第99話 異常、唐突
───「ねえマルス、この世界の人達は本当にERRORに勝てると思うかい?」
SVの艦内にある格納庫の一角に羽を閉じ目を瞑る龍と、その羽に包まれながら龍にもたれ掛かり上を見上げながら座っているロアがいた。
「……もしさ、もしこの戦いで人類が負けたら、僕はどうしたらいいんだろう……。もう他の世界もERRORに飲み込まれて、残る最後の世界はここだけ……怖いよ……」
蹲り必死に震えを抑えようとするロアだが、恐怖を増大させる音が艦内にいても聞こえてくる、響いてくる。
ERRORのうめき声、砲弾の爆音、けたたましい銃声……皆戦っている、この世界の人間は今、人類、世界、己の、掛け替えの無いものの為に命を懸けて戦っている。
震える青年はロアだけではない、今若くして戦場に出ている兵士達の中にも震える者は多くいた。
殺されたくない、食われたくない、死にたくない。周囲に細心の注意を向け必死に引き金を引き襲い掛かるBeast態を撃ち殺していく、平和な世界で生きるために……。
───『大丈夫、私達人類は必ず勝ちます』
一人の少女の声、今戦場にいる全機体のモニターに姿を映し出されたアリス。
兵士達から見えたその姿はとても凛々しく、真っ直ぐと前を向きまるで本当に目と目を合わせるかのようなアリスの眼差しに、兵士達は黙ってその言葉を聞いていく。
『後方を見なさい。そこには貴方達を支える艦隊と、EDP決戦兵器である羽衣がいます』
機体達の後方では艦隊が一斉砲撃を行い迫り来るBeast態をなぎ払い、羽衣はその絶対的な力で次々にERRORを消していく。
『前方を見なさい。そこにはたった一人で神に勝ち、貴方達の道を切り開く男が今、人類と共に戦っています』
敵陣に突っ込みたった1機でBeast態の群れを相手にする魔神。苦戦などしない、目の前から迫ってくる敵をただひたすら斬り続けるだけ。
『そして、貴方達の周りを見てみなさい。ここには世界を、人類を救うための勇敢な兵士達がおります。私達は一人じゃない、数多くの仲間が、こんなにも側にいて、共に戦っているのです』
連携、陣形、部隊、そこには既にNFとSVの区別などない、共に戦い、共に助け合い、共に突き進む。
アリスの言葉は兵士達に響いていく、死なない為に戦う?
違う。生きる為に。そして平和な世界で過ごすために、戦う。
共に声を掛け合い、負傷した仲間を助け、人類の力を合わしてERRORに勝つ。
アリスは言葉を語りかけ兵士達を励ましていく、そんな後姿をエラは表情を変えずじっと見つめ続けていた。
───「赤城、そろそろ作戦場所に到着するんだろ?しっかり穴開ける装置の準備をしとけよ!」
そう言って赤城との通信をとる甲斐斗は余裕の笑みを浮かべていた、甲斐斗にとって戦場など死なないのは当たり前、生きるのは当たり前、勝つのは当たり前だ。
例えEDPであろうと目的は戦って勝つ事、いつもと変わりない。
「寝言を言うな。お前は一番最前線で戦っておいてあの光景が目に見えないのか……?」
赤城の言葉に甲斐斗は機体を浮上させ自分達の進行方向に目を向けると、また甲斐斗の浮かべていた笑みが徐々に消えていった。
壁の如く生い茂るPlant態、その根元には無数のDoll態が待機しており、その前方には綺麗に横一列に並び突進してくる巨大なWorm態の群れの姿があった。
「あの植物!っち、厄介な敵がうじゃうじゃ現れやがって……」
「Beast態で軍隊を囲い攻撃を分散させ、正面にいるERRORは前方から一気に突破してくるつもりだろう。だが我々も止まる訳にはいかない、このままスピードを落とさず敵陣へ突っ込むぞ」
「俺は別に大丈夫だが、お前らは大丈夫なのか?アレだけの敵の数だ、このまま突っ込めば四方からの攻撃で明らかに不利だぞ」
「そうだな……正面さえ抑えられれば大丈夫だ」
赤城がそう言うと、甲斐斗は小さく笑った後、機体を加速させBeast態を無視していくと、前方から隙間無く並び進み寄る大群のWorm態の前に出る。
「わかった、まずはあの芋虫をぶち殺す。愁、お前も来い。その後はあの化物機体を───」
『待ちなさい』
魔神とアギトが横に並び迫り来るWorm態を迎え撃とうとしていた時、突如神楽の声が甲斐斗の耳に聞こえてくると、先程まで後方にいたはずの羽衣が突如魔神とアギトの前に現れる。
「なっ!?おまっ、そんなでかい機体で後ろの軍隊全部飛び越えてきたのかよ……!」
『ええ、それよりPlant態が進路を塞いでるのよね、貴方達じゃ切り開けないでしょ?ここは私に任せて貴方達二人はWorm態だけを相手にしなさい』
平然と神楽は言ってのけたが、100mを軽く超える巨体が遥か後方から飛んで来たことに他の兵士も戸惑いが隠せない。
「本当に芋虫相手だけでいいんだな?相手は植物の他に化物機体もいるんだぞ」
壁を作るように現れたPlant態の根元には軽く百機を超える程のDoll態が存在している。
『羽衣を信じなさい。それじゃ、Worm態の方は頼んだわよ』
そう言って勝手に通信を切る神楽、少し気が乗らないが甲斐斗は羽衣を避けて突き進むと、目前にまで迫り来るWorm態目掛け剣を振り下ろし、前線に出てきたアギトもWorm態の流れを止めようと次々に拳を振り下ろしWorm態の体を砕き貫いていく。
だが二人が同時に戦えるERRORの数には限度があり、大群で押し寄せるWorm態を全て殺していく事は物理的に不可能、しかし既に艦隊の攻撃目標はBeast態からWorm態へと切り替わっており、後方からの支援砲撃で殺し損ねたWorm態を吹き飛ばしていく。
それを見ていた神楽は、Plant態とWorm態を消す為の準備にとりかかろうとすると、Plant態の根元で待機していたDoll態が一斉に目を光らせると、浮上して近づいてくる羽衣目掛け一斉に発進していく。
Doll態は次々に銃を構え羽衣目掛け引き金を引いていくが、羽衣に接近する弾丸は全て軌道が反れ一発の弾丸も直撃しない。
『Dシリーズを利用するなんて……愚かね。消えなさい』
羽衣の背部から次々に放出される無数のフェアリー、一斉にDoll態の元に向かうと、青白いレーザーを放ちDoll態の背部にある動力源を破壊していく。
たった羽衣1機を前にして無残にも次々に落ちていくDoll態、だが羽衣の攻撃はこれだけではない。両腕を前方に突き出し構えた状態を維持すると、丁度壁を作っているPlant態の中心に向けて照準を合わしていく。
『今からPlant態を一掃するわよ。赤城、全隊に伝えなさい、Plant態を処理後全機加速して一気に作戦地点にまで突き進むと』
赤城の乗るリバインと通信を繋ぎ突如命令を下す神楽、そして久しぶりに名前を呼ばれた赤城は少し驚いた表情を見せたが、また真剣な表情になると小さく頷いた。
「……わかった、だが油断はするな。お前の羽衣の力がどれだけERRORに通用するかまだ全てわかったわけではないんだぞ」
ERROR、そしてDシリーズに対して絶対的な力を振るう羽衣。その力はまさに人類の希望だが、赤城はまだ羽衣の力を信じきったわけではなかった。
『私は二度も同じ過ちを繰り返しはしないわよ……赤ちゃん』
それだけ言い残して通信を切る神楽、少し間が空いたかのように赤城は沈黙していたが、すぐにSVの戦艦にいるアリスとシャイラに向けて通信をつなげる。
「今から羽衣がPlant態を一掃する。全機体と艦隊はそれに合わせて加速し、一気に作戦開始地点に向かおうと思う、何かあるか?」
『……いいえ、問題はないわね。シャイラ、作戦内容を全機に伝えてちょうだい。私はあの装置の発進準備を進めるから』
シャイラはアリスの目を見て頷くと、言われた通り作戦内容を指示していく。
Beast態、Worm態は大分蹴散らしてきたが、またいつ何処からERRORが出てくるかわからない。
壁の如く聳え立つPlant態、これをなぎ払い前に突き進まなければ集った戦力はPlant態の巨大な触手により一掃されるだろう。だがその前に羽衣は動き、そして決断した。
『始めるわよ……!』
神楽が引き金を引いた瞬間、羽衣が構えていた両手から放電が始まると、機体の手の平から巨大な閃光が放たれる。
光は射線上にあるもの全てを飲み込みながら一気に広がっていく、その光の眩しさに目を瞑る兵士達もいたが、愁と甲斐斗は最前線でその様子を見つめていた。
そして羽衣の両手から放たれる光が徐々に弱くなり消えていくと、先程まで前方にいたWorm態、Doll態、Plant態は全て無となり射線上から消えていた、巻き上げられた土煙の隙間からでもよくわかる。
『当然の結果ね……さ、早く行きなさい。開始地点はすぐそこに───』
「避けろ神楽ぁあッ!!」
甲斐斗の声を聞いた瞬間、一発の弾丸のような赤い物体が羽衣の胸部に直撃した。
『……えっ?』
赤い血肉の塊、羽衣の胸部に直撃した瞬間血肉から触手が伸びてくると、羽衣の機体の表面に徐々に広がっていく。
『─ERROR─』
羽衣に乗っていた神楽が見た光景、それは前回のEDPでも見た事のある『─ERROR─』という赤い警告表示だった。
モニターに何十にも重なってERRORの警告表示が表示されていき、赤い光が操縦席全体を照らす。
『そんなっ、私の羽衣に、弾丸が……?』
浮遊していた羽衣が地上に落ちた。側に浮いていたフェアリーも次々と地上へと落ち動きが止まると、羽衣の胸部を侵食し始める塊。
『─ERROR─』
土煙が消えていくと、今その場に広がっている光景が徐々に見えてきた。
先程のWorm態やDoll態の数を遥かに上回る大群、だがその大群のERRORは誰も見たことの無い未知のERRORだった。
大きさはDoll態よりも少し小さく、Person態と似たような姿形をしていたが、今までのPerson態とは全く別のERROR。
歯茎を剥き出しにして笑みを浮かべているが、二本の長い足で地上に立ち、顔には幾つもの目玉を見せ、全ての眼球をきょろきょろと動かしている。また、背部からは何本もの長い腕が伸びており、うねうねと触手のように背部から伸びている腕を動かしていた。
「何なんだあの化物!Plant態の後方に隠れていやがったのか!?」
ERRORは容赦などしない、土煙が晴れた瞬間その新種のERRORは一斉にしゃがみ込むと、まるでバッタのように両足で地面を蹴り上げ跳んで来る。
赤い波が大群で押し寄せる、それも飛び跳ね、笑みを浮かべながら近づいきている。
兵士達は一斉にERRORに照準を向け引き金を引くものの、跳びながら近づくERRORに弾丸が直撃させることができず次々にERRORに取り付かれる機体達。
取り付かれた機体に乗っている兵士にはこちらを見つめる何個もの目玉と、ニヤニヤと笑みを浮かべる化物の姿しか映らない。
操縦席のハッチは簡単に破壊され取り外されると、もうそこに兵士の逃げ場などなく、震え、叫び、恐怖が、全身を包み、脳を震え上がらせ、呼吸すらままならない。
死、それも、化物に喰い千切られる死。
聞こえてくる、ERRORとの戦場で絶対に聞こえてくる、人間が殺される間際の叫び声、断末魔が。
死を前にした人間の声は様々で、足を、体を、腕を、躊躇い無く千切られ、喰われていく姿は、兵士達も目を背ける。
恐怖。それしかない、次にあんな風に殺されるは誰だ?仲間か?自分か?
新種のERRORにより部隊の前線は一気にかき乱され、崩壊していく。羽衣も地上に落ちた後、何の動きも見せない。
『─ERROR─』
『何、これっ……頭の中に、い、た……うあっ───!』
突如頭を抑え必死に頭痛に耐えようとする神楽、だがその激痛は更に強まり神楽を苦しめていった。
『ぁあああッ!いやっ、やめ、てっ───ぅううッ!!』
まるで脳内はぐちゃぐちゃに混ぜられるかのような感覚、何も考える事が出来ず、気が狂う程の感触。
羽衣を徐々に侵食していく血肉の塊、機体の表面に血管を張り巡らせ、蝕んでいく。
ERRORの前に、崩壊していく。
羽衣は地に落ち、機体達は次々に新種のERRORにより取り付かれ、兵士が殺されていく。
突破するはずだっただが、誰も加速など出来るはずがない、この状況で突き進む事は間違いなく死を意味していた。
───「ありがとう、見届けさせてもらったよ」
結果はわかった、SVの艦内で今までの様子を見ていたエラはそう言うと後ろに振り返り司令室から出て行こうとする。
「待ちなさいよ……ッ!」
席に座っていたアリスが立ち上がり出て行こうとするエラに向かって声を上げた、するとエラは立ち止まり、それを見てアリスは言葉を続けていく。
「まだ終わりじゃない!よく見ていなさいERROR!私達が一人一人戦っていく様を!その目でしっかり見届けなさいよ!」
「……わかった」
アリスの呼び止めに潔く出て行くのを止めると、エラはゆっくりと後ろに振り返る。
だがその目の中にある瞳は黒く濁り、先程のエラとは全く別の異質な雰囲気を漂わせていた。
「そこまで言うなら見届けよう。お前達一人一人が何も出来ずに喰い殺され、悲痛に涙を流し、血を吐いて死に、人類が敗北する光景を、この『目』で」
そのエラの目にアリスは言葉が出ない、たった一体のERRORに、怯み、足が竦む。
微かに笑みを見せるエラ、その笑みには恐怖の念しか感じられない、まるでPerson態が今目の前にいるかのような、自分の命の危機すら感じる。
『おい、好き勝手言ってくれんじゃねえか。だからお前達ERRORには無理なんだよ、俺達人類に勝つ事はな』
艦内に聞こえてくる一人の男の声、アリスはその声に後ろに振り返ると、エラもまた声の方に目を向ける。
「甲斐斗……!」
甲斐斗は余裕の表情で操縦席に座っていた、だが先程と甲斐斗の目付きが違う、より真剣に、より相手を威嚇する目で、エラを見つめている。
『これからだろ、これから人類が反撃を見せるんだよ。その目でよく見とけよ?人類の力、可能性って奴をな』
血が騒ぐ、危機的状況に瀕しているからか。それとも、強大な敵が目の前に現れたからか。
どちらにしろ甲斐斗のやる気が下がる事は無い、どんなに絶望的な状況だろうと絶対に勝つ。
それが甲斐斗の、いや、人類の目的、任務、責任。だから戦うしかない、勝つしかない、絶対に。
そんな甲斐斗の姿をエラは微かに笑みを見せながら見つめていた、そしてその目は既に先程の濁った目ではなくなっている。
「ああぁ……見せてくれ……お前達、人間の力を……!」
通信はそこで切れ、甲斐斗の映像が消える。
もうこの戦いが終わるまでエラがこの部屋から出て行く事は無い、甲斐斗からは武蔵と似た力、可能性を感じた。
そして、その力が本当に通用するものなのかどうかは……今、決まろうとしている。