第71話 真実、開花
明けましておめでとうございます、皆さんが今年も健康で良い1年を過ごせるよう願っています。
今年もDeltaをよろしくお願いします。
───数年前、BN本部のとある町で青年は暮らしていた。
と言っても、本部に派遣されてきてまだ1週間もたっておらず、基地内で知っている場所と言えば研究所の位置だけだった。
その研究所ではいつも機械の前で複雑なプログラムを組み、またある時は鉱石や化学品の研究、そして機体のデータ解析など、幅広い分野で青年は活躍していた。
───研究所の扉の前に一人の女性が立っていると、扉が開き中から一人の青年が現れる。
女性は驚いた様子で青年を見ていたが、手に持っている書類を青年の前に出した。
「これ、ラース博士に渡しておいてほしいの。頼めるかしら」
青年は出された書類を手に取ると、そそくさと研究所内に戻り、一言呟いた。
「僕がラースです」
それと同時に研究所の扉が自動的に閉まり、鍵が掛かる。
「はぁ、今日で3人目。つくづく嫌になる」
そう言葉を漏らしながら椅子に座り、青年は手渡された書類に目を通していく。
機体の設計図と、その動力源となる鉱石についてだった。
その書類に一通り目を通した後、手に持っていた書類を机の上に投げると、掛けている眼鏡を机に置き、椅子から立ち上がるとすぐ横に置いてあるベッドの上に倒れこんだ。
「疲れた……」
一言呟いた後、目を瞑るとそのままベッドの上で眠りにつく青年、それから何時間たっただろうか、ベッドのすぐ横の台に置かれているデジタル式の時計がアラームを鳴らし始めた。
すると青年は目を擦りながら時計に触りアラームを止めると、すぐさま立ち上がりポケットから目薬を取り出し上を向いて自分の眼に数滴垂らしていく。
それで何か活力でも戻ったのだろうか、また机の前に座ると眼鏡を掛け、目を通したはずの書類をもう一度読み直す。
そしてまた机の上に投げると、椅子から立ち上がり部屋を出て行ってしまう。
見るかに不機嫌そうに基地の通路を歩いていく青年、そしてある部屋の前に辿り着くと、カードキーを差込み部屋の扉を開け、中に入っていく。
10分後、そこには私服に着替え終わった青年がいた。そして一目散に基地の出口まで行くと、外に出ようとする。
しかし、そこで青年の足が止まった。外を見れば雨雲が広がり、雨を降らしていたのだ。
それを見た青年は面倒そうな顔をしたものの、
既に私服に着替えていた為にもう一度部屋に戻ると黒い傘を取り出し、基地を後にする。
軽い仮眠をとったにも関わらず、青年の疲れはとれず、たまには外に出て息抜きをしようとしたらこの有様。仕方が無いので一人雨の街中を歩くしかなかった。
だがそれも青年にとってただの疲れとしかならなかった、興味を引かれる物も無ければ、どこかの店に入ろうともせず、ひたすら時間を無駄にするように歩き続ける。
そして気付いてみれば、町から少し離れた場所に青年は来ていた。
自分は何をしているのだろう、時間を無駄にした。
そう残念そうに思いながら自分のいた基地に戻ろうとした時、ふと一見の店が見える。
屋根で雨に当る事無く綺麗な色をした花々が飾られている店、
青年はその花々に引かれるようにその店に行くと、店の前でぴたりと足を止めた。
「こんにちは、お花を買いに来たのですか?」
突然の女性の声に驚いたものの、手に持っている傘を上げていくと、そこには紫色の長髪を靡かせる可愛らしい少女が立っていた。
「いや、少し見ていただけさ……」
青年は少女の顔を見た途端そう言ってまた並べられている花に視線を落とす。
「そうですか、もし何か欲しいお花があればいつでも呼んで下さいね」
少女の声にまたも青年が上を向くと、少女は笑顔を見せた後、後ろに振り向き店の奥に向かおうとする。
紫色の長髪が華麗に靡くのを見て、何故か青年の口が開いた。
「ん……ああ、それじゃあ……その花を一つ」
青年は指差した花を見てはいなかった、目の前の少女の後ろ姿をただじっと眺めていた。
だが少女が青年の声を聞き後ろに振り向こうとした時、青年はすぐさま視線を下ろす。
「はい、この花ですね」
青年はお金を払い、花を受け取ると、何事も無かったかのように基地へと戻り服を着替えた後研究所に戻る。
そして自分の部屋から持ってきた花瓶を机の上に置くと、さっき買ってきたばかりの花をすぐに飾りだした。とは言っても、たった花一本を花瓶に挿しただけだが。それでも青年は満足したように頷くと、また椅子に座り研究と仕事を続けだした。
───それから数日後、青年はまた息抜きにと基地の外に出るが、またも雨だった。
だが今日の青年は違う、しっかり傘も用意し出かける気があった。
そして傘を差し町に出ると、真っ直ぐにあの花屋へと向かう。
店についた青年は傘でやや顔を隠し、また花屋の前で花を見ていると、店の奥からあの少女の声が聞こえてきた。
「こんにちは、あっ。この前お花を買いに来てくださった方ですね。今日はどんなお花をお求めですか?」
「っあ、え……な、なんでわかったんだい?」
傘で顔を隠しているはずの青年、驚いた様子で傘を上げると少女は笑顔で青年の顔を確かめた。
「やっぱり。私一度お店に来てくれた人は必ず憶えてるんです」
そう言って少女は店に飾られている一つの花を手に取ると、それを青年に見せた。
「これですよね、前に買ってくださったお花。今日もこのお花にしますか?」
「は、はい。それで、お願いします」
少女の笑顔に何故か敬語になる青年、恥かしいのか傘で顔を隠しながら洋服の内ポケットに入っている財布を取ろうとする。
だが、そこにあるはずの財布が無い。もう片方のポケットに手を入れてみるが、そこにもやはり無い。
見る見る顔が青ざめていく青年、この状況で財布が無い等と言えるはずが無かった。
既に女性は花を切り、たった一本の花を綺麗に仕上げ包装し始めていた。
まだ花を受け取っていない、逃げるなら今の内……そう思い一歩後ずさりしたが、少女は作業が終わると満面の笑みで青年に花を渡しに来る。
受け取れない……受け取ればお金を払わなければならない、だがそのお金が無い、というか財布が無い。
「あ、あの。実は、その、すいません。財布を忘れて……」
言ってしまった、少女はきょとんとした表情で青年を見ている。
今すぐこの場から逃げ出したい、言う事は言ったし、青年は急いで店から出ようとした時、少女は手持っていた花を青年に手渡そうとした。
「それじゃあ、これ、私からのプレゼントです」
「えっ?」
青年が驚いた様子で固まっていると、少女はその固まったラースの手を握り、包装した花を握らせる。
「いや、でも───」
困った様子の青年だったが、少女は笑顔のままでいた。
「ですからお金はいりません、またお花を見に来てくれれば十分です」
その少女の笑顔に圧倒され……るのは変だが、結局青年はお金を払わずに花を貰ってきてしまった。
「プレゼント、か」
自分の研究室に戻り、机の上には一つの花瓶に同じ花が二つ、だが青年はそれを見ても頷けなかった。
───後日、青年はまたあの花屋へと向かった、勿論財布を所持して。
今日は昨日と違って晴天が広がり、眩しい太陽の光が町全体を照らしている。
雨の日と違って風が心地よく、息抜きに最適な環境だ。
そして町から少し離れた花屋に到着すると、青年は店前に並べられている花々を見て回ろうとした。
だがその時、ふと何かが目に映る。よく見てみると、あの少女が店の奥で倒れていたのだ。
青年はその光景を見た途端、少女に近づき体を起こしにかかる。意識が有るか確認する為呼びかけて見るものの、息が荒く、目を瞑ったまま返事を返さない。
青年は少女の体を抱き上げると、店の奥に向かい扉を開けた。
そこにはリビングが広がっており、ソファが置いてあったのですぐさまそのソファに少女を寝かせる。
その後自分の内ポケットから携帯電話を取り出し救急車を呼ぼうとした時、ソファの上で寝ていた少女の手が青年の服を掴んだ。
青年が少女の方を見ると、微かに目を開き苦しい表情をしている。
「今君は極めて危険な状態だ、今すぐ救急車を呼ぶから君は安静に───」
「止めて、下さい……」
少女の口から出た言葉に、青年は最初何を言っているのかわからなかった。
「薬が、そこに……それをっ……」
苦しそうな声で少女がそう言うと、服を掴んでいた手を放し、机の方に向けて指を指した。
青年は急いで机に向かい引き出しを開けるが、そこに広がっていた光景に驚いた。
引き出しには幾つもの薬の錠剤が散らばっており、その量は引き出しの底が見えない程だ。
「白と赤……の……」
少女の言葉に白色と赤色のカプセルがセットになっているものを手に取り、台所へ向かうとコップに水を入れそれを少女の所に持っていく。
青年が持ってきた薬を少女に見せると、少女は小さく頷いた。
そして二つの錠剤を少女の口に入れると、水の入ったコップをゆっくりと少女の唇に当てた。
少しだが喉が動いている、そして薬を飲み終えた女性はまた目を瞑るとゆっくりと眠りについた。
荒れていた呼吸も大人しくなり、小さな寝息を立てながら眠りに付く少女。
青年は少女の動かさずその場に寝かせる事にした、そして後ろに振り返ると、あの薬が散らばっていた机へと向かい、引き出しを開けた。
───それから何時間たっただろう、ソファで寝ている少女がゆっくりと目を開けた。
目だけを動かし部屋の周りを見渡してみるが、そこに人影は見当たらない。
「良かった、気が付いたみたいだね」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえてくる、声の方に頭を傾けると、そこには安心した表情を浮かべた青年が立っていた。
それを見た少女も安心した表情を浮かべると、ゆっくり体を起こしソファから立ち上がると、青年に頭を下げた。
「ありがとうございます、危ない所を助けてもらって……」
「いや、当然の事をしただけさ。それにしても驚いたよ、何故君はあのような場所で倒れていたんだい?」
青年のさりげない質問に少女の表情が暗くなると、小さく口を開いた。
「その、私……体が弱くて」
「弱いだけじゃないよね?」
「えっ───?」
「僕で良ければ話してほしい、君の力になりたい」
嘘ではない、本心で青年はそう言った。その真剣な眼つきに少女は視線を落とし小さな声で呟いた。
「無理……なんです、太陽が」
「そう、光線過敏症なんだね」
青年がそう言うと少女は首を横に振る。
「いえ、それとは違うんです……」
「ん?日光が無理なんじゃないのかい?」
「私、太陽が怖いんです……」
思いもよらぬ答えに困惑する青年、その青年の表情を見て少女は両手で顔を覆った。
「変ですよね、おかしいですよね……私みたいな人」
涙を隠そうと手で覆っていた少女、だがその手を優しく握られると、その腕をゆっくりと下ろしていく。
そこには先ほどの青年が優しく微笑みかけてくれていた。
「大丈夫、僕が必ず君を助けてあげる。こう見えても僕は医者だからね」
そう言って青年は胸ポケットから自分の身分証明書を出すと、それを少女に手渡した。
「軍の方だったんですね、ありがとございます。ラースさん。自己紹介が遅れましたね、私はエリル・ミスレイアと言います」
「僕の名は呼び捨てでいいよ、エリルさん。それじゃ診察を始めるね」
それから青年は少女から詳しい症状と原因を聞いていく。
最初少女は辛そうな表情をしていたが、真剣に耳を傾けて話しを聞いてくれる青年を見て徐々に心を開いてた。
「なるほど、つまり太陽のような強烈な光を見たり、浴びたりすると気分が悪くなったり、発作を起こしたり、体が麻痺したり……色々な症状が起きるんだね」
「はい、何処の病院に行っても原因がわからなくて。薬も発作止めの薬や精神安定剤しかもらえなくて……」
「なるほど、両親はその事を知ってるの?」
「両親は……もういません、私一人で、この店を守ってるので……」
「そう、か……ごめん。あ、後は君の血を調べてみる必要があるんだけど、いいかな?」
少女は小さく頷き、それを見た青年は内ポケットから手の平サイズの四角い物体を取り出す。
その物体を少女の腕に当てると、またそれを内ポケットにしまった。
「終わったよ、今日帰って調べてみるね。後もし何かあったら僕に電話して、すぐ駆けつけるから」
今度は内ポケットからメモ帳とボールペンを取り出し、そこに自分の電話番号を書き始め、それを少女に手渡す。
「あの、ラース君はどうして私みたいな見ず知らずの人に、こんなに親切にしてくれるの?」
「前にお花をプレゼントしてくれたお礼だよ、それじゃ」
青年はそう言い残し部屋を出ると、店から出て行く。
血液のサンプルも手に入り、基地に戻った後早速血液検査をしてみる事にした。
恐らく体の方は軽い栄養失調だと思っていた青年は、その出てきた検査結果を見て愕然とした。
「彼女の抱く太陽と光の恐怖心は、もしかして……」
ラースはすぐさま椅子に座ると、PCに向かいキーボードを叩き高速で文字を打ち込み何かの情報を調べにかかる。
何十にも掛けられたプロテクトを外し、暗証番号をも解読していく青年、それを繰り返していく内に、ようやく自分の探し求めていたページに辿り着いた。
「やはり、NFで小型核兵器の実験を今から10年前極秘で行なわれていたか。極秘の理由は───っ!?」
新しく開発された核兵器の実験、それはNFやBNに属さない孤立している町への核兵器投下。
それは実際に人間のいる町に核兵器を落とす事でその威力と効果を調べる為の実験だった。
「何だこれは……冗談じゃない。本気でこんな実験をしていたというのか……!?」
だがこれで全てのつじつまが合う、彼女が白血病の理由も。
これは青年の推測だが、恐らく小さい頃彼女のいた町がこの実験の対象地区となり、核兵器が投下された。
奇跡的に一命を取り留めた少女だったが、その核兵器が爆発する瞬間見た彼女は高熱と眩しい光に恐怖心を植えつけられ、今でも苦しんでいる。
そして放射能により今彼女の体は……。
「落ち着け!今の医学では白血病なんて簡単に治せる……問題は彼女の心だ、例え体が治ったとしても、心が治らなければ意味が無い……」
少女の太陽への怖がり方は尋常では無い、晴れの日は部屋のカーテンを締め切り、いつも真っ暗な部屋に閉じ篭っていた。そして雨の日になると店を開け花屋を営んでいる。
「あんな生活を続けさす訳にはいかない、彼女が日の下で花を売れるようにしないと───」
しかしどうすればいい、説得して解決できる問題ではないし、かと言って薬を使えば明らかに彼女の体に負担を与えてしまう。
既に少女の体には限界が来ていた、長年に渡る過度な薬の服用、そして太陽の下にいられない精神。
それでも、少女は笑顔を振る舞い花を育てている。
そんな彼女の姿を見ていたラースに、迷いは無い。
───「注射一本で直るって、本当ですか?」
「ああ、大丈夫さ。軍が極秘で作っていた特効薬でね、効果は絶大だよ」
「でも、本当に良いんですか?私、お金とかそんなにもってないので……」
花屋のリビングにあるソファに座る少女はそう言って心配そうな表情を浮かべるが、青年は澄ました表情で紅茶を飲んでいた。
「大丈夫、その点は心配いらないよ。元々僕が調合と研究を繰り返して開発した薬だからね。
1週間後には届くと思うから、それまで町の病院に入院するのはどうだい?」
「いえ、お花の世話をしないといけないので……すみません、色々とお世話してくれてるのに私何もして上げられなくて……」
「うーん……あ、それなら、この前と同じ花を一本頂いても───」
青年が最後まで言葉を言い終わる前に少女が元気良くリビングから出ていくと、その花が飾られている場所に向かい同じ花を沢山抜き取ると素早く丁寧に包装紙で綺麗に包み、笑顔で青年の所へ戻ってきた。
「どうぞ!」
その明るい少女の笑顔を見て、青年の顔も次第に笑顔へと変わる。
花を受け取った青年はその後自分の研究所に戻ると、あの少女の笑顔を脳裏に浮かべ、自信に満ち溢れた表情で机に花を飾っていた。
───少女を治療する画期的な方法が一つ存在する、病気を治すだけでなく患者にある邪魔な記憶を取り除く方法が。
前に青年がNFで働いていた頃、ある女性と人体と精神に関する研究を続けていた。
その時開発された装置は世間には公表されず、今も試作段階とされひっそりと地下研究所に保管されてある。
だが彼女を連れてNFに行く訳にもいかなかった、そもそもその研究は極秘で行なわれており、現在BNにいる青年が行ける場所ですらない。
「それなら作ればいい」
そう、既に青年のいる研究所で開発が進められていた。
NFを去る前にこっそりとっておいたデータを、まさかこのような形で使うとは青年も思ってもいなかったが。
「よし、装置の準備は出来たし、必要な薬品も揃った。後はデータ入力だけか」
青年の手際は驚く程早く、たった数日でカプセルと似た形状をした2メートル程の大きい装置を完成させたのだ。
少女の方は未だ体調の方は良く無いが、青年の指示のもと安静にして暮らしている。
「注射一本で直る……これも彼女の為の嘘。これが完成すれば全て済む事じゃないか」
自分に言い聞かせるように青年は呟くと、残る作業を済ませようとデータ入力を行なおうとした時、全ての灯りが消え、一瞬にして部屋が暗闇と化す。
そして数秒経った後、非常用の電灯に灯りがついていく。
不審に思った青年は外に出ようと扉の前に立つが、開くはずの扉が開かない。
内ポケットからカードキーを取り出し、それを扉の横にある装置に入れるが、扉は鍵が掛かったまま一向に開こうとしない。
「全く、ここは本部だよね。整備不良や故障でこんな事態になってるんじゃあ……」
『非常事態発生!NFの艦隊が本部に接近中!全員戦闘準備に掛かれ!繰り返す───』
天井に付けられてあるスピーカーから聞こえてくる男の声、だが扉は未だ開かない。
「停電、それにこのタイミングでNFの襲撃。完全に本部が手薄だという事を知っている。全く、何をやっているんだBNは……!」
青年はぶつくさと文句を言いながら椅子に座ると、机の上に置かれてあるパソコンの電源ボタンを押した。
するとパソコンは何事も無かったかのように電源がつくと、いつもの画面が表示される。
「内部情報をハッキングされた?いや、それはないか。この本部のセキュリティシステムは僕が担当している、入られるはずが無い。例え侵入出来たとしても勝手にアクセスすれば僕のパソコンに……え?」
青年が画面に顔を近づけていく。青年の言う通り、たしかに一人の人間が無許可でアクセスしていた。
「僕……?」
信じられない様子で画面を見つめる青年、アクセスした日付を見ると、1週間前、NFの本部にハッキングした時の時間が表示されていた。
それを見て青年の顔色が悪くなっていく、信じられない光景を見つめているような顔だ。
「そんなっ、まさか。僕があの時NFと繋いだ時、NFからもBNの本部に繋いでいたというのか?しかも僕のパソコンを経由して……」
それで全てを理解してしまった、今までの現状を。
あの日、NFの本部にあるデータを盗む為に繋いだ時、それを利用してNFは逆にBN本部の情報を密かに盗み出していた。
そしてNFは知った、一週間後BN本部の戦力は分断され、一番力が弱まる事を。
言葉が出ない。その時既に部屋が大きく振動し始めていた、NFがBN本部に向けて集中砲火を仕掛けていたのだ。
人々は安全な場所に避難しよと逃げ惑うが、NF艦隊からの容赦無い集中砲火は、基地の近くにいる民間人や、民間施設までもを破壊していく。
NFにとってBNの人間の命など眼中に無い、基地からBNの部隊が出撃するが、NF艦隊から出撃するギフツ、そしてリバインの数はBN機の倍近く出撃している。
信じられず、放心状態の青年に、一本の電話が掛かってくる。
携帯電話に驚いた青年だったが、急いで内ポケットから電話を取り出すと、恐怖に震える少女の声が聞こえてきた。
「ラース君、助けて……すぐ近くで爆発が起きたの、周りから悲鳴も聞こえてきて、私、怖くて……」
そんな女性のか細い声とは裏腹に、青年は大声を出して少女に指示出した。
「エリルさん!急いで安全な場所に避難するんだッ!早く!!」
「無理だよ……外は晴れてて、出られ、ない……」
電話越しから聞こえてくる少女のむせび泣く声に、青年の頭の中は真っ白になる。
電話から聞こえてくる少女の助けを求める声に、青年は何もしてあげれない。
「怖いの……助けて……ラース君、私一人じゃ────」
少女が次の言葉を言おうとした時、建物が崩れ落ちるような轟音と共に少女の悲鳴が青年の耳に突き刺さった。
電話は切れた、だが少女の悲鳴が青年の脳裏に響き渡る。
恐怖に震え、自分を求めたのに対して青年は……何もしてあげる事が出来なかった。
「エリルさん?」
名を呼んだ所で何も変わらない、震えて力の入らない手からは携帯電話が滑り落ちる。
それと同時に基地内で閉まっていた扉が一斉に開き始めた。
閉じ込められていた兵士達は皆部屋から出ていき、自分の持ち場へと走っていく。
開いた扉、それが視界に入った青年は、望みを胸に部屋を出た。
通路を掛ける兵士を避けながら必死に走り基地を出ると、既に目の前には戦場が広がっていた。
だがここで足を止める訳にはいかない、青年は少女のいたあの花屋へと向かう為その場から走り去った。
見えてくるのは崩れた建物に人々の死体、子供が頭から血を流して死に、その横には目を開けたままの大人の死体が転がっている。
家からは火が上がるとたちまち周りの建物に燃え移り、そこにある物全てを燃やしていく。
この原因を作ったのは他でもない自分という事に青年の足がすくみ、道路の上を勢い良くこけた。
眼鏡が壊れ、膝を瓦礫で強打したにも関わらず、青年は痛みを堪えながら立ち上がり、また走り出す。
そして少女のいる花屋へと近づいてきた時、その光景が目に飛び込むと、青年は自分の眼を疑った。
全身の震えが止まらない……もはやそこに花屋など無かった、あるのは瓦礫の塊と灰へと変わっていく花だけだった。
少女が丹精込めて育てた花々が簡単に燃えていく、青年は急いで瓦礫の元に駆けつけると、急いで小さな瓦礫をどけていく。
煙を吸って咽ながらも、青年はその場から逃げず、ひたすら瓦礫をどけていた。
そして一つの瓦礫をとった所に、電話を握り締めた少女の手が見えた。
それを見て更に瓦礫を外していくと、ついに少女の肩まで見えるようになる。
次の瓦礫を取ると、そこには目を瞑った少女の顔が見えた。
顔には傷一つ無く、少し煤で汚れているものの、あの綺麗な顔がしっかり残っている。青年の頭に少しばかり希望が出てきた。
もしかすれば死んでいないかもしれない、気を失っているだけかもしれない、青年はそう思い更に少女の体に覆いかぶさるように乗っている瓦礫を押しのけると、その抱いた希望は一瞬にして闇に消え、真っ白になった。
綺麗な女性の寝顔、左手は携帯を握り締め、鮮やかな髪が広がっている。
そして右手には一本の花が握られている、青年と少女のお気に入りの花を。
だが、そんな彼女には、下半身が無かった。
女性の腹部から下が巨大な瓦礫で潰れていた、瓦礫の隙間からは押しつぶされた内臓や血、肉がはみ出ている。
「あ…ぁ……ああ───」
涙が溢れ出る、口を開けたまま彼女の全身を見ていく。
こんなにも綺麗な顔をしているのに、下半身は見るも無残に潰されている。
助ける事が出来なかった、電話で青年に助けを求め、一人花を握り締めながら死んでいった少女。
「うぁあああああぁあぁぁあああああああッ─────!!」
悔しさと虚しさ。悲鳴を上げる青年、頭の中が狂っていく、侵食が進む、少女の笑顔を消したのは、誰でもない、自分。
全ては、自分。
───青年は身に纏っている上着を脱ぐと、それで少女を包む。
そしてゆっくりと少女の死体を持ち上げると、ゆっくりと自分のいた基地へと戻っていった。
少女の体を包む上着からは血が滴り落ちていく、基地内に入ると、誰もがそれを疑問に思った。
しかし、誰も青年に声を掛けようとはしない、誰が見ても今の彼の眼が正気ではなかったからだ。
自分の研究所に戻ると、すぐさま扉に鍵を掛け、手術用のベッドに少女を乗せた。
だがベッドはすぐに血で赤く染まり、血が滴り落ちていく。
そんな事気にも留めない青年は隣の部屋に移動するとあの装置の元へ向かった。
血塗れの手であの装置に触り、無言でデータを入力していく。
するとそのカプセル状の巨大な装置の中に薄い赤色をした液体が充満していく。
それを確かめた後、青年は少女の服を脱がせ、裸になった少女の上半身を抱え、装置の上へと移動する。
無言のまま青年は少女を液体の中に入れていく、少女の体はゆっくりと沈んでいくが、一定の位置に止まると、その位置を維持するように止まった。
それから始まった、長い年月を掛けた手術・治療が。
最初押されていたBNだったが、援軍の加勢により何とかNFを押し戻す事に成功した。
だがBNはわからなかった、何故NFがBNの内部情報を知っていたのか。
その疑いの眼は青年にも向けられたが、青年はあっさり白となる。
なぜなら、既に証拠は全て消した後だったから……。
───それから半年が経った頃、上半身だけの少女には無いはずのお腹が存在していた。
だがまだ足は無く、その状態のまま溶液の中で浮かび続ける少女。
その2ヵ月後、溶液の満たされた装置の中には全身が揃っている少女の姿があった。
口元にはマスクが付けられ、体の至る所に管を繋げている少女。青年は他人に怪しまれないよう任された仕事を全てこなしながら少女の治療に全力を注いでいた。
血は全て入れ替わり、内臓も復元されている、もう白血病の心配も無い。
心配蘇生が開始される、それと同時にある手術へと取り掛かる。
少女から邪魔な記憶を消し去る事、幼い頃の核兵器の恐怖と、死に至った時の記憶を。
そして───全ての実験、手術、治療は成功した。
1年以上を掛けて、青年は死んだはずの少女を蘇らせたのだ。
長くない、青年にとってあっという間の時間。少女から管が離れ、溶液が装置から抜けていく。
装置の扉が開くと、青年はゆっくりと少女に口に付いてあるマスクを外した。
少女は目を瞑っているが小さく息をし、ゆっくりと目蓋を開けていく。
久しぶりの光に目の前の光景が霞んで見えるが、徐々に目が慣れていき、青年の顔がはっきりと見えてきた。
「エリルさん、僕だよ。ラースだよ……憶えてる?」
青年の言葉に少女は小さく首を傾けたまま、じっと青年を見つめ続ける。
そして見つめられる青年は緊張の色を隠せないままじっと少女を見つめ続けた。
「あなた、だれ……?」
少女の呟いた言葉に、青年は僅かな笑みを浮かべながら、小さく頷くと、優しくエリルを抱きしめた。
「これで良い、これで───」
───エリル・ミスレイア、本部にある軍養成学校へ転校生として入学し、その後セーシュ・ハリルドが隊長を務める部隊へ所属。
たぐいない操縦の腕で好戦績を上げ、専用機無花果の操縦者に任命された。
最初ラースは記憶を弄りエリルを平和な生活に戻そうと思った、だが、結局は弄らなかった。
彼女の選んだ道を、もう消したくなかったから───。
───ラースから聞かされた真実、エリルはその話をただじっと聞いていた。
「僕は、君を…殺したんだ……結果的に、全て…僕の……ごめん、ごめん……ごめん………」
怖くて真実が伝えられなかった、エリルを見るたびに胸の奥が痛んでいた。
でも、ようやく打ち明ける事が出来た思い、ラースの目からは涙が溢れ、ひたすらエリルに向かって謝り続ける。
それを見てエリルも涙を流すと、そっとラースを抱きしめる。
「エリル……?怒って、ないの?僕のこと、恨んでないの……?」
戸惑うラースにエリルは首を大きく横に振り、涙がラースの顔に零れ落ちた。
「怒ってない、恨んでない……感謝してる。ありがとうラース、ありがとう───」
安心したようにラースの顔は少しずつ笑顔へと変わっていく、そして震える指でエリルの顔に触れた。
その手をエリルが握り締めると、ラースと同じように涙で濡れた明るい笑顔を見せた。
「エリル、君はこれからも。戦うの……?」
「うん、この世界の為に。ラースが与えてくれたこの命で、私はこれからも平和の為に戦う」
「へいわ……そう、か。なら、エリル……ぼくからの、プレゼント。受け取って……」
ラースは最後の力を振り絞りかろうじでその場に立ち上がると、机の上にあるキーボードにある言葉を打ち込んだ。
轟音と振動が同時に伝わってくると、格納庫内の床が開き1機の機体が姿を現した。
「ラース、これって───」
現れた機体に見惚れていたエリルの肩をラースはそっと叩くと、機体の横にある部屋に指を指した。
「服も、用意してある……エリル行くんだ、そして見せてほしい……君が、咲く所を」
「でも、それじゃラースが!」
相変わらずラースは笑みを浮かべていた。最後の、最後まで。
その笑みを見てエリルは俯き涙を零すと、ラースに背を向けた。
崩れ落ちるラース、力無くその場にあった椅子に座り込むと、じっとモニターを見つめていた。
───新しいパイロットスーツに着替え終わったエリルは用意されていた機体へと乗り込む。
そして機体の電源を入れると、真っ暗だった操縦席が灯りで照らされ明るくなり始めた。
それと同時に格納庫の天井にあった大きな扉が次々に開き、地上への滑走路が現れると、その機体は一直線に地上へと飛び発った。
そしてラースの見つめているモニターには、戦場が映し出されている、人が人を殺していく光景。NFとBNの兵士達が命を掛けて戦っている。それを見てラースは笑った。
「戦争なんて……死ねばいいのに……」
そう呟いた瞬間、モニターには地下から1機の機体が出てきたのが見えた。
眩しい太陽の光に照らされ、紫色の鮮やかな装甲がその目に焼きつく。
それは思わず見とれてしまう程の美しさだった、背中からは紫色に輝く羽を広げ、機体の周りにはその羽から光り輝く花弁が舞っていた。
「エリル。綺麗、な…紫陽花、だ…よ……」
最後に見れた、少女がプレゼントを受け取ってくれた所を、そしてその花を咲かせる所を。
ラースはゆっくりと目蓋を閉じると満足そうに頷き、安心して眠るように息を引き取った。




