魔王アリシアちゃん
「魔王、何故ここに来た。俺にまかせろと言ったはずだ」
俺は突如現れた魔王に強い口調で言った。
もしチートが健在の時にここに来たことがばれてしまって転生勇者に倒されてしまったら元も子もないからだ。
魔王の死はすなわちバランスの崩壊。
本来倒すべきこの世界のナチュラル勇者の芽を摘むことにもなってしまう。
「わしは魔王なのじゃ。決着はわしがつけるのじゃ」
ただのニートに戻った男のところへ近づく魔王。
おいおい殺す気か。
【いけません。すでに決着はつきました。それにこの世界の魔王があのような転生勇者の生死に関わってはいけません】
俺は急いで魔王を止めた。
「なんなのじゃ。手を離すのじゃ!」
くっ……今の俺に魔王を止められるのか?
俺はナチュラル勇者だとはいえまだまだ駆け出しの勇者。
魔王には俺のエターナル・ハローワークも通用しないはず。
【ん? ちょっと待ってください。この魔王本当の姿を隠していますね】
ということはあの言葉が通用するのか?
俺は手を掴んだまま唱えた。
「ザ・リアル これが現実」
光が魔王を包み込む。
「わわ! なんなんのじゃこれは。わしの魔法が解けてしまうのじゃ~」
すると今まではいかにもザ・魔王というような格好をしていたそいつは見る見る姿を変えていった。いや元に戻ったというのが俺の力的には正しい言い方なのかな?
そしてそこに現れたのは小さい少女であった。
歳は12歳ぐらいだろうか。背はそんなに高くない。サラサラした金髪のツインテールが美しい。そしてこの歳の女の子らしい可愛い服装をしている。
「なんでいきなりこんな可愛い少女が? 魔王はどこへ行ったんだ? 帰ったのかな?」
俺は事態を飲み込むことができなかった。
冷静に考えておかしい。魔王が少女と入れ替わる効果もあったのかな。
「こら! わしが魔王じゃ! 魔王なのじゃ!」
少女が俺の胸をその小さい手でパシパシ叩いてくる。
まったくダメージは無い攻撃だ。
「悪ふざけはやめなさい。君はどこかの少女だね? どうやら俺の魔法が悪さしてしまったみたいだ」
「ち・が・う~!! わしが魔王なのじゃ~」
再び俺の胸をその小さい手でパシパシ叩く少女。
いやいやそんなわけあるはずないだろ。
さっきまであんなに魔王オーラ出していかつい格好してた奴がまさかこんな可愛い少女なわけないだろ。
【驚きましたね……。これが本当の姿みたいです。ザ・リアルは触れた者の本当の姿を現す効果があります。それがこんな形の結果を生み出すとは】
ええっ!
じゃあマジでこいつがあの魔王の本当の姿なのか?
「えっと……。君、名前は?」
俺はとりあえず名前を聞いてみることにした。
冷静になれ俺。まずは人に何か聞く時は相手の名前を知らないとな。
「わしの名前か? わしは魔王アリシア・ミストミラなのじゃ! アリシアと呼んで構わないのじゃ」
「えっとアリシアちゃん? 君、本当に魔王なの?」
「そうなのじゃ! 父さんが死んで魔王になったばっかりの駆け出し魔王なのじゃ」
えっと……つまりそういうことか。
元々この世界を苦しめていた魔王はすでに死んでいて。
その後をこんな幼い少女が継いだということか?
てか魔王って世襲制だったのか? 初めて知ったわ。
「なんでわしの魔法が解けてしまったのじゃ?」
「まぁそうだな。ザ・リアルには本当の姿を現す効果があるんだ。まさか魔王に効くとは思わなかったけど」
「凄いのぉ~。さっきの戦いといい見事じゃの~」
「あ、ありがとう。魔王に褒められるとは思ってなかったよ」
しかしこの親しみやすさはなんだ。
魔王といっても姿形は本当にただの可愛い少女なんだが?
まぁ俺実際に魔王見たことないしな……。案外こういうのもいるってことだな。
「さてこやつを殺さないといかんのじゃ~」
可愛い顔してとんでもないことを言うなこいつ。
大人用の剣を何とか手に持って元転生勇者今ニートに止めをさそうとしている。
「ッちょっと待って! アリシアちゃんタイムタイム!」
俺はその細い腕を掴んで剣を取り上げた。
「なにするのじゃ! 後は止めをさすだけなのじゃ!」
「いやいやそんなことしちゃだめだよ。君みたいな可愛い少女がしちゃだめ」
「可愛い? なんじゃそれは。わしは一人前の魔王になるのじゃ」
「一人前? もしかしてまだ誰も殺したりしたことないの?」
「自慢じゃないが魔王になったのは昨日なのじゃ!」
「ええ? 魔王歴わずか一日ですか?」
「そうなのじゃ!」
通りで最初にあったとき弱そうだと思ったわけだ。
そりゃあそうだよな。実質ただの女の子じゃん。
「とりあえずこいつの処理は俺にまかせてくれないか?」
「うーん。でもこいつはわしの配下たちを殺したからのぉ。良い部下達ではなかったがけじめはつけんといかんのじゃ」
確かに一理ある。
復讐というわけではないがけじめという点ではこれではまだ不十分だ。
でも殺すよりもっとつらい目に合わすべきではないだろうか。
【何か考えがあるのですか?】
俺はあることを思いついた。
「アリシアちゃん。今凄くいいこと思いついたんだけど聞きたいかい?」
「聞きたいのじゃ! 何なのじゃ?」
「死ぬよりも辛い現実をこいつに生きさせようよ」
「どういうことなのじゃ?」
「今のこいつは完全にただのニート。だけど元の世界には返さないでこの世界のただの一般人として生きさせるってこと」
「それがそんなに辛いことなの?」
「そうだよ。だってこのオジサンは働いたこともないし働きたくもないからこんな事になった人なんだ。そんな人が生きるために働かないといけない状態になるって凄く辛いことだと思わない?」
「……思うのじゃ!」
そうこいつはきっと死にたくはないはずだ。
生への執着心は人一倍あるはず、
だからこいつはこの世界に置いておく。
そすれば嫌でも労働をしなければならない。
きっとそのステップは死ぬよりも辛いはずだ。
「じゃあそういうことで。こいつはこのまま置いておこう」
「名案じゃの~」
我ながらよく思いついた。
ていうか少しだけこいつに同情してる俺もいるのかもしれない。
こいつがいた日本という国には物に溢れ過ぎている。
そして望めばある程度の物は手に入る。
戦う必要もない、食べるものも捨てるほどある。
そんな状況の中でニートのような者が出るのは必然なのではないか?
いやクズなのは変わりない。
こいつは努力しようとしてなかったからな。
だがこの世界ではどうだろう。
環境はガラリと変わる。そんな環境でもニートが続けられるだろうか。
クズがクズのまま死ぬのならそれでもいい。十分だ。
だけどもしクズがちょっとクズに変わる可能性があるのなら掛けても良いんじゃないか。
そう思ったのだ。
【貴方はやはり勇者。慈恵の心があるのですね。だけどこれから先その甘さは貴方を境地に陥れるかもしれませんよ】
ご忠告ありがとう。
俺だって毎回こんな事はしない。徹底的にやる徹底的にやるつもりだ。
「さぁ俺は帰る。アリシアちゃん魔王業頑張ってね。いつかこの世界のナチュラル勇者が君を殺しにやってくると思うからその日まで頑張って生きて」
「……わしはそんなの嫌なのじゃ」
「え? 何言ってるんだいアリシアちゃん」
「わしはお前についていくと決めたのじゃ」
「ええ? ちょっとまってアリシアちゃん。魔王なんだから俺みたいなのについてきちゃだめだよ」
「わしは魔王には興味ないんのじゃ。それにこの世界にはわしより悪い心を持った魔王候補がたくさんおるのじゃ。わしがいなくなったらそいつらの誰かが魔王をやるじゃろ」
「そういう状況なのか。そう言われるとなぁ」
「お願いなのじゃ~。それにわしはもう全部聞いてしまったぞ。チートとかいう力とか、他の世界がどうとか言ってたこと全部」
「盗み聞きしてたのね……」
「わしは魔王だから悪いことは得意なのじゃ」
理由は分かって納得しそうになっちゃったんだけど。
それってありなのか?
【……結論から言うとありです。こちらの事情も全部知られてしまったようですし。この少女がいなくなっても大した影響はなさそうですし。まだこの世界でナチュラル勇者が誕生するには時間がありますし】
そうかありなのか。
俺も一人で転生者狩りするのは大変だなと思っていたところだし。
相棒が居たほうが狩りも捗るし旅も楽しいだろうな。
俺は決めた。
「アリシアちゃん。本当にいいの? もうこの世界に戻ってくれないよ?」
「いいのじゃ! お前についていくのじゃ。もっと色んな世界を見たいのじゃ」
「本当に本当にいいんだね?」
「本当に本当にいいのじゃ」
俺はこうして元魔王(魔王歴一日)の少女の相棒を手に入れた。
しかしこの人懐っこさは凄いな。
魔王少女のポテンシャル恐るべし。
「ところで何で語尾が変なことになってるの?」
「父上の口癖なのじゃ~」
「そうですか……」