闇夜に月ふたつ
「どうして昨日は来なかったの」
一日ぶりに会った彼女は不機嫌だった。
こちらに背を向けて横になり、びったんびったんと尾で地面を叩いている。
(なんてわかりやすい)
昨日のことで重くなっていた心があっという間に軽くなっていく。
白状と言われても事実なのだから仕方がない。
「寂しかった?」
嬉しさを隠せない。
どうしても緩む頬が締まらない。
「べ、別に坊やが来なくたってなんともないわ。ただこのところ毎日来てたから…、食べられたのかと思っただけ」
こら僕、にやけるな。
「心配してくれてたんだね、嬉しい」
正面にまわり彼女を抱きしめる。
…正確には抱きつく。悲しいけど。
「そっ、んなのするわけないじゃない!貴方は私が食べるのよ、言わば食糧、所有物。
だからそこらの猫に私のものを食べられるのは不快なわけで…他意はないわけで…」
「ふふふ、わかったわかった。ごめんね」
嬉しくて嬉しくて。
抱きしめ(着い)たまま見上げた顔は、ほんのり染まっていた。
初めて話したときよりもルナは幼くなったような気がする。
それは決して嫌なことではなかった。むしろ嬉しい。
一挙一動が可愛くて可愛くて仕方がない。
それほど心を許してくれたのか、と一人にやけていると
「何その顔。気持ち悪い」
なんて聞こえるけど無視無視。
「今日の空、ルナみたいだ」
真っ暗な闇に星さえも霞む大きな月。
「どこが…」
と呟く声はちょっぴり嬉しそうで。
僕は笑いながら空を見上げた。
春も近づき夜風に暖かさが混じってきても、僕は寒いと言い続けた。
そうすれば彼女の尾に包まれ、彼女の体温を全身で感じられるから。
それはすごく幸せなこと。
でも時々思う。
ルナを抱きしめたい。
一部じゃなく、自分のように全身で体温を感じて欲しい。
彼女を守りたい。
どうして僕はねずみなのだろう。
どうして彼女は猫なのだろう。
神様どうか僕をもっと彼女に相応しい姿にしてください。
そんな考えがぐるぐると回り、どうしても自分の想いを明確に伝えることが出来ずにいた。
ずいぶんと時が経った後、そしてそれがもっとも強くなる事件が起きた。