第78話 終焉、世界
───「SVの機体を捕獲しただと?」
「はい、お兄様が前に話していたあの白い機体です。見た事も無い機体と交戦した後、突如動きを止めたみたいです。現在厳重に拘束して艦に輸送しています」
「……わかった、だが油断するな。艦内で暴れられたら敵わんからな」
紳が唯との通信を終えると、入れ替わるように今度はエリルとの通信が繋がる。
「風霧総司令官、捕獲された機体とはまさか……」
「愁が乗っている機体だ。突然停止したらしい」
「愁の機体!?どうして───」
驚きの隠せないエリル、更に詳しい事を聞こうとしたが、エリルより先に紳が口を開いた。
「エリル、今は目の前の敵に集中しろ」
「は、はい!わかりました!」
紳の命令にエリルが前方を見れば、そこには翼の付けた機体数十機が空を飛び銃を構えていた。
「NFの空戦用Dシリーズ、しかも量産機……でも、私の紫陽花の敵じゃない!」
紫陽花が両翼を羽ばたかせ、周囲に花びらを散らすと。それを見たNFの機体は花びらから遠ざかって行く。
だがその機体の横をすり抜けながら見た事の無い機体が突如姿を現した。
空中で高速に動く機体は赤い光に包まれながら空に漂う花びらを弾き紫陽花へと向かっていく。
「な、何。新手?」
「気をつけろ、あれは北部最強の機体だ。一筋縄ではいかない」
「北部最強……だとしても、私は負けません!」
「その心意気は良い。だが無理はするな、奴は強い」
紳の忠告を受け身構えるエリル、花びらを弾くその機体は4本の腕に4本のLRSを握り締め紫陽花の前に現れた。
「近接特化型!?なら距離をとれば……!」
紫陽花は花びらのように空を華麗に舞い距離をとろうとする、だが敵機は惑わされずただ一直線に飛びこむ。
「速い!?」
咄嗟の判断で紫陽花の腰にある忍刀に手を掛けるが、それよりも速く敵機が目の前に現れる。
同時に振り下ろされる4本のLRS、何とか距離を離し回避に成功するが、敵の猛攻は更に続いた。
敵機は紫陽花に隙を見せないまま次々にLRSを振るう、紫陽花も何とか応戦しようとするがその素早い攻めにただ避けながら逃げることしかできない。
「何なのよこの機体!さっきからずっと纏わりついてきて……!」
レバーを引き上げ出力最大で一瞬後方に移動する紫陽花、その僅かにできた敵機との距離を見て両翼を目の前に敵機に向けた。
「もらった!」
両翼を敵機に向けて引き金を引き花びらを纏う光を放つが、敵機はそれを予測していたのか難なく回避すると距離を縮めてくる。
だがそれを防ぐかのように白義が敵機の前に現れた。
「この相手は俺に任せろ、お前はあの艦を止めにかかれ」
「す、すいません。了解しました!」
紫陽花はすぐさまその場から飛び去ると、上空に浮かぶNFの空中戦艦へと向かう。
それを止めようと敵機が紫陽花を追おうとした時、その敵機の背後に白義が立つと瞬時に2本のLRSを振りかざした。
だが敵機は後ろを向けているにも関わらず、2本の腕が背を向くと、瞬時に振り下ろされた白義の攻撃を受け流した。
「背後を狙うとは!?この卑怯者めがッ!」
「こっちの台詞だ」
機体を横に一回転させ白義を振り払うと、4本のLRSを一斉に白義に向けて突き出し胸部を貫こうとする、だが白義は瞬時に交わしてみせると両肩のハッチを開きLRCを放った。
突然の強烈な光に敵機はなんとか回避しLRCを避けるのに成功はしたが、その後ろにいた複数のNF機は回避が遅れ忽ち一掃されていく。
「各機白義から離れろ!この相手は私に任せてお主等はあの紫色の機体を止めに行け!」
命令によりその場にいたNF機が次々に後退すると空中戦艦へと向かった紫陽花を追っていく。
「……早々に勝負をつけるか」
邪魔者は消えた。二人が同時に呟くと、両機体は身構え互いに睨みあいながら間合いをとっていく。
そして両者の間合いが揃った時、同時に機体を走らせた。
───上空で白義と敵の特機との激しい攻防が繰り広げられる中、地上では羅威と穿真を先頭に次々にNFの前線を崩していた。
「おい聞いたか羅威、愁の奴捕まったみたいだな」
「ああ、俄かに信じ難いな……あいつはそう簡単に負けるような奴じゃない。何かの作戦かもしれないな」
「かもな、でも愁は姑息な真似はしないだろ?」
「……俺達の知っている愁ならな」
そう羅威が答えた瞬間、前方から見覚えのある1機の赤い機体と、青い機体が姿を見せる。
「赤いリバイン、それにあの鍵爪を着けた機体は……厄介な相手が現れたな」
羅威がそう呟くと、神威の後で走っていた我雲に乗っている香澄が口を開く。
「私と羅威であの青い機体を破壊するわよ、雪音と穿真はあの赤いリバインを破壊しなさい」
「へいへい、んじゃあ気い引き締めて行くかぁッ!」
羅威と穿真が二手に別れると、その後ろにいた香澄と雪音の乗る我雲も二手に別れる。
そして二手に分かれた我雲は前方から向かってくる機体に向けて銃を構え射撃を開始した。
銃弾を難なく交わす赤いリバインはLRBを構え穿真の乗るエンドミルへと向かい、その後ろのリバインに乗っている由梨音はエンドミルの後方にいる我雲を狙い銃を構える。
「赤城少佐!あの我雲は私が相手をします!」
「わかった、この機体は私に任せろ」
その時、由梨音との通信中。突如赤城のリバインに穿真からの通信が入ってくる。
「よう、また会ったな」
「これから互いの刃を交えようとする時に、何の用だ?」
落ち着いた様子の赤城だが内心は闘志に溢れ感情を抑えている。
穿真はその逆で見るからにやる気を見せ、戦闘意欲を掻き立てていた。
「用なんて無えけど、一つ言っておこうと思ってな」
無言のまま耳を傾ける赤城に、穿真は言葉を続けた。
「前に言ったよな、次会う時容赦はしねえって……だから今日、俺は全力でてめえを倒すッ!」
それを聞き終えた赤城は小さく笑ってみせると、何時にも増した真剣な顔で睨み返した。
「それを態々言いたかったのか?……安心しろ、私も同じだ」
そこで通信は切れ、互いの機体は目の前にまで接近していた。
胸部を狙おうとエンドミルが両腕のドリルをリバインに向けて突き出すが、その攻撃を予測していた赤城は難なく回避すると、高らかに振り上げたLRBを敵機目掛けて振り下ろす。
だが機敏に後方に飛び、振り下ろされた刃を避けるエンドミル。そして両腕のドリルを目の前のリバイン目掛けて同時に放った。
リバインはドリルを避けるため跳び上がり回避に成功するが、ドリルは軌道を変えると背部目掛け突き進んでくる。
「同じ手など通用せん!」
赤城はそう言ってリバインの背部から迫り来るドリルを避けようとするが、前方からは両腕にチェーンソーを伸ばしたエンドミルが突進してきていた。
「前後からの同時攻撃!てめぇに避けられるかぁッ!?」
同時に向かってくる機体とドリル、一瞬躊躇う赤城だったが機転を利かせ腰に付いてある手榴弾に手を掛けると、それを前方から向かって来るエンドミル目掛け投げ込んだ。
それを見ていた穿真だったが、その攻撃を回避せずただ一直線にリバインの元へと向かう。
「装甲の一枚や二枚くれてやる、だが!そんな物で俺を止められると思うなよ!」
投げられた手榴弾の強烈な爆発、一瞬煙で視界を遮られ機体の装甲に少し被害が出るものの、機能は劣る事無く健在だ。
「もらったぁああああああッ!」
声と共にエンドミルの両腕を振り上げると、後ろから来ていたドリルが幅を狭め始め確実に機体の位置へと狙いを定め突進する。
振り下ろされたチェーンソーの刃をLRBを受け止めた赤城、その激しい摩擦に夥しい量の火花が飛散していく。
「受け止めたようだが、それじゃあ後方はがら空きだな」
穿真の言う通り、前方から何とか持ちこたえていても後方のドリルは既にリバインのすぐそこまで来ていた。
「浅はかだな」
ただ一言呟いた赤城、焦る様子も無く機体を動かした。
LRBを出力を上げほんの少し敵機を弾き飛ばすと、勢い良く後ろに飛びあがり後転する。
背部から来ていたドリルを何とか交わしてみせるリバイン、ドリルは軌道を変えずリバインの目の前に立っていたエンドミル目掛け突き進む。
「俺が自分のドリルで自滅するとでも思ったか?馬鹿にしすぎるのにも程があるぞッ!」
ドリルは前後に回転すると丁度良くエンドミルの両腕に戻ってくる、そして後転したリバインの着地を狙うよう出力を最大にして突進していく。
そして右腕のドリルを着地したリバインに向けると、一直線に胸部に向けて突き出そうとした。
だがそれよりも早くリバインは背部に付いているアサルトライフルに手を掛けると、ある一箇所を狙って引き金を引いた。
「……あ?」
その時、衝撃と共に振り上げたエンドミルの右肩の動きが止まる。
振り上げたまま腕を振り下ろす事も、突き出す事も出来ない。
LRSが見事にエンドミルの右肩を貫いていたのだから。
「なっ、なんでこんな物が!?いつの間に……ッ!?」
動揺したままエンドミルはリバインへと向かっている、そしてリバインはLRBを振り上げるとエンドミルの右側をすり抜けるように移動すると同時にLRBを振り下ろした。
「私の勝ちだ」
手榴弾を投げた時、同時に腰に付いていたLRSをエンドミルの右肩へ投げつけていた。
それも急所を外し、大した被害が出ないような箇所に。
右肩にLRSが突き刺さった事を気付かぬまま戦闘を続けていた穿真、たしかに破損は小さく機能に不備は無かった。
だが銃弾を受けた事により刃先は大きく動き、また開いた穴に銃弾が入り右肩を完全に破壊したのだ。
大きく崩れ落ちるエンドミル。腹部を斬り落とされ、もはや戦闘を続行する事は出来なくなっていた。
「て、てめえ。俺を倒すんじゃねえのか!何故胸部を外した!?」
「何を言っている、お前は倒れているだろ」
「はぁ?……そういう意味じゃねえだろ!」
「結果的に勝負はついた。さて、私にはまだやる事が残されている、またな」
そう言い残し赤城は別の戦場へと向かう、すると倒れたエンドミルの側にすぐさま雪音の乗る我雲が到着すると、上半身だけが残されたエンドミルを抱え前線から離脱していく。
「穿真君!どこか怪我はありますか!?」
「いや、怪我は無いが。機体が……」
見るも無残に斬り捨てられたエンドミル、上半身だけを残したその姿は無様としか言いようがない。
「こんな格好で戻る事になるなんて、格好悪ぃなあ俺は……」
「そんな事ありません!穿真君はとても勇敢で格好よかったです!それに比べて私は、相手のリバイン、1機を止めるだけで精一杯で……」
「そんな事ねーよ、止めてくてたお陰であの赤いリバインとの戦闘に集中できたしな、ありがとよ」
思いがけない穿真の言葉に戸惑いながらも照れ臭そうに頭を下げる雪音。
だが穿真の心境は複雑だった。
あの時確実に殺せていたはずの場面で赤城は殺さなかった、もし自分が同じ場面なら確実に殺していた場面を。
「くそっ……俺だって人殺しは好きじゃねえ。でもな、ここは戦場だろが……戦場で敵を殺さなくて、どうやって戦争を止めんだよ……」
───穿真と赤城が戦っているのと同時に、別の戦場では羅威の乗る神威と葵とエコの乗るライダーが死闘を繰り広げていた。
「葵、集中しないと……負ける」
エコの呟きと同時に神威の強烈な蹴りがライダーの懐に入る。
大きく蹴り飛ばされるライダーだが、何とかその場に踏みとどまり身構える。
「ほら、ね……今は愁と、フィリオの事は忘れて。戦いに集中しないと───」
「集中できる訳無えだろ!フィリオをあんな野郎に渡して、愁はBNに捕まっちまって……一体どうすりゃいいんだよ!」
葵が周りを見れば、次々にNFとSVの機体が破壊されていき前線が崩れていく。
BNは一斉に攻め入り、次々に破壊されていくSVの機体。世界を、人間を救うための戦いに出た彼等は、その守るはずの人間を殺し、殺されていく。
「戦って……それしか今の私達にはできない」
エコの言葉に葵は大きく首を横に振ると、目に溜めていた涙が零れ落ちた。
表面で悲しみと怒りを見せる葵、それに対してエコは心の奥底にそんな感情を押し殺していた。
「今戦ってどうなる!?エコもわかってんだろ、俺達が戦う相手はこいつ等じゃないって事を!」
「じゃあ戦わないの?……戦わないと、死ぬよ」
その言葉は現実だった、容赦無く攻め込む神威に対し何の反撃もできないままただ攻撃をされ続けている。
序盤は神威の攻撃を回避していたが、次第に動きを読まれ今では容易に懐に入られてしまう程だ。
「私は諦めない……生きていれば、必ず希望は出てくる、だから───ッ!」
死ぬわけにはいかなかった、エコは知っている。生きていれば必ず希望にめぐり合えると。
現にエコには合った。絶望の日々、どん底の世界から……希望に溢れた世界への扉を。
辛い人生を送ってきた自分でも。明るく、楽しく、温もりを感じられる時間と場所が存在した。
幸せだった……が、その幸せはやがて消え。今のような戦地に身を投げる事になっている。
だが、それでもエコは信じている。嘗ての自分を思い出し、絶望から希望へと変わった日々を目指して。
神威の放つ電撃を回避しようと後方に跳ぶライダー、だが後部からはそれを待っていたかのようにLRSを振り上げた我雲が待ち構えていた。
「あぁっ───」
エコだけでは限界だった、どうする事も出来ない状況に躊躇うことしかできない。
だがその時、ライダーは回転と同時に後方に回し蹴りをお見舞いすると我雲の握っていてたLRSを軽やかに蹴り飛ばす。
そしてもう一方の足で我雲の顔面を蹴り飛ばすと、軽快な動きで神威との距離を取る。
「機体の扱いも儘ならねえ癖に、言う事だけはいっちょまえなんだな……ったく、まさかエコにそんな事言われるなんて……」
もはやそこにいるライダーは以前のライダーではない。
しっかりと二本の足で地面に立ち、先程とは打って変わって戦意に満ち溢れていた。
「お陰で目ぇ覚めたぜ」
ニヤリと笑みを見せる葵、それを見てエコは安心したのか小さな溜め息を吐くと、互いに操縦桿を強く握り締める。
「お前の言う通り、今ここで迷った所で何にもなりゃしねえ。だから今は、生きる為に戦う!」
生きていればこそ出来る可能性、それに気付かされた葵は先程の自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
「行くぞエコ!俺達はこんな所で立ち止まる訳にはいかねえからな!」
「うん……!」
───各戦場で激戦が続く。地上も空中も互いの銃弾と爆弾飛び交い、いつその攻撃が自分の機体に直撃してもおかしくない状況だ。
そして今、空では数百発の対空砲火と、数十発のレーザー攻撃をかわし続ける紫陽花がそこにいた。
ミサイルは紫陽花を追尾できない為、目標に目掛け飛んだ後、広範囲に散らばる拡散型を使用。
更にはビーム兵器、レーザー兵器を主力に圧倒的な火力で空中戦艦に近づけさせないようにしている。
「やっぱり1機だけじゃ私に攻撃が集中するのも無理ないわよね……。
でも、これを止めないと圧倒的なBNが不利になる、だから私の紫陽花で止めないと!」
急いで戦艦に近づこうとする紫陽花、だがその紫陽花の前に突如黒い装甲に光る赤い模様を施した1機の機体が現れる。
「また新手!?」
突然の敵に引き金を引き両翼に溜めていたエネルギーを放とうとしたが、それよりも早く紫陽花の間合いに入る黒薔薇。
紫陽花が振りまく花びらの影響を受ける事無く黒薔薇は手に持っていた剣を紫陽花の腹部に向け突き出すが、寸前の所で横に回避行動をとり剣を避ける紫陽花。
それと同時に引き金を引き、輝く両翼を黒薔薇に向けて放つ。
広範囲に広がる翼に黒薔薇の回避は間に合わない、巨大な両翼に飲み込まれていく黒薔薇を見てエリルは小さく溜め息を吐いた。
そして衝撃と共に崩れ落ちる紫陽花、綺麗に右肩と右翼が斬りおとされ残骸が地上に落ちていく。
「えっ───?」
今起こった出来事を理解出来ないまま落ちていく紫陽花。
そして落ちながらもエリルには見えた、半透明の球体の形をした物に囲まれた無傷の黒薔薇を。
直撃を受けたにも関わらず無傷のまま何の変哲も無い様子で立っている黒薔薇を見ながら落下していく紫陽花、すると黒薔薇は紫陽花に向けて投げた鎌が返って来るのを見て簡単に戻ってきた鎌を掴むと、今度はそれを振り上げながら落下していく紫陽花目掛け急降下しはじめた。
「そんなっ、私の紫陽花が……!」
圧倒的な戦力の前に傷一つ付く事のなかった紫陽花。だが今、目の前の機体に簡単に右腕と右翼を持っていかれた。
機体は制御が効かず地面に落ちる前に何とか出力を取り戻し地上への直撃は免れるが、凄まじい振動と衝撃が操縦席にいるエリルに伝わる。
「う、ぐっ───!」
大きく体を叩きつけられ、息苦しさと痛みで意識が朦朧とする中、上空からは鎌を振りかざした機体がすぐそこまで来ていた。
「あ……」
戦場ではほんの一瞬の出来事で命が消える、それを今になって目の前で知らされる事になった。
鎌の刃先は機体の手前で止まり、その鎌の刃先を止めるかのように横から一本の剣が延びていた。
「赤いリバイン!?赤城さん!」
赤いリバインはLRBを振り上げると鎌を弾き、その振り上げたLRBを黒薔薇に向かって振り下ろす。
すると黒薔薇は一旦離れて距離を取ると、様子を窺うように見つめはじめた。
「あの色、見覚えがあるなぁ……」
リバインに突如通信が繋がると、両者互いの姿がモニターに映し出された。
「ほら、やっぱり」
テトは納得するように頷くが、赤城は警戒した眼つきでテトを睨んでいる。
「強制的に通信を繋げた?貴様、何者だ」
その赤城の表情に首を傾げるテト、想像していた反応が帰ってこない事に疑問を抱いた。
「ん?僕の事を……忘れてる?」
「忘れる?知らんな、お前の事など記憶に無い」
「へぇ、それは好都合だ。これでまた君の苦痛に歪む表情が見れる……思い出させてあげるよ、事実と現実をね」
操縦桿を握り締めていた左手を放すと、その手を正面に立っている赤城のリバインへと向ける。
その途端、赤い紋章が発光しながらリバインの足元から浮かび上がると。赤城の視界が暗闇と化し、脳裏にある記憶が浮かび上がる。
「なんだ、これはっ……」
暗闇の中、鮮明に浮かび上がる記憶。生々しい感情と感触、そして目の前で不敵な笑みを浮かべ自分の肉体に手を伸ばす男の姿。
「ひっ、や、やめ───」
目の前に広がる光景が止まる事は無い、目を瞑っても、手で覆い隠そうとしても、必ず映し出される。
「あの日、あの時、君は僕に何をされたのかな……?」
テトの言葉に体が小刻みに震え、操縦桿から手を放す赤城。そして自分の体を抱きしめると俯きながら目を見開き何もする事が出来なくなる。
「や、いや…や、め……あ……」
目の焦点はぶれ、抱きしめる力が強まっていく。服の皴が深まり、指先が腕に食い込む程に。
「美しい……最高の表情だよ、僕は今とても満足だ」
楽しそうに笑みを浮かべるテト、すると黒薔薇の手に持っている大鎌は形を変えると、鋭い剣へと変わりその剣先をゆっくりとリバインに向けた。
「だから後は……君の死に様を見るだけさ」
近くにいたNFとSVの機体が黒薔薇を阻止しようと動こうとするが、周りにいた全ての機体の足元の赤い模様が浮かびあがると、一斉に機体は動きを止め機能が停止していく。
誰も止める事は出来ない、その場に倒れていた紫陽花も阻止しようとしたが、機体が思うように動かす事も出来ず、リバインとの通信もできない。
「幾ら否定しても無駄さ、現実だからね」
現実、その言葉が更に赤城を闇に引きずり込む。
激しい嫌悪感が自分の中に入り込み、次々に精神が崩壊していく。
そして黒薔薇は走り出した、近くにいる機体はただ何も出来ず立ち尽くし、呆然とその光景を見ている事しか出来ない。
鋭く尖る剣先を赤いリバインの胸部に向けて狙いを定める、近づいてくる黒薔薇に対しリバインは動こうとしない。
リバインの手から滑り落ちる剣、震えて怯える事しか出来ない赤城……もはや立ち上がることは出来なかった。
───突如地面に亀裂が走る、その亀裂は忽ちリバインの前まで走ると、凄まじい閃光と共に1機の機体が姿を現した。
右肩に聳える巨大な大砲、茶色の装甲に、二本の刀を手にした機体。
その長刀を背負う背中は赤城にも見えた、嘗て背を向け一人戦地へと向かった機体の姿を。
「突然何かと思えば……僕の楽しみを邪魔するなら死───」
一瞬の出来事にテトの言葉が詰まる、剣を手にしていた黒薔薇の右腕が斬り飛ばされ宙を舞うと、無残に地面へと落ちる。
「んっ───?」
突然の出来事に頭はついていかず、目にも止まらぬ速さで振られた刀に何も出来なかった。
そしてまた機体に衝撃が走ると、今度は機体の左腕が吹き飛んでいく。
その機体の振るう剣捌きもまた、肉眼では確認出来ない程の速さだった。
「こ、こいつッ!?」
一瞬にして両腕を斬り飛ばされたのが未だに信じられないテト、急いで機体を動かすと、目の前に現れた機体から離れるように浮上していく。
すると地上にいた機体から赤い模様が消えていく、だがその場にいた機体は動こうとしない。
紫陽花も何とかその場から立ち上がるが、停止したまま動き始めなかった。
「そんなっ……どうして、あの機体が……」
困惑したまま動かない機体に不審を抱き、すぐに紳がエリルへと通信を繋げる。
「どうしたエリル、何があった」
「そ、それが。破壊されたはずの機体、大和が、突然地中から───!?」
その時、戦場にいる全ての機体のレーダーに強い反応が現れた。
巨大な揺れに皆が踏みとどまり体勢を立て直す中、誰もが息を呑んだ。
「ERROR!」
BNの戦艦からNFの本部、そして戦場を囲むようにして次々に聳えていくPlant態。
全てを囲む壁のようにそそり立ち、もはや逃げ道など存在しなくなった。
「Plant態!?それに何よこの数……完全に、囲まれてる……!」
その場にいた全ての兵士に戦慄が走った、まるでこの状況を待っていたかのように現れたERROR、そして百本を越えるPlant態。
Plant態からは次々に各種のERRORが溢れ出てくると、一斉に兵士達に襲い掛かる。
困惑する兵士達、前方から敵軍が、後方から無数のERRORが近づいてくる。
逃げ道も無くなった今、彼等は戦うことしか出来ない、それが例え無謀な事だわかっていても。
───「武蔵……?」
操縦席で呟いた赤城の言葉、通信を繋げていないにも関わらず、まるでその声が聞こえたかのように大和は後ろに振り返った。
「本当に、武蔵…なのか……?」
リバインを動かし大和に触れようとしたが、大和は一歩後ろに下がると、リバインの横をすり抜けるように去っていく。
「ま、待て!武蔵───」
大和を止めようと機体に手を伸ばそうとした時、先程と同じような揺れが起こり始める。
その揺れにERROR達が一瞬動きを止めると、全てのERRORがある一箇所へと首を向けた。
NF本部の前に、輝く巨大な線が走ると共に陣が形成されていく。
光に触れたERRORは忽ち塵となり跡形も無く消え、その光を止める事が出来ない。
陣は完成した。その美しく光り輝く陣に回りにいたNFの兵士達は心奪われ、希望と期待を胸に降臨するのを待った。
その希望と期待と答えるかの如く、陣の中からは白き巨人が聳えていく。
そして全身が陣から出終わると、その全貌が明らかになった。
白き巨人を象ったか『神』、全体的に丸みを帯びた体に、巨大な手足。
全身には陣で描かれたような文字や絵が薄らと刻み込まれており。その神々しく巨大な姿は、正しく神だった。
「神が……神が降臨したぞ!これで世界が救われる!」
NFとSVの兵士達で次々と歓声が巻き起こる、だがそれとは対称的にBNの兵士達は絶望的な表情をしていた。
「これが神……これが俺達の、敵」
紳は何とか感情を抑え今この場に踏みとどまっていたが、他のBNの兵士達は慄き、少しずつ後ずさりしていく。
その神々しさと、天にとどく程の大きさで聳えたつ巨人の前に、どうやって戦い、勝てというのだ。
地上に降り立った神は、顔にある6色の小さな宝石のような物が動くと、辺りを確認するかのように首を動かす。
それをNFの本部内で涙を流しながら見つめるアリスがいた。
「ゼスト、これで、これでこの世界は、ERRORから守られます!」
「ああ、よくやった。アリス」
「私は神に伝えたの、ERRORの事も、この世界が最後の世界だって事も……だから!」
アリスが外を見れば、神に向かって行くERRORは次々に神の体から放たれる白い光により神に触れる事無く一瞬にして塵へと変わり、消えていく。
その絶対的な力を見て確信した、SVは間違っていなかった、神は、ERRORに勝てると。
……だが皆は忘れている、ERRORはそう簡単に負ける程弱くない、ERRORは、ERRORは……。
誤りが有り続ける世界で、消えることはない。
───次々に地面から溢れ出るERROR、もはやPlant態はその場所一面に咲き始め、大地は赤く染まっていく。
その間からは万を超えるERRORが溢れ、次々に神へとなだれ込んでいく。
地上のいる兵士達はERRORの脅威から逃れる為、必死に応戦を行ないながら神の元へ近づいていく。
「神がいれば俺達は助かる!皆神の元に行け!一番安全な場所に避難するんだ!」
一人の兵士が声を荒げ、先陣をきって兵士達を神の元へと誘導していく。
すると、一本の光が神に近づいてくその機体に触れると、機体は一瞬にして簡単に塵へと化した。
───神の目線から見れば、ちっぽけな人間よりも、遥かに数の多いERRORを見ていた。
攻めてくるERRORを見て神は裁きを下す、巨大な両腕を前方に突き出し手を合わせるように動かし、間隔をあけて手を止める。
そして左右の手の平に光を放つ束が溢れ出てくると、その束は球体へと姿を変えた。
その球体が神の手から落ちた時、球体から溢れ出る強烈な光は太陽よりも白く輝き、その場にある全てを光で包み込んだ。
───「やれやれ、馬鹿の俺でも少しずつわかってきたぜ」
神の前に現れる一体の黒い機体、神はその機体に目を向けると、不思議そうに見つめている。
「馬鹿なERRORがてめえを止めようと俺を利用しようとした、まぁ失敗に終わったがな」
男は血のついた左手で右腕の感触を確かめると、今度はその右腕で目元を触る。
「ERRORもお前も必死だな、余裕が無い」
からかう様に小さく笑ってみせた男はそう言って目の前の神を睨んだ。
巨大な黒剣を握る魔神『MD』、目の前には自分にょり遥かに巨大な『神』が立ちはだかっていたが、その巨体に恐れる程、この魔神は弱くない。
「お前は力が欲しいが為に、ミシェルを使った。だが、それは逆に俺が力を取り戻す原因にもなった……それが、てめえの敗因だ」
そう言葉を吐き捨てた後、魔神はたった1機で神の元へと飛んでいく。
戦う理由は人の為でも世界の為でもない……ただ、神を破壊したい。
それだけだった。