第93話 醜い、報い
───終わらせたはずだった。それぞれの想いを胸に三人が力を合わせテトを倒した。
人類にとって強大な敵が一人消えた……それなのに、脅威は消えたはずなのに、未だ操縦桿から手が離せない。
東部軍事基地周辺は異様な静けさに包まれていた、誰一人動こうとしない……いや、動けなかった。
異様な雰囲気を漂わせる1機の黒い機体に、甲斐斗は操縦者の姿を見て唖然としたまま。
その表情を見て微かに笑みを見せるもう一人のカイト。
カイト・アステルは既に死んだと思っていた甲斐斗にとって、死人が目の前に現れたのだから驚くのも無理はない。
「驚きすぎだよ……死んでると思ってました?……僕はこうして元気にしてるのに」
そう言って手を振って見せるアステル、そして目線を甲斐斗から赤城に向けて言葉を続けた。
「赤城少佐、お久しぶりです……今日は、訳あってここに来ました」
黒いリバインが黒薔薇だった鉄の塊を見つめ、その塊に手を翳す。
「この人を殺しにきたんです、既に死んでますけどね……」
軽く笑みを見せるアステルだが、赤城もまた甲斐斗同様に唖然としたまま何も言えない。
目が笑っていないから、アステルの瞳から感じられる邪悪と狂気は戦場にいた三人にも感じとれた。
それは甲斐斗が一番良く理解できた、アステルの壊れた姿を見た事がある甲斐斗にとって、最悪の展開が予想される。
「あれ?……どうして、伊達中尉は生きてるんですか……?」
アステルから大和に乗る武蔵に向けて放たれた言葉に、武蔵が口を開こうとしたが、アステルは返事を聞く事無く話を進める。
「死んだはずですよね?死人は生き返りませんよ……ね?」
強まる狂気、殺気……感じる、覇気とはまた別の憎悪に満ちた邪気を。
大和は咄嗟に腰に掛けられている二本の刀に手を翳した時、黒いリバインは両手を開き重ね合わせるようにして構えた。
「消えてください」
リバインの手の中に一瞬で作られる黒い球体、強力な電磁を漂わせ周りの空間を歪めていく。
そしてリバインが両手を大和の方に突き出すと、その球体は簡単に発射され、地面を抉りながら真っ直ぐ大和の方へ飛んでいく。
当然大和は回避を試みるが、黒い球体は大きく軌道を変えるとまた大和の方へ近づいていく。
もはや直撃は免れない距離にまで近づいてきていた球体、大和は咄嗟に左手に持った刀を球体目掛けて投げ飛ばす、刀が球体に直撃した瞬間一瞬にして刀は分解され掻き消されていく。
何とか迫ってくる球体を掻き消す事が出来たが、大和がそれを確認した時、背後から只ならぬ気配を感じた。
「消えてくださいよ、ねえ」
武蔵の額に汗が滲む、先程まで遠くにいたはずの黒いリバインは大和の背後に立っている、それも武蔵に気づかれることなく……。
すぐさまリバインから距離を取り振り返る大和、だがそこにいるはずのリバインがいない。
「どうしたんですか?伊達中尉、僕はここですよ?」
目の前にいるはずリバインは背後にいた、それも先程同様気づかれることも悟られることもなく……。
大和は後ろに振り向くと同時に右手に握る刀を振り下ろすが、そこにリバインの姿は無く、数百メートル先で腕を組み地上から微かに浮いた状態でリバインは停止していた。
「伊達中尉って強いですよね、僕は模擬戦で勝った事なんて一度もありませんでしたから……」
一方的な会話、まるで回りは眼中に無いように、一対一で武蔵に話し掛け続ける。
「アステル、君は……」
武蔵は眉間にシワをよせアステルを見つめた、何かを見定めるかのように、じっと───。
「行きますよ?」
アステルの声が聞こえた時、先程まで遠く離れていたはずのリバインは大和の目に前に立っていた。
目で追えぬ速さ、瞬きをした瞬間に既にそれは起きているのだから、誰も確認することが出来ない。
素早くに刀を構え応戦しようとする大和、崩れ落ちる右腕、吹き飛ばされる左肩、大砲は捥がれ、吹き飛ばされる。
「ぐっ、くうぅぅ───!?」
あの大和が呆気無く敗れた、足しか残っていない大和は地面に倒れたまま起き上がることさえ出来ない。
「止めろ!武蔵は味方だぞ!?」
咄嗟に赤城が声を上げアステルを止めようとしたが、既にアステルの顔からは笑みが消えていた。
「赤城少佐、ずるいですよ……貴方だけ大切な人が戻ってくるなんて、ずるい……」
黒く濁った瞳、光は感じられず、その暗い視線は赤城の心を深く突き刺した。
「アステル……?」
その時、アギトは加速していた。事の状況によって選択された。このままだと大和が破壊される、それを阻止する為にアギトは黒いリバインに飛び掛り拳を振り上げていた。
「僕と……戦いたいの?……いいよ」
アギトの目の前から一瞬で消えるリバインは、当然のようにアギトの背後に立っていた。
そして右手をアギトの方に向けると、今度は手の平に一枚の円形をした刃が黒い光で作り出されていく。
「すごいよね?」
黒い刃は空間を切り裂きながらアギトに向けて放たれた。
それを見たアギトは咄嗟に右腕を突き出し黒い刃を砕こうとするが、刃は拳に直撃すると強烈な火花を放ち始める。
「砕けない!?」
それ所かアギトの拳を少しずつ切り裂き侵入してくる、咄嗟に右腕を振り払い刃を払い落とすが、既にアギトの拳には大きな傷が付いていた。
「硬いね……でものろい、亀みたいな機体だ」
微かに笑うアステル、先程まで目の前にいたのにも関わらず、既にリバインはアギトの背後に立っている。
そしてふとアギトの背中に手を当てるリバイン、それはアギトの敗北を意味した。
「さよなら」
空気、空間が震えそれは衝撃波と化した。
アギトはまるで石ころのように地上を転がり砂塵を巻き上げながら吹き飛ばされ、東部軍事基地へと直撃して動きを止めた。
またも静まり返る戦場、大和も倒され、アギトも倒され、残るは魔神1機のみ。
そして甲斐斗が息を呑み黒剣を構えるのを見て、アステルは面白そうに喋り始める。
「甲斐斗、僕は最強になったんだよ……」
「っけ、何が最強だ。お前自身はただの雑魚───ッ!?」
一瞬にして魔神の目の前に現れるリバイン、魔神は剣を振る暇も無く素手でリバインに剣を振り払われると、頭を鷲掴みされ勢いよく地上に投げつけられる。
下にあった基地の格納庫の屋根を突き破り地面へ叩きつけられる魔神、体勢を立て直そうとするが既に目の前に来ているリバインに右足を掴まれると、まるで遊ばれるかのように振り回され、投げ飛ばされる。
「くそっ!調子のりやがって……ぐぁっ!?」
投げ飛ばされた魔神は地面に着地する間もなく空中で待機していたリバインに腕を掴まれると、また振り回され基地へと投げ飛ばされた。
もはや玩具扱いの魔神、一瞬で殺さず、次々に痛みと傷を与えられ外側と内側両方から崩し壊していく。
「待てアステル!何故お前が私達を攻撃するんだ!?お前は私達の仲間だろ!?」
すぐさま赤城が止めようとアステルとの通信を試みるが、アステルは手を休めず魔神を嬲りながら赤城と目を合わす。
「仲間?僕と貴方が……仲間?何、言ってるんですか……赤城少佐……?」
「お前こそ何を言っている!同じこの世界の為に戦ってきた仲間だろ!?今すぐ攻撃を止めろッ!」
赤城の言葉にリバインの手が止まる、既に装甲は剥がれ落ち無残な状態の魔神は動くことすらできない。
「世界の為に……戦ってきた……?」
「ああそうだ!これからも私達は力を合わせて世界の為に───」
赤城の乗るリバインに衝撃が走る、機体が乗っている戦艦の装甲が次々に吹き飛ばされると、赤いリバインは引き寄せられるように宙に浮き黒いリバインの元まで連れてこられた。
赤城は必死に衝撃に耐え抜こうとするが、突如ハッチが吹き飛ばされると、操縦席の中に強引にリバインの手が入ってくる。
それを見た甲斐斗と武蔵は愕然とし目の色が変わると、二人は即効で機体を起こし黒いリバインの元へ向かった。
だがもう遅い、操縦席から引きずりだされた赤城は黒いリバインの手に握られもがき苦しんでいる。
「う、あぁっ!?……アステル、どうして……?」
「世界なんてどうでもいいんです……。僕は姉さんや、ルフィスの為に戦ってきた、けど……もう二人はいません……」
リバインの手に微かに力が入る、赤城は声を上げ必死に逃げようと体を動かすものの、握られる力は更に強まる。
「う゛、ぐぁ゛あああぁあぁああああ!?」
叫び声を上げる赤城を見ても、アステルは表情を変えずに見つめ続けていた。
その間にも魔神と大和は全速力で赤城の元へ向かっていた、もはや説得など通用しない、だとしたら力ずくで止めるしかない。
「痛いですよね、苦しいですよね……姉さんもそう、ルフィスだってそうやって死にました、だから赤城少佐……貴方も死んでください」
「あっ……あ、ぁ─────」
先程までもがき苦しんでいた赤城の体は静かに動くのを止めた、目を閉じ、首が傾く。
「さよなら、赤城さん」
嘗て共に戦ってきた仲間だったはず、赤城はアステルを信じたが、アステルは誰も信じていない。
もうどうでもよくなった、全てを失い、それで得た力があれば、それでもういい。
身動き一つしない赤城を見て、黒いリバインは簡単にその身を投げ捨てる。
「「赤城ぃいいいいいいいッ!!!」」
大和のハッチを開き操縦席から飛び出す武蔵、宙を舞う赤城の体を見事に受け止めると、魔神は武蔵に向けて手を伸ばす。
広げる魔神の手を見て武蔵は赤城を抱かかえながら着地すると、武蔵は大声を上げて赤城の名前を呼び、必死に叫び続ける。
「赤城ッ!しっかりするんだ!赤城……赤城!……っ……!」
動かない赤城を抱きしめ叫び続ける武蔵、それを見てもなおアステルの表情は揺らがない。
……震えが止まらない、赤城を抱き締める武蔵の腕が、操縦桿を握り締める甲斐斗の腕が───。
「ねえ……赤城さん、死んだ?」
そのアステルの言葉で、二人の怒りは頂点に達した。
「てめえ……ッ!」
鬼のような目付きでアステルを睨みつける甲斐斗……だが、どんなに怒りが募っても今この状況を打開する方法が見つからない。
アステルの乗る正体不明の機体はここにいる全ての機体の性能を遥かに凌駕している。
勝てない……これ程まで怒り苦しみ、戦いたいと願うのに、それすら叶わない。
この目から流れる涙は何だ、悲しみ?いや、悔しさ?何も出来ない己の弱さか……?
「でも、綺麗に死ぬなんて僕は許さない……もっとぐちゃぐちゃにしないと───?」
そう言ってアステルは自分の機体を動かそうとした瞬間、黒いリバインは一瞬にして無数のフェアリーに囲まれた。
それを見てアステルはリバインを咄嗟に浮上させるが、無数のフェアリーはリバインを追跡し一斉に攻撃を仕掛ける。
襲い掛かるフェアリーの数は尋常ではなく、軽く20機を超えていた。更に何種類も存在していた、レーザーを放ち、サーベルで襲い、様々な波状攻撃がリバインに向けて行われる。
神速で立ち回り全ての攻撃を回避していくリバインだが、その数の多さに攻撃をする隙すら与えられない。
「あらあら、機体が最強でも。乗ってる人が最弱じゃあ最悪ね」
聞き覚えのある声が聞こえてくる、武蔵と甲斐斗が前方を見るとそこにはいた、大切な仲間が。
「心配しないで。赤ちゃんは生きてる、気を失ってるだけよ」
羽衣から人間を見ればその人間が生命反応など簡単に確認できる。
そして、この美しき最高の機体、それに乗る女性もまた気品に満ち溢れ強い力を持つ。
「神楽───」
名前を呟き、赤城を抱き締めながら武蔵は涙を流すその目でじっと羽衣を見つめた。
だが状況は一変する、リバインを狙っていたフェアリーが次々に破壊され崩れ落ちていく。
「神楽さん、貴方にはわかりますよね?……今の僕が、最強だってこと……」
「愚かで哀れな貴方には、最強の意味が理解できてないみたいね」
その言葉で、互いが次の動きを見せようとした時、全機体に向けて強制的にある男からの通信が繋がれた。
───『無意味な争いはそこまでだ、アステル』
騎佐久の声がアステルの動きを止めた。既に羽衣の目の前にまで来ていたリバインも、その声を聞いてそっと離れていく。
「騎佐久さん、無意味なんて言わないでください。僕は……」
『アステル、私が下した命令は無事実行できたはずだ、戻って来い』
「……わかりました、けど……あの男だけは殺していいですよね……?」
そう言って魔神を指差すリバインに、騎佐久は眉一つ動かさずに口を開く。
『人類がERRORに勝利した後なら煮るなり焼くなり好きにしていい、今は戻れ』
そこで通信は終えた、アステルは小さなため息を吐くと、憎悪と怒りの目で甲斐斗に睨まれているにも関わらず小さな笑みを見せ口を開いた。
「甲斐斗、君は今から死ぬまで僕を恐れ、怯えるんだ……君の周りにいる人達は……僕が一人残らず消す。そしてこの世からERRORが消えた後、必ず殺しに行くから……ね」
アステルがそう甲斐斗に言い終えた後、モニターからアステルの映像が消えると、その場にいたはずの黒い黒いリバインも既に姿を消していた。
───残されたものは無い。
この虚無は何なのか……荒れ果てた大地の上で、全ての機体は停止していた。
羽衣も大和も、アギトも魔神も。……冷たい風が砂塵を舞い上げ、無音の状態が辺りに続く。
動かない赤城の頬に一滴の水が落ちると、それが始まりかのように突如辺りに雨が降りはじめる。
冷たい水は容赦なく降り注ぐ、武蔵は赤城が濡れないように抱かかえると、甲斐斗もまた魔神の両手を動かし二人を優しく包み込む。
「やっと終わったと思えばこの様か……酷いもんだ……つくづく嫌になる……」
甲斐斗がふと言葉を漏らした後、東部軍事基地の方へと機体を進ませた。
それに合わせてアギトや羽衣、遠くで待機していた戦艦もまた東部軍事基地へと向かっていく。
……結局、何が起きたのだろうか。
由梨音は重傷を負い、赤城とエコは意識不明、フィリオは死んだ、テトも死んだ、だが終えない、混沌の憎しみ、争い。
突如現れたアステル、そしてその強大かつ最高の機体の力、まさに最強だった。
武蔵、愁、甲斐斗……三人がいとも簡単に倒され、殺されかけたのだから。
争いは終わらない、終われない……血で染まり、肉を断たれ、骨砕かれても、戦場は消えない、憎しみは消えない、争いは止まない。
連鎖は続く、それは負の連鎖なのだろうか。
心、人の思想は簡単に変わり、感情などある時から、既に抱いている。
───一つの争いは終わった、たった一つの争いが。
甲斐斗達が基地に戻った後、赤城は東部軍事基地にある医務室へと運ばれ、未だに気を失っているものの今は暖かな部屋で安静にしていた。その部屋にはエコもいた、赤城同様に気を失っており、赤城の隣にあるベットの上で静かに眠っている。
そして、医務室と同じ階にある会議室には、真剣な面持ち椅子に座る甲斐斗と武蔵がいた。
「こんな所にいていいのか?赤城の側にいてやってもいいんだぞ」
腕を組み椅子の背にもたれかかりながら喋る甲斐斗の言葉に、武蔵は小さな笑みを見せたがすぐにまた寂しそうな表情に戻る。
「ありがとう甲斐斗。でも俺は先に話さなければいけないんだ、そうしないと、きっと彼女は僕を───」
会議室の扉が開かれる、そこには白衣に身を包んだ神楽が立っており、ゆっくりと会議室に入ってくる、
右手に拳銃を握り締めたまま……。
そして銃口は真っ先に武蔵に向けられた、もはや動揺など誰も見せない、甲斐斗も武蔵も、この張り詰めた空気の中で覚悟していた。
「貴方は誰か、答えなさい」
「伊達武蔵……だった男さ」
視線を下げ、寂しげな表情を浮かべる武蔵に、神楽は唇をかみ締めると銃を向けたまま武蔵に近づいていく。
「……今は違うのね、じゃあ今の貴方は誰なのか、教えてもらおうかしら」
引き金に指を掛けたままの神楽、いつ撃たれてもおかしくない。
だが甲斐斗と武蔵はその状況を見ても冷静な面持ちで椅子に座っている。
……神楽にとって泣くほど嬉しいはずなのに、誰よりも愛している人が生きていたというのに、何故こんな結果が現実なのか、甲斐斗は目を逸らしたくなるほどの状況を我慢し、二人を見つめた。
「ERRORさ」
武蔵の呟いた一言に、神楽の表情が一気に険しくなると、早歩きで武蔵の背後に移動し武蔵の後頭部に銃口を突きつけた。
「どういう事なのか、今ここで全て話しなさいッ!EDPの時から今まで、貴方は何をしていたのッ!?」
何故こうなってしまった……本来なら、二人は喜び合うはずなのに、今神楽は、愛する人に銃をつきつけている。
引き金に掛けてある神楽の指は微かに震えていた、目に涙が溜まり、その表情を見られまいと武蔵の背後に立っている。
そんな神楽の態度を、まるで理解したかのように武蔵は目を瞑ると、決して後ろに振り向こうとしない。
「そのつもりだよ、神楽。俺が二人に姿を見せてしまった以上、全て話すしかないからね……」
ゆっくりと目を開けると、武蔵は俯きながら語りだした、EDPから今まで自分に起きた出来事の、全てを───。