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今日も、暑い  作者: 海月水母
2/2

今日も、暑い:彼岸花編

短編ホラー小説です。

彼岸花編で違う展開を読む事ができます。


※pixivと言うサイトにも同じ内容の小説を投稿しています。

 今日も暑い。


 暑い、暑いと思いながらも歩いていた平日昼間際。

 もうすぐ昼なのだからと休憩でも取ろうかと辺りを見回したが喫茶店一つ見つからない。

 駅前まで行けば喫茶店どころかファーストフードだってレストランだって何でもあるのだが、タイミング悪く現在いる場所はどの駅からも20分以上はかかる場所だ。

 こんな事なら意地でも車で出ればよかったなと考えるが、使えなかったものは仕方がない。覚悟して駅前まで行くかと歩を進めるが、今日は本当に暑い。

 せめて木陰でもあれば涼しいんだけどな、と思いつつなるべく建物の影の下を歩いて行っていると、自動販売機と真新しいベンチが目に入った。

 ベンチの後ろには大きな木が影を作っていて居心地悪くなさそうだ。


 歩くにしてもお茶かコーヒーでも飲んで一休みしてから行くか。


 そう思い、自動販売機で適当な飲み物を買い、ベンチに腰掛けた。

 しかしベンチに座った途端、倦怠感が酷くそのまま少しだけと目を閉じてしまった。




「もしもし、あなた大丈夫?」

 揺さぶられるような感触と女性の声がして目を開けると、目の前には年配の日傘をさした女性が立っていた。

「あらよかった、意識はあったのね」

 老婦人が屈んで何かを拾うとこちらに渡してきた。


「ごめんなさいね、何度か声をかけたのだけど反応がないからつい気になって」

 そう言って渡してくれたのは先ほど自分が買った飲み物だ。

 黙って受け取ったがすっかりぬるくなっている。

 慌てて辺りを見回すといつの間にか辺りは曇り陰っていた。


「大変でしょうけど頑張ってくださいね」

 そう言って老婦人が自分の横に小さな紙袋を置いて行った。

 紙袋を開くと中にはコンビニの梅おむすびと塩飴が一袋。


 …おむすびと塩飴って。

 年寄りくさいにもほどがある、と思い紙袋ごと近くにあったゴミ箱に放り込む。

 ついでにぬるくなった飲み物もそのままゴミ箱に投げ捨てて、自動販売機で新しい飲み物を買った。

 新しい飲み物を飲む。

 やっぱり冷えた飲み物の方がいいな。

 喉が痛くなるほどに冷たく、その液体外に落ちていく感触で腹まで冷たくなってきた気がする。


 あ、友人と待ち合わせしてたんだったっけ?

 ポケットから電話を取り出して画面を見ると15:30の文字。

 嘘!?4時間近くあのベンチで転寝してたんだ、と携帯画面を確認すると、友人からの着信履歴が並んでいる。

 それはそうだろう、待ち合わせの時間から3時間以上が過ぎている。

 まぁ、待たせとけばいいか、どうせあいつは自分に黙って帰りはしないんだ、とそのまま電話をしまい、駅まで歩き始めた。


 駅までの道は大通りを進んでいき踏切を一つ越えてその先一つ目の曲がり角の細い道を行けばいい。

 今日は珍しく車もほどんどなく、歩道にも人がいない。

 駅に向かう道なので普段はそれなりに人がいるのに珍しいな、と思いながら歩いていると自分の横を通りがかったタクシーが少し先で止まる。

 運転席の窓が開いて運転手が顔を出して話しかけてきた。

「そこの人、大丈夫?だいぶつらそうな顔しているけど。どこまでか知らないけど、乗っていくか?」

 なんて、これじゃあ客引きみたいだな!と笑う運転手。


 見知らぬ人にまでそう言われるほど酷い状態?とちょっとむっとして運転手を無視して歩く。

 どうせ駅まではあと10分強歩けば着くはずだ。

 運転手は横を通り過ぎる時に

「そうか、ならいいけど無理するなよ」

 と言ってそのまま走り去って行った。


 曲がり角まで来たが、細い道が二本ある。

 どっちだったっけ…?と迷っていると

「そこの人、大丈夫?だいぶつらそうな顔しているけど。どこまでか知らないけど、乗っていくか?」

 なんて、これじゃあ客引きみたいだな!と聞き覚えのある声、聞き覚えのあるフレーズ。


 振り返ると先ほどの運転手がまた窓から顔を出してこっちを見ている。

 呆然としていると、運転手はにっこり笑って

「そうか、ならいいけど無理するなよ」

 と言ってそのまま走り去って行った。


 何だあれ?変な人?と思っていると、また大通りをタクシーが通り、自分が見える位置で止まる。

 そして運転席の窓が開いて見覚えのある運転手が顔を出す。

「そこの人、大丈夫?だいぶつらそうな顔しているけど。どこまでか知らないけど、乗っていくか?」

 なんて、これじゃあ客引きみたいだな!

 繰り返される台詞と場面。

 そうだ、大体後ろから走ってきたタクシーの運転手に、なんで自分の顔色が分かるはずがある?

 気味が悪くなりその場を早く立ち去りたくて、どっちでもいいと細い道を走ってその場から逃げた。


 しばらく走っていたが、後ろを見るともう元の道は見えない。

 落ち着いて深呼吸をして細い道をまっすぐ歩いていると、その先にうずくまって泣いている子供がいた。

 面倒だな、と無視しようとしたが、その子供が顔を上げ声を掛けてくる。

 顔を上げた子はまだ幼稚園児、と言う年ごろだろうか?

 随分と泣いたみたいで目元が赤く腫れあがっている。


「…あのね、落としちゃった…」

 その言葉に子供がしゃがんでる足元をのぞき込むと、潰れたおむすびが落ちている。

 おむすびには既に蟻がたかっており、目元の腫れと合わせるとこの子はかなり長時間ここで泣いていたのだろうか?


 泣いてないでとっとと新しいの買いに行けばいいのに、と思いつつそのまま無言で子どもの横を通り過ぎようとすると、子どもが足を掴んできた。

「…いいこと教えてあげる」

 無表情でこちらを見上げてくる子供の顔。

「駅のところ、たくさんお店があるんだけど、美味しい匂いのするお店には入っちゃダメなの」


 何訳の分からない事を言っているんだろう、気持ち悪い。

 子どもを振り払うように足を勢いよく蹴り上げるようなしぐさをすると、蹴られると思ったのか子どもが足から離れた。


 大体美味しい匂いにする店に入るなって、どういう事?

 普通は逆だろう?無視しようとしたし嫌がらせかな?


 尻餅をついた子どもがおむすびにたかる蟻を見ながらぼそりと呟く。

「欲張るから、そういう事になるんだよ」

 子どもの視線の先ではおむすびの米にくっつき、もがく蟻の姿があった。


 本当にさっきから気味が悪い。

 かまってられないと子どもを無視して細い道を急いだ。


 駅前に着いたのだが、驚いた。

 賑やかな色合いの店が立ち並び、すっかりと様子が変わっている。

 以前来た時はもっと田舎の町の駅、って感じで駅前にはチェーンのお店が二~三軒ある以外はバス停ぐらいしかなかった気がするのに。


 どうも食事関連の店が多いらしく、そこかしこからいい匂いが漂ってきている。

「いらっしゃい!飯を食べるならここ、「隠れ屋」でどうぞ!美味しい料理をたくさん用意しているよ!」

「弁当ならうち、「神上げ」!安くてボリュームのある弁当を多数用意しているよ!」

「帰寂、帰寂の料理は天下一品!セットメニューにすると更にお得だよー」

 大きく賑やかに客引きをする声を聞いているだけでお腹が減ってくる。


「お、腹減ってるか?よかったらうち寄って行かないか?」

 色々な店の人が声を掛けてくれて迷ったが、昼食代が勿体ない。

「人と待ち合わせているので」と断ると、「残念!よかったらその人と一緒に寄ってね」と言われ、「はは」と笑ってごまかして店の並ぶ道から離れて駅舎に向かう。


 駅舎の前には見覚えのある姿。

「おまたっせー」と声を掛け、なれなれしく肩を掴むと、相手が目に見えてびくりと震える。

 お腹へってない?とりあえず一緒にご飯食べようよ、友達じゃん?

 と声を掛けたが俯いたまま返事もしないので、そいつのポケットから財布を取り出して中を見る。

 うわ、こいつ結構持ってる。

 それなら、とそのまま「友人」を引っ張って先ほどの美味しそうな匂いのする店の並びに戻っていく。


「お、さっきの人じゃないか。待ち人と会えたんだね、一緒に食事どうだい?」

 と声を掛けられた。

 どうせこいつに金を出させるんだから、と一番豪勢なメニューを出している店を選んで中に入った。


「いらっしゃい、何にします?」

 声を掛けてきた店員にとりあえず一番高いメニューを二つと頼む。

 運ばれてきた料理は見た目にも、香りも素晴らしい料理だった。

 目の前で黙ったままの友人を無視して料理を食べ始める。


 どの料理も凄く美味しい。

 なんだこれ?初めて食べる味だ。

 濃厚で、それなのにしつこくなくていくらでも食べられる。

 湯気立つ料理を前にしても動かない友人に「食べないの?」と声を掛けたが相変わらず返事もしないので、そいつの分も食ってやった。

 全部食い終わると流石に食べ過ぎたのか腹が苦しい。

 立って歩くのも億劫だ。


「美味しかった、ごちそうさま」

 代金払っといて、と言うと友人は財布を持ってレジに向かっていった。

 腹いっぱいになったし、とそのまま駅に向かおうとした時、

「お花はいかが?」と言う声が聞こえた。

 見るとまるでそこだけ時間が流れていないかのような、古い日本家屋が立っている。

 木製の看板に墨で「梨屋」と書いてある。

 店の入り口には長い暖簾がかかっているのだが、その暖簾の向こうに見覚えのある姿が一瞬見えた。

「あらまぁ、あなた…」

 さっきベンチで声かけてきたばあさんだ。

「無事でよかったわ。それよりも、お花をお探しかしら?」

 と声を掛けてくる。

 花なんて興味もない。


 そのまま無視していると友人がその老婦人に話しかけて何かを買っている。

「本当にそれでいいの?」

 老婦人の言葉に頷いて友人が買った花は真っ赤な花束だった。

 あれ、何の花だっけ?なんか見覚えあるような…。


 黙って花束を抱える友人が改札に向かうのを見て、自分も改札を通りホームへと入る。

「これ、受け取ってくれる?」

 友人が突然自分に向けて真っ赤な花束を差し出してきた」

 いきなりどういうつもりだろう?と考えながらその花束を見て思い出した。

 これ、彼岸花だ。

 確か毒があって、別名が「死人花」とか「地獄花」とか不吉な名前しかない花。


 嫌味な奴、と思い受け取らずにそのまま花束を押し返すと

「じゃあ、代わりに貰うね」

 そう言って友人は走り出した。

 虚を突かれて呆然と見送ってしまったが、階段の上へと友人の姿が消えた頃にやっと友人を追いかけ始めた。

 階段をのぼり、連絡橋に出ると、向こうのホームに降りる階段の前で友人が駅員と何か話している。

「なるほど、分かりました」

 駅員がそう言って道を開けると、友人が階段を駆け下りていく。

 自分もと追いかけようとすると、駅員に止められて

「あなたはだめですよ」

 と言われた。

 今友人が下りて行ったのに何で自分はだめなんだ、と納得がいかず、そのまま駅員を突き飛ばしてその隙に階段を下りる。


 ホームに電車が入ってきた。

 電車の扉の開く音がする。

 友人が電車に乗るのを見て、自分も電車に駆け込んだ。

 息を切らしている自分の前で涼しい顔をした友人が自分を見下ろしている。

「まったく、まだ反省なんてしてないんだね」

 突然説教を始める友人に驚いたが、そのまま友人は顔を伏せ続けて話す。

「横柄だし、人の事を奴隷だと思ってるし、性格悪いし心配で目を離せない!」

 突然の悪口に呆然としていると、俯いた友人の「ふふっ」っと笑う声がした。


「~~行、発車いたします、お乗りの方はお急ぎください」

 雑音交じりの案内の声が響く中、





 走り去る電車の中から友人の声がする。

「でもさ、心配だけどやっぱり一緒には行けないや」

 そう言った友人の手に突き飛ばされた。

 勢いよく倒れ込んだ先は元のホーム。

「ドアが閉まります」

 案内の声と共にドアが閉まり、友人は電車の中に取り残された。


 慌てて立ち上がって電車を見ると、友人はなぜか慌てる様子もなく花束を抱えたまま窓からこちらを見ている。

「ありがとう、さようなら」

 友人が手を振ったところで電車が走り出した。

 その顔は今まで見た事が無いような、まるで口が裂けたかのような大口を開けているのに声も上げずにただ笑う顔で。


 友人が手を振ったところで電車が走り出した。


 ムカついて追いかけたが食べ過ぎのせいか腹が苦しくなり、ホームに倒れ込んで頭を打ち付けてしまい、意識が遠くなる。





「………か、あなた、……だい…ぶで…もし、あなた大丈夫ですか?」


 目を開けると薄暗い空と無表情の男性の姿。


「…!」


「大丈夫です」と言おうとしたが、喉がひりついて声が出ない。


 身を起こして立ち上がろうとすると、ふらついてしまう。


「急に立ち上がらないほうが良いですよ」


 男性が体を支えてくれたので、その場にあったベンチにまた腰を下ろす。


 落ち着いた様子の駅員が「どうぞ」と飲み物を差し出してくる。


「余り物で申し訳ないのですが」


 と差し出されたそれを夢中で飲み干すと、ひりついていた喉を水分が潤していく。


「…あんたの所為で電車に乗り損ねた」


 あんたが邪魔したから、と文句を言うと、駅員はにっこりと笑って手を差し出してくる。


「ご安心ください、貴方様専用の電車がただいま参りますので」


 駅員がそう言った直後、遠くから電車の音が近づいてきた。


 ホームに入ってきた電車はボロボロでさび付いていて、窓も何故か真っ黒に塗りつぶされており、見る事が出来ない。


「さぁ、どうぞ」


 と言われたが、こんな電車に乗りたくない。


 逃げようとすると、なぜか足を掴まれ、引き倒される。


 構内放送の声が今度ははっきりと、クリアに聞こえる。


「地獄行、発車いたします、お乗りの方はお急ぎください」


 案内の声が響く中、掴まれた足をそのまま引っ張られて、勢いよく体を投げられた。


 倒れ込んだ先は電車の中。


 吐き気を催す臭いの中、必死に顔を上げると床には無数の虫が蠢いており、それが自分の体にも這いずり上ってきている。


 みっともなく悲鳴を上げ、虫をを払おうと立ち上がってあたりを見回すと、席に座っているのはもう骸骨と変わらないほど腐り果てた死骸。

 唯一外が見えそうな扉のガラスに顔を押し付け外を見るとにっこりと笑っている駅員の顔。

「欲張るから、そういう事になるんだよ」

 そう言ったじゃないか、と言った駅員の顔は何処か子供じみて見えた。






「あれ?救急車?」

 霊園を出たところで、細い道を救急隊員らしい人たちが担架を持って急ぎ走ってくる。

 そのまま霊園内にその姿が消えたが、どうしたんだろう?と不思議に思って見守っていると、霊園からちょうど出てきた親子連れの母親と目が合った。

「お墓の前で倒れていた人がいるみたいよ」

 熱中症じゃないかって。怖いわね。

 女性の言葉に「他人事じゃないなぁ」とあらためてぞっとする。


「あら、いつの間にそんな花持ってきたの?」

 母親らしき女性が横の子どもの持っている花を見て驚いている。

 それは「彼岸花」と呼ばれる、真っ赤な花の束だ。

「ちょっと、勝手に持って来ちゃだめよ、返してきなさい」

 そう言われると子どもは素直に頷いてお墓の方へと歩いて行く。


「お墓に彼岸花って…どこのお墓にあったのかしら?彼岸花ってお墓参りには駄目よね?」

 不吉な花だし、毒があるし、と首をかしげる母親。

「でも確かモグラやネズミ等の害獣を寄せ付けない、遺体を守るものの意味合いもあるらしいですよ」

 と伝えると、母親は「あら、そうなの?」と感心している。

 しばらくすると子どもが戻ってきたので軽く一礼をして、駅へと向かう事にした。


「ねぇ」

 母親が近くの自動販売機で飲み物を買っている隙に、子どもがこちらに話しかけてくる。

「彼岸花の別名って「地獄花」って言うんだよね」

 地獄に咲いてるのかな?

 その問いに「さぁ…?地獄はまだ見た事ないからなぁ」と答えると子どもも笑って答えてきた。

「うん、自分もね見ずに済んだ」

 じゃあね、と言って子どもは母親の元へと戻っていく。


 ああ、今日も、暑い。

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