第8話 無実、現実
あれから一日、NFの軍事基地から逃げ出した甲斐斗とミシェルは森で一夜を過ごした。
日が昇り先に目を覚ましたのは甲斐斗だった、まだ眠っていたかったが朝日に照らされ眩い光が自分を照らしてくる為に嫌々起き上がりその場に立ち上がる。
(川の流れる音に鳥の囀り、心地よい風は吹いて、後はうざいぐらいに光り輝く太陽。なんつーか、ラジオ体操でもしたいぐらい良い朝だ)
暢気な事を考えながらも甲斐斗はまず左目の部分を覆う包帯を洗う為川の流れる音を頼りに向かってみると、そこには大きな湖が広がっていた。
早速包帯を洗おうと湖の水に手を入れるが、予想より遥かに冷えており一瞬洗うのを躊躇ってしまう。
その後、渋々包帯を洗い終えた甲斐斗はまだ眠そうにあくびをしながらまだ寝ているミシェルを起こさず、一人食料を探しを始める。
(美味そうな木の実でも有ればいいんだが……)
いつものように一人で何かを考えながら森の奥に進んでいくと、赤く小さな実が沢山なっている小さな木を発見した。
発見したのは良いとして、果たしてこの実は食べれるのだろうかが不安になる。
「とりあえず見た目は綺麗だな……これなら多分食べれるだろ」
甲斐斗は無意識に自分を安心させる為そう言い聞かせるように呟が、言葉にした所で何の安全の保障もない。
それでもまず食べてみないと話は進まず。甲斐斗は恐る恐る木の実は取り、一口齧ればいいはずが咄嗟に木の実1個を丸々一つ口の中に入れてしまう。
(ん……味は悪くない……?それに口に入れた途端に果汁が出てきて……うおおおおお!!?)
「おおおおぉぇえええええ!」
苦すぎる。
正直、生まれて初めて食べたであろう苦い木の実に甲斐斗は一人悶え苦しんでいた。
(はっ!? よく見れば足元に動物が白骨化した形跡が……きっとこの苦い実を食って死んだ奴らのか……)
下手すれば自分もこの中の一人になっていたのではないかと思ってしまう。
(昨日はよくこんな物を見つけなかった……あの子が探し出した木の実はどれも美味かったから良かったけど。……あの子、そういえば名前を決めようと思って俺が言ってみたけど寝てたっけ)
昨日少女につけた『ミシェル』という名前。その名前を気に入ってもらえるのかどうか、今更ながら不安になってしまう。
そんな事を小さな木の前で考え込んでいた時、何者かが自分に近づいて来る気配を感じた。
足音が段々と近づいてくる、甲斐斗はその場から少し離れた茂みに隠れて身を潜め、誰なのか様子を見てみる。
するとあの苦い木の実があった小さな木の前に一人の少年が現れる。
歳は十五歳程度だろうか。腰には剣を指しており、頭にはローブを被っている。
(いつの時代の人間だよ……)
明らかにこの世界の人間ではない風貌に心の中でそう突っ込むと、少年は甲斐斗が食べたあの赤い木の実を次々に取っていく。
(おいおい、まさかそれを食べる気か? しかもあんなに持っていって……死ぬ気かッ!?)
だがその前にあの少年は何者なのか、何故こんな街外れの森にいるのか、あの格好は……。
様々な疑問が甲斐斗の脳裏を飛び交っていると、少年は木の実を抱えて立ち去ってしまう。
それを見ていた甲斐斗は少年にばれないように後をついていく事にした。
少年の後を付いていくと、大きな洞窟の中に少年が入っていく。
甲斐斗もその大きな洞窟の中に入り少年の後を追うと、隠れられそうな岩場に身を潜める。少年が立ち止まり、何か話しているのからだ。
誰に話しかけているのか気になる所だが、甲斐斗のいる岩場からはその話し相手が見えない。
「大丈夫、この木の実は消毒効果があるからすぐ治るよ。痛くても我慢してね」
少年は持ってきた赤い木の実を布に入れ、摺り潰していく。
ここで初めてあの赤い木の実が食べ物ではない事が分かった。
そんな物を朝から食べてしまった甲斐斗は自分の腹の心配をしてしまい腹に手を当ててみたその時、けたたましい咆哮が洞窟の内に響きわたる。
何かが咆哮した。狼でも虎でも人間でも絶対に違う。全く別物の生き物。
とり合えず関わるのは止めよう。もう何かに巻き込まれるのは散々だった甲斐斗はそう思うと一歩後ずさりしたが、この一歩がまずかった。
運悪く後ろに置いてあった木の枝を折ってしまう、自分ほど運が悪い男はそういないだろうと冷静に思ってしまう。
「誰かそこにいるのか!?」
(誰が答えるかばーか!)
入るかと聞かれて答える人等見た事も聞いたこともない。甲斐斗は全速力で一目散に洞窟から出て行く。
長距離走は苦手だが短距離走なら誰にも負けない、追いついてこられるなら追いついて来いっての。
と、心の中で思い余裕を扱いていた甲斐斗だったが、少年は本当に追いかけてきており段々と足音が近づいてくるのが分かる。
そして走り続けると森を抜けてしまいまたあの大きな湖のある場所に戻ってきてしまう。
逃げる道も隠れる場所もない、意を決して甲斐斗は走っていた足を止めると、後ろに振り向いた。
「待て! 俺は怪しい者じゃない!」
尾行した後覗きをし、更に逃げ出すという時点で怪しいと思われるのは分かるものの、甲斐斗は咄嗟にそんな言葉が出てしまう。
すると甲斐斗の後を追っていた少年も足を止めると、甲斐斗の顔というよりその服装を見て眉を顰めた。
「NFの兵士!? まさかここまで来ていたなんて……!」
「NFの兵士? 何処にいるんだ?」
「お前だよ!」
甲斐斗は牢屋の中にNFの軍服を着ていたまま過ごしており、今も尚NFの軍服を着用している。
誰がどうてみ今の甲斐斗はNFの兵士にしか見えない状況だった。
「僕の姿を見られたのなら仕方ない……死んでもらう!」
少年はそう言って鞘に収められていた一本の剣を抜き出すと、その剣先を甲斐斗に向けた。
もはや絶対絶命……等と甲斐斗は全く思っていない。それ所かその剣を見て甲斐斗は小さく鼻で笑ってみせた。
それは甲斐斗からすれば当たり前だった。
幾ら魔法が使えなくても、このような少年に自分が負けるはずがないという揺るぎ無い自信がある。
少年が剣を振り上げて襲ってこようものなら、軽く捻り潰してやろうと思っていたが、少年は右手に剣を持ちつつ、左手で懐に手を伸ばすと一丁の拳銃を取り出しそれを甲斐斗に向けてきた。
(……おい待て。拳銃持ってるのかよ、その手に持ってる剣はフェイクか? ただの飾り物か?)
「なんで銃なんか持って……いや、その前に俺はNFの兵士っていうか、NFの人間じゃないからな!」
「その軍服を着ておいてNFの兵士じゃないなんて、僕を騙せると思ってるのか!?」
(ごもっとも、その通り。だが俺は本当にNFの兵士じゃないないんだよ……)
「待てって、じゃあ仮に俺がNFの兵士だとしよう。NFの兵士がこんな森の中でたった一人、武器も持たず、仲間も連れず、負傷している。明らかにおかしいと思うだろ?」
(よし、これは効いたな。後は俺がNFの兵士でない事を熱く語れば……)
「僕とマルスを追っている途中に機体を破壊されて、この森に来たんだろ!」
(どうやら最悪の展開になってきたみたいだ。マルスというのはさっきの洞窟にいたこいつの仲間か何かだろう。にしてもなんでこんなガキがNFに追われているんだ? それに機体を破壊されたって……そうか、もしかすると……)
「まぁ待て、俺はBNの兵士だ。NFの基地に潜入していたんだが逃げる途中に機体を破壊されてこの森に辿り着いたんだよ」
(今度こそ完璧。NFと敵対しているというのであればBNの兵士に違いない)
「兵士……やはり兵士かっ! NFもBNも関係無い!」
(もはや俺にどうしろと……)
少年が甲斐斗に銃口を向け引き金を引こうとした時、甲斐斗は少年の握る剣を見つめ一喝した。
「剣士たるもの銃など使わず剣で来い!」
その言葉に引き金を引こうとした指の動きが止まった。
(指止まるって事はこいつ一応剣士なのか? なんでこんな時代に剣士がいるんだよ……まぁ、これで隙が出来たな)
次の瞬間、甲斐斗は右手に愛用の黒剣を出すと少年の持つ銃を真っ二つに切り落とした。
その勢いに少年は後ろに倒れると、甲斐斗は剣先を少年の首に突きつける。
「ひ、卑怯だぞ! それに何処からそんな剣を出したんだ!」
「黙って俺の話を聞け、お前この世界の人間じゃないな」
「ど、どうしてそれを!?」
(ビンゴのようだ、ようやく数少ない仲間に出会えた)
「俺もこの世界の人間じゃないからだ」
「ほ、本当に!?」
甲斐斗の予想通りこの少年は別の世界から来た人間だった。
甲斐斗がこの世界に存在する以上他の世界の者がここにいても不思議ではない。
ようやく出会えた他世界同士の人間。更に詳しい話を聞こうとした時、さき程まで日光が甲斐斗たちに降り注いでいたというのに、突然日陰になってしまう。
「マルス!?」
少年が空目掛けてその名前を言った。甲斐斗も少年が見ている方向を見上げそしてその光景に唖然とした。
「なッ、嘘だろ!?」
甲斐斗達を覆い隠す程の巨大な体、鷹のような眼で睨み、空を飛んでいる。
上空から甲斐斗を見下ろす、その生き物は……。
「龍……?」
それは一言で言える。
だが今この状況、そしてこの現状を甲斐斗は一言では言えない。
数々の世界を見てきた甲斐斗ですら、龍なんて架空の存在のはずの生き物は見た事が無かった。
すると空を飛んでいる龍はその大きな口を開き、突如口から火炎を甲斐斗に向けて放ってくる。
放たれた火炎を避ける事もできず、甲斐斗は訳のわからぬまま炎に包まれた。
炎に包まれた全身を炙られる程の激痛が走り、息苦しさを感じる。
体は無意識に水を求め、意識が朦朧とする中、甲斐斗は一心不乱に湖に身を投げる。
目の前に広がる光景など何も無い、薄暗い視界しか広がらなかった
───「マルス!なんて事をするんだ!!」
甲斐斗を追っていた少年は湖の中を覗き込む、だが甲斐斗の姿は見当たらない。
少年の隣にはマルスと言う名の龍が一緒に湖に目を向けている。
大きな口に長い首、ヒゲも生えており何処からどう見ても龍の姿形をしている。
「彼は僕と同じ別の世界の者だったんだよ!それなのに……!」
その時である、先ほどの炎が森に燃え移り、次々に木が燃えて行く。
火の移りは早く、次々に周りの草花を灰にしていくが。
少年はそれに構う事なく、龍の背中に乗ると何処かへ飛び去っていった。
龍が飛び去ると同時に、何か不気味な生き物が次から次へと湖に周辺に集まってきた。
それはERRORだった、奇怪な動きをしながら火災の起こっている場所にERRORが集う。
そのERRORの姿はPerson態であり、Person態は長く酸の垂れる舌を使い燃えている草花を溶かし。
燃え盛る木々を強靭な頤で噛み砕きながら食べていく。
それはあっという間の出来事だった、さっきまで燃えていた木はもうなく、草むらの火も消えていた。
火が消えると湖周辺に集まったPerson態が次々に森の奥へと消えていく。
しかし、一匹のPerson態があるものを見つけた。湖の側にある花畑、そしてその横で寝ている少女の姿を。
少女は何も知らずに、暖かい日差しを受けながら心地よく眠っている。
それを見てERRORは少女を起こさないように物音を立てず、少しずつ近づいていく。
Person態はその手で少女の体を掴もうとした。
「化け物が、汚い手で触んじゃねえよ」
黒い斬光がPerson態の手首に走った時、その手は吹き飛ばされ湖の中に落ち沈んでいく。
「ったく、寝ている少女に……悪戯すんなっての……ッ……」
次に黒い斬光が見えた時、既にPerson態の首は宙を舞っていた。
甲斐斗はまだ生きている。
ERRORの仲間が近寄ってくる前に、この子を抱いて何処か安全な場所に移動しなければならない。
それにしてもこの子は、こんな危険な時だというのにすやすや寝ている。
甲斐斗は焼き焦げた両腕で少女を抱き、森深くに身を潜めた。
「んっ……」
少女は目を覚ました、不思議そうに辺りを見回している。
自分が寝ていた所とは別の所で寝ていた為である。
寝ていた場所のすぐ近くに川が流れており、その川をじっと見つめている甲斐斗の姿があった。
少女は起き上がり、小さな足で少しずつ甲斐斗の背後から近づいていく。
甲斐斗は相変わらず川を見つめながら岩場に座っている。
「かいと!」
少し驚かそうと思い、後ろから名前を読んで背中を軽く押した。
甲斐斗の体は押された反動で前かがみになり、顔面から川へ倒れる。
体全身が川の中に沈み、何一つ動きを見せない。
「かいと……?」
甲斐斗は何も答えない、甲斐斗の耳に少女の声は届いていない。
川のせせらぎは震える少女の声を掻き消した。
正式名Person態(第一種ERROR)
全長─3〜4m 重量-約180kg
4本の手、2本の足を使い地べたを這い蹲りながら移動する。
人間のように頭、胴体、手、足。などのパーツは人間と同じだが、人間とはかけ離れた姿をしている。
強靭なアゴと歯を持ち、戦車の装甲だろうと噛み砕く事ができる。
また、Person態の舌からは高濃度な酸が滴り落ちている為に溶かす場合もある。
目が無くとも敵の位置を正確に判断でき、その能力は未だ謎である。