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夢見草の贈り物

作者: 笛伊豆

 桜の花がひらひらと舞い降りてきました。目の前をかるやかに横切っていきます。りあちゃんは、綺麗なさくら色の旅人をみてため息をつきました。明るい春の気配は、逆に心を暗くするばかりです。

 親友のタズサちゃんと喧嘩してから、一週間になります。もうすぐ学校がはじまるのに、こんな気持ちのままではとても会えません。

 あやまらなければ、仲直りはできないことはわかっています。でも、会うことを考えただけで足がすくむのです。勇気をふりしぼってあやまりに行ったとしても、きっと何も言えずにもっと怒らせてしまうだけでしょう。

「あら、夢見草」

 不意に、おかあさんの声がしました。ちょっと手をのばして、りあちゃんの肩からさくらの花びらを拾います。

「夢見草って?」

「さくらのことを、そういうのよ」

 確かに、無数のさくらの花が舞い散る様子は夢のようです。でも、りあちゃんの頭は今、タズサちゃんのことでいっぱいです。

 夢だったらいいのに。タズサちゃんと喧嘩したことも、仲直りできずに悩んでいることも。そして、あやまる勇気が持てないことも。

 それでも、りあちゃんはおかあさんが渡してくれたさくらの花びらを、大事にとっておきました。今夜、枕元に置いて寝てみよう。ひょっとしたら、タズサちゃんにちゃんと謝る夢をみられるかもしれない。


 足もとがふわふわします。あちこちにぼんやりと明かりが灯っていますが、それ以外のところは真っ暗。そして暗闇の中、さくらの花が散り続けていました。

 頭がぼんやりして、はっきりと考えることができません。ああ綺麗だな、と思いながら、りあちゃんは歩いています。足下はサンダル、着ているのはパジャマのようです。こんな格好で、どこに行こうとしているのかしら?

 ああ、これは夢なんだ、とりあちゃんは思いました。回りがこんなに綺麗なのも、きっと昼間、肩に留まってくれた夢見草のおかげなんだ。おかあさん、夢見草っていう名前は、きっと人に夢を見せてくれるからなんだね。

 そのとき、りあちゃんは誰かが近づいてくることに気がつきました。年格好からして、りあちゃんと同じくらいの女の子です。最初はよく見えませんでしたが、そのうちに白い顔が見えました。

 その女の子は、タズサちゃんでした。

 さくらの花のシャワーの中を、タズサちゃんはゆっくりと歩きます。回り中で散り続けるさくらを見ているために、まだりあちゃんに気付いていないみたいです。どうしよう。隠れてしまおうか。

 タズサちゃんは近づいてきます。これは夢なんだから、怖いことはないんだ。せっかく夢で会えたのに、逃げてしまったらもう、絶対に仲直りなんかできない。

 立ちすくんだまま、りあちゃんはがんばってタズサちゃんを待ちます。

 タズサちゃんが、こちらに顔を向けました。ぎくっと足を止めて、りあちゃんをじっと見つめます。視線が合って、りあちゃんは思わず目をつぶりかけました。でもぎゅっと力を込めて、見返します。ありったけの思いを込めて。

 そのまま、どれくらいの時間が過ぎたでしょうか。タズサちゃんがにっこり笑いました。右手をあげて、小さく手を振ります。思わず、りあちゃんも手を振り返します。

「まあ、あした」

 タズサちゃんが元気よく言って、ぱっと回れ右しました。そのまま、走り出します。白い姿は、たちまち暗い中に消えてしまいました。後には、ただいつまでもちらちらと降り続けるばかりです。

「……また、あした」

 りあちゃんは、つぶやきました。


 目がさめると、気持ちのいい朝でした。枕元に置いてあったさくらの花びらが、どこかに消えていました。きっと、役目を果たしたからかもしれません。りあちゃんに夢を贈ってくれて、幸せにしてくれたのです。

 表に出ると、タズサちゃんがいました。思わず、でもごく自然に声が出ます。

「おはよう」

「おはよう」

 タズサちゃんも照れたように、でもごく自然に返してくれます。それからタズサちゃんは、ちょっと困ったように言いました。

「りあちゃん、昨日の夜、逢わなかった? さくらがあまり綺麗だから、夜中に抜け出して散歩していたら、りあちゃんがいたような……気がするんだけれど」

「うん。逢ったよ」

 ありがとう、夢見草さん。

              (以上)

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