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異世界へ転移した男による恩返し  作者: 皐月 Show
第一章
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第2話:未知の日常

 音が耳を打ち、驚いた聖志がその身を硬直させる。

 祭りの会場のような、静けさと騒がしさが同居する場所。

 ひんやりと冷たい空気に、足から伝わる硬質感を彼は知覚した。

 周囲には家屋が建ち並んでおり、屋台や専門店らしき建物が見えた。

 夜遅くにも関わらず、立ち尽くす聖志の周辺は明るかった。


「……は?」


 理解不能という言葉が、彼の口からひとりでに漏れる。

 全く見覚えのない場所に、馴染みのない文字。

 まわりから聞こえてくるのは、聖志の聞いたことのない言語であった。


「夢なのか……?」


 夢か現実かを確かめるように、聖志は恐る恐る周囲を窺っていく。

 彼のよく知る、しかし違和感のある人間が通りを行き交う。

 普段、目にすることのない持ち物が原因だろうか。

 足元を見下ろせば、タイルが敷き詰められ、道となっていた。

 心拍音の加速を知覚しながら聖志が辺りを見渡すと、光る噴水が目に付いた。

 見たことのあるオブジェクトを目にしたことで、聖志の心が少しだけ落ち着いていく。

 空では、地上を照らしていた月が雲間へと隠れていった。


 そのまま彼は、正面の木造建築の家を見た。

 主に木と土で構成されているが、ドアもあれば金属部分もあった。

 通りに沿って植物が植えられており、その姿は椰子の樹のような枝葉を垂らしていた。


 リアルな夢、まるで全てが生きているかのような光景。

 それらが、聖志の視界へと飛び込んでくる。

 別世界に来たのではと考えつつも、どこかで否定したいと考えていた。


「俺はどうなった?」


 ――いつもゲームする店から帰って、それから……?


 己を見やるも、聖志は身体に異変を感じないのであった。

 いつもゲーセンに向かう時に身に纏っている、ジャケットにジーンズ。

 続けて彼は、自身を包む上着を摘まんで中を覗いた。

 白のカッターシャツが見えた。

 上下の肌着は彼の肌の上に変わらず存在していた。

 履いている黒の革靴、同色の靴下。


 ――いつも通りの格好だ……。


 店に行く時、店内の匂いが移るのを嫌っていたのである。

 駐車場の隅に車を停めて、車内でスーツの上下を脱ぐ。

 それから私服へと着替えるのが、彼にとっての遊ぶ準備であった。

 靴や下着までは着替えなかったゆえに、それらはいつもと変わらぬままであった。



 まず、別の世界だろうと聖志は思った。

 彼が夢や神隠しの話より現実的に捉えられた理由。

 それは、サブカルチャーの発展が大いに関係していた。

 別世界が舞台の対戦ゲームを、男は触った経験があったからである。

 ストーリーやキャラ毎の設定までは知っているとは言えない。

 とはいえ、それなりに有名な作品の粗筋を、聖志は覚えていた。



 辺りを確かめた聖志は、頭の中から発する猛烈な違和感を拭えずにいた。

 何かが無くて、何かが有ると思った男はひと呼吸し、周囲を再び見渡す。

 人はほぼ確実に彼の知る人間と言えた。

 彼の知る常識の通り、顔も体型も千差万別であった。

 頭部も人に同じであり、黒髪が今のところ居ないという印象を抱いていた。


「髪の色、か?」


 己の抱いた違和感の正体を訝しむ。


 人々の着ている服に関しても、髪と同じく色取り取りであった。

 ちょっと古い印象を受けつつも、流行に乗らないという個性。

 そのことを彼は思い出す。


 男の耳を打つ言葉は、彼にとって分からないままであった。

 外国語を真面目に学んでいたとしても無理そうだと判断し、保留していった。


 違和感の拭えぬ男が、再び水場を見やる。

 ライトアップされた三段構造の噴水が存在していた。

 透明な水の流れを静かに涌き出させ、清涼感や美しさを付近へ振りまいていた。

 気温は涼しく、湿度もそこまで高くないと思った聖志であった。


「空気が澄んでいるな……」


 男は、排気ガスの匂いがしないと感じた。

 肉や果物、お菓子のような匂いが混ざる中、澄んだ空気。

 彼はそれらを体感していく。

 夢だと思えば過ごしやすい空気、そう思えた。

 そうしてから彼は再度、空を見上げる。

 ちょうど雲間から月が出てくる頃であった。

 視線を水平に戻した男は、そのまま建物を遠目に見やる。


「何て書いてあるんだ?」


 店先や高所にあった看板の文字を見て独白する。

 見知らぬ文字を遠目にするも、男は意味を解読出来ずにいた。

 先程と同じく植物に視線を向けると、木目が横に目立つ樹を見て取れたのであった。


「コスプレか、いや」


 通りを歩く人々の髪の色や鎧。

 それらはコスプレ(仮装)として納得することが出来た。


 ――電気だ。


 暗がりに明かりはあるのに電線が無い。

 その事に気付き、男は街灯や建物の照明器具を見る。


 まだ分からない。自分の知らない仕組みで点灯しているのかもしれない。

 世界全てを知っている訳ではないし、そもそも器具内部の構造なんか無知にも等しい。

 そう片付けようとした矢先、一人の女が建物から出てくる。

 彼女は黒い三角の帽子を深く被り、首か肩辺りで留めた紺色のマントを羽織っている。

 男が足元まで眺めると、膝やや上ぐらいの丈をしている黒のスカートと、白っぽいブーツ。

 その裾から出ている手の先には、杖のようなものが見受けられた。


「クオリティの高い魔女じゃないか」


 典型的な魔法使いのコスプだと、聖志は割り切りたかった。

 割り切りは生きる上でもゲーム内でも重要だった、と意味も無く自分を説得しようとした。

 一方で、夢だと割り切れない部分が、彼の心のどこかで生まれてきていた。


 女性が杖を光の灯っていない照明器具に向ける。


 ――ああ、そうやって電気点けるのか。

 ――やめろ……地球に魔法なんてある訳が……!


 相反する心情。

 知っていることが、知らないこととなって、彼の視界に現れていく。



 ヒュッ



 杖から炎が飛び出す。

 ガラスのような素材に包まれた場所に、火が灯る。


 ここは夢の世界、そうでなければ異世界。

 それも科学以外の技術が発達した場所だ。

 そう結論付けた。そう考えざるを得なかったとも言えた。


 何かに縋りたくなったからか、何度も辺りを振り返る聖志。

 最近まで別世界に行く小説や漫画を読んでいたじゃないか。

 そのゲームだって触ったじゃないか。

 そう思う聖志に関わらず、屋台に立つ中年男性が、目の前の肉を手に取った。

 直後、中年の男は反対側の手元から火を起こしていく。


「ガスバーナーか!」


 客観的に、他人事として受け止めようと、受け止めたい心が聖志へそう思わせた。

 彼の理解の器が、徐々に飽和しつつあった。


 最初の魔法使いらしき女性の方を向く聖志。

 電気を点けた彼女は、建物の出入り口に歩いて行っていた。

 杖を地面と平行に持ち、横にあった何も書かれていない透明な看板へ手を向ける。


 今度は杖を持った手ではなかった。

 聖志には読めない文字が、ひとりでに浮かび上がる。


 ――感応式センサーとか、立派な看板過ぎる!


 彼の脳が理解を拒否し、事実を書き換えていく。

 目が離せず、現実を受け入れ切れず、聖志はその女性をずっと目で追っていく。

 いよいよ建物内へ戻るのかと思った時、彼女は立ち止まり、両手を上に掲げた。

 釣られて彼もまた、その手の先へと視線を向ける。


 音も無く建物の外観が変わっていく。

 木材で組まれたログハウス風の建物から、木目一つと無い、白い壁へと。



「あああああああああああああっ!!!」


 思考が、脳が、聖志の理解することを拒絶していく。

 彼の視界から色彩が消える。形が崩れていく。


「何で!?」


 あの女は何故、天井に張り付いているんだという聖志の思いは、声にはならかった。

 崩れ去る大地、曖昧になっていく人々。

 天と地の境界が分からなくなる。まるで己が泣いているような、景色の滲み。

 そういった印象を、倒れゆく男はぼんやりと抱いていた。


 ――あ、こっちが倒れたのか。


 どこまでも客観的にあろうとする彼の意識が、彼女を捉え、脳へと情報を伝達していった。

 先程の女性が、彼の声に、あるいは倒れた音に驚いたように、聖志の方へと身体を向ける。


 聖志にとって、睡眠以外で意識を失った事など無かったのである。

 男の体感時間の中、短い間での人生で二度目の気絶になりそうであった。

 いよいよ死の可能性に行き当たった頃、聖志の心に色んな思いが沸き起こった。


 ――……まだ何も成し遂げていないのに……。


 彼が抱いた後悔と未練が、叶わぬ望みへと変わる。


 ――誰かの力になりたかった。

 ――何かを成し遂げたかった。

 ――人に、恩返しがしたかった。


 薄れゆく意識と視界の中で彼が見たもの。

 それは、帽子を押さえながら駆け寄ってくる魔女の姿であった。

 新たに切ることになった人生の幕開け。

 人生という長い舞台において、聖志と彼女は主演を張る関係となる。

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