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少しの希望
「はあ…」
下水を泳ぎながら深く深くため息を吐いた。
なんで逃げてしまったんだろう
彼は猫の本質を垣間見た。
自分は捕食される側なのだと、嫌でも認識したのだ。
その瞬間背を向けて走っていた。
生き物としての本能が彼をそうさせてしまっていた。
でも…。
グレイは必死に会話を思い出した。
『私は貴方を食べてしまう』
食べる、ではなかった。
食べてしまう、だった。
今日こそは名前を聞こう。
少し見えた光に元気を取り戻し、決意を胸に泳ぐ速度をあげた。
「こんばんは」
「…また来たの?」
目をつぶり、丸くなっていた彼女は大きく伸びて呆れた声を出した。
「貴女に会いたくて」
その言葉に頬を染めたのは、もちろん言った当人。
「今日はこの花を」
差し出したのは白い秋桜。
「懲りないのね」
「だって食べる気ないでしょ、僕のこと」
ウインクするグレイに彼女はほんの少しだけ笑った。
「私はね、ルナっていうの」