第72話 思惑、縺れ
───突然現れた謎の機体、基地周辺にいるNFとBNの兵士がそれに気づくと一時両方の攻撃が止まった。
BNの兵士すら見た事の無い機体に、困惑した表情を隠せないが、NFにとってはどっちにしろ敵に変わり無い。
地上にいたギフツが銃口をその機体に向け、一斉に引き金を引くが、撃たれた機体には一発の弾も命中しない。全ての弾丸が機体から逸れていく。
不思議に思いギフツがもう一度攻撃を仕掛けようとした時、ふと異変に気付いた。
紫色に光る花びらが機体の周りに浮遊している、するとレーダーが乱れ、次々にその場にいた機体が通信不能となる。
攻撃をしようとしても、照準がターゲットをロックオンする事すら出来なくなっていた。
その場を離れようと兵士が操縦桿を動かすが機体は動こうとしない、それ所が操縦席の灯りが全て消えると、機体はゆっくりと機能停止になる。
1機だけではない、紫色の機体の周りにいる機体は次々に機能停止を起こし、動かなくなっていた。
NFもBNも関係無い、基地の中心からその範囲は広まり機体の動きを止めていた。
するとエリルの機体に通信が繋がれ、モニターに紳の姿が映し出される。
「お前はたしか無花果のパイロット、何故そんなものに……」
「すみません、事情は後で説明させてください、今は上空にあるあの戦艦を止めに行きます!」
「出来るのか?お前のその機体で、奴を止める事が」
「ラースがプレゼントしてくれたこの『紫陽花』なら……出来ますッ!」
「……わかった、やってみせろ」
「はい!」
元気良く返事をした後、白義との通信が切れる。
『─SRC発動─』
エリルは小さく深呼吸をした後に空を見上げると、そこには太陽の光を遮るように巨大な空中戦艦が浮かんでいた。
───紫色に光る翼を自在に羽ばたかせ接近してくる1機の機体、その機体を目視した艦の司令室にいるNFの兵士達は困惑していた。
地上に降りた機体は全て機能停止を起こし、艦の出力が安定しない。
更にはレーダーまでもが機能停止に陥り、通信まで遮断されている。
「何をしている!早く撃ち落とせ!」
中央の席から指揮を執る艦長の声に、兵士達は焦りながら機械を動かしていく。
「艦長!ミサイルが全て軌道から反れていきます!どのミサイルも追尾しません!」
一人の兵士に続き、もう一人の兵士が口を開く。
「あの機体からは強力な電磁波が放出されており、ミサイルの電波が掻き消されています!」
「何だと?それなら手動に切り替え迎撃を行え!弾幕も張って近づかせるな。それと空軍の戦闘機も出撃だ、何としてもあの機体を落とせ!」
艦長の命令により数十機もの戦闘が一斉に飛び立つ、だが艦から出てすぐに機能停止を起こすと、呆気なく全ての機体が墜落していく。
戦場に花びらが舞う、既に戦艦の周りにも輝かしい花びらが空を舞っていた。
戦艦から銃口が次々に出てくると、近づいてくる紫陽花に向けて数百発の弾丸が一斉に飛んで行く。
すると紫陽花は花びらを散らしながらその雨の用に降り注ぐ弾丸を華麗に避けていく、まるで自分も一枚の花びらのように。
その紫陽花の美しさを見て兵士達は魅了されていた、もはや兵器には見えなかったのだ。
紫陽花は銃弾を避けながら上昇していくと、ついに空に浮かぶ戦艦と同じ位置にまで浮上した。
背中に付いてある二つの装置、二枚の巨大な光の翼を出しているが、その翼が向きを変え前方の艦に向けられた。
「目標を確認。エネルギー圧縮開始……」
二枚の翼は音を立てながら更に光輝くと、周囲に花びらを集らせていく。
「圧縮完了……HRB発射!」
エリルは引き金を引き、両翼に圧縮された力が解放される。
両翼から放たれた巨大な光の翼は、花びらを纏いながら巨大な戦艦を飲み込んでいく。
艦に積まれている機器が次々に爆発していき、機能停止を起こしいくと、動力源までもが爆破炎上を起こした。
各部から煙を上げ、出力が低下していく戦艦、それでも何とか浮き続けていた。
「駄目です艦長!出力が上がりません!このままでは墜落してしまいます!」
「馬鹿な……EDPで活躍したこのアルカンシェルが……っく、全機後退!一時戦闘地域から離脱する!」
艦長の命令により戦艦はゆっくりと後退し、本部から離れていく。
だが町に残されたギフツ、リバインは機能停止になっており、離脱する事すら出来ない。
隊長機などは何とか動けるものの、出力が安定せず、戦える状況では無かった。
「これは……とんだ化物が現れたな。まぁ紳、命拾いしてよかったな。だが次会う時はその命、無いと思え」
そう言い残すと騎佐久は機体を動かし紳の元から離れていく、同様に隊長機は次々に本部を後にした。
一輪の花により戦場は収まった。本部にいたNFの兵士達も諦めたのか大人しく武装解除をしていく。
───本部には要請で駆けつけた他のBNの部隊が集合し始めていく。
だがその時には既に戦闘も終了しており、援軍を知ったNFは自軍の基地へと戻っていた。
BNの本部では慌しく兵士達が走り、怪我人の手当てから火災の消火などを行なっている。
町に転がる死体を集め、町に生存者がいないか探していく兵士達、その有様は酷いものだった。
その頃、基地へ辿り着いた穿真達は紳達の指示の元ある一室へと向かっていた。
扉を開けて部屋に入ると、そこには背を向けて一人の女性が椅子に座っている。
見覚えのある背中に、綺麗な紫色の髪の毛。扉を開けた音に気付いた女性は後ろを向くと、穿真の姿を見て驚いた表情をしている。
「エリル!?」
そう言うと穿真はすぐさまエリルの元に駆けつける、それを見たエリルも椅子から立ち上がるが、近づいてきた穿真は勢い良くエリルを抱きしめる。
思わぬ行動にエリルは驚きを隠せない。そして穿真がエリルの両肩に手を置くと、安心した表情でエリルを見つめていた。
「良かった、本当に良かった……無事だったんだな、エリル」
「わ、わかったから。その、放してくれない?痛いんだけど……」
エリルがそう言うと穿真はようやく放してくれた。
「悪りぃ悪りぃ、つい嬉しくてな」
すると今度は穿真の後ろにいた雪音が前に出てくると、目に涙を浮かべた顔をしてエリルに抱きついてきた。
「雪ちゃん」
自分の胸で泣き続ける雪音に、エリルはそっと頭を撫でていく。それを見ていた穿真は一人椅子に座ると、小さな溜め息を吐いた。
その後、雪音も落ち着き座席につくと、エリルも同様に椅子に座った。
「穿真、羅威達はどうしたの?まだ来てないみたいだけど、まさか───」
「羅威と香澄はまだ来てないだけだ」
穿真の言った言葉の意味に、エリルは不安の色が隠せない。
「……クロノは?」
「死んだ」
即答だった、余りにも淡々とした言い方に、エリルの疑問は募る。
「そんなっ!?どうして……?」
「羅威を助ける為に死んだ、それだけだ」
先程とはうってかわって暗い表情を見せる穿真に、エリルはそれ以上聞く事が出来なかった。
自分の知らない間に、一体何が起こったのか。穿真の雪音の表情を見ただけではわからない。
「二人とも、遅いですね」
雪音の言葉の通り、まだ羅威と香澄は本部に来てはいない。
すると、扉が開く音の聞こえ、部屋にいた三人が一斉に扉の方に顔を向ける。
だがそこにいたのは羅威と香澄では無く、紳とダンの二人だった。
その姿を見た瞬間三人は椅子から立ち上がり敬礼をすると、紳は無言で部屋の中に入っていく。
そして一番奥の席に座ると、ダンはその後ろで壁にもたれ掛かりながら煙草を吸い始めた。
「まだ来てない奴がいるみたいだな、どうする」
そう言ってダンは煙草を銜えながら扉を見つめるが、一向に二人が来る気配が無い。
「どうもしない、話ならここにいる三人から聞けばいい」
紳がエリル達に目を向ける、鋭い眼差しで見つめられた三人は緊張して体が強張っていた。
「エリル、あの機体について、お前は何か知っているのか?」
「いえ、ラースが死ぬ間際に私に渡してくれただけで。何も……」
搭乗者のエリルですら知らない謎の機体、動力源が何か、何の機能、装置が付いているのかも未だに不明。
エリル以外の人間がその機体に触ろうとすれば、機体が自動的に動き攻撃態勢に入るのだ。
今は格納庫で隔離されており、兵士達が機体の周りに近づけないようにされている。
「ちょっと待て!死ぬ間際って、ラースが死んだって言うのかよ!?」
いきなり大声を出して椅子から立ち上がる穿真、無理も無い、突然仲間が死んだ事を告げられたのだから。
「うん、ラースは私を庇って死んだの……」
「おいおい、嘘、だろ……?」
急に全身から力が抜けたのか、穿真は落ちるように椅子に座った。
「ダン、その場にお前はいたと言っていたな。どういう状況だった」
紳の言葉にエリルは動揺した、ダンは知っている、ラースが裏切り者であると。
「NFの兵士が格納庫にいてな、全て殺したが。突然別の扉が開いてな、出来てたNFの兵士が格納庫にいたそこのお嬢さんに発砲した訳だ、そしたら一人の学者が女を庇った……後はわかるな」
吸い終えた煙草を携帯灰皿に入れると、また新しい煙草を取り出すダン。
その話を聞いたエリルは動揺しながらも心の中で礼を述べると、話を聞き終えた紳がまたエリルの方に目を向けた。
「エリル、お前は行方不明になっていたはず。何故あの場所にいた」
「そ、それは───」
それからエリルは語りだした、自分がNFに助けてもらっていた事を。
「信じられないかもしれませんが、本当の事です。それで私はここに戻ってきました、それから町が攻撃されて……」
「わかった、もういい」
「私の話し、信じていただけたのですか?」
エリルの問いに紳は返事をせず、無視するかのように別の話しへと移る。
「穿真、お前の向かった東部で一体何が起こった」
「俺より羅威に聞いた方が良いと思いますぜ?」
「俺はお前に聞いている」
その紳の威圧的な眼差しに穿真も真剣な面持ちになると、東部で起きた事件を少しずつ話しだした。
───その頃、呼ばれたにも関わらず本部に向かわなかった羅威は一人艦の自室で寝ていた。
すると部屋の扉が開き、一人の女性が部屋の中へと入ってくる。
灯りの点いていない部屋、女性は扉のすぐ横にあるスイッチを押すと部屋の明かりを点けた。
「リハビリの時間だよ、どうしたの?具合でも悪いの?」
部屋に入ってきたのはアリスだった、部屋のベッドの上では制服で横たわりアリスに背を向けて寝ている羅威がいる。
体調が心配になり羅威に近づこうとした時、寝ていた羅威が起き上がると、ゆっくりとアリスの方を向いた。
「何しに来た……」
羅威の突き刺さるような重い口調に、アリスは心配そうに羅威に近づいていく。
「今日のリハビリ、してないよね。だから───」
「もう、その必要は無い」
そう言って羅威は俯いた、アリスは足を止めるとゆっくりとその訳を聞く。
「どうして?」
「軍、辞めるから」
あっさり出てきた言葉、アリスは信じられなかった。
あれ程軍の為に尽くしてきた羅威がいきなり軍を辞めると言い出すなんて。
「羅威、本気なの?う、嘘よね。軍を辞めるなんて」
「出て行ってくれ……」
「あれだけ頑張ってきたじゃない!なんで軍を辞めるの、仲間を救えなかったから?守りたい人を、守れなかったから!?」
アリスも知っていた、分かっていた。羅威達が仲間を死なせてしまい、助けようとした人も助けられなかった事を。
辛いし、悲しい。そんな事アリスだってわかっている、それでも羅威には立ち直って欲しかった。
アリスの言葉に羅威は立ち上がると、まっすぐアリスの元に向かう。
そして右手を振り上げると、それをアリスの顔目掛けて振り下ろした。
羅威の目、そして振り上げらた手に恐怖で目を瞑ってしまうアリス、だが顔を叩かれる事は無かった。
ゆっくりと目を開けると、羅威は自分の眼の前で跪き嘆いていた。
「ああ、そうだよ。結局俺は何も出来ず、誰も助けられなかった。彩野も、セーシュも、クロノも。そして、たった一人の妹でさえ俺は……俺はッ!」
「羅威……」
羅威の気持ちもわかる、幾度と無く頑張ってきた羅威に最後に待ち受けるものはいつも仲間の死。
更には仲間を殺した敵が自分の親友だという事も知り、今の羅威の心の中はズタズタに引き裂かれていた。
「助ける為に戦ってきたのに、俺の力じゃ誰も助けられない。俺にはもう無理だ」
「無理じゃないよ!たしかに辛い事も沢山あった、悲しい事だって……それでも死んでいった人達の為に、羅威にはやる事がまだ残ってるよ!」
「そう思い続けてきた結果がこれだ。……さよなら、アリス」
羅威は立ち上がると、アリスの両肩に手を置きそっと押していく。
小さな力にアリスは後ろに下がっていくと、そのまま部屋の扉が開きアリスを部屋から出そうとする。
しかし、アリスは部屋から出る前に後ろから背中を押され、その場に踏みとどまる。
ゆっくりと後ろにアリスが振り向くと、そこには羅威を睨みつける香澄がアリスの背中を支えていた。
「あんた、本当に軍を辞めるの?」
「人の部屋の前で盗み聞きか、良い趣味とは言えないな」
香澄の問いに羅威は鼻で笑いそう告げ部屋からアリスを出そうとした時、香澄がアリスの背中を勢い良く押し、羅威ごと部屋の中に突き飛ばす。
そして香澄は堂々と部屋の中に入ると、扉を閉め、倒れている羅威の襟を掴み無理やり立たせる。
「軍を辞めるな、クロノの死を、無駄にするなッ!」
一方的に怒りをぶつける香澄、そんな彼女を見て今まで溜めていた羅威の怒りが、少しずつ込み上げて来る。
「じゃあ俺に何しろって言うんだ、このまま軍に残ってクロノの分まで敵を殺し続ければいいのか!?」
どうしようもない怒りを香澄にぶつける羅威、すると香澄はその言葉を聞いた途端、目に涙を浮かべ右腕を大きく振り上げた。
「ふざけんじゃ……ないわよッ!」
その勢い良く振り落とされた拳は羅威の顔面を殴り飛ばす、殴られた羅威はよろめきながら後ろに数歩下がるが、しっかりと前を見つめ続けていた。
香澄の怒りは収まらない、涙を流しながら羅威に飛びかかると、そのまま体を倒し馬乗りになる。
羅威は何も抵抗せず、香澄は無防備な羅威の顔を何度も何度も殴り始める。
突然の出来事に最初アリスは何も出来なかったが、殴られ続ける羅威を見てようやく香澄を止めに掛かる。
後ろから香澄の腕を掴むと強引に羅威から遠ざけていくアリス、完全に羅威から離されるとようやく香澄も殴るのを止めた。
息が荒く、怒りの余り未だに羅威を睨み続ける香澄。今腕を放せばまた殴りにかかるような勢いだ。
「香澄さん落ち着いて!羅威の言った事は私も謝るから!許してあげて!」
「許さなくて、いい……」
倒れた体をゆっくりと起こし、口元の血を拭き取りながら羅威はそう答えた。
「俺が罪を犯したのは事実、全て俺の責任だ……すまなかった」
羅威はそう告げると、一人部屋の出口にまで歩いていく。
そして出口まであと数歩の所で、横に立っていた香澄が羅威の肩を掴んだ。
「待って、羅威……最後に───」
その時、既に香澄から怒りは消えていた。
涙を流しながら訴えかけるような瞳で羅威を見つめ続ける、その目を見て羅威も足を止める。
香澄はポケットから一枚の紙を取り出すと、それを羅威に手渡した。
渡された紙を見てみると、そこには一軒の住所が書かれている。
「そこに行って……それでもう、いいから……」
そう言うと泣き崩れる香澄をアリスは咄嗟に抱きしめる、今まで見せた事無い弱々しい香澄の姿を見た羅威は視線を扉に戻すと、その用紙を握り締めたまま自分の部屋を後にした。