第66話 偽る、真意
───それから私の奴隷生活が始まった。
毎日毎日休み無しで働かされて、薬を飲まされて、殴られて、蹴られて。
そして毎日夜になると、兵士達が私を取り合い、強引に部屋に連れ込んで、服を脱がし、体を弄んで、喜んで、楽しんで……。
朝起きれば体は激痛で悲鳴を上げてた。それでも私は朝の仕事に行く為に制服に着替えてた。
……死にたかった、死んで楽になりたかった……その時私に生きる意味は存在してなかった。
でも、そんなある日……ある女性が私をその地獄の生活から救い出してくれたの。
それが、神楽お姉ちゃんだった。
───基地の食堂で兵士達が美味しそうな昼食を食べている途中、一人の兵士が後ろに振り向くと口を開いた。
「おい、水持って来い」
「はい……いま、おもちします……」
弱々しい腕で玲がお冷を持ったが、上手く力が入らず簡単に手から滑り落ちてしまう。
勢い良く床に落ちた衝撃でお冷の水が漏れ、周りに広がりながら水が流れていく。
それを見た兵士が食事中に立ち上がった瞬間、玲の鼓動が早くなり、手足が小刻みに震えだす。そしてその場にしゃがみ込むと両手で頭を守る体勢に入った。
「なに落としてんだよクソガキッ!」
また始まった、しゃがみ込んでいる玲の頭を平気で殴りつける兵士。
玲は怯えたようにか細い声で謝る事しか出来ない、もう泣き叫ぶ力も残ってはいなかった。
一通り殴り終えると、兵士はまた食事に戻り、その間に玲は雑巾で床に広がっている冷たい水を拭き取っていく。
広がる水に涙が零れ落ちた、昔の出来事が脳裏を過ぎる。玲が何度拭いても涙が落ち、拭き取った場所が濡れていく。
すると、一人の兵士が食堂に駆けつけると、息を切らしながら叫んだ。
「おい!本部の連中が来てるぞ!早くそいつを隠せ!」
その知らせに食堂にいた兵士達が全員困惑する、そして床に雑巾で拭いていた玲はすぐさま兵士に引っ張れると、そのまま玲の部屋まで連れて行かれる。
部屋の扉が開くと同時に玲を突き飛ばす兵士、玲は力無くその場に倒れると、起き上がろうともしない。
「いいか、絶対に部屋から出るな。出たら……わかってんだろうな?」
「はい……」
何が起きているのか玲にはわからない。ただ部屋から出るなと言われたら、それに従うしかない。
玲は自分の部屋の扉にもたれ掛かると、呆然と自分の部屋を眺めていた。
昔はこの部屋で皆と遊んでいた、皆で喋りながらトランプをして───。
また思い出してしまった、気付けば涙が再び流れ、頬を伝って胸元へ落ちていく。
約束したのに、約束したのに……こんな苦しい思いをするなら、皆と一緒に死にたかった……。
そう思うとまた涙が溢れ出す、もうその涙を拭う気力も、玲には残っていない。
その時だった、突然部屋の扉が開きだしたのだ。
扉にもたれていた玲はそのまま後ろに倒れると、目の前に一人の女性が玲を見下ろしていた。
大きく白い白衣を身に纏い、眼鏡を掛けているその女性は玲の顔を見ながら膝を地面につくと、玲との顔の距離を近づける。
「あら、どうしてこんな所に女の子がいるのかしら。不思議ね」
女性は小さな笑みを見せながらそう言うと立ち上がり、倒れている玲の体を優しく起こす。
「す、すいま、せん……ありがと、ござぃます……」
玲は泣き顔を見せまいと俯き、急いで涙で濡れた顔を袖で拭っていく。
すると通路から走りながらこの基地の兵士が玲の部屋まで来ると、その女性の前で敬礼を始めた。
「神楽博士、ここにいましたか。皆がロビーに集まっておりますよ」
そう言いながら二人の兵士が横目で玲を睨む、玲はその兵士達を見て一歩下がってしまう。
「私は軍に干渉しないわよ。伊達少佐に全て任せてあるし、それより、どうしてこの基地に女の子がいるの?」
「はい、前の戦いで散った兵士達が恐らく連れ込んだのかと。今は我々が面倒を見ています」
「そう、つまり孤児なのね。それなら私が本国の保護施設に預けようかしら」
「その必要は無いかと思われます。以前そのような話しをこの子しましたが、この子はここに居たいと言っていました。そうだよな?玲ちゃん」
そんな話聞いた事が無かった、でもここで兵士の言う通りにしなければ、後で酷い仕打ちに受ける事になる。
でも、もしこの女性が本当にこの基地から出してくれるのなら、ここで本当の事を言って助けてもらえるかもしれない……。
いいや、もしここで本当の事を言っても、本当にここから抜け出せれるかどうかわからない。
もしも本当の事を言って、この基地に残る事になったら……そう思っただけで全身の身の毛がよだち、息苦しくなる。
しかし、ここでこの基地から抜け出せなくなったら、一生この基地で、ここの兵士達と暮らさなくてはならないのか。
もしかすると、これが最後のチャンスなのかもしれない。どうせここに残っていても、またいつものように殴られ、遊ばれる、それならいっそ、この女性に全ての望みを───。
でも……それを言える勇気が、今の玲には……。
「怖いのね、でも安心して。私はあなたの味方よ」
「えっ?」
「あなたがほんの一握りの勇気を私にぶつければ、私がその手を救い上げるから」
玲を見て察したのか、神楽はそう言って腕を組みながら玲の顔をじっと見つめる。
その後ろでは二人の兵士が目で玲を威圧していた、だが神楽は、その兵士の前にいる。
一握りの勇気、気付けば拭ったはずの涙がまた零れ始めていた、そしてゆっくりと右手が上がっていくと、目の前にいる神楽に手を伸ばした。
「たす、けて……」
「おめでとう、あなたは不幸のどん底を味わった。後は幸せになるだけよ」
───周りの兵士が止めようと説得を試みるが、神楽はそんな兵士を無視して玲の手を放さない。
そこに本国から来た女性の兵士が現れる、神楽が事情を話すと本国の兵士達は敬礼を済ませると玲の部屋に入っていく。
神楽と玲が一緒に基地に廊下を歩いていき、通路にいる兵士達は驚いた様子で二人を見ている。
その視線に玲は恐怖を感じるものの、何故か心は段々と落ち着き始めていた。そのまま何事も無く基地から出て行く二人は外に止めてあった中型の戦艦に乗り込んでいく。
───それからお姉ちゃんとの生活が始まった。
でも、既に私の肉体、心、精神、全てが壊れていた……地獄から抜け出せても、苦しみは続いていた……。
そんな苦しんでいた私を見てお姉ちゃんは、私から全ての苦しみを消し取ってくれた。
家族が死んだ事も、基地でお世話になった人達の死も、長い間虐待を受けてきた日々も、全部。
気付けば優しいお姉ちゃんがいつも私を抱いてくれている、暖かくて、柔らかくて、ずっとこのままでいたい、って思って……。
それから私は軍で働く事になって、赤城少佐の部隊に配属された。
幸せだった、皆優しくて、楽しくて、面白くて……でも、一人ずつ消えていって……。
それで傷つく私の為に、お姉ちゃんは私の記憶を書き換えてくれ、私を守ってくれてた。
だから……今でも私は言える。
───「幸せだよ……お姉ちゃん……」
玲の話しを聞いた皆は硬直していた、それでも神楽だけは、優しい表情で玲を見つめてくれていた。
「お兄ちゃんとも……会えたんだもん、だから……もう、私は……」
思い残す事は無い、そう言うかのように玲の表情が和らいでいた。
その意志を感じた神楽は、バリオン砲の発射準備に取り掛かる。
「玲、俺は兄としてお前に何もしてあげられなかった。だから───」
羅威はそう言うとフェリアルの胸部を少し破壊し、操縦席が見えようにするよ、神威のコクピットを開けた。
「最後くらい、兄らしくさせてくれ」
だがその瞬間、フェリアルの胸部付近から突然触手が出てくると、神威のコクピットを開けさせないように巻きつき始める。
「だめだよ、お兄ちゃんは生きないと。生きて、幸せに、ならないと……」
「幸せなんていらない、玲の側に居てやれるだけで俺はいいんだよ」
「こんな私でも、お兄ちゃんは、私のこと……すき……?」
涙を流しながらも必死に口を開いて聞いてくれた問いに、羅威は優しく表情で答えた。
「好きだ、たった一人の妹を嫌いなはず無いだろ?今でも俺は、お前を愛している」
「ありがとう、お兄ちゃん……ありがとう……私も、お兄ちゃんの事、愛して……る。だか、ら……」
───「おねがい、生きて……」
それが、玲の最後の言葉だった。映像が消え、通信が途切れたのだ。
「時間よ、さよなら玲ちゃん……バリオン砲……発射」
警告音と共に皆がレーダーに映る巨大なエネルギー反応を確認した。
「あいつ、マジで撃ちやがった……赤城!この町から離れるぞ!」
「待て、レンはまだあの中に!」
赤いリバインが巨大ERRORの元へ行こうとした時、甲斐斗の乗るMDが強引にリバインを掴むと、一気に出力を上げERRORから離れていく。
「何をする!?放せ!まだレンが……!」
「お前の気持ちもわかる!だが、これ以上レンを苦しめるな、もう、楽にしてやれ……」
その甲斐斗の声に赤城は口を閉じると、無念さに唇を噛み締めながら俯いていた。
「愁、私達も……」
「はい、この町から離脱します」
アギトとライダーもすぐさま町から離脱するが、穿真の乗るエンドミルと、クロノの乗る黒葉花だけはまだその場に留まったままだった。
「おい羅威!まさかお前も一緒に死ぬとか言うんじゃねえだろうな!?」
穿真の怒号とは裏腹に、羅威は静かに答えた。
「兄として、俺が最後に出来る事といえばこれくらいだ。穿真とクロノは早く町から離脱しろ」
既に手遅れの所までバリオン砲は町まで近づいてきていた、今から羅威を助けに向かったとしても、町から無事離れられるかどうかすらわからない。
そして、このままこの場に留まる事は死を意味している、早く動かなければ、両方助からない。
その時、一機の戦闘機が巨大ERRORの胸部まで飛んで行く。
「穿真!ここは僕に任せて君は早くこの町から離脱するんだ!」
「ちっ……後は任せたぞ!クロノ!」
心残りがあるものの、穿真は飛んで行く黒葉花に背を向けると、仲間を信じERRORから離れていく。
その頃羅威は操縦桿も握らず、背もたれにもたれ掛かりながらずっとモニターを眺めていた。
左手で首に掛けてあるペンダントに振れると、そっとペンダントを開けて中に入っている写真を見つめる。
「父さん、母さん、玲……やっと、家族一緒になれるな……」
そう言い残した後、羅威がゆっくりと目を瞑ろうとした時、青いレーザーが触手を焼き落とし、神威を触手から解放する。
「残念でしょうが!貴方にはまだ生きてもらいます!」
飛行機からDシリーズの形態に戻る黒葉花、すかさず神威をキャッチすると、全速力でERRORから離れていく。
「クロノ!?何をしている!俺は玲と一緒に……!」
「玲さんは最後に言いましたよね、『生きて』と。彼女の想い無駄にするつもりですか!?」
「玲を一人で死なせることなど俺には出来ない!玲の側にいてやりたいんだ!」
「それは彼女も同じです!貴方と離れたくない、そう思っている!だけど彼女まだ子供だというのに、その思いより今生きている貴方を想ったんですよ!」
その時、バリオン砲が巨大ERRORに直撃し、周囲の物全てを吸い寄せ始める。
あの巨大な肉体が次々に引き裂かれていき、周りにいるERRORも吸い込まれていく。
苦しみながら悲鳴を上げる巨大ERROR、その姿を見た羅威は涙を流しながら手を伸ばした。
「玲が、玲がぁっ!」
黒葉花から離れようと残った一本の腕を動かし始める神威、だが黒葉花は決して放そうとせずERRORから離れていく。
「僕のした事は、貴方にとっては酷かもしれません。でも彼女にとっては、これが一番の望み……」
徐々にビルや家、地面までも吸い寄せられていく、その力から逃げようとクロノは出力全開で機体を走らせていく。
だがバリオン砲の威力は更に増して行き、少しずつ黒葉花の機体も吸い寄せられようとしていた。
「もうよせ!このままだとお前も死ぬ事になるぞ!?早く俺を放せ!」
機体が限界に近づいている事ぐらい羅威にもわかっていた、だがクロノは、そんな羅威に落ち着いた表情で口を開いた。
「羅威、神威のエネルギーはまだ残ってるよね」
「残っているが……おい……クロノ?お前、まさか……!?」
羅威が言葉の意味を理解した時、クロノはゆっくりと頷いた。
「どうやら、僕の機体は限界が来たみたいだ……羅威、町の出口はすぐそこだ、神威の出力ならきっと行ける。君は生きろ……妹の為にも、世界の為にも……責任を押し付けるようで悪いけど、後は皆の事、頼んだよ」
クロノはそう言うと、抱えていた神威をゆっくりと地面に置いた。
目の光が消え、動かなくなる黒葉花。完全に機能が停止している。
「ま、待て、おい……おいッ!クロノ!」
黒葉花の後ろからは嵐のように次々の物が吸い寄せられていく、その力がすぐそこまで来ていた。
「そ、そんな……クロノ、どうしてお前がぁッ!うっ……うぁああああああッ!!」
すぐさま操縦桿を握り神威の出力最大にする羅威、バランスが取れず地面にぶつかり、擦れながらもその場から離れていく。
そして、モニターに映っていた黒葉花は簡単に宙に浮くと、ガラクタのように瓦礫と共に町の中心部へと吸い込まれていった。
───町の建物は全て吸い込まれ、力が極限まで凝縮された時。溜められた力が解放される。
解放された力は巨大な爆発を生み、町全体を覆い、その爆風は離脱していた機体をも簡単に吹き飛ばした。
結局、何が出来たのだろうか。
民間人を助ける事はたしかに出来た、しかし、それで満足できる状態なのだろうか、これは。
甲斐斗の機体が煙の中から起き上がり、かつて町が広がっていた場所を見つめる。
一切建物が建っておらず、町のすぐ隣にある東部軍事基地だけは何とか形を保っていた。
黙ったまま口を開かず、ただじっと灰と塵が広がる『後』を見つめ続ける甲斐斗、すると煙の中からまた一機、アストロス・アギトが姿を現した、巨大な右腕を大きく振り上げ、MDに飛びかかるように……。
すぐさまMDは大剣を盾にしアギトの拳を受け止めようとするが、その威力は凄まじく機体事後ろに吹き飛ばす。
「おいおい、こんな状況なのにお前は何も感じないのか?」
その瞬間、自分の言った言葉に驚いてしまう甲斐斗は軽く笑みを見せると首を傾けた。
「全く、俺も随分と人間に馴染んじまったなぁ。この俺がこんな台詞吐くとは……」
吹き飛ばされつつもしっかりと地面に踏み込み機体の体勢を立て直すMD、だがアギトは容赦なくMDに近づき拳を振るっていく。
「すみません、あなたはこの世界で貴重な戦力になると思っていましたが、これもフィリオの頼み、死んでもらいます」
「殺しを頼むとは、随分と血の気のあるお姫様だなぁッ!」
アギトの右腕が突き出されると同時に剣を振り下ろすMDだったが、その拳の威力に剣を掴んでいたMDの右手の指が砕け、右肩が吹き飛ぶ。
「無駄です、アギトには勝てません」
今度はMDの胸部目掛け左腕を突き出すアギト、それを防ごうとMDも左腕を突き出すが、アギトの拳の前に肩ごと貫かれていく。
両腕を失い太刀打ちする事が出来ないMD、ふとレーダーを見ればアストロス・ライダーが東部軍事基地へ向かっていた。
「機体にいないとすれば、恐らくミシェルは基地にいるはず、二人に行かせました。安心してください、貴方がいなくなっても、ミシェルは俺が守ります」
「あ?てめえ、ちょっと調子乗りすぎじゃねえか?」
愁の台詞が気に食わない甲斐斗、少し怒りを露にしているが、愁は落ち着いたままでいる。
「もう機体も限界に近い、周りに助けもいませんし、両腕も無い。ムキになって抵抗しても無駄ですよ」
そう言って愁が止めを刺そうと、アギトが瞬時にMDの懐に入る。
だが突如赤い機体が煙の中から現れると、両手に握る巨大な剣をアギト目掛けて振り下ろした。
その剣をアギトが右腕で受け止めると、その機体を確認した。
「……赤いリバイン、赤城隊長ですよね。NFとSVは同盟を結んだはずです、何故攻撃を?」
「では問おう、何故貴様はBNを助け、NF機であるフェリアルを破壊した」
赤城の鋭い問いに言葉が出ない愁、一旦二体の機体から距離を置いていくアギト
そして赤城の鋭い問いは更に続いた。
「友を助ける為、違うか?」
「それは……」
仲間を助ける為、たしかにその通りだった、何も言い返せない、何も反論が出来ない。
だから赤城は続けて口を開いた、
「私も同じ、友を助ける為だ」
「赤城……」
その赤城の心揺ぎ無い言葉に甲斐斗がふと赤城の名前を呟く。
「行け、甲斐斗。この場は私に任せて、お前はミシェルの元に」
「だ、だが。奴の機体は……」
「お前には守る者がいるだろ、なら迷わず行け、お前らしくな」
甲斐斗は感じ取った、赤城の意志を、まだ終わらない、燃え続けている赤城の意志を。
「ああ!この場は任せたぞ、赤城!この借りは必ず返す、だから絶対に死ぬなよッ!」
「わかっているさ、私にはまだ遣らねばならない事が山ほど残っているからな」
赤城はそう言いながらレーダーを確認する、そこには既に羽衣の反応は消えていた。
甲斐斗は赤城に背を向けると、一機基地へと向かっていく。
「赤城隊長、言っておきます、リバインではアギトに勝てません。そこを通してくれませんか?」
赤城はその言葉を聞いているのかどうかわからないが、両手に持っているLRBを地面に突き刺すと。背部から一本のLRSを取り出し、身構えた。
「私を倒してから行けばいい、簡単なのだろ?お前にとって私を倒す事など」
愁の挑発的な態度をそのまま返す赤城、愁は小さく溜め息を吐いた後、アギトを走らせた。
「わかりました、そうさせていただきます」
───その頃、既に基地には葵とエコが到着し、エコを頼りに基地内を走り周りミシェルを探していた。
そしてミシェルのいると思われる部屋の前に二人が来た時、既に扉の前には一人の青年が立っている。
葵がその青年を見た瞬間、走っていた足が止まり、驚いた様子で見つめていた。
「お、お前……」
今まで見せた事の無い恐怖で怯えるような葵の姿に、エコも不安が隠せない。
「知ってるの?この人」
「エコ、前に話した事があったよな。俺達のいた世界から追放された男の事を……」
それだけでエコには理解できた、それと同時に身の毛のよだつような寒気が広がり、鼓動が早くなるのを感じる。
首にできた小さな切り傷を撫でながら男は二人の方を向くと、初めて見たエコの姿を見て薄っすらと笑みを浮かべていた。