第96話 切望、異端
───この光景を見るのは何度目だろうか、目を開ければ真っ白な天井が見える。
という事は勿論、俺は医務室のベットで寝ていた。武蔵と戦いの後俺はたしか気を失ってしまった、恐らくその後この部屋に連れてこられたのだろう。
周りはカーテンで閉ざされ、俺の体にはシーツが掛けられ、腕には点滴の管が刺さっている。
体に走る激痛は毎度の事、俺は回りを軽く見渡した後、小さく溜め息を吐いた。
……これで良かったのだろうか。いや、そんな事を考え出したらきりがないのはわかる。
だが俺は奪ってしまった、あいつ等の大切な人を、この手で。
会いにくい、赤城には話しておいたものの、実際顔を合わせるとなると何を言っていいのやら。
……ん?たしかに、赤城には伝えていた。武蔵の正体、そして武蔵との決着をつけると、赤城には……。
「やばいッ!」
ああそうだ!たしかに赤城には伝えたが、神楽には伝えていない!?
まずい、非常にまずい。もし神楽が武蔵が死んだ事を、そしてその武蔵を俺が殺したと知れば……。
「殺される……」
俺が一人呟いた瞬間、ふと目の前のカーテンが開けられると、そこには今一番会いたくない女が立っていた。
「あら、誰に殺されるのかしら」
「お前にだよ!……って、なにぃっ!?」
な、何故神楽がここに、まさか既に知られてしまったのか!?
俺は神楽を見るやいなやすぐさま体中を触り何か怪しげな装置や器具が取り付けられていないか確かめていく。
だが意外にも体には爆弾らしきものも付けられていない、とすれば神楽はまだ知らないのか?
「あのね、何一人で勝手に焦ってるの?伊達君と貴方が戦った事ぐらいもう知ってるわよ」
何?知っているだと?ならどうしてそんなに冷静にしていられるんだ?
神楽の事だ、武蔵が死んだと分かればあのでかい機体でも使って俺を殺しに来る事も予想していたというのに。
「あのねぇ……赤ちゃんだって耐えたのよ。私が耐えられない訳ないでしょ……」
小声でそう言いながら神楽は隣のカーテンを開けると、そこにはベットの上で俺と神楽の会話に耳を傾けた赤城が寝ていた。
「気がついたみたいだな」
「赤城!……がいるって事は、俺は気を失ってから同じ部屋に連れてこられたのか」
「ああ、そうだ。にしても、運ばれた時は今にも死にそうだったというのに。たった数時間でここまで回復するとは」
「化物ね」
赤城の言葉に神楽が付け足す、ちなみに化物と言われるのにも既に慣れた。
「数時間か、まぁいい。それよりあのERRORの女はどうした?」
「あの赤ちゃんに似た女性ね、今は別室であのアビアって子達と一緒にいるわよ」
達と……どうやら別室には色々と厄介な面子が集められている訳か。
「私に似た?どちらかと言えばお前に似ていたぞ」
既に二人はあのERRORの女の姿を見たわけか、どうやらあのERRORは俺達に危害を加えるつもりはないみたいだな。
「そうかしら?あ、そうそう、SVの人達が貴方に話があるそうよ?動けるようになったら艦に行くと良いわね」
SVの人間から話?これは好都合だ、俺もSVの人間と話がしたい。
過去に帰る為の魔法、それを今一番知っている可能性が高い連中だからな。
「分かった、すぐに皆を連れてSVの場所に行ってやるよ。……それで、お前達は俺に何か話は無いのか?」
「今ここで話し出してもきりが無いことばかりなの、SVの所に行く時私と赤ちゃんもついていくから、その時話そうかしら」
何だそりゃ、まぁSVの所で話すと言ってるみたいだから、それでいいのかもしれないが。
「よし、じゃあ今からSVの所に行くぞ」
暢気に寝てる場合じゃねえ、時は一刻を争う状況なんだ。
体に掛けられたシーツを取り払うと、俺は靴を履き身なりを整えていく。
「ちょっと、無理しすぎじゃない?貴方の体はまだ完治して───」
動けるんだから大丈夫だろう、俺は頭部や腕、腹部に巻かれた包帯を一つずつ解いていくと、神楽が驚いた様子で俺の体を見つめていた。
ふと俺も自分の体を見ていると、包帯が巻かれていた箇所の傷口は全て綺麗に塞がされている。
手足を軽く伸ばしてストレッチ終了、唖然とした表情で見つめてくる二人の視線は無視するか。
「んー、多少痛むが傷は無いな。よし、それじゃ俺は別室にいるミシェル達を迎えに行くから、お前等は先に行っててくれ」
「え、ええ。わかったわ……」
───その後、俺は神楽から皆が集められている場所を知り部屋に行ったわけだが……。
竜を操る少年。
不死身の魔女。
ERROR。
第1MG。
「カオスだな」
どうして俺の周りにはこうもややこしい連中が集まるんだ?勿論ミシェルを除いてだが。
部屋に入った途端、4人の視線が一斉にこちらに向かれると、真っ先にミシェルが俺の方に駆けつけてくれた。
「かいとー!」
だが、そのミシェルを妨害するかのようにアビアもまた俺の元へ飛び込んでくる。
飛び込んできたアビアを受け止められる程俺の体はまだ治っていない、という訳で寸前の距離でアビアを交わすと、俺は飛び込んできたミシェルの小さな体を受け止めた。
「心配かけてごめんな」
「ううん、だいじょうぶ!」
ああ、こんな純粋無垢な笑顔を見せられるなんて、心も体も癒される。
俺の後ろからは何かが壁にぶち当たる音が聞こえてきたが全く気にならない。
「あ、あの。アビアさん?大丈夫ですか……?」
代わりにロアがアビアを心配して声を掛けている、余程変なぶつかり方をしたのだろう。
「ミシェル、過去に戻る為の手がかりが掴めるかもしれない。一緒にSVの所にまで来てほしい」
そう言うとミシェルは笑顔で頷き、小さな手を伸ばして俺の左手をそっと握った。
暖かくて小さな手、ミシェルの手を握るなんて最近してなかったからな……。
「アビア、ロア。お前達にも来てほしいんだ、ついてきてくれるか?」
「うん、僕はついていくよ。過去に帰れるなら、僕もERRORのいない世界へ行きたいからね」
ERRORのいない世界……か。って、こいつ俺と一緒に過去に帰るつもりか?
そうか、過去に帰る事ができればERRORの脅威からは逃げられる。
この人類最後の世界を捨て、過去に戻れれば……。
「アビアも行くよー!一人はつまらないからー!」
ぶつけて赤くなる顔を上げるアビア、元気そうで何より。
理由はどうあれこいつにも来てもらわないとな、まだ俺達に隠している事もありそうだし。
「後は……っと、おーい、お前も来いよー」
先程から俺達を無表情で見つめ続けるERRORの女、名前がわからないから呼べない、というかこいつに名前など存在するのか?普通にERRORって呼んでいいのか?
「わかった、私もお前についていくことにする」
丁寧に返してくれるのはいいんだが逆に不気味に見えてしまう。
こいつはERROR、人間の女の姿をしていようとあの化物と同じ生物だ。
いつ何をするかわからないが、人間を知る為に俺達を殺したりはしない……よな?
「私は今、お前達の敵という存在ではない。安心というのをしていい」
お、おいおい……こいつ……今、俺の心を読んだのか?いや、そんな能力をERRORがもってるわけないよな……?
もし俺の目を見ただけで微かに心読んだとすれば、こいつ……。
「ったく、安心しろと言われて安心出来る訳無えだろ。とりあえずお前は俺が監視する、妙な真似したらわかってるだろうな?」
「妙な真似……私が、お前の妙な動きを真似をしたら、何がわかるんだ?」
は?……ダメだ。頭が痛い。こいつ言葉がまだ上手く使えないのか?一応世界を滅ぼしてきた化物なんだから人間の言葉ぐらいすぐに理解できるだろ……ったく!
「妙な真似って言うのはだな、怪しい行動っていう意味みたいなもんなんだよ、つまりお前が俺達に危害を加えるような事をしたらお前を殺すって言ってるんだよ!理解できたか!?」
なんで俺が一々説明しなくちゃならねえんだ、俺はこいつの教師になったつもりはない。
「なるほど、すまないな。私はまだ人間の言語を全て学んでいない、いつもは脳内で直接意識を共有しているのでな。人間同士と上手く言葉のキャッチボールというのが出来ない」
なんで会話できないとか言ってる奴が言葉のキャッチボールとか言ってんだよ、お前絶対したことないだろが。
って、注目する所はそこじゃねえ。脳内で意識の共有だと?こいつ、一体今まで人間で何してやがったんだ……。
「……まぁいい、今はSVの所に行くのが先だ」
そうそう、ここでこいつと睨めっこしていたって話は進まない。SVの所に行き色々と話し合わねえとな。
少し不安も残るが、俺がミシェルと部屋を出ると、アビアとロアが後ろについてくる。
そしてふと後ろを見れば、あのERRORの女もちゃんとついてきていた。
───こうして俺達はNFの軍事基地を出て外に止めてある戦艦に来たんだが、基地や艦の回り、入口に銃を持った兵士達が並んでいた。
っま、兵士達の注目が俺達に集まるのも無理は無い。今一番警戒されている連中が揃っている訳だし。
艦の中は兵士だらけで居心地は悪いが、SVの連中が待っている。俺は足を止める事なく淡々と艦内に入っていく。
すると、俺達が来る事を事前に知らされていたのだろう、すぐ目の前にはSV親衛隊の軍服を身に纏った葵が立っていた。
「久しぶりだな、話があるから来たんだが。案内してくれるのか?」
「ああ、こっちだ」
何だ、他に何か言ってくるかと思ったらそれで終わりかよ。
まぁ話なら今から行く場所に行けば嫌というほどすることになるし、そう焦る事でもないか。
「ついたぞ」
っと、一人考えながら歩いているともう着いたみたいだ。
葵が扉を開け部屋の中に入っていくと、そこには既にSV、NFの人間達が席に座り集まっていた。
一斉に俺達に集まる視線は毎度の事、すっかり人気者になったもんだ。
SV、そしてNFの連中と向かい合うような席の並びになっており、開いている場所へ俺が座ると、後ろから来たアビア達も席に座っていく。
SV親衛隊の服を身に纏う愁に葵。たしかあの真ん中に座ってるのがアリスだったか。
NFの方を見れば、軍服を身に纏った赤城に数人の兵士、それに白衣姿の神楽が座っている。
っておい神楽、お前いつからNF勢に加わった。お前は俺達側だろ……!
「はぁ……おい、こういう重っ苦しい空気は好きじゃねえ、互いに話があるんだ。さっさと始めようぜ?」
俺がそう言うとアリスの表情が少し険しくなる、そして一人立ち上がると話し始めた。
「そうね、じゃあ私達から聞かせてもらうけど……甲斐斗、貴方魔力を失ったの?」
げっ……やはりSVの奴らにはわかるか、前回神を殺した時の俺を見ていたのだから不思議に思われても仕方無い。
「ああ、神を殺した後失った。だから今俺は魔法が使えない、お前達は使えるんだろ?」
「いいえ、この世界に来てからは魔力が制限されて使用できなくなってるの。少し例外もあるけど……まぁいいわ。それよりまず貴方達が何者なのか、そして目的は何か教えてもらおうかしら」
ん?たしか神の力で魔法が制限されていたはず、それなのにまだ使えないのか……?
おっと、考えにふける前にこいつの質問に答えないとな。
俺はこういう単刀直入な質問は好きなんだ。その方が話の進みも速いし、変に思考錯誤しなくてすむ。
という訳で俺から答えようとしたが、俺の後ろの席に座っていたロアが立ち上がると、少し落ち着かない様子で説明しはじめた。
「僕はロアと言います!ERRORから逃げる為に元いた世界から逃げてこの世界に来ました!今は甲斐斗さんと行動して一緒に過去に帰る方法を見つけようとしてます!」
ロアを見た途端、アリスは小さく口を開けると隣に座っている女に話しかけ始めた。
「あ、貴方見覚えがある。たしかドラゴンに乗ってた少年よね、シャイラも見た事あるでしょ?」
「はい、間違いなくあの時の少年です。まさかこの人と共に行動していたとは……」
「はいはーい!次はアビアのばーん!他世界からこの世界に来ましたー!今は甲斐斗と一緒に暮らしてまーす!」
お前は急に大声を出して席を立つな!俺もそうだがミシェルまで少し驚いてたぞ。
それに暮らしてるって何だ、勝手についてきてるだけだろ。
「BNから要注意人物という報告があるんだけど、これは本当なの?」
アリスがそう言って俺を睨んでくる、間違いなくそれは事実だろう。何せBNの兵士達を一瞬で皆殺しにしたのだから。
だがあれはBNも悪いだろ、殺されても仕方ない。
「たしかに危険だが今は大丈夫だ、俺と行動してるからには変な行動はさせない」
「へえ……余り信用はできないけど頼むわね。後は……その女性について、聞かせてくれないかしら」
やっぱり聞きにきたか、そりゃそうだ、誰だって気になる。
俺がふと後方を見ると、相変わらず無表情のままのERROR女は座っていた、何か言うつもりはないのか?
「皆知ってるのよ、貴方が死んだはずの伊達大佐を倒した後、死体が瞬時にその女性になったってことを、貴方は何でここに来たの、そして本当にERRORで、私達人間と共に行動しているのは何故!?」
俺だって知ってる、目の前のでそれを見たからな。
「おい、お前から直接に言ってくれないか?俺もまだお前の事がよくわからない」
そう俺が言うと女は徐に立ち上がり、部屋全体を軽く見渡した後話し始めた。
「武蔵は私から肉体を貸してもらうのを条件に、自らの命をもって私に『人間』を教えると約束した。結果的に、武蔵は命を持って私に人間の姿、力、可能性を見せてくれた。今私が人間と共に行動をしているのは、もっと多くの人間を知りたいからだ」
「という事は……やはり貴方、ERRORなのね」
「ERROR?……そうか、人類は私達の事をそう呼んでいたんだったな……人類に伝えておく、私達はERRORと呼ばれる存在ではない、私達から見れば、お前達人間がこの世界のERRORだ。そして、私達はそのERRORを処理する存在にあたる」
ん?こ、こいつ……さり気なく重要な事を言いやがったぞ。
世界から見れば人間がERRORだと?それに、処理する存在って何だよッ!
「だが、私は人類が本当にERRORなのかわからない。それを確かめる為に人間と行動している、説明はこれでいいか?」
「そ、そう言う訳だ。つまり今こいつはERRORだが敵じゃねえ、勿論怪しむのは当然だ、だから俺がしっかり見張っとく。おい、お前はもう説明いいから座ってろ」
ERROR女は席に座り先程と同じように無表情のまま、だがSVやNFの連中は少しざわついている。
無理も無い、この女はERRORについての重要な手がかり、情報を知っているのは間違いないんだから。
「そろそろこっちも質問していいか?俺は過去に帰る為の方法が知りたいんだ、お前達SVの連中は過去に帰る術を知ってるんじゃないのか?」
「過去に帰る魔法って……シャ、シャイラは何か知ってる?」
どうやらこの女は魔法について余り詳しくないみたいだな、それより隣に座っているあのシャイラっていう女の方が何か知っていそうだ。
「過去に帰る魔法かどうかはわかりませんが、時を越える魔法なら存在します」
時を越える魔法!?そうそうそれだよ!そういう魔法を捜し求めていたんだ!
何だよあるじゃねえか!後はさっさとその魔法を教えてもらえば過去に帰れるかもしれない!
「しかし、この魔法はアルトニアエデンSSS級の時空系列禁断魔法として封印されていたもの。容易に扱えるものではありません」
流石に時を越える魔法となるとリスクが高いか、それにしても封印されていただと?って事は、つまり……。
「封印されていた……か、つまり。お前達の世界でその魔法、使ったんだろ?」
「っ……それは……」
シャイラが眉間にシワを寄せると、横に座っているアリスがシャイラの顔を覗きこむ。
思ったとおりだ、幾ら禁断や封印されていたとしても、人類が滅亡寸前まで追いやられたんだ、使わないはずがない。
「えっ?私何も聞かされてなかったわよ……シャイラ……?」
どうやらアリスも初耳だったらしい、訳ありって様子でシャイラは顔を上げると、
「……申し訳ありませんアリスお嬢様。実はアルトニアエデンの世界にまだいた時、一度だけその魔法を試みた方がいたのです」
「そんなっ!?一体誰なの!?その魔法を使った人って!」
「それはっ、その……」
何故か言い出せないシャイラ、その様子を見てアリスは気づいたみたいだった、その魔法を使った人物が誰なのか。
「まさか……お兄様!?お兄様がその魔法を使ったって言うの!?」
「……はい、そうです……人類最後の望みを掛け、あの方は親衛隊達と共に……」
「そんなっ、お兄様は別の世界に行ったって聞いてたのに、嘘だったの!」
「はい、フィリオ様とアリス様にはそう伝えておくように頼まれまして……本当に申し訳ありません!」
頭を下げるシャイラだが、アリスの怒りと驚きはまだ収まろうとしない。
ここで二人だけに喋らせるのは話が進まない、そう思った俺は咄嗟にシャイラに話しかけた。
「それで、その兄とやらは時を越える魔法を使ったんだろ?結果はどうだったんだ」
「……わかりません。魔法を発動した後、突如姿を消し行方がわからなくなりました」
「なるほど、無事過去に戻れたかどうかもわからねえのか」
「はい、その後世界が変わるかと思いましたが。ERRORの侵食は止まらず、結果的にアルトニアエデンは滅亡してしまいました……」
そうか、例え過去に戻れたとしても、ERRORがどこから生まれてきたのかを突き止め、根絶やしにしなければ未来は変わらない。
それに、もしそれが出来たとしても。今ある世界が全て作り変えられるとは言えない。
パラレルワールド……この可能性が一番高いが、俺は絶対に嫌だな。
必ずこの世界での時系列を辿り過去を変える、そうじゃなけりゃ気がすまない。
「シャイラ、その時を超える魔法について詳しく教えてくれないか?俺は何としても過去に帰る必要があるんだ」
「世界がこうなってしまった以上、隠す必要もないとは思いますが、アリス様の許可が必要です」
何だと?よりにもよってアリスの許可が必要になるのか?
「アリスお嬢様、如何いたしましょう」
先程までは不安な表情をしていたアリスだが、自分の許可が必要と聞くと何だか俺を見下したような目で見てきてる気がする。
「うーん、そうねー。それじゃあ、貴方達がこのEDPに参加してくれたら、教えてあげてもいいわよ」
こんなやりとり前にしたような気がするが、EDPに参加だと?なるほどな、どうりでNFとSVが共に行動してる訳だ。
にしてもEDPに参加するのは好都合だ、神楽からレジスタルを集めて来いといわれていた訳だし。
「わかった、参加する。だからこの会議が終わった後その魔法について詳しく教えてくれ、いいな?」
「それは出来ないわよ!方法を知ったら貴方達この世界を見捨てて出て行くんでしょ!?そんなの許さないんだから!」
「おいおい、それこそおかしいだろ。EDPの途中にお前達が死んだら聞くにも聞けねえだろ。それに準備だって必要になる、今教えろ!」
「時間なら人類がERRORに勝利した後たっぷりあるじゃない!それに、EDPの時に貴方が私達を守ればいいだけの話でしょ?」
こ、こいつ。ガキの癖に少しは考えるようになりやがったな、この俺様を利用する気か?
「あれ、もしかして自信ないの?この世界にいるのが怖いから、早く戻りたいの?」
こいつぐらいだろ、俺をこんなに挑発してくる女って。
ぶち殺してやりたいがそれじゃ過去に帰る為の魔法が聞けなくなる、だからといってこいつの守りをするのは……。
「アリス、甲斐斗さんには教えてもいいんじゃないかな?帰る方法を知ったからってこの人は逃げ出すような人じゃないよ、何せ神にたった一人で挑んだ程の男だからね」
アリスの後方に座っていた愁が突如口にした言葉に、隣に座る葵も小さく頷く。
思わぬ所からの反撃にアリスは後ろを振り向くと、困ったような顔をして俺の方をちらちら見てくる。
「えぇ?で、でもほら、ここはあいつを上手く利用して───」
「会話の途中割り込んですまないが、NFの私達も同意見だ。ここは先に伝えておいて問題はない、奴は逃げ出すような腑抜けではないからな」
先程から黙って話しを聞いていた赤城まで俺に味方してくれるのか!?ああ、ありがとうなお前等、今俺は素直に嬉しいよ。
「え?あー……えーと……」
困惑するアリスは周りをきょろきょろと見渡しながらどう言おうか考えている、これはチャンス!
「アリス、俺は絶対に逃げない。勿論EDPにも参加する、頼むこの通りだ」
感情を押し殺し俺は小さく頭を下げる。そして顔を上げると、アリスは腕を組むと俺から視線を逸らして小言で答えた。
「わ、わかったわよ……。シャイラ、後でその魔法について教えてあげて」
「畏まりました、それでは甲斐斗様。会議が終わった後、私の所に来てください」
「お、おう。わかった、ありがとな」
よっし!これで良い!さーさっさと会議終わらそうぜー!もう俺にとっちゃこんな会議何の意味も無い!
……という訳でもないか、EDPに参加する以上色々と知っておかなければならない事もあるし。
「えーと、それで今度はEDPについての話何だけど。今私達は三つあるERRORの巣の中の一つに向かってるの、場所はここよ」
アリスの横にいるシャイラが机に置かれてある装置を弄り、部屋の中央に3Dの映像が映し出される。
「この三つがERRORの拠点としている巨大な巣よ、今から私達はここに行ってEDPを開始します」
EDPねぇ、どうやら今回は『GATE』が無いみたいだ、直接穴掘って巣の中心にまで行く気か?正気じゃねえな、まぁそれしか方法が無いなら仕方無いが。
「そうだ、ねえ貴方ERRORなんでしょ?巣の位置ってここで合ってるわよね?」
突然アリスが俺の後方に座っている女に話しかける。おいおい、幾ら人間と行動しているからといってそんな易々仲間の情報を教える訳無いだろう。
「ああ、そうだ。全て合っている。その三つの場所には私達の仲間がいる。お前達がその三つ全て潰せば、人類は勝てるかもな」
易々と話しちゃったよこの人……人じゃないけど。
「お、おい。お前一応ERRORだろ?仲間を裏切っていいのか?」
そう聞いてみるが、女は首を横に傾けいつものように無表情のまま口を開く。
「裏切る?……勘違いをしているみたいだな」
勘違い?どっからどう聞いても仲間の居場所を教えている時点でそうじゃないのか?
「お前達人間があの場所へ行って、生きて帰ってこれる可能性はゼロだ」
俺に向かって言われた言葉だったが、その場にいた人間は全員女の声が聞こえていた。
誰もが息を呑み、女の方をじっと見つめる。
「私の仲間の進化速度をお前達はまだ知らない。核の攻撃を見た私達の仲間は恐らく以前より更に強化され、進化しているだろう。つまり、お前達人類が私達に勝つことはない」
こ……こうも断言出来るとは、余程自信があるんだろうな。
いや、合って当然だ。こいつ等は人類全ての世界を滅ぼしてきた化物、強ち間違っていない。
「以前お前達はゲート内にある私の仲間を消したが、今から行く場所に比べればあの場所など小規模に過ぎない」
人間を絶望に突き落とすかのような台詞に、周りの兵士達は目の色を変えて話を聞いていた。
同じERRORだからこうも軽々と言えるのだろうが、こいつは自分の言葉で今いる人間が何を思うか理解しているのか?
「だからどうした」
凍りついたような雰囲気の中、赤城の声が皆の注目をひきつける。
「例え今から行く場所が地獄であろうと、私達は行き、絶対に勝つ。もう人類に選択肢は無いのだから、力を合わせ前に突き進むしかないだろう?」
微かにERROR女に視線を向ける赤城、それを見て女もまた赤城と視線を合わす。
「そう、俺達はその為に集った。それに今なら甲斐斗さんや神楽さんもいます、戦力はより強力になりました。まずはここのERRORの巣を破壊し、最後の巣はBNと力を合わせて必ず潰します!」
力強い愁の声も強力だな、絶望に負けず、目の前の光を追ってひたすら進み続けるその勇姿、見ない内にまた強くなったな。
「ならば見せてもらおう、お前達人間の可能性と、力を」
言われなくても見せつけてやるはずだ、こいつ等なら出来る。
油断はしない、迷いもしない、全力でERRORの巣を潰す、俺だって同じだ、この人類最後の世界を易々化物などに渡せられるかよ。
ちょっとやる気が沸いてきたな、久しぶり化物相手に大暴れしてやるか。
───それからも話は進み、何時間かたった頃、やっと会議は終了した。
皆が席を立ち部屋から出て行くのを見て、俺はミシェルの手を引きながらシャイラの元へ歩いていく。
「さて、それじゃあ教えてもらおうか。その時を超える魔法とやらを」
「わかりました、しかしこの場ではお教えできません。私の部屋に来てもらいますがよろしいでしょうか?」
問題無い、シャイラは俺達に背を向け部屋を出て行き、俺もその後を追おうとした時、突如俺の横に並ぶように神楽が現れた。
「私にも教えてもらおうかしら、その魔法ってもの」
「ええ、構いませんよ。お嬢様からは許可を頂いていますので」
後ろに振り返るシャイラはそう言うとまた俺達の前を歩き始める、たしかに神楽には来てもらったほうがいいだろう、力になってくれるはずだ。
アビアとロア、そしてあの女は先に部屋に戻して正解だった。ややこしいし疲れるからな、あいつ等といると。
その時、ふと後に振り返ると深刻な表情をした赤城が、葵の後ろについて行く姿が一瞬だけ見えた。
「そういや神楽、お前よくあのERRORの女に手を出さなかったな。お前の事だからてっきり殺すかと思ってたよ」
「元々伊達君はEDPの時死んでたのよ、でもあのERRORが伊達君を助けたんでしょ?それなら恨む必要なんてない、少なくとも伊達君はあのERRORに感謝してるはずよ」
意外にも冷静な返答に言葉が出ない、やはりこいつも強いな、何だかんだ言ってちゃんと現実を理解している。
「それより甲斐斗、貴方は気をつけた方がいいわよ」
「ん?何だ?ERRORか?」
「それもそうだけど、もう一人のカイト。アステルによ」
アステル……しぶとい奴だよな、てっきり死んだかと思っていたら突然現れやがって……。
「あの子の乗る機体の性能は前回の戦闘で思い知ったでしょ、今の貴方の力じゃ絶対に勝てない」
「たしかにそうかもしれねえな……でもあんなのチートだろ、肉眼で追えない程の速さで動くんだぞ」
ちょっと笑いながら言ってみたが、横にいる神楽は深刻そうな表情なのですぐに笑うのを止めた。
「それだけじゃないわよ。あの機体……私の『羽衣』を超える程の力を持ってる」
「はぁっ!?何だよそれ、お前の機体に比べて遥かに小さな機体が、力で負けるだって?」
「あの機体はね、貴方の乗っている機体のデータと細胞、そして貴方自身の細胞を元に開発されたERRORとの融合機なのよ」
そんな化物機体を作ってやがったのか、道理でおかしな力だと思った。
俺と愁、そして武蔵の三人が簡単に倒されたんだ、操縦者がどうあれあの機体自体は最強かもしれない。
「どうしろっつうんだよ、そんな機体、幾ら俺様でも危ねえじゃねえか……」
「負けるのは確実ね。今は騎佐久の手で何とか殺されずに済んでるけど、あのアステルという子、何するかわからないわよ」
たしかに、今の奴は何をしでかすかわかったもんじゃねえ。
それに俺の周りにいる人間を消すとまで言っていたし、あいつ……。
「……な、なあ神楽。実はその機体に対抗して俺の為に新しい機体を用意してたりは……?」
「寝言は寝て言いなさい」
ああ、そうだよな、あるはずないよな。くそっ、機体の性能が互角なら俺はアステルに負けるはずがないのに。
「今はNFの連中がここに攻めてくる事はないみたいだし、今はERRORとの戦い、そして今から聞かせてもらえる魔法について考えましょう」
神楽と二人で話をしていると、どうやらシャイラの部屋についたらしくシャイラが一人部屋の中に入っていく。
「部屋の中へどうぞ」
言われた通り部屋の中に入ると、シャイラは部屋の中央に置かれてある机と椅子の方に手を伸ばし小さくお辞儀をした。
「こちらの席でお待ちください、今その魔法に関する物を持ってきます」
「へー、そんな大事な書物をお前が管理してるのか?」
「はい、それが私の役目でもありますから。今は無きアルトニアエデンの重要な情報は全て私が管理しております」
見かけによらずすごいな、っと口に出してしまいそうだったが俺は何とか耐えてみせる。
にしても、この艦にそんな重要なもの置いといていいのか?もっと大事な場所にでも保管すればいいのに。
シャイラは奥の部屋に行ってからどれくらいたっただろう、両手いっぱいに書物を積み上げ、それを俺達の目の前に置いた、というより落とした。
更にはポケットから何枚ものディスクを取り出し、それを綺麗に並べていく。
「このディスクは甲斐斗様に渡しておきます、これには貴方の知りたい情報が入っていますから、後で部屋にお戻り次第目を通しておいてください」
そう言ってシャイラは机の上に置かれてある一冊の本を取ると、ページを確認しながら一枚ずつ捲っていく。
「さて、それではこの魔法についての説明を行いたいと思います」
シャイラの指差すページにはある一つの丸い魔法陣が書かれていた、それもかなり複雑で旧式の陣。
「この魔方陣は直接描く事になります、それも一ミリの狂いも無く正確に。後はこの陣の中に人が入り魔法を発動できれば成功です」
「……ん?え?は?……それで終わりか?それで時を越えられるのか?」
「簡単に聞こえると思いますが、この魔法の最大の点はどうやってこの魔法を発動させ、無事指定した過去へ帰られるかです。私達が行った状況では巨大な人工レジスタルの塊の中に空洞を作り、その中で発動させようとしました。ですが、それでも力が足らずに発動させる事が出来ない程です」
「何だと……それじゃ、お前達はどうやってその魔法を発動させたんだ?」
「魔科学を応用しました、魔法だけの力では時を越える事は不可能と考え。時を越える魔法の為にだけ開発された施設、装置の中で実験を行いました。魔法を発動後、陣の中にいた人達は消えていき、無事魔法は成功したと思いましたが、結果はわかりません。それに時を越えた衝撃で施設、装置は全て使い物にならなくなりましたからね」
そんな大掛かりな事をしても、たった一回しか魔法を発動させる事が出来なかったのか。
ったく、こりゃ大量のレジスタルが必要になってくるな、だがその辺は心配無い、神を倒した後に出てきたレジスタルの量は相当のものだ、それに他のレジスタルとは違うより強力な物もあった。
「装置と陣の形成、レジスタルの準備は恐らくこの世界でも出来ます、しかし肝心なものが二つ足りません」
「その二つって何だ?」
「一つ目は無限に魔力を蓄えられる物、そして二つ目は、この魔法を発動させる事の出来る魔力の持ち主です」
「無限に魔力を蓄える物?何だそれは、何でそんな物が必要になるんだ」
「時を越える為に瞬間的に魔力も必要となりますが、その後は時空を超え異次元の中を進まなくてはなりません、その間にも膨大な魔力を消費されます、それが尽きてしまうと元の過去の世界に戻る所か、そのまま異次元の中を彷徨い続けるかもしれません」
なるほど……魔法に関してなら俺も知識はある方だ、大体の話はわかる。
すると、今まで黙っていた話を聞いていた神楽が突然俺の肩をつついてくる。
「甲斐斗、貴方たしか前にレジスタルから魔力を呼び出して魔法を使うって言ってたわよねぇ」
「ああ、言ったな。それがどうした?」
「Dシリーズはその魔力を電気に近いエネルギーに変換して稼動させてるの、つまり多くのレジスタルがあれば一つのレジスタルに魔力を送り込む事も可能なはず」
「そうだ、だが無限に近い魔力を蓄える物が必要になってくる。シャイラ、お前達はどうやってそんな物を用意したんだ?」
「人工的に作り出したレジスタルを使用し、それに魔力を蓄えました。しかし無限とは程遠い量です、アルトニアエデンの魔科学力をもってしても作る事は不可能でした」
「って事は、お前達は一つ目の条件をクリア出来ずに魔法を発動させちまったのか」
「……はい、私達には時間も無く。それしか方法が……」
その時の様子を思い出しているのだろうか、ふとシャイラの表情が険しくなり、俯いてしまう。
アルトニアエデンにもあったのだろう、この世界と同様に、世界を懸けて戦った人間達の物語が。
「甲斐斗様、誠に申し上げにくいのですが……この世界でこの魔法を発動する事は不可能です」
「まぁ待てシャイラ、魔力を無限に蓄える代物何だが、俺は良い物を知ってるんだぜ?」
「えっ?」
そう言って俺は手を伸ばし、瞬時に黒剣を出すと、それをシャイラの目の前に突きつけた。
「俺は世界最強の男甲斐斗様だ。そして俺のこの剣が、お前の言う『不可能』を『可能』にする」
今までだってこの剣で不可能を可能にしてきた、そしてこの剣……いや、この俺のレジスタルがあれば、無限の魔力も夢じゃない。
───甲斐斗達がシャイラと一室で話をしていた同じ時、赤城は葵に連れられある一室に来ていた。
「ありがとう、後は私一人に行かしてくれ」
赤城はそう言うと暗い表情を浮かべる二人の前に出て部屋の扉を開けた。
それを見た葵は壁にもたれかかると、耳を澄ませて赤城が部屋から出てくるのを待つ。
───赤城が部屋に入ってまず聞こえてきたのは心電図の音だった。
そして小さな部屋の白いベットの上に、由梨音はいた。
「あ……あかぎ、少佐!」
部屋に入ってきた赤城を見た途端、由梨音の口元は笑みに変わる。
だが赤城の表情は複雑だった、右腕、そして右足の無い由梨音の小さな姿は余りにも悲惨すぎた。
まだ子供だというのに……目を背けたくなる、見たくない、傷ついてしまった、自分の仲間の姿を。
「来てくれたんですね!ずっと待ってたんですよ!」
何も言えない、声をかける事すらできない。赤城はゆっくりと由梨音に近づいていくと、由梨音は笑みを見せながらベットのすぐ横に置いてある皿に手を伸ばした。
「ほら!リンゴ!遅いから自分で切っちゃいました!赤城少佐も食べてください!」
机の上に転がっているボロボロになった林檎の塊。差し出された皿の上にはその林檎が砕かれたように置いてある。
赤城は震える指先で林檎の破片を手に取ると、そっと自分の口元に運んだ。
だが……赤城には味がわからない、それ所か林檎を噛む事すら満足に出来なかった。
どうしらたいい、こんな時。
何て言えばいい、どうやって声をかければいい。
もうわからない、わからなくなってしまった。
頭の中が真っ白になってしまいそうになる。
「き……傷は……痛む、か……?」
ふと言葉が漏れた、赤城には今自分が何を言ったのかすらもう憶えていない。
「平気です!SVの方が助けてくれましたから!これでまたずっと赤城少佐の側にいれますね!」
ずっと側に……赤城は言わなくてはならない、ここに来る前、決心したはずだ。
それでも由梨音を見て言うことができなかった、顔を背け俯くと、赤城は小さく呟いてしまう。
「それは、出来ない……」
「え?」
赤城の一言に、由梨音の表情は一変した。
その光の無い虚ろな目は、じっと赤城を見つめたまま動かない。
「お前を連れて行く事は出来ないんだ……BNの本部に……戻ってもらう……」
由梨音の手から皿が落ち、由梨音が切ったと思われる林檎の破片が赤城の足元に転がった。
「どうしてですか?」
由梨音の質問に赤城は答えない、俯いたまま何も言おうとせず、由梨音は更に言葉を進める。
「私がいないと、赤城少佐のコーヒーは誰が淹れるんですか?」
何も言わない赤城の態度を見て、由梨音は更に言葉を進めた。
「私は戦えます、赤城少佐と一緒に戦えますよ、私。SRC機能のある機体を貸してください、私戦います。右腕と右足を失ったって、赤城少佐の側にいられれば平気です」
戦えるはずがない、右腕と右足を失った今の由梨音の体では、とてもじゃないが機体を扱う事は出来ない。
ましてや今からEDPに実行しに行かなければならない、SRC機能の搭載した機体があろうと赤城が出撃を許すはずがなかった。
「私赤城少佐の側にいたい、赤城少佐と戦いたい……赤城少佐とずっと、ずっと……赤城少佐……赤城少佐ぁ!」
身を乗り出し赤城に近づく由梨音、その小さく細い左手はしっかりと赤城の服を掴んだ。
「ねえどうして、どうして何も言ってくれないんですか!?赤城少佐、私はもういらないんですか?私の事嫌いになったんですか?私はもう使えないから?もう役に立たないから?赤城少佐にとって私は邪魔なんですか!?」
「違うッ!!」
由梨音の言葉に赤城を声を荒げ即答した、そして包帯の巻かれた由梨音の体を、赤城はそっと抱き締める。
小さくて、弱々しくて、必死に強がる由梨音の姿に、もう赤城は耐えられなかった。
「私は悔しい……由梨音、お前を守れなかった自分が、許せないんだ……」
赤城の言葉に由梨音の手から力が抜けていく、そして自分もまた手を伸ばし片腕で赤城を抱き締めた。
「すまない……本来なら私はお前を元気づけなくてはならないというのに、私は隊長失格だ……」
涙ぐむ赤城の声に自然と由梨音の目から涙が流れる。
「だが言わせてくれ、お前は私にとって掛け替えの無い大切な仲間であり、家族だ。私だってずっとお前の側にいたい」
「赤城少佐……」
「でもお前を連れて行くことは出来ない、今から行く場所がどれほど危険なのか、由梨音、お前にならわかるはずだ」
「うん……」
「だから由梨音、お前には私の帰りを待っていてもらいたい。お前が待っているなら私は必ずお前の元に帰ってくる、そしてこの戦争を終わらせた後……共に暮らし、共に考えようじゃないか、平和な世界になった後、お前にコーヒーを淹れてもらいながら、ゆっくりと……」
「……でも、やっぱり嫌だよ……」
「由梨音……」
「嫌だ……嫌嫌嫌ぁッ!赤城少佐と離れたくない!ずっと一緒にいたい!側にいたい!赤城少佐ぁ!」
本当は由梨音だってわかっている、この身ではもう赤城の側にいられない事ぐらい。
それでも言いたかった、自分の本当の気持ちを、赤城に伝えたかった。
涙を流しながら赤城の胸元で泣き叫ぶ由梨音を見て、勇ましくも思えてくる、片腕と足を失いながらも、共に戦場に出るといってくれた少女に。
「約束だ、必ずお前の元に帰ってくる。だから今はBNの本部で安静にして待っていてくれ、私の帰る場所は、お前のいる場所だからな」
由梨音だって悔しい、ずっと側にいると決めたのに、もう離れ離れにならなくてはならなくなってしまったことに。
それに掛け替えの無い腕と足を失ってしまった。だが、それよりも……由梨音にとっては赤城の側から離れてしまう事の方がショックだった。
「出発は明日になる。だから今日は、ずっとお前の側にいられるからな」
涙で濡れた頬を互いに重ね密着する赤城に、由梨音もまた赤城に甘えるように体を密着させた。
その姿はまるで泣きじゃくる赤子を宥めるかのように、赤城は暖かく由梨音を抱き締め、由梨音は目を瞑りじっと身を寄せる。
辛い時、苦しい時、悲しい時、挫けそうになった時……仲間がいれば変わる、変われる、それがこの世界にとってどれだけ力になるか、この世を生きてきた人間なら誰もがわかる。
人間はそうやって成長し、強くなる。互いに支えあえば決して倒れる事は無い。
───……でも、もしそこにERRORが生じたら……どうする?
全世界はどうして滅びた?何故滅びた?本当に私達だけの力で滅びたのか……?
全ての世界、全ての人間が滅びるのは運命。最後に抗うこの最後の世界もまた、滅びる運命にある。
止められない、変えられない、抗えない。人が消えるのは何の為?人が生きるのは何の為?
誰も教えてはくれない、誰も答えを知らないから、誰も探さない、誰も調べない……。
───そう、だから私は見たい。人間の姿を。別に意味何てない。これは私個人の感情……例えその姿がちっぽけで、運命に抗えるものでなくてもいい。興味が湧いてきたんだ、全世界を、全人間を、そして私達を、全てを管理し、全ての運命を決めた存在……見届けたい、最後の世界、最後の人間を、この目で。
…
……
………
「あ、あの。ちょっと話があるんだけど……」
ロアの声で目を覚ます女性、相手がERRORとあってかロアも慎重な面持ちで立っていた。
会議の後、また同じ部屋に戻されたロア達は部屋の中で退屈していた、アビアは一人どこかへ行ってしまうし、話せる相手といえばこの女性しかいない。
女性はロアを見つめると、ゆっくりと立ち上がりロアの目の前まで近づいていく。
「わかった、聞こう。話とは何だ?」
「貴方達ERRORはどうして人間を殺すのですか?僕達の世界では君みたいに意思の疎通が出来なかったから聞きたかったんだ。それにどこの世界から来たのかも知りたい、そして……ERRORは一体何者で、どうやって生まれたのか知りたい……全部、教えてくれる?」
全ての謎をかき消したい、その為には答えを聞くしかロアには方法がなかった。
すると、ロアの言葉を聞いた女性は小さく溜め息を吐くと、先程座っていた椅子にまた座り始めた。
「残念だがそれは私達にもわからない。どうやって生まれたのかも、どうやってこの世界に来たのかも、わからない。ただ、一言だけ私達は伝えられていた」
「何を……ですか……?」
ロアの首元を掠める刃、よく見ると女性が向けた指が鋭利な刃物へと変わりロアの首元にまで伸びている。
「人間を殺せ。それだけだ」
足の力が抜けその場に座り込んでしまうロアを見て、女性は少し楽しそうな笑みを見せると言葉を続けた。
「人間を殺す理由は仲間達の中でも様々だ、それを教えてほしいなら直接に聞きに行く事だな」
皮一枚、もしあと少しでも女性が指を動かしていればロアの首は確実に斬れていただろう。
「そ、そうですか……僕はてっきり、この世界を守る為に人間を消していると思ってました。僕達をERRORと言ったんだ、それぐらい僕達人間がこの世界にとって害なんだよね」
その問いに女性は無表情のまま腕を組むと、俯きながらその疑問に答えた。
「世界や星、植物、水、大気、数々の生命体の命など……本当はどうでもいいのかもしれない。もっと別の何かの為に、私達はこの世界に下ろされ、動かされているのかもしれないな」
随分と考えるようになったものだ、最初の頃は人間の思考を読むだけしか出来なかったが、今では人間のように悩み考える事が出来る。
だからこそ生まれてきた疑問、謎。
普通にしていればそれらに気づかなかった事だが今は違う、自分だけ特別、自分だけ特殊、自分だけ変わり者……それでいい、それが良い、知りたいから、謎を。
「あの、あと一つだけいいですか?」
色々と考えようと目を瞑ろうとした時、ロアは立ち上がると女性の前に立ち口を開く。
「名前、教えてください。貴方を何て呼べばいいのかわからない」
名前という言葉に女性が微かに反応を示す。武蔵がまだいた頃、名前について話し合った事を思い出す。
大事らしい、名前というのは生物にとって必ず必要になってくる。だから女性は既に名前を武蔵と考えていた。
「私の名前はエラと決まった、次からそう呼んでくれ」
「エラさん……ですね、わかりました」
話してみてロアも感じた、少し怖い部分もあるが、この女性、エラは他のERRORとは大分違うことを。
自分達の世界にいなかった会話の出来るERROR、その存在は今までの世界とは全く違う展開なのかもしれない。
絶望の中から希望が稀に生まれる、人類にとって残り僅かな時間、最後に何が待ち受けているのか。
生きていれば何かわかるかもしれない、何か知るかもしれない、例えそれが望む結果でなくても。