができたが、それまでの戦いで魔族側も勇者たちの活躍により大きな被害を受けてきていた。
ベルゼビュートが監視してくれているらしく、そのことを周知しているおかげで今のところ直接的な襲撃の類はない。
しかし、光聖たちが作り上げてきた戦況によって魔族側に多くの死者が出たことも事実であり、その責任の所在を問う声が多いらしい。
魔神クテルピウスの使徒を偽り王をたぶらかしたという主張と、魔神クテルピウスの使徒の身でありながら魔族の窮地を見捨て勝ち戦になるまで傍観していた存在であるという主張をする魔族が、自ずと双方ともにこの被害の責任、魔王の負傷と勝ち戦とはいえ魔族の受けた多大な損害はすべて俺の所為だと言っているという。
言いがかりかもしれないが、責任の所在を問うべきであるという声が大半を占めるほどに、魔族の受けた被害が大きいという証でもある。
ベルゼビュートの話では、特に元三元帥次席であり俺が召喚される前日に戦死したアポロアという魔族の配下が、直前に戦死したアポロアを助けられなかった上に勇者を1人も討ちとることができなかった俺に対する激しい憎悪を抱いているとのことだった。
そのアポロア配下の中心の魔族だった元副将であるゴエティアに占領地奪還並びに国境防衛の任務を命令したのも、俺をゴエティアたちが襲うのを防止するためでもあった。
あと1日召喚が早ければ、アポロアは死なずに済んだ。
勇者と魔神クテルピウスの使徒は同じ異世界から召喚された同郷のもの同士であり、裏でこいつらはつながっている。俺が繋がっているから、勇者たちはシェオゴラス城に待ち構えていた使徒を相手に撤収した。そして使徒はそれを見逃した。全ては魔王ルシファードを城の外に出し、ベルゼビュートら強力な将たちを離して倒すための策略だった、と。
アポロア配下の魔族たちはそのような解釈をしているらしい。
召喚に関してはアポロアが助からない日に俺をこの異世界に下ろしたクテルピウスを恨むのが筋だろうが、魔神クテルピウスは魔族の崇める混沌を司るこの世界の神である。
宗教観については詳しくないが、彼らにしてみれば崇める神を恨むことはできないのだろう。
そうなれば行き場のない怒りの矛先が俺に向かうのは、たとえ筋違いであっても仕方のないことなのだろう。
ルシファードやベルゼビュートらと言葉を交わして、彼らが外見以外人間とほとんど大差ない知性と理性、そして同義と感情を持っていることがわかった。
上には敬意をもって接し、下には責任をもって接する。
同族と異種族という壁はあるが、魔族は仲間を見捨てることなく、時に穏やかな姿を、時に勇敢な姿を見せる。
アポロアという魔族は、配下の窮地を己の命を使って救った。
その配下たちは失った上官を心の底から尊敬しており、その死に報いようとシェオゴラス城の戦いで奮戦し、疲れた体に鞭を打って占領地の奪還も行った。
仲間を思い、国を思い、部下を思う。
その本質は人となんら変わりのない、異形であっても決して悪なるものではなかった。
だから、尊敬する上司を失った者は、その怒りの矛先を向ける相手が必要だった。
人間でも、己の崇める神の使徒でも。
不敬でも、八つ当たりでも、恨むことをしなければ悲しみに暮れて立ち止まってしまうだろうから。
「…………………」
大切なものを守るために戦っていた。
山脈の奥に匿う民衆を守るために戦っていた。
光聖たちに問いたい。
………いや、天野 光聖は殺すので問答の価値はない。天野 光聖以外の勇者たちに聞きたい。
お前たちは一体、なんのために戦うのか、と。
魔族も時には人間の領土を侵略することもあるだろう。
だが、それは人間も同じである。だから両者ともに守るために奮起して戦い、傷つき、恨みを抱き、追い返すだけでは飽き足らなくなり、侵略をする。
答えは「人間たちを守るため」だろう。
だが、恨みつらみが大きくなりすぎている両種族でも、相手を殲滅する以外でもう片方の種族を守り切る方法がないのだろうか。
恨みは大きい。それは片方の種族が絶滅することになっても、歴史の中に刻まれて決して忘れられない記録となる。
相手を絶えさせれば、確かにその種族から攻撃されることはなくなる。死体は腐ること以外に何もできないのだから。
………だが、無辜の民の明日を守るためなら、相手側の罪もないものたちまで根絶やしにしていいというつもりなのだろうか。
これが、お前の目指し続けている正義の答えとでも言うつもりなのだろうか。
「………正義は、暴力じゃない。そういったのは、もともとお前じゃなかったのか?」
常に自分の中で本当の正義というものを探し続けている幼馴染のことを考える。
姿が違うからといって、相手の全てを否定することは独裁だ。そんな独善的な正義が、お前のたどりついた正解なのか。
「もし、それが答えなら………」
彼らが異形だから、人間を襲うからと、背景や本質を無視して魔族を滅ぼそうというならば、俺は全力でそれを止めるだけだ。
ルシファードは責める権利を行使せず、己の命の危険も容認し、俺を許してくれた。
これは、正義を説くお前のためじゃない。俺自身が受けた恩を返すために、魔族を俺の意思で今度こそ守り通す。
その身に復讐を目指すものたちの刃が突き立ち命を失うことになる前に、必ず元の世界に返して見せる。
そして向こうの世界でもその身の安全が脅かされないように、ここで独裁者の正義を掲げるあの火種は必ず消す。
魔族を守り、勇者たちを元の世界に戻し、天野 光聖を殺し、この戦いの拡大を防ぐ。
クテルピウスの要請だけではない。俺自身の意思の元、この世界における目標を見出した。
塔を後にする。
フラウロス山脈には雲が降りており、外の景色はほとんど見えなかった。
塔から降りた先の廊下で、1人の魔族をすれ違った。
シェオゴラス城の戦いで奮戦したアポロアの副将だったもう1人の魔族である。
あの戦いにて勇者と激突し、鎧が大きく損傷しながらも、ルシファードの元に軍勢を率いて駆けつけたと聞く。
そのおかげで右翼の戦況は建て直され、あの勝利を導いた。間違えなく第1功の手柄を立てた将である。
名はグラヴノトプス。
普段は甲冑姿のために分かりにくいが、極めて人間に近い容姿をしている鬼の魔族だという話をベルゼビュートに聞いている。
前回見かけた際には修繕された本来の甲冑姿だったが、今は何故か魔族の一般の衛兵が着用している動きやすさを重視した鎧というよりも防刃材質の服を着ていた。
彼女の素顔は、魔族に聞いた武勇伝とはかけ離れた可憐なものだ。ルシファードと並ぶと絵になるだろう。
しかし、勇者の1人で毒の属性魔法を操る異世界人との戦闘でその毒を受けていたこともあり、シェオゴラス城の戦いの後に見かけた時はかなり顔色が悪かった。
今はもう、毒の残っている様子は見られない。
ただし、彼女もまたアポロアの部下であり、ルシファードが危険にさらされていたところに立ち会った魔族である。
俺に対する恨みは相当なものらしく、今も隠しきれない殺気を眼光に宿してこちらを睨みつけていた。
「…………………」
声をかけるべきかどうか、一瞬悩む。
しかし、余計な諍いを起こしてベルゼビュートに迷惑をかけるわけにもいかないので、ここは無言の一礼だけで済ませ、横を通り過ぎようとした。
その瞬間、グラヴノトプスが腰に下げてあった剣を抜き、俺につかみかかってきた。
「アポロア様の仇–––––––!」
俺は、その攻撃を一切躱さず、無抵抗で壁に叩きつけられ、わざと剣の刃が振り下ろされた先である胴体部の鎧を解除した。
鎧の下には、インナーが1枚だけ。そんなもので刃を防ぐことなどできず、剣が身体に突き刺さる。
「………ッ」
苦痛に抵抗せず悲鳴をあげるようなことがあれば、誰かに気づかれる。
歯を食いしばって痛みに耐えながら、グラヴノトプスの口を塞ぎ、もう片方の手で肩を掴んで通路の隅に押し込む。
「………!!」
もがくグラヴノトプスの抵抗を押さえ込みながら、鎧を再度展開する。
剣は鎧によって折れたが、刃は俺自身の体に突き刺さったままだ。
そして魔神の宝物の中から、周囲に溶け込みつ包み込んだ者を隠すマントを用いて、俺とグラヴノトプスの姿を隠した。
直後に、先ほどのグラヴノトプスの上げた声を聞きつけたらしき魔族の兵士たちが駆けつける。
「………む」
その衛兵たちの最後に来たのは、ベルゼビュートだった。
「………!」
ベルゼビュートの姿を見た瞬間、それまで俺を射殺さんばかりの視線でにらみあげながら抵抗していたグラヴノトプスが、途端に大人しくなった。
そこに来て、ようやく自分のしでかしたことの重大さに気づいたのだろう。
グラヴノトプスの肩を抑えている方の手をそっと離し、人差し指を立てて自身の口元に持って行き、グラヴノトプスに黙っているよう仕草で伝える。
「何もありませんね」
「確かに何者かの声が聞こえたのですが………」
「ふむ………」
ベルゼビュートが衛兵たちの話を聞いている。
その間、マントの中に隠れてながら息を潜めている俺には、隠すためとはいえ密着してしまっているグラヴノトプスの激しい鼓動が鎧越しに伝わってきていた。
「………後ほど詳しく調査しましょう。警備に戻ってください」
結局何も見つけられなかったベルゼビュートは、衛兵たちにそう伝えて解散させる。
そして最後に立ち去ろうとしたのだが、衛兵たちが行くのを見届けるとこちらを振り向いた。
「アカギ殿、人払いは済ませました。姿を見せてはくれませんか?」
「………!」
このマントは他者に認識できるものではない。
ハッタリかと、様子を伺うことにする。
ベルゼビュートはこちらを見たまま、一歩も動く気配がない。
明らかに、俺の所在がわかっていた。
「アカギ殿。貴方ほどの方では、突然姿を消されるようなことがあれば、それは逆に隠れていると周囲に喧伝するに等しい行いです。姿を見せてはいただけないでしょうか?」
「…………………」
完敗だった。
あの魔族の前では、魔神クテルピウスの授けたマントもむしろ完璧すぎる隠し方ゆえに割れてしまうようである。
観念して、俺はマントから出てくることにした。
「………おや、これはこれは」
ベルゼビュートの顔は人間からかけ離れているものであり、その表情は読み取れないが、口調からどんな感情を抱いているかを推測することは可能である。
俺だけでなくグラヴノトプスの姿もあったことが、驚きだったらしい。
驚いたということ以外に、何か含みのあるような声で聞こえた気がしたが、鎧の下の傷がかなり深いものを負ってしまっているので細かいところに意識を回している余裕がない。
なんとか言い訳をして、早くその場を逃れようとする。
「隠れたことは謝罪する。つい、若気の至りというやつだ」
グラヴノトプスは魔族といえどその容姿は十分魅力的なものだと思うので、今回は彼女を口説こうとしていたところで突然のことに拒絶され、その声を聞いた衛兵の足音が近づいてきたのでとっさに隠れたという、普段の俺ならば無縁の事態をでっち上げることにする。
グラヴノトプスはおとなしく俺の後ろに隠れており、口を挟む気配はない。
一方、俺の苦しい言い訳を聞いたベルゼビュートは、顎に手を当ててうんうんと頷いている。
「ふむふむ。なるほど、若気の至りですか。いえ、非難するつもりはありません。英雄というものの周囲にはそういう話が多いですので」
「確かに、よく聞く………。すまなかったとは思っている」
ベルゼビュートは俺の嘘を信じ込んでくれたのか、話に乗ってきた。
しかし、視界がおぼつかない。この世界で得られる超人的な身体能力に加え、元から人より怪我の治りが早いのですぐに痛みも引くと思っていたが、出血すらも止まらない。
それでも強く意識を保ち、なんとか無難なやりとりで切り抜けようとする。
「今後は、気をつけよう。まだ手は出して、いない。彼女にも、拒絶された………」
「そして、胸を刺されたと?」
「なっ………!」
だが、次のベルゼビュートの言葉に、思わず驚いてしまった。




