三流の元勇者
「こんばんは、勇者文化センター、今週のテレフォンショッピングのお時間です」
執筆作業をしていた古田はなんとなく寂しくなり、テレビを点けた。観るつもりはなかったが、『勇者』ということばに注意を向ける。
甲高い女の声は、どう考えても勇者業に携わっていたひとのものではない。そう見下しながらも、どんな商品が出てくるのか気にせずにはいられなかった。
「今日お届けする商品は、こちらです――。勇者レベル自動リバウンド機材!」
ダサい名前だが、通販というのはいつの世もそういうものだと達観してみせる。執筆はまったく進まなくなり、手だけが仕事の形を守っているだけであった。
「十年前、この国には勇者が志望者を含めたくさんおりました。専門学校やスクールが軒並み生まれ、勇者は国民の憧れだったと言えるでしょう。その飽和期に別の道を選択したあなた」
古田は、ひとに触れられたくないところを、べたべたと触られた気分になる。とても不愉快で、とても生々しい感情が芽生えた。
「レベルを上げるのが面倒くさいとか、ブランクの長さが気がかりだとか、最初は小さかった理由が肥大化していって、諦めてしまってはいませんか」
エモーショナルな気分を抑え、通販の台本だとじぶんに言い聞かせる。
「あなたのなかに、まだくすぶっている熾火があるのなら、その火をもういちど燃やしてみませんか。私たちは、そのお手伝いがしたくて数十億円の技術投資をし、このマシーンを開発いたしました」
販売員の女性は、最初の耳に強く当たるしゃべりかたではなくなり、非常に聞き取りやすく、ついつい聞き入ってしまう語りをしていた。まだ商品の説明さえ見ていない古田は、すでに購入してみようかという気持ちに流れていた。
「こちらの商品ですが……」
販売員の説明は、もうすでに古田の耳には届いていなかった。
古田はまんまと購買意欲を高められていた。
――買うならいまだ、買うならいまだ。
もういちど、勇者としてがんばりたいという正直な気持ちが全面に出ている。
古田は、かつて三流の勇者だった。勇者としての資質は認められていたが、遊びたい気持ちが勝っていた。うぬぼれていたこともあり、先輩からのアドバイスを聞けない状態になったいた。
冷静になったいまでこそ、勇者であることがどれだけ大変なことなのかわかるようになったが、今度はレベル上げが面倒に感じられていた。
勇者協会から見放されるようにして勇者を辞めた古田は、この五年間、勇者に関する情報を幅広く取り扱うライターとして名を広めるようになった。これで生活できるならこれでいい、となかばじぶんの生きかたを正当化しようとしていた、まさにそのときだったと言えるだろう。
「お求めのかたは、こちらのお電話番号まで。数に限りがあるのでイマスグお電話ください」
古田は言われるまでもなくコールした。
オペレーターの質問に答えながら、勇者レベル自動リバウンド機材をひとつ注文した。インターネットですぐに一括入金し、まるまる一週間、初心に戻ってすごした。
ところが商品は古田のもとに届かない。
さすがにしびれを切らし、勇者文化センターに連絡したが、トーキーが鳴るだけでオペレーターが出てこない。
インターネットで調べてもサイトが閉鎖されていた。いまどきありえないタイプの詐欺だった。
古田は怒るよりも呆れ果てた気分になる。元勇者としても、一介の社会人としても、許せるものではなかった。
自然と、ナチュラルな感じで、古田の正義感が15UPした。
「なんだこの感じ、懐かしい。そうか……」
勇者になりたかったころの、かつての正義感が古田に蘇った。それは同時に、これまでの数年間が、いかにみみっちくて、しょぼくれていて、へこたれてしなびていたのかを、ありありと古田に教えたのであった。
この感覚までたどり着ければ、ブランクなんてあってないようなもので、古田の能力値は全盛期を追い越さん勢いで伸びた。
これが勇者文化センターのやりかたなのかと自己納得し、空中に向かって深々とお辞儀をする。
古田は、当時の手帳から番号を探し、勇者協会会長の小笠原に連絡をした。