第98話 化身、震撼
───東部軍事基地からSV、NFの艦隊が発進してから数時間が経ち、各地方から集められた戦力が一箇所に集結しようとしていた。
「これがNF、SVに残された最後の戦力か……」
次々に並列に並んでいく艦隊の光景をSVの戦艦の中から見下ろす赤城。
すると、通路からこちらに歩いてくる神楽と、その神楽と手を繋いで近づいてくるミシェルが視界に入った。
「神楽、お前も出るのだろう?」
腕を組みながら神楽の方に体を向けると、神楽は赤城の前で立ち止まりミシェルと手を繋いだまま窓の方に視線を向ける。
「ええ、私の羽衣の役目は本来EDPでの決戦兵器。それに、過去に帰る為に必要な物も揃えないといけないから」
窓の外から見える戦力、既にどの艦も出撃可能な状態、機体の整備も完了し万全の体制で待機していた。
「所で、甲斐斗知らない?もしかしたら貴方の所に来ているかもしれないと思ってたんだけど」
「それは私の台詞だ、奴の機体はまだここに来ていないらしいぞ。何か作戦でもあるのか?」
一瞬二人の会話が止まる、だが神楽は溜め息を吐くと頭を抱えるように手を当て俯いてしまう。
「あの馬鹿、道にでも迷ったのかしら」
「作戦開始場所は前の会議で話してある、直に来るはずだ……多分」
赤城まで溜め息を吐き俯いてしまうが、顔を上げるともう一度窓の外を眺めた。
その時、ふと視界に黒い機体が颯爽と上空を飛び去る光景が映る。
「神楽、たった今甲斐斗の機体が横切ったんだが」
言わずともその光景は神楽も見ており、呆れた様子のまま立ちつくしていた。
───「やっと着いたみたいだが……すげー数の戦艦だ、集合地点はここで間違いないな」
出遅れていた甲斐斗もようやく到着、並列する艦隊の前に機体を着地させると辺りを見渡してみる。
「さてと、神楽のいる艦はどれだぁ?一言文句言わねえと気が治まらん」
神楽が乗っていたあの機体も見当たらず、このまま目視で神楽の場所がわかるはずもないのでSVの艦に通信を試みようとした時、目の前の戦艦のハッチが開くと1機の機体が姿を現した。
白き装甲に巨大な右腕、そして鋭く細い左腕を持つアギト。艦から勢い良く発進すると甲斐斗の乗る機体の目の前に着地し機体を止めた。
『ずっと待っていたんですよ甲斐斗さん。これからEDPを行うというのにどこに行ってたのですか?』
モニターに映し出される愁の姿は以前のように仮面を付けておらず、柔らかい表情で甲斐斗を見つめていた。
「ちょっとな……それより聞きたい事があるんだが、神楽やミシェル、あとアビア達が乗ってる艦はどこにあるんだ?」
『皆さんなら俺の後ろにある艦に乗っています。そうそう、甲斐斗さんがいないのでアビアさんが酷く退屈してましたよ、早く行ってあげた方が───』
愁の会話を途中まで聞いた後、甲斐斗の機体はアギトを軽々と飛び越えると、先程アギトが発進した艦の中に強引に乗り込んでいく。
「ありがとよっ!簡単に話し済ませてくるわ」
甲斐斗はそれだけ言って通信を切ると、艦内の格納庫に機体を止めすぐさまハッチを開けて機体から降りてくる。
艦の前で立ちつくすアギト、甲斐斗の乗る機体が艦に入ったのを見た後。愁は軽く機体の両手を動かし調整に入る。
「アギト、俺に迷いなんてもう無いよ。生きて明日を迎えるために砕き、貫こう。フィリオの為、アリスの為……いや、皆の世界の為に、突き進む」
───「どこだ神楽ぁあああ!でてこいやぁあああッ!」
基地の通路を一人走り回る甲斐斗、冷静に軍の兵士から場所を聞けばいいだけの話しだが今の甲斐斗は神楽への怒りにただひたすら艦内を走り回っていた。
すると、甲斐斗が横切ろうとした一室の扉が突如開くと、部屋の中から出てきた神楽がすかざす足を伸ばし走り過ぎようとする甲斐斗の足を蹴り上げる。
「ぬおっ!?」
当然体勢が崩れ走っていた勢いと共に通路にこける甲斐斗、その様子を見下したように見つける神楽は一本の煙草を取り出すとそれを口に銜え火をつけた。
「人の名前をそんな大声で呼ばないでほしいんだけど、こっちが恥ずかしいじゃない」
「探したぞてめぇぇぇぇっ!人を勝手に置いて行きやがって、俺様がどれだけ道に迷ってたのか知らねえだろがぁッ!?」
「迷うって、機体にはちゃんと目的地が入っていたはずよ?」
……言えない、無我夢中に機体を走らせた後、機体のデータにちゃんと目的地が入力されていたことなど。
最初から調べていれば余り時間もとらなかったが、頭に血が上っていた甲斐斗にはそれに気づくことすらできていなかった。
「……まっ、今度からは起こせよ!」
先程の怒りは何処へやら、何事もなかったかのように話を切り替えようとする甲斐斗だが、見下したような神楽の視線が消える事は無かった。
「それと、お前もEDPに出るみたいだが。体調の方は大丈夫なのかよ」
一瞬間が開く、先程まで甲斐斗を見下していた神楽の表情も呆気にとられたようになっている。
「ええ……大丈夫よ」
「そうか、なら良いんだけどな。くれぐれも無理はすんなよ」
「ええ……」
ぼーっと甲斐斗を見つめる神楽の視線に、甲斐斗は腕を組み首を傾けてしまう。
「あーそうだ、ミシェルはどこだ。あとアビアにロア、あとあのERROR女」
「……貴方の後ろにある部屋よ」
神楽がそう言った途端、甲斐斗はすぐ後ろにある部屋の扉が開いた音が聞こえてきた。
「甲斐斗ーっ!」
飛び掛るアビアをまたも華麗に交わす甲斐斗、同様に神楽も身をかわすと、アビアは神楽が出てきた部屋に勢い良く入っていってしまう。
「元気そうで何よりだ。って事でアビア、俺は今からERRORぶっ殺してくるから、その間お前のその有り余る元気でミシェルを守っててくれ」
「えー、いつもそうじゃーん……。つまんない、キスしよ?」
「何でそうなる。あれだ、あれ、無事ミシェルを守れたら俺が何でもしてやる、それでいいか?」
甲斐斗が交換条件を出した途端、アビアは一人ガッツポーズを取ると先程とはうってかわって張り切り始める。
「アビアに全部任せてオッケー!アビア頑張っちゃうよーっ!」
「それでこそお前だッ!ミシェルを絶対に守るようにロアにも伝えておいてくれよ」
「うんうん!それよりこの戦いが終わった後、本当に何でもしてくれるんだよねー?」
「おう、約束は絶対に守る。だからお前も約束を守れよ」
アビアが自分の話に上手く乗ってきた事に満足する甲斐斗、だがアビアが一瞬だけ見せた不敵な笑みに、自分の表情から笑みが消えていく。
「アビア?」
ふと甲斐斗の口からアビアの名前が零れる、するとアビアはまたいつものようにニコニコと笑ってみせる。
「なーに?」
「……いや、なんでもない。そうだ、お前に一つ聞きたい事がある」
甲斐斗にはアビアに聞いておきたい事があった。前日の会議で知り得た事が、アビアの話してくれた事と矛盾していることに気づいたのだから。
「あの男、テトはたしか神がこの世界での魔法を封じているって言ってたよな。だが実際神が消えた後、神がいた時と状況が変わっていない、これはどういうことなんだ?あいつは俺に嘘を言っていたのか?」
テトはあの時、嘘を教えたのか。甲斐斗にはわからない、だからこそ今ここでアビアに聞いておく必要があった。
少なくともアビアなら知っているはずだ、この世界で魔法が制限されている理由、神の力について。
その甲斐斗の真剣な表情に神楽も息を呑みアビアの返事を待つ、すると甲斐斗の前に立っていたアビアの顔から笑みが消えると、一歩前に踏み出した。
「帰ってきたら、教えてあげる」
甲斐斗の耳元でそう囁いた後、またいつものように笑みを見せるアビア。
それを聞いた甲斐斗もまた少し笑ってしまうと、後ろに振り返りアビアに背を向けた。
「わかった、約束だぞ?」
「うん!」
本来なら今からでも喋らせるべきかもしれないが、問題無い。無事帰ってきて話を聞けばいいだけのこと。
そうと決まればさっさとEDPを終わらせる、早速自分の機体の元に向かおうとした時、神楽が出てきた部屋から眠たそうな表情を浮かべるミシェルが現れた。
「かいとっ……!」
甲斐斗を見た途端眠そうな表情から笑顔に変わるのを見て、甲斐斗はしゃがみ込みミシェルの頭を優しく撫でていく。
「おはよう、突然だが俺は今から戦いに行ってくる。帰ってくるまでアビア達とここで大人しくしてるんだぞ?」
優しく話しかける甲斐斗の言葉、ミシェルは小さく頷いてくれたが、不安な表情で甲斐斗を見つめてくる。
「また……たたかうの?」
「まあな、心配するな。俺は最強だ、必ず帰ってくる。そしたらまた一緒に遊ぼうな」
心配をかけさせたくない、ミシェルの前では甲斐斗も笑みを見せ優しく振舞う。
それに答えるようにミシェルも笑みを見せると、先程よりも大きく頷いてくれた。
───各兵士が艦の格納庫に待機させてある機体に乗り込んでいく。
既に集った艦隊はERRORの巣に向けて発進しており、ERRORの反応と共にいつでも出撃できる態勢で待機している。
甲斐斗も他の兵士達と同様に自分の機体に乗り込み、退屈そうに腕を組んで出撃許可を待っていたが、突如通信が繋げられモニターに愁の姿が映し出される。
『甲斐斗さん……随分と落ち着いていますね。これからEDPだっていうのに』
「お前こそな、それより俺に何か用か?」
『いえ、特に用があるわけじゃないですが……甲斐斗さん、作戦内容理解してます?』
「それなら前日の会議で話してただろ」
『はい、それで作戦内容は───』
「だが忘れた」
『甲斐斗さん……』
「まぁ待て、とりあえず俺達はERRORを倒してれば良いんだろ?」
『簡潔しすぎです。それにただ倒せばいいだけではありません、大きく三つの部隊に別れてそれぞれ行動していきます』
それから愁の説明が始まったが、甲斐斗は腕を組んだまま平然とした表情でその話を聞いていく。
BNの開発した巨大なレーザー兵器、その兵器を使用し地上と地下に巨大な穴を開けるが、この装置と艦隊を護衛する部隊が葵達のいる部隊である。
そして地下へと続く開けられた巨大な穴を守る部隊が赤城達の属する部隊、主にNFの兵士が担当。
その後、開けられた巨大な穴を利用しERRORの巣へと降下、ELB(電子光化爆弾)を設置した後地上へと帰還する、これは愁達の部隊が担当している。
『甲斐斗さんは戦場の状況を見て動いてくれて構いません』
「マジで?わかった、そんじゃ俺は好き勝手動いていいんだな。なーんだ、俺が最初に言った事じゃねえか」
『え、ええ。まぁそうなんですけどね。一応作戦内容の把握をしてもらいたくて……』
「わかってる、ありがとよ」
勿論甲斐斗は愁に感謝している、作戦内容を全く知らなかったわけではないが、甲斐斗にとってはEDPよりも過去に帰る事について考えすぎていた。
互いに見合わせて初めてわかる二人の覚悟、愁から見れば初めて会った時と同様、甲斐斗には不思議な力を感じる。
気配、気迫、存在……力に満ち溢れる勇姿、そして暖かく優しい心を持つ甲斐斗を愁は尊敬していた。
それは甲斐斗も同じかもしれない、初めて見た時の面影は微かにあるものの、比べ物にならない程の『強さ』を今の愁は持っている。
それはこの世を生き延びてきた経験の表れなのだろうか。経験、覚悟、心、恐らく愁はまだ自覚していないだろう、自分が既に超越した存在である事に。
───『SV、NFの勇敢な兵士の皆様。EDPの前にお話があります』
突如全ての艦と機体のモニターに映し出されたアリスの姿に、待機していた兵士達が皆視線を向ける。
会話をしていた甲斐斗と愁も話を止め、モニターに映るアリスに目を向ける。甲斐斗は口には出そうとしないが、モニターに映るアリスの姿を一瞬フィリオと見間違えた。
『私、アリス・リシュテルトは、姉であるフィリオ・リシュテルトから全ての権威を正式に受け継ぎました。これにより全ての指揮を今から私が執らせていただきます』
アリスの言葉に兵士達は動揺など見せない、黙ってアリスの言葉を聞いていく。
何故ならこの場にいる全ての兵士は、アリスの言葉の意味を理解していたからだ。
フィリオの死は皆に知らされている。そしてフィリオが死ぬのと同時に、次期SVの後継者であるアリスがフィリオと同じ地位につくことを理解していた。
『ようやくこの時が訪れました、人類が力を集結させERRORとの決戦を迎える日が……しかし、今日の戦いはまだ途中です、終わりではありません。だからこそ私達はこの戦い、必ず生きて帰る必要があります』
全員の兵士が必ず生きて帰る……そんなことは絶対に不可能。だがそれは他の兵士達も同じように理解している。
それでもアリスには言う必要があった。このEDPは前回のEDPとは比べ物にならないほどの大規模かつ苦戦をしいられるだろう。それでも、この戦いが最後ではない。自分達が本当に命を投げ出してまで勝利を収めなければならない戦いは、NF、BN、SV全ての戦力を結集させて挑む最後のEDPなのだから。
『この世界の為に散っていた人達の為にも、私達はこの戦い、必ず勝利を掴みとらなければなりません!
もうこの世に神はいない!だから私達の手で未来を切り開きましょう、平和な世界を、人類の手で───ッ!』
……そこに映っているのは本当にアリスなのだろうかと、ふと甲斐斗が疑問に思ってしまう程の迫力。
アリスの事を幼稚で生意気なガキだと思っていた甲斐斗だったが、この迫力と共に感じられるアリスの思いに甲斐斗も次第にやる気が湧いてきていた。
「良い演説っぷりじゃねえか、お前もそう思うだろ?」
「そうですね、今の彼女からは溢れる程の力を感じる……アリスもようやく決心したんだと思います」
「だな、お前も決心はついてるみたいだし。これで全力全開で戦えるな」
出し惜しみ無しの戦い、今この場にある全戦力を持ってERRORの巣を潰す。
その時、各機体のモニターに映し出されるERRORの表示に、全兵士が反応を示す。
『ERROR……遂に現れましたね。それではこれより───EDPを開始しますッ!』
突き進む艦隊のハッチが次々に開いていくと、中で待機していた機体達が次々に発進していく。
愁の乗るアギト、葵の乗るライダー、赤城の乗るリバイン、そして甲斐斗の乗る魔神MD。
その4人が乗っている機体のモニターにシャイラが映し出され通信が繋がると、4人全員の姿が映し出された。
「全体の指揮はアリスお嬢様と私でとらせていただきます、貴方達3人は自分達の部隊の指揮をお願いします」
シャイラの言葉に甲斐斗以外の三人は頷くと、今度は甲斐斗が口を開きはじめる。
「俺は自由に動き回っていいんだろ?まぁお前等、もし俺の力が必要になったらいつでも呼べよな」
「はい、そのように動いてもらって構いません。それと葵様、エコ様とご一緒では……?」
愁に赤城、そして甲斐斗も気づいていた、いつもなら葵の後ろにある操縦席にエコが座っているが、今の操縦席には葵しか座っていない。
「エコはまだ体調が良くねえから寝かせてる。それにライダーは元々俺一人で動かしていたんだ、エコがいなくたって大丈夫だ」
少し強がって見える葵の態度だが無理もない。こんな大事な時にパートナーが欠けているのだから。
「……わかりました。赤城少佐、ELB設置地点の地上に到着するでは各機艦隊の護衛に回ってください。前線で戦うのは愁様の率いる部隊に任せます」
「わかった。それで、既にあの装置の準備は出来ているのか?ERRORの巣にまで穴を開けるあの兵器の……」
「心配いりません。いつでも持ち運べます」
「了解、それではこれよりERROR戦を行う。各機、健闘を祈る」
赤城が敬礼をすると、それに続いて葵と愁、そしてシャイラが敬礼を済ませるが、甲斐斗はその様子をただ見つめただけで通信を切った。
それを見ていた葵は一度だけ深呼吸を済ませると、操縦桿を強く握り締め口を開く。
「愁、シャイラ。絶対に死ぬなよ……。葵、アストロス・ライダー、出撃するッ!」
艦内のハッチが完全に開くのと同時に艦から出撃するアストロス・ライダー、それに続いてギフツにリバイン、アストロスが次々に出撃していく。
「それでは俺も……魅剣愁、アストロス・アギト、出撃しますッ!」
艦内から力強く発進するアストロス・アギト、最前線で戦う為に発進後すぐに艦隊の先頭に向かい次々に発進される機体達がアギトを先頭に陣形が組まれていく。
「……俺はポジティブだ、だから葵が俺の名前を言わなかったのはきっと俺が死なないのは当たり前だということだ。そうに違いない」
微妙に引っかかった葵の言葉に突っ込みをいれようとしたが、今からEDPを行うというこの空気の重みに何も言えなかった。
そんな甲斐斗の呟きを聞いて微かに笑みをみせるシャイラ、それを見て甲斐斗は不満そうな表情を浮かべていた。
「何だよ……」
「すみません、やはり甲斐斗様は私が想像していたより楽しい方だと思いまして」
「お前……一度俺に殺されかけたっていうのによくそんな事言えるな……。言っとくが、あの時の事は悪いなんて思ってないからな。まぁ……ちょっと女相手にやり過ぎたってのは今思えばあったかもしれんが……」
「それに強く、逞しい。貴方が共に戦ってくれると思うと自然に勇気が湧いてきます」
「そ、そうか?まぁ俺とお前は仲間になったんだ、協力して頑張ろうぜ、俺もこの力で存分に戦ってやるから任せとけ!」
「頼もしい限りです。私もこの命を懸け全力でEDPを行います」
「おーっと、命を懸けるなんて言っていいのか?アリスは言っただろ、必ず生きて帰れと、命令違反はダメだぜ?」
「す、すみません。その言葉、前にフィリオお嬢様にも言われていました……私はアリスお嬢様を守り、必ず生きて帰ります」
「それでいい。さーて話は終わりだ、俺様も出撃するぞッ!」
魔神発進、艦から高らかに飛翔していくと瞬時に黒剣を出し右手で握り締める。
「愁!手始めに先頭のERRORをぶっ潰すぞッ!ついてこいッ!」
『待ってください甲斐斗さん、ERRORの様子がいつもと違います!』
部隊の先頭でERRORの様子を窺っていた愁、明らかな異変を感じ今場にいるERRORの映像が甲斐斗の乗る機体にも映し出された。
「たしかに……変だな」
地上に出ているERRORの異変……それは誰の目から見ても分かる程だった。
地上に無数に現れたBeast態の群れ、だが獣達は地上に出た途端皆血を吐き出しその場で足掻きながら倒れていく。
『Beast態が……苦しんでる……?』
体毛は抜け落ち、呼吸すらも出来ないのか、口から泡を吹き出し苦しみのたうち回るBeast態。
その奇妙な光景が当たり一面に広がっており、兵士達は皆困惑した様子だが、甲斐斗だけは違った。
「何か苦しんでるみたいだが別にいいんじゃね?むしろ好都合、攻めるのに好機じゃねえか!」
たしかに甲斐斗の言う通り、地上に見られるERRORは今の所Beast態しかいない、そしてその地上に出現したBeast態は皆苦しんでいる。
同情の余地などERROR等にはいらない、苦しんでいるならトドメをさすのみ。
それを真っ先に甲斐斗が実行しようと、巨大な黒剣を振り上げ地面に這い蹲るBeast態目掛け飛び込んだ瞬間、Beast態は大きく口を開けると顎が外れ一瞬で頭が割れていく。
細胞が増殖、血肉は蠢き色形を変え、更に巨大に、更に太く、更に醜く成り果てる。
それは獣の姿などではない。
化物だ。醜い、醜い、人間の顔をした、醜い、化物、化物……。
兵士達の血の気が引いていく、気づけば恐怖に慄き、機体を止める者までいた。
先程までのBeast態の見る影もない、巨大な人間の頭をし4速歩行の化物がそに立っていた。
巨大な肉体からは人間の手足のようなものが所々に生え、大きく丸い目玉はぎょろぎょろと辺りを見渡し、その巨大な口は白い歯を見せ、血で真っ赤な歯茎をむき出しでいる。
見たくも無い、化物の醜き姿、吐き気をも催すそのリアルな顔に、兵士達は皆圧倒されていった。
……ただ一人、甲斐斗を除いて。
「気持ち悪いんだよぉおおおおおおおおおッ!!!」
黒剣でBeast態の頭を一刀両断する甲斐斗、その表情は余りにも酷い光景を見たせいでかなり興奮し苛立っていた。
「きもい!てかきめえ!おい何だあれ、何なんだあれはよお!?きもい化物が更にきもくなりやがったぁ?はぁあああ?進化する所か退化してんじゃねえかよおい!そんな面見せるんじゃねえ!ぶった斬りたくて仕方なくなるだろがぁああああああああッ!!!」
今まで見てきた化物が可愛く見えてしまう程、今のBeast態の成れの果ては醜い。
それも一体所ではない、地上でもがき苦しんでいたBeast態は皆次々に新たな姿へと変わり果てていく。
「───怯むなッ!各機攻撃を開始!絶対にあの化物を艦に近づかせるなッ!」
愁の声に兵士達が我を取り戻す、機体達はすぐさま手に持っていた銃を構えると、こちらに走り向かってくるBeast態に向けて引き金を引いていく。
放たれた弾丸は次々にBeast態の顔に当たり顔の肉片を吹き飛ばしていくが、それでもBeast態は止まる事無く近づいてくる。
その姿を見て兵士達は僅かに震えながらも必死に狙いを定めBeast態を撃ち抜いていくが、Beast態の勢いが止まる事は無い。
『く、来るなよっ!近づいて来るなよこの化物ぉ!う、ぁあっぅああああああッ!?』
醜い人の顔をしたBeast態、顔が銃弾で砕け散り血を噴き出しながらも機体の目の前にまで来ると、その巨大な口を更に大きく開けアストロスの胴体を一瞬で食いちぎる。
その場にアストロスの下半身だけが残され、火花を散らしながらその場に崩れ落ちた。
『ひっ!?あ、あの化物、機体をそのまま喰ってやがる……あぁっ!?俺を見るな!こっちに来るなぁああああッ!』
次々にNF、SVの兵士達の乗る機体に襲い掛かるBeast態。それに負けじと応戦する兵士達だが、咄嗟の出来事と変異したERRORの前に次々に前線が崩れていく。
その崩れていく前線を必死に立て直そうと、アストロス・アギトに乗る愁はたった一人敵に四方を囲まれようとも決して引かず戦い続けていた。
飛び掛るBeast態に、アギトの右腕にある『砕く拳』がその巨大な顔を打ち砕いていく。
更に左腕で隙を狙い飛びついてくるBeast態の腸を貫くと、後方から走り寄るBeast態に向けて貫いたBeast態を投げ飛ばす。
だがBeast態は投げ飛ばされた死体を勢いに任せ吹き飛ばすと、アギト目掛けて巨大な口を開けようとした。
「ERROR……何故そこまで人に似せた。お前達は、俺達人類に何を伝えようとしているんだッ!?」
Beast態の左目を貫く拳、苦しむBeast態の表情をものともせずにアギトは拳を引き抜き蹴り飛ばすと、更に敵の集う場所へと飛び掛り拳を振るっていく。
「人間の醜さを表したつもりか!?それとも情を誘う為かッ!お前達ERRORは、一体何を……ッ!」
その時、突如モニターに映し出される赤城の姿に、愁はふと我を取り戻す。
「落ち着け魅剣、余り熱くなるな。まだ戦いは始まったばかりだ、最初から飛ばしていけば身が持たないぞ」
「す、すみません赤城さん。ですが、このまま引き下がれば味方が危険です、俺が敵の注意を引き付けますので、各機体は援護射撃をお願いします!」
愁の言葉を続けるように甲斐斗も通信を繋げると、先程よりも少し落ち着きを取り戻した様子で喋り始める。
「ってことで、俺と愁があの化物をかき乱す。お前らはもう一度前線を立て直して突き進めッ!」
たった2機で無数のBeast態をなぎ払い、次々に息の根を止めていく二人。
例えアギトがBeast態の巨大な口に噛まれても、その強力な顎ですらアギトの装甲に傷一つつけることはできない。それ所か、逆にBeast態の歯の方に亀裂が走り砕け散ってしまう。
それにBeast態が気づいた時には、既にアギトの拳がBeast態の肉体を砕くか、貫いているだろう。
そんな愁の勢いに負けじと魔神も黒剣を振り回し醜いBeast態の頭を斬りおとしていた。
二人は己の力と機体を信じ決して慄く事無く戦い続ける、その二人の勇ましい姿は、その場にいる兵士達にも伝わってきていた。
『前線を立て直し陣形を組め!一斉射撃を行いBeast態をなぎ払うぞッ!』
『『了解ッ!』』
兵士達は皆互いに声を掛け合い銃を手に取り戦い続ける、最初は圧倒され押されていたNF、SVの兵士達だが次第に勢いづき作戦開始地点へと進んでいく。
「マルチロックオン完了、私の仲間達を死なせはしないッ!」
後方からはシャイラの乗るアストロス・ガンナーによる援護射撃に、機体を襲われそうになる仲間を次々に救い、葵の乗るアストロス・ライダーも仲間に近づくBeast態を次々に鉤爪で切り裂いていく。
「っけ、好きなだけ姿形を変えやがれ、どんだけ醜くなろうが人間の姿に化けようが。俺達は必ずEDPは成功させてやるからよッ!」
次々にBeast態を切り裂き華麗に地上を駆け回るライダー、艦を止めようと近づいてくるBeast態の数も赤城率いるNFの後方支援により次々に減らしていった。
「やれやれ、好き放題暴れるのはいいがまだ開始地点にまで辿り着いていないのだぞ。なるべく戦力の消耗は避けたいものだが……」
「───そうね、だからこの戦場。私に任せてもらおうかしら」
赤城への通信、パイロットスーツを身に纏う神楽の姿がモニターに映し出される。
EDP決戦兵器である羽衣の降臨、艦隊の並ぶ後方で地上から僅かに浮きながらついてきていた。
「お、やっと来たか神楽。お前のその機体の力、たっぷりと見せてもらうぞ」
「ええ、それじゃまずゴミ掃除をするわよ。貴方達二人は下がりなさい」
そう言ってのけると、神楽の乗る羽衣は右手を前方に突き出し狙いを定める。
その神楽の言葉を聞いて愁と甲斐斗はすぐに後退していくと、それと同時に一本の閃光がBeast態の群がる戦場へ落ちた。
「羽衣はね、綺麗好きなの」
羽衣の右手から放たれる赤く太長い閃光、ビーム兵器だと思われるその力で羽衣は腕を水平に横へ動かしていく。
射線上にいるERRORを飲み込む光は、Beast態を次々に塵へと変えて一掃していく。
これがNFの最終兵器羽衣の力、あの地上に現れていた無数のBeast態がたった一発の攻撃で大半が消し飛んだ。
その瞬間、そしてこの光景に兵士達も驚きを隠せない。羽衣の力を見た者は限られており、かつその猛威を振るう場面に出くわした機会は二三度程しかないのだから、羽衣の力を知る者は神楽以外いないだろう。
「存分に震撼しなさい、私の羽衣が戦場に出た今。この戦場に人類の勝利を約束させたわ」
そう言って笑みを浮かべる神楽の姿に甲斐斗もふと笑みを見せたが、少し顔が引きつっていた。
「す、すげえじゃねえかよ……これが羽衣と、お前の力か……」
想像を軽く上回る羽衣の破壊力、そして美しさ、まさに神楽に相応しい機体とも言える。
「まだ羽衣は30%の力も発揮してないわよ?これからよ、羽衣の真の力を見るのは」
羽衣の力を存分に使えるのが嬉しいのか、神楽はまた微かに笑みを見せるが、既に甲斐斗の顔から笑みは消えていた。
───その光景をSVの艦内で見いてたアリスは目が放せなかった。
ギフツ、リバイン、アストロス、見事に陣形を再び組み直し一斉に射撃を行い周りのERRORを一掃し。
仲間の危機にはすかさず赤いリバインとライダーが助けに入り、ガンナーの後方支援がERRORを邪魔する。
前線では白き装甲を輝かせながらその豪腕を振るうアギトに、魔神は1機で敵陣に突っ込み次々にERRORを斬り飛ばしていく。
NF、SVの兵士達、愁、葵、シャイラ、赤城、甲斐斗、そして神楽───。
勝てる。この戦い、必ず勝利する、勝利させてみせる!人類の命運がかかったこの戦い、絶対に。
すぐにアリスはオペレーターから情報を聞き作戦指示を出すと、各モニターを見ながら戦況を把握していくと、一人の女性の声が後方から聞こえてきた。
「Beast態……なるほど、奴がな……」
気配すら感じさせずにアリスのすぐ側に立っていたエラ。
女性の姿をしたERRORであってアリスはまだ慣れておらず、驚きながらもじっとその女性を見つめていた。
「ど、どうして貴方がここにいるのよ!?」
「安心というのをしていい、甲斐斗から許可はもらっている、見届ける為だ。ここなら一番よく見られるのだろ。私は見届ける、この全ての光景を」
エラはアリスを見る事無くじっと前方を見つめたまま動かない、それを見てアリスは不信感を抱きながらも席に座りなおし戦況を確認しなおす。
「私に見せてくれ、私に感じさせてくれ、私に響かせてくれ……あの時のように、私に涙を流させたように───」