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第95話 慕う、魂魄

───東部軍事基地の外は相変わらず豪雨が続いている、ある一室の窓から顔を覗かせるアビアは、そんな光景を退屈そうに眺めていた。

「つまんなーい」

不満を漏らすアビア、それを見ていたロアは手に持っていた本を机の上に置くと小さく溜め息を吐いた。

「サボらないでくださいアビアさん。甲斐斗さんに言われましたよね、情報収集しとけって、甲斐斗さんが過去に戻る為の方法を早く見つけないと、いつERRORに襲われるかわかりませんよ?」

東部軍事基地にある図書館に二人はいた、埃の被った分厚い本を机に積み重ねるロアに対して、アビアは本を一冊も読まず、隣に座っているミシェルは何か薄い本に目を通していた。

「そうだ、アビアさんって魔法が使えるみたいですけど、過去に戻る為の手がかりとかは……?」

「知ってるよー」

「なっ!?それは本当に!?」

「うっそー、知らないよー。知ってたら今頃甲斐斗と二人で帰ってるもん」

「えっ、ああ……そうですよね……」

威勢良く椅子から立ち上がったロアだったが、嘘とわかると小さな溜め息を吐きまた机の上に積み重ねられている本に目を通していく。

「アビアさん、よくこんな状況で落ち着いてられますよね。早く過去に戻る手がかりを見つけないと僕達いつかあの化物に殺されるんですよ?」

前の世界では散々見てきた、人々が震え、恐怖を抱き、必死になって生き抜こうとする様を。

ERRORを消す方法、人類を守る方法、打ち勝つための強大な力、技、術……だが、結局は滅んでしまった世界。

そして今、この世界もまた滅びようとしている。それだというのにアビアの顔には一点の曇りも無く、ただただ時を待つかのようにのんびりしていた。

「だいじょーぶ、甲斐斗は強いんだから何とかしてくれるって。アビアは甲斐斗を信じてるから」

「……信じた所でどうなるって言うんですか、あの化物の恐ろしさを貴方はわかっていない!魔法が使える世界でも負けたというのに魔法の使えない世界じゃ過去に戻る所か、あの化物に勝てるかどうかすらわからないのに」

無性に苛立ってしまう、ロアには常に焦りが付きまとっていた。

滅びてきた世界を見てきたのだから無理もないが、滅びてきた世界を見てきたのはロアだけではない。

平然とした表情で椅子に座るアビアもまた数多くの滅びた世界を見てきた。

ERRORに侵食され終わりを迎える世界、テトと世界を巡り散々見てきてはいるものの、アビアにとって世界が滅ぶ事や化物の事などどうでもよかった。

「アビアさんが何を考えているかわかりませんが、生きたい気持ちは同じのはず。だからお互い協力していこうじゃないですか」

「そだねー、それじゃー調べるの頑張ってねー」

まるで他人事かのようにロアに見向きもしないアビア、外の景色を見つめていたが椅子から立ち上がると一人図書室から出て行ってしまう。

「はぁ……どうしてあんなに能天気でいられるんだろ、死ぬのが怖くないのかな……?」

不快溜め息を吐いた後、ロアは手に取っていた本を机の上に置くと、大きく伸びをして体の疲れを取ろうとする。

「……っと、所で君はさっきから何の本を読んでるの?」

先程から同じ本のページをじっと見つめ続けるミシェルを見てロアが顔を覗かせる。

ミシェルが手に持つ随分と古く汚れた本、その二ページにはある光景が描かれていた。

左右のページを使って描かれてある巨大な宮殿のような絵、ロアはその絵を何気なく見ていたが、横に座っていたミシェルの目からはぽろぽろと涙が零れ落ちていく。

「ど、どうしたの!?」

泣いているミシェルに気づき驚きながらも心配するロアだが、ミシェルは自分が涙を流している事を自覚していなかった、手で触れて初めて自分が泣いている事に気づく。

「わからない……」

そう言ってミシェルは首を横に振りながら溢れ出る涙を必死に拭っていくと、自然に涙も止まり落ち着きを取り戻していく。

「大丈夫?具合でも悪い?」

「ううん……なんでも、ない……」

ミシェルの小さな背中を摩りながら心配そうに声をかけるロアに、ミシェルは首を大きく横に振り手に持っていた本を強く抱き締めた。


───東部軍事基地の中歩くのは随分と久しく、懐かしい……武蔵にはこの通路に見覚えがあった。

壁、床、天井、通路から休憩室、至る場所が思い出となり浮かび上がる。

だが目の前に広がる光景は全く別、壁や床には至る所に血が広がり人間の手形がついている。

ああ、共に語り、共に笑い、共に泣き、共に戦った仲間達……今はもう見る影もない。

悲しく過ぎ行く現実に目を背けたくなる、だが……それでは前に進めない。

だから武蔵は今、しっかりと前を見つめ歩いていく、全ては約束の為に。

医務室についた武蔵は迷う事無く部屋に入り辺りを見渡すと、部屋の片隅に白いカーテンが引かれてあるのをみて確信した。

すぐに近づいていきゆっくりとカーテンの中に入ると、そこには白いベットの上で赤城が静かに眠っていた。

幸いにも怪我一つしておらず気絶しただけの赤城は、甲斐斗に連れて来られた後神楽が検査してくれたのだ。

……久しぶりに見る赤城の姿、戦場でしか会えなかったが今は違う。

武蔵はベットの横に置いてある椅子に腰を下ろすと、小刻みに震える右手でそっと赤城の頭に触れた。

恐らく神楽が外したのだろう、赤城の髪はいつもの様に縛られておらず髪を縛っていない赤城を久しぶりに見た。

「赤城……」

小さく名前を呼んでみる、だが赤城は寝ている為に返事はこない。

「俺がいなくても大丈夫さ……君には力があり、掛け替えの無い仲間もいる。だからは君に俺はもう必要無い」

そう言って武蔵は赤城に触れていた手を戻しその場から立ち上がろうとした時、ふと赤城の手が武蔵の腕を掴んだ。

「それだけか……?」

ゆっくりと目を開ける赤城は、体を起こした後じっと武蔵を見つめる。

腕を決して放そうとせず、武蔵は立ち上がろうとした腰をまた元の椅子に戻し座ると、ようやく赤城も武蔵の腕を放した。

「私に言う事はそれだけなのか?もっと他に、あるんじゃないのか……?」

「……よく聞いて赤城、俺はもう君の元には───」

耐えられない、これ以上赤城を見つめていれば、側にいれば……決心した気持ちが簡単に揺るぎそうになる。

神楽の時もそうだ、だから武蔵は早く二人から離れたかった、離れたくない、ずっと側にいたのに、離れなくては……。

「武蔵ッ!」

赤城の声で武蔵の言葉は止まる、じっと赤城の言葉を待つかのように武蔵は固まったまま動けずにいた。

「最後……なんだろ?もう会えるのは……それなら、最後くらい、本音を言ったらどうだ……この馬鹿者が……」

最後という言葉を赤城が知っていた、恐らく甲斐斗が先回りして赤城の場所へ行き自分の代わりに全てを話してきたのだとことに武蔵は簡単に理解できた。

「後悔したくない、未練も残したくない……お前の前で強がるのは、もう止めた……だからお前も───」

目に涙を浮かべ小さく微笑んだ赤城を見て、感情を抑えられるはずがなかった。

武蔵の腕はすぐさま動いた。既に目からは涙が零れ落ちており、震える両手でしっかりと赤城の体を抱き締める。

「本当に無事で良かった……もう一度赤城とこうやって出会えるなんて、本当に、本当に……っ」

「私も同じだ……今、お前が目の前にいて、あの時のように抱き締めてくれて……ぅ、くっ、ぁああ!───」

赤城も武蔵と同じ、我慢などできない、感情を抑える事が出来ない。

武蔵の胸に抱かれながら赤城は泣き叫んだ、またこうして出会えた嬉しさ、喜びに涙が止まらない。

だが涙は悲しさと苦しさも見せていた、もう二度と会えない、今度こそ、本当に消えてしまう。

泣き叫ぶか弱い赤城の姿を見て、武蔵はふと昔の頃を思い出す。

それは二つの赤城の姿。子供の頃、悲しい事や辛い事があった時、いつも武蔵や神楽、そして母親に抱かれ慰められながら泣いていた。

だが赤城の両親が亡くなってから、赤城は決して人前で涙を見せようとしなくなった。

何があろうと必死に堪え、強がり、涙を見せない。そして……泣く時はいつも一人で、誰にも見られない場所で泣いていた。

……泣かない事が強さじゃない、泣きたくなった時、気持ちを分かち合い、共に涙を流してくれる人や、支えになってくれる人がいて、初めて人は強くなれる───。

だから今、自分の腕の中で泣きじゃくる赤城の姿は、無垢で純粋な頃の幼き赤城と何ら変わっていない。

これで良い……人は、一人だけでは生きていけない、互いに分ち合い、支えあわなければ。生きていく事はおろか、この世界を守る事など絶対に出来ない。

「ごめんね、本当に……辛い思いをさせて、ごめん……ずっと側にいられなくて、ごめん……」

今しかない……もうこの時しか、武蔵と会う事は出来ない。

今まで武蔵が生きている事を望み、信じ続けた赤城にとって、それは余りにも残酷な現実だった。

「武蔵、武蔵!私は……!」

武蔵が赤城を胸元から離すと、躊躇いなく赤城との顔の距離を近づけ唇を重ねた。

互いに口付けをしながら抱き締めあい、手と手を重ね、指を絡め合う。

長い口付けが終わった頃には、赤城は顔を赤らめ目に涙を溜めたまま武蔵と見詰め合う。

「ずっと、ずっと前。お前と初めて出会った時から、私はお前の事が……好きだ……っ」

その気持ちが揺らいだ事は一度も無い、それは武蔵も同じで、赤城の事が大好きだ。

真っ直ぐな心を持ち、人の痛みがわかる女性、その赤く綺麗な髪を揺らし、微笑みかける姿。

幼い頃から何ら変わっていない、そう、何も変わっていない、赤城も、神楽も……ただ一人、武蔵を除いては……。

「ああ、俺も同じだよ赤城……俺も赤城が好きだ、誰よりも……ね」

照れながらも武蔵は赤城を見つめ本音を言った、それを聞いた赤城はよりいっそう赤くなり嬉しそうに笑みを浮かべる。

何とも可愛らしく、愛しい表情……それでやっと決心がついた、これでやっと、決行できる。

武蔵はゆっくりと自分の体から赤城を放し、またベットに寝かせてあげると、赤城に向って話し始めた。

「だから俺は行くよ。君のいる、この世界の為に」

今更止めることなどできない、それに武蔵は止まらないだろう。

これ以上ここに留めておけばお互い辛く、苦しくなる、だから赤城は笑顔で武蔵を見送った。

それに答えるかのように武蔵も笑みを見せ、そっと立ち上がる。

「今までありがとう、赤城」

「私こそ、ありがとう。武蔵───」

……。

…………。

終わった、もう、この部屋に武蔵はいない。

いるのは赤城ただ一人、武蔵は行ってしまった、もう二度と帰ってこない。

それでも、これで思いは伝えられた……それだけでも良かったのかもしれない。

あのまま何も言えず、伝えられることなく、時間が過ぎるのなら。この方が絶対に良い、そうに決まってる。

だから……涙が止まらないのは仕方ない、大丈夫、共に泣き、共に支える人はいてくれている。

でも今だけは一人で泣かせてほしい。過去の人生を振り返り思い浮かべて、辛い日々、楽しい日々の頃を思い出していく、ベットの中で小さく体を丸め、目を瞑りながら───。


───医務室を出た後、武蔵の顔からは笑顔が消えた。

そして淡々と歩き始め、自分の刀が置いてある部屋へと向った。

自分の部屋に辿りつくまでに何度も過去の思い出を思い出しそうになるが、武蔵は必死にその思い出を浮かべないように意識していく。

そして部屋に辿り着くと、自分の持っていた部屋のカードキーを使い扉を開けた。

あの時から何も変わらない室内の風景、だが武蔵は部屋に入るや否や己の刀を置いてある場所へと向かい、そして見つけた、捜し求めていた刀を。

ふと刀に手を伸ばす武蔵だが、指が刀に触れようとすると自然に手を刀から離してしまう。

この刀を取った時、人間でいる自分が消えてしまう、だが覚悟を決めた武蔵は、またゆっくりと手を伸ばし刀を手に取ると、一呼吸終えた後自室を後にした。


───後は基地を後にするだけだった武蔵、長く続く通路を一人淡々と歩いていたが、ふと気が付けば通路の中央にポケットに手を入れこちらを見つめる甲斐斗が立っていた。

無言のまま互いに見詰め合う二人、すると武蔵は足を止めると、甲斐斗との距離を保ったまま話し始めた。

「……ありがとう、君のお陰でやっと俺も覚悟を決める事が出来たよ……甲斐斗」

微かな笑みを見せる武蔵とは対象に、甲斐斗の顔に笑みは無く平然とした態度でその場を動かない。

「本当、君には世話になってばかりだね。何かお礼でもしてあげたいけど、俺じゃ君の力になれそうにない」

生々しい血の跡が残る通路、窓の外から聞こえてくる雨音しか二人には聞こえず、武蔵は手に持っていた刀をそっと前に突き出した。

「甲斐斗、俺はもう人間じゃない。俺は基地から出た後本格的にERRORと活動を行わされる。つまり、君達人類の敵になり君達を襲う事になる」

すると今まで黙っていた甲斐斗が口を開くと、ポケットに入れていた手を出し武蔵同様手を前に出した。

「ああ、わかってる。お前を生かしてここから出す気は無い」

一瞬にして甲斐斗の手元に現れる巨大な黒剣、それを片手で軽々と一振りすると、その剣先を武蔵に向けた。

「いつかお前と戦う時が来るとは思っていたが。まさか、こんな状況とはな」

「それは俺も同じさ、自称最強の君と今から戦えるなんてね、とても楽しみだよ……」

甲斐斗は武蔵に向けていた剣先を下げると、鞘に納っている刀を武蔵はそっと腰に掛けた。

「甲斐斗、わかっているとは思うけどこの勝負、君が勝たないと人類はERRORによって滅亡を迎える」

「ほぉ、それはまるで俺が勝てば人類を救えるとでも言ってるみたいだな」

「そうさ、君は必ずこの世界を救う。だからERRORである俺は今ここで……君を殺す」

小さな笑みを見せた後、武蔵はそう言って手に腰に掛けていた鞘からゆっくりと刀を引き抜いてみせる。

しかし二人はこれから戦おうというのに、互いに寂しげな表情のまま見つめあったまま動こうとしない。

「その台詞、この世界に来てすっかり聞き慣れちまったよ」

そう言いながら甲斐斗も軽く笑って見せると、更に言葉を続けた。

「でも俺は赤城と約束したんだ、生きてこの戦争を終わらせるって」

両手で力強く黒剣を握り締める甲斐斗、それを見ていた武蔵もまた刀を構え体勢をやや下げた。

戦いは既に始まっている、ここから先、どちらかが死に決着がつくまで戦いが終わる事はない。

「だから……な、その約束を果たす為に……」



「死ね、伊達武蔵」

鋭い視線で武蔵を睨みつける甲斐斗、その黒く巨大な剣を軽々と振り上げ武蔵に跳びかかった。

それに対して武蔵は一歩も動かず迫り来る甲斐斗を見つめていた。神経を研ぎ澄まし、見定める……ここで武蔵が何もせずに斬られればこの戦いを終える事はできる。だがそれは肉体が許さない、それに武蔵自身、無抵抗のまま殺されるつもりも無い。

互いに目を見開き、己の命を懸けて相手を殺しにかかる、一瞬の隙も逃がしはしない……。


───武蔵の元へ急ぐ愁と葵、知らされていた場所、会議室へ向かっていた時、突如通路の天井全体に亀裂が走り崩れ落ちる。

すかさず二人は後退し瓦礫から逃れる事ができたが、埃が巻き上がるその光景の中に、黒剣を振り回す甲斐斗と一本の刀を手に激闘をしている武蔵の姿が映った。

「甲斐斗さん!?それに伊達さんまで!」

驚いているのも束の間、甲斐斗の隙を狙い刀を振る武蔵の攻撃に甲斐斗は間一髪後方に跳んで回避すると、自分の後ろに立っている愁と葵に目を向けた。

「おお、愁じゃねえか。すまねえな通路破壊して」

「い、いえ。それより、この状況は一体───」

困惑したままの二人は状況が掴めず手に持っている銃すら構えていない。

するとその愁の問いに答えるように武蔵が事の状況を話しだした。

「SVの愁と葵さんだね、残念だけど俺はERRORからのスパイ、それで今甲斐斗を殺そうとしている所、だから邪魔はしないでほしい」

余りにも簡潔に、そして呆気なく秘密を言ってしまう武蔵に、二人は戸惑いを隠せずにいた。

「なっ、やはりERROR側に移っていたんですね、伊達さん」

「ああ、そうさ。君ならよくわかるはずだよ。今の俺がどれだけ危険な存在か」

愁がERRORだった時の雰囲気とはまた違う、別のERROR。

外見、性格、理性もあり、相手と意思の疎通ができる。今の武蔵はどこからどう見ても人間。

「わかっています、それでも俺達は貴方を助けに来ました……と言っても、既に戦いは始まってみたいですが……」

手に持っていたライフルを構え銃口を武蔵に向ける愁、それに合わせて葵もまた武蔵に銃を向けた。

「伊達さん、武器を捨てて大人しくこちらに来てください。拒否すればこの場で貴方を殺します」

躊躇い無く言い放ったその言葉に、隣に立っていた葵は銃を下ろすと愁の方を向きすぐさま口を開く。

「って、おい愁!まさか本当に殺す気なのか!?助けるんじゃなったのかよ!」

元々脅しにしては大層な武装だと思っていた、それに葵は武蔵を殺す気は無かった、たしかにERRORなのかもしれないが、実際に武蔵は先程の戦闘にも協力してくれており、EDPでの活躍もある。

「助けたいさ!でも、葵も見てきたはずだ、ERRORになった人間、前の俺の姿を。だから覚悟して戦わないと、俺達は確実に殺される」

罪を犯してきた自分の姿を今まで何度も見てきた愁は覚悟していた。

もし武蔵がERRORだとすれば、自分がERRORだった時よりも更に強く、恐ろしい存在になることがすぐにわかる。

「愁、ありがたいけど無理だ。それに助ける必要なんて無いよ、俺はERROR、君達の敵なんだからね」

「俺も前までそうでした、だが今はこうして人間として生きています!伊達さんを助ける事も十分に可能なはずです!」

「いや、もう俺は無理なのさ……」

その愁の言葉に、武蔵は小さく俯くと、悲しげな表情を浮かべ窓の外から見える景色に目を向けた。

銃を構える愁、その前に甲斐斗が出てくると、剣を構えはじめた。

「おいおい、お前等二人は引っ込んでろよ。今は俺と武蔵の一騎討ちの最中だ、邪魔するな」

「そうも言ってられませんよ。相手はあのNF最強とも言われている方、幾ら甲斐斗さんでも相手が悪すぎます」

「だからこそ戦って勝つ事に意味があるんだろ。……まぁそこで見てろ、俺が勝つ瞬間を」

何故甲斐斗が一人で戦いたがるのか愁にはわからない、先程のように力を合わして戦えばいいものを、これ程まで強がり一人立ち向かう甲斐斗の後姿は、何かを訴えているようにも見えた。

「甲斐斗さん、落ち着いて考えてみてください、人間の状態である伊達さんがどれほど強いか甲斐斗さんにならわかりますよね。それが今、ERRORになっているとすれば俺のように肉体強化が行われて更に強く───」

「ごたごたうっせーんだよ……ッ」

怒りの表情とはまた違う別の顔、今まで見せたことのないような鋭い視線に愁は息を呑む。

これほどまで一対一にこだわる甲斐斗には必ず理由がある、例えそれがわかっていても、愁は甲斐斗一人で戦わせたくなかった。

「男と男の勝負に、人間も化物も関係無えだろが」

だが甲斐斗の気迫に押されもうこれ以上何も言葉が出せない愁、それを見て甲斐斗は小さな笑みを見せると、前を向き武蔵を見つめる。

「すまねえな、決闘の最中に邪魔が入ったが……今から再開だ」

瓦礫を踏み越え武蔵に接近していく甲斐斗、黒剣を高速で振り回し武蔵を狙うが、武蔵は後方に下がりながら全ての攻撃を直前でかわし続けていく。

そして隙をつき刃を甲斐斗に向け斬りかかるが、甲斐斗は黒剣を縦にし攻撃を受け止める。だが武蔵の刀は止まらない、黒剣の刃先に添いながら刀を下げていくと、瞬時に踏み込み体の向きを変え横方向から懐に入り込もうとする。

完全に甲斐斗の腹部を斬れる範囲、だが甲斐斗は剣先を地面に突き刺すと剣を握ったまま跳躍し武蔵の刀を交わした。

逆立ちするかのように足を浮かせ体勢を変えた甲斐斗、その空中に浮く短い時間の間に、甲斐斗は突き刺した剣を引き抜き剣の間近にいる武蔵目掛けて斬り上げる。

その黒剣の威力は凄まじいものだった、床に一本の亀裂を走らせそのまま壁を伝い吹き飛ばす。

崩れ落ちた壁、開いた穴からは雨風が入ってくるが、そこに武蔵の姿は無い。

甲斐斗はすぐさま体勢を立て直しその場から大きく跳躍し後退するが、刀を振り上げた武蔵はすぐ横にまで来ていた。

呼吸する暇すら与えられない、あと一秒でも甲斐斗が1歩後退していなければ確実に首を切り落とされていた。

首元を掠める刃先、甲斐斗は剣を振り上げ武蔵を斬りにかかろうとするが、武蔵の猛攻は止まらない。

1本の刀からとは思えない程の連続攻撃、体を掠めたかと思えばまた別の場所を刃が掠める、黒剣で防ぎ甲斐斗自身必死に回避していくが武蔵は更に距離を詰め斬りかかる。

それを見て黒剣の剣先を武蔵の胸部に向けて突き出す甲斐斗の素早い攻撃さえ体勢を下げ容易く避けた。

が、甲斐斗は剣を突き出すと同時に右足を軽く横に振り上げると、剣の下に潜りこんだ武蔵の顔を蹴り飛ばす。

軽々と吹き飛ばされた武蔵の体は壁をも突き破り基地の外へと吹き飛ばされる、それを見た甲斐斗は躊躇無く崩れた壁から外に出ると、もう一階したの建物の屋根の上に着地した、恐らく格納庫の天井だろう。

外に広がる曇天からは冷たい雨が降り注ぎ忽ち全身を濡らす、だが甲斐斗の目はしっかりと前を見つめ揺るぐ事は無い。

蹴り飛ばされた武蔵は頬を押さえながらゆっくりと起き上がると、その場に血反吐を吐き捨てすぐに刀を構えた。

「くっ……」

甲斐斗に蹴られた瞬間、一人の女性の姿が脳裏を掠めた。

「かぐ、ら……?」

決戦にあるまじき行為、余所見をして視線を下げてしまった武蔵を、甲斐斗は逃がしはしない。

足元から振り上げられる黒剣が左の腹部を掠める、瞬間的に回避したものの、血が噴出し服を赤く染める。

その時、また一人の女性の姿が過ぎる。

「あかぎ……っ!」

刀を振り上げ甲斐斗目掛けて振り下ろす武蔵、だが甲斐斗はその刃先を黒剣で弾くと、大きく横から振り下ろす。

その攻撃を避けることなど容易い、武蔵は瞬時に後方に下がろうと左足を一歩下げたが、武蔵は大きく後ろに体勢を崩す。

左足首から下が無い……あの時、甲斐斗が剣を振り上げると同時に武蔵の左足首を斬り落としていた。

それにすら気づけずにいた自分に驚きが隠せない、そしてその隙すら甲斐斗は見逃さず、黒剣を振り上げ接近してくる。

「甲斐斗ッ!」

名を叫び、右足一本でその場に踏みとどまる武蔵。

だが片足だけではまともに動く事もできず剣を満足に構える事すらできない。

目の前にまで迫り来る甲斐斗、黒剣を構え武蔵目がけ止めの一撃を振り下ろす。

すると武蔵はその瞬間、右足を僅かに曲げ大きく横に跳躍すると、血が滴り落ちる左足を甲斐斗の顔目掛けて振り上げた。

予想通り赤黒い血は甲斐斗の目に当たる、視界を血で妨げられ、すぐさま血を拭おうと甲斐斗が片手を剣から離した瞬間、武蔵は着地と同時に甲斐斗目掛けて刀を構え懐に飛び込んだ。

一瞬の間に数回刀を振るい甲斐斗の体を斬り刻む、体から血が噴き出した甲斐斗はよろめきながらもすぐに数歩後ろに下がるが、武蔵は距離を詰め刀を構えると、甲斐斗の心臓目掛けて刀を突き出した。

「甲斐斗さん!」

基地の中で二人の戦いをじっと見つめていた愁が突如声を上げ甲斐斗の名を叫ぶ、だが無常にも刀は甲斐斗の胸を貫いた。

貫いた刃先は血で汚れるものの、降り注ぐ雨に洗い流されていく、背中、そして胸部から血を噴き出す甲斐斗を見て愁はその場に跪いてしまう。

「そんなっ……甲斐斗さんが……負け、た……?」

たしかに武蔵は強い、最強とも言える程に。

だが甲斐斗もそれ以上の力を秘めている、それは世界を変えるほどの力……。

時が止まったかのように二人は動かないが、雨が止む事は無く足元に垂れる血を流していく。

刃の根元深くまで刀は甲斐斗の心臓を貫いていた、死は確実、そう思い武蔵が刀を引き抜こうとした時、ある動きを感じた。

鼓動……貫かれ、切り裂かれたはずの甲斐斗の胸部から微かな鼓動を感じる、武蔵がそれに気づいた時、突如髪を掴まれた武蔵は軽々と持ち上げられる。

刀は引き抜かれ、胸元から血を噴き出していたが、甲斐斗は歯を食い縛りその場に立ち続けていた。

そして髪を掴み振り上げた武蔵を足元に投げつけると、持っていた黒剣の剣先を武蔵の胸部に向けた。

足場の屋根に亀裂を走らせる程の力で叩きつけられた武蔵は全身を強打し血を吐き出したが、自分に向けられた剣を避けようと起き上がろうとする。

だが右腕が上がらない、すぐに自分の右手に視線を向けると、武蔵の握り締めている刀を甲斐斗は踏みつけしっかりと固定していた。

刀から手を放せばいいだけの事、そうしなければ死ぬ。

実に簡単な事、身を守るために武蔵の肉体はすぐ刀を手放そうとしたが……刀を握る武蔵の手が緩む事は決してなかった。

振り下ろされた剣は武蔵の体を突き刺した、武蔵の体は簡単に貫かれ、自分達の足場の屋根まで破壊してしまう。

格納庫内にいた兵士達は突然の屋根の一部崩壊に気づき避難していく、幸いにも瓦礫の下には一人の兵士もいなかった。

が、一人の男が瓦礫が積もる中から現れ姿を見せると、床に突き刺さる黒剣を引き抜き自分の背後に突き刺し、もたれかかるように座り込んだ。

「ああ、そうさ……俺が人間、お前が化物なら俺は負けていた」

口から血を垂らしながらも、険しい表情をしたまま甲斐斗は言葉を続ける。

「だが……化物は俺で、お前が人間だった、そうだろ?武蔵」

自分の足元で倒れたまま動かない武蔵、目を瞑ってはいるが、その口元は微かな笑みを見せる。

「何故ERRORの力を使わなかった、お前も言っていただろ、肉体を強化されたって。それに、お前肉体の再生すらしてない」

体を斬られた甲斐斗の肉体は、既に出血が止まりかかっている状態だった。

それに比べて武蔵は未だに血が流れ、斬りおとされた足首からも血が噴き出していく。

「俺は……俺自身の力で、戦ったまでさ……甲斐斗もそうだろ……?その力は、君自身が持つ力だ……」

同情や情け、ハンデなどではない、正々堂々と己の力だけで二人は戦った、だから武蔵に悔いは無い。

「……ありがとう」

「おいおい、いきなり礼を言われてもなぁ」

「君になら、この世界……そして皆を、託せる……よ……ありが、とう……か……ぃ……」

最後に甲斐斗の名を小さく言ったあと、武蔵の口は止まり刀を握っている手の力が緩んだ。

それでも血は流れ続けたまま、血は甲斐斗の足にまで広がってきていたが、甲斐斗は気にせずその場に座っていた。

「お前に託されるなら俺は守り抜いてやるよ、この世界を……」

……終わったのだろう、この戦い。武蔵は死んだのだから。

武蔵を何を思い、何を願い、そして何の為にここまで今まで生きてきたか。

甲斐斗は知っている、武蔵が戦闘の最中、赤城と神楽の名を呼んだ事に。

今となってはもう聞く事もできない、自分で考え、自分で見つけ、答えを探していかなければならない。

格納庫で起きた騒ぎ、愁や葵だけではなく格納庫にいたSVの兵士達やシャイラとアリスまでその場に現れた。

「愁!葵!これは一体どういうことなの!?」

銃を手に持った二人にアリスが近づいていくと、シャイラもまたアリスに寄り添いながら近づいていく。

「……甲斐斗さんがERRORを倒した、それだけです」

険しい表情で甲斐斗を見つめる愁の態度、アリスはそれだけ聞くと小さく頷き黙ってしまう。

訳がわからないものの、何となく雰囲気で感じる事ができた、とても辛く、悲しい戦いがあった事に。

ふとアリスが横たわる武蔵、そして床に座る甲斐斗に目をやると、そこには先程見ていた光景は別の光景が映っていた。

「あの女性は……誰?」


───甲斐斗の足元に倒れていた武蔵の死体はどこにも無く、武蔵が着ていたはずのNFの軍服を身に纏った赤髪の女性が甲斐斗の足元に立っていた。

その一部始終を見ていた甲斐斗は、やけに落ち着いた様子でその女性を見つめている。

甲斐斗同様に女性も甲斐斗を見つめていたが、ただ一つ違う所があった。

表情の無いその顔の頬に止め処なく涙が流れていた、目から流れ落ちる涙は頬を伝いぽろぽろと甲斐斗の足元に落ちていく。

「これが人間……これが魂、これが思い、これが情、これが……愛」

聞き覚えのある言葉に甲斐斗は顔を上げ、そして思い出した。

武蔵の言っていた自分を助けたERROR、そのERRORが武蔵に言った時の言葉だ。

「涙?これが涙……止まらない、どうして、止まらない……?」

目元に手を当て流れる涙を止めようとするが、女性から流れ出る涙が止まる事は無い。

すると顔を上げていた甲斐斗が女性を見つめると、女性の足元に落ちてある刀に視線を逸らした。

「涙が出るのは、大切な人を失ったからじゃねえか?」

「大切な、人……?自らの生命を犠牲にして、私に伝えた人間がか……?」

その言葉に甲斐斗が反応を示した、一つ脳裏に浮かぶ疑問、その答えを今目の前にいる女性は知っているはず。

「お前……人類が核兵器を使った事に怒り、俺達を殺そうとしてるんだよな?」

「……いいや、もっと前に私が人類を消すと武蔵に言ったら、武蔵は私に言った。肉体を自由に使わせてほしい、そして、自らの命をもって、私に『人間』を教えると約束した」

その女性の言葉に、甲斐斗は目を見開き言葉を失った。

肉体、最後、そして自らの命、約束……あらゆる感情を抱き、最後に教えた、この、女性の姿をしたERRORに。

「あの野郎……全部一人で背負ってたのかよ……」

ERRORを止める為に、武蔵は甲斐斗達に嘘をついていた。

全てはこの時の為か?全ては武蔵が予想した通りの結果になったということか?

「人間の力、可能性、これ程の生物を消すなんて、私には無理だ」

思考錯誤を重ねていた甲斐斗、武蔵が自分達の前に現れた本当の理由、本当の意味を知って、全身から力が抜けていくが、目の前に立っている女性に目を向けると口を開いた。

「おい、人間を理解したお前は、これからどうするんだ?」

「……わからない、わからなくなってしまった。人間を知った今、私は何をすればいい?」

その言葉を聞いた途端、甲斐斗はゆっくりと起き上がると、女性に手をさし伸ばした。

「この戦争を通して人間の立場から世界を見てみるつもりは無いか?お前は人間をまだ完全に知った訳じゃねえ、その気があるなら俺達と共に来い、そして……お前達が起こしたこの戦争を最後まで見届けろ」

その真っ直ぐな目に女性は見覚えがある、あの日あの時、武蔵も同じような目をしていた。

武蔵は教えてくれた、それなら、この男もまた何かを教えてくれるのかもしれない。

差し伸べられた手を見て女性もまた手を出すと、甲斐斗は女性の手を掴みしっかりと握手をした後、その場に倒れこんでしまう。

「ああ……血、流しすぎたか……っ……」

武蔵との激戦で体の各部を負傷し出血したため、甲斐斗の顔色は悪くぐったりとその場で横になる。

起き上がる力も出ない、自然と下がる目蓋に抵抗することなく、甲斐斗は静かに眠りについた。

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