第1話:ゲーマーの日常との別れ
本作の旧題は『ゲーマーが異世界で魔法使いの高みを目指す』です。
ゲーマー的な要素は出てきますが、異世界での人情模様をメインに書くことにしました。
それでも良いという方、宜しくお願いします。
中野聖治は市内のゲームセンターに訪れていた。
物心の付く前後からゲーム機に触れ、二十歳を超えた現在でもゲームで遊ぶ男性である。
趣味に留まらず、生き甲斐レベルの域に達していた。
この日も仕事を遅くに終えて家に帰らず、ゲームセンターへと足を伸ばしていた。
「今日はもう皆帰ったかなぁ」
この日は急に飛び込んだ案件により、普段より遅い時間に訪れていた。
格ゲーしたい気分だったけど、とぼやきながら、聖志は店舗の敷地へと入っていく。
格ゲーとは、人間を模した格闘技を使うキャラクターを人間が操作するゲームである。
人同士やコンピューターを相手に、勝敗を競い合う。
元々は格闘家達が拳や足、時には気を駆使して戦うゲームである。
近年では人間以外の種族も多く、また、新旧メーカーの作品も増えていた。
時代の流れに沿って、あるいは逆らって、栄枯盛衰が繰り広げられる業界である。
メーカーもユーザーもあの手この手で生き残ろうとしていた。
そういったゲーム業界の事情背景を知らない男ではない。
伊達に幼少の頃からゲームに触れ続けてきたのだ。
気に入ったシリーズの続編が出なくなるまでは通い続けようと思い、はや数年。
「お、王子がやってる」
彼が普段プレイする対人格闘ゲーム機が置いてある空間へ行く。
聖志と同じぐらいの出現頻度を誇る若いプレイヤーである。
彼もまたゲーム好きな人間であり、閉店間際にも関わらず対戦していた。
最初は別の名前だった彼は、丁寧な物腰と童顔であること。
そして、実家が金持ちではという噂から、いつしか王子と呼ばれるようになっていた。
ゲーム機のモニター画面に映し出される情報を確認する。
体力ゲージはお互い半分ずつ。
特殊行動用のゲージは相手の方がちょっと多いか?
そう思いながら聖志が画面内の対戦風景を眺めていると、試合に動きがあった。
「やってねぇ!!」
対戦相手のキャラクターが点滅し、その場から斜め前方へ大きく飛翔する。
同時に、知り合いがプレイしている筐体の反対側から大声が響く。
更にボタンを激しく叩く音が聞こえてきた。
欲しい物を手に取ったつもりが、実際に購入したのは横に有った似た商品。
メディア再生機器の音量調整ミス。
些細な間違いであるものの、その後には致命的な結果が訪れるのだ。
例えるなら、自動車のアクセルとブレーキは横並びに配置されている。
だが、踏み間違えることにより、状況次第で大惨事を引き起こす。
そういった、聖志にとって思わず目を覆いたくなる状況であった。
「やっちゃったなー!」
「やりましたね」
その気持ちが言葉となって、聖志の口から吐き出される。
王子と呼ばれるプレイヤーもまた、彼を振り向かずに相槌を打った。
相手は自分の想定とは異なる動きを入力したのであった。
ふんわりと浮く相手のキャラクターを眺め、着地するタイミングを計算。
王子の持つライフと特殊行動ゲージ、相手の残りライフを見やる――彼の勝ちを確信する。
途中で操作ミスをするなよ、と聖志は思いながら王子を見守った。
王子は一呼吸し、自身の操作キャラの持つ、最大限の攻撃を叩き込んで、ゲームの勝利を決めた。
「いやーあれはマジでやってないんですって!」
「まぁ、分かる。化けたな」
「中野さんの言う通り、あの距離でやる行動じゃないですからね」
「王子さんミスれって祈る暇もなかった……」
「あそこでミスる王子じゃねーよ」
「今度メンテ頼む?」
「いやあれは仕様っぽい」
対戦ゲームで暖まった体を冷やす空気。
聖志は肌寒く感じるものの、他の面々にとっては心地良いだろうと思っていた。
閉店後の駐車場で――時には場所を食事処に変えて――その日の試合を語る一団であった。
年齢も職業もバラバラ、そもそも詳しく知らない間柄。
そんな関係の者達が、場から離れず会話を交わす。
下手な身内よりも身近で、過ごした時間の長い者も中には居る、一癖も二癖もある連中。
時には喧嘩をし、時には一緒に悩み考え、普段はバカをやり、ゲームには真剣。
プライベートや仕事はよく知らなくとも、かけがえのない存在。
同じゲームという共通の趣味で盛り上がり、店がクローズした後もだらだらと過ごす。
賢者というプレイヤーネーム、中野という本名、二つの呼び名が混ざるいつもの異空間。
聖志にとっても、彼らにとっても日常的な時間であった。
「そういや中野さん、今度の世界大会出るんですか?」
「中野出るのお前? プロも出てくるぞ」
「賞金ヤベぇからなぁ」
「国内予選通ってからだろ」
常連の中では若手である王子の問い掛け。
それを皮切りに、先程同様にプレイヤー達が次々と話したいように話す。
予選次第だなぁ、と聖志は相槌を打つ。
具体的な日時は何時だったかと、彼は端末のカレンダーを見た。
「俺ら出られないからシングルは勝ち確だろ」
中野、と呼んだ男が笑顔で語り掛ける。
青年にとって、この男との付き合いは、今居るメンバーの中で最も長い。
聖志がまだ若かった頃、プレイヤー同士で、あるいは人付き合いで衝突する事が多かった。
ゲームなんて実力あってこそ。
弱い奴に人権なんて無い、とまで考えていた、かつての聖志。
「ゲームとはいえ、対戦では人が関わる。いたずらに蔑ろにする必要は無い」
むしろ人付き合いでも相手が何を考えているのか考えろ。
そうすればお前はもっと強くなれる。
それに対し男は、うるせえよ、と悪態をついた事もあった。
当時の彼には、取り柄と言えるものがゲームぐらいしか無かった。
仕事は適当、親子関係は遠方で離縁状態。
敵を作る振る舞いだったからか、ゲームのコミュニティーで孤立しかけた時もあった。
それでも聖志が理解出来るように分かりやすく根気強く、窘め導いてくれた男。
どのゲームの実力も高いこの男は、彼にとって恩人のような存在であった。
人生においても、ゲームにおいても、聖志は尊敬していたのである。
「事故れ事故れ」
「それよりチーム戦っしょ!」
「俺らで行くなら先鋒はコイツで決まりなんだがなぁ」
他のプレイヤー達との結び付きも、彼のお陰だと思えるようになった。
仮定の世界に旅立った彼らを見ながら、聖志は撤収を提案するタイミングを計る。
そうでもしないと、日が昇るまでこのまま喋り続けてしまうからだ。
「明日土曜だしまた集まって夜やろう」
会話の節目が時に訪れる。
その隙を縫って、聖志は合図を繰り出した。
「そっすね、日付変わって今日こそ勝ち越しますから!」
「頑張れよ。さぁ寒いし帰ろう」
若手と古参による、これからの指針を決める発言。
日を跨ぎ、帰らねばと場に居る全員が思い始める頃であった。
「俺、家に帰れるかなぁ……」
「えっまだ嫁さん怒ってんの?」
「お前の家の新婚チェーン事件は業界でも有名な話です」
「えええええ!? 大丈夫なんすか!?」
「窓の鍵開けておいた」
「そんな人読みしなくて仲直りしてくださいよ!」
「嫁さんゲームに理解が無いん?」
――そろそろ帰るぞ、ってまた喧嘩中なのかこいつは……。
呆れ半分、心配半分で気に掛けながら、若いプレイヤーに胸中で同意する。
家近いし対策されてたら連絡しろ、と夫婦冷戦プレイヤーに声を掛け、聖志は先にその場を離れる。
「あ、うっす! お疲れ様でした!」
「俺が助けを求めたら答えてくれ! またなー」
「じゃあな中野。俺も帰る」
「時間も時間だしな。じゃあの」
「また明日、じゃない今日!」
別れの際まで賑やかな面々を背に、彼は帰路へ着いた。
帰ってからはゲームの研究と風呂、睡眠。起きて食事。
仕事とゲームを除けば、やる事のほとんどない自宅である。
プレイ内容を振り返っていた思考が途切れ、ふと今後の事を思った。
荒れていた時期の名残からか、将来の事などまともに考えた事が無かった。
後悔はしているが、自らがやってきた事であった。
聖志自身、それなりに納得もしていた。諦めかもしれないが。
――これからは、世話になった人に報いたい。
部屋の電気を点け、男は立ちながら自嘲する。
過去を省みたところで、今更こんな事を考えてどうしたのか、と。
「トレモして一応熱帯(ネットワーク対戦)募集掛けてみるか」
パソコンとゲーム機器の電源を同時に付け、起動までの間に電話を充電器に差し込む。
いつもの見慣れた、制作メーカーのロゴとクレジット画面。
聖志は胡坐を掻きながら、起動と更新の読み込みが終わるのを待った。
――……っ!!
突如、強烈な眩暈が聖志を襲う。
胸が痛む。頭が痛む。息が出来ない。声にならない。
体内の血流がうねり、原因不明の高音と、心臓を打つ鼓動がやけに耳に響く。
そこまで自覚した聖志は蹲り、苦痛や音が治まるのを待った。
だが、一向に良くならなかった。
肺か、脳か、神経か、電話だ、と思考が入り乱れた末に、男は結論を出す。
彼の意に反して、聖志は身体を動かすことは出来なかった。
緊急通報を押そうとし、彼は充電中の電話を見た。
男の瞳には、文字も数字もまともに映らなかった。
薄れゆく意識の中、死を予感した彼は思う。
――何かを成し遂げたかった。受けた恩を、返したかった。
いかに自分が救われていたかを、男は悟った。
人に頼り、甘え、辛く当たってもなお、見捨てずにいた、数少ない彼の味方。
これから自分も彼らのようにと、半ば生まれ変わった矢先の出来事であった。
手を伸ばそうとするも、聖志はそのまま意識を失っていく。
彼の身体が音無く輝き、光の消失と共に、その体躯が消え失せた。
この日から、男はゲームどころか、この世界に戻ることすら能わなかった。
己がどうなったのかを知らぬまま。何者であったかを覚えたまま。