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第97話 慈悲、責任

───一日経っただけであれほど広がっていた雨雲は消えてしまい。空には雲一つ無い青空が広がっていた。

各部屋の窓からは朝日が差し込み、基地にいた人達が目を覚ましていく中、甲斐斗と神楽だけは違った。

「お、おい……日が昇ってるぞ……」

「そう、ね。ちょっと張り切りすぎたかしら……」

昨日シャイラに聞かされた話、そして渡してもらったディスクを二人で見て計画を練りあっている内に一日がたってしまった。

後ろのベットではミシェルが毛布に包まって寝ていたが、顔を朝日に照らされゆっくりと目を覚ます。

「そろそろ俺も寝るとするか……こうも眠いと頭が働かねえ……」

ふらふらとした足取りでベットに上に倒れこむ甲斐斗、ちょうど自分の目の前には目を覚ましたミシェルがこちらを見つめていた。

「おやすみ、ミシェル……」

深い眠りにつこうと目を瞑る甲斐斗、すると神楽は台所へ向かい紅茶を作り始める。

「寝るのは勝手だけど。今日ここを出発するのに大丈夫なの?あと、そこ私のベットだから───」

出発が今日……そんな話、甲斐斗が聞いてるわけがない。

「なんだとっ!?くそっ、なら寝てるわけにはいかねえ、さっさと艦に乗り込む……ぞ……」

ベットから起き上がり声を荒げた甲斐斗だったが、睡魔の攻撃は収まらず意識が遠のいてしまう。

それを見て呆れたように溜め息を吐く神楽は、自分の紅茶を淹れそれを飲み終えた後、ベットの上で目を覚ましたミシェルに近づいていく。

「おはよう!かぐら!」

神楽に気づいたミシェル、まだ少し眠りたいのか、目元を擦りながらも満面の笑みで神楽に挨拶をした。

「えっ?……おはよう、ミシェルちゃん。私の名前覚えてくれたのね」

「うん!」

その表情に神楽は自然と手を伸ばしミシェルの頭を撫でていく、それに対してミシェルも嬉しそうに神楽を見つめていた。

「シャワーを浴びたら朝食作るから、ちょっと待っててね」

そう言って神楽は体に羽織っている白衣を脱ぐと、綺麗に壁に掛けてバスルームの方へと歩いていく。

ミシェルはベットの上に座ったまま、足をふらふらさせ神楽が帰ってくるのを待っており、ふと自分の横で寝息を立てる甲斐斗に視線を向けた。

「かいとー、あさだよー?」

いつもは朝に起きているのに、朝に眠ってしまう甲斐斗に首をかしげてしまうミシェル。

部屋には自分達以外誰もいない、物音もせず、バスルームからは微かに水の音が聞こえていた。

「あ、はみがき……」

前に神楽のいた家にいた時、ミシェルは朝食を食べる前に神楽から歯磨きも教わっていた。

部屋を見渡すが洗面所らしき場所は見当たらない、とすれば水の音がする場所にあるかもしれない。

眠そうに一人部屋の中を歩き、水の音がする部屋の扉を開け中に入ると、そこには洗面所の他にも洗濯機や机があり、下着などが置かれていた。

曇りガラスの付いてある扉の向こうからはシャワーの音が絶えず聞こえてくる、それを見た後洗面台に近づくと、コップの中に置いてある歯ブラシを手を伸ばした。

そして指が歯ブラシに触れた瞬間、突如バスルームから何かの倒れる音が聞こえ指を離してしまう。

音の方が気になって振り返ってみるが、先程と同じように水の音しか聞こえてこない。

「かぐら?」

先程まで見えていた人影が見えない、不思議に思いミシェルはバスルームに近づくと、その小さな手で僅かに扉を開けた。

「あっ───!」

目に飛び込んできた光景にミシェルは言葉を失う、気を失っている神楽が頭から血を流し、壁にもたれ掛かるようにして倒れていたのが見えたからだ。

「か……かいと、かいとっ!」

慌てふためきながら甲斐斗の名を呼ぶが、甲斐斗が来る気配は無い。

ミシェルは急いで甲斐斗の元へ向かい必死に名前を呼び続けるが、深い眠りについた甲斐斗は一向に起きない。

「おきて!かいと!かぐらがたおれてる!」

「んー……どうしたんだぁ……?」

その呼びかけにようやく甲斐斗の目が微かに開いた、そして横目でミシェルの姿を確認すると、その只ならぬ雰囲気にすぐさま飛び起き目元を擦る。

「こっち!はやく!」

甲斐斗の手を引っ張り神楽の元へ案内しようとするミシェルに、甲斐斗も駆け足でバスルームへと向かった。

そこで初めて状況が飲み込めた、開いたままの扉の向こうには倒れている神楽、甲斐斗はすぐさまシャワーのお湯を止めると、近くにあったバスタオルを神楽の体に被せ抱き上げる。

「ったく!眠いのはわかるが寝るならもうちょっと場所考えろよッ!」

先程まで自分が寝ていたベットに神楽をゆっくりと下ろし、先程の場所から何枚ものバスタオルを持ってくると、濡れた神楽の手足や顔についた水を拭き取っていく。

そして頭から僅かに流れる血を止めるようにタオルを軽く当てると、手を離し持ってきてたタオルを手に取った。

「ミシェル、お前も手伝ってくれ」

そう言って手に持っていたタオルをミシェルに渡した甲斐斗は、一人部屋を見渡しながら次々にタンスやクローゼットを開けていく。

そして適当に下着と服を手に取ると、それをミシェルに渡した。

「体が拭き終わったらこれを着させてやってくれ。大丈夫、傷は浅いし呼吸も安定している、ゆっくりと落ち着いてやっていいからな」

未だに落ち着かない様子のミシェルの頭を軽く撫で笑みを見せる甲斐斗に、ミシェルも少し落ち着きを取り戻し頷いてくれた。


───「んっ……」

体が気だるく重みを感じる、少し頭が痛むが目を覚ました神楽はベットから体を起こすと、自分の目元を手で触っていく。

「起きたみたいだな、ほらよ」

その声にふと目線を横に向けると、眼鏡をこちらに差し出す甲斐斗がベットの横に立っていた。

無言で眼鏡を受け取る神楽、早速眼鏡を顔に付けると軽く部屋を見渡していく、するとすぐ近くのソファの上で寝ているミシェルが目に入った。

「ミシェルに感謝するんだな、倒れたお前を見つけてくれたんだ。その服も全部ミシェルが着せた、起きたら礼の一つや二つ言っとけよ」

そう言うと甲斐斗は台所の方へと向かい始めると、神楽は自分の着ている服を見ながら胸に手を当てた。

「見たのね……変態……」

神楽の言葉が甲斐斗に突き刺さる、だが甲斐斗はやれやれと肩を下ろし小さな溜め息を吐くと、手に湯気の立つお茶碗を持って神楽の元に帰ってくる。

「お前のことだから何か言ってくるとは思ってたが。助けてやったのに酷い言われようだよなぁ俺って」

甲斐斗はそう言いながらも手に持ったお茶碗を神楽に差し出すと、神楽は何も言わずに受け取った。

「腹減ってるだろ?俺様が作ったお粥だ、まずはそれ食って腹を満たす事からはじめろ」

お茶碗と一緒にスプーンも渡した後、甲斐斗はミシェルの寝ているソファに座ると、腕を組んで天井を見上げる。

そのソファの前にある机の上にはお茶碗が二つ置かれており、既にミシェルと甲斐斗は食べた後だった。

手から伝わる暖かさに神楽はスプーンでお粥を掬うと、少し息を吹きかけた後ゆっくりと一口食べてみた。

……本当に甲斐斗が作ったのか不思議なくらいに暖かくて美味しいお粥に少し戸惑いを見せる神楽だが、顔にはそれを出さないようにして静かに食べ続けた。

「美味いだろ?これでも少しは料理作れるんだぜ」

自信有りげな態度の甲斐斗、それを横目で見た神楽はまた一口お粥を食べると小さく呟いた。

「お粥作れたぐらいで料理って言えるのかしら……」

勿論甲斐斗に聞こえる声の大きさ、この言葉を聞いてどんな反応するか神楽は横目でまた甲斐斗を見てみるが、甲斐斗はやや笑みを見せると足を組み大きく背を伸ばす。

「それだけ言えれば心配なさそうだが疲れは溜まってるだろ、今はゆっくり休んどけ」

突っかかってこない、いつもの甲斐斗なら今頃怒って色々と愚痴っている。

というか甲斐斗と神楽の会話はいつもそんなものなのだから、今回もそんな風な会話が続くと思っていた。

「……あら、何かやけに優しいわね……伊達君を殺したから、その罪滅ぼしでもしてるのかしら?」

ちょっとした悪心が神楽の口から漏れる。

さすがにこんな事を言われたら甲斐斗も黙ってはいないはず、そう思いながら甲斐斗に目を向けたが、甲斐斗は俯きながらも真っ直ぐと神楽を見つめ口を開いた。

「別に何もしてねえよ……ただお前を慰めたかっただけだ」

「えっ……?」

一瞬自分の耳を疑った、そしてその言葉を信じてしまいそうになった自分をも。

「ばーか、冗談に決まってるだろ」

からかうように笑ってみせる甲斐斗は組んでいた腕を自分の頭の後ろに回しゆったりとソファでくつろぎながら天井を見上げた。

「お前の体を気遣うのは過去に帰る為にはお前の力が必要になってくるからだ、勝手に体調壊されて死なれたら俺が困るしな……って、おい。どうした?」

ふと甲斐斗が視線を戻すと、ベットでお粥を食べていた神楽は俯き肩を震わせていた。

「ま、待て。嘘、冗談だ、冗談、今のが本当の冗談、信じるなよ?真に受けるなよ!?おい!」

また何か言い返してくると思っていた甲斐斗だったが、神楽の思わぬ態度に自分の態度まで急変してしまう。

肩を震わす神楽は甲斐斗の方を向く事はなく、俯いたまま茶碗を両手で握っていた。

一粒、そして二粒、神楽の目から零れ落ちる涙が次々に神楽の手元に落ちていく。

無言で涙を流し続ける神楽、茶碗の中に涙が落ちても、眼鏡は涙で濡れても、ただひたすら俯き涙を零す。

そんな神楽に甲斐斗もどうしていいかわからず、立ち上がったはいいが驚いた表情で神楽を見つめる事しか出来ない。

すると、突然神楽は手に持っていたスプーンを使って素早くお粥を食べていくと、空の容器を机の上に置き眼鏡も外してしまう。

「お、おい……神楽……?」

甲斐斗の呼びかけに返事をせず、ベットの上で横になると神楽は甲斐斗に背を向けて寝てしまう。

「すまん……ちょっと言い過ぎた」

反省の色を見せる甲斐斗だが、神楽は以前背を向けたままの体勢で寝ている。

「何で……謝るの?」

「えっ?いや、だって……俺が、その……なあ」

背を向ける神楽からの疑問に甲斐斗はたじろぎながら答えようとするが、先に話を進めたのは神楽だった。

「別に、貴方の言葉で泣いてるんじゃないわよ」

口調の強くなる神楽の声に甲斐斗が少し驚いたように反応すると、暗い表情を浮かべその眼差しを神楽の背に向ける。

「ただ私は悔しかった!……一瞬だけでも、貴方を信頼しそうになった自分がいたから……」

神楽の涙が止まってなどいない、今でも甲斐斗に見せないように背を向けたが涙は止め処なく溢れていた。

必死に強がりバレないように神楽はしているつもりだが、震えながら出る声はどうして隠せない。

「私は今まで一人でやってきた。これからもそう、例え目的は同じでも私はいつも一人、でもそれでこそ私は強くなれて、今までやってこれた……でもっ……」

涙ぐむ神楽、自分に背を向けながらも自らの本心を語ってくる神楽に対し、甲斐斗は自然と足が前に出る。

「私が求めてたのはこんなのじゃなかった……ぜんぜんちがう……私は、ただ───」

「優しいな」

甲斐斗の一言が神楽の言葉を止めた、甲斐斗は一歩ずつゆっくりと神楽の寝ているベットに近づいていきながら、更に言葉を続けていく。

「お前だけじゃない、武蔵も、赤城も、本当お人よしばかり集まってやがる。自分の身より仲間の身、そうやってお前達は共に支えて、共に支えられてきたんだろ」

共に……幼き頃から三人は共に必要不可欠な存在であり、軍に来てからは赤城や武蔵の側には更にその仲間達が増えていく。

だが神楽にはそれがいない、神楽には自分を支える存在、支えてくれる存在が赤城と武蔵しかいない。

そしてその二人にでさえ、神楽は本心や本音をぶつける事を控え、自分より二人を優先させてきた。

「お前が俺を嫌っていたのは俺がいる事で武蔵や赤城に被害が及んだからだってこともわかってる。お前は自分より周りにいる人達が傷つくのを見たくない奴だからな」

ベットの横に来て甲斐斗の足は止まった、それでも神楽は後ろに振り向こうとせず耐えるように横を向いたまま動かない。

「だからこそお前は誰よりも望んだ。誰も傷つくことなく、誰も死ぬことのない……『平和な世界』を。……神楽。お前が最も必要としていた武蔵は死んだ、それが今この世界の結果なんだ」

決して揺るぐ事は無い現実、もう元通りにはならず、後戻りもできない。

これは望んだ未来でも、望んだ世界でも何でもない、ただ最悪の結果。

どうしてこうなった?どうして平和な世界で皆と共に生きていけなかった?どうして……。

「だが、俺が過去に帰ることが出来れば。こんな歪んだ未来は無かった事に出来る、お前の望む平和な世界を、本来あるべき世界を作る事が出来る」

神楽の望む、平和な世界。望んでいたさ、例え世界が荒れ、滅び、人類が絶滅の危機に瀕していたとしても。

そこに武蔵が、そこに赤城が、仲間が、友が、家族がいるから、何度でも立ち上がれた。

だが世界が良くなる事は無かった、気づけば家族は消え、友が消え、仲間が消えていく。

もう立ち上がる意味が無い、消えてしまったのだから、おしまいだ。

「勿論、その前にお前のいる世界を平和にするのが先だがな。……俺に全て任せろ、そして信じてくれ、俺は死なない、俺は消えない、俺はお前を絶対に裏切らない。俺は最強だからな」

それだというのに、甲斐斗の言葉に自然と勇気付けられる。

純粋に嬉しい、でもまだ何処か吹っ切れない、何が自分をそうさせている?何が……。

「お前が俺を必要とするならずっと側にいる、お前が俺に慰めてほしいなら言ってくれ、俺は武蔵みたいに気の利く男じゃねえからな、直接こっち向いて言ってくれないとわかってやれんさ」

相変わらず神楽は背を向けたまま何も答えない、それに対して甲斐斗も頭を掻きながらふと天井を見上げると、神楽に背を向けた。

「……何言ってんだ俺。恥ずいな……ちょっと自惚れてた。頭冷やしてくる」

言い過ぎたかもしれない、甲斐斗も自分じゃ武蔵の代わりなんて務まらないのはすぐにわかる。

でも、ただ神楽を見過ごしておけなかった、こんなにも彼女を知ってしまったのだ、今更見てみぬふりなど甲斐斗には出来ない。

何か出来れば……そう思って言った言葉も結局神楽には届かず、甲斐斗は足を一歩前に踏み出した。

「さむい……」

「ん?て、うわっ!?」

神楽が何か呟いた瞬間、左手を引っ張られ後ろに倒される甲斐斗、ベットの上だったので何ともなく、すぐに起き上がろうとしたが体を引かれ体勢が崩れ、次に目蓋を開けた時は既に神楽に抱き締められていた。

言葉が出ない、涙で少し目元が赤くなっている神楽が甲斐斗の顔を胸元に押し付け抱き締めているのだから。

動く事もできず、甲斐斗は目を丸くして事の状況を読もうとするが、先に口を開いたのは神楽だった。

「暖かい……お願い、少しの間だけこうさせて……」

いつもの口調などではない、甘く、暖かな神楽の口調に、甲斐斗も自然に起き上がるのをやめた。

自分の、神楽の鼓動が高まっていくのを甲斐斗はすぐに感じた、何処と無く久しい感覚、感情。

「本当なら今、私は平和な世界で伊達君や赤ちゃんと楽しい日々を送ってるはずなのに……」

甲斐斗を抱き締める神楽の目からはまた一滴の涙が零れ落ちた、自分の言っている言葉の虚しさが更に自分を責め、逃げ場を消していく。

平和な世界で、愛する人と共に生活し、子供も生まれ幸せに暮らす自分の姿は、もうどこにもない。

「私は嫌なの、こんな世界。もう……」

「俺だって嫌だ」

神楽の腕の力が少し緩んだのを見て、甲斐斗はベットで寝ている神楽と同じ位置まで上がってくると、左手で神楽の頭を撫でながから口を開いた。

「だからこそ変えるんだろ、この世界を。死んだ奴は戻ってこない、でも自分は生きてる、生きてるなら何だって出来る。世界を変える事も、幸せになる事も。なん、でも、な」

頭を撫でていた腕は優しく神楽を自分の胸元に抱き寄せると、そのまま甲斐斗は神楽の体を優しく抱き締める。

「寒いんだろ?こっちの方が暖まる、これでいいか?」

抱き締めるより、抱き締められる方が何倍も暖かく心地良い、ずっとこのままでいたいという気持ちが大きくなっていく。

これは夢ではない現実、今まさに目の前で自分を抱き締めてくれる人がいる。

初めてだった、互いに本音をぶつけて、言い合える人に出会えたのは───。

「うん……いいよ……」

そう呟いた神楽はとても幸せそうな表情を浮かべていた、女の子らしく頬を赤らめ小さな笑みをしている。

でも甲斐斗には見せない。今でさえ照れて恥ずかしいのに、今甲斐斗に顔を見られたらまた泣いてしまうかもしれないから───。


───「基地内に残っていた物資は全て艦に積み込めました、後は他の部隊と合流しEDPを決行するだけですね」

朝から昼にかけて基地から艦への物資の運搬が終わった。

気づけば空高くに日が昇り、眩い日差しは甲板の上に立っていたシャイラとアリスを暖める。

「シャイラ、今日は良い天気ね」

広大な青空に広がる小さな雲を寂しそうな表情で見つめるアリス、シャイラもアリスと同じように顔を上げ空を見つめると、シャイラもまたアリスと同様に静かに答えた。

「……はい、そうですね」

「何かさ、こんなにも快晴なんて、前回のEDPと同じよね。これじゃ人類の存亡を懸けた戦いが今から始まるなんて思えないわ」

こんなにも空は晴れ、澄んでいるというのに。心は一向に晴れない。

決戦の前に気持ちを落ち着かせたい、決心したい、だからアリスは今ここでシャイラに伝えておきたい言葉があった。

「シャイラ……」

俯きながらアリスは名を呼ぶと、隣に立っていたシャイラは体をアリスに向け微笑みかけてくれる。

「はい、なんでしょうか」

シャイラの声に俯いていた顔を上げるアリス、そして体をアリスの方に向けると、力拳を握り締めながら堂々と、そして力強く声を出した。

「絶対に死なないでね……もう私、誰も失いたくない」

失う恐怖を知ったアリス、今までずっといられると思ってきた人たちは次々に周りから消えていき、現実を思い知らされた。

失い続けたくない……もしかすれば、この望みはこの世界にとってわがままな要求なのかもしれない。

人類の存亡が懸かった戦い、誰も死なずに終わらせられるはずもなく、ましてや人類が滅亡してしまう恐れもある。

だけど、それでも。アリスは皆が生きて帰れることを望んでいた。

アリスの言葉に、シャイラは微笑んだまま跪くと、顔を上げアリスの手をとり自分の手と重ね合わせる。

「お嬢様がそう望むのなら、私は決して死にません。生きてこの戦いを終わらせ、皆と共に行きましょう、平和な世界へ」

決して死なない。たしかにシャイラは言ってくれた、重ね合わせた手を引くアリス、跪くシャイラを力強く立たせると、先程とは違う覚悟した面持ちで空を見上げた。

「うん!……準備は整ったのよね。それじゃ、そろそろ時間だし行きましょ!」

「はい、お嬢様」

アリスは決心がついたのだろう、後ろに振り向くとすぐに艦内に戻り始めるが、シャイラと重ね合わせた手を放さずいた。

二人は何も言わずに互いに手を握り締める、そしてアリスが一歩前に踏み出すと、それに合わせシャイラも共に歩き始めた。平和な世界へ行く為に───。


───「あ、そろそろ時間みたいですね」

そう言って由梨音は車椅子に座りながら艦の方を見つめると、基地の外で待機していた艦隊は格納庫のハッチを閉め、発進の準備に取り掛かろうとしていた。

少しばかりのお別れ、赤城はあの艦に乗るが、由梨音はまた別の小さな艦に乗り込み物資と共にBNの本拠地に戻ってしまう。

「そうだな……由梨音、私は───」

「わかってますよ!私のいる場所は赤城少佐の帰る場所、だから絶対に帰ってきてくださいね!」

「ああ、約束する。この戦いが終わった後、必ずお前の元に帰ってこよう。それまで待っていてくれ」

「はい!赤城少佐、私はこのEDP何も出来ません。だから赤城少佐が無事である事をずっと祈ってます!」

逞しく、そして強い意思の持ち主。小さな体が傷ついてもなお、由梨音は赤城の前で笑顔を絶やさなかった。

「心強いな、ありがとう……それでは行って来る」

赤城がそう言うと、後ろで待機していたNFの女性兵士が一人由梨音の元に近づくと、赤城に変わって由梨音の座る車椅子を押し始める。

ふと過去の振り返ってみれば由梨音には何かと助けられてきた。

いや、お互いに助け合っていたのかもしれない。だからこそ今までずっと一緒に戦えて来れた。

掛け替えの無い大切な存在、でも今はしばし別れの時、自分に背を向け遠ざかっていく由梨音を見て、赤城もゆっくりと振り返り背を向けて進み始めた。

躊躇いは無い、また会えるのだから、これが最後ではないのだから。

「エコ、今のお前にはまだ無理だ。部屋でゆっくり休んどけよ」

赤城は一人自分の乗り込む艦に近づいていくと、聞き覚えのある声と共に葵とエコが視界の中に入ってきた。

「平気……もう大丈夫、だから……っ」

体勢を崩し倒れこむように前のめりになるエコをすかさず葵は受け止めた、それでもなお前に歩こうとするエコを見て、葵は肩に手を掛けエコを止めにかかる。

「っと、やっぱり。歩くだけでもやっとじゃねーか、無理やりにでも俺が艦の病室に連れて行くからな」

そう言ってエコを背負おうと葵がしゃがみ込もうとした時、立っていた赤城に気づき目が合った。

「ん?あんたはたしかNFの赤城少佐じゃないか、どうしたんだ?」

軽々とエコを背負う葵、エコはまだ顔色が悪く少しぐったりとした様子で葵の背にしがみ付いていた。

「礼が言いたい、由梨音が意識を取り戻した後もずっと寝ていたと聞いていたから言えなくてな……」

葵が背負っているエコに顔を向ける赤城、声を掛けようとしたが、目を瞑り苦しそうに呼吸をするエコに何も言えずにいた。

「すまねえ、まだエコは不調なんだ。また今度にでも言いに来てくれ」

軽く頭を下げた後、葵は艦に乗り込む為に歩き始める。

「待ってくれ」

赤城に呼び止められ葵は足を止めた、そして少しだけ振り返り赤城の方を見ると、赤城は言葉を続けた。

「私に……背負わせてくれないか?」

せめてもの償い、思い。

何か自分に出来る事があればしてあげたかった。由梨音の命を助けてくれたのだから、せめてもの恩を返したい。

そう思い赤城はそっとエコを手を伸ばそうとしたが、葵は赤城に背を向けたまま強い口調で口を開いた。

「嫌だ」

赤城にはその言葉に逆らえる権限は無い、エコを苦しめてしまったのは自分の不甲斐無さから来ているからだ。

葵の言葉に赤城は手を止め、哀しげな表情で俯いてしまう。

遣り切れない思いに赤城は静かにその場から引こうとしたが、葵の言葉はまだ続いていた。

「大丈夫、あんたの気持ちは十分にわかってるよ。でもな、俺とエコはパートナー、共に助け合ってきた仲間だ。今もこうやって苦しんでるのに、俺は側にいてやることしかできない、たったそれだけの事しかできないんだ」

たったそれだけの事……それがどれだけ互いの心に力を与えてくれるのか、赤城は良く知っていた。

由梨音の側に居続けた昨日、一緒に側にいて、一緒に会話して、たったそれだけで心が暖かくなる。

「だから奪わないでくれ」

葵はそれだけ言い残し後、エコを背負ったまま艦内へと入っていった。

葵とエコの二人の姿に、自分と由梨音の姿を重ね合わさって見える。

もし自分が同じ立場ならどうしていただろうか……。

「奪わないでくれ……か」


───EDPの開始場所に向けて赤城達の乗る戦艦は動き始めた。

これから最後の会議が行われ、作戦内容もまた皆で確認しあう。

絶対に負けられない戦い、皆それぞれの思いを胸に、決戦の時を待つ。


───「ふっ……んー……あ~、よく寝た……ん、誰もいないのか……」

眠りから目覚め起き上がる甲斐斗、眠そうに頭を掻きながら辺りを見渡すと、自分の枕の隣に一枚の紙が置かれていた。

「基地からの出発は12時からか、親切だなぁ神楽は、俺の為にちゃんと出発の時間を書いてくれるなんて」

少々照れくさそうに紙を手に取り、甲斐斗は部屋の壁に掛けられてある時計に目を向けた。

「ふむふむ、今は12時10分か」

手に持った紙をもう一度見てみる、そして壁に掛けられていた時計を見て、甲斐斗はホッと息を吐き胸を撫で下ろした。

「何だ、まだ11時間あるじゃねえか。もう一眠りでもす───」


「る?わけねえだろがぁああああああああッ!わざわざ手紙置くぐらいなら起こせよあの野郎ぉおおおおおおおおッ!」


───「っくしゅん!……ふぅ、そろそろ起きた頃かしら」

EDP開始地に向けての艦隊、その一つの艦に神楽は乗っていた。

「かぐらぁ、かいとどこだろー?」

一室でソファに座りテレビを見ていた神楽の横でミシェルは首を傾げていた。

すると神楽は横に座るミシェルの頭を優しく撫でると、テレビのリモコンを手に取りテレビの電源を消してしまう。

「機体は基地に置いたままだから、すぐに追いついてくるわよ。だから今は私と遊ぼっか」

「そうなの?……うん!あそぼ!」

純粋無垢の可愛げな笑顔に、神楽も自然と笑顔になりミシェルを見つめてしまう。

これは相手がミシェルだから出来ることであって、それ以外の相手では笑顔を見せることなんてまず無い。

もし、この笑顔を他の誰かに見せてしまう時が来るとすれば……それは愛した人の側にいる時ぐらいだろう。


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