第90話 愛、委ね
───東部軍事基地、周りには荒野が広がり、近くにあった町は無残にも灰と化している。
辺り一面何も無い場所、故に基地の頂上から見る景色はまた格別だった。
そして今、東部軍事基地の頂上に機体を止めてある機体の中からテトは退屈そうにその景色を眺めている。
「美しい……あの東部軍事基地が、今ではこんな風になるなんて───ん?」
レーダーに反応あり、遠くの方からは砂塵を上げながら接近してくる1機の機体の姿があった。
「来たね、魅剣愁。君のそのフィリオに対する忠誠心だけは褒めてあげるよ」
躊躇いや迷いなど無い、一直線に基地の方へと向うアギト、それを見た黒薔薇は自分の手元に握られる剣の形を変えさせ瞬時に巨大なレーザー砲に変わると、出力を高めアギトに向けて銃口を向け引き金を引く。
青白い光線は真っ直ぐアギトに向けて放たれる、だがアギトが軌道を変える事はなかった。
抵抗も防御も何もしない、レーザーがアギトを直撃した所でその装甲には傷一つつかないのだから。
地面は大きく抉られ爆発を起こすが、進行するアギトを止める事はできない。
「驚いた、本当に頑丈な機体だ……でも、人間の方はどうかな?」
自分の左腕をアギトに向けるテト、その瞬間アギトの足元からは赤く光る紋章のような陣が広がりはじめる。
「君に見せてあげるよ、現実を───っ!?」
その時、テトの向けていた左腕は突然弾かれたように仰け反ると、アギトの足元に出てきていた赤い陣は一瞬で掻き消された。
困惑した表情で自分の左腕を見つめるテト、だがその表情はまたいつものように落ち着きを取り戻すと小さな笑みを見せ操縦桿を握った。
「ふーん……そうか、君は……昔の僕か」
黒薔薇の手に握られたレーザー砲は形を変えて剣になると、その剣先を突き立てながら黒薔薇がアギトの元にまで一気に基地の屋上から降下していく。
それを見ていたアギトは巨大な右腕を構えると、迫る黒薔薇に備えタイミングを見計らっていた。
そして黒薔薇が目の前にまで来た時、その豪腕は一瞬で黒薔薇に向けて振り下ろされた。
だがその攻撃が当たる事は無かった、それ所か空振りに終わったアギトの真後ろに黒薔薇は立ち、振り上げた剣をアギトの背部に振り下ろしていた。
「楽しくない、さよなら」
容赦なく振り下ろされた剣先はアギトの背部に直撃した。
激しく飛び散る火花、刃と装甲の擦れ合う音が鮮明に聞こえてくる。
それで終わった。剣の刃先は欠けるが、アギトの装甲には傷一つつかない。
「は?」
その隙を狙いアギトは振り返ると同時に腕を振り上げ左手の甲で黒薔薇を簡単に弾き飛ばすと、地面に擦れ無様に這い蹲る黒薔薇を見たまま静止していた。
「違う……僕じゃない」
瞬時に黒薔薇を起き上がらせるテトだが、機体を吹き飛ばされた衝撃で口元からは僅かに血が垂れている。
「卑怯だね、僕はその時力なんて無かった。それなのにどうして君は今、そんな力をもってるんだい?」
握られていた剣は銃へと変わりアギトに向けてレーザーを放つ黒薔薇、だがアギトはその攻撃をものともせずに高速で接近してくる。
すると黒薔薇の握る銃はまた形を変え剣へと変わると、向ってくるアギトに先端を向け突進していく。
互いの機体が高速で真正面から迫っていくと、黒薔薇の向ける剣先はアギトの胸部に狙いを定め、対するアギトは拳を構えその瞬間を見定めていた。
「復讐できる力って、簡単には手に入らないものだよ?」
微かに色滲む黒薔薇、剣を振るう姿は残像が残り、一瞬の内にアギトを滅多切りにしていく。
アギトが黒薔薇に向けて腕を突き出そうとするも、黒薔薇の高速に振り下ろしていく剣により腕は弾かれ何もする事ができない。
それでもアギトの装甲に傷が付くことは無かった、いくら胸部や東部、腕に足を剣で斬られたとしても、火花が飛び散るだけで傷一つ付かない。
「良いね、それだけ頑丈だと壊しがいがある!」
黒薔薇の圧倒的な速さの前にアギトは動きが封じられていると、黒薔薇が突き出した剣先はアギトの胸部を突き上げ簡単にその巨体を吹き飛ばした。
「どうしたんだい、その力でフィリオを助けに来たんだろ?」
口元の血を拭き取り余裕の笑みを浮かべるテト、吹き飛ばされたアギトはすぐに体勢を立て直し着地すると、拳を構え黒薔薇の動きを待っていた。
「……ああ、そうだった……ねぇ愁、君は今でもフィリオの事を愛してると思うけど。フィリオは本当に君を愛してると思うかい?」
愁の返答は無い、だがテトは微かな笑みを見せながら言葉を続けていく。
「残念だけど、フィリオは既に僕のものと化したよ。僕に一生従う人形にね、だからフィリオにとって君なんて今ではどうでもいい存在なのさ、今彼女は僕だけを求めている。そして僕は彼女が求める愛の形を彼女に身体に刻み込んでいる……本当に幸せそうな顔をしてたよ、フィリオは」
満面の笑みを見せながら喋りかけてくるテトに、アギトは微動だにしていなかったが、ふと黒薔薇の後方に聳え立つ東部軍事基地の方に目線が向いた。
するとアギトの前に立ちふさがっていた黒薔薇はその場からゆっくりと離れると、まるで基地にへの道を譲るように基地の方に手を伸ばした。
「確かめたいかい?それなら行くといい、彼女は最上階の司令室にいる。君が帰ってくるまで僕はここで大人しく待機しておくよ」
するとテトは機体の電源を落とし黒薔薇をその場に跪かせた、それを見ていたアギトは跪いた黒薔薇を見て拳を構えたままでいたが、拳を下ろし構えを解くと、黒薔薇ではなく基地の方へ突き進んでいった。
「君も知るといい、この世の現実を」
───荒廃した東部軍事基地の格納庫の中、そこに愁はアギトを止めると機体のハッチを開け機体の中から出てきた。
SV親衛隊の軍服を身に纏い、顔にはあの時外したはずの仮面が付けられている。
そしてゆっくりと歩きながら基地の中に入っていく様子をテトは基地内に設置されている監視カメラを使い機体の中から一部始終観察していた。
言われた通り愁はフィリオがいる最上階を目指し歩いていく、通路の電気は全て消えており、窓から差し込む光は割れたガラスや血痕が散乱する床を僅かに照らしていた。
エレベーターも扉に穴が開き既に使い物にならない状態で放置されていた、それを見た愁はエレベーターの横にある階段が通っている通路へと入っていく。
その数秒後、最上階にある階段通路の入口に付いてある監視カメラの映像からは、通路から出て淡々と歩いていく愁の姿が映し出された。
「ん?今さっき1階の階段通路に入っていったのに……それにあの通路の階段は途中から崩れ落ちていたはず……」
機内で観察していたテトが驚いた表情を見せたが、小さく鼻で笑った後何かを理解したかのように笑みを浮かべると、いつものように他者を見下し優越感に浸っていた。
その時、突如モニターに警告表示が映し出されると一発の青白い光線が黒薔薇に向けて放たれていた。
遠距離からの砲撃にテトは瞬時に黒薔薇を発進させ回避させると、テトは未だに余裕の笑みを浮かべ攻撃してきた方に機体を向ける。
そこで見たのは荒野を走り東部軍事基地へと向ってくる艦隊の列、そしてその一つの戦艦の甲板にはアストロス・ガンナーが立っていた。
「完璧とも言える精密長距離射撃、見事だよシャイラ。でも、どうして僕がここにいる事を知っているんだい?」
テトは強制的に通信を繋げ操縦席に座るシャイラを見つめると、シャイラの方も同じようにテトを見つめ返した。
「EDPへ向う為に途中東部軍事基地に寄る事になりましたが、まさかここで貴方と出会えるとは。どうやら貴方の命運もここで尽きるみたいですね」
シャイラの言葉の後、戦艦からは勢いよくアストロス・ライダーが発進し、その戦艦の横を走っていたNFの艦からは赤色のリバインが発進していく。
『シャイラ!各機発進は止めさせたわよ!今出撃してるのはNFからリバインが2機、そしてライダーとガンナーが出てるから計4機今いるわ!』
突如アリスとの通信が繋がり報告を聞くシャイラ、それを一緒に聞いていたテトは感心した表情でモニターに映るアリスを見つめていた。
「やぁアリス、少しは学習はしてるみたいだね。でも……たった4機で僕の黒薔薇を止められるかな?」
テトの言葉の通り、既に黒薔薇は戦闘態勢に入り赤黒く光る翼を広げていた。
『止める?何言ってんのよ、貴方は今日ここで死ぬの!そしてお姉様を返してもらうんだからッ!』
「僕は好きだな、その表情。フィリオには飽きてきた所なんだ、次は君が僕の物に───っと」
瞬時に黒薔薇の懐に飛び込むアストロス・ライダーは鉤爪を突き立て胸部を狙うが、黒薔薇は難なく回避すると握り締めていたレーザー砲をライダーに向け引き金を引いた。
だがライダーは機体の跳躍力を生かし放たれた青白い光線を飛び越えると、そのまま勢いに任せ宙に浮いている黒薔薇の元へ飛び掛る。
「うん、良い動き。でもそれだけだ」
飛び掛るライダーに黒薔薇は手に持つ銃を剣に変化させると、飛び掛るライダーの動きを的確に捉え向けられる鉤爪を機体ごと弾き飛ばす。
「今日の君達は随分と威勢が良いね、この際皆僕の物にしてあげようか」
終始笑みを見せるテトだが、モニターに映る葵の顔は怒りと憎しみを露にしている。
「黙れ変態野郎が。てめえ、フィリオに手ぇ出して簡単に死ねると思うなよ?」
「良いね、その復讐に燃える目の輝き……ああ、今日はとても楽しくなりそうだ」
葵の怒りの眼差しに全く動じることはない、むしろテトを喜ばせ快楽を与えている。
「ああ───それは私も同じだ」
「ん?」
突如岩陰から姿を現す赤いリバイン、既にLRSを抜き取り間合いを詰めていた。
その動きに黒薔薇はLRSを弾こうと剣を構え狙いを定めようとした時、赤いリバインの後方から突如青いリバインが浮上してくると、巨大なバズーカ砲を黒薔薇に向け引き金を引いた。
咄嗟に構えていた剣で砲弾を弾く黒薔薇、だが砲弾は黒薔薇の至近距離で爆発を起こし黒い爆煙が一瞬にして機体の視界を覆っていく。
「この声、あの赤髪の子だね?」
その瞬間、突如煙の中からLRSを片手に現れる赤いリバイン。テトが気づき黒薔薇を回避させようとしたが、リバインの踏み込みの速さに間に合わず一瞬にして右肩を斬り飛ばされる。
「そうだ、お前を殺しに来た」
すぐにリバインはLRSを構え黒薔薇の胸部を狙い振り下ろすが、黒薔薇は右足で接近してくるリバインの胸部を蹴り飛ばすと、左手に握られた剣を高らかに天へと突き上げた。
「また僕に遊ばれたいのかい?いいよ、僕も君を気に入ってるし」
黒薔薇の左腕に赤く光る紋章が浮かび上がる、そして剣先にその光が集い一点の光の玉になりはじめる。
異変に気づいた赤城は由梨音に指示を出しすぐにその場から後退していくと、剣先に集う光の玉が弾け赤い輪を描きながら全範囲に広がっていった。
空間を震わす程の衝撃波、その場にただよう煙を全て吹き飛ばし、黒薔薇を中心にして大地に亀裂が広がっていく。
「衝撃波!?由梨音、私の後ろに来い!」
バズーカ砲を装備していた由梨音のリバインは盾を装備していない、赤いリバインは盾で自分の身を防ぐ体勢に入ると、リバインはすぐさま赤いリバインの後方に隠れ衝撃波から身を守る。
大地を揺るがす振動は機体をも震わしていき、その揺れは東部軍事基地にも伝わっていた。
「んー、僕を除いて今戦場には女性しかいないなんて最高だね。いつもアリスの側にいるゼストも今回はいないみたいだし」
ゼストがいない。その言葉に誰よりも反応したのは戦艦で指揮を執るアリスだった。
「ゼストがいなくたってあんたなんか私達で十分ってことよ!全機あの機体に向けて攻撃を開始して!」
「了解」
アリスの命令にシャイラは手に持っている銃を黒薔薇へと向けると、赤いリバインの後方に隠れていた由梨音の乗るリバインも姿を現しバズーカ砲を構えた。
「由梨音、援護は任せたぞッ!」
LRSを構え単機で黒薔薇へ接近していくリバイン、それに合わせて葵とエコの乗るライダーも発進し距離を縮めていく。
右腕を失ったままの黒薔薇は左右から接近してくる二機の位置を確認すると、赤く輝く手を右肩に翳すと、先程まで負傷していた右肩が一瞬の内に修復される。
「女性から僕の元に飛び込んでくるなんて。僕は人気者だなぁ」
完全に修復された右肩、すぐさま武器を大鎌に変え右手に持ち直すと、接近してくる二機の内一機に狙いを定め飛び立った。
「っち、あの野郎NFの方に行きやがったか。エコ!さっさと背後に回ってズタズタに引き裂いてやるぞ!」
「うん、滅多切り……だね」
テトの狙いは赤城だった、大鎌を構え場所互いに高速で接近していく中、赤城はLRSを構えその瞬間を見定めていた。
「来るなら来い、私が一振りで貴様の息の根を止めてやる……ッ!」
間近にまで接近してきた黒薔薇に対してLRSを振り上げるリバイン、それを見た黒薔薇は大鎌を水平に振
りかぶるとリバインの胸部目掛けて振り下ろした。
「くっ、速い───ッ!?」
完全に振り下ろされた大鎌、完全な隙が生まれる。赤城の乗るリバインは瞬時に身を屈め大鎌を回避した、その隙目掛けLRSを黒薔薇の胸部に突き出した。
「だが……武蔵に比べれば遥かに劣る動きだッ!」
完全に勝負はついた、LRSの刃先は確実に黒薔薇の胸部に向けられ、一瞬の隙も与える事無くリバインは勝利する───。
「おやおや、機体の動きを見切るなんて……流石だ。お礼に与えてあげるよ、最高の快楽を、君に───」
機体の動きは見切る事ができた、だがテトの動きを見極める事はできない。
赤く輝く紋章の浮かび上がる左腕を赤いリバインの胸部に向けるテト、その瞬間リバインの足元に赤く輝く陣が浮かび上がり、完全にリバインの動きを止めると。その眩い光は操縦席に座る赤城の視界を奪っていく。
「また私にあの時の記憶を思い出させる気か!?だが!今の私にそんなものは通用しな───っ!?」
ぽっかりと開いた大きな穴。穴の中に広がる闇が埋まることは無い。
あの日、あの時、より鮮明に、かつ自分がその場にいるかのように思い出していく。
感覚や感触までも再現される、現実を、思い出させ、より与え、描き、刻み付ける。
「無理さ───だって君は、既に僕の物なんだから」
その瞬間、黒薔薇に向けて放たれた砲弾が黒薔薇に直撃し爆煙を上げる。遠くではバズーカを両手で構えたまま静止しているリバインが立ち、その中では由梨音が笑顔でガッツポーズをとっていた。
「やった!やりましたよ!赤城少───」
由梨音の言葉を掻き消すかのように、一本の大鎌が回転しながら宙を舞いリバインの右上半身を斬り飛ばす。
そして鎌は大きく円を描きながら主の手元へと戻ってくる、傷一つ無い赤黒い装甲に赤く輝く紋章を光らせる黒薔薇の元へ。
「ゆり、ね……?」
由梨音の声が赤城の視界を遮る闇に小さな穴を開ける、微かに見える操縦席からの光景。目の前のモニターには通信を繋げた状態の由梨音の姿がおぼろげに映っている。
「ぶじ……か……?」
段々と視界が開けていくと、モニターに映る由梨音の姿もはっきり見えてくる。
「いたた……ちょっとびっくりしましたけど、何とか大丈夫です!」
闇を開けた穴の中、闇に穴を開けても、その中にあるのは闇でしかない。
鮮明に映る由梨音の姿、由梨音は先程の笑顔を少し歪めていたが平気そうにまた笑顔を作るが、赤城の顔は蒼白としていた。
霞んだ瞳で口を開けたまま由梨音を見つめるその眼差しに、由梨音は首を傾けた。
「赤城少佐……?」
ふと、モニターから目を離し右を向いた由梨音の目の前には、機内では見えないはずの荒野が見えていた。
微かな風が顔に当たり、僅かに髪が靡くが、由梨音は今自分がどのような状況に立たされているか把握できていない。
見上げれば曇り空が見え、足元を見ると右足が無く、綺麗に切断された右足のふとももからは血が噴出している。
「あ、血……止めないと……」
止血しないと危ない、咄嗟にそう思った由梨音は右手を足元に伸ばそうとしたが、幾ら触ろうとしても右足に触れられない。
「あれ?」
ふと自分の右肩を見れば、そこにあるはずの肩が無く、切断された肩からは心臓の鼓動に合わせて血が噴出し、操縦席を血で染めていた。
鮮やかな赤色をした血、止めどなく溢れ出る血、顔色は既に青ざめ、目からは涙が零れ落ちた。
震えが止まらない、全身が恐怖に支配されていく、今の自分の姿を見て、そしてこれからの自分を想像して。
「あ、あが……赤城、しょう、ざ……ぅあ───」
目の前には赤城がいる、優しくて強くて自分の誇りである赤城少佐がそこに。
怖い……もう死にいく自分が怖い、もっと側にいたかったのに、それが叶わなくなる、叶えられなくなる。
「ぅ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁああああああああああああ──────ッ!!!」
激痛と絶望に発狂する由梨音を見て、赤城は動けずにいた。
嗚咽し、過呼吸状態の由梨音は必死に左手で出血する右肩を抑えもがき苦しむ。
「嫌ぁ゛、いや゛ぁッ!う゛ぅ、い、だい゛、死にだく、ない゛!死にたく、死……死に、たく……ない゛……」
逃れられない恐怖に死が迫る、目に涙を浮かべ赤城少佐の姿が暈されていき、首を大きく振って涙を振りとばすと、由梨音は必死に赤城を見つめ続けた。
だがその時、由梨音の目の前に突如現れる少女がいた。
「葵、後は……頼むよ……」
そう言うとエコは血塗れの由梨音を抱きしめ、一瞬の内に操縦席から姿を消す。
「由梨音……?由梨音は、どこに……?」
目の前で起こった出来事に頭がついていかない赤城に、葵から通信を繋げ状況を説明していく。
「落ち着け!エコがあの子を艦の医務室まで転移させたんだ。艦の中では今頃手術の準備が始まってるだろうな」
「本当か!?それなら、由梨音は助かるんだな!?」
「それはわからねえ。だが助かる確率が1%でもあったらあんたはそれを選ぶはずだ。エコも選んだしな、にしてもエコの奴、あんな距離から艦に移転なんかしやがって……!」
葵の言うとおり、血塗れの由梨音を治療する為にすぐさま手術の準備が進められていた。
その部屋の外では壁にもたれかかり、汗だくのエコがその場に座り込んでいた。
呼吸が荒く、目の焦点も定まっていない。全身の力が抜けていき、もはや体を起こしておくことすらままならない。
「エコが命懸けて助けに行ったんだ、だったら俺達は命を懸けてこいつをぶっ殺すしかねえだろッ!」
黒薔薇の背後に飛び掛るアストロス・ライダー、鋭利な鉤爪を突き立て突進していく。
「それは無理だよ、君達は僕に勝てない。葵、君にもそれを徹底的に教えないといけないらしいね」
背後から飛び掛るライダーに気づき機体の左腕を向ける黒薔薇、するとライダーは腰についてあるレールガンを向けると、黒薔薇の左腕目掛けて二発同時に発射させた。
「無駄さ」
黒薔薇を覆うように半透明の球体が現れると、放たれた攻撃を簡単に防ぎきる。
だが葵の目に揺るぎはない、それにテトが気づいた時は、既に赤いリバインが黒薔薇目掛けLRSを振り下ろしていた。
「なっ、君は動けないはず!なのに何故……!?」
「動けるさ……貴様の与える闇など、今まで見てきた戦場に比べれば───ッ!」
視界が黒く濁り、瞬く間に光は小さくなる。後一歩の所にまで来て、赤城の肉体と精神は完全に取込まれた。
「あっ、え……ここは……?」
先程まで操縦席に乗って戦っていたはず、だが今は見覚えのある部屋で立ち尽くしていた。
「私の部屋?なぜだ、先程まで私は戦場にいたはず……」
自分の服装を見ると、パイロットスーツからいつもの黒い軍服へと変わっている。この不可解な状況に赤城がその場から動こうとした時、突如部屋の扉が開くと一人の青年が入ってきた。
「比べれば……どうしたんだい?顔色が悪いよ?」
笑みを浮かべ、ゆっくりと赤城に近づいていくテト。その姿を見て赤城は腰に掛けてある鞘から刀を抜き取ろうとしたが、柄に指が触れた瞬間身動き一つとれなくなる。
足も腕も身体も、指一本すら動かない。そんな赤城の姿を見てテトは笑いながら赤城に近づいていく。
「どうだい、体の自由を奪われた気分は。焦るよね、怖いよね、憎いよねぇ……?」
「き、さまっ……!」
答えようにも声すらまともに出ない状況下の中、赤城の頬には汗が伝い呼吸しかできず、焦りと緊張で段々と表情が強張っていく。
「ああ、その表情最高だね。それじゃあ、これから僕に何をされるか、わかるよね?」
そう言ってテトは躊躇なく赤城の胸元に手を伸ばすと、黒い軍服の上着を脱がしていく。
「やめっ……やめ、ろ……!」
上着を脱がし終えテトは不敵な笑みを見せながら、次は赤城の着ている真っ白なシャツのボタンを一つずつゆっくりと開けていく。
「泣いてるの?いいよ、もっと泣いて。僕の為に涙を流せばいい───」
───『止めろ……私に触れるなっ、あ、ぐっ……やめろ……止めろッ!』
リバインの操縦席で必死に体を動かし何かから逃げようと抵抗する赤城、その光景を黒薔薇の中で見ていたテトは葵の方に目を向けた。
「葵、よく見ておくといい。何れ君も彼女のようになる」
「てめぇ、一体何をしやがった……」
「何って、言ったはずだよ?最高の快楽を与えてあげるって」
そう言ってテトはまた赤城に目を向ける。必死に暴れ悪夢から逃れようとする赤城、その目からは止め処なく涙が零れ落ちていた。
自分の身体を自分で抱きしめ、光の無い濁った目にもはや何も見えない。
『うぁっ……ぐっ、ぅ……見るな、私を、見る、な……っ!ふぁっ、ぁ……嫌だ……嫌だ……!」
「お、おい目を覚ませ!それは幻覚だ!お前は何もされちゃいねえ!」
必死に呼びかける葵の声は赤城の耳に届く事はない、助けに行こうとリバインに近づこうとしたが、その間に黒薔薇が入り込む。
「人の心配してる場合かな?」
「くっそ……!」
黒薔薇の振り下ろす大鎌を瞬時に避けるライダー、すかさず鉤爪で斬りかかるが大鎌を機敏に振り回す黒薔薇に近づけずにいた。
その間にも赤城への侵食は続いていた。
立たされたまま衣服を脱がされ、縛って纏めていた髪も下ろされた状態で赤城は今、泣き叫んでいた。
頬を伝う涙に唇を当てるテト、そのまま赤城の唇までずらしていくと、抵抗する赤城の口を塞いだ。
もう、何も出来ない。されるがまま、抵抗も出来ず、希望の無い、運命。
終わりたい、でも現実がそれを許さない。意識ははっきりと残したまま、続いていく。
その時、ふと……部屋の扉の開く音が聞こえてきた。
目の前にいるテトで赤城には誰が入ってきたのか見えない、だが確かに聞こえる。そして足音はしっかりとこちらに近づいてきている。
異変に気づいたのはテトも同じだった、口付けした後にゆっくりと赤城から唇を離し後ろに振り向く。
「男……?誰だい、き───」
一閃の残光がテトの首を跳ね飛ばす、頭部を失った肉体はその場に崩れ落ちると跡形も無く消えていく。
NFの軍服を身に纏った男、その男は振り下ろした刀を腰に掛けてある鞘に仕舞うと、身動きの取れないはずの赤城がその場に座り込んだ。腕を動かせる、指も動かせる……肉体の拘束は解け、自由に動けるようになっていた赤城。
その彼女の元へ歩いていく男は、自分の着ている軍服の上着を脱ぐと、赤城の前にしゃがみ込み上着を赤城の肩に掛けた。
赤城の震える唇が小さく開く、そして涙を流しながら呟いた。
「すまない……私は、私は───」
赤城の言葉を遮るようにそっと、優しく唇を重ねる二人、そして男は赤城の髪を撫でると口を開いた。
『大丈夫、赤城は綺麗だよ。……ごめんね、ずっと側にいれなくて……』
互いに抱き締めあい、その暖かさを肌で実感する。
安らかで心地よく、ずっと抱きしめられていたい感覚、安心して全てを委ねられる思い。
「いいんだ……今、こうしてお前は私の側にいてくれている……そうだろ、武蔵───」
───「どういう事だ……あの空間は僕以外の男は入れないはず、なのにどうして……ッ!」
黒薔薇の中で動揺も隠せずテトは困惑していた、いつもの浮かべる笑みは消え、焦りで一筋の汗が垂れる。
モニターに映る茶色の装甲をした二本の刀を握り締める機体、赤城の乗る赤いリバインの目の前に立ち、真っ直ぐ黒薔薇の方を向くその姿に、只ならぬ恐怖がテトを覆っていく。
「き、君、何者かな?答えてくれてもいいんじゃない?」
通信を強制的に繋げてもテトの質問に男は答えることなく呟いた、何せ教えた所で無駄なのだから。
「……お前は大切な仲間を傷つけ。赤城を汚し、泣かせた」
この気迫に満ちた機体を、誰が止められるだろうか。誰も止められない、誰にも止める事は出来ない。
「容赦はしない」
そこにはNF最強の男が降臨していた。
凄まじい覇気を身に纏い、その場の空気を今までの流れとは全く別のものに化していく。
気が付いた赤城は目を開ければ、そこには眩い光が広がっていた、見覚えのある後ろ姿に赤城は目を見開く。
機体の肩に装備されていた大砲に、背部に装着された長刀。
そして大きく機体に書かれた『大和』の二文字、紛れも無く神楽がその男の為に開発し、約束の為に委ねたもの。
その委ねられた機体を操る最強の男。伊達武蔵は今、愛する者の為に、再び動き始める。