第60話 刹那、無謀
「レンちゃん?」
研究所のモニターを見つめ続ける神楽、そこにはフェリアルが破壊されたという報告が映し出されている。
指で挟んでいた煙草が床に落ちた時、神楽の意識が元に戻る、すぐさま地下研究所から階段を上り自分の部屋に戻ると部屋を出て、一人足早にある場所へ向かった。
荒野に佇む2機の機体、羅威は跪いた状態でその機体を見つめていた。
目を大きく開き、口を開けたまま信じられない様子の羅威に、更に言葉が降りかかる。
「実はあの赤い機体、アストロス・オーガに乗っていたのも俺なんだ。今まで隠していてごめん」
言葉が出ない、全てが嘘に聞こえ、全てが幻に見える、頭の中での整理が全く間に合わない。
理解が出来ない、何故愁がここに?SV?赤鬼?玲を?
「今日はそれを告げようと君の所に来たんだ、そしたらあの機体が君を狙っているのが見えてね」
あの機体、今では残骸としか残っていないその機体に、羅威の視線が揺らぐ。
「でも怪我は無いみたいだね、良かった。それじゃ、俺はもう行くから」
「おい……待てよ……」
跪いていた羅威はゆっくりと立ち上がる、両手の握りこぶしは小刻みに震え、俯いたまま口を開いた。
「お前が今殺した人間……俺の妹なんだよ……」
「え?」
「助けれたと思った、これでやっと、玲の側にいられると思った。それなのに……」
「そうだったのか……」
「お前彩野も殺したよな……機体から下りてきた彩野を、虫けらのように踏み潰したよな……」
「罪を背負う覚悟は出来ている」
愁は悪びれた様子も無く淡々と言葉を続けていく、その様子に羅威の心境は更に複雑と化す。
「お前だったのか。俺の仲間や妹、俺から大切なものを殺していったのは、全部、全部お前だったのか、愁ッ!!」
俯いていた羅威が顔を上げた、その目には涙を浮かべ、止め処なく流れる涙を拭き取る事無く機体を睨み、怒号を上げる。
「戦争に死はつき物、そしてその戦場に出ている以上僕らはただの兵士に過ぎない。自分だけ特別だと思ってるのかい?誰だって失い、死ぬんだよ、簡単に、人は、ね」
「貴様ぁああああああッ!」
羅威はすぐさま操縦席に戻ると、すぐさま我雲を操作し愁の機体の元へと走っていく。
両手にはLRSが握り締められ、涙で滲むモニターを凝視しながら突き進んでいる。
「羅威、ごめん。君には酷い事をしたと思っている」
我雲が愁の乗る機体の前にまで来ると、両手に持っている2本のLRSを一気に振り下ろした。
LRSの刃が機体にぶつかるが、激しい火花を散らした後、2本のLRSは他愛も無く折れる。
その間愁は何も機体の操作をせず、ただじっと我雲を見つめていた。
直立不動の機体、羅威は目の前でサブマシンガンに切り替えると、すぐさま敵の機体に向けて引き金を引く。
それでも敵機は避けようとしない、銃弾が次々に機体に当たるが、機体には傷一つつかず、むしろ銃弾が砕けその場に散乱していく。
弾丸を全て撃ち尽くした我雲は、その場に銃を投げ捨てると、素手で敵機の顔面を殴りかかった。
我雲の拳は敵機の顔面に直撃したものの、敵機の頭部は全く動かない。
何事にも動じない敵機に、次第に我雲の動きが鈍ってくる。
「あの機体、新手?……二人とも、羅威の援護に回ります!狙撃の準備を!」
クロノの指示に香澄と雪音が銃を構える、それを見たクロノは羅威との通信を繋げる。
「羅威!一旦離れるんだ!」
羅威からの返事は無いが我雲は敵機から離れ、それを見たクロノ達三人は一斉に射撃を行なう。
2発のライフルの弾が敵機体の胸部に当たるが、敵機の装甲には傷一つつかない。
又、上空からのレーザーライフルを肩に受けるものの、レーザーは弾かれるように消えて無くなる。
一発所ではない、上空から、また山陰から何発もの銃弾とレーザーを放つが、敵機の装甲に傷を付ける事さえ出来ない。
「な、何なんですかあの機体は!?私達の攻撃がまるで通用していません!」
「とんだ怪物が現れたわね!クロノ隊長、どうしますか?」
「もうすぐ穿真もココに来る、合流した後一度艦に戻ります。撤退の準備を」
香澄と雪音の乗る我雲はスナイパーライフルを仕舞い、撤退の準備に取り掛かる。
だが羅威乗る我雲は未だに敵機の前に立っており、撤退する素振りを見せない。
「時間だ、さよなら、羅威。また戦場で会おう」
愁はそういい残すと、機体は羅威の我雲の横を擦れ違うようにして抜き去っていった。
機体のスピードは尋常ではなく、加速しだしたかと思うと一瞬で我雲を抜いていた。
愁が去ると同時に穿真の乗るエンドミルが羅威達の戦場へ到着する。
「こちら穿真、あの機体は何だ!?作戦はどうなったんだ!?」
黙ったまま応答しない羅威に、穿真は辺りを見渡す。
そこには無残にも破壊されたフェリアルと思わしき機体の残骸が散らばっていた。
「っ……マジ、かよ……」
機体の残骸を見つめる穿真に、クロノからの通信が入る。
「穿真、羅威を連れて撤退して下さい。その後僕達も撤退を開始します」
「ああ、わかった。これより撤退する……」
その時だった、レーダーに映る巨大なエネルギー反応。
エネルギーのする方向に全員が機体を向ける、そこには一機の巨大な機体が近づいてきていた。
あの巨大な影は見た事がある、穿真やクロノ達の脳裏にあの光景が蘇った、たった一撃でBNの主力艦隊を全滅させたあの機体だ。
「じょ、冗談じゃねえぞッ!?あんなの勝てっこねえ!今すぐ全速力で撤退しねえと!?」
穿真が機体を動かそうとするが、一向に機体が動こうとしない。
同様に彩野と香澄、そして羅威の乗る我雲さえその場から動く事が出来なかった。
「な、なんだこりゃ。機体が、機体が動かねえだと!?」
ただクロノの乗る黒葉花だけは動ける状態に有る、所があの巨大な機体が黒葉花に向けて手を伸ばした瞬間、まるで地面に吸い寄せられるかのように黒葉花が地面へと落下していく。
「ぐぅぅうっ!機体が勝手に……ッ!」
地面へと落とされる黒葉花、そのままBNの機体は一箇所に集められるかのように吸い寄せられていく。
BNの機体は一箇所に固められ、身動きの取れない状況の中。
巨大な機体はBNの方では無くフェリアルの残骸の元へと向かっていた。
そして到着すると、巨大な両手で地面ごと機体の残骸を拾い上げる。
機体はBNに背を向け東部軍事基地へと戻っていく、その機体と東部軍事基地からやってきたNFの部隊が擦れ違う、NFの部隊は一斉にBNの機体を取り囲んだ。
───結果、羅威達はNFの捕虜にされ、玲を助け出す事が出来なかった。つまり、何も出来なかった。
その現実を受け入れようにも、体が、頭がそれを拒否する。獄中の中で羅威は俯きまるで人形かのように動かない。
牢屋では皆そうだった、他の人と喋りもせず、警備がいなくても十分な程静かにしている。
静寂の中、一人の男が口を開いた。
「羅威、あの機体と通信していたみたいだけど、一体どうしたんだい?」
クロノの問いにも羅威は動かない、それを見ていた穿真がクロノに向かって口を開く。
「クロノ、今は止めとけ。今のあいつは現実を受け入れるだけで精一杯だ」
「ごめん、こんな時に僕は……」
「いいや、お前は隊長として立派にこなしてるよ。……さて、これからどうする。このままだと俺達は死刑確定だぜ?」
「し、死刑!?」
穿真の死刑という言葉に強く反応を示したのは雪音だった。
「待ってください、僕達はBNの兵士です。条約上僕達の身は保護されるはずです」
雪音の不安を取り除くようにクロノが説明をするが、穿真も言葉を続ける。
「そんなものがNFに通じるかねぇ、所詮奴等は巨大な宗教団体のようなもんだしよ」
「ほぅ、お前達BNは。NFをそう見ているのか」
獄中の出口から聞こえてくる女性の声、獄中にいたBNの兵士達は一斉に声のする方へ振り向いた。
「お、お前!」
その女性に真っ先に反応を示したの穿真だった。
「次会う時が、まさかお前が獄中に入る時とはな」
赤城はそう言うと牢獄に近づき、BNの兵士達の顔を見ていく、そしてクロノの入る牢屋の前を過ぎようとした時、ふとクロノが口を開いた。
「一ついいですか?僕達はこれからどうなるのか、教えてもらえませんか」
クロノの問いに赤城は足を止め、獄中にいるクロノと目を合わせる。
まるで鷹に睨まれているかのような鋭い目に、クロノはたじろぐ事無く見つめていた。
「明日全員揃って銃殺刑……が普通だが、まさか子供だけの部隊とはな……詳しい事はわからないが、恐らく死刑は免れるだろう」
死刑は免れる事を聞き雪音は緊張の糸が少し緩み、安心したように蹲る。
「お前達に問いたい事が私もある、何故基地を襲った、新型の機体が在ったが、本気で基地を落とそうと思ったのか?」
「おいおい、それは俺が言っただろ?レンを助けに来たんだって」
赤城の問いに呆れた様子で穿真は答えたが、赤城は振り向くや否や腕を組み首をかしげた。
「助けに来た?殺しに来たの間違いではないのか?」
「っち、違えよ!レンを殺したのは俺達じゃない!変な機体が一機突然戦場に入ってきてレンを殺したんだ!」
「殺した……か、そうだな、もうすぐレンは息を引き取る。そうすれば殺した事になるな」
赤城の言葉に、羅威が勢い良く立ち上がると、真っ先に牢屋の出口まで詰め寄った。
「どういうことだ!玲は、玲はまだ死んでないのか!?」
さっきまで死んでいた羅威の眼に微かな力が見える、だが赤城の眼はそれと裏腹に冷たいものだった。
「玲……レンの事か、ああ、まだ死んでいない」
「頼む!俺を玲に会わせてくれ!!」
「それは無理だ、私の権限でお前を連れ出す事は出来ない。それにレンはもうじき息を引き取るだろう、何故だかわかるか?両足と内臓が潰れ、両腕も切断された状態でレンは発見されたんだ、生きている事自体が奇跡に他ならない」
僅かな希望に懸けた羅威だったが、その小さな希望も握りつぶされるように消えてなくなる。
両足は自然と曲がり、その場に座り込んでしまい、もはや立つ力さえ羅威には残っていない。
「今神楽がレンの治療に当っているが、あの状態ではもう、な……さて、私はこれで失礼させてもらう」
「ちょっと待て、俺の言った事は憶えてるんだろ?神楽って女がレンの記憶を弄ったって事について、お前は何も思わないのか?」
「わからない。だからその疑問を今、直接本人に聞きに行く所だ」
何も思わない訳ではないが、ここでそれを話した所で何になる。
赤城は振り向く事無く穿真の問いに答え、その場を後にした。
───地下研究所の一室、そこには赤い液体に満ちた大きなカプセルの中に、両手両足の無いレンが眠っており、そのカプセルの前には、両手を装置に着き、俯いたまま動かない神楽がいた。
「ごめんね、レンちゃん。ごめんね……」
ふと神楽が顔を上げると、その眼に微かな涙を浮かべていた。
「痛いよね、苦しいよね……待ってて、今レンちゃんを治してあげるから……」
そう言ってふと横にある心電図に目を向けると、線が一直線に横に伸び、0という数字が出ている。
それを見た神楽は少し躊躇った後、隣の部屋へと移動し、巨大な装置を作動させた。
そして装置のハッチを開けると、一本の小さなカプセルを取り出し、それをレンのいる部屋へと持っていく。
カプセルを装置に入れ、作動させると、そのカプセルの中に入っていた細胞のような物がレンの入っているカプセルへと入っていく。
「大丈夫、大丈夫よ。きっと治るから、私が制御できるよう改良したんだもの。だから……!」
カプセルの液体が段々と濁り始め、透き通った赤はまるで血のような流体となり始める。
そして沸騰するかのように液体が泡をたてはじめると、カプセルに一本の亀裂が走った。
神楽が慌てて止めようとしたが、もはやそれは無理な事だった。
『─ERROR─』
血の気が一気に引いていく、赤い警告ランプ、ERRORという名の文字に。
「そんなっ……」
亀裂は段々と広がり始め、カプセルから液体が漏れ始める。
そしてカプセルが破裂すると、そこには死んだはずのレンが虚ろな目をして立っていた。
光学電子磁鉱石
主に機体の動力源に使われている鉱石、その鉱石は微量でも想像を絶する程の電気を蓄えている。
『神』との戦争後に世界各地で発見されるようになったが、その原因は不明。