第69話 個々、思考
───「エリル、君にプレゼントがある、これさ」
そう言ってラースは機体に掛けられたシーツを取ると、そこに1機の機体が姿を現した。
赤紫に塗装されている可憐な機体に心を奪われるエリル、最初は開いた口が塞がらなかった。
「MFE無花果、僕の設計したオリジナル機体さ。その性能は我雲とは比べ物に───」
「ほ、本当に私のなの!?本当に!」
興奮状態のエリルはラースの説明を無視してすぐ横に立っているラースに近寄る、その気迫に押されラースはたじろきながらも説明を続けた。
「あ、ああ。機体のOSから何まで全て君専用にしてある。調整はまだ必要だけど、乗り心地は最高だと思───」
またもラースの説明が途中で終わる、横にいたエリルが突然ラースに抱きついたからだった。
「ありがとうラース!」
満面の笑みのエリルは顔を上げると、ラースは驚いた表情でエリルの顔を見つめていた。
驚くと同時に、悲しい様子が見てわかる、その表情が頭から離れない、あの悲しげなラースの表情を……。
「──さま───お客様───」
「ん……?」
寝ていたエリルは目を覚まし目蓋を開けると、そこには身なりの整ったスチュワーデスが立っていた。
「到着されましたよ、お客様」
「……え!?す、すみません!」
恥かしそうに手元の荷物を取ると、エリルは駆け足で飛行機から降りる、空港にある自分の荷物を手に取り足早に空港を後にする。
息を切らしながらも帰ってきた、この美しいBNの本土に。
この町はBNの本部の中でも上位に属し、巨大な民間施設の他に軍備強化等が行なわれている。
その為ERRORからの被害は未だに無く、NFも容易には攻めてこられない場所だ。
───久しぶりの景色、私がこの町から出た時もこれと同じ景色が広がっていた。
あの後止められていた車に乗って、私は空港に向かった。
その車の中にあった小さなバッグの中には十分な資金と、私の為に作られたパスポートが入ってたけど、どうしてこんな物を神楽さんは用意したのか私にはわからない。
悪い人じゃなさそうだけど……なんだろう、あの人の目、とても悲しげな目をしていた気がする。
BNの本部についた私は空港から出た後、一人昼間の町を歩き回り、見覚えのある景色を見ていく。
……私は一度死んでいる、神楽さんはそう言ったけど。私にはわからない。
でも、何故かあの言葉で私の頭は真っ白になった……それもこれも、ラースに聞けば、全てわかるんだと思う、だからここに来たのだから……。
「こんにちは、お花を買いに来たのですか?」
女性の声で私の意識が呼び戻され、気付けば町の中心とは少し離れた花屋に来ていた。
「あ、すみません。ちょっと見ていただけです」
「あら、欲しいお花があったら呼んで下さいね」
女性はそう言うと店の奥に消えていく、私もこんな所にいないでラースに会いにいかないと───。
そう思い足早にその場から離れようとした時、一輪の花が私の左手に触れた。
その時、目の前の景色が一瞬にして変化した。
おぼろげな記憶のように、その景色には明るい色が無くて、降り頻る雨の中、一人の青年が傘を片手に花屋の前に立っている。
『こんにちは、お花を買いに来たのですか?』
『いや、少し見ていただけさ……』
『そうですか、もし何か欲しいお花があればいつでも呼んで下さいね』
何、これっ……!私が、花を、売っている……?
この光景は、何っ……私の記憶に、こんな記憶は───。
『ん……ああ、それじゃあ、その花を一つ』
『はい、この花ですね』
「止めてッ!」
私は夢から覚めるために声をあげ、両手で耳を塞ぎ、その場に座り込んだ。
ゆっくりと目蓋を開ければ、そこには色鮮やかな花たちが広がっている。
見覚えのある花々に、見覚えのあるお店……何だろう、初めて来たはずなのに、とても懐かしくて、切ない気持ちになって……。
───「どうしたの?大丈夫?」
エリルの声を聞いて店の奥から先ほどの女性が駆けつけてきてくれると、座り込んでいるエリルの肩に手を当てて心配そうな表情で覗き込んでいる。
「す、すみません。ちょっとビックリしちゃって……」
「体調が悪いの?それなら少し部屋の奥で休んでいきなさい」
「え、でも大丈夫ですから───」
「いいからいいから、若いのに無理したら駄目よ?」
女性はエリルの肩を掴むと、ゆっくり部屋の奥に連れて行き始める。
感じる。部屋の奥に進むたびに、頭の中から何か熱いものが込み上げて来る。
白くて、おぼろげで、でもハッキリと映し出されてくる光景。
そして女性はエリルを部屋に案内すると、椅子に座らせてくれた。
「今冷たい飲み物でも持ってくるから、待っててね」
明るい笑みを見せた後、部屋から出て行く女性。
部屋の中は物が綺麗に整頓されてあり、色とりどりの綺麗な花が飾られている。
椅子に座りながら部屋全体を見渡し、飾られた花に魅了されていると、片手に一杯の水の入った硝子のコップを持った女性が部屋の扉を開け、部屋の中に入ろうとした。
エリルは女性を見てお水を受け取ろうと近づこうとした時、部屋全体が震える程の振動と爆発する鋭い轟音と共に、目の前に広がる全てが吹き飛んだ。
エリルも爆風に包まれ吹き飛ばされたが、幸いにも部屋の原形は止めている。
「っ、何よ…一体、何が───」
倒れた体を起こし、女性のいた方に目を向けると、そこには瓦礫に埋もれた女性の手が出ていた。
店で飾られている花には次々に火が燃え移っていく、華麗で鮮やかな花々が、黒い煤を被り焼き焦げ、燃え尽きていく。
もはや女性も生きてはいなかった、瓦礫から出ている腕はピクリともせず、その瓦礫の隙間からは薄らと血が広がっていく。
一瞬にして起こった出来事に信じられない様子でその光景を見つめ続けるエリル。
「なんで、どうしてこんな……」
景色が重なる、脳裏の景色と、目の前の景色が、重なり合う。
あの時の光景が再び蘇り、鮮明に映し出された時、エリルの記憶に掛けられていた鎖が解けた。
「ぁあ!?そん……なっ────!!」
一秒に何コマもの映像が映し出されていく、今まで自分から消されていた記憶、隠されてきた真実が、全て。
───たしかに憶えている、そしてエリルは今でも憶えている。瓦礫に埋もれて死んだあの日の自分を。
全身を包む疲労、苦しそうに肩で息をしながらエリルは、そっと顔を上げた。
ここで立ち止まる訳にはいかなかった、エリルには向かう場所がある。
自分の謎を解く最後の鍵を持つ、ラース・グレイシムの元に。
───「なっ!?NFがBNの本部を攻めているだと!?馬鹿な……ありえない!」
BNの戦艦の司令室で声を荒げる赤城、だが艦長は冷静な面持ちで口を開く。
「本当だ、その本部から連絡があったのだからな。現在NFと交戦中。奴等め、新種のERRORの為にBNの兵士が出払っているのを知っていての行動か……」
「NFの本部が何故今になってBNを……今はそれ所ではないというのに!」
「我々も本部から援軍の要請が来ている、今すぐ艦を本部に向けて出発させる」
「待て、この艦にはNFの民間人がいる。先に近くの町に寄り民間人の解放を……」
「それは出来ない、もし今町に寄ればNFに攻撃される」
「NFは民間人を積んでいる艦に攻撃はしない、私が何とかしよう、だから民間人の無事を最優先してほしい、勿論町に辿り付けば物資の援助をさせてもらう、どうだ?」
「……わかった、では先に町に連絡しておいてほしい。その後話しの結果を私に聞かせてくれ」
赤城は一礼した後その部屋から出ると、部屋の前には由梨音が壁に凭れかかりながら赤城を待っていた。
「赤城少佐、一体何を話していたんですか?」
「NFがBNの本部に攻め込んでいる、という事は恐らく指揮官は騎佐久。何故奴は今になってBNに。だからBNの艦は今本部に向かっている、その前に近くの町で民間人を下ろすがな」
足早に走りながら説明を済ませると、廊下を逸早く駆け抜けていく赤城。
由梨音もその後を必死に追いかけていくが、赤城の速さについていけない。
赤城はそのまま格納庫に出ると、負傷して放置されているリバインに乗り込み、機体の電源を入れる。
この周辺で一番近いNFの町、その軍事基地と無線を繋げ、事の状況を伝える。
伝え終わった後、今度は操縦席に付けてある携帯電話に手を掛けると、あの男に電話をかけた。
数回程コールがなった後、電話が繋がり、男の声が聞こえてくる。
「赤城か!?良かった、生きていたんだな」
「はい、その様子だと東部で何が起こったのかはご存知なのですね。騎佐久少将」
電話の相手は騎佐久だった、赤城は騎佐久の声を聞いても無表情で電話を握ったまま微動だにしない。
「ああ、新種のERROR、そして『羽衣』により町が消滅したらしいな……」
「はい、東部は完全に消滅し。民間人もわずかしか生存していません。そんな状況で何故BNの本部に攻めて込んでいるのですか?」
「私は小さなチャンスを生かし、最大限に発揮しているだけだ」
「答えになっていない!答えろ騎佐久!お前が指示をしたのではないのか!?」
我慢の限界が来ていた、今の赤城には理解できない事が今起きているのだから。
その赤城の怒号を聞いて、電話から騎佐久の小さな笑い声が聞こえてきた。
「ふふ、やはり君はそうでないとな。いいかい赤城、NFとBNは今戦争をしている。現在手薄のBNの本部を今落とせば、BNの戦力がNFの物になる。そうなれば一つの強大な敵が消えると共に戦力が倍増し、ERRORとの戦いに全力を注げるだろ?」
「それなら───!」
「それなら、BNと共に協力をすれば良かった……君はそう言うだろう。だがそれは無理だ」
「何故だ!あの日4人で誓った約束はどうした!?NFを……NFを変えるのではなかったのかッ!」
「変えるさ。俺は俺のやり方で約束を守る、それだけだ。ではそろそろ電話を切るぞ、また後で」
騎佐久はそう告げると電話を切り、携帯を懐に入れる。
「赤城、君は優しすぎる。今の君ではNFを、この世界を……変える事は出来ない」
そう言って騎佐久は乗り込んでいる機体の電源が入れると、格納庫にいる機体全てに電源が入っていく
そして機体の調整を済ましていると、無線が繋がり、モニターに三人の姿が映し出された。
『騎佐久少将、指揮官自ら戦場に出て行かれなくてもよろしいのですよ』
モニターの左に映る一人の女性が騎佐久に話しかけるが、騎佐久は機体の調整をしながら口を開く。
「何を言う、指揮官だからこそ戦場の最前線にいなくてはならないのさ」
すると今度はモニターの右に映る若い男が口を開いた。
『さすが中部最強の男、言う事が違うねぇ。へっぴり腰のカス指揮官供とは大違いだ』
「さすが南部最強の男、言う事が違うな」
そう言った後、今度はモニターの上に映っている女が口を開く。
『まったくお主等、これからBNの本部に攻め込むんじゃ。少しは気を引き締めんか』
『へへ、わかってますよ姉御。だけどよ、俺達が戦場で集う事ってこれが初めてだろ?だから少し興奮してんのさ』
『その呼び方止めんか?まぁ気持ちはわかる。東西南北と中部最強の兵士が5人集っているのじゃからなぁ』
「話しはそこまでだ、全機発進、町に下りるぞ」
『了解』
騎佐久の言葉に3人は答えると、モニターに映し出されていた三人の映像が消える。
だがそれと同時に一人の青年の姿がモニターに映し出された。
「……調子はどうだい」
『大丈夫です、心配いりません』
「そう。君が武蔵の代わりに東部最強の男になったんだ。それなりの活躍を期待させてもらうよ。カイト・アステル」