第56話 熱意、決行
───「奴が動き出した」
朝の日差しが窓硝子を突き抜け部屋中を照らす、その日差しは洋間の天井から吊り下げられているシャンデリアに反射していた。
その煌くシャンデリア下で椅子に座っているゼストは小さく呟いた。
ゼストの隣の椅子に座っているアリスはその言葉を聞いて首を傾げるが、今がチャンスと思い握っているコントローラーを操作する。
「突然何言ってるの?はい、私の勝ちー」
二人の前にある巨大なテレビには2体のロボットが映っている、その1台がちょうど今破壊された所だ。
「やったーゼストに勝ったー!私が本気出せばこんなものよ!」
嬉しさの余りゲームのコントローラーを両手一杯に高々と上げていると、ゼストは徐に立ち上がり無言で部屋から出て行こうとする。
「ちょ、ちょっとゼスト!どこ行くのよ!」
アリスが止めようと声を掛けるものの、ゼストが止まる事は無い。さっさと部屋から出て行ってしまう。
ちょうどその時、奥の部屋から茶菓子を持ってシャイラが部屋へ入ってくる。
「アリスお嬢様?あら、ゼスト様はどちらへ……」
「知らない、きっと私にゲームに負けたから拗ねてるのね」
ゼストの悔しがる姿が見たかったというのに、それが全く見れなかったアリスが不機嫌になってしまう。
「っね、今度はシャイラが一緒にゲームしよ!」
アリスの隣に座っていたゼストの椅子の上には寂しくコントローラーが置かれているが、それをアリスが取り上げると
茶菓子を持ってきてくれたシャイラに手渡した。
「わ、私ですか?『げーむ』と言うのは余りした事がありません……」
渡されたコントローラーをシャイラはまじまじと見つめるが、コントローラーの正しい握り方すらわからない。
「説明書見る?簡単だからすぐ出来ると思うけど」
コントローラーの次に説明書を手渡されるシャイラ、軽くページを捲っていくと、それを素早くアリスに返した。
「ありがとうございます、操作方法はわかりました。やってみましょうか」
「早いわね、てか早すぎよ!まぁいいわ、少しは手加減して戦ってあげるから」
アリスはやる気満々だが、シャイラがアリスに勝つ事はまず無い。別に操作が不慣れという理由ではない、勝ってしまうとアリスが機嫌を損ねてしまうのをわかっているからだ。
───「入るぞ」
返事を聞かない内に扉を開けて部屋の中に入るゼスト、それを待っていたかのようにフィリオは椅子に座っていた。
「待っていました、そちらに掛けてください」
フィリオと向き合うような形で置かれている椅子に座ると、ゼストは真っ直ぐ視線を向けフィリオと目を合わせる。
「奴がこの地で動き出した、手を打たなければ厄介な事になる」
「あの方がこの世界に来てしまった以上、ゆっくりはしていられませんね」
「『神』はどうする、第1MG無しで儀式を行なう気か?」
「いえ、それは危険すぎます。私達にはもう後がありません、慎重かつ冷静に動いていきましょう」
「第1MGを捕らえるのが第一条件。動くか?」
「今の所BNもNFもERRORも動きは見せていません。動くなら今が良いですね」
フィリオはゼストを見たまま話していたが、ゼストが急に視線をフィリオから反らし立ち上がった。
「どうなされました?」
「あの男、魅剣愁の事が気になるか」
「えっ、そ、それは……」
愁の名前を聞いた途端に動揺しだすフィリオを見て、ゼストは小さな溜め息を吐く。
「あの男の事は忘れろ、奴はもうここには戻ってこない」
そのゼストの言葉にフィリオは顔を上げるとゼストと目をあわした。
「私は諦めません、忘れもしません。あの方は必ず帰ってきます」
真っ直ぐ向いているその目を見たゼストは揺るぐ事無く言葉を返しす。
「信じれば信じる程、裏切られた時のショックが大きくなる。
MGに関してはそちらに任せる、我々は奴の動きを辿る、またアリスと別々になるが、構わないな」
「はい、わかりました」
フィリオの返事を聞いたゼストは無言で部屋から出て行く、その後ろ姿を見つめていたフィリオは小さく溜め息をついた。
そのフィリオの様子を部屋の隅の物陰に隠れて見ていた葵とエコはフィリオに気付かれないように小声で喋っている。
「ゼストの野郎忘れろとか訳わからねえ事ぬかしやがってぇ……愁は俺達の仲間だろ!」
「私達の仲間……だったわね。今はもう違う……」
「エコ!お前もそんな冷たい事言うのかよ!」
小声ではあるが身振り手振りで怒る葵の姿は既にフィリオの視界に入っていた。
「あの……二人とも?そんな所で何をしているのですか?」
「やべっ、何で見つかったんだ?」
葵の素のボケにエコは構わずスルーしてフィリオの元へ歩いていく。
「ごめんなさい」
そう言ってエコはペコリと頭を下げる、葵もすぐさまエコの横に立つと頭を掻きながら視線をフィリオから反らしながら口を開いた。
「その……わりぃ。俺とエコも気になっててさ、最近フィリオ元気無いじゃん」
最近フィリオが笑顔を見せなくなり、葵とエコは心配していた。
多少笑ってくれる時もあったが、その後すぐに表情が沈み、暗くなってしまう。
「心配してくれていたのですね、ありがとうございます。そしてすみません、心配をかけてしまいまして……」
「フィリオの謝る事じゃねえさ。さってっと、エコ。準備に取り掛かるか」
エコは小さく頷くが、フィリオには何の準備かわからず頭をかしげている。
「準備、ですか?」
「ああ、ゼストが言ってただろ。『俺達はMGを捜索、奪還しに動く』って。だから俺達は……な?」
「善は急げ……フィリオ様。ご命令を」
葵とエコの顔を見てフィリオは改めて知らされる。
今この場に愁がいなくとも。フィリオの側には共に歩んできた忠実な部下、仲間がいる。
少しばかりか、フィリオの表情は明るさを取り戻した気がした。
───「妹が……生きてたのか?」
「ああ、だが俺の事も忘れていた。それに今はNFにいる」
甲斐斗が出て行った後の基地で、羅威は久しぶりに穿真と会って話していた。
恐らく穿真の部屋だと思われる場所で、羅威は今までの出来事をエリルの話を除き全て穿真に話していた。
「良かったな、まず生きていた事に喜ぼうぜ?」
「喜んでいる場合じゃない、俺は今すぐにでも玲を取り戻したいんだ」
真剣な面持ちの羅威に穿真はソファに寝そべりながら携帯電話に文字を打ち込んでいる。
「具体的にどーするんだよ、お前は」
「玲を助けに行く」
「一人でNFの東部軍事基地に殴りこみでもする気かぁ?」
「いや、その必要は無い。自分で言うのも変だが俺に名案がある」
携帯電話を折りたたむと、それを胸ポケットに仕舞う穿真、その顔は何か面白い事が起こるのを期待しているかのように笑っていた。
「協力するぜ。それで、一体何をする気だ」
「東部軍事基地の領域ギリギリの所で俺が暴れ、敵をおびき寄せる。前に紳が使ったあの作戦だ」
「誘導作戦か、なるほどな。んでも今思ったんだが。俺達は勝手に動いていいのか?
SVがまた仕掛けてくるかもしれないんだぞ、貴重な戦力を紳は分断させてくれるのかねぇ」
「早急に終わらせるのを条件として動けば良い。
それに作戦が成功すれば敵の新型機を奪え、相手の戦力を削ぐ事が出来る。これを紳に言えば納得してくれるはずだ」
「んじゃその辺は羅威に任せる、んで作戦はいつ決行するんだ?」
「今日出発だ、作戦決行は明日になるだろう」
早急に終わらせればいいと聞いて今週からだと思っていたが、まさか明日だとは思っていない穿真は一瞬呆気にとられていた。
「何ともまぁ、羅威。お前いつからそんな大胆になっちまったんだ」
「早ければ早い程この作戦は良い、事が始まる前に事を済ませた方が良いだろ」
羅威は冷静な面持ちで話しを済ませる、既に頭の中では計画図が完璧に描かれているのだと思えるぐらいだ。
「へいへい、でも俺今日用事あって行く所あるんだよ。俺は途中からの合流で構わないか?」
「構わない、今から俺は紳の所へ行って話してくる。それじゃ」
「おう、またな」
穿真はへらへらと笑いながら手を振って部屋から出て行く羅威を見送った後、
胸ポケットに閉まった携帯を再び取り出すと、折りたたみ式の携帯電話を開き画面の文章に目を通していた。
───羅威が紳のいる部屋に向かっている途中、突然後ろから肩を叩かれる。振り返るとそこにはクロノが立っていた。
「羅威、久しぶりだね。ここに戻ってきたのに全く顔を見せないから皆心配していたんだよ?」
「すまない、心配を掛けるつもりは無かったんだが。俺にはやらなければならない事があってな……」
羅威は後ろに振り返っているが、体はやや横に向けてクロノの話しを聞いていた。
出来れば早く紳の所へ向かい、話しを済ませたい。そんな気持ちの表れだろう。
「それなら僕達部隊の皆も協力するよ」
「ありがとう、だがこれは俺個人の問題だ。皆を巻き込む訳にはいかない」
「羅威、これ以上僕達に心配を掛けないでよ。僕も雪音さんも香澄さんも。同じ仲間じゃないか。
もう少し僕達を頼りにしてほしい……頼む、僕達にも手伝わせてくれ」
クロノの顔をじっと見つめる羅威、ふと視線が腰のポケットの方に向く。
ポケットの口からは携帯のアクセサリーが一本垂れ下がっている。
「まさか、穿真から何か聞いたのか?」
「えっ?……う、うん。実は穿真からメールが来てて」
どうやらクロノは穿真から話しを聞いたらしく、それで羅威を探していたのだ。
羅威は視線を反らし何処にもいない穿真を睨みつめるように廊下を見つめた。
「あいつ……クロノ、穿真からどこまで聞いているんだ」
「君が大切な人を助けに行く事しか聞いてないよ」
「……それだけか?」
「それだけさ」
真剣な面持ちだったはずのクロノの表情に何か余裕が現れている、それは羅威も同じだった。
羅威は右手をそっとクロノの前に出すと、クロノはその手を右手でがっちりと掴み、握手を交わした。
「クロノ、やると言ったからには最後まで付き合ってもらう」
「うん、覚悟は出来てるよ」
───午後1時、話しは羅威とクロノの二人が終わらしてきた。
兵士達は基地の格納庫に止まっている中型の戦艦に5機の機体を詰め込み作業をしている。
「はぁっ?穿真は来ないの?」
そんな作業中、香澄が装置を背にして後ろに振り返り、怒った表情をして立っていた。
香澄の前には書類を片手に持っている雪音が驚いた様子で香澄を見つめている。
「そ、そうみたいです。何か用事があるらしくて。後から合流するって言ってましたけど」
「へぇ、そう、わかった。ありがとう」
そう言って香澄はまた振り返ると装置を動かし詰め込まれていく機体の状態を確認する。
話が終わったはずだが、雪音はまだ何か言いたげな表情でその場に立っていた。
「あの!……一ついいですか?」
「何?忙しいから手短に頼むわね」
今度は振り返らずに雪音の話しを聞く香澄だが、雪音は構わず話を続ける。
「香澄さんって、羅威さんと喧嘩してましたけど、仲直りはしたんですよね?だからこの作戦にも参加してるんじゃ……」
「喧嘩?別に喧嘩なんてしてない。私は隊長の命令に従ってるだけ。それで、話はそれだけ?」
「は、はい。すみません、作業中なのに……それでは」
雪音は小さく頭を下げた後、機体が詰め込まれた戦艦の入り口に向かって歩いていく。
丁度その頃、既に戦艦に乗って部屋で待機している羅威が隣に座っているアリスに何かを指示していた。
アリスは机の上に置いてある携帯電話を取ると、それを羅威に手渡した。
「大丈夫?私がやるよ?」
「これぐらいなら俺でも出来る」
羅威は携帯電話を右手でゆっくり掴むと、微かに震える親指で一つずつ数字を入力していく。
「愁と連絡取るのは初めてなの?」
「忙しかったからな、本当はあいつのいる町に行って直接話しがしたかったが。今は電話で精一杯だ」
電話に数字を入力するだけの精一杯の羅威、最後の数字を打ち終えた後、そっと耳元に電話を近づける。
コール音が数回鳴った後、電話が繋がり、あの懐かしい声が聞こえてきた。
『もしもし、羅威?』
「ああ、俺だ。久しぶりだな、愁。元気にしてるか?」
電話が繋がり、久しぶりの愁との会話に嬉しいのだろう、羅威の表情が明るくなる。
『俺は元気だよ、それより羅威、調子はどう?怪我とかしてない?』
「おいおい、それは俺の台詞だろ?お前こそ最近の暮らしはどうなんだ?」
『俺は元気だよ、それより羅威、調子はどう?怪我とかしてない?』
「おいおい、それは俺の……って、愁?」
『冗談だよ、久しぶりに羅威と話せて俺も嬉しいからね。エリルや彩野さん、穿真は無事かい?』
「穿真は無事だ、エリルは……今はNFの捕虜になっている。彩野は───」
それ以上は自分の口から言えなかった、彩野の事を思い出すと、あの彩野の死に様が再び脳裏に映る。
「殺された。意味も無く、まるで虫けらのように……っ!」
『羅威……』
「俺は殺した相手を絶対に許さない、必ずこの手で殺す、彩野の仇、いや、散っていったBNの兵士達の為にもな」
『羅威は……強いね、俺も見習わないと。あっ、ごめん。ちょっと用事があるからそろそろ……』
「ああ、また電話する。それと、近々直接会いにいくよ。その時はカレーを頼むな」
『了解、とびっきり美味しいのを用意しておくよ、じゃあね』
短い会話だったが、これが最後ではない、またいつでも話そうと思えば話せる。
羅威は電話を切るとそれを机の上に置く、二人の会話を聞いていたアリスは複雑な表情をしていた。
「アリス、エリルと玲を救った後。皆で愁の所へ行こう」
「うん、行こうね。皆で、必ず……!」
───基地から出発する戦艦、その戦艦を司令室から見届ける紳。
その後ろにはダンが立っており、基地から遠ざかっていく戦艦を目で追っていた。
「いいのか?貴重な戦力を分断させて、いつSVやNFの奴等が来るかわからないんだぞ?」
「奴にも奴でやるべき事がある、それと戦力の方も心配無い。本国から例の物が届いた」
ダンは胸ポケットから銀色の光沢をしたシップルなライターを取り出し、銜えている煙草に火をつけると、後ろに振り向き小さく煙を吐き出す。
「それじゃあ取りに行って来るか、その例の物とやらを」
「そうしてくれ、俺は新種のERRORが出た場所へ向かう、受け取り次第合流しろ」
「りょーかい」
返事をした後煙草を吹かしながらそのまま司令室から出て行くが、紳は未だに離れていく戦艦を見つめ続けていた。
───目的もわからない。
意味もわからない。
理由もわからない。
サイレンの音が艦内に鳴り響く、基地を出て1時間、レーダーの範囲内に1機の敵機の反応を確認。
相手は赤い機体に、鋭い角を生やした一人の鬼神。
鬼神に合わせBNの艦隊から出てきた機体は黄金の鎧を身に纏い、また隣に立っている機体は黒い装甲を露にしている。
「まさかお前からこっちに来てくれるとはな、探す手間が省けた」
「相手は1機だけど強豪、地と空から同時で攻めるよ。羅威」
黒葉花が空高く飛びたち、神威が大地を駆け巡る。その時香澄からクロノへと通信が繋がる。
『私達も機体の準備が出来次第発進します、それまで持ちこたえてください』
「香澄さん、その必要は無いよ。あの機体は僕達二人が落とすから、君達二人はその場で待機してて」
クロノがそう命令すると、それに便乗して羅威が口を挟む。
「艦を停止させるな、俺達は後で合流する」
『クロノ隊長、私達は戦力外という事ですか?同じ部隊のメンバーとして出撃するべきでは……』
「僕達がいない今、艦は誰が守るんだい?二人を必要としているからこそ待機していてほしいんだ」
『……わかりました』
香澄との通信が終わると、クロノの表情が険しくなり、機体を急降下させる。
それと同時に神威が出力を上げ加速すると、一気に鬼神との距離を縮める。
急降下をしながら機体の先端からレーザーライフルで鬼神を狙い攻撃を仕掛ける黒葉花。
神威は両手にプラズマを纏わせるとそれを鬼神の胸部へと放つ。
その二人の攻撃を機体に触れる直前に次々に交わしていく鬼神、既に神威の目の前に来ており、両機同時に拳を突き出す。
ぶつかり合う拳からは火花と稲妻が飛び散り、空間に衝撃が走る。
黒葉花は相手の隙を狙い空中から攻撃を仕掛けるが、それに気付いた鬼神は神威と距離をとるのかと思いきや、更に神威との距離を縮めた。
「っく、今撃てば神威に当たる可能性がある。それなら!」
両手に持っていたライフルを背部に仕舞うと、腰に備えられている2本のLRSを抜き取りそれを両手に黒葉花が上空から急降下する。
そして二人の間に割り込む形で地面に降り立つと、両手のLRSを目の前の鬼神に振り下ろす。
だが鬼神はLRSを左右の腕で受け止めると、それを捻り二本のLRSを折って見せた。
「今だ!羅威!」
黒葉花は瞬時に可変すると空高く舞い上がる、そして鬼神の目の前には両腕に稲妻を走らせ金色をしたプラズマを纏う両手を鬼神の胸に当てた。
「終わりだ、灰になれ」
両手から放たれるプラズマ、鬼神は抵抗する事も出来ず機体全体に電流が流れる。
痙攣するかのように鬼神の手足が動くと、機体の装甲や間接から白い煙がたちはじめる。
その圧倒的な威力に神威に乗り込んでいる羅威でさえ苦痛で顔を歪めている、だが羅威は決して出力を下げようとはしない。
「お前にも味わってもらうぞ、俺達と……彩野の受けた苦痛を、全部ッ!」
操縦桿を前に倒し更に出力を上げる羅威、2機の周りには渦巻くように雷が走り、晴天の中雷鳴が轟く。
鬼神の眼から光りが消えかけようとした時、鬼神の振りかざした右腕が神威の胸部を殴り飛ばす。
その光景を見ていたクロノと羅威は驚愕をしていた、無理もない。
「うぐぁあああっ!馬鹿な、アレだけの超高圧電流を受けてもまだ動けるというのかッ?!」
信じがたい事実に驚きを隠せない羅威、既に機体のエネルギーは先ほどの攻撃で大半を消費しており、エネルギーが切れるのは時間の問題。
それを見ていた黒葉花はすぐさま神威の元に降りると、倒れた神威を起こしにかかる。
「ありえない……機体ですら普通は耐える事の出来ないはずのあの電撃を。操縦者は耐え抜いたのか?」
未だに疑問をもつ羅威に、クロノも無線で答えていた。
「僕も信じられないよ、見て羅威。赤鬼が動き出そうとしている」
ぎこちない動きをしながらも鬼神は体を動かし調整を整えている、クロノは背部のレーザーライフルを掴むと、それを構え銃口を鬼神に向けた。
「倒すなら、今しかない!」
引き金が引かれ、青光りしたレーザーは一直線に鬼神の元へ向かう。
次の瞬間、両手の甲に鍵爪を着けた機体が鬼神の前を横切る、鬼神は腕を引かれその場から離れると、黒葉花の攻撃を交わした。
『間一髪ってのはこの事だな、全く無茶しやがって。おい愁、聞こえてんのか?』
返事が無い、しかし通信は繋がっており、機体も微かに動いていた。
『お前今まで何処に行ってやがった。勝手に行方を晦ましやがって。戻ったら説教だからな』
然程怒る事も無い葵、すると今まで黙っていたエコが口を開く。
『愁、艦に戻って……フィリオが待ってる……』
『俺は……お、れ……は』
『愁?』
『俺はぁああああああああああああッ!』
操縦席で雄叫びを上げる愁、それに合わして鬼神の眼光が強まり、供に雄叫びを上げた。
「羅威、赤鬼が来てるよ。そこから下がって」
クロノが通信で呼びかけるが、羅威は終始無言で立ち尽くしている。
その様子に気付き黒葉花がすかさず神威の元へ駆け寄る。
「どうしたの?何か機体に異常が───ッ!?」
神威の胸部には亀裂が走り、大きく凹みが出来ている。
その部分から音を立てながら電流が放電している状態が続いていた。
「羅威!機体は動くのかい!?」
「……動かない、出力も……上がらないな」
今の状況を羅威は冷静に伝えると、機体の腕だけを動かし迫り来る鬼神と戦おうとするが、その目の前に黒葉花が立ちはだかった。
「クロノ!?そこをどけっ!」
「でも羅威を守るにはこうするしかない、僕が奴の拳を受け止める」
「止めろ!幾らお前でもそれは危険すぎる!」
モニターに目を向ければもう鬼神はそう遠くない場所にまで走ってきている。
その鬼神の攻撃をクロノは黒葉花で受け止めようとしている、危険な事だがこうしなければ羅威が危ない。
羅威はどうにかして神威を動かそうと操縦桿を動かすが、羅威の思いとは裏腹に機体は動こうとしなかった。
「黒葉花では赤鬼の拳を受け止めるのは無理だ、それはお前もわかっているはず!」
元々黒葉花は無花果をベースとして開発された機体、機動力重視であり、機体の硬度は我雲と大差変わらない。
「今君を助ける方法はこれしかない、僕はもう仲間を失いたくはないからね」
既に覚悟が出来ているのだろうか、クロノは落ち着いた様子でそう言い残すと黙って通信を切った。
「お、おい?クロノ……?」
両手で持っているレーザーライフルで鬼神を狙う黒葉花だが、攻撃は悉く避けられ、徐々に距離を縮められていく。
すると黒葉花はライフルをその場に捨てて両手を開き、鬼神を迎え撃つ体勢をとる。
「クロノ!クロノッ!!そこをどけ!このままではお前が死ぬぞ!?」
羅威の声が届くはずもなく、機体を動かそうと操縦桿を握るが、その腕の力が抜けていくのを微かに感じた。
「動け神威!俺は守る為に戦場に出ているんだぞ!?頼む、動いてくれ……ッ!」
同様に、全身から力が抜けていくのを感じる。焦りが募り、目の前の出来事を予測してしまう。
まるで連鎖のように次々に死んでいく仲間、その仲間がまた一人目の前で消えようとしている。
もはや自分が何を叫んでいるのかすらわからない。
ただ見えたのは、鬼神が拳を振りかざし、黒葉花の元に飛びかかろうとしている光景だった。
───突如大地に亀裂が走り足場が不安定となる黒葉花と神威、まるで巨大な落とし穴に落ちるかのように地面の中へと落ちる。
そして機体が落ちると反対に、1機の機体が大地を切り裂き現れた。
「遅れてすまねぇな、羅威」
聞き覚えのある声に羅威はすぐさま名前を言ってみせた。
「穿真!?お前なのか!」
「ああ、野入穿真、そして俺の愛機エンドミル。只今見参!後は俺に任せろッ!」
両手は鋭い円錐の形をした二本のドリルが付いており、その右手のドリルの先端が鬼神の右手とぶつかり合う。
激しく火花が辺りに飛び散る中、鬼神は一歩も引かずにドリルの先端に右手を突き出している。
だが次の瞬間、ドリルは鬼神の右手を砕くと右腕から右肩まで一気に貫き通す。
鬼神は残りの左腕を動かそうとするが、左肩をもう一方のドリルに貫かれ爆破、
両腕を失った鬼神はすぐさまその場から下がろうとしたが、穿真は逃さなかった。
「これで終わりだ、あばよ」
回転するドリルは糸も簡単に鬼神の腹部を貫く。
崩れ落ちる機体、強烈な閃光を腹部から放った後、鬼神の眼から光りが消え、その場で爆発した。
穿真の乗る機体はその爆風をものともせず、その場で立ち尽くしている。
「あんな強敵があっさり死にやがった。死なんて呆気ないもんだな……羅威、クロノ。無事か?」
その場から振り返る機体、神威と黒葉花は体勢を立て直すと落ちていた穴から地面へと浮上する。
「俺は平気だ」
「僕もなんとか無事だよ、それにしてもその機体は?」
両手に二本の巨大なドリルを装備している灰色の機体に二人の注目が集まる。
「この機体は本国から送られてきた物さ、どうだ?俺にぴったりの機体だろ?」
「それで遅れると言っていたのか、なるほどな……」
「正義のヒーローは遅れてくるもんだぜ」
「二人とも、話しはそれぐらいにして。敵はまだ残っているんだよ」
荒野に立ち尽くす青き獣は健在している、だが動き出す気配は感じられなかった。
───「撤退?何言ってやがる、俺はここで奴等をぶっ殺すッ!」
「葵、落ち着いて……」
「落ち着いていられるかよ!愁が、愁が殺されたんだぞ!?」
鬼神の残骸から煙が上がる光景を見て、葵はすぐさま動き出そうとしたが、それを止めたのがエコだった。
「いいから落ち着いて……」
ふとエコがモニターを覗くと、3機のBN機は背中を向けずその場からゆっくりと離れていく。
恐らく警戒されているのだろう、エコは操縦桿を握ったまま動こうとはしないが、葵は震える手で操縦桿を握り、必死に感情を抑えようとしている。
その感情を抑えるかのように、エコはそっと口を開いた。
「愁は……生きてる」
正式名MFE-エンドミル (Back Numbers製)
全長-25m 機体色-黒緑 動力源-光学電子磁鉱石
本国から届けられた穿真専用の機体、何と言っても特徴的なのは両手に付いてある巨大なドリル。
ドリルの大きさは機体程あり、その破壊力はあのアストロス・オーガの拳を砕く程である。
両手両足にはチェーンソーの歯が出るようになっており、両足の歯はERRORが上るのを防ぐ為に付けられてある。
ドリルは切り離し可能であり、進行方向に向けて勢い良く飛ばす事が可能。
動力源である光学電子磁鉱石の力を使い磁力を最大限にまで高めている為放ったドリルは元の位置に戻す事が可能。
又自在にコントロールする事が出来る。