第74話 一途、障害
───ここは……どこだ……?
重い体をゆっくりと起こし男は周りを見渡していく、とりあえず質素な部屋で一人ベッドで寝ていたのがわかる。
特に家具が置かれている訳でもない、今自分の寝ているベッドでさへ一枚のシーツが掛けられているだけだった。
男はベッドから起き上がろうと右手をベッドに着こうとしたが、ゆっくりと体が右に倒れる。
右腕が無い、血は既に止まっているものの右肩の部分だけシーツが赤く滲んでいる。
そして目にも違和感を感じると、左手でそっと自分の目元を触る。
その時、突然目の前に出された鏡を見て今の状態がわかった。
左目のある目元に大きな切り傷があり、動いていない。しかも顔は少し窶れ、右目にも力が無い自分の表情。
その後鏡を持っている手を辿り誰が持っているのかを見てみると、そこには嬉しそうな顔をしたアビアが立っていた。
「おはよー甲斐斗」
「お前……つうか、なんだその格好」
桃色の可愛らしいパジャマを来ているアビアに疑問を抱く甲斐斗、その場の状況を必死に掴もうとしていた。
「パジャマだよ、甲斐斗知らないの?」
「そういう意味じゃない、ここはどこだ?」
「知らなーい」
会話にならない。
甲斐斗は一度深く深呼吸をした後、その窶れた顔でアビアの方に視線を向けた。
「何故俺を助けた」
率直な質問、そして正直疑問を抱いていた。
敵であるはずの女が自分の怪我を手当てしてる、疑うのも無理はない。
「言ったでしょー?アビアは強い男が好きって」
「おいおい、お前は何を見ていたんだ?あの状況を見てたらわかるだろ、今の俺は……弱い」
そう言って視線を下げ、俯く甲斐斗にアビアはそっと寄り添うとベッドの中に入ろうとする。
「アビアは本当の甲斐斗が見たいの、アビアにはわかるよ?甲斐斗の力」
優しい言葉で甲斐斗に近づいていくが、甲斐斗はベッドから出ると壁に掛けられていた上着を手に取り部屋から出て行こうとした。
「助けてくれた事には感謝する、だが今お前と戯れている時間は無い。早くミシェルの所に行かねえと……」
よろめきつつも、部屋の扉のドアノブに手が触れた時、アビアもベッドから出るとその甲斐斗の左手を掴んだ。
「どうして?あの子は神の下部、甲斐斗の敵だよ?」
「俺には信じられない、ミシェルが敵だなんてな」
「甲斐斗、アビアの話しを聞いて」
「話なら後で聞く、それより俺の機体はどこだ!」
その時、アビアは甲斐斗の左腕を強引に引っ張ると甲斐斗ごと部屋の隅にあるベッドに放り投げる。
驚いた様子のまま甲斐斗はベッドまで放り投げられると、勢い良くベッドに倒れてしまう。
「もー、アビアの話しを最後まで聞いてよー」
女性だと言うのに人一人簡単に投げ飛ばせる力、どうやら今の自分の力ではこの場を抜け出せないとわかった甲斐斗は渋々ベッドに留まることしにした。
アビアはそれを見て満足そうに甲斐斗に近づいていくと、ベッドに座り甲斐斗を見つめる。
「テトが言ってたよね、神は第1MGを送り込んで、第1MGが死ねば甲斐斗の力が戻るって」
「ああ、言っていたな」
「でも少し違うんだよねー甲斐斗には教えてあげるからよーく聞いててね」
そう言うとアビアは甲斐斗に顔を近づけていくが、それに合わせて甲斐斗はアビアとの顔の距離を離していく。
「神が第1MGを送り込んだのは嘘。本当は第1MGが神の元から逃げ出してきたの、その時偶然にも出会ったのが、甲斐斗だったんだよ?」
「何?その話が本当ならやはりミシェルは俺の敵じゃない」
「でも第1MGが甲斐斗の力を抑えてるのは本当ー、ねぇ、どうしてSVが第1MGを探してると思う?」
「逃げ出したMGを捕まえて神に捧げるのか?」
「そんな感じ、第1MGがいないと神は起動しないからね」
つまり、本来神は起動するはずだったが、第1MGが逃げ出した事で未だ起動が出来ず。
神を起動させる為に今SVは第1MGを探している、という事になる。
「お前……なぜそんなに詳しい情報を知っているんだ」
頭の悪い奴と思っていた甲斐斗だったが、アビアと話していく内にそれが演技だったようにも思えてくる。
アビアが見せる無邪気な笑み、それとは対象に甲斐斗が驚いた様子のままだ。
「あと一つ、テトが言ってたよね。第1MGが死ねば甲斐斗の力が戻るって」
「それも……嘘なんだろ?」
「嘘じゃないよ。でも、もう一つ力が戻る方法があるんだよ?」
力が戻る?その方法はアビアは知っていた、甲斐斗はその方法を待つかのようにじっとアビアを見つめている。
「力が戻る方法を知っているのか?なら俺に教えろ、どうすればいい!?」
その方法を知りたい甲斐斗、アビアは人差し指を自分の唇に当て話そうかどうか迷っているというより、焦る甲斐斗を見て楽しんでいた。
そしてようやくを口を開くと、思いがけない言葉を口にした。
「それはねーアビアとここで暮らしてたらいいんだよー」
「どういう意味だっ」
アビアのふざけた様子に甲斐斗は何とか怒りに堪え、歯痒い感情を抑えるのに必死だ。
それを見兼ねてようやくアビアも分かりやすく説明していく。
「んーと、もうじき神は起動するの。そうなれば甲斐斗の力は元に戻るよ?」
「……何故だ?ミシェルが神の下に行けば俺の力が戻る理由がわからない」
「神に捧げられたMGは、単なる装置になっちゃうの。心の無いただの動力源みたいな」
「結局ミシェルが酷い目に遭う事には変わり無い、俺はミシェルを助けに……」
「今行ってもテトに殺されるだけだよ?それに神が起動すれば甲斐斗に力が戻る。勿論完全じゃないけどー、それでも魔法が使えるようになるんだよ?」
「力は取り戻したい、だがミシェルをそんな目に遭わしてまで俺は……」
「甲斐斗、素直に諦めよ?今の甲斐斗じゃ何も出来ないんだよ?力が戻るまでここにいるといいよ。そしたらアビアが一番早く甲斐斗の力を見る事が出来るもんね〜」
深刻な状況が近づいてきているというのに相変わらず能天気なアビア、その間にも甲斐斗は頭の中で試行錯誤を繰り返していた。
時機に神が復活する、ミシェルは神の下に行ってしまう。
分かっているのに何も出来ない、右腕と片目を失い何ら力の無い今の甲斐斗では如何する事も出来ない。
「……お前は何者なんだ。何故そこまでにして俺の力に拘る」
「アビアは可愛い女の子ー、一途な恋をしているだけだよぉ〜」
ふざけている様子のアビアだが甲斐斗は探ろうとしていた。アビアの正体、そして真の目的を。
テトと共にいた女だ、今はまだ何を企んでいるのかわからないが油断はしない方がいい。
しかし、甲斐斗の命を助けてくれたのは紛れも無い事実……悩みながら真剣にアビアの方に目を向けると、アビアは照れ笑いをしながら体をもじもじと動かしている。
「甲斐斗、アビアは命の恩人なんだよ?アビアのお願い聞いてくれるよね?」
「あ、ああ。それもそうだな……キスか?別に良いけど」
困惑した表情をしている甲斐斗にアビアは笑みを見せると、寝ている甲斐斗の体の腹部に跨り始める。
「キスは終わってぇ、次は〜……」
アビアはそう言いながら自分の着ているパジャマのボタンを上から1個ずつゆっくりと解いていく。
徐々に見えるアビアの素肌、パジャマの隙間からは綺麗な肌色の素肌が見え隠れしている。
その様子を見てアビアを止めようと甲斐斗が口を開こうとした時、部屋の扉が勢い良く開くと同時に一人の青年が入ってきた。
「な、何者だ!?この部屋で何をしている!」
青年はすかさず腰に付けていた拳銃を取り出しアビアに向けた、一方アビアは驚いた素振りも見せずに後ろに振り返り誰が入ってきたのかを確認している。
甲斐斗はアビアが邪魔で声の主が誰なのか見えない、だがどこか聞き覚えのある声に必死に記憶を巡らせている所だった。
「もー、邪魔しないでよ」
アビアはそう言って少年の方に手を向けると、少年の後ろに無数のナイフが出現し始める。
だが少年がそれに気付く事は無く、未だ銃を向けたまま動かない。
それを見てアビアは少年に向けていた手を軽く捻ると、宙に浮いているナイフが一斉に少年向かって飛ばされる。
「止めろ!そいつは俺の知り合いだ!」
ようやく思い出した甲斐斗が声を出すと、宙に浮くナイフは一斉にその場に止まり地面へと落ちていく。
その音に気付いた少年は後ろに振り向くと、驚いた様子で足元のナイフを見つめていた。
「その声、龍使いのガキ。ロアだろ」
甲斐斗は左手で自分の上に座っていたアビアをどけると、声の主を確認する。
目の前には腰に剣を着けローブを身に纏う前に見たのと全く同じ格好の少年ロアがそこに立っていた。
「か、甲斐斗!?どうしてここに」
「色々と訳あってな、お前もどうしてこんな所にいる、安全な場所を探しに行くんじゃなかったのか?」
「そ、それはっ……」
「お前も訳ありみたいだな、まぁせっかく久しぶりに会えたんだ。色々と話しでもするか」
青年は頷くと部屋に置いてある木の椅子に座り、倒れていたアビアも体を起こしベッドに座り込んだ。
「甲斐斗、その女性は?」
「んー、命の恩人っといった所か」
そう言うとアビアは満足そうな笑みを浮かべ甲斐斗を見つめてくる。
「酷い怪我だ……大丈夫なの?」
前に見た甲斐斗と別人のように外見が変わってしまった甲斐斗に不安の色が隠せない少年。
右腕は無く、左目の眼元には大きな切り傷も残っている。
「怪我なんて日常茶飯事だよ、お前は無事そうで何よりだ。それで、お前の探していた安全な場所とやらは探せたのか?」
重傷を負っているにも関わらず割と平気な様子の甲斐斗に少し戸惑うロア、目の前に腕が一本無く顔に大きな傷があり血塗れの状態の甲斐斗を目の当たりにしているから無理もない。
「そ、それが軍の警備やERRORの出現も多くてね……思うようにマルスと移動出来ないんだ」
「それでうろうろとさ迷った結果、今ここにいるって事か」
「うん、この小屋は前に見つけていてね。久しぶりに戻ってきてみたら甲斐斗達がいたんだよ」
甲斐斗とロアが話しをする中、退屈なのかアビアは一人手遊びをしているが二人の話しは続く。
「安全な場所なんてもう何処にも無いのかもしれない、甲斐斗はEDPっていう作戦でERRORが絶滅しかかってるって言ってたけど、
今またERRORが増えだしてきてるんだよ?僕はよく見かけるんだ、ERRORと人間が戦っている所を」
「ERRORか、最近色々と問題が多過ぎてそっちに頭が回ってなかったが、本当に不思議な化物だな。殺しても殺しても地面から出て来やがる、間違いなくあいつ等の巣は地下にあるってのはわかるんだけど。今は人間同士の戦いが白熱してるからなぁ、ERRORの事に頭が回ってないのかもしれない」
その言葉を聞いてロアは俯いてしまう、深刻な表情を浮かべ何か焦るかのように。
「この世界の人間は馬鹿だ……僕達の世界でも全人類が協力してERRORと戦ったというのに、でも結局……僕の世界は滅びたけどね」
「物量の力……たしかに厄介だがERRORの巣を全て破壊すれば収まる。っま、それが出来れば苦労しないんだがな、しかも問題はまだある。巣を破壊した後、奴等はまた別世界から来るかもしれないって事だ」
「ねえ甲斐斗、ERRORの目的って何なのかな。どうしてERRORは人々を襲い世界を滅ぼしていくと思う?」
「そんな事知るかよ、数多くの世界を見てきたがそういう化物は案外いるもんだ。人類とは桁違いに多い化物もいれば、人類より遥かに超越した化物もな。……まぁ、その残りの世界も全てERRORが滅ぼしたらしいが」
「ど、どうしてそんな事知ってるの?ERRORが全ての世界を滅ぼしたって、本当なの……?」
「らしい、他の世界から来た奴がそう言っていた。俄かに信じ難い話しだけどな」
「じゃあこの世界は最後の世界?そんなっ……」
絶望して当然だ、残されたたった一つの世界にもERRORが現れ、人々を襲っている。
もう何処にも逃げ場は無い、人類が行き残された最後の世界……。
「全世界のERRORがこの世界に来ればこんな世界簡単に消せるだろうに、それをしないのは何故だろな」
ふと甲斐斗の脳裏に疑問が過ぎる、それだけの数と力を持ちあわしているならこの世界を消す事も容易なはず。
それなのにERRORはそうせず、この世界で新たに勢力を拡大していく。
余裕の表れなのか、それともERRORにも何か訳があるのか……。
「このままだと人類は滅亡、ERRORに皆殺されて終わるだろうな」
「甲斐斗はERRORが怖くないの?あんな気持ち悪くて恐ろしい化物に殺されるなんて僕は嫌だ……」
「俺に怖いものなんてねーよ、何たって最強の男だったんだからな。俺の力が戻ればERRORとかミジンコみたいなもんだぜ?」
「凄い自信だね……僕には無理だ、ただ死を待つ事しか出来ない……」
強気の甲斐斗も今の自分の姿を見てわかっていた、今の自分には何の力も無い事ぐらい。
だからと言って弱気になる事も自分らしくない、残りの世界が全て滅びていても、まだこの世界が残っている。
「俺は……過去に戻らなきゃならねえ。それまで死んでたまるかよっ……!」
誰にも聞こえないように甲斐斗は呟くと、左手でシーツを強く握り締めていく。
死ぬわけにはいかない。だから今ここで力が戻るのをこの場で待つしかない。
「ちょっと疲れたから、僕は隣の部屋で寝てくるね」
「ああ、すまないな。勝手にこの家に邪魔しちまって」
「いいよ、元々この家は僕のでもないし。それじゃ」
そう言ってロアは部屋から出て行ってしまう、それを見ていたアビアはようやく手遊びを止めた。
「アビア、お前はERRORについてどう思う?」
もしかすればアビアなら何か有力な情報を持っているかもしれない。
僅かな希望と期待を胸に聞いてみた甲斐斗、そしてその期待に答えるかのようにアビアはそっと口を開いた。
「気持ちわるーい」
「……そうだな」
アビアの素直な感想に甲斐斗は口を噤む。ERRORの存在によりこの世界は長くは持たないかもしれない、だからそれまでには何としてでも過去に帰らなければならなかった。
つまり残された最後の世界を見捨てて過去に帰る事になる。
他の世界の滅亡、未だに信じられない真実と現実。過去に世界を巡ってきた甲斐斗には各世界に多くの知り合いがいた。今その知り合い達は皆死んでいるという事に納得がいかない。
「ERRORはいつから各世界に現れだしたんだ……?」
甲斐斗が記憶を巡らせ過去回ってきた世界について思い出してみるが、100年前にERRORという生物は確認した事も見た事も無かった。という事は甲斐斗が消えていた100年間の間にERRORが現れ全てを滅ぼしてきた事になる、つまり……。
「……止めた、疲れた。寝る」
「えっ、甲斐斗。アビアとの約束は?」
「まぁ待て、一眠りした後でも遅く無い、だろ……」
甲斐斗そう言うと目蓋を閉じ、静かな寝息を立てながら寝てしまう。
残念そうな表情になるアビアだったが、無防備な甲斐斗の寝顔に軽く口づけをすると同じベッドの中に入り甲斐斗に寄り添うように体を密着させて眠り始めた。
───時は一刻を争う、そんな中未だに手元に第1MGのいないSVは段々と焦り始めていた。
決断する日も近い、第1MG無しで神を起動させるか、しないか。
その事についてフィリオは一人自分の部屋で窓から映る街の夜景の景色を見ながら考えていた。
「フィリオ?」
突然の愁の声にフィリオは急いで後ろに振り返る、そこには心配そうな表情をして愁が立っていた。
「ノックしたんだけど返事が無くて、勝手に部屋に入ってごめん」
「いえ、良いのですよ。愁はあの方についてお聞きになりに来たのですよね」
「はい、俺の見た幻影はあの男。テトという男の仕業らしいですね」
未だ疑問に残るあの幻影、あと少しでフィリオを殺しかけた愁には知っておきたかった。
「愁、貴方は信じられないかもしれませんが正直に言います、あの方は……魔法が使えるのです」
「……そうか、彼も特殊な力を持っているんですね」
淡々と頷く愁にフィリオが首を傾げる、それ程にも簡単に『魔法』という存在に納得が出来るのか疑問だった。
「驚かれないのですか?魔法ですよ、この世界には存在しないものです」
「俺は色々と見てきましたから、それにエコがフィリオを助けたのもその力なんですよね」
逆に愁に驚かされたフィリオ、魔法という言葉を聞けば必ずしも驚くものである。
「はい、しかしあの魔法はリスクが大きく、一定の条件を満たさなければ発動できません」
「条件……フィリオ、あの幻影を見ないようにするには何か方法はあるんですか?あの男にも魔法を発動するのに条件は……」
「いえ、あの方は特殊の魔力を持ち本来使えないはずの魔法も数多く使用できます。しかしあの幻影を防ぐ事は可能です」
「その方法、教えてください」
「それはっ───」
フィリオが口を開こうとした時、部屋の扉がゆっくりと開き一人の男が部屋へと入ってきた。
「簡単な事さ、心に迷いや疚しい事が無ければいいだけ……でも、そんな人いないよね」
部屋の入り口から聞こえてくる男の声、そしてその声を聞いてフィリオの表情が強張っていく。
それを見た愁はすぐさま後ろに振り向くと、扉の前にいるその声の主を目の辺りした。
「やぁ愁、初めまして。僕はテト、テト・アルトニア。よろしくね」