第84話 同士、同情
───皆と別れ、一人司令室を目指し基地内を歩いていく紳。
もうすぐ司令室に到着するが、司令室に近づいていくにつれて歩いていく通路には血の跡や肉片、そして銃などが散らばっている。
恐ろしい程に静かな通路、もはや銃声すら聞こえない基地内で、突然紳が横切ろうとした部屋の扉が開く。
真っ先に紳の握るサーベルが扉の方に向けられると、部屋の中から現れた女性は突然サーベルを向けられた為に腰を抜かし床に座り込んでしまう。
「生存者か……どうしてここにいる」
紳が刃先を女性から反らすと、女性は座り込んだまま紳に向かって敬礼をし喋り始めた。
「は、はい!私はこの基地の第二機動隊所属の……」
「所属など聞いていない、質問に答えろ」
そう言うと紳は右手に持つサーベルを鞘に収め女性に手をさし伸ばす、女性は敬礼をした手で紳の手を握るとそっと立ち上がり質問に答えた。
「その、傷の手当てでここに……」
女性の兵士の言う通り左足と両手首には血の付いた包帯が巻かれてある。
その状態を見て紳は地面に落ちていた銃を女性に手渡そうとしたが、女性は受け取ろうと銃を握ろうとするが手首に力が入らず落としてしまう。
「す、すみません……!」
急いで銃を拾おうとする女性だが、紳は女性より早く銃を拾うと女性から遠ざけるように放り投げた。
「今のお前にあんな物邪魔になるだけだ。脱出する、来い」
鞘に収めていたサーベルを抜き取り一人通路を歩いていく紳、女性も怪我はしていたが何とか紳の後ろについていける程には歩けていた。
「風霧総司令官……申し訳有りません、足手纏いになってしまって……」
銃すら握れない事を不甲斐なく思い紳の後ろで歩きながら頭を下げる女性、それに答えるかのように紳は振り向かないまま口を開いた。
「俺は傷ついた部下を足手纏い等と思った事は無い。世界の為にBNの元で命を懸けて戦うお前達には日々感謝している」
その紳の何気ない言葉に女性は心から嬉しくなると、紳が見ていないにも関わらずもう一度頭を下げて礼をした。
だがその時、突如通路の天井に穴が空くと一体の化物が紳達の前に姿を現した。
簡単に化物と言えどその姿は余りにも生き物からかけ離れている。
巨大な人間の胴体には人一人飲み込める程の巨大な口が付いており、肌の色は赤黒く変色している。更に人間の頭が複数付いており背中からは何本もの人間の手が生え、二本の足は異常に太い。
その醜い化物の姿を見て女性は愕然とした。
「嘘……隊長……?それに……皆も……」
化物の胴体にある巨大な口の上にあちこち生えている人間の頭、そこには女性と同じ部隊の人達の頭が生えていたのだ。
化物は人間を見つけると、同時に生えている頭は人間の方に向き眼はこちらを向くと、頭達は一斉に声を上げだした。
「ぁあああぁああぁぁあぁぁあああ────ッ!!」
奇声、嗚咽、泣き叫び、救いを求め、涙を流し、発狂。
そこに人間はいた、生きている人間がいた、意識のある人間がいた。
自らが化物になった事に狂う兵士たち、女も男も皆目を見開き声を上げていた。
その声に紳の後ろに立っていた女性の目からは涙が零れる、目の前で悲鳴を上げて苦しんでいる仲間達の姿が耐えられなかった。
すると化物はその太い足を動かすと、体形と似合わぬ速い動きで紳達の元に走り寄ってくる。
女性は一歩も動けずその場に立ち尽くしていた、だが紳は違う。
両手のサーベルを握り締め構えると体勢を低くし一人化物の元に駆け寄っていく。
「か、風霧総司令官───!?」
紳の眼に迷いは無い、接近すると化物の背中から生えていた腕が一斉に紳に向かって伸びていく、それを紳は避ける事無く全て斬り飛ばすと擦れ違い様に化物の胴体にサーベルを突き刺す。
そして勢い良くサーベルを振るうと、化物の体を切り裂き、化物が怯んだと同時に一瞬で滅多切りにしていく、腕も足も切り落とし、そこには虫の息の肉の塊となった化物しかいなかった。
もはや何もする事の出来ない化物を見て紳はサーベルを振るうのを止めると、一歩も動けずにいた女性の元に歩み寄る。
「司令室はすぐそこだ、行くぞ」
そう告げた後紳は司令室に向かって歩き始める、女性も何とか一歩足を踏み出し進んでいくが、通路の端で蠢く化物を見て涙が止まらなかった。
「どうして……どうして皆、こんなっ……」
余りにも酷すぎる光景、しかし二人がその光景から目をそらすことはない。
例え化物に変わろうとも、同じBNで共に戦ってきた仲間には変わりないのだから……。
そして紳は司令室の前に辿り着くと、扉を開けて部屋の中に入っていく。
室内は紳の思っていた通り血の海が広がっていたが、人間の姿はどこにも見当たらない。
そう、いるのは化物しかいなかったた。
まるで紳が来るのを待っていたかのように司令室内にいた化物達は紳の方に向く。
「少し待っていろ、すぐ終わる」
紳が呟いた後、部屋の中に入っていくと女性が入ってくる前に扉を閉めた。
女性は部屋の扉を開けようと装置を弄るが、既に紳に装置で鍵を掛けられた為に入る事が出来ない。
司令室内を見渡していく紳、軽く十体以上の化物がそこにはいた。
どれも人間の体の一部が生え、様々な種類の化物達。
それを見た紳は身に纏っていたマントを外すと、迫り来る化物達の元へたった二本のサーベルを握り締め立ち向かっていった。
襲い掛かる化物の腕や触手を次々に斬りおとし、その醜い体を次々にサーベルで斬り捨てていく。
周りを囲まれてもなお紳は化物の攻撃を避け続け切り刻んでいく、返り血を浴びる事無く常に動き、常に避け、常に攻める。
その完璧と言える動きで化物達の息の根を止めていく───。
───「片付いたな……」
紳はそう呟くと、サーベルから滴り落ちる血を振り飛ばした後腰に付いている鞘にサーベルを収めた。
足元には化物の死体と肉片が散乱しており、壁にも夥しい量の血が付いている。そんな状況で紳は顔色一つ変えず司令室にある装置を操作していた。
司令室内の扉も開き待機していた女性も恐る恐る部屋の中に入って来る。
「ここにいた人達も、皆ERRORに……」
破れた血塗れの軍服が散乱し、司令室内に転がる死体を見て女性は更に歯を食い縛ると、装置を弄る紳の後ろに立つ。
「風霧総司令官、一体ここで何を……?」
「基地周辺の情報を全て見た後削除する。安心しろ、もうじき仲間がここに来る」
女性の聞いた言葉の意味は違っていた、部屋内には人間の大きさを軽く上回る程の化物の死体が転がっており、目の前には返り血を浴びていない紳が立っている。
一体ここで何が起きたのか、女性には想像もできない。ただ、そこに無傷の紳が立っている事だけは紛れも無い事実だった。
脱出できる、そう思うと女性は自分の肩の力が抜けていくのを感じた。
一秒でも早くこの恐ろしい場所から帰りたい、そう思いながら女性は側にある椅子に座ろうとした時、ふと自分の全身に激痛が走り宙に浮いていくのがわかった。
女性も、そして紳もそれに気付いた時は、既に遅かった。
女性の背中から腹部にかけて貫通している触手は蠢きだすとに女性の体をいとも簡単に引き裂き、上半身と下半身を投げ捨てる。
そして司令室の天井には無数の触手を垂らす一匹のERRORが張り付いていた。
植物のような形をしており、緑色の体で何本もの触手を垂らすERRORに紳は身構えたが、ERRORは女性を殺し終えると天井に空いた穴に入り姿を消した。
「何故俺を殺さない……」
ERRORが人間を見逃す事など今までに事例など一つも無い。だが今ERRORは確かに紳を見逃した。
それなら何故女性の兵士を殺したのかわからない……だが、何れにせよ早く天井にいるERRORに気付いていれば女性を助けられたはずだ。
生きたまま体を引き裂かれた女性の姿が脳裏に過ぎる。ここまで来て最後の最後で油断してしまった自分に怒りが込み上げて来る。
だがその時、物陰から小さな物音が聞こると、紳はサーベルを抜き取り刃先を気配の感じる方に向けた。
そこにはうつ伏せに倒れ血塗れの小さな体を腕だけで前進してくるあの女性がいた。紳の元に向かおうと必死に腕を動かし、辺りに肉片が落ちる床を這い蹲りながら近づいて来る。
「……て……っ……くださ……ぃ……」
女性は顔を上げると掠れた声で紳に求めている。
それを見ていた紳はサーベルを手に持ったまま女性の元へ歩いていき、女性の目の前まで近づき足を止めた。
女性は更に顔を上げる、そこには自分達BNを率い世界の為に戦う事を決めた一人の男が立っていた。
誰よりも冷静で、誰よりも熱い……誰よりも尊敬し信頼できるBNの誇り高き騎士。
だからこそ女性は紳の姿を見て安心し、口を開いた。
「殺し……て……くださ、い……ッ!」
叫んだにしても余りにも弱々しく儚い声。無理もない、女性の腹部から下は何も無いのだから。
上半身だけで腕を動かし今こうして紳の目の前にいる、もはや痛みなど一切感じない。
だが痛みとは別に言い様のない恐怖が全身を包みこもうとしているのがわかる、自分が自分でなくなる感覚、体内から何かが蠢いてくる感触が。
女性の最後の有様をじっと見つめていた紳は、ゆっくりとサーベルを振り上げていく。
「すまない……共に戦い散っていった仲間達と先に待っていてくれ、何れ俺も向かう……」
その瞬間、目にも止まらぬ速さでサーベルは振られると、サーベルをゆっくりと鞘に収めた。
そして紳は後ろに振り返ると先程の装置の前にまで歩いていく、その後ろ姿を見つめ続ける女性は安心した表情を浮かべながらゆっくりと目蓋が閉じていった。
「この世界を救った後にな……」
その紳の言葉を最後に聞き、女性は息を引き取った。
そして紳はまた装置を弄り基地周辺で起きた出来事の情報を読んでいこうとしたが、突如装置の画面が赤く光ると、『─ERROR─』という警告表示で画面が埋め尽くされていく。
それを見た紳は拳を振り上げ画面を叩き割ると、警報が鳴り響いていた司令室は一瞬静まり返った。しかし、突然照明の灯りが全て消えると、もう一つ隣の装置の画面にまたERRORの表示が映し出され、連鎖的に次々と全ての画面にERRORの表示が表れ始めると、最後に司令室の一番奥にある巨大なモニターにERRORの表示が映し出された。
司令室内が画面から出る赤い光に染まり、警報と共に画面はERRORの表示で埋め尽くされていく。
「答えろERROR。望みは何だ、何故人を殺す、お前達の目的は何だ……?」
赤い灯りだけで指令室内を照らす中、紳はそう問いかけると返事を待つかのようにモニターを見つめ続ける。
その時ふと背後に気配を感じた紳は、徐に振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
紳が止めを刺したはずの女性、無いはずの二本の足でしっかりとその場に立ち、体についていた傷跡は全て消えていた。
暗い部屋の中で赤い灯りに照らされる女性の姿、薄らと笑みを浮かべた表情で紳を見つめ続けている。そんな互いが見詰め合い黙ったままの状況に紳はサーベルを鞘から抜き取ろうとした時、女性は小さく呟いた。
『ErRor──dEleTE──』
たしかに聞こえたその言葉に紳は口を開こうとした時、赤く照らされた女性の顔は一瞬で裂け散りはじめる。
眼球が零れ落ち、全身を保っていた体も全て弾け飛び血飛沫を上げながら肉片が辺りに散らばっていくと、そこには人間の姿とは程遠い醜く汚い化物が立っていた。
紳が鞘からサーベルを抜き取とり斬り込もうとした瞬間、それよりも速く全身から無数の触手を出現させると触手は一斉に紳に襲い掛かりはじめた。
その触手の数、そして速さに紳が目を見開いた時。突如司令室の壁と天井が崩れ落ちると、外から現れた機体は目の前の化物を踏み潰し紳の目の前に颯爽と姿を表した。
『機体を届けに来たぞ、印鑑はあるか?』
その機体からはダンの声が聞こえてくる、紳は手に持っていたサーベルを鞘に仕舞うと何時ものように冷静な表情で口を開いた。
「……朱肉なら腐るほどある、拇印でいいな?」
先程にあった出来事を悟られないかのように軽い冗談を済ませた後、崩壊した壁の瓦礫を踏み台にし紳は司令室の外に出て行く。
そしてふと広がる外の景色を見て紳は唖然とした。そこには思っていたような戦場は広がっていない、基地周辺にはBNの機体が無残に散乱している光景が広がっていた。
そこにはERRORの姿の人の姿も無い、ただ破壊された機体がそこら中に散らばっている。
「これは……ダン、ここで何があった?」
『さあな、俺が来た時には既にこの有様だ。町には基地と同じERRORが出ているらしいが、それ以外のERRORはまだ未確認らしい』
「そうか……」
紳は一階下の建物の上に止められている機体を見て早速機体の元へと向かうと、颯爽と機体に乗り込み起動させる。
「お前はここで待機し穿真達が戻ってくるのを待っていろ。俺はこの有様を作った化物を探しに行く」
「了解。待ってる間、お前がその化物に会わない事を精々祈っててやるよ」
ダンはそう言って煙草を銜え火を点けると、白義は白いマントを靡かせながら基地から降りまずは脱出した艦の所へ向かって走って行った。
───「やれやれ、最初は躊躇っちまったのに。もう馴れちまったぜ」
化物と化した仲間達の頭部を次々に撃ち抜き嘗ての仲間を殺していく穿真、その後ろではエリルも銃を構え援護射撃を行なっている。
「穿真、その次の部屋が愁のいる部屋よ!無事ならいいんだけど……!」
エリルの言われたとおりの部屋に入り銃を構える穿真、しかしそこには一台のベッドが置かれているだけで愁所か誰もいない状況だった。
遅れてエリルとエコが部屋の中に入り辺りを見渡すが、愁の姿が無い事はすぐにわかった。
「愁がいない?そんな、だって体は拘束された状態じゃ……」
ベッドに近づき掛けてあるシーツを手に取るエリル、するとそこには切れた鎖の一部が置いてあった。
「嘘……鎖を千切ったの?そんな……」
鎖の一部を手に取るエリル、とてもじゃないが人間の力で断つ事は不可能な事がわかる。
「はぁ?鎖を千切るだあ?って事はあいつはもう化物になっちまったって事か?助けに来てそりゃ無いぜ……」
二人が落胆する中、エコだけは一人平気な様子で立っていると、穿真の服を後ろから引っ張る。
「教えて……愁の軍服、置いてある部屋……どこ……?」
エコの問いかけに首を傾げる穿真、そして首を傾げながらエリルの方を見ると口を開いた。
「……愁の軍服の場所?俺は知らねえけど、おいエリル。お前は知ってるか?」
するとエリルは知っているような素振りを見せて頷いたが、首を傾げてしまう。
「この階と同じ部屋に置いてあるけど、それがどうかしたの……?」
「今すぐ案内しろ!そして何でその場所を聞いたのか察しろ!」
慌てて部屋から出て行く三人は愁の軍服が置かれている部屋に向かう。エコには自信があった、愁がどれだけSVに忠誠しているのかを。そしてフィリオから貰った親衛隊の軍服を大切にしている事も。
そしてエコの予想は当った、エリルが案内した部屋、そこには軍服を着替え終えた愁が立っていた。
「愁!良かった、無事だったんだね。早くこの基地から脱出しよ!ここにいたら危険だから……!」
そう言ってエリルは愁に歩み寄ろうとしたが、エリルの前に穿真が立つと口を開いた。
「聞いての通りだ、今は俺達が争っている場合じゃねえ。わかるな?一緒に脱出するぞ」
二人の言葉を聞いていた愁はゆっくりと前を向くと、真正面から穿真と向き合う。
「わかるよ、でも俺は共に行かない。俺はもうBNには戻らない」
「共に来いよ!あのな、お前が望むならSVの兵士のままでも別にいいんだよ!でもな、SVとBNは手を組んで仲間になった、つまりお前と俺達はもう敵同士じゃねえ、前みたいに一緒に行動する仲間になったんだよ!わかるか!?」
苛立ち声を荒げて説明する穿真に、愁は表情を変えないまま見詰め続ける。
それがまた穿真を苛立たせ、更に声を出そうとした時。エリルの後ろに立っていたエコが穿真の横に立つと、力強い目で愁を見つめ口を開いた。
「愁……愁の戦う意味、目的。教えて……」
エコの言葉を聞いても何も言い返そうとしない愁、それを見ていたエコは更に言葉を続ける。
「フィリオの為だよね……全部、フィリオの為に……だから貴方は、フィリオを助けられなかった自分を……憎んでる」
微かに反応を示した愁だが、じっと耐えるようにその場に立ちエコの言葉を聞き入れていく。
「愁、フィリオは……何を望んでると思う?貴方になら、わかるはず……身を挺してまで救おうとした、フィリオの望み……」
「この世界の平和……ですよね」
愁はそう呟くと、エコは頷き更に言葉を続けていく。
穿真とエリルはただ黙って二人の会話を聞くことしか出来ない。
「うん、そう……それで、私達は今、力を合わして世界を救おうとしてる、フィリオの望んだ平和な世界、作ろうとしてる。愁は……協力しないの?フィリオの願いと想い、踏みにじるの?」
「それは……」
エコの言葉に愁は何も言い返せない、たしかに自分が今までしてきた事がにフィリオの為なのかと聞かれると何も答える事が出来なかった。
「今の愁は拗ねてる。ね、愁が反抗して……それでフィリオは喜ぶの?皆と仲良くしている方が、絶対にフィリオは喜ぶ……それに、フィリオは待ってる、愁が助けに来る事を」
「フィリオが……俺を待っている……?」
何かに気付かされるように愁が問いかけると、エコは大きく頷き口を開いた。
「うん……愁にとって、フィリオは掛替えの無い存在……そして、それはフィリオも同じ……フィリオも今、愁を求めてる……だから───」
エコはゆっくりと小さな手を愁に差し伸べると、愁はその迷い無い眼差しで見詰めてくるエコから視線がそらせない。
「一緒に救いに行こ。フィリオと、この世界を……!」
ゆっくりと一歩ずつエコに近づいてく愁は、下ろしていた手をそっと上げていく。
それを見たエコの表情は明るく優しい笑みを浮かべていた。
……これで長かった仲間同士・友達同士の戦いが終わる、気付けばエリルは目に涙を浮かべていた。穿真も自分の腰に手を掛け笑みを見せると、二人が握手を交わすのを待ち望んでいる。
そしてエコが差し伸ばした手に愁の手が触れようとした時、愁は指を伸ばすと勢い良くエコの胸を貫いた。
貫かれた胸から噴出す血の飛沫はその場にいた皆の顔に飛び散っていく、その時には既に三人の顔から笑みは消えていた。
二人には今この時がスローモーション再生しているかのように感じた……ゆっくりと血飛沫が上がり、愁の赤黒い血に染まる手がエコの背中から突き抜けている光景を。
そして愁はエコの胸部を貫いたまま腕を上げると、勢い良く振り下ろしエコを腕から振り飛ばす。
エコはまるで人形のように飛ばされ壁に叩きつけられると、すぐさまエコの倒れた場所に血溜りが出来た。
指一つ動かない、瞬き一つしないエコ。口から血が垂れ、胸元と背中に開いた穴からは血が流れ出している。
……今ここで何が起こったのか、それを確かめる前に穿真は手に持っていた銃の引き金を引いていた。
室内に響き渡る銃声、何発もの弾丸が愁目掛け放たれた。だが愁は尋常じゃない速さで弾丸を避けていくと、一瞬にして穿真の眼の前立っていた。
「愁、てめっ───!?」
引き金を引こうとする穿真の拳銃を軽く払い飛ばした愁は、その血に汚れた右腕を振り上げ穿真の胸部目掛けて振り下ろす。
それを穿真は上手く受け止めると、愁の右腕を掴んだまま放そうとしない。
「エリルッ!逃げろ……!」
穿真の声にエリルは我に返る、足元には血塗れのエコの体が転がっており、目の前には愁の腕を掴んだままの穿真がエリルを睨んでいた。
「もう駄目だッ……遅すぎたんだよ、俺達は……!」
そのまま穿真は愁の懐に入ると、愁の腕を引っ張り凄まじい勢いで部屋の奥へと投げ飛ばした。
「そ、そんな。愁が、どうして……?まさか、ERRORに……?」
エリルは動揺したままその場で立ちつくしている、投げられた愁は空中で体勢を立て直すと着地と同時に地面をひと蹴りしただけでエリルの眼の前にまで来ていた。
赤く濁る愁の瞳は人間の瞳じゃない、何か別の物……体は動けず頭も働かない、目の前には腕を振り上げ自分目掛けて飛び込んでくる鬼しか見えていなかった。
だがその鬼を空中で殴り飛ばす男がいた、愁は穿真が繰り出した拳を耐えようとするがその力にまたも壁にまで吹き飛ばされる。
「穿真!」
エリルはどうしていいかわからず穿真に近づこうとした時、穿真は後ろに振り返ると今までに見せた事の無い真剣な表情で叫んだ。
「黙って逃げろッ!そして絶対に振り向くな!……わかったら……行けッ!」
次の瞬間、エリルの視界から穿真の姿が消える。愁に飛びかかられた穿真は壁に大きく叩きつけられると、愁は穿真の顔面を狙い拳を振り下ろす。
その拳を間一髪で避けた穿真だが、後ろの壁は音を立てながら崩壊し塵が舞い上がる。
エリルは咄嗟に部屋から出ようとしたが、血塗れのエコを見て踏みとどまるとエコの元に駆け寄り体を抱き上げる。
そして大粒の涙を零しながら司令室を目指しその場から走り去った。
───「おい煙草のおっさん、ここにおっさんいなかったか?」
司令室の中で機体ごと待機していたダンの横に、葵の乗るライダーが突如姿を現した。
「誰だそいつ、今ここにいるおっさんは俺とお前さんだけだよ」
そう言ってモニターに映る青空を眺めながら一人煙草を吹かすダンに、葵は首を傾げて辺りを見渡す。
「誰がおっさんだ!俺は女だばかやろう!……ったく、にしてもおかしいな、たしかにここで戦ってたんだよ。あの大和と……」
『大和』という言葉に強く反応を示したダンは操縦席で寝転がっていたがすぐさま飛び起き煙草を灰皿に仕舞う。
「何ぃ?それじゃあ、この有様は全て大和の仕業って事か?」
「それは俺にもまだわかんねえけど……あの動き、只者じゃなかったし。それにどうして大和があんな場所にいるのかわからないしなぁ……ん?」
丁度葵が目を向けた所にあった司令室の扉が開くと、見覚えのある女性が中へと入ってくる。
「おお、どうやら無事に戻って、これ……て……」
見る見る葵の顔色が青くなっていく、エリルに抱かれているエコは眼を開いたまま口から血が垂れ、胸元には大きな穴が空いているのが見えたからだ。
機体に乗っていたダンと葵は異変に気付きすぐさま機体のハッチを開けてその場に下りてくると、すぐにエリルの元に駆け寄り事情を聞こうとする。
「おいどうした!?一体何があったんだ!」
「愁が、愁が……ERRORで、それで……それで……」
放心状態のエリルは混乱して言葉が上手くでない、そして息をしていないエコを見た葵もまた放心状態になっていた。
「嘘だろ……?エコ、なぁ、おい……どうしてお前、こんな……ッ!」
自然に涙がこぼれ始める葵、だが零れ落ちる涙を振り落とすと、先程までの悲しげな表情は消えていた。
「場所、教えろ」
闘争本能をむき出し殺気だった眼でエリルを睨みつける葵、咄嗟にエリルは愁達のいた部屋の場所を答えると、葵は自らその場所へと歩き始める。
誰も葵を止める事が出来なかった、今止めれば自分たちでさえ容赦なく牙を剥くだろう。
「とりあえずお前だけでも先に艦に連れて行く、いいな?」
二度エリルは小さく頷くと、ダンは機体に乗り込みエリルの前まで移動すると、膝をつき機体の手の上にエリルを乗らせる。
そしてダンはいつものように煙草を銜えて火を点けると、機体の手の上で震えるエリルをしっかりと守るように機体を発進させた。
───部屋の壁を崩壊させ隣の部屋には頭から血を流す穿真と、そんな穿真を平然とした表情で見詰める愁が立っていた。
「とうとう化物になっちまったみたいだなぁ愁……いや、ERRORか?ん?化物がERROR?自分で言っててわけわかんなくなってきたぜ……」
穿真の言葉に何の反応を示さない愁、痙攣するかのように頭を小さく揺らし眼を瞑ると、そっと眼を開くと、震える声で名前を呼んだ。
「せん、ま……」
「なっ……意識があるのか!?愁!」
穿真は声を荒げて問いかけるが、愁は頭を抱えると俯いたまま動かなくなった。
「ご、めん……俺、は……もう───」
愁は苦しみながらそう呟いた後、両手を頭から放し顔を上げた。
今まで知っている愁とは違う、また別の愁がそこに立っていた、瞳の色は変わり、雰囲気が殺伐している。
それを見ていた穿真は大きく溜め息を着くと、頭から滴り落ちる血を気にせず口を開いた。
「いつから狂っちまったんだろうな……世界も、俺達も。本来なら俺達ただの平凡な学生だったんだぜ、平和の意味も知らずに、平和な世界を生きていく一人だったんだ」
語り始める穿真に、愁は話しを聞くかのように立ったまま微動だにしない。
「なのに、神とかERRORとか訳わからねえもんが現れて、世界も人も変わっちまった。びっくりだろ、まさか自分が世界の存亡に関わる戦いに身を投じるなんて思うわけないよな?」
問いかけても愁は何も答えず、その濁った瞳はじっと穿真を見続け瞬き一つしない。
「お前は運が悪すぎた、同情するね。平和な世界ならもっと上手くいってたはずなのにな……」
そう言い終えた後、ニヤリと笑みを見せた穿真は拳を構えた。
「さて、もう長ったらしい言葉なんていらねえよなぁ愁。こっからは男同士、拳で語り合おうか。俺とお前、どちらか死ぬまでな」
迷いなどしない、後悔もしない……こうなってしまった以上、やらなければならない事ができた。
敵を殺す覚悟、そして……友を殺す覚悟は、既に出来ている。