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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第一幕 初戦
14/68

趨勢覆す事叶わず

ヒロイン視点です。

 ルシファードの影から飛び出した刀剣の刃を、ルシファードは杖で防ぐ。

 その影の中から刀剣に続いて夜刀が飛び出し、刀の柄を握る方とは逆の手に生み出した暗黒の球体、というよりも孔と呼ぶのがふさわしいその闇の塊をルシファードにぶつけてくる。



「くっ–––––––!」



 それをルシファードは大きく飛びのいて躱す。

 だが、闇は孔の形から伸びる影に形を変え、ルシファードを追撃してくる。



「なめるな!」



 ルシファードが地面に手をつき、錬金魔法を用いて影よりも大きな鉄の盾を作る。

 だが影は何の障害もなかったように鉄塊の触れた部分飲み込んで貫く。


 しかし、その時にはルシファードはさらに遠くに退避しており、残った鉄塊の形を無数の銀色の釘に変えて影を操る夜刀を狙って打ち出した。


 それを夜刀は口元に笑みを浮かべながら影を戻し、闇の壁で自身を囲む。

 夜刀の体に突き刺さるはずだった無数の釘は夜刀を守る闇の壁に全て飲み込まれた。


 その後、闇の壁は地面に落ち、その場に影のように広がってから再び盛り上がる。

 それが人の形を地面と地面の上にそれぞれ集まると、それは色を変えて刀剣を手にした夜刀に戻った。

 そして、その顔には心の底から死闘を好む者の笑みが浮かんでいた。



「安心しなよ。魔王なら舐めたりしないから」



「…………………」



 笑みを浮かべる夜刀に対して、ルシファードの表情はかなり厳しい。

 彼らが来るまでは魔族軍が優勢であったのに、その戦局を容易に覆して見せた存在。

 自身がその力を信頼して託した地位、三元帥のうち2人が討ち取られてきた。


 ルシファードはこの日初めて異世界人と対峙したが、ベルゼビュートほどではないものの魔族の中において最高レベルの属性魔法に対する耐性を持っており、女神の加護による属性魔法を戦闘の主軸にしている異世界人たちとは相性の面において優れているという自負があった。


 異世界人たちは高位世界の住人であるため、この世界では超人的な身体能力を持つ。

 それでも純粋なパワーならばルシファードは超人である異世界人をも凌ぐ怪力を持っている。


 しかし、闇属性の魔法とカタナという特異な武器による剣術を組み合わせて戦う夜刀の攻撃に押されていた。



「ぐっ………!」



 錬金魔法を行使したルシファードだが、地についた手をあげることはできず、杖で体を支えて膝をついた。


 すでにこれまでの攻防により、ルシファードの体にはどれも大きくはないが多数の傷ができており、それが体力を徐々に削ってきていた。

 その出血は魔族ですら意識を保つことも困難なはずのものとなっている。


 魔王であるルシファードだからこそその傷にも耐え抜きここまで戦ってこられたのだが、とうとう限界が来ていた。


 この作戦を立てた際、どうしても右翼と左翼で勇者を引きつける囮の魔族が必要だった。

 勇者と戦えるのは魔王か三元帥くらいしかいない。先日の戦いでアポロアを失っていた魔族軍は、この役目をルシファードが担う必要があった。

 国造りの聖剣アルフレードを託された勇者でなければ、時間を稼ぐ戦いであれば十分に渡り合える。


 赤城にとってルシファードは守るべき対象ではあるが、勇者の本隊が赤城を上回る速さで到着する場合などを想定すれば護衛の兵力を置けないシェオゴラス城に残るわけにはいかない。


 それにルシファードにも魔王としての誇りがある。これは魔族の人間の争いであり、魔神クテルピウスが加護を与えた使徒とはいえ異世界人ばかりに頼るわけにはいかない。

 だからこそ、魔族軍の兵力が上回る3つの戦場では比較的有利になる、そして指揮官を必要とする右翼の戦場を引き受けた。


 大見得を切ってこの役目を担い、複数いる女神の加護を受けた異世界人の1人と戦った結果は、このザマだった。


 立ち上がれずに膝をついたルシファードの足元に、無数の傷から流れた血が血だまりを作りだす。

 息は上がり、額には汗が浮かび、背中の双翼も力なく垂れ下がっている。

 立ち上がろうとするが、もう力が入らない。


 決して対峙している夜刀も無傷ではない。

 錬金魔法や武器を用いた攻撃ならば傷つけられることは無いが、属性魔法を相殺してしまうルシファード自身の肉体を用いた攻撃は夜刀も闇に変わって躱すことはできない。


 魔王と呼ばれるだけありルシファードの攻撃も夜刀の身体に少なくない傷を作っている。

 爪で、牙で、拳で、杖で、ルシファードの攻撃により夜刀の体にはいたるところにアザや切り傷ができており、顔も殴られたせいで右の頬骨のあたりが青紫色に変色し痣になっていた。


 だが、夜刀の顔には苦痛を耐える苦悶の表情はなく、立ち上がれなくなったルシファードを見下ろしながら笑みを浮かべていた。


 刀剣を手にした夜刀が近づいてくる。

 ルシファードの足元に広がる血だまりを踏むまで近づいてきた夜刀は、彼女の顔を気持ちだけはまだ屈していないと睨み上げるルシファードを見下ろしながら、その手に持つ刀剣を振り上げる。


 それはルシファードがゴエティアを守るために立ちふさがった際に、ゴエティアに止めを刺そうとしてきたときの勝者と敗者の姿の再現のようであった。


 だが、ルシファード自身がわかる。

 ゴエティアの時と違い、ルシファードを助けに来る存在はいない。


 

「………結構、楽しかったよ。さよなら、魔王サマ」



「…………………」



 悔しかった。

 赤城に、彼をルシファードを守るために送った魔神に、そして魔王を失うことで敗北が確実になるだろう同胞たちに、申し訳が立たなかった。


 死を覚悟したルシファード。

 止めの一振りが下される。





「–––––––やらせねえぞ!」



 しかし、その刃がルシファードの身体に届くことはなかった。


 ゴエティアを助けた時と同じ。

 ルシファードの命を奪おうとしていた夜刀の刀剣は、突如として現れた魔族が手に持つ砲筒によって阻まれていた。



「オラァアアア!」



「ッ!」



 力ずくで夜刀の刀剣を弾き飛ばし、その魔族はルシファードを庇うように立った。



「お前は………!」



 左の肩に三角獣の邪神族の頭骨を用いた、彼ら鬼の魔族に伝わる赤黒い甲冑。

 その鎧はすでにボロボロであり、甲冑の下に隠されていたその怪力を宿すには不釣り合いな華奢な身体つきが現れており、兜のない頭には額に伸びる2つのツノと背中に届く鮮やかな赤い長髪が出ている。

 真っ白な素肌が出ている胴にはサラシが巻かれており、そのものの今まで鎧に隠れて知られてこなかった性別を表している胸の膨らみがある。

 普段の粗野な口調に似合わない細い顎と、輪島に受けた毒のせいで若干青白くなっているが、その程度ではいささかも衰えないルシファードに劣らぬ綺麗な顔つき。


 一瞬、あまりのイメージとの差異からルシファードにはその魔族が誰なのかわからなかった。

 だが、この鬼の魔族が振るう特徴的な錬金魔法の産物である砲筒の武器を見たとき、それを振り回す1人の魔族と結びつく。



「グラヴノトプス、なのか………?」



「遅れて申し訳ありません、王」



 右翼の軍勢を率いる鬼の魔族の将、グラヴノトプスが立っていた。




 ルシファードは普段から鎧に身を包んでいるグラヴノトプスの素顔を見たことはない。

 兜の面のために声はくぐもったものだったこともあり、女だとは思わなかった。


 一方でグラヴノトプスにより魔王の討伐を阻止された夜刀は、さすがに今回は苛立ちが隠せなかったのかその表情から笑みが消えている。


 新たな強者が現れたと期待があればまだ楽しめそうだと喜んだのかもしれないが、グラヴノトプスは一度夜刀と刃を交えたことがある。

 そのときはアポロアの襲来により決着がつけられなかったが、グラヴノトプスは夜刀相手に圧倒されていた。


 身体に傷こそないがその甲冑はすでにボロボロであり、疲労困憊なのが目に見えている。

 体調もすぐれないのか顔色もあまり良くはない。

 まだ前回対峙したときの方がまともに戦えそうな状態であり、立ち上がることもままならないルシファードを逃す足止めも満足にこなせないだろう。



「………今更何しに来たの?」



 魔王討伐が成功すれば、帰れる。

 確かに戦場で敵と斬り合うことは楽しいが、元の世界への帰還という目的は忘れていない。

 そんな夜刀にしてみれば、ここで普段の半分も力を発揮できないようなグラヴノトプスが立ちふさがるというのは非常に不愉快なことだった。


 当然だが、将として、そして武人として優れているグラヴノトプスに今の自分が足止めすらできない状態であるのは百も承知である。

 だからこそ、鬼の魔族はその差を埋めるための戦力をかき集めてきていた。



「はっ! お前みたいな化け物相手にするのに、大事な王を守るための戦いに、たった1人で来るわけねえだろが、ボケ!」



 グラヴノトプスがそう言うと、大量の魔族の兵が集まり、魔王を守ろうと夜刀の前に立ちふさがり、周囲を取り囲んだ。

 さらになおも兵力は集まり続けており、その数は膨れ上がる一方である。



「これは………へぇ、そういうことなんだ」



 周辺全てが敵だらけの状況。

 人間軍の姿がなく、戦場の喧騒もいつのまにか遠くに離れていたことに、夜刀はこの戦の趨勢が決してことを感じ取った。


 赤城がシェオゴラス城で光聖を打ち倒した事で、戦の趨勢は決した。


 聖剣アルフレードを振るう勇者は、複数いる異世界人の中でも特別な存在である。

 光聖がおった怪我は命に関わる大きなものだった。

 それを見て慌てたのだろう。人間軍の後方の予備軍の陣地に転移で撤退した玖内たちは、必死で助けを求めるために、人間軍に光聖が倒れたことを広く知らせてしまったのである。

 事態を知った人間側の軍勢は士気がくじけ、かろうじて持ちこたえていた戦線は崩壊した。


 これにより戦況の挽回が困難なものとなり、輪島と時津もグラヴノトプスとの戦いを切り上げ光聖の元に駆け出したことで勇者が不在となり、数で劣っていた右翼の戦線は瓦解した。


 すでにこの戦場には夜刀しか残っておらず、右翼と中央の人間軍は撤退ですらない逃亡による混乱と魔族軍の追撃を受けて壊滅状態となっている。

 この戦況では流石の夜刀でも、もう魔王ルシファードの首を狙うことは困難となっていた。



「………仕方ないね。ここは退かせてもらおうかな」



 そう言い残し、夜刀は影の中に消える。

 その影もまるで幻のように消え、いつのまにか誰もいなくなっていた。


 ルシファードを狙いこの軍勢に立ち向かってきたとしたら、何千の将兵が討ち取られることになったのか。

 あの闇属性の魔法を扱う勇者の強さは底が知れない。

 内心冷や汗をかいていたグラヴノトプスは、虚勢の裏で前回打ちのめされたトラウマにより植えつけられていた恐怖から開放されたことで、気が抜けたのかその場に崩れ落ちた。



「!」



 すかさず受け止めようとしたが立ち上がらなかったルシファードが、錬金魔法により作り上げた支えでその体を地面に落ちる前に受け止める。



「勝った、か………」



 ルシファードもまたその事実を認識し、力が抜けた。

 王のその呟く声は喧騒から離れ静かになりつつあったこの場では兵士の耳にも届いており、異形の魔族の軍勢は王の勝利宣言を受けて天を衝くような勝どきの声を張り上げた。


 右翼の戦場で生まれた魔族軍の勝どきの声は戦場に広がっていく。

 この日、女神により勇者たちが召喚されてから連戦連敗だった魔族軍は、かつてないほどの大戦果となる勝利を収めたのだった。

あと1話あげてから、「第一幕」は終了する予定となっています。

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