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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第二幕 邪神族
19/68

シンドバット南雲

 –––––––シェオゴラス城の戦いは、魔族軍の大勝利で幕を下ろした。


 この戦いで受けた被害は両軍ともに大きく、それ以上の継戦が困難となったことで、人間軍は占領地を放棄し魔族領より完全に撤退。

 魔族軍も深追いすることができる戦力はなく、両国はこれまでの戦いで受けた傷を回復し次の戦に備える休戦機へと入ることになった。




 戦争初期、当初は連携など知らずに個々で戦っていた魔族は、属性魔法に対する耐性を持つ肉体に加えて能力的に人間を上回る種族だったが、それぞれの種族が崇める二柱の神の代理戦争と呼べる戦いの前期において連携を重視する人間軍に苦戦を強いられてきていた。


 魔族の統括者である魔王、魔族においては魔神の預言者(魔神クテルピウスの言葉を魔族に伝える使者)とも呼ばれるルシファード。

 それまで仲間意識が少なく連携を無視して戦っていた魔族たちをまとめ上げたこの魔族の出現により、この戦いに波紋を生み出す一石が投じられた。


 ルシファードとその右腕であるベルゼビュートの元に1つとなった魔族は、それまで魔族の側が団結をしてこなかったからこそ、力において上回る魔族を相手に優勢に戦ってきていた人間軍に対して反撃を開始した。

 戦線を押し戻し、逆に人間側の領域に攻め込むようになる。


 この事態に、人間たちの崇める秩序の神である女神アンドロメダは、自らが用いることのできる異なる世界よりの召喚魔法を用いて、高位の世界より女神の加護を与えた異世界人、勇者たちを召喚した。


 高位の世界の住人である勇者たちは、子供と言っても差し支えのない若者ばかりであったが、この世界においては超人的な強さを誇る存在だった。

 人間の領域に攻め込んでいた魔族軍を瞬く間に蹴散らし、当時の魔族軍三元帥の1人であったスヴェルを討ち取り、わずか10日で奪われていた人間の領土をすべて奪還して見せた。


 そこから勇者を先頭にした人間軍の逆襲が起こる。

 魔族の領域に侵攻し、連戦連勝を重ね、ついに魔王ルシファードの本拠地シェオゴラス城の聳える地、フラウロス山脈にまで前線を進めた。


 魔族もなんども反撃を試みたが、勇者たちの力はあまりにも強大であり、特に女神から最強の属性魔法である蒼炎魔法と国造りの聖剣アルフレードを授けられた勇者たちのリーダーである天野 光聖の力は群を抜いていた。


 魔族の最期を悟ったルシファードは、フラウロス山脈の後方の最後の領土に魔族の民たちを下がらせて、この戦いには中立の姿勢を取っていた亜人たちの国に逃がすことにした。

 それは、魔王が魔族の国の滅びを覚悟したことを表していた。


 民の逃げる時間を稼ぐために、ルシファードはシェオゴラス城を舞台に最後の戦いを挑む覚悟を決める。

 三元帥次席であったアポロアも光聖によって討ち取られ、魔族軍の実に3倍の兵力を集結させた人間軍がフラウロス山脈に迫る。


 最期の時を覚悟したルシファードだったが、そこに彼ら魔族の崇める神から救いの手が差し伸べられた。


 魔神クテルピウスは魔王を失った魔族たちが滅ぼされるのを良しとはせず、女神の召喚魔法に介入して、勇者と同じ異世界人に魔神の加護を与え召喚したのである。


 その異世界人の名は、赤城 拓篤。


 魔神の使徒としてシェオゴラス城に降りたのは、魔神が貸し与えた宝物の1つである漆黒の甲冑に全身を包む1人の男だった。

 光聖たちと同じ年齢、同じ国出身だったが、赤城は魔神との契約に基づき女神の召喚した彼にとっての同胞であり同郷の者たちと戦うことを受け入れた。


 そして赤城が考案した戦術と彼の活躍により、魔族軍はシェオゴラス城の決戦においてかつてない大勝利を得ることができた。


 人間軍はこの戦いで光聖をはじめとする3人の勇者が倒され、動員した兵力の実に8割以上が戦場の骸として果てることとなったのである。

 勇者に死者は出なかったが、特に赤城との戦いで重傷を負った光聖の意識は三日間も戻ることがなく、その後も意識は回復したもののまともに起き上がることもできない日々が続いているという。


 魔族軍もこれまで受けた被害がありすぐに領土の奪還を目指すというわけにはいかなかったものの、それ以上に人間軍は大きな被害をこの一戦で受けることになり、再建のために前線を元の人間国の領土まで下げることとなっている。


 これにより魔族は失っていた領土の奪還に成功したという。


 最前線では、右翼の戦場で活躍を見せたゴエティアという将が率いる魔族軍が人間軍と国境にて砦を築きにらみ合いとなっているが、両軍共再建に時間がかかるため、しばらくの間は本格的な激闘はない休戦の時期が続くことになるだろう。

 ルシファードとベルゼビュートはそう見ているとのことだった。




 –––––––––その話を、俺はシェオゴラス城の玉座のある最初に2人の魔族と出会った広間にて、2人の魔族に向けて土下座をしながら聞き終えた。


 玉座に座るルシファードは、全身に包帯を巻かれており、見るからに痛々しい姿となっている。

 それは前回のシェオゴラス城の戦いで対峙した勇者との戦いで受けた傷であり、当初は生死の境をさまようほどの重傷だったという。


 ルシファードもまた、この負傷によりしばらくの間謁見することが叶わず、ようやくこの日この広間に戻ってくることができた。


 俺が魔神クテルピウスから頼まれた項目である魔王の命を守ること。

 シェオゴラス城の戦いにおいて、俺は護衛対象であるルシファードを危険な最前線に立たせた上に、自身は遠く離れたシェオゴラス城にて私情による暴走で勇者と戦っていた。


 その結果、その身の安全を最優先にしなければならなかったルシファードを危険にさらし、一歩間違えれば死んでいたかもしれない目に遭わせていたのである。


 謁見が叶ったこの日、俺はまずルシファードに対して床に額を当てるほどに深く土下座をして謝罪をした。



「アカギ殿、頭を上げて下され。貴殿がいなければ、私は確実に聖剣の勇者コウセイによって討たれていたはずです。貴殿は本来負けるはずだった戦いを覆し、あの女神の使徒であるコウセイに重傷を負わせ撃退し、この国を守って下さったのです! この身も生き永らえた。感謝こそすれど、責める道理など我らにはありません!」



 ルシファードは俺を責める権利がありながら、擁護をしてくれた。

 ベルゼビュートも同意している。


 だが、俺がルシファードを危険にさらしたことに変わりはない。



「俺は魔神クテルピウスより、貴方の身を守るよう、魔族を守ることを条件とする契約を結んだ。だが、勇者との私闘に走り、貴方がた2人の身を危険にさらした上、勇者の1人さえ討ち取ることもできずに、さらには苦戦していた2人の救援にも駆けつけなかった」



「アカギ殿………」



「………貴方がたの信仰する神から加護を受けた身でありながら、あなたがたを満足に守ることもできなかった。本来ならば、許されるべきではない」



 頑なに頭を上げようとせず、謝罪を繰り返す俺に、ルシファードが立ち上がって近づく。



「くっ………」



「ルシファード、無茶はしないで下さい」



「大丈夫だ………!」



 歩くだけでも顔をしかめるので、かなり辛いのだろう。

 さすがにいつまでもひれ伏しているわけにもいかず、無茶をしているルシファードに駆け寄る。



「ルシファード、無理をしないでほしい。傷が開く」



 ベルゼビュートに支えられながら歩いてきたルシファードに近づき、ベルゼビュートが支えている方とは逆のもう片方の肩を支える。

 すぐ近くまで来た俺に、ルシファードは痛みに堪えている顔に笑みを浮かべた。



「アカギ殿………良いのです。私はこうして生きている。たとえ結果論でしかなく、アカギ殿がご自身を責めることがあっても、私はこうして生きながらえていられることを貴殿のおかげであると、感謝しています。貴方は我々の国を救ってくれた、まさに救国の英雄なのですから」



「…………………」



「貴方はもう少し、ご自身がどれだけのことを成し遂げたのかを自覚してもいいと思うのです。貴方がいなければ、私は国を、民を失っていた」



 俺は、賞賛されるような男ではない。

 国を救ったのは、ここまで戦ってきた彼ら自身であり、魔神クテルピウスがこの機会を与えたからこそ救うことができた。



「俺は、魔神に加護を与えられなければ、無力な存在だった」



「ですが、貴方は我らの国のために、借り物の力であってもその身命をかけて戦ってくださいました」



「………違う。それは、違う」



 ルシファードの言葉を否定する。

 俺が戦場に立つことを選んだのは、扇動する勇者を、天野 光聖を殺すためだった。

 奴を殺し、異世界人の説得、場合によっては拘束などして無力化し、魔神クテルピウスとの契約を遂行する。

 その後は、魔族と人間の争いなどよその世界の出来事であり、関わるつもりはなかった。


 俺が戦場に立ったのは、俺自身の目的を遂行するためだった。魔族のために戦ったとしても、それは俺の意思ではなく遂行した結果そうなっただけだ。


 魔神クテルピウスの契約は、魔王を守ること。他の魔族を守るつもりはなかった。

 本当に魔族を俺がこの手で守り抜くと思っていたのであれば、フラウロス山脈の前にでも立って俺が人間軍全てを単騎で迎え撃つべきだった。


 その提案をしていた場合は魔族に信用されない可能性が高かっただろうが。


 どちらにせよ、俺は決して賞賛されるようなことはしていない。

 日向の安全を確保するという目的のために、この状況を利用しようとしただけである。


 その結果、ルシファードは負傷した。

 天野 光聖が重傷を負ったことで人間軍の統制が崩れたという話は魔族軍内にも広がっているが、俺以外の誰かが実際に深手を負った光聖の姿を見たわけではない。

 ルシファードは俺の功績として周知させようとしたが、命懸けで最前線で戦っていた魔族たちがそれを信用するはずもない。


 逆に、この作戦を立てた、つまりルシファードにこのけがを負わせる原因を作った存在として恨みを買っている。

 ルシファードの手前、表立って難癖をつけられたりすることは今のところなかったが、明らかに大半の魔族が自分達の信仰する神の加護を授かったと偽る使徒紛い、ルシファードの身を危険にさらした元凶として見られていた。


 だが、それは当然の反応である。

 ルシファードの負傷は実際にあった。

 そして、俺が光聖と戦っている姿を見たものはいない。

 魔族も人と同じ、自分が見たものしか信用しない。


 この戦いで仲間や上司を失った者たちは、八つ当たりでもいいから誰かを恨まずにはいられなかったのだろう。

 その標的に俺が当たるのは道理である。………俺がルシファードの身を前線に立たせて危険にさらし、負傷させてしまった事実は変わらないのだから。



「俺は俺自身の目的のために戦った。そして、その結果として貴方が死にかけた」



「アカギ殿、それは–––––––」



「生き残れたというのは、結果論に過ぎない。………籠城すれば無傷で済んだかもしれない。その可能性がある以上、俺が貴方を危険にさらした事実は変わらない」



 ルシファードをベルゼビュートとともに再び玉座に座らせてから、俺は再度ルシファードに向けて深く頭をさげる。



「………申し訳なかった」



 そして、まだ何か言いたげであったが言葉に詰まっていた2人の魔族を残し、広間を後にする。


 ………結局、俺が成し遂げたことはなんだったのか。

 天野 光聖を仕留められず、ルシファードの命を危険にさらし、日向の保護も果たせずベルゼビュートも危険にさらしていた。

 何1つ、成し遂げられていない。

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