第91話 正義、英雄
───東部軍事基地の最上階に到着した愁、建物の外からは爆音と轟音が聞こえ建物は微かに揺れるが愁の足は揺るぐ事はない。最上階にある司令室、ただその場所だけを目指し歩き続ける。
そして司令室に続く扉の前にまで来ても歩む足は止まらず、司令室の中に入り一人の少女が見えた時、初めて足を止めた。
司令室の一番奥、巨大なモニターの前で両手両足は手錠で固定され、首には首輪が巻きつけられているフィリオの姿がそこにあった。
「愁……」
一人震えながら愁を待っていたフィリオだが、司令室に入ってきた愁の姿を見た瞬間、今まで我慢していた感情が一気に溢れ始める。
「私は信じてました。貴方が助けに来てくれる時を、ずっと───」
会えた事の嬉しさに涙を零しながら笑みを見せるフィリオ、だが一つ不自然に思える所があった。
あの日、あの時、愁は仮面を捨てたはず。自らの意思で戦う事を決め、フィリオに忠誠を誓ったのだから。
だが今、愁はあの時と同じ仮面を付けていた。誰にも意思や感情を見せず、冷徹なままに動くだけの修羅の仮面を。
「ど、どうしてその仮面を……」
フィリオの戸惑う問いに、愁は答えることなく足を一歩前に出した。
───『はい、私のご主人様はテト様です』
耳を疑うような言葉が聞こえてくる。愁の歩く足も止まり、ふと声のした方を向いてみると、司令室にある一つのモニターに何かの映像が映し出されていた。
椅子に座るテトの前で跪き、笑顔でテトを見つめるフィリオに、テトは座ったままフィリオの頭を優しく撫でていく映像。
『そう、僕が君の主人であり、君を一番幸せに出来る───』
また一つ、隣のモニターに映像が映し出される。
───『テト様、お食事が出来ましたよ』
満面の笑みでテトの座るテーブルの前に作りたての料理を並べていくフィリオ、その料理を二人で楽しく食事をする映像。
───『私は……テト様の事が好きです!』
『僕もだよ、フィリオ』
互いに目を閉じ抱き締め合う二人の映像。
今までテトとフィリオがここで過ごしてきた全ての映像が次々に司令室にあるモニターに映し出されていく。
それは全てテトとフィリオが楽しく、仲良くしているものばかり、そしてテトの言いなりとなっていたフィリオは自らの身体でさえ躊躇うことなくテトに委ねていた。
その異様な光景に一番驚いていたのはフィリオだった、周りを見れば全てのモニターに有りもしない現実が映し出されている。
全く記憶に無い出来事が、さも当たり前かのように、現実となって……。
───『愁を……あの男を殺せばいいんですね』
「えっ……───」
フィリオの後ろにある一番巨大なモニターから聞こえてきた自分の声にフィリオは振り向くと、そこにはテトと抱き合う自分の姿が映し出されていた。
『うん、君と僕の仲を邪魔する存在だからね。もし愁を殺す事に成功したら僕は君を一生愛するよ、そして君が求める最高の快楽を与えてあげる───』
フィリオを抱き寄せ優しく撫で回していくテトに、フィリオは頬を赤らめ嬉しそうにテトを抱きしめる。
『本当ですかテト様!あ、あぁっ……嬉しいです……っ───』
愛を誓った長い口付けが始まる、巨大なモニターで、愁がこの光景を見るとも知らず。
全て嘘、全て出鱈目、全て偽りに違いない……フィリオの思考は全ての光景を全否定していくことだけで精一杯だった。
記憶に無い事をどう信じればいい、自分の目で見た光景が全て真実なのか───。
「うそっ……ちがう……!」
モニターを見ていたフィリオは後ろに振り返り事情を説明しようとしたが、余りの突然の事に顔は青ざめ言葉がうまくでない。
ただ知ってほしい、信じてほしい。たったそれだけの事を愁に伝えようと必死だった。
全てのモニターを眺めるように顔の向きを変えていく愁は、全てを見終えた後、止めていた足を再び動き始める。
「愁……私は、私は……誰よりも、愁のことを……」
仮面を付けた愁が瞬く間に接近してくる、その姿にフィリオは先程までの暖かさなど感じなかった。
まるでフィリオの言葉に聞くを耳を持たないように足を速める愁に、フィリオは恐怖しか感じられない。
嬉し涙も今は消え、焦りと恐怖で冷たい涙が頬を伝う。
「待って、信じて!……私は本当に愁の事が───」
愁が目の前にまで来た時、フィリオは思わず目を瞑ってしまった。
体に走る僅かな衝撃にフィリオの体は硬直し身を震わせたが、その包むような暖かさに次第に体の力が抜けていく。
緊張して高まっていた鼓動も徐々に落ち着きを取り戻し、ゆっくりと目を開けると、愁はその両手でフィリオを抱きしめていた。
「愁……」
その状況を次第に理解していく。そう、恐れる事はない、愁は今、助けに来てくれたのだ、それは何故か?簡単だ、フィリオを愛しているから……そう思えばフィリオは納得できた、この状況を見られても───。
「く、苦し……ぃ……」
いつだってそうだ、愁が本気で仲間や友達を恨んだことなど無い。
わかっていた、家族が殺されたのは紳のせいでも、BNのせいでもない。
でも感情に流される自分を止めることは出来なかった、その結果愁は何人もの仲間や友を殺してしまう。
自らの意思で動けない、自らの感情が勝手に愁の肉体を支配し、動き始める。
それを止めたのはフィリオだった、だからそのフィリオが死ねば、愁は完全に支配される。
「愁!苦しい、やっ、ぁ……ぁ゛あ゛あ゛!」
邪魔な存在、もっとこの肉体を自由に扱えるようにするにはフィリオが邪魔だった。
早く死ねば良いのに、テトがフィリオを奪い生かし続ける、それは今の愁の肉体にとっては最悪。
「助けに来て、くれたんじゃ……ぁ……」
掠れた声でフィリオは最後に問う、が、その問いはこの肉体には聞こえない。
最初から助けになど来ていない、何を勘違いしているのか。
愁は今日、フィリオを殺しに来たのだ。
───いや、違う。愁は、愁自身は今、絞め殺そうとしている自分の力を必死に抑えていた。
抗え、抗え!自分に言い聞かせる、自分の運命はこれでいいのか、彩野を殺しエコを殺し、仲間や友達を裏切り殺し続けた自分は最後に、本当にこれでいいのか?これで全てが終わるのか?
嫌だ、絶対に嫌だ、見れば目の前に今にも死にそうなフィリオを自分が抱きしめている。
フィリオを救うにはこの手を解けばいい、なのに何故それが出来ない、何故自らの意思が通じず、抱きしめる力を強めていく。
このままの自分ではフィリオは死ぬ、だから動け、抗え、このまま終わらせる前に───ッ!
ふと抱きしめていた腕がフィリオから外れる、フィリオは咳き込みながらその場に倒れると、愁は立ち上がりフィリオから離れていった。
「うぁあああああああああッ!」
今しかない、負の連鎖を断ち切るのは今しか。
被っていた仮面を投げ捨て、自らの拳を全力を込めて壁にぶつける。
この腕が砕ければそれでいい、だが拳は壁に穴を開け、拳には痛み一つ感じられない。
何度も何度も、自分の腕を机や壁にぶつけようとも、腕が折れる事は無い。
「くっそぉおおおおおおおおッ!」
叫びながら自分の頭を壁に叩きつける、だがこれも痛みは無い……が、ぶつけた壁には血の跡がついていた。
それを見た瞬間自分の頭を何度も何度も壁に叩きつける、血が垂れ、意識が朦朧としようとも、頭部が砕け自分が死に至るまで、決して止めようとはしない。
もし拳銃があれば迷わず自分の頭部に銃口を向けて引き金を引き、刃物があれば躊躇い無く自分の首を斬りつけられる。
何故死なない、壁に亀裂が走り崩れかかっているというのに、何故自分の意識はまだある。
早く死にたい、フィリオを助ける為には、死ぬしかない。愛する人を殺してしまうぐらいなら、その人を守るためにも死ななければならないというのに───。
必死になって自分を傷つけ命を絶とうとする愁の姿を見て、その異変はフィリオにもすぐに理解できた。
自分の為に、愁は今死のうとしている、助けようとしている、今血塗れになっている愁こそが、フィリオの知っている本物の姿だった。
「愁ッ!」
必死になって愁の名を呼ぶが、今の愁は自分が死ぬ事以外何も考えられずフィリオの声は届かない。
既に頭部を叩き付ける壁は真っ赤に染まり、愁の衣服や顔も真っ赤な血で染まってきている。
痛みは感じない、だけど意識は朦朧としていく、足元はふらつき、いつ倒れてもおかしくない状態になっていた。
すると愁は壁に背を向け壁にもたれかかると、ゆっくりと腰を下ろしていく。
自分の血溜まりの中で足を伸ばして座る愁にもう力は残っておらず、全身に走る痺れに手足を動かす事すら出来ない。
安らかな気持ちだ、やっと終われる、もう誰も傷つけなくていい。
微かに目蓋を開いて見えた光景、そこには無傷のフィリオが自分を見つめてくれていた。
自然と笑みが零れる、やっと会えた、やっと救えた、やっと守れた、自分という名の魔物から───。
それでもフィリオを傷つけてしまった、最後まで守ることが出来なかった、結局自分は何も出来なかった。
だから言いたい、フィリオの気持ちを裏切り、踏みにじってしまった事に対して。
「ごめん、ね……フィリ……ォ……」
血塗れの姿で最後に一言呟いた後、ゆっくりと目蓋を閉じ、息を引き取る。
その光景と姿を見て、フィリオは納得など出来るはずがなかった、大粒の涙を零し、手足に手錠をされたまま床を這い蹲りながら必死に愁の所へ近づいていく。
そして血溜まりの中に入り衣服が血で汚れても、フィリオは構うことなく愁の側へと近づくと、息絶えた愁の血で汚れた顔をその小さな手でそっと触れた。
暖かく、柔らかい感触が手に伝わる、するとフィリオは自分の衣服や手で愁の顔についた血を静かに拭き取っていく。
「謝らなければならないのは私の方です、貴方は最後まで私を信じ、命を懸けて私を救ってくれました。それなのに私は、貴方を最後に信じることができなかった……ごめんなさい……」
愁の胸元に涙が零れ落ちていく、その自分の非力さと悔しさに両手を震わせるフィリオは、安からに眠る愁を見つめ続けた。
「愁……貴方は命を懸けて私を救ってくれました……だから今度は、私が命を懸けて貴方を救います───」
そう言うと目を瞑り血塗れの手を自分の胸元に持っていくフィリオ、するとフィリオの額に光輝く丸い模様の陣が薄らと浮かび上がっていく。
「大丈夫、この命が消えても、私はずっと貴方の側にいます───」
小さく呟いた後、フィリオは合わせていた手をそっと離し愁の肩に手を置くと、愁の唇に口付けをした。
「愛してますよ、愁───」
涙が零れようともフィリオは笑みを浮かべ、その瞳はしっかりと愁を見つめ続けている。
そして両手で愁の頬に触れると、目蓋を閉じて自分の額と愁の額を重ねた───。
───「ははっ、本当に面白いね。正義の英雄の登場かい?」
東部軍事基地の外では、今まさに大和と黒薔薇が激突しようとしていた。
少し興奮していたが段々と平常心を戻していくテト、だがその大和から見える気迫には未だに驚いていた。
そして、それはその場にいた赤城達も同じだった。突如出てきた大和に誰もが言葉を失い、見入る。
「君、前にも現れたよね。その子を助けるために……でも、今日は前のように上手くはいかないよ?」
言葉の通り、今回のテトも異様な力を発揮していたが、まだテトは本気を出していない。
黒薔薇には赤く輝く左腕があるが、その左手を右手に翳すと、右手にもまた赤く輝く紋章が浮かび上がってくる。
「僕の黒薔薇に見惚れるといい───」
それは一瞬の出来事であり、その場にいた全員が黒薔薇を見失った……ただ一人、武蔵を除いては。
赤城の視界から大和が消える、そして辺りからは刃を交える激しい音が聞こえはじめた。
高速で大鎌を振り回し大和を攻撃していく黒薔薇に、大和は二本の刀を扱い次々に弾き返していく。
だが攻撃を弾いた矢先、その反動を逆手にとりまた大鎌を振り下ろす、その速度は艦から見ている兵士達の目には追いつかない程だ。
明らかに異常な動き、だが大和はその攻撃を全て凌いでいる。それ所か相手の僅かな隙を見逃す事なく刀を振り下ろし、黒薔薇と対等する程の動きを見せ始めた。
「すごいねぇ、逆に僕が見惚れてしまいそうな動きだよ……まぁ、それはないけど」
黒薔薇の目が光ると同時に黒薔薇の背部から突如無数の茨が溢れ出てくると、一斉に大和に襲い掛かる。
その動きを見た途端、一気に後退していく大和だが、伸び続ける無数の茨はどこまでも大和を追いかけていく。だがその茨は大和の刀によって次々に切り落とされていった。
「それ、無駄さ」
切り落とされようとも茨は更に伸び大和を追っていく、それを見た大和は大砲を黒薔薇に向けると同時にLRCを放った。
茨ごと掻き消していくLRCに、黒薔薇はすぐに跳躍し攻撃を交わす。
だが、たった数秒間だけ大和への注意が劣ったその隙を、大和は逃しはしない。
横から一気に距離を詰め寄る大和は、既に刀を振り上げている状態。
しかし黒薔薇が大和に左手を向けた途端、赤く輝く波動が斬りかかる大和を簡単に吹き飛ばす。
「君の本気はその程度かい?もっと楽しませてほしかったね……」
吹き飛ばされた大和を追うように無数の茨が襲い掛かる、吹き飛ばされた大和は素早く体勢を立て直し迫り来る茨を次々に斬りおとしていく。
すると今度は大和の周りを囲むように茨が移動していくと、全方位から一斉に茨が襲い掛かり、更には上空から大鎌を構え急降下してくる黒薔薇が大和の首を狙っていた。
「安心して死ぬといい、あの赤髪の子は君が死んだ後、僕がたっぷり可愛がってあげるよ」
全方位からの茨の攻撃、更には上空から迫り来る黒薔薇に、大和は避ける所か、その場に踏みとどまり両手に握る二本の刀を構えてみせた。
そして振るわれる二本の刀、大和を囲むように迫り来る無数の茨は忽ち斬りおとされると、二本の刀を鞘にしまい背中に掛けてある長刀に手をかけた。
その時既に黒薔薇は目前にまで迫ってきていた、あの数の茨は一瞬に断ち切った大和を見て少し戸惑いを見せたテトだが、既に敵は目の前、薄らと笑みを浮かべ振り上げていた鎌を大和目掛け振り下ろす。
───武蔵の目付きが変わり、その瞳は全てを捉える。
『─SRC起動─』
テト同様に、武蔵は最初から本気など出していない。
相手に手の内を晒すのは控えていた、恐らく先程の動きなら黒薔薇に遅れをとっていたかもしれない。
だが今、SRCを起動したことにより遅れは一切とらない。
一瞬で勝負は決した、長刀を振り終えた大和は静かに背部に戻すと、地上へ着地した黒薔薇に背を向けた。
「言ったはずだ、容赦はしない……と」
映し出される武蔵の姿そしてその言葉を聞いたテトは、目を見開き呆気にとられていた。
操縦桿を握る手が微かに震え、目の前に映る武蔵の勇ましき姿は、まさに英雄……。
「まさか……僕、がぁッ───!?」
黒薔薇の腹部は切断され、上半身と下半身が綺麗に分かれていく。
完全に動きを見切られた、その思いもよらぬ結果に、テトは最後まで呆然と驚くことしかできなかった。
崩れ落ちる機体、その跡形を見ることなく大和は赤城の乗るリバインへと近づいていく。
そしてリバインを立ち上がらせようと右手を伸ばそうとしたが、大和は素早くリバインを抱きかかえるとその場から跳びあがった。
突如向ってきた巨大な赤い光は空間を歪めながら地面を抉り、一瞬にして二機の立っていた地面を消滅させる。
それを見た大和は素早く艦の元へ向うと、赤城のリバインを甲板の上に置いて待機させる。
場にいた兵士は皆目を疑ったであろう、身体が二つに分かれ機能が停止したはずの黒薔薇は、切断されたまま宙に浮いていた。
「ふふっ、くくく……っは、ははははははは!!」
高らかに笑うテトは、いつにもまして不気味な笑みでいた。
ふと頭から垂れる血に気づくが、テトが左手を翳すだけで傷は癒え、血も消えていく。
「まさか、僕がここまで押されるなんて思ってもいなかったよ」
切断された機体の一部がまた元の状態へと直り始める、今まで機体に付いてきた傷や、全ての負傷までもが。
そして赤色の光とは別の、もっと黒く、鮮やかで濁りのある巨大な光が黒薔薇を覆っていく。
「この世界で、僕が本気を出す時が来るなんてね……後悔しても遅い、君達皆───死ぬよ」
黒薔薇の手に瞬時に現れるレーザー砲、それに大和が気づいた時……いや、気づこうと気づくまいと、同じことだった。
アリス達のいる艦に照準を合わせ引き金を引くテト、その途端、銃口からは艦を飲み込める程の巨大な光線が一瞬にして放たれた。
「か、回避を!」
咄嗟に艦にいたアリスが叫ぶ、だが間に合うはずが無い。
回避は間に合わず、防ぎようのない攻撃、その場にいた誰もが呆気にとられ、迫り来る死に気づかず見つめ続けた───。
───その時、艦の前に立ち、迫り来る死を止める一人の男がいた。
抗え、自分の運命や未来など一つも決められていない、その教えは二度と忘れず、心に刻んだ。
進め、例え相手が化物だろうと神だろうと、足踏むな、下がるな、踏み止まれ、決して臆するな。
勝て、ここでの敗北は全人類の死に繋がる、もうこれ以上、無駄な血は流させない。
「砕け、皆の想いを込めた拳で……信じる未来の為に───アギトォオオオオッ!」
強靭な右腕を振り上げるアギト、その拳から溢れ出る光は真の力。
迫り来る光に、輝く拳を突き出した時、拳の光の間から強烈な波動が空間を伝っていく。
その閃光の眩しさに皆目を瞑るが、アギトに乗る愁だけは目を見開き叫んでいる。
打ち砕かれる赤い光、気づけば迫り来る死はその拳により粉砕され、目の前から消えていた。
「───シャイラさん、コクピットを開けてください」
「……えっ?」
戦艦の甲板の上に立っていたアストロス・ガンナーの前にまでアギトは上がってくると、自らハッチを開けて姿を現した、仮面の無いその身に、フィリオを抱いて……。
「フィリオお嬢様!?」
フィリオの姿を見てすぐさまハッチを開けるシャイラ、身を乗り出しすぐに機体の外に出て来る。
それを見て愁はシャイラの元に向うと、抱きかかえたフィリオをそっとシャイラに渡した。
「っ!?……そんな……息、してない……」
シャイラの言葉はその場にいた者全員に聞こえてきた、アリスは愕然と立ち尽くし、葵もまた青ざめる。
「嘘よ……お姉様、だって、助けに行くって……私……」
その場に跪くアリス。失った、失ってしまった、掛け替えの無い、未来を。
操縦席で一人両手を大きく振り下ろし怒りを露にする葵は、真っ先に愁に聞く。
「なんでフィリオが死んでんだよ……なぁ、おい!愁!何故死んだ、どうしてフィリオは死んだ!?誰が殺したんだッ!?答えろ!愁!!」
笑い声が聞こえくる、黒薔薇に乗るテトもフィリオの死を聞いたからだ。
自分が思っていた通りの結果がそこに現れたんだ、嬉しくて、楽しくて、しょうがない。
「あははははっ!傑作だねぇフィリオ、そして魅剣愁!僕の思い通り君はフィリオを殺した、そうだろ!?ははははははッ!」
テトの笑いが辺りに聞こえてくる、希望にすがる結果、フィリオは死んだ。
愛や友情や希望や未来など、この世にはどこにもない、何も無い。
いくら信じても、人の心は所詮、所詮、所詮───。
唐突な死、愕然とした表情でフィリオを抱くシャイラだが、ふとある事に気づき視線を下ろした。
「笑ってる……」
涙が零れ落ちる、今まで見たことがあるだろうか、死んでいるというのに、これ程まで安らかに眠る人を。
シャイラの一言にテトの笑いが止まる、アリスは下ろしていた顔を上げ、葵の肩の力が抜けていく。
「フィリオお嬢様……とても嬉しそうな笑みをして、安らかに眠っています……」
「フィリオは俺を救う為、最後の力を振り絞り助けてくれました……どん底にいた俺に、最後の希望を委ねて……」
そう言い残しシャイラに背を向ける愁は、更に言葉を続けた。
「シャイラさん、皆を連れて今すぐこの場から離れてください。奴は……俺がやります」
本来なら止めるはず、だがシャイラはその愁の背中を見て何も言い出せなかった。
感じる、まるで側にフィリオがいるようにも見えた。今の愁は、世界の為に戦うSVの戦士、英雄。
「わかりました、貴方の言う通りに従います」
フィリオの亡骸を抱いたまま機体に乗り込むシャイラは、すぐにアリス達に報告を開始した。
「アリスお嬢様、今すぐ二人を艦に戻し、この場から撤退してください」
そんなシャイラの命令に一番反抗したのは葵だった、理由は何にしろフィリオを死に至らしめようとしたのはテト。
フィリオの仇を取る、その為にはこの場に留まり、黒薔薇を破壊しテトを殺す。
「撤退はしない!俺は残る、そしてあの野郎をぶち殺すッ!そうでもしねえと俺の気が治まらないんだよッ!」
フィリオの死を楽しそうに笑った男に、背を向けて逃げるなど、今の葵には出来ないことだ。
シャイラもアリスも、今の葵を説得できるわけがない。だが愁は葵との通信を繋ぐと、口を開いた。
「葵、君も艦に戻るんだ。ここは俺に任せて───」
「任せられるわけ無えだろッ!エコを殺そうとしておいて、何言ってんだよッ!」
引っかかる葵の発言に、愁はふと言葉が漏れる。
「殺そうと?……エコは、生きてる……?」
「ああ、生きてるさ!一度はお前に殺されたが、今は生きてる!」
その葵の言葉を聞いて愁は小さく息を吐いた、自分が殺したと思っていたエコは生きていた、死んでいない。
安心、緊張が解れる、過ちを犯してしまったのに、エコは生きている。
素直に嬉しかった───だからこそ、今ここで葵を艦に返しておく必要があった。
「葵、今更俺を信じてくれなんて言わない。けど、この場だけは、俺に任せてほしいんだ」
その時、初めて今までとは別人のような愁に葵は気づく。既に愁は、ERRORなどという化物ではないと。
あの頃の、暖かく、優しく、強い愁がそこにいた、SV親衛隊隊長、魅剣愁が。
「皆の気持ち、想いは……俺が纏めてぶつける、この拳で───ッ!」
伝わってくる愁の心、葵は感じる、今愁がどれほどの想いでこの場にいるのかが。
今いる愁になら、任せられる、委ねられる?……この想いを───。
「愁……」
俯いた葵の頬に伝う涙、それはこの場から撤退する悔しさの涙と、もう一つの涙が交じっていた。
止め処なく溢れる涙を拭いはしない、顔を上げ、その顔で愁と目を合わし口を開いた。
「頼んだぞ、絶対に、絶対に奴を倒して……必ず帰って来いッ!」
「ああ、約束する───絶対だ」
力強く答えた愁に、葵は涙を流しながら艦へと戻っていく。
シャイラも艦の中へ入ろうとした時、甲板の上に立っていた大和が赤いリバインを抱かかえ一緒に艦の中へと入れる。
撤退の準備にとりかかるアリス達、だがそれを見す見す逃がすほどテトは甘くない。
「先程の出力より数倍威力を上げた方が良さそうだねぇ、纏めて消えるといい……!」
レーザー砲に赤い光が次々と集まり凝縮させていくと、黒薔薇はその銃口を離れていく艦に向けた。
だがその時、雲を裂き一本の剣が回転しながら天空から落ちてくると、瞬く間に黒薔薇の握るレーザー砲を切断し破壊する。
「なっ……」
爆発を起こし破壊されたレーザー砲を手放す黒薔薇、回転する剣は斬り終えた後、主の下に帰ってくる。
「主人公っつーのは遅れて登場するもんだ。しかも、最高のタイミングでな」
天空から急降下して降りてきた一機の機体、その下へ舞い戻る黒剣、それは何時にもまして鮮やかで綺麗な光沢を見せていた。
「大丈夫、話の大筋は理解できた。つまり……ぶっ殺せばいいんだろ?あの野郎を」
魔神が降臨した、アギト、そして大和の間に、巨大な黒剣を構える一体の黒き魔神が。
「「ああ、そうだ」」
愁と武蔵が同時に口を開いた言葉に、男は笑みを浮かべる。
魔神の姿は艦にいる兵士達にも確認出来た、あの姿を忘れる事はない。何故なら、たった一機で神に勝利した機体なのだから───。
SV最強の男───愁、NF最強の男───武蔵、そして……世界最強の男───甲斐斗。
役者は揃った、集う三人の狙いはただ一つ、黒薔薇に乗るテトの命。
この世の為に邪悪を消す、これまでの邪念を断ち切り、決着を付ける。
勝つか、負けるか……最強に立ちはだかる敵もまた、最強の男。
そして始まる、世界の命運を懸けた、もう一つの最終戦争が。