第73話 揺れ、核心
───BN本部での戦闘後、NFの空中要塞アルカンティスはNFの本部に戻り、その戦艦の中から護衛を引き連れた騎佐久が艦から降りて来た。
「お前達は下がっていい」
騎佐久がそう護衛の兵士達に告げると、騎佐久の周りにいた兵士は敬礼を済ませ持ち場から離れていく。
「やれやれ、暑苦しくて他ならない」
艦から降りた騎佐久は一人本部に戻ると、エレベーターに乗り最上階にある会議室へと向かう。
その間騎佐久は疲れたような暗い表情をずっと浮かべていた、
恐らく今から向かう会議も先程の戦闘について口うるさく言われるに違いない、そう思うと自然に溜め息も出てくる。
そしてエレベーターの扉が開き外に出ようとした時、顔を上げると一人の女性が目の前に立っていた。
だが騎佐久を足を止める事無くエレベーターから降りると、女性を横切ろうとしたが、横にいた女性に腕を掴まれる。
「待て」
その声に騎佐久が横に振り向く、そこで初めてわかった、目の前にいる女性が赤城だという事に。
「ああ、赤城か。まさか本部に来ているとは」
「私もこの会議に呼ばれてな。騎佐久、BN本部での戦闘はどうなった?」
「それを今から話しに行くんだろ」
そう言い残し赤城を置いて会議室へと向かう騎佐久、赤城はその後ろをついていくともう一度騎佐久の腕を掴んだ。
「お前とは少し話したいことがある、会議が終わった後、いいな?」
「わかったよ」
騎佐久は答えた後、赤城に見えないようは小さく笑った。
赤城の言い草を聞いて懐かしさを感じたからだ、まだ自分が新米だった頃の、あの時の頃を。
しかし、今回の戦闘は笑える程甘くなかった。
BN本部に下りた降下部隊はほぼ全滅し、NFは多くの戦力を失った。
更にNFの最強と謳われた空中要塞アルカンシェルが、たった1機の機体の力でその能力を抑えられた事にも問題が残る。
互いの戦力が消耗されただけで、結果的に得をしたものはだれもいない。
東部は消滅し、完成間近の羽衣も奪われ、徐々にNFは、人類は、追い詰められていく。
───その頃、BNの本部に集められているエリルは衝撃的な事実を告げられていた。
「愁がっ……SVに?なんで、どうして!?」
エリルにとっては初耳だが、その場にいた穿真や紳達は皆知っていた。
「俺もわからねえよ!だがあいつはたしかにSVにいた。しかも奴は……あの赤鬼のパイロットだったんだよ」
「そんなっ!? 嘘よ……それじゃあ、愁が彩野を殺したって言うの?私には信じられない……」
愁がSVにいるなんて、エリルにとっては信じがたい話だった。
無理も無い、前まで同じ部隊に所属し、共に数々の戦場を戦ってきた親友だ。
その親友が親友を殺し、今では自分の敵になっている。
「なぁ紳さん。あんたは知っていたのか?愁がSVに行った事を。愁は言ってたぜ、SVに行った訳は紳に聞けってな」
「愁が行方不明になったのは知っていた、それだけだ」
そう言うと紳は立ち上がり、会議室から出て行こうとする。
ダンもそれに気付くと、煙草を銜えたまま紳の後を歩いていく。
穿真達はまた敬礼をして二人を見送った後、力無く自分達の椅子に座り込んだ。
「式まで後1時間……その間どうする、俺は羅威の所行くけど」
「私は香澄さんの所に行きます、エリルさんは?」
「私は、最後までラースの側にいたいから」
そして三人は会議室から出ると、別々の方向に分かれ目的の場所へと向かった。
───その頃羅威もある場所へ向かっていた、香澄に手渡された住所を頼りに、本部の住宅地を歩いていく。
ここの住宅地の被害は少なく、倒壊している家は少ないが。道路には未だ軍の車両が走っていた。
「ここか……」
軍服のまま着替えずに目的地に着いた。目の前の家の玄関付近には植木鉢が沢山置かれ綺麗にガーデニングされている。
大体察しは尽いている、恐らくこの家はクロノの家で、家族にクロノの死を伝えて来いとでも香澄は言っているのだろう、と。
「最後に罪悪感を与え自己嫌悪にでも落とさせる気か?……もうとっくに落ちてるよ」
だから軍を辞めるんだ、羅威はインターホンを押すと、家の中から心地よい音色が流れてくる。
それでふと気付いた、今までは腕を高く上げる事も出来なかったのに、今では出来るようになった、これもアリスのお陰だ。
インターホーンを押した後少し待ってみるが、玄関の扉は開かない。
まだ避難所から帰って来てないのだろうか。どっちにしろ人がいないのであればここにいる理由も無い。
羅威は扉に背を向けその場から離れようとした時、後ろから玄関の開く音が聞こえてくる。
何だ、いたのか。このまま帰りたかった羅威だがそうもいかない、後ろに振り返り出てきた人を見ようとする。
しかし、そこにいたのは人ではなく一匹の犬が立っていた。
毛は長く、大きさは普通の犬が羅威を見たまま止まっている。
その様子に戸惑う羅威、すると犬は羅威に背を向け、半開きの扉を自分の頭を使い開けていくと、尻尾を振りながら家の中に入っていき、玄関で止まると羅威の様子を窺うように振り向いた。
「入っていいって事か?」
犬に聞いたって返事する訳も無く。恐る恐る家に入る、玄関の扉を閉めた後靴を脱ぎ、歩いていく犬の後ろについていく。
犬はリビングへと通じる扉をまた自分の体で開けようとするが、羅威が先に手を伸ばし扉を開ける。
それと同時に何やら美味しそうな香りが漂ってくる、甘いパンのような香り、羅威がそっとリビングへ入ると、そこには一人の少女が大きなお皿を持って立っていた。
羅威を見る途端動きが止まり、誰だろうと疑問に思いながら首を傾げる少女。
その表情を見て羅威は不審者でない事を少女に伝える為に握り締めていた紙を見せた。
「俺は羅威、香澄にここに行けと言われて来たんだが……」
軍の制服を着ている時点で不審者ではないと思うが、念には念を入れる。
「香澄さんが!?という事は本部に帰ってきたんですね!やったぁ!」
突然笑顔になり、手に持っていたお皿を机の上に置く少女。お皿の上には焼きたてのアップルパイが置かれている。
「あっ、すみません羅威さん。私はユニカって言います、どうぞ座ってください。出来立てのアップルパイです!シロも食べよ!」
シロという名に羅威の後ろに立っていた犬が少女の元に走り寄る、少女は椅子に座るとアップルパイを切り分け、その一切れを小さな皿に移し、床にいるシロの前に置いた。
豪快に食べると思いきや、意外と少しずつ齧って食べていくシロ。
だが羅威はここに来ておやつを食べにきた訳ではない、羅威は周りを見渡すものの、彼女以外に人影は無い。
羅威はもう一度少女の方を向くと、ゆっくりと口を開く。
「君の両親に話しがあるんだが、今何処に……?」
その羅威の言葉に少女は齧ったアップルパイを更に置くと口を拭きながら答えた。
「私が小さい頃に亡くなりました、今はお兄ちゃんとシロの三人で暮らしています!」
その言葉に羅威の鼓動が早くなる、両親がいないとすれば、クロノの死を誰に伝える。
まさか、この子に、クロノの妹に、直接クロノの死を伝えなければならないのか?そう思うだけでとてもじゃないがお菓子など食べれる状態ではなかった。
「お兄ちゃんは軍のお仕事が忙しくて中々帰ってこなくて……でも!今日帰って来るんですよね!羅威さん!」
返事が出来ない、羅威には少女の笑顔が眩しすぎた。
丁度玲と同じ位いの少女を見て、玲の姿が薄らと重なっていく。
「羅威さんはお兄ちゃんのお友達なんですよね。いつお兄ちゃんは帰って来るんですか?あ、香澄さんは元気にしてますか?」
まるで土産話でも聞かしてほしいかのように少女は羅威に笑顔で質問していく。
こんな状況で伝えられるはずがない、こんなにも嬉しそうな少女の前で……。
脳裏に走るクロノの姿、何故クロノは自分を助けたのかふと疑問に思った。
クロノの帰りをこんなにも楽しみに待っている妹がいるというのに、何故自らを犠牲にして死んだ。
どうして、なぜ……?
そんな羅威の只ならぬ表情を見てか、次第に少女の表情から笑みが消えていく。
「あの、羅威さん?」
胸が張り裂けそうなる、今にでもその場から逃げ出したい。でも、言うしかない、伝えるしかない、自分がクロノを死なせたのだから。
「クロノは……死んだ……っ……」
押し殺したような声で羅威が呟いたその言葉。少女にとって余りにも酷過ぎる言葉だった。
少女が手に持っていたアップルパイが床へと落ちる、そして時が止まったかのように、互いに声も出さず止まっていた。
羅威は少女の顔を見る事が出来なかった、視線を下に向け、じっと言葉を待つ。
「ほんと、ですか……?」
ゆっくりと頷く羅威を見て、少女は肩の力を落とし俯いた。
絶望が押し寄せる、突然兄の死を告げられた妹の心は、暗くて大きな穴が幾つも空いていく。
「すまない……クロノは、俺を助ける為に……自らを犠牲にして……。すまない、本当に、すまない!」
少女より先に羅威の目から涙が零れ落ちる、羅威はその場に跪き、頭を下げ続けた。
こんな事で許してもらえるはずがない、そんな事わかっている。
それでも今の羅威は床に膝を着き、少女に謝り続ける事しか出来なかった。
「頭を上げてください、羅威さん」
少女は椅子から立ち上がると、跪く羅威の側に向かいそっと肩に手を置く。
「お兄ちゃんは幸せ者です、こんなにも真剣に想ってくれる人が側にいるんだもん」
少女は泣いていなかった、少女は優しく羅威の手を握ると、ゆっくりと引き上げる。
それに合わせて羅威も立ち上がると、少女は座席の引いて羅威を座らせた。
そして少女も自分の椅子に座ると、美味しそうにアップルパイを食べるシロの頭を優しく撫でた。
「君は、俺を憎んでないのか……?」
「どうして憎むんですか?」
シロの頭を撫でながら少女はそう答える、憎まれて当然の事をしてしまった羅威には少女の言葉の意味がわからない。
「俺のせいでクロノが死んだ、憎まれて、恨まれて……当然だ」
羅威は思っていた、穿真も香澄も雪音も、皆自分を憎んでいる、恨んでいると。
当然だ、自分の過ちで死なせてしまったのだから。
「羅威さん、お兄ちゃんにそっくりですね」
「えっ?」
「人一倍責任感が強くて、一人で抱え込んで。いつも悩んでる」
自分の事を指摘されているかのような言葉に羅威は驚いていた、だが少女は兄のクロノについて話しており。それ程二人の性格が似ているというのを物語っていた。
「お兄ちゃんは幸せ者です、大事な人を助ける事が出来たんだから。羅威さん、羅威さんはどうして軍人になられたんですか?」
「守りたかった、罪の無い人々を、仲間を……だから俺は軍に入った」
「やっぱり!お兄ちゃんも全く同じ事を言ってましたよ!」
いつの間にか少女の顔は笑顔に変わっていた、だが羅威には作り笑顔にしか見えない、無理しているようにしか、見えなかった。
「羅威さん、これからも頑張ってください。お兄ちゃんの分まで沢山の人達を助けてくださいね!お兄ちゃんもきっとそれを望んでいます!」
クロノの分まで敵を殺す。そんな馬鹿げた事を言ってしまった事を思い出した羅威は、少女の言葉を聞いて自分に腹立たしくなる。
アリスの言葉を脳裏を過ぎる、自分にはまだ遣るべき事が残っている。
香澄の言葉も脳裏を過ぎる、クロノの死を無駄にするなと。
そして目の前にいる少女は、兄を死なせてしまった男を応援してくれている。
「そうだ……俺には責任がある。その責任を果たすまで、俺は軍を辞めない。いや、辞めてはいけない!」
段々と手に力が入り拳を握り締めていく羅威、すると胸ポケットに入っている携帯電話から突然音が鳴り始め、急いで電話を取る。
「メール?そうか、式の時間か───」
画面を見た後羅威は携帯電話を仕舞い、椅子から立ち上がる。
それを見ていた少女も立ち上がると、時計の方に顔を向けた。
「すまない、そろそろ俺は行かなくてはな……」
「はい、わかりました。玄関までお送りしますね」
元気良く少女は羅威より先に玄関へと向かうと、それを見ていた犬も少女の後についていく。
羅威も玄関に向かうと靴を履いて玄関から出て行こうとした時、ふと後ろに振り向いた。
「いつでも入らしてくださいね、その時は美味しいパイをご馳走しますから」
そう言って少女は笑顔で手を振っている、羅威も左手で小さく手を振りながら右手で扉を押して玄関を出た。
そして扉は完全に閉まった、だが羅威は歩き出そうとはせず、玄関を出た後すぐに扉にもたれかかっていた。
まるで何かを待つかのように、悲しげな表情を浮かべながら、じっと。
「う、うぅ……おにい、ちゃん……」
扉越しから聞こえてくる少女の泣き声、咄嗟に羅威は胸に手を当てる。
少女はずっと我慢していた、兄の死を伝えられた時から、羅威が玄関を出るまで。
兄の死を伝えに来た羅威を見て、少女は辛さ悲しさを見せる訳にはいかなかった。
もし人前で泣いてしまえば、そこにいる羅威に更に悲しさと辛さを味合わせる事になるからだ。
我慢の限界が来ていた、自然に、止め処なく溢れる涙。
少女の隣に座っていた犬もか細い声で鳴き始めると、優しく少女の側に寄り添う。
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんがぁ!うっ、ぅぅあぁああ────ッ!」
大声で咽び泣く少女は寄り添う犬を抱きしめると、先ほどまで見せていた笑顔とはかけ離れた暗く悲しい表情を浮かべていた。
声を聞いただけでそれがわかる、羅威の胸に突き刺さる少女の泣き声。
その声を聞いて羅威は自分の胸に爪を立て、胸元を鷲づかんでいく。
まるで少女の思いを胸に刻み込むかのように。
───時間が来た、BN本部前に整列するBNの兵士達、身なりを整えている者もいれば、血で汚れたまま並んでいる兵士もいた。
本部にいる全ての兵士を集められているこの場で、兵士達が並ぶ前方にはBNの指揮官達と、最高司令官風霧紳が立っている。
紳は徐に数歩前に出ると、大勢の兵士達の前で口を開いた。
「これまでで、我々は多くの人々を失った。家族、兄弟、恋人、友人、仲間……それでもBNは人類の為に戦い続けてきていた。
しかし、我々は余りにも失いすぎた。それは余りにも身勝手なNFの行為によってだ。
今は人類同士が戦う余裕等無い、だが奴等は兵器を持ちERRORではなく罪も無い人々を殺している!
……ERRORとの決着の前に、我々は終わらさなければならない事がある」
その場にいた全ての兵士が紳を見つめていた、皆同じ思いを胸に刻み、決意している。
BN兵士達は誰一人俯いていない、力ある目でじっと紳の言葉を待っていた。
「今ここで、BNの全戦力を持って……NFに宣戦布告する」
遂に動かなくてはならない時が来てしまった、紳の言い放った言葉に、整列しているBNの兵士達が一斉に敬礼し始めた。
紳の意思、そして兵士達は意思は伝わった。
後ろに振り返りその場から立ち去る紳、一人本部の入り口へと入っていく。
するとその後ろからは唯がついてくると、紳と横に並ぶ。
「お兄様、本当にNFとの全面戦争を行なうつもりですか?ERRORの数は日々増え続け、力を強大しているのですよ。今ここでBNが戦力を使えば───」
「唯、その言葉を今あの場にいる兵士達に言えるか?」
「それは……」
「俺はERRORとの戦いをまだ諦めた訳ではない。NFと短期決戦を行い、人類との戦争に終止符を打つ。目標はただ一つ、NF本部だけだ」
これ以上人類同士の戦争を伸ばす訳にはいかなかった、人類と敵対する生物ERRORとの戦いがまだ残っている。
本来人類が力を合わせ立ち向かわなければならないはずだというのに、それがまるで出来ていない。
紳はそう告げると足早に自室へと戻る、その部屋の前で唯は心配そうな表情を浮かべていた。
するとそんな唯の肩に手を置く一人の男がいた。
「ダンさん?」
珍しく煙草を銜えていないダンは唯の肩に手を置きながら紳のいる部屋の扉に目を向けた。
「心配なんだろ、紳の事が。大丈夫、あいつは俺が守る。それが俺の仕事だしな」
「ありがとうございます……ダンさんがそう言ってくれると安心します。でも、これだけは約束してくださ───」
フィリオの言葉を遮るように口の前に手を出すダン、そして人差し指を立てると小さく横に振った。
「さて、俺は煙草を切らしてたから買いに行く途中だったんだ。それじゃ」
そう言ってダンは唯を横切り通路を歩いていく。
その後ろ姿を見送った後、唯は紳の入っていった部屋の扉を開け、中に入っていった。
───一方、NFで行なわれていた会議は終わりを迎え指揮官や部隊の隊長達が次々に会議室から出ていた。
その中にいた騎佐久も会議室から出るてくると、それを待っていたかのように赤城が横に並ぶと周りに聞こえないよう小さく囁いた。
「お前の失態、減給所では済まなかったな」
「そうだな、BN本部での件を全て俺の責任にされるとはね……っま、それが軍か」
赤城の答えに小声で答える騎佐久。二人は指揮官達が乗るエレベーターには乗らず、二人で階段を下りていく。
無言のまま階段を下りる二人、そして騎佐久の部屋のある階に辿り着くと、二人は一緒に部屋へと入っていく。
「まさか本当に部屋に来るなんてね、今コーヒーでも出すよ」
部屋に入った途端に騎佐久は厚い軍服を脱ぐと、それをソファの上に放り投げる。
すると赤城は投げられた軍服を拾い上げると、それを壁に掛けられていたハンガーに掛けなおす。
ソファに座り騎佐久が来るのを待っていた赤城、ふと部屋を見渡すと一枚の写真ケースが机の上に飾られていた。
寄り添いながら仲良く四人で笑っている写真、その写真を取ろうと手を伸ばそうとしたがその手を止めるようにコーヒーが置かれた。
騎佐久は赤城と正面に座ると、机に上に置かれていた写真を手に取り赤城に手渡した。
「懐かしいだろ?あの頃の写真はそれ一枚しか俺はもってなくてね、いつもここに置いてるんだよ」
そう言いながら騎佐久はカップを手に取りコーヒーを口にするが、赤城は出されたコーヒーには目もくれず、ただ渡された写真を懐かしそうに眺めていた。
「騎佐久、これから世界は、どうなるのだろうか……?」
「BNの宣戦布告と新種のERROR。どちらも神が起動すれば終わるさ」
「本当に、本当に終わるのか?神は嘗て人類の敵だったはず……」
「それでも俺達は神に縋るしかない。ERRORの侵食を防ぐ為にもな。まぁ、その侵食を防ぐ大事な機体を神楽は持ち去ったわけだが」
二人の脳裏に神楽の姿が過ぎる、会議でもこの話は出てきていた。
NFの最先端技術を搭載した最高傑作機『羽衣』、その羽衣の技術設計担当者であった神楽は東部軍事基地の地下に隠されていた羽衣を独断で起動。その後東部市街地にバリオン砲を発射し、現在消息不明とされている。
「赤城、神楽の行方は知らないのか?」
「それは私の台詞だ、お前こそ何か神楽から聞いているのではないのか?」
「神楽が俺に何か話すと思うかい?」
赤城は思わないと思ったのだろう、手に持っていた写真を机の上に置くとソファから立ち上がる。
「その写真を持っているという事は、あの時の約束も憶えているみたいだしな……これ以上無茶な事はするなよ」
「わかった、肝に銘じておくよ」
軽く笑いながらコーヒーを飲む騎佐久、そんな暢気な表情を見て赤城も少し笑みを見せた。
「……邪魔をしたな、それでは」
「ああ、またね。赤城」
互いに軽く手を振った後、赤城は騎佐久の部屋を後にする。
赤城が部屋をでた後でも一人自分の部屋でコーヒーを味わう騎佐久、気付けばカップに注がれているコーヒーを飲み終えていた。
すると赤城が一口も口にしなかったカップに気付いた騎佐久は、それを手に取るとゆっくりと机の上に垂らしだした。
黒い液体、コーヒーが机の上に広がっていく、それでも騎佐久はカップに入っているコーヒーを垂らし続ける。
やがて黒い液体は机に上に置いていた写真ケースにまで及ぶと、中に入っている写真にゆっくりと染み込んでいく。
「人も世界も汚れていく、俺も武蔵も、神楽も……だけど赤城、君だけは……」
素朴な表情で写真を見つめる騎佐久、写真はコーヒーで滲み黒く染まっていくが、赤城の映っている部分だけは決して黒く染まる事はなかった。