第52話 鍵、箱
私達はレンの救出を成功させて無事に東部軍事基地に戻ってきた。
これでまた一つ心配事が消えたと思っていたが、また一つ問題が生まれてしまった。
突如町に現れたERROR、そして武蔵の機体、『大和』の出現……。
それにしても、今日のコーヒーはやけに苦く感じる、豆の分量を間違えたのだろうか。
「由梨音、まさかまた壊してないだろうな?」
私が由梨音に目を向けると、ソファに座っている由梨音は不機嫌そうな顔をして雑誌を読んでいた。
「むーっ、私は壊してませんよ!ちゃーんといつも通りにコーヒーを注ぎました!」
「……どうした?今日は機嫌が悪いみたいだな」
「当たり前です!私に黙ってお買い物に行くなんて酷いです!私も赤城少佐と買い物したかったのにぃ……」
レンを助けに行っていたと由梨音に本当の事を話す訳にもいかず。
つい買い物に行っていたと嘘をついてしまった。
それにしても余程買い物が行きたかったのだろう、今日の由梨音はやけに不貞腐れている。
「やっとの休日、赤城少佐と一緒に水着や夏服買いに行ったり、映画見に行ったり、色々行きたかったのにぃ……」
「わかった、また今度一緒に行こう」
「今度っていつですか、そもそも赤城少佐が外出する事なんて滅多に無いじゃないですか!」
それでは私が一日中部屋に閉じ困っていると言っているようなものではないか……。
「私を引きこもりみたいに言うな……、仕事が一段落したらちゃんと行ってやる」
「ぜ、絶対ですよ!そうだ、その時はレンちゃんと三人で一緒に行きましょ!」
「ああ、そうだな。3人で行こう」
その前に、私にはやらねばならない事が多々ある。
聞かねばな、あの大和が本物か、偽者か。神楽なら何か知っているかもしれない。
私は飲みかけのコーヒーカップを机に置いたまま立ち上がると部屋の出口に向かった。
「赤城少佐ーどこに行かれるんですかー?」
「野暮用だ、すぐに戻る」
とは言ったものの、恐らく今日はこの部屋に戻る事はないだろう。
「入るぞ」
私はそう言って神楽のいる研究室に入ると、丁度目の前に神楽が立っていた。
突然部屋の中に入ってきた私に驚くことも無く、私に目を向けるとすぐまた視線を戻す。
「来ると思っていたわ……立ち話もなんだから座って」
どうやら今回は私をからかう余裕は無いらしい、少し焦りを感じる喋り方で私をソファに座らせると2枚の書類を机の上に置いた。
書類は置かれると丁度良く私の目の前に滑り止った、一枚の書類には大和についての機体説明が書かれている。
そしてもう一枚の書類にも大和についての説明が書かれていた。
「一枚目と二枚目、一見同じ様に見えるけど。実は2枚目のは内部構造が少しだけ変化してるのよ」
そう言われて熱心に目を通してみるものの、内部構造の違いがよくわからない。
変わっていると言えば胸部のエネルギー反応の数値が微妙にずれている事ぐらいだ。
「一枚目はEDPの時の大和、そして二枚目は今日町に現れた大和のデータよ」
「……ほぼ違いが無いな、となると今日現れたのは本物の大和か?」
「その可能性は高いけど少し違うのよ、機体自体は本物、でも中身が多少弄られてるの」
つまり今日現れた大和は本物だが、中身が多少変わっているという事か。
「許せない、伊達君の為に作った私の最高傑作を勝手に改造するなんて……」
あの時、EDPの最後で武蔵は一人大和でGATEの中に入り地下に向かった。
大和の攻撃により私達は何とか脱出できたものの、大和はアルカンティスの主砲でERRORごと破壊されたはずだった。
「神楽……あの大和に乗っているのは、誰なのだろうか……」
でも今日、こうして私達の眼の前に現れた。しかもほぼ無傷の状態で。
だとすれば、あの機体に乗っているのは……。
では何故ERRORと共に現れ、町を攻撃したのか。
……それでも私は信じたい、あの機体に乗っているのが……武蔵であると。
「伊達君かもしれないわね、だって大和を自分の手足のように操作していたのだから」
悪ふざけなのかわからないが、今の台詞で神楽は薄らと笑みを見せていた。
「……次に現れた時、大和を捕獲すれば誰が乗っているかわかるな」
「そうね、でも捕獲されたらそれは伊達君じゃない。伊達君の腕と大和があれば捕獲なんて不可能よ」
「それなら私が捕獲してみせる」
「無理よ、例え貴方とリバインが10機いたとしても。大和には勝てないわよ?」
豪い自信だな、それ程自分の機体が強いと言いたいのだろうか。
相手が強いからと言って引き下がる訳にもいかない、誰かがやらねば始まらない。
ならば私が始める、そしてあの機体に乗っているのが誰なのかつきとめる。
「勝てないのなら、勝てるようになるだけだ」
「赤ちゃんらしい台詞ね、それで勝てると思ってるの?」
馬鹿にしたような笑み、もう見慣れた笑みだが。
神楽は胸ポケットから一枚のディスクを取り出すとそれを机の上に置いた。
「これを使えば勝率が5%ぐらいは上がるわよ、精々頑張りなさい」
そう言うと神楽はたち上がり、部屋の出口まで歩いていく。
「まて、何処に行く」
「野暮用よ、それじゃ」
となると、神楽は当分この部屋に返ってこない。
私は神楽に渡された一枚のディスクをポケットの中に入れて部屋から出て行った。
由梨音の待つ部屋に戻ろうとしたが、あの子の事も気になり私は自分の部屋に戻った。
カードキーを使い部屋の鍵を開けて部屋に入ったが、体全身を包み込むように熱風が部屋から感じる。
冷房の電源が点いていない、私が部屋を出る時には点いていたはずだが……。
ふと自分のベッドに目を向けるとシーツが丸まりもぞもぞと微妙に動いている、
ベッドに近づきシーツを取ると、そこにはあの少女が苦しそうな顔をして寝ていた。
服は汗でびっしょりと濡れ、髪の毛も汗で濡れている、室内だというのに帽子も被ったままだ。
私はまず少女を抱かかえるとソファの上に寝かせ、机の上においてある冷房のリモコンを手に取りすぐさま電源をつけた。
これで室内は涼しくなる、後は汗で湿った洋服を取り替えるだけだが、この子に合うサイズの服を私はもっていない。
仕方が無い、サイズは合わないが私の服で我慢してもらうしか……。
私が少女の服を脱がそうとした時、部屋の出口に付いているインターホンから声が聞こえてきた。
『ごめんください、赤城隊長おられますか……?』
部屋の扉を開けるとそこにはレンが立っていた、レンは何か言いただけな表情をしていたが先に口を開いたのは私だった。
「レン、すまないが今からある物を持ってきてほしい」
レンのお陰でこの子に近いサイズの服を準備する事が出来た。
服を着替えた少女は相変わらず寝ている、先ほど寝ていたベッドの上に寝かせると、優しくシーツを掛けてあげた。
可愛らしい寝顔をしているこの子は一体どんな夢を見ているのだろうか。
「すまないな、突然着るものを持ってきてもらって」
「いえ、赤城隊長の為なら私何でもします。でもどうしてその子が赤城隊長の部屋に?」
「あの男に頼まれてな。全く、あいつは今何処で何をしているのだろうか……」
この子を置いて逃げるような男ではない、すぐに迎えに来るだろう。
それまでこの少女の面倒は私が見なければならない。
「それはそうと、レン。私に用事があってここに来たのだろう?」
「あ、はい……実は赤城隊長に調べていただきたい事があって……」
レンの表情が暗くなっていくことから見て何か重大な話、私は無言でレンの言葉を待った。
それにしても、私に調べてほしい事とは一体……。
「私の過去を……調べてください」
戸惑う私にレンは口を開いた、私に納得してもえるように。
「驚くのも無理はありません、私も自分で変な事を言っているのはわかっています……。でも最近私本当に変なんです、頭も、体も……ハッキリとしないんです……」
「体調が悪いのかもしれないぞ、最近レンは連戦続きだからな。休暇をとってみればどうだ?」
「……夢を見ます、最近毎日見てるんです」
返事もせずにレンは喋り始めた、余程思い詰めているのだろう、今の心境に私に聞いてほしいのだろう。
「どんな夢だ、教えてくれないか?」
「沢山の私がいます……でも沢山の私は動きません……それで、今度は私がその沢山いる私の一人になるんです。それがとても怖くて、怖くて……。そして沢山の私の中に、小さい頃の私が沢山いるんです」
「子供の頃の……レンか」
「はい、でも私は憶えてないんです。幼い頃の記憶も、子供の頃の記憶も、そもそも思い出そうとした事もありませんでした……」
「自分の過去を探りたいのなら、自分で調べないのか?」
「それが……一番怖いんです……」
忘れられた記憶、頭の中には残っているが、その記憶の箱の開けようとはしない。
それは自分を守る為か、それとも……その箱には鍵が掛かっているのか。それは私にはわからない。
「お願いします、赤城隊長!」
「わかった、可愛い部下の為だ、一肌脱ごう。だがレン、過去の自分を知る覚悟はあるか?」
「あり……ます!知らないといけない気がするんです!」
「よし、そうと決まればこの件は私に任せて、お前は部屋に戻ってゆっくり休め、これは命令だ」
「わかりました、ありがとうございます赤城隊長」
私に思いを伝えて少し気が楽になったのか、レンの顔は少しだけ表情に余裕が見えた。
レンは一礼した後部屋を後にする、それにしてもレンの過去について調べる事になるとは思っていもいなかった。
しかし、ああ言われては私も知りたくもなる、レンの過去を……。
その時、後ろから携帯電話の鳴る音が聞こえて私は振り返った。
机の上で携帯電話が鳴り響いていたが、ベッドで寝ている少女は顔色一つ変えず寝ていた。
携帯を取り電話に出ると、意外な自分からの電話だった。
『もしもし赤ちゃん?』
本当、いつになったらこの呼び方を止めてくれるのだろうか……。
「神楽か、私に電話をしてくるなんて珍しいな。何の用だ?」」
『レンちゃん何処にいるか知ってる?部屋を探したんだけど姿が見当たらないの』
当たり前だ、私の部屋にいたのだから。
「レンなら先ほどまで私の部屋にいたぞ、今はもう自分の部屋に帰ったと思うが」
『っそ、ありがと。所でレンちゃんと何話してたの?』
「そうだ神楽、実はお前に調べて欲しい事がある」
神楽に協力してもらえばレンについて何か詳しい事がわかるかもしれない。
それに私一人より、神楽と二人で探せばきっと何か情報を掴めるはずだ。
「レンの過去について調べてくれないか、実はレン本人が調べてほしいと言ってきてな」
『……そう、レンちゃんがそんな事を……。わかったわ、私も出来るだけ調べてみるわね』
「すまんな、お前も忙しいというのに……」
『構わないわよ、それじゃ』
電話を切り終えた私は奥にある自分の机に向かうと、神楽から渡されたディスクをパソコンの中に入れた。
画面に映し出されたのは大和に関してのデータだ、それに武蔵のデータまで入っている。
敵を見てからの反射速度、敵射撃パターンを予測し瞬時に間合いに近づくまでの時間……全てここに書かれている。
これを使えばあの大和にも対抗できるかもしれない、戦場では案外こういうデータが役に立ってくれるからな。
……となると、今日も徹夜になりそうだ。
風霧 唯
BN組織の幹部であり、紳の妹。
平和主義であり、争いごとが大嫌い、武器や兵器に触ると過剰に反応するが、戦争や兵士を軽蔑している訳ではない。
BNの皇族でありながら神を信じ、神は『絶対』だと称えている。
ちなみに甲斐斗の事を神だと信じきっている為、甲斐斗の為なら身を危険に晒せる覚悟もある。