第57話 解放、選択
───「エコ!それは本当か?!」
『愁は生きている』このエコの一言に葵がすぐさま食いつく。
エコは冷静な面持ちで装置を触ると、モニターの画面がサーモグラフィーで見る画面へと変わる。
鬼神の残骸から微かに動いている熱源反応、恐らく機体の下敷きか、それとも閉じ込められているのだろう、外からは全く見えない。
「ほらね……後はBNが離れた後。回収すればいい……」
そう言ってライダーが少しずつ鬼神の残骸へと近づいていき、ゆっくりと機体の破片を持ち上げていく。
そこには仮面に亀裂が走り、服は焼き焦げ布はボロボロに破られている愁の姿があった。
微かに腕を伸ばしているが、自分から立ち上がることも出来ず、ただただ手を伸ばしている。
葵はすぐさま愁をライダーで回収すると、こちらに向かってきている艦にまで急いで戻っていった。
フィリオの入る艦へと戻ったアストロス・ライダーはすぐさま愁を下ろすと、胸部のハッチを開け中から葵とエコが降りてくる。
格納庫で倒れている愁は震える足で何とかその場から立ち上がろうとしている、それを見て葵が肩を貸そうとしたが、葵より素早くエコが愁の前に立った。
「魅剣愁。フィリオの所に、来て……」
「おい待てよエコ、愁は今危険な状態なんだぞ?治療の方が先だろ!」
葵の言葉を無視してエコは小言で何かを唱えると、愁の肩にそっと手を置こうとする。
それを見た葵が愁の肩に手を伸ばした時、三人は一瞬にしてフィリオのいる部屋へと移動した。
「お待ちしておりました、愁」
フィリオは落ち着いた様子で愁の前に立っており、その愁の後ろには葵とエコが二人横に並ぶような形で立っていた。
愁は傷ついたボロボロの体で跪き口を開いた。
「殺してください……」
力の感じられない愁の一言は葵とエコの表情を曇らせたが、フィリオは表情を変えずじっと愁を見つめている。
「俺は……もう俺じゃない……あの日から、俺はもう、俺じゃなくなった……」
今まで自分がしてきた事は正しかったのか、と聞かれると。恐らく愁は首を横に振るだろう。
仲間を、友を殺し。裏切り、人々を躊躇い無く殺していく自分の姿を、愁は知っていた。
「俺は殺したくなかった、殺したくなんか……なかったのに……」
なら何故殺す?家族がBNに殺されたからか、自分の全てを捧げてきたBNに、自分の家族を殺されたからか。
なら……無理も無い……?
……もう自分が昔の自分でない事は、一番自分がわかっていた。
「貴方は戦場に立つ時、貴方は何を想いになられてるのですか」
「俺は……復讐の為に戦ってた……ただ憎くて、憎くて……それから俺は、ずっと復讐の為に戦って……」
「そんな自分が、嫌いなんですね」
フィリオの言葉に小さく頷く愁、もう後戻りは出来ない、自己嫌悪に襲われ、ただひたすら戦う事しか出来ない。
そんな自分を止める事も出来ず、仲間を救えず、大切な人も救えず、戦う意味すらわからなくなってきていた。
「でも私は、愁が好きですよ」
「えっ……?」
下げていた頭を上げると、目の前にフィリオが跪き、自分と同じ目線で座っていた。
「愁は取り戻しました、自分の真心を、感情を。貴方はもう、人形ではありません」
愁の右手をそっと掴むと、フィリオは少しずつ立ち上がろうとしていた。
「立って、そして仮面をお取りになってみて下さい。そうすれば、貴方には見えるはずです」
フィリオの声と、優しく引き上げられる右手に、愁は少しずつその場で立ち上がっていく。
立ち上がった愁の目の前には優しく微笑んでいるフィリオが愁を見つめている、
そしてゆっくりと両手を自分の仮面へ持っていくと目を閉じ、今まで被り続けていた仮面をそっと取り外した。
仮面を外し、閉じていた目蓋を開いた瞬間、視界が眩い光に遮られ、一面真っ白な空間が映る。
だが次に瞬きをした時、そこにはさっきと変わらぬフィリオが立っていた。
後ろを振り向けば、エコと葵が軽く微笑んだ表情で見つめている。
その笑顔の映る光景が微かに滲んでいく、無意識に目からは涙が零れ落ちていた。
「見えたのに、嬉しいのに……涙が、止まりません……」
涙を零す愁を、フィリオはただただ抱きしめ続け、愁の持っていた仮面が手から滑り落ちるように床へ落ちると、仮面は綺麗に割れ散った。
───その頃、無事戦艦に帰還した羅威達3人は香澄達のいるブリーフィングルームにいた。
「この俺、穿真様があの赤鬼を倒したんだぜ?これは昇格間違いなしだな」
一人天狗状態の穿真に、雪音は尊敬の眼差しを送っており、三人も穿真の活躍に驚いている所だった。
「たしかに穿真の活躍はすごいね、何たってあの赤鬼を倒したんだから、きっと勲章が貰えるよ」
クロノが笑顔でそう言うと、穿真は更に天狗になる、香澄は穿真の活躍もそうだが、穿真の乗ってきた機体に興味を示していた。
「ねぇ、あんたの機体って本国から送られてきたでしょ?何であんたに送られたの?」
「んなの決まってるだろ?日頃の活躍が認められたって事だ、いやっほぅ!」
納得がいかないのか、香澄は複雑な表情のまま穿真を見つめている。
相変わらずの穿真に羅威も呆れた……というのか、安心したというのか、ほっと小さな溜め息を吐いた後、そっとゆっくりと手を上げ、クロノの肩を小さく叩く。
「クロノ、少し話がある。来てくれないか?」
「……ここでは話せない事かい?」
まるで羅威の言おうとしている事を知っているかのような態度に、羅威はクロノの耳元に顔を近づけると、小声で話した。
「もうあんな真似は絶対にするな、いいな?」
その問いかけにクロノは小さく頷く、羅威はクロノから離れると、今度は穿真の方に向かう。
「穿真、昇格したら勿論奢ってくれるよな?」
「ん?そうだな、だがその前に俺の昇格パーティーをお前等が開けよ!」
パーティーという単語に雪音が逸早く反応を見せ、突然手を上げた。
「あ!それいいですね!この作戦が終わった後。皆で開きませんか?」
「僕も賛成です、こんな時だからこそ。してみた方がいいと思うからね」
雪音の案にクロノが賛成の意を示すと、香澄も小さく頷き、穿真も乗り気になっている。
「っしゃあ!そうと決まれば羅威、明日の作戦、絶対に成功させような」
勢い良く羅威に手を差し伸べる穿真、羅威は力の入らない手でゆっくりと穿真と握手交わす。
「ああ、必ず成功させる」
───東部軍事基地、前に武蔵から借りていた部屋のベッドで甲斐斗は寝そべっていた。
何かを考えているかのように、目を開いたまま、ずっと天井を見つめている。
すると、寝室に枕を持ったミシェルが入ってくると、甲斐斗の頭の横に枕を置き、甲斐斗の横で寝ようとした時、動かなかった甲斐斗が突然ミシェルの腕を掴むと引きずり込むようにベッドに押し倒し、その上に甲斐斗が両手をベッドに付いてミシェルと目を合わせる。
「ミシェル……そろそろ、いいよな?」
突然の出来事にミシェルは終始驚きつつも甲斐斗と目を合わせていた。
「かいと?」
「お前の正体、俺に教えてくれ」
「しょう、たい?」
「俺、段々わからなくなってきたんだ。神を殺すとか、世界の平和とか、過去とか、未来とか。
考えれば、考えるほど。答えが見たくなる、知りたくなる……。
おかしいよな、こんな事、普段は考えないんだよ、でも考え出すと止まらなくなるんだ」
「ミシェル、お前は第1MGなんだろ?何故この世界にいるんだ?お前と神はどういう関係なんだ?
お前を狙ってきたあの男は一体誰なんだ?知ってることを全部話してくれ」
戸惑いを隠せないミシェル、その場から起き上がろうとするが、甲斐斗の両手がミシェルの細い腕を押さえつけ、起き上がれない。
「かいと、いたいっ……よ……」
痛そうに顔を歪めるミシェルだが、甲斐斗の手が離れる事はない。
甲斐斗は押さえつけたままミシェルの眼を睨むかのようにじっと見つめ続けている。
「どうして逃げる、どうして隠す?俺を信用してくれるなら、俺に話してくれてもいいんじゃないのか?
それともアレは全部演技なのか?俺を安心させる為の、俺を信用させる為の、俺を利用する為の、演技なのかッ!?答えろッ!」
そう言い放った瞬間、甲斐斗の表情が驚きに変わる。
ミシェルが大粒の涙を流し、甲斐斗を見つめながら嗚咽していたのだ。
「ごめん、なさい。ごめ、ん、なさい……」
ミシェルの表情に甲斐斗は咄嗟に抑えていた腕を放すと、ミシェルは流れ出る涙を必死に洋服の裾で拭き取りながら咽び泣き、謝り続ける。
それを見ていた甲斐斗は両手でミシェルの体を起こすと、ベッドの上で座らせる。
しかしミシェルが泣き止む事は無い、体を小刻みに震わせ過呼吸状態でただひたすら謝り続けていた。
「ご、ごめん、ごめんなさ、いっ」
「ち、違うんだミシェル。その、俺は……」
甲斐斗はミシェルを泣き止まそうとしたが、突然唇を噛み締めると、勢い良く部屋から飛び出る。
そして右腕を振り上げると、意味も無く目の前の壁に拳をぶつけた。
「何やってんだよ俺は!クソ!クソッ!」
何度も何度も壁を殴り、拳に激痛を感じるものの、それを堪えて殴り続けていた。
そして殴るのを突然止めると、今度は俯いたまま歩き出す。
そのまま脇道にある、非常階段の扉を開けると、延々と伸びている螺旋階段を上り始めた。
階段を上るたびに聞こえてくる足音が壁に跳ね返り、より大きく聞こえてくる。
……何を苛立っている、助けられなかったから、その怒りをミシェルにぶつけているのか。
自分を許し、笑みを見せたミシェルに、何をした?何故あんな事をした……。
「馬鹿だよ、俺は……」
甲斐斗はそう言いながらも階段を上っていく、冷静になっている今だからこそわかる事があった。
そこら辺の人間が死ぬ事に甲斐斗は何も思わない、だが身近な人間になるとそれは違ってくる。
矛盾と言うのだろうか、弱者は死ねばいいと言っていた甲斐斗。
だがそれがもし自分の知っている人間ならどうする?見捨てるか?
赤城はどうする、自分のせいで心と体に深い傷が出来た事に、甲斐斗は責任と罪悪感を感じているのか。
ミシェルはどうする、自分が生きる喜びを伝えると言っておいたにも関わらず、あのような事をしてしまった。
「わかってる……わかってんだよ、そんな事。だからこそ腹立たしいんだろ、自分が」
ひたすら階段を上っていくと、甲斐斗はとうとう最上階にまで上ってしまう。
屋上に続く扉を開けると、空は心を映し出すように灰色の雲が一面に広がっていた。
風が強く吹き起こる屋上、灰色の雲は所々雷鳴を響かせ、嵐を予感させる。
頭を冷やすのに丁度良いと思った甲斐斗はその屋上で外の景色でも眺めようとした時、屋上の手すりの付近に一人の少女がいるのが見えた。
「あいつ、たしかレンだな。こんな所で何してんだ……」
不思議に思いつつ後ろからレンに近づこうとした時、レンは突然手すりを乗り越えようとし始める。
「おまっ!?何してんだ!止めろ!」
手すりを乗り越えたレンの足は止まる事無く屋上から飛び降りようとしている。
甲斐斗は咄嗟に走り出すと、今にも落ちようとするレンに飛びかかった。
……間一髪、屋上から身を投げたレンの腕を掴む事に成功した甲斐斗は全く動かないレンをゆっくりと引き上げる。
「しっかりしろ、大丈夫か?怪我は……無いよな」
その場に座り込み相変わらず動こうとせず、微かに目蓋を開けているだけのレン。
そんな彼女を放っておく事も出来ず、甲斐斗は人形みたいに軽いレンの体を抱かかえると、ゆっくりと階段を下りていった。
───部屋のカーテンを締め切り、薄暗い部屋で神楽はモニターを見つめ続けていた。
そして右手には二つのカプセルの錠剤が握られていた、
赤色と青色何とも言えない不気味色をした錠剤。それを強く握り締めると、ある一室へと向かう。
部屋の扉を開ける、部屋の電気は点灯してなく、
薄暗い部屋で一人ベッドの上に座りじっと窓から見える外の景色を眺める赤城の姿がそこにあった。
「赤ちゃん、ちょっといいかしら?」
神楽はベッドの横に置かれてある椅子に座ると、赤城はゆっくりと顔を神楽に向ける。
だがその目に光は無い、虚ろな瞳だけが神楽を見つめていた。
「私が助けてあげる。でもそれには、貴方の選択が必要なの」
握り締めていた手を広げ、二つの錠剤を赤城に見せる。
「選んで───」
神楽が二つの道を赤城に話し、赤城は小さく頷くと青色の錠剤に手を伸ばす。
だが躊躇しているのか、錠剤を掴もうとした手が止まる。
しかし決断は既にしていた、青い錠剤を指で摘み、それを口に含むと、そのままゆっくりと飲み込んだ。
「おやすみ」
水綺 雪音
小柄な女性だが操縦の腕は一般兵士より格段に上手い、だが周りも上手いが為に余り目立たない。
意外と冷静な所もあるが、冗談を真に受け止めてしまい慌てふためく事が多々ある。