蛟龍
黄河を眺める心中は幾星霜
歴史にのまれた正義
存在しない楽園を求める黄天の世で
彼は自身がのみ込まれることを覚悟して
王者の剣を掲げて義勇の旗を立てる
黄天は倒れ蒼天の世を歩けど
彼を報いるものはなし
忠君愛国の剣を振るう孫子の末裔あり
乱を治め逆賊を討たんと先駆を切るも、一矢に倒れる
敗残の忠臣を纏めて立つ長子
孝を貫いて遂に江東に覇を唱え
英君の気風を漂わせながら、青年は若くして凶刃に倒れる
天下が乱れる時、英雄は必ず現れる
それは歴史の必然ともいうべき出現
真紅の天才、天下に散らばる黄旗を燃やし、知勇をもって群雄を集結させる
英雄の風は大陸に吹き荒び、瞬く間に大国を成す
英雄は覇を成す才、広大な陣地を征する陣列、豊かなる土壌を兼ね備え、歴史の追い風までも手にしていた
大義に生き、世に一時の平和をもたらす龍
すべてが味方し、ありとあらゆる名声を浴びる奇才の英雄
その英雄こそ天下を治める主
誰もがそう豪語して憚らない時代
若き日に憂国の志を抱いて数十年
英雄群雄の毀誉褒貶を見て老いた彼
彼に足りぬのは先を見通す眼力か
大業を成す財力か人材か
否
彼は只、仁義に潔癖過ぎたのだ
責めるべきは、潔癖な仁義を嫌う小人なり
燕雀、安くんぞ鴻鵠の志知らんや
彼に付き従う者は信実の英傑のみ
彼は嘆く
未だ大業の一つも成さぬ自分を
彼は恥じる
信実の忠臣の期待に応えることが出来ない自分を
彼の身が老いて衰えても
彼の心は星々の灯りのように成長していく
若き日の威風、それ以上の仁徳が正義を呼び寄せる
大いなる仁義が、深い正義に出会うのも歴史の必然
襄陽に正義の伏龍あり
仁義の蛟龍は三顧の礼を尽くして出逢い語り尽くす
問う。貴方もまた雌伏して志を養う人。
我が心中を知らぬ者か。
我が憂国の苦しみを報いたまえ。
かつて黄河を眺めた彼と同じ瞳の伏龍はなにを想ったか。
先輩とも師ともいうべき彼の前で、青年は嘘をつけない。
そして、もう自己保身を考えることもできない。
立つ時、いや、立たなければならない『時』がきた。
恵まれた才能も、貫きたい正義も歴史の奔流にのまれると覚悟して青年は静かに告げる
応う。若輩の私に三顧を尽くし、天下万民を思って頬に慈悲の雫を落とす仁君よ。
その礼と恩に報いるため、この若輩の才を捧げましょう。
二人は水魚の交わりの如く
仁義の蛟龍と正義の伏龍は一対を為して
暗闇の時代に光を届ける
その光は永遠に消えぬ光
慈悲の光、即ち『希望』
三顧の礼
それは二千年後にまで届く希望の足跡が歴史に刻まれた瞬間
彼の名は劉備玄徳
長き雌伏に耐え抜いてきた希代の仁君
歴史は語り続ける
陰徳の人生を
彼の『希望の光』を