第92話 末に、果て
───曇天の隙間から入る僅かな日差し、東部軍事基地周辺はその微かな光に照らされていた。
辺りは静寂に包まれ、三人の英雄が黒薔薇の前に立ちはだかり互いに睨み合っている状態が続く。
だが、その静寂はテトの失笑により雰囲気を変えた。立ちはだかる三人を前に、テトは肩を震わせながら必死に笑いをこらえる。
「殺す?誰をだい?まさか僕の事を言ってるのかな?……君達は何もわかってない、でも……それで良い、その方が絶望が大きくなる」
ゆっくりと赤く輝く両手を広げていく黒薔薇、その互いの手から溢れ出る力は共鳴し、更に力を生んでいく。
「僕は今まで無数の世界を渡ってきた、君達みたいに僕に抗う人間だって山ほど見てきたよ」
赤く輝く紋章は腕から肩、そして胸部へと広がり、黒薔薇の全身にその赤い模様が浮かび上がっていく。
その異様な殺気と力に、機体の中にいた三人にも感じ取れた、今までに見せた事の無い、本当のテトの力を。
「それでも僕は生きている、何故だと思う?わかるよね?……抗う君達に無くて、僕にあるもの───」
黒薔薇の背部から表れる赤黒く輝く巨大な翼、まるで薔薇の花びらを重ね合わせたかのような形をし、目を疑わせる程鮮明で美しい。
「力さ───絶対かつ強大な力。その力の前に誰もが平伏し、消えた」
戦場に咲く一輪の薔薇、まるで戦場の血を吸って育ってきたかのような姿、これこそが開花した黒薔薇の本当の姿。
「さぁ、始めようか……もう手加減はしない、全力で消してあげるよ」
冷徹な表情でテトは口を開く、既に戦場には静けさと緊迫した空気が広がり、殺伐としていた。
だが……そんな雰囲気をものともせず、殺伐とした空気を簡単にぶち壊したのは甲斐斗だった。
「長ったらしい話しておいて、勝手に始めようとしてんじゃねえカスがッ!」
吼える甲斐斗を笑みを浮かべながら静かに見つめる。それはテトにとって、今まで無数の世界を飛び、何度も見てきた表情の一つに過ぎない。
「テト、お前には一生わからないだろうな。俺達にあって、お前に無いもの……」
魔神が剣を構える、それに合わせアギトは拳を構え、大和も腰の鞘から刀を二本抜き取りアギト同様に構える。
「んじゃ……行くぜ?」
その瞬間、魔神の左右にいたアギトと大和は魔神から離れると、黒薔薇を囲むような陣形を取り一斉に三機の機体が走り始めた。
「いつでも来るといい。そして教えてほしいなぁ、僕に無くて、君達にあるものが、どうやって僕を倒せるかをッ!」
3機の動きを見た黒薔薇が背中に生えた翼を大きく羽ばたかせると、花びらのような形をした羽の先端を外に向け次々に赤い光を放ち始めた。
黒薔薇から全方位に放たれる赤い花びら、その拡散する無数の弾幕は障害物の無いこの場所では回避不可能。魔神は咄嗟に大剣で身を守り、大和は剣を振るい花びらを斬りおとし被弾しながらも攻撃に耐え近づいていく。
そしてただ1機だけ、そんな攻撃をものともせずに接近していく機体がいた。
アストロス・アギト、全身に浴びる程の攻撃を受けているのにも関わらず単機で黒薔薇の間近にまで来ていた。
「テト、お前だけは絶対に許さない……ッ!」
右腕を振り上げ黒薔薇目掛け振り下ろすアギト、だがテトは余裕の笑みで愁を見つめた。
「許してほしいなんて言わないさ、好きなだけ僕を憎み、恨めばいい」
黒薔薇の背部から出てくる無数の茨、アギトの拳が黒薔薇に当たる寸前に茨が機体を絡みとると、アギトを地面に叩きつけ地面を抉りながら一気に遠ざけていく。
更に茨を伝い高圧電流を流す黒薔薇、アギト自体は何ともないが、その中にいる愁は苦しめていた。
すると、大和の大砲から放たれたLRCが閃光を放ち一瞬の内に茨を飲み込みかき消すと、その光に乗じて魔神が剣を振り上げ黒薔薇に襲い掛かる。
「後悔するんだな、この俺を敵に回した事をッ!」
「無理さ、僕は後悔なんてしないから」
黒薔薇の両手に表れる赤い二本の剣、振り下ろされた黒剣を受け止めると、互いに一歩も引かず剣を振り続け始める。
黒薔薇の振るう連続攻撃、その剣捌きの中、魔神は黒き大剣を必死に振るっていくものの中々一撃を決める事が出来ない。
「どうしたんだい甲斐斗、君は最強じゃなかったのかな?」
「まぁそう焦るなよ、一瞬で殺したら面白くないだろ?」
「ふふっ、いつまで続くかなぁ。その強気な態度───」
魔神の剣が大きく弾かれる、其の僅かな隙に狙いを定め黒薔薇の剣は魔神の胸部に向けられた。
「───甲斐斗、悪いけど……俺は終わりにするよ」
武蔵がそう囁いた瞬間、魔神の視界から黒薔薇が姿を消す。
「む、武蔵!?お前───!?」
魔神は向きを変えすぐさま黒薔薇を探すと、そこでは黒薔薇と大和が目にも留まらぬ速さで攻防を交わしていた。
先程まで自分が繰り広げた攻防とは遥か別の次元、甲斐斗ですら呆気に取られるほど戦い───。
「流石だなおい……」
思わず言葉を漏らす甲斐斗、それ程まで二機の戦いは加速し、激化していた。
黒薔薇の二本の剣、大和の二本の刀、互いに高速に動き、距離を見極め剣を振るい、刀を振るう。
余裕の笑みを見せていたテトも、大和との戦いだけは少し表情が強張り、程よい緊張の中で戦いあっていた。
「たしかに君は強い……だけど、君に無い強さを僕はもっている」
黒薔薇の翼から放たれる赤い波動、瞬く間に大和を飲み込み機体を吹き飛ばす。
大きく仰け反る大和、黒薔薇の握る剣は真っ先に大和の胸部に向けられ突き出されるが、背部から飛び掛るアギトに気づいた瞬間剣を止めて後ろに振り返った。
アギトが振り下ろした右腕の拳を咄嗟に剣で受け止める黒薔薇だったが、その威力と衝撃に直撃は免れたものの剣は弾き飛ばされ機体も勢い良く吹き飛ばされる。
だが黒薔薇は一瞬の内に機体を停止させその場に着地すると、手元から離れた二本の剣をまた手元に出現させ重ね合わせた。
二本の剣は瞬時に交わり形を変えていく、そして黒薔薇の手には機体程の大きさをした巨大なキャノン砲が握られていた。
「数が多いと目障りだし、纏めて消してあげるよ」
大和は体勢を立て直し、アギトもまた地に足を着けその場から離れようとした時、黒薔薇が引き金を引くと二機をあっさり飲み込む程の巨大な赤黒い光が電磁を帯びながら放たれる。
光は更に広範囲に広がっていく、その場にあるもの全てを飲み込み、大地や空気、空間を捻じ曲げ次々に掻き消していく。
「あはははははッ!死って言うのはこれ程まで呆気ないものなんだねぇ、がっかりだよ」
黒薔薇は引き金から指を離し、キャノン砲を元の二本の剣に変化させ握らせる。
残るは魔神のみ、テトはそう思い辺りを探そうとしたが、その必要は無かった。
巨大な黒剣を握り構えるその姿は、先程光に飲み込まれたはずの射線上にいた。それもアギトと大和の前に、たった一機で。
微かに動揺するテト、たしかに光は飲み込んだものを掻き消していった。だが、魔神は光が見えた瞬間二機の前に立つと、巨大な黒剣を振り翳し見事光を斬り裂いたのだ。
魔神の立つ場所から後ろは無傷の状態で大地も二機も無事、それに気づいたテトは速攻で魔神を斬りに行こうとした時、既に武蔵は引き金を引いていた。
大和の前から瞬時に消える魔神、後方で待機していた大和は最大出力のLRCを準備しており、既に黒薔薇に狙いを定め引き金を引いた後だった。
先程と同様に、眩い閃光と共に巨大な光が放たれる、真っ直ぐ黒薔薇の元へと加速しながら───。
「っ───!?」
その咄嗟の攻撃に気づき回避を試みようとしたのも束の間、黒薔薇は呆気なく光に飲み込まれる。
凄まじい衝撃が機体を伝う。光に飲み込まれた黒薔薇の装甲は次々に破壊され、溶解していく。
だが、黒薔薇の翼から放たれるその力は破損していく機体を同時に修復させ、何とかLRCの攻撃を耐え抜こうとしていた。
この光から抜けられればまた機体は再生し完全に元の黒薔薇に戻る事が出来る。
そう、黒薔薇が破壊される事はまずない。幾ら傷つけようがその異常な自己再生能力には適わない。
例え腹部を斬りおとされ、翼を断たれようともまた復元できる、となると相手の狙いはパイロットのいる胸部一つに限定されていく。
そんな事誰にでもわかることだが、だからこそこれが弱点ではなくなる。
相手は胸部しか狙う事が出来ない、狙ってくると分かれば対応は十分に可能。
───しかし、それは逆に自分の行動が把握されるのと同じ。ましてやあの三人ならその相手の行動を理解し追撃を緩めるはずがなかった。
光に飲み込まれた黒薔薇、その背後に一機の機体が立っているのに気づき振り返ると、そこにアギトは立っていた。
「ば、馬鹿なっ!この中に自ら入ってきたのか───!?」
戸惑いを見せその場から逃げ出そうとするも、既にアギトは右腕を伸ばし黒薔薇の肩を力強く掴んだ後だった。
微動だにしない右腕に、振り解こうにも完璧に固定されているため逃げる事が出来ない、テトの額に汗が滲む、光の中でアギトは、残された左腕をゆっくりと構えた。
「終わりだ、テト……俺達の信念に、貫かれろッ!」
光り輝くアギトの拳、その拳は如何なるもの貫く最強の拳───。
「っふ、ふは!君達の信念如きで、僕が負けるはずないだろッ!?」
黒薔薇の両手に二本の剣を瞬時に現れると、その剣先をアギトに向けて振り下ろす。
だが、アギトの装甲に傷を付けることなく剣が弾かれた。見る見る顔色が青ざめていくテト、その微かに怯えた瞳は、振り下ろされるアギトの渾身の一撃を見つめていた。
焦る様子を見せながらも目を見開き微かに笑みを見せたテト、そしてアギトの振り下ろされた拳は黒薔薇を貫く。
しかし、それは狙っていた胸部ではなく黒薔薇の腹部だった。
愁がそれに気づいた瞬間、黒薔薇は自らの左肩を剣で斬りおとし、胸部に右腕を残しただけの状態だけでその場から瞬時に飛び上がった。
LRCの光から脱出する事に成功した黒薔薇、機体の破損した箇所は火花を上げ大きな傷跡を残していたが、それも全て黒薔薇の能力で復元可能。
次からは油断しない、今度こそあの三人を殺す……テトはそう思いながら機体の修復を待とうとした時、一人の男の姿が脳裏を過ぎる。
LRCを放った大和、機体を掴みかかったアギト、残る魔神は───。
「後悔したか?」
気づくのが遅い、遅すぎた……既に生きた心地がしないテト、余裕の笑みも今となっては見る影も無い。
無理もない、黒剣を握りしめた魔神が、機体の目の前に立っているのだから。
「こ、後悔するのは君の方だよ甲斐斗!君がこの世にいなければ、僕も、世界も……全てはこうならずに済───ぐっ!?」
復元されていく機体の箇所を次々に切り落としてく魔神、羽、腕、足、頭部。胸部を除き全ての部位を破壊していく。
「最後に何を言うかと思えば……聞き飽きてんだよ、そんな台詞」
魔神に斬りおとされた箇所は再生されず、無残な形で地面へと落ちていく黒薔薇。
いや、それは既に薔薇の姿でも何でもない、ただの枯れ果てた塊でしかなかった。
「く、ふ……はは、甲斐斗……君は、何も知らない……!」
魔神は地面に着地すると、胸部しか残っていない黒薔薇の元へ歩いていく。
既に武蔵、愁も察していた、この勝負が決した事を。
「既にDeltaプロファイルは始まっている……」
頭から血が垂れるテト、それでも微かに笑い、甲斐斗を哀れむような目で見つめる。
だが甲斐斗は平然としていた、甲斐斗にとって死に間際の敵の戯れ言など聞き飽きている。
「そうか、死ね」
躊躇いも同情も何も無い、蟻一匹踏み潰す程度の簡単なこと。
魔神は剣を振り上げると、その枯れ果てた塊に剣を振り下ろした───。
───宙を舞う3機の機体、アギトは遠くに離れ待機していた艦の所まで吹き飛ばされ、魔神は東部軍事基地まで飛ばされ基地に直撃し、大和は体勢を立て直し何とか地面に着地したものの、その手に先程まで握られていた刀は消えていた。
静まり返る戦場、三人の戦いを遠くで見ていた赤城やシャイラにさえ何が起こったのか理解できない。
テトも同じだった、自分の周りに立っていた3機が一瞬にして吹き飛ばされたのだ。
そして気づく、先程まで何も立っていなかった場所に立つ、1機の機体を。
機体の色は黒く、形はあのNFのリバインに良く似た機体。
何の武装もしておらず、両手にさえ何の武器も握ってない機体が黒薔薇の前に立っていた。
「リバイン……?どうして、こんな所に……?」
テトが不思議がっていると、突如強制的に通信が繋がれ自分の姿を相手に見られてしまう。
「僕の機体に通信を、何故───ッ!?」
相手がテトの姿を見たと同様に、テトもまた相手の姿が確認できた。
忘れるはずがない、この見た目、雰囲気、感じ……全てがあの時の男に似ている。
突如手にした最強の力で、自分から全てを奪い、人生を、世界を、捻じ曲げてきた男……。
アギトは倒れた機体を立ち上がらせていると、基地の中にまで吹き飛ばされた魔神が姿をあらわす。
「痛ってーなおい、一体何が起こったんだ……?」
甲斐斗が黒薔薇のいた方に目をやると、そこにはリバインと良く似た機体が立っているのが見えた。
するとその黒色をした機体は黒薔薇に片手を向けると、黒薔薇は瞬時に宙に浮き、また瞬時に地面に叩きつけられる。
まるでそれが始まりの合図かのように、黒薔薇は何度も何度も地面に叩きつけられていく。
その速さは目で追うことすらできず、地面に叩きつける轟音と共に黒薔薇の原型が変わり果てる。
黒薔薇の中にいるテトを一部始終見る男、そこには既に真っ赤に染まった操縦席しか映っていない。
男は黒薔薇の操縦席を見渡し微かに腕と足、頭部の肉片が確認できると、静かに通信を終えた。
辺りに散らばる黒薔薇の残骸、その中心で機体は向けていた腕を静かに下ろした時、男の乗っていた機体から突如強制的に魔神に通信が繋げられた。
甲斐斗の姿は恐らく相手に見えている、だが甲斐斗からはモニターが真っ暗で相手の姿が確認できない。
「お前、誰だ……」
殺気を漂わせ、モニターを睨み付ける甲斐斗、その声はその場にいた者にも聞こえた、武蔵、愁、赤城……誰もがその答えを静かに待つ。
そして映像が映し出された、操縦席に座る、NFのパイロットスーツを身に纏った一人の青年の姿。
その姿に甲斐斗は目を見開き言葉を失うが、対照に青年はそんな相手の表情を見て小さな笑みを見せると、甲斐斗の問いに静かに答えた。
「僕はカイト、最強の男さ」