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第54話 使者、罪悪

───「今日はとても楽しかった、それもこれも君と赤髪の子のお陰さ」

そう言って青年は操縦席の片隅に倒れている少女の頭を優しく撫でる。

青年の走らせる機体は荒野から廃墟が立ち並ぶ市街地へと入っていた。

道路には亀裂の跡が見え、荒れた高層ビルが幾つも並んでいる。

人気の無い町をまるで観光しているかのように青年は見渡していた。

「一つ、また一つ。人間は居場所を消されていく。

 もう残りわずかじゃないか。どうするんだろうね、この世界の人間は」

少女の方に顔を向けるが、少女が俯いたまま動く様子が無い、青年は小さく溜め息をつくとまた廃墟を見渡している。

「君は本来の目的も果さずに限られた時間を贅沢に過ごしている、諦めたのかい?」

少女は何も答えない、それが気に入らないのか青年は少女の髪を掴むと自分の顔の近くまで引っ張り上げた。

「僕にとってはどうでもいい事だけどね」

青年の口元は笑っていたが、その目は少女を威圧するかのように開いていた。

「でもたっぷり楽しませてもらうよ、僕が満足するまでね……」

不敵な笑みで笑う青年は少女の髪から手を放すと操縦桿を握り機体を勢い良く走らせる。

だがその瞬間、機体の真横にあったビルを粉砕しながら1機の機体が突然中から飛び出してきた。

赤い目を光らせ黒い装甲が僅かに煌く、青年は突然の出来事に暫し呆気に取られていたが急いでその機体から自機との距離をとる。

「驚かせないでくれ、せっかく一人で街並みを観光していたというのに」

青年は余裕の表情を浮かべていたが、相手の機体は問答無用で手に握っている巨大な黒剣を振りかざした。

「君は……ああ、君か」

振り下ろされた剣を木の葉のように交わすと、腰に付けてある剣を鞘から抜き取りその剣先を黒い機体の胸部に向けた

青年は目の前にいる機体との通信を繋ぎ口を開く。

「アビアがしくじったみたいだね、まぁいいけど。そうだ、自己紹介をしようか。僕の名は……」

青年が名を言いかけた時、黒い機体が大剣を振り回し青年の機体の持つ剣を弾くとその勢いに任せて剣を振り下ろす。

それを青年は交わすと、一旦黒い機体から距離をとる。

「僕の話も聞かずに勝手に攻めてくるなんて。少しは落ち着きなよ……甲斐斗」

余裕の表情を浮かべながら甲斐斗の機体を見つめる青年、その右手は狭い操縦室でぐったりとしているミシェルの頭を掴んでいた。

「今日はもう疲れてるんだよ、戦闘ならまた今度にしてくれないかい?」

「黙れ」

スピーカーから聞こえてきた男の声は小さかった、しかしその声はたしかに青年の耳に届いていた。

次に青年が口を開こうとした時、モニターの映像が目の前の機体から一人の男の映像に切り替わる。

赤い目を光らせ、殺気を感じさせる気配、男は直接青年の眼を見つめているかのように睨んでいた。

「今日がお前の命日だ。今、ここで、俺がっ!……お前を殺す」

「その顔、僕は好きだな」

それを見た青年は口元が微かに笑っている、まるで余興を楽しんでいるかのように。

その青年の表情を見ていた甲斐斗は、既に我慢の限界が来ていた。

「だぁあああああまあああああれぇええええええええッ!」

咆哮する獣の如く、甲斐斗は声を荒げると機体を走らせ青年の乗る機体の元に向かう。

「やれやれ、本気で僕と、このトラディスカントに勝てると思ってるのかい?」

『トラディスカント』、青年の乗る赤黒くグロテスクな色をしている機体の名前。

トラディスカントの手に持っていた剣が一瞬にして巨大な鎌へと変化すると、その大鎌を向かってくる機体に向けて振り下ろす。

それを魔神は剣で弾くこうとするが、大鎌が予想以上に重く激しく火花を散らしながら剣と大鎌の刃が擦れあう。

だが大鎌は瞬時に姿を変え今度は鋭く尖る槍へと変化すると、それを魔神の胸部へ突き刺した。

魔神の動きは一瞬鈍るが、剣を振り上げると目の前に立っている機体へ向けて剣を振り下ろす。

すると胸部に突き刺さっていた槍は瞬時に形を変え、今度は巨大な盾へと変化すると振り下ろされた剣を防いだ。

「弱い……ああ、僕が強いだけか」

盾で振り下ろされた剣を弾くと、瞬く間に盾が剣へと変わり、剣先を魔神の胸部へ突き刺そうとする。

っが、魔神はその寸前で刃先を左手で受け止めると、空いている右手で手に持っていた剣を上空に放り投げた。

甲斐斗にとって唯一の武器、青年はその魔神の放り投げた剣を見ていたが、それが甲斐斗の狙いだった。

魔神は空いた右手を急いで背部に回すと、

普段リバインが装備しているアサルトライフルを取り出し、その銃口をトラディスカントに向ける。

青年がそれに気付いた時、既に機体には数発の銃弾を近距離から浴びせられていた。

だが銃弾は機体を貫通する事無く、腹部や胸部の装甲に傷を付ける程度しか効果が無かった。

「傷がついたね……」

トラディスカントは剣から盾へと武装を変え、一旦距離を置こうとしたが、魔神は獲物を逃がそうとはしない。

魔神は銃を投げ捨てると、空中に投げた剣を華麗にキャッチした瞬時に構えて逃げる獲物を追う。

「言っただろ、今日がお前の命日だってな」

盾を向けながら下がっていく機体に止めを刺そうと、魔神は剣を構えながら徐々に相手との距離を縮めていく。

あと少しで届こうとしていたその時、魔神に向けられていた盾は瞬時に形を変えると、忽ち機体の半分程の大きさのレーザー砲へと変貌する。

「甲斐斗、君は苦痛の中、悲鳴を上げながら消えるといい。さよなら」

引き金は引かれた、目の前まで接近していた魔神に向けて赤色の巨大な光線が放たれた。

魔神は大剣で瞬時に身を守ろうとしたが、その余りの威力に簡単に吹き飛ばされていき、

そのまま廃墟となった高層ビルへと激突する。

その衝撃で高層ビルは崩れ落ちていき、レーザー砲の反動で近くの建物に亀裂が入り始めていた。

トラディスカントの両手に持っているレーザー砲から光線を撃ち終えると、

最初の形であった剣に戻り、それをそっと鞘に収める。

キャノン砲の射線上にあった物は全て消えており、地形が大きく抉れている、

それを見て満足したのか青年の機体はその跡に背を向けた。

「はははっ!その程度の力で僕に歯向かった君が悪いんだよ?じゃあね」

何事も無かったかのように青年の乗る機体は町から立ち去ろうとするが、

レーダーが反応を示しすぐに後ろに振り向いた。

そこに魔神は立っていた、機体全体に負傷した跡や傷が見えるものの、しっかりと二本の足で立っている。

魔神は無言のまま大剣を構えると、そのまま一気に加速し敵の機体を目指し走っていく。

それを見ていた青年は何故か武器を取らず、ただただ迫り来る魔神を見つめている。

「しぶといね、そんな性格は好きだけど。君にはもう飽きた」

トラディスカントが鞘から剣を抜き取ると、その刃先を魔神に向けた後、小さく構えなおす。

魔神は既に目の前にまで来ていた、魔神は敵機目掛け大剣を振り下ろす。

振り下ろされた剣を剣で受け流すトラディスカント、甲斐斗、そして青年ははその隙を逃さない。

二人の剣先が素早く動く、狙いは一つ、胸部だ。

「───っ!?」

ミシェルが驚いた様子で目を覚ました、魔神の胸に剣が差し込まれたのと同時に。

モニターを目を向けると、赤い刃が魔神の胸を貫いている映像が映っている。

それを見て青年は微笑み、少女は絶句した。

細く小さな手を伸ばすが、その手が届く事は無い、名前を呼ぼうにも声が出ない。

魔神の眼に灯っていた光りが消え、手に握っていた大剣は姿を消し、その場に跪いた。

「完全に機能停止だ。あ、君は見たかい?命の消える瞬間を」

目が覚めた事に気付いた青年はミシェルの頭を掴むと、無理やりモニターの前まで引きずり出す。

「君の為に死んだんだよ?もっと悲しまないと」

「かい、と……」

青年の言葉にミシェルはモニターに映る魔神を見て表情が徐々に歪んでいく。

その青年はモニターの映像ではなく、悲しんでいるミシェルの表情を見て笑っていた。

苦痛や悲痛で歪む顔、恐怖や憎しみでの震える体、彼にとってそれを見るのは娯楽に過ぎない。

「良いねぇ、僕は好きだな、そういう表───!?」

間一髪で交わした青年だったが、その剣先は微かに首を掠めていた。

「へぇ……驚いたなぁ……」

一本の剣は装甲を貫通、そしてモニターを突き破り青年の首元まで到達している。

その剣を手にできるのはただ一人、トラディスカントの胸部には甲斐斗が立っていた。

「ミシェルがいなけりゃお前なんて楽に殺せたんだよ。ゴミが」

剣を引く抜いた甲斐斗は剣を振るうと胸部のハッチを簡単に切り崩す。

青年の、そしてミシェルの目の前には、一本の剣を手にした男が姿を見せた。

「迎えに来たぜ、ミシェル」

「かいと!」

月夜を背にして見える甲斐斗の姿、ミシェル、そして青年には、一体どのように映っているのだろうか。

甲斐斗の姿を見たミシェルはすぐさま甲斐斗に腕を伸ばすと、甲斐斗はその小さな手を力強く握り締め、自分の元へ引き寄せた。

それを見ていた青年は余裕の表情を浮かべながら首に出来た傷を指で摩り、その指先は血で滲んでいた。

「すごいよ甲斐斗、まさか機体から降りていたなんてね。でも……それで僕に勝ったつもりかい?」

目の前に甲斐斗がいようと青年の表情は変わらない、それを見ている甲斐斗は薄らと笑みを見せた。

「似合ってるぜ、その傷」

剣の刃先が掠めて出来た首の傷からは僅かに血が滲み出ていたが、青年は構わず摩り続けている。

「それで、僕に興味は無いのかい?質問なら聞いてあげるよ?」

「無えな、お前は俺の、一人の犠牲者に過ぎなくなるんだからよ」

眼を光らせながらニヤニヤと不敵なを笑みを浮かべる甲斐斗に、青年の視線は真っ直ぐと甲斐斗の眼を見つめている。

「へぇ……それで、戯言はもう終わりかい?」

青年が左手を甲斐斗の方に向けようとした時、甲斐斗に抱きついていたミシェルが突然甲斐斗の体を押した。

甲斐斗は体勢を崩すとそのまま胸部から外に跪いている自分の機体の胸部へと着地する。

「降りた? 馬鹿だね、君の機体はもう動かないんだよ」

青年は操縦桿を握り締めると、胸部に突き刺していた剣を抜き取り、剣先を甲斐斗に向ける。

だがその瞬間、六つの青いレーザーが青年の乗る機体目掛けて放たれた。

逸早く気付いた青年はすぐさま回避運動をとるが、四方八方から飛んでくる攻撃に戸惑っている。

「NFの新型……まさかここまで来るとはね」

『そこのアンノウン、直ちに武装解除し投降しなさい!』

レンの声と共に、フェリアルと無数の我雲、そしてリバインが廃墟と化した町に現れる。

「……いいさ、今日はもう疲れた。また今度にするよ」

機体は剣を鞘に収めると、向かってくるNFの部隊に背を向ける。

「甲斐斗、次会う時、君は僕に歯向かった事を後悔するよ。それじゃ」

そう言い残すと青年の乗る機体は町から一気に遠ざかっていく、そのスピードであっと言う間にレーダーの範囲から姿を消した。

機体の胸部で立ち尽くす甲斐斗、その横には甲斐斗の服に顔を埋めながら抱きついているミシェルが立っている。

そんなミシェルの姿を見て、甲斐斗は何も言葉を掛けてあげる事が出来なかった。

正式名 トラディスカント

全長-18m 機体色-黒赤 動力源不明

謎の青年が搭乗する機体、他の世界で作られており、その性能は計り知れない。

機体の色は黒薔薇をイメージしたかのように黒く、血の様な濁った赤色が特徴的。

武器は自在に形を変え、その場に応じた武器に変化させる事が出来る。


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