第51話 数、阿吽
初めに。
81日もの長期間も小説を放置してしまい読者の方に大変ご迷惑をおかけしました。すみません。
しかし、改めてまた小説を再会させてもらおうと思います。
更新速度は遅いかもしれませんが、無事完結させるよう続けていきたいと思います。
───俺達の前に現れた1機の機体、それは紛れも無く伊達武蔵が乗っていたはずの『大和』だった。
大和は俺達に攻撃を仕掛けたって事は奴は敵、だとしたら倒すしかないが……。
「甲斐斗、あの機体を知っているのか?」
羅威からの通信が入る、知っているも何も、共にEDPを戦った機体、英雄と言ってもいいぐらいだ。
「ああ、あれはNFの機体。だがEDPの時に破壊されたはず……」
壊れたはずの機体が存在し、俺達の前に『敵』として現れた、この状況に一番動揺しているのは間違いなく赤城だろう。
俺は赤城と通信を繋ぐと、案の定赤城は驚いた様子でじっと大和の様子を見つめていた。
「赤城、ハッチを開けてくれ」
「何故だ?」
そう言いながらもハッチを開けると、俺も機体のハッチを開けて後ろに立っているミシェルを抱かかえる。
そしてリバインの操縦席に飛び移ると、抱えているミシェルを赤城に渡した。
「お、おい!どういう事だ、説明しろ」
「お前あの機体と戦えるのか?戦えないだろ、だったらミシェルを連れてこの町から出てくれ」
ハッキリと言ってやったが、俺の言っている事は何も間違ってない。
赤城も何か反発してくると思ったが、今の自分の心境をわかっていたのだろう、何も言わずに小さく頷いた。
それを見ていた俺も自分の機体に戻ろうとした時、後ろから赤城に呼び止められた。
「甲斐斗、あの機体に乗っているのは……武蔵なのだろうか……」
「わからない、だから今。それを確かめに行く」
俺だってわからない、むしろ聞きたいぐらいさ。
自分の機体に戻り再度機体を確認する、どう見たって大和、しかも無傷の状態だ。
「羅威、レン、あの機体は俺達に攻撃を仕掛けた、つまり敵だ。戦えるか」
「俺は大丈夫だ、あの機体を野放しにする訳にはいかないからな」
「私も大丈夫です、大和に乗っているのは伊達大佐ではありません、きっとアレは大和に似せた機体……!」
それも有り得る、BNかSV、以外にNFが量産機として開発……いや、あれ程の機体を量産できるはずないか。
ふと画面左上のレーダーを見てみると、1機の機体が大和の後ろから急接近してきていた。
鬼神だ、大和の背後を狙うように接近していき、一気に飛びかかる。
それに気付いたのか、大和が後ろに振り返ると、既に鬼神は大和の目の前に立って拳を振り下ろそうとしていた。
今から避けるには遅すぎる、鬼神は大和の胸部を狙い拳を突き出す。
すると大和は右腕を少し動かすと、鬼神が突き出した腕を横から簡単に弾き、その拳を交わす。
だが鬼神は拳を弾かれた後、踏み込んだ足を軸に機体を回転させて回し蹴りを繰り出した。
しかし大和はその蹴りをも予測していたかのように腕を小さく振り上げると軽々と回し蹴りを受け止める。
それから鬼神の攻撃は更に続いていくが、大和はその場から動く事無く鬼神の拳と蹴りを交わし、弾いていく。
無意識に俺達三人はその光景をじっと見つめて、戦いの行く先を見守っていた。
大和の動き、鬼神の動き、本当に人間が操縦しているのかわからないような鮮やかで、機敏な動きをしている。
あれ程の操縦が出来るとなると、やはりあの機体に乗っているのは……。
レーダーに反応、モニターを見てみればさっきまで大和と戦っていた鬼神が姿を消していた。
レーダーを見ると鬼神が町からどんどん離れていくのがわかる、どうやら負けたようだな。
にしてもあの鬼神ですら大和に攻撃を与える事が出来なかったとは、やはりあの機体に乗っている人間は伊達なのか?
「さて、今度は俺達三人の番だ。行くぞお前等」
俺の声と共に隣にいた2機が動き始める、いくら相手が強かろうがこの3機からの集中攻撃には耐えられないはずだ。
「私が援護を行ないます!あの機体の隙を作るのでそこを狙ってみてください!」
フェリアルから六つのフェアリーが一斉に放たれると、レンの操作で次々に大和の周りを囲みだす。
そして順番に六つのフェアリーが次々に大和に向けてレーザーを放ち、敵に揺さぶりをかけようとしたが、
大和は腰に付いてある2本の刀を鞘から抜き取ると自機に飛んで来る攻撃を全て切り払っていく。
その場から1歩も動かず、ただただ刀を振り回し、いとも簡単に攻撃を弾いていくが、それが唯一の隙とも言える。
「羅威、左右から同時攻撃を行なうぞ!」
「ああ、任せろ!」
俺と羅威は同時に機体を発進させると、挟み撃ちを仕掛ける、俺は再び剣を自機の手に呼び戻すと、一気に大和に向かって加速を始める。
羅威も同じく機体の両手にプラズマのようなものを溜めている、それを大和にぶつける気だろう。その頃大和はレンからの攻撃をただひたすら刀で弾いていた。
「やるなら今しか無えッ!」
俺は大きく剣を振り上げると、その場に留まり続ける大和に向けて振り下ろした。
羅威も同様にプラズマを溜めた右腕を大和に向けて突き出す。
……ああ、そうさ、物事考えたように上手く進むわけ無い、そんな事は誰だって知っている、わかっている。
だからってな、ここまで想像以上の事が起きると、もう驚くことしか出来ないんだよ。
振り下ろした剣、突き出された拳、二つの同時攻撃は2本の刀によって受け止められていた。
そして援護攻撃を行なっていたレンの機体は、煙を上げてその場に跪いている。
大和の右肩についている大砲の先から煙が漂う、恐らく俺達が飛びかかった瞬間レンに向けて砲弾を放ったのだろう。
俺達の機体はピクリとも動かない、大和も同じだ、俺の巨大な剣をあんな細い刀で受け止められるはずがないのに……!
一旦距離をとろうと俺は大和から離れようとした時、大和に手に握られている刀が微かに動いた瞬間に
剣を持ったまま斬りおとされる右腕、同様に羅威の乗る機体の腕も斬りおとされていた。
こいつ……いつ刀を振りやがった、俺には何も見えなかったぞ。
俺と羅威は一度大和から離れるが、大和は俺達を追って来る事は無かった、自分の立っている場所から一歩も動かず、3機の機体を支障を与えやがるとはな。
だがまだ負けちゃいねえ、機体に支障はあるがまだ動ける、それに動いてこないのなら近づかなければいい。
「お前等まだ動けるよな?今からあの機体に集中砲火を……っ!?」
レーダーにERRORの反応有り、しかも超巨大だ、この町を覆い隠す程の大きさ、まさか……。
町を分断するかの如く地面には一直線に亀裂が入っていく、赤い触手が次々に亀裂から飛び出る中、町の中心には一本の赤い木が聳え立った。
見た事があるぞ、俺は。EDPの時に現れた植物だ。なんでこんな奴が今ここに現れたんだ?
「あ、あれはPlant態……どうしてこんな所に!?」
レンの呟いた台詞は俺の耳にも届いた、『Plant態』か、聞いた事の無いERRORだ。
多分ERRORの中では最大級で間違いないだろうな、このデカさ半端じゃねえ。
って、冷静にあれこれ考えてる場合じゃねえだろ!?
「羅威!レン!全力でこの町から離脱しろ!こんな化物相手にしてられるかッ!」
「言われなくても離脱する!甲斐斗、お前の機体にBNの基地の場所を送っておく、町から離れた後ここに来てくれ」
羅威から送られてくる基地のデータ、町から離れた後ここに行けばいいって事か。
レンと羅威が町から離れていく、回りを見渡せば人影はもう何処にも無い。
赤城に町から離れておけと言っておいて正解だったな、それに民間人の避難も既に済んでいる。
後は俺達がこの町から逃げればそれで……。
俺がplant態に背を向けその場から離れようとした時、ふと大和の方に機体を向け直すと、大和はその場に立ったまま俺を見つめていた。
逃げる様子も無く、戦う様子も無い。そもそもこの機体は何をしに来たんだ、俺達に一撃放ったっきり全然攻めてこようとしてない。
俺はふと大和に通信を試みた、スピーカーから聞こえてくる音、静かな音、無音だ。
通信モニターには真っ暗、相手に俺の姿は映っていると思うが……。
「その機体に乗っているのは伊達か?」
……沈黙が続く、返事は返ってこない。大和の後ろにはPlant態が大きく触手を広げ、今にも俺達に襲い掛かろうとしていた。
ERRORと共に現れた大和、まさか大和を動かしているのは伊達ではなく、ERRORなのか?
そんな考えが頭に浮かんだが、あの大和の動きをERRORが真似出来るか?あんな化物が、こんな動きを。
大和を動かしているのがERRORだと俺は信じたくないだけかもしれない、だが信じるも信じないも俺の勝手だ。
静かに通信の電源を切った俺は機体を走らせこの町から離れていく。
また謎が増えた……謎を消そうと動けば動くほど謎が増えていく。俺はどうすりゃいいんだよ。
とりあえず羅威に教えられた所に向かおう、そこで一つぐらい謎が消えるかもしれない。
───どれぐらい機体を走らせただろうか、俺はようやくBNの基地らしき場所へと到着した。
どうやら俺が来る事は既に知っていたのだろう、基地の周りにいた兵士達は俺を格納庫まで案内してくれた。
格納庫に入ると横には何台もの我雲が立ち並んでいる、そして前には白い服を身に纏った男、風霧紳と、その周りには何人ものBNの兵士が立ち並んでいる。
あの男がこの中で一番偉い奴か?とりあえず機体から降りるとするか。
機体のハッチを開けた俺はワイヤーに掴まりゆっくりと地面に降りる、どうやら歓迎はされて……なさそうだな。
俺が地面に降りた途端に横に立っていた我雲が一斉に俺の機体に向けて銃を構え、紳の周りにいる兵士達も一斉に俺に銃口を向ける。
兵士達の中に羅威とラースの姿が無い、
「久しぶりの再会にそりゃねーだろ。まぁあんたから見れば俺は疫病神かもしれねえがな」
軽くジョークを言ってみたつもりだったが、冷たい視線しか飛んで来ない。
紳は無言のまま前に出ると、その鋭い目で俺と目をあわし、口を開いた。
「甲斐斗、あの子をこちらに渡してもらおうか」
ん?あの子……?
「貴様と共に行動している青髪の少女だ、今操縦席にいるんだろ?」
……最低だな、俺。色々あったせいでミシェルの事を忘れてた。よし、今から迎えに行こう。
「残念だがミシェルはここにはいない、多分NFの所にいるから今から迎えに行ってくるわ」
そう言って機体に戻ろうとした時、銃を構えた兵士達が一斉に俺に狙いを定めてくる。
「……駄目か?」
「駄目だ」
ああそうかい、にしてもミシェルを置いてきたのは不幸中の幸いだったのかもな。
BNの奴等はミシェルを捕らえるつもりだ。
生憎ミシェルは赤城の元にいる、赤城ならミシェルを危険な目には遭わせないだろうし、しっかり守ってくれるはずだ。
それにしても、少しは歓迎してくれると思いきや……BNは思っていた程友好的な組織じゃないみたいだな。
「それで、俺をどうする気だ?捕らえる気か?」
捕らえられるのは慣れっこさ、さぁ手錠でもして牢屋に入れてくれたまえ。
「いや、消えてもらう」
銃を持った兵士達が紳の前に出てくると横一列に並び俺に銃口を向ける、どうやらマジで俺を殺すみたいだ。
「おいおい、俺に興味無いのか?何か聞きたい事とかあるだろ?」
「無い」
「俺は有る、お前に聞きたい事が沢山あるんだよ。話してくれねえか?」
俺は剣を瞬時に出現させ、その刃先を紳に向ける、敵兵士は俺を囲んでいるが俺は機体に背を向けている状態。
上手く機体に乗り込むか、それとも機体の足を盾にして少しずつ兵士供を殺すか。
「おかしな力だ、貴様はERRORの類か?」
「あんな下等生物と一緒にするなよ、俺は最強の男だぜ?」
「そうか……撃て」
兵士達が引き金に指を掛ける、撃たれる前に先制攻撃を仕掛けてやるよ!
俺が剣を振りかざし銃を向けている兵士に飛びかかろうとした時、格納庫内に一人の少女の声が響いた。
「お止めください!」
突然格納庫に現れる女性、見た事のある顔、たしかSVの町にいた時にモニターに映っていた女性、風霧唯。風霧紳の妹だな。
「お兄様、何故この方を殺すのですか。彼はEDPでこの世界の為に戦った英雄!それなのに……」
「奴がいると確認された場所では全て戦闘が起こる、災いを齎す化物。早めに始末するのが妥当だろう」
「この世界では争いは多々あります、それに彼はBNに直接危害を加えた事はありません」
たしかに俺が戦った事のあるのはNFとSV、BNの奴等とは戦闘をした事は無い。
女性は俺の方を見ると足早に俺の元に歩み寄る。
そして俺の前に立つと後ろに振り向き紳の方に見つめなおした。
「彼を殺すのであれば、彼の命は私が貰います、行きましょう」
女性は俺の手を握るとまた足早に歩いて行ってしまう、兵士達はただ呆然とその様子を窺っていた。
何事も無く俺は格納庫から出ることが出来た、すると俺の手を握っていた女性は俺の手を放すと大きく溜め息をついてホッとした様子をしていた。
「良かった、お兄様に止められると思いましたけど、見逃してくれましたね」
「いいのか?こんな事して、紳の言う事も強ち間違ってないぞ」
「良いのです、貴方の力はこの世界の平和の為に必要不可欠、それに私、一度貴方と話してみたいと思っていました」
「自己紹介がまだでしたね、私の名前は風霧唯と申します。貴方の名前は……」
「甲斐斗だ、よろしくな」
どうやら話しのわかる奴がいてくれたみたいだ、助かったな……。
俺が手を伸ばすと、唯は笑顔で俺の手を握って握手をかわしてくれた。
何処と無くユイと似ているな、名前は同じだけど。
「立ち話も悪いですし、私の部屋でお話しましょう」
そう言われて俺は唯の後についていくと大きな扉の前にたどり着く。
唯が扉を開けて部屋の中に入っていく、俺も半開きの扉を開けて部屋に入っていく。
まさに皇族の部屋だ、こんな基地にこんな部屋があるとは誰も思うまい。
部屋には女神の石像が立っており、壁には大きな絵が飾られている。
人に翼が生えた天使が一人の女性の周りを飛んでいる絵、神秘的で何とも空想めいた絵だろうか。
それにしても驚いたな、BNは神を好んでないと思っていたが、まさか皇族である彼女がこんなものを……。
部屋の壁際にあるテーブル、その白く綺麗なテーブルには二つの椅子があり、その一つの椅子に唯が座る。
すると隣の部屋からお盆にティーカップ等を乗せて唯の元に向かうメイド、辺りを見渡してみるが警護の人間等がまるで見当たらない。
俺は椅子に座ると早速その事から話してみた。
「護衛係が少なすぎないか?皇族の人がこんな薄っぺらな警護でいいのかねぇ」
「それは私が頼んでいるからです、自分の部屋では一人でゆっくりとしたいので」
「でもそれを狙って誰かが殺しに来たりするぞ、例えば……俺とか」
俺がそう言うと唯は口元に手を当てクスクスと小さく笑いだす。
「面白い冗談ですね、甲斐斗様はどうしてここに来たのですか?」
「俺は羅威っていう奴に呼ばれてここに来たんだよ」
「羅威さん……知っています。お兄様のお友達ですよね、彼に呼ばれてここに?」
「そうだよ、なのに来てみるとあの有様だぜ?」
「そうだったのですか……大変無礼な事をしてしまい申し訳ございません……」
唯は俺に頭を下げてくるが、別にこの人が悪い事した訳じゃないんだし、そんな頭を深々と下げなくてもいいんだが。
「いやいや、別に謝らなくてもいいって。頭上げてくれ」
「いえ、お兄様の行なった無礼を許してもらうまでは頭を上げません」
「わかった許す、だから謝るとか止めてくれないか?」
やれやれ、それ程兄が大事なのだろうか、俺も人の事言える立場じゃないけど。
唯は下げていた頭をゆっくりと上げると本当に申し訳無さそうな顔をして俺を見つめてくる。
「そ、それより。話しがあるんだろ?俺で良ければなんでも話すけど」
「本当ですか!?ではまず質問ですけど、好きな食べ物はなんですか?」
カップを持っていた俺の手の動きが止まる、何かもっと他に聞く事があるんじゃないのか?
唖然としている俺を見て唯はまた小さく笑っている。
「冗談です、甲斐斗様って面白い人ですね」
俺は何も喋ってないわけだが、てかさっきから様って言われてるけど……まぁいい、とりあえず話しを進めるか。
「てか、どうして俺が危険だと思わないんだ?俺の噂は知っているはずだぞ」
「はい、甲斐斗様の事は前々から世界で噂されています。正体不明の機体『M,D』は神出鬼没で戦場に現れ、災いを呼ぶ、と」
いつの間にか俺の機体はM,Dになってたようだ、何かの頭文字でもとったのだろうか。
「災いを呼ぶって……本当俺酷い言われようだな」
正直へこむぞ、俺だって生きる為に精一杯戦ってるだけなのに……。
「悪い噂だけではありません、良い噂もあります。甲斐斗様はEDPにも参加して、その時神秘的な力で我々人類を勝利に導いたんですよね」
「別に俺はEDPで何もしてない、それに勝利に導いたのは俺じゃなくて伊達っていう男だ」
「はい、たしかにNFの方々も頑張ってくれました、ですが私は甲斐斗様が居なければEDPは達成できなかったと思っています」
隣の部屋からメイドが何かの画面のついた装置を持ってくると、それを俺達のいるテーブルの上にそっと置く。
メイドは深々と頭を下げた後、また隣の部屋に戻っていく。何だこの機械は、俺に何か見せる気だ。
唯はその機械の電源をつけるとボタンを押して何かをいじっている、そしてその機械の画面を俺に向けてきた。
「これを見てください、甲斐斗様のご活躍は全て知っています」
画面を見てみると俺の機体が黒剣を振り回し迫り来るERRORを蹴散らしている映像が映っている。
これは俺が火傷をしていた頃の映像だ、俺がその映像を見ていると、今度はまた別の映像が映りだす。
今度は俺がSVの奴等と一緒に逃げた頃の映像が映る、あの赤鬼と俺が戦っている映像だ、まさかこれまで撮られていたとは……。
「そして、これが私のお気に入りです」
俺の見ていた映像がまた別の映像に変わる、画面には1機の黒い機体が急上昇した後黒く輝く陣のようなものが機体の足元に幾つも形成されていく。
その機体が剣を一振りすれば回りにいるERRORがまるで塵のように吹き飛ばされていき、
右腕を突き出せば黒い光が雷光を纏いながら放たれ一瞬にして射線上のERRORが掻き消されていく。
……これは俺か、たしかにあの時力を取り戻したのは憶えているが、これ程までに力を振るっていたのは知らなかった。
俺は力を取り戻したはず、なのに気が付けば力は消えていた……わけわからん。
本来ならこの力を常に使えるはずの俺が、何故力を制限されなければならない。
っと、一人で悩んでいると俺と画面の間に唯が顔を覗かせてきた。
「どうです?すごいですよね!私はこの力を見てとても感激しました」
俺を怖がったりするかと思いきや、あの力を見て感激しただと?
「俺が怖くないのか?あんな人間離れしたおかしな力を使うこの俺が」
「怖くありません、甲斐斗様の力は神様のお力なのですから」
満面の笑みで俺を見つめてくる唯、だが俺の顔は笑っていなかった。
だが面白い冗談だと気付いた俺はつられて笑おうとした時、彼女は更に話し続けた。
「甲斐斗様は神様の化身、甲斐斗様はこの世界を平和にする為にこの地に下りた神様ですから」
目を見てやっとわかった、唯は冗談で言ってない、本気で俺の事を神だと思っている。
散々化物は悪魔と言われてきた俺だったが、まさか神と言われるとは思いもしなかった。
「一応聞いておく。本気で言ってるのか?」
「勿論です、私の祈りが天に通じ、甲斐斗様がこの世に舞い降りたのですから」
……しっかし、まさか、ここまで真面目に言われるとさすがの俺も少し戸惑う。
BNの皇女が宗教の人間とは知らなかった、妹はこうなら兄も神とか信じてるのだろうか……。
何て言っていいかわからない俺はとりあえずゆっくりと立ち上がり、窓際の方に向かって歩いていく。
後ろから唯の足音がついてくる、部屋にいるんだから別についてこなくてもいいのに。
丁度が日が差し込む窓の前俺は立った時、部屋の扉が突然開くと数人の兵士と白いマントを靡かせる紳が部屋に入ってきた。
「お兄様!?」
「唯、気は済んだか」
紳の冷静な声がさっきまで笑っていた唯の笑顔を一瞬で消してしまう。
「今すぐその男から離れて俺の元に来い、その男は危険だ」
やはり紳は俺をこのまま見逃すつもりは無いらしい、当然と言えば当然か。
だが俺も黙って殺される程簡単な男じゃない、まずは交渉だ。
「俺が危険か危険じゃないかの話はさておき、俺がこの基地に来た理由を知っているか?」
紳は黙ったまま何も答えないが、知らないはずがない、俺がこの基地に来てもBNはそれをすんなり受け入れたのだから。
「俺はBNの兵士の羅威っていう奴にここに来い、って言われたんだぞ。あとラースっていう奴も、まずその二人を呼んでくれ」
「呼んでどうなる」
「へ?」
呼ばないつもりか?羅威とラースを、となると俺と話す気は本当に無いのか?
「これは俺が決める事だ」
その言い終えた途端に紳は腰に付けられている2本のサーベルを鞘から引き抜き両手に持つと、すぐさま俺との間合いを縮めてくる。
俺は咄嗟に剣を出すと紳の振り下ろすサーベルを受け止める。
「俺が何者なのか知りたくねえのか?」
「知った所で何か変わるのか?」
「変わるんだよなぁ、これがぁっ!」
力は俺の方が圧倒的に上、巨大な黒剣を振り回すと紳は一旦俺との距離をおく為に離れる。
奴の手に握っているのはサーベル、隙を見せれば確実に餌食となる。どうにかしてこの場を気り抜けなければ……。
「お待ちください!甲斐斗様はこの世を平和にする為に……」
唯が口を開いた途端に部屋の中にいた兵士達が唯を囲み部屋から出そうとするが唯は動いてはくれない。
「私に触らないで下さい、私はまだお兄様との話しが終わっていません」
唯の言葉に回りにいた兵士達の動きが止まる、皇族の命令には逆らえないのか。
「お願いしますお兄様!争いをお止めください!」
「黙っていろ、すぐに終わる」
「お兄様!」
どうやら兄貴の方は神とかそんなもん信じてないみたいだ、その方が俺にはまともに見える。
なんて今考えている場合ではない、そのまともな人間が俺を殺そうとしてるんだからな。
この状況、どうすればいい。戦うか、逃げるか、それとも……。
「……わかりました、甲斐斗様を殺すのでしたら。私も死にます」
隣に立っていた兵士の腰に掛けてある銃を唯は一瞬で抜き取ると、その銃口を自分のこめかみに当てた。
その正気を疑うような唯の行動に部屋にいた兵士達と、俺と紳の二人も困惑した。
俺が死ねば自分も死ぬとか、何を言っているんだこの女は。
だが唯の目は真剣そのものだった、じっと紳を見つめて微動だにしない。
すると紳は右手に持っていたサーベルを鞘に戻すと、銃口を自分に向けている唯の元に歩いていき、唯の目の前で止まる。
「……1日だけ待つ。それ以上は待たない」
紳はそう呟くと唯の握っていた銃を簡単に取り上げ、それを兵士に渡す。
左手で握っているサーベルを鞘に戻した紳は唯に背を向け部屋から出て行く。
その様子を見ていた兵士達も紳の後について行き、部屋から出て行った。
まるで嵐が過ぎ去ったかのような静けさ、俺はその静けさのせいか紳が出て行った扉をただただ見つめていた。
紳は何故待ったんだ、銃を取り上げれたのなら、唯の意見を無視して俺を殺せたはず。
いや、それもそれだが、何故唯はあそこまでして俺を助けた、俺を本当に神だと思っているからか?そんな馬鹿な……。
またも扉の閉まる音が聞こえる、だが俺の見ていた扉ではない、音のした方を向いてみるとそこにさっきまで立っていたはずの唯が消えていた。
隣の部屋に行ったのだろう、俺も何となく唯の入っていった隣の部屋へ向かうと扉を開ける。
扉を開けると小さな通路とその横に二つの扉が向かい合うように並んでいる、右側の扉から音が聞こえる、水の音だ。
水の音が聞こえてくる方の扉を開けると、そこには洗面台の前に手を洗っている唯がいた。
勢い良く流れ出る水で黙々と手を洗い続ける唯、手が汚れてたから洗ってるだけ……のようには見えない。
「汚れはもう取れてるぞ」
蛇口を捻り水を止めた俺は洗面台に置かれていたタオルを手に取るとそれを唯の両手に掛けた。
これでようやく俺の存在に気付いたのか、唯は驚いた顔をして俺を見つめるとそっと頭を下げる。
「あ、ありがとうございます」
渡されたタオルで手を丁寧に拭いていく唯、さっきまでの唯は何か様子が変だったが……。
「あのさ、どうしてお前は命を張ってまで俺を助けたんだ、神だからか?」
「それもあります、ですがお兄様に怪我をしてほしくないのであのような行動をとりました」
なるほど、俺と紳が戦えば紳が怪我をすると思ったのか。
俺は仮に神となっているから、俺が負ける事は考えてもないのだろう。
「そうか、所で俺はこの基地を歩き回ってもいいのか?ちょっと会いたい奴がいるんだが」
「構いませんけど、羅威さんですか?それなら私が警備の人に言って連れてこさせることもできますが……」
「いや、俺からあいつ等の所に行く。あいつのいる場所を教えてくれ」
───「……だからって、態々ついてこなくてもいいんだぞ」
場所を教えてもらった俺は羅威の元に向かっているが、何故か唯までついてきている。
「安心してください、甲斐斗様の邪魔にならないように心がけております」
いやいや、そうじゃなくて。これからややこしい話しをしていくというのに、人が多いと更にややこしくなる。
「話しはすぐに終わるから、それにもう少しで昼の時間だし。部屋に戻って昼食の準備でもしててくれないか?」
「お食事ですね、分かりました。今すぐ昼食の準備をするようメイドさんに……」
「いや、君にしてほしい。頼む」
「私がですか?任せてください、甲斐斗様の頼みなら私が昼食の準備を行ないます」
そう言うと唯は俺に頭を下げた後小走りで自分の部屋に戻っていった。
……さてと、渡された地図によると羅威のいる部屋はここみたいだ、早速中に入ってみるか。
んで部屋に入った後羅威を殴り飛ばして俺を助けなかった事を後悔させてやろう。
俺が一歩前に踏み出すと扉は自動的に開いた、そして部屋の中に入るとすぐさま羅威を見つめる。
だがそこで俺の足は止まった、殴り飛ばそうとしていた羅威が、殴り飛ばしていたのだから。
「俺の腕が使えなくて良かったなラース、もし腕が治っていたら俺はお前を殴り殺していたかもしれない」
羅威は倒れているラースに近づいていくとラースを見下ろしながら口を開いた。
「全部話せ、お前のしてきた事も。玲とエリルの事も、全部な」
「お取り込み中にすまねえが、俺もその話を聞かしてくれないか?」
羅威の後ろから声をかけると、羅威はようやく俺の存在に気付いたみたいだ。
「甲斐斗、どうしてここに……」
「文句言いに来た。紳に殺されかけたんだぞ?どうして俺を助けなかった」
「紳にお前が来る事を伝えたんだが、来たら殺すの一点張りで俺にはどうする事も出来なかった。すまない」
「まぁ、俺は無事だから別に良いけど。それで、俺にも聞かせてくれよ、その話って奴を」
本当ならまだ怒っている俺だが、今はこの二人が話そうとしていた内容に興味がある。
俺と羅威が壁にもたれ掛かりながら床に座っているラースを見つめると、ラースはずれた眼鏡を掛けなおして口を開いた。
「そんなに言われてもね……羅威が一番聞きたい事を教えてよ……」
「玲について教えろ!あの女が言っていた事は本当なのか!?」
羅威の怒号に、何故かラースは平然とした態度で微かに笑みを見せた。
「へぇ、羅威はエリルの事より、玲って子の事の方が大事なんだ」
その瞬間、羅威が足を勢い良く上げると、ラースの頭があるすぐ横の壁を踏みにじった。
「ふざけるな、答えろ」
「……答えるよ、あの女性、神楽さんの言っていた事は本当だよ。君の妹は脳を弄られて、今あの場にいる」
神楽?脳を弄る?妹?……玲って誰だ、まさかレンの事を言っているのか?
そうだとしたらその兄が羅威で、弄ったやつが神楽って訳か、あの女、そんな事までしていたとは。
「元の記憶を取り戻す方法はあるのか?」
「無い事も無い、でも思い出させてどうなるの?」
ラースの口から出ること言葉は意外な台詞ばかりだ、どうしてそう羅威の感情を逆なでするように言うんだ?
「神楽さんは言ってたよね、知らない方が幸せな事もあるって」
「お前ッ!」
息巻いた羅威は壁にもたれ掛かっているラースに近づき顔面目掛け蹴りだそうとした。
「事実だよ、仮に記憶が戻ったとしても。記憶が無くなる前に合った事を全て思い出して混乱、パニック状態に陥る可能性だってある。そうなれば自ら精神崩壊を起こし、死に至る場合だってあるんだよ」
羅威の足が止まる、知らない方が幸せ、これは本当。
だが人が人の記憶を書き換える事など許される事じゃない、魔法でも人の記憶を消す魔法が存在するがそれは禁忌に等しい事だ。
「それでも俺は玲を助けだし、玲の記憶を取り戻す。その為にはお前にも協力してもらうぞ、ラース」
「僕は別に構わないけど……それで、聞きたい事はもう無いの?」
「あるに決まってるだろ、エリルの事について───」
俺の後ろから扉の開く音が聞こえてくる、ふと振り向けばそこには見た事のある女性が立っていた。
「羅威ー、腕の調子は……」
思い出した、アリスだ。俺の包帯を換えたりしてくれたあの女性だ。
俺達の今の状況を見て彼女は少し戸惑い気味だったが、俺を確認した途端あからさまに驚いてくれた。
「か、甲斐斗さん!ここに来ていたんですか!?」
「ついさっき来たばかりだけどな、所で何か羅威に用事でも?」
「ええ、リハビリの時間なので呼びに来たんですけど……お邪魔だったかな?」
羅威とラースは黙ったまま、俺も何て言っていいのかわからず立ち尽くしていた。
「そうだラース。風霧総司令官が呼んでたよ?急いで行った方が良いと思うけど」
「わかった、今から行くよ」
ラースは徐に立ち上がり部屋から出て行こうとしたが、羅威と肩がぶつかった瞬間足が止まる。
「逃げるなよ」
羅威の一言でまたラースは歩き出し、無言で部屋を出て行く。
気まずい雰囲気、この場に俺がいるのは得策じゃないな。
「んじゃ俺は部屋に戻るわ」
俺は入り口の前に立っているアリスを避けると羅威の部屋を後にした。
それにしても、まさかレンが記憶を弄られているとはな。だから俺の事も忘れていたのか。
神楽……あの野郎、何を企んでやがる。
NFに行けば何かわかるかもしれないな、BNに来れば何かわかると思ったら何の有力な情報が掴めない。
機体の修理をしてくれた後はそれに乗ってミシェルを迎えに行くか。NFに行けば赤城から何か情報が掴めるかも知れない。
ここにいるといつ紳に殺されるかわからない、命を狙われるのはもう……ん、そういえば博物館で俺の命を狙ってきたあの女は何者なんだ?
まぁどーせSVかBNの奴等だろう、雑魚が何人来ようが俺の剣で真っ二つにしてやる。
「甲斐斗様ー!お食事の用意が出来ましたー!」
走ってくる足音が聞こえてくる、下げていた顔を上げると前方からエプロンをした唯が手を振りながらこっちに走ってきていた。
そういえば昼飯の準備しておいてくれって言ってたな俺。
歩いている俺の腕を掴むと、半ば強引に引っ張っていく、そんなに急がなくても飯は逃げないぞ。
元いた部屋に連れ戻されると既にテーブルには数々の料理が並べられ……って、何だこれは……。
「私が丹精込めて作りました、お召し上がりください」
丹精込めて何を作ったんだお前は、まさか料理か?机の上に並べられているこれらは全部料理なのか!?
み、認めない。俺は認めない、こ、こんな、こんな姿形をしたものが料理など!俺は認めない!
口で伝える事の出来ない惨劇、今この机の上では事件が起きている。
「どうしたのですか?あ、これなんて如何です。とっても美味しいですよ」
紫色の液体にスプーンを入れると、スプーンの上には何か酸で固体が溶けたような危ないものが出てきたんですけど。
これを喰えと言いたいのか。ほほぉ、俺に死ねと。
唯の笑みが逆に恐ろしく見える、何か裏が有るのではないかと思えるような、そんな笑顔に……。
俺は震える手でスプーンを握ると紫色の液体から食べ物と思われると具を掬い上げた。
とりあえず一口、せっかく作ってくれたのだ、食べない訳にはいかない。
恐る恐る俺はスプーンを口の中に入れ、具をゆっくりと噛み締めた。
「す……すげえ!」
「本当ですか!?」
別の意味でな、よく害の無い食材を料理してこれ程までに有害な物を作れるのは逆にすごい事だ。
と、心はこんな感じだが顔は笑顔だ。心身共に滅ぼす料理を食べた感想がうまいの一言な訳が無い。
「いやー本当すごいよ、料理の練習をもっとすればもーっとすごい料理作れると思うから、頑張って」
「ありがとうございます!そう言って頂けると大変嬉しいです、ささ、これもどうぞお召し上がりください」
いや、次食べると多分胃の内容物が出てくる、いいのか?いいんだな、覚悟決めるか、では遠慮なく───ッ!?
「伏せろ唯!」
俺は横に座っている唯の肩を掴み机を蹴り上げた、料理は全てひっくり返り机は俺達の前に倒れる。
その瞬間何本ものナイフが机に突き刺さり薄い机を貫通して刃先が飛び出してくる。
まさに危機一髪、どうやら日頃命を狙われているお陰で俺の反応速度も高まってきたんだな。
「甲斐斗様、これは一体……」
ナイフとなると、SVの女か、それとも桃色の髪の女か。
いや、この状況と場所でSVの女はありえない、となるとピンク色の髪した野郎か、って、あいつは俺が殺したんだっけ。
しかし何処から攻撃してきやがった、窓も扉を閉まったままのはず。
それにコレだけのナイフを同時に投げる事など出来るのだろうか、人間のなせる技じゃないぞ。
「甲斐斗様、さすがです!」
それに奴はいま何処に入る、ナイフの方向からして隣の部屋に続く扉の辺りか、それなら俺にも考えが有る。
俺は横に倒れたまま盾にしている机を勢い良く蹴り飛ばした俺はその吹き飛ぶ机を盾に扉にまで走り寄る。
そして剣を出現させると剣を振り下ろし、机諸共扉をぶち壊す。
……いない、机と扉の瓦礫の中に誰もいない。
やっぱ人の気配はしなかったし、やっぱ誰もいないか、なら何処から攻撃してきたんだよ。
「何事ですか姫様!」
さっきの物音で近くにいた兵士が異変に気づいたのだろう、扉を開けると小銃を構えた兵士が何人も部屋の中に入ってくる。
そして唯の周りをあっという間に囲むと兵士達は躊躇い無く銃口を俺に向けた。
「お待ちなさい、甲斐斗様は私を守ってくれました。今すぐその銃を下ろしなさい!」
「申し訳ありません、姫様。これは風霧総司令官のご命令です。銃を下ろす事は出来ません」
「ついて来てもらおうか、甲斐斗。風霧総司令官がお呼びだ」
どうやら1日も待ってくれないらしい、せっかちな奴だ。
俺は両手を上げて無抵抗の意志表示を示す、数人の兵士が俺の後ろへと周り銃口を背中に当ててきた。
「紳が呼んでるんだろ?さっさと案内しろよ」
一人の兵士が先頭に立つとゆっくりと歩き出した、どうやら紳のいる部屋にまで案内するようだ。
と、思っていたが。俺が連れてこられたのは格納庫だった、銃を構えた兵士が何十人も並んで2階にまでいやがる。
数メートル離れた場所に紳と、その横に唯が立っている。おいおい、まさか今ここで俺を殺す気かよ……。
「甲斐斗、お前に会いたいと言っている女性がいる。会わせてやろう」
はぁ、女ですか。それにしてはやけに警戒してないか、警備の数もおかしいだろ。
後ろを向くと俺の方に女性が歩いてくるのが見えた、あの髪の毛、まさか、あいつ死んだはずじゃ……。
「こーんにーちはー、アビアだよ」
いや、だから、死んだんじゃないのかぁ?普通に血吐いて死んだだろ、お前。
俺が殺したはずの女が立っている、しかも元気そうに笑って。つまりこいつ、人間じゃないな。
「この女、お前に会わせないと俺達を皆殺しにするそうだ。だからお前をこの女性に渡そうと思ってな」
紳の言葉を聞いても俺は後ろに振り返ろうとはしなかった、このアビアって奴に背を向ける訳にはいかないからな。
「どういう事ですかお兄様!1日待つと言ってくれたではありませんか!?」
「これもここにいる兵士達の為だ、仕方が無い」
「そんな……あの女性に何が出来ると言うのですか、私達を皆殺しにするなどと嘘をついている事はお兄様もおわかりのはず!」
「俺を疑うなら唯、お前が兵士達に命令を下せ」
「わかりました、私が命令を下します」
「止めろ唯、紳の言っている事は本当だ。この女只者じゃねえ」
だって人間じゃねえからなぁ、こいつは。
「俺に会いに来たらしいが、お前何者だ、目的は何だ?」
「アビア、力が見たいの」
「力を?それだけか?」
「うん」
……ミシェルを捕らえるのが目的じゃなかったのか?
女は歩き始めると少しずつ近づいてくると、周りにいる兵士達が一斉に俺達に銃を向け始めた。
「力を見たいのはわかった、だが俺が持つ力と言えばこれぐらいしかないぜ?」
俺は手を突き出すと一瞬で剣を出現させた、それを見ていた女は顔色変えず近づいてくる。
「アビアに見せて、本当の力を」
本当の力?本当も何も俺は剣を出す事ぐらいしか出来ないんだが。
「それ以上近づくな、また胸に穴を開けられたいか?」
「うんいいよ、あなたが強いなら」
「俺は強いに決まってんだろうがッ!」
何考えてるのか全然わかんねえ、一度俺を殺そうとした女が今度は俺の力が見たいだと?
気付けば握り締めていた剣を振り上げおり、近づいてくる女目掛け俺は剣を振り下ろしていた。
「アビアも力を見せるよ」
剣を振っている俺の耳にそう言葉が届いた、剣は振り下ろされたがその場に女の姿は無かった。
女は剣が振り下ろされたすぐ目の前に立ち止まり、俺を見つめていた。
力を見せる、そう言った女は両手を広げると無数のナイフが一瞬にして空中に現れ始めた。
「おい、何する気だ……!?」
「見てて」
広げていた両手を天高く振り上げると、それに合わせる様にナイフが天井まで舞い上がる。
そして女は振り上げていた手を下ろした、すると思っていた通りナイフが刃先を下に向けて急降下してきた。
次々と兵士が倒れ、銃が地面に落ちる音が聞こえてくる、周りからも、2階からも。
兵士達の首にはナイフが刺さっている、声を出したくても出せないのだろう、苦しみもがいているがその声は聞こえてこない。
「アビア、うるさいの嫌いだから」
まさかと思い後ろに振り返れば、兵士達が倒れている中、紳と唯は倒れていなかった。
ただ紳の右手は唯の首目掛け飛んできたであろうナイフの柄を掴んでいた。
「お兄様……これ……は……」
唯が足元を見れば首から血を流し苦痛の表情で倒れている兵士達がゴロゴロと転がっている。
下を向いてはいけないと思ったのだろう、唯は震えながら紳だけを見つめていた。
「だから言っただろ、あの男は災いを呼ぶと。あの時殺していればこうならずに済んだ」
余りにも冷たすぎる、唯のせいでここにいる兵士達が死んだと言っているのか、こいつは。
震えている唯に手を貸すこともなく紳はその場で立ったまま俺達を見ている。
「アビアの力見せたよ、次は貴方」
「って言われてもなぁ、俺の力はコレぐらいしかないんだよ」
「本当にー?」
「本当だ、期待はずれですまんな」
「ふーん、じゃあ殺してあげる」
やっぱ殺すのかよ、まぁ俺も簡単に殺される程雑魚じゃねえがなぁっ!
アビアが再び両手を広げると、瞬く間にナイフが空中に現れ始める。
「まぁ待て、お前魔法使いだろ?何故この世界に来た」
そう言ったが空中のナイフが俺目掛け次々に飛んでくる、剣を盾にしてナイフを防いだが、今度は頭上からナイフが降り注ぐ。
「俺の話を聞けっつうのッ!」
所詮はナイフ、降り注いできたナイフを剣一振りで吹き飛ばすとバラバラになって俺の足元に落ちた。
「見せてよ、強い力、貴方も魔法使えるんでしょ?」
「使えたんだがな、何か使えなくなっちまったんだよ。でもお前は使えるみたいだな」
「このぐらい誰でも出来るよ、それで、力は使えないの?」
「使いたくても使えねえ、残念だったな」
「なーんだ、せっかく暑い中ここまで来たのに……死ね」
また女の頭上に無数のナイフが出現していく、厄介な力だな、数で攻められるとさすがの俺もまずい。
「死ぬ前に聞かせろ、お前は何故この世界に来たんだ」
「……もうこの世界にしか人間がいない、だから来たの」
ERRORが数々の世界を滅ぼしてきたというのは本当の事みたいだな。
そして唯一残っている世界がこの世界、他世界の奴がこの世界に来ている可能性は高いって事か。
現にSVの奴等もそうだしな、となるとこいつもSVの奴か?
「じゃあ目的、次は目的を聞かせろ、何故ミシェルを奪おうとした」
「アビアはあの子に興味は無いの、ただ連れて来いって言われたから奪おうとしただけ」
連れて来い?って事はコイツ仲間がいやがるのかよ。
厄介な連中が現れたもんだ、どうやら俺とミシェルの平和な暮らしも一筋縄ではいかないみたいだな。
「でもアビア知ってるよ、あの子が何者なのか、なんて名前なのか」
「それを俺に教える気は?」
「ないよ」
「じゃあ死ね」
もう言葉はいらない、話す気が無いなら殺すだけだ。
一度は殺した女、躊躇う事も無い、さっさと殺してさっさと逃げる。
女が両手を広げ始める、もう魔法は使わせない、使われたとしても俺は負けない。
剣を振りかざし女を一刀両断しようとしたが、その攻撃はひらりとかわされる、その時には既に女の頭上には無数のナイフが現れていた。
「アビア、弱い人に興味ないの」
再び俺目掛けてナイフが降り注ぐ、だがそれは既に見切った攻撃、俺は剣を振るいいとも簡単にナイフを吹き飛ばそうとする。
だが次の瞬間、俺目掛けて落ちてくるはずのナイフは花開くように軌道を変えると、前後左右から同時に向かってきた。
でもな……そんな攻撃、俺が予想してないとでも思ったか?
体を回転させながら剣を振り回すと、同時に飛んできたナイフは簡単に壊れていく。
壊れたナイフの破片は辺りに勢い良く飛び散っていく、その影響で女が一瞬目を瞑った、隙は逃がさない。
そう、言葉はいらない。俺は剣を手に無言で走り出していた。女が閉じていた目蓋を開いたけど、もう遅い。
「俺も、弱い奴には興味ねえんだよ」
女は目を開けたまま力無く倒れた、細い体で俺の剣を身に受けたんだ、確実に即死だな。
「甲斐斗様!」
後ろを振り返ると、さっきまで涙目だった唯が俺の元に元気良く走ってくる、このままだと俺に飛びついてきそうだ。
とか思っていたら本当に飛びついてきた、俺は剣を手放すと急いで唯の体を支える。
「やはり甲斐斗様は神様です!私は本当に感動しました!」
「ああ、ありがとさん。でも俺は神なんかじゃねえよ」
俺は自分に抱きついてきた唯を体から離すと俺の方を見たままじっと立っている紳と目を合わせた。
「紳、今から俺はここを出て行く。って言いたいんだけどな、出来ないんだよ。機体の修理をしてくれ、修理が終わればここからさっさと離れてやる、それでいいか?」
「いいだろう、機体の修理だけはしてやる」
ようやく俺の言った事に承諾しやがった。
ふと周りを見渡すとまだ生きている兵士達が死んだ兵士達の死体を運んでいた。
俺のせいでここにいる兵士達を死なせてしまったが、その事に関して俺は罪悪感など一欠けらも無い。
雑魚は死ぬ、それだけだ。
「甲斐斗様、本当にここから出て行かれるのですか?まだ私は甲斐斗様と……」
「俺も暇じゃないのさ、やる事が山積みだからな。まぁ、機体の修理が終わるまでここに居させてもらう事になるが……」
そう言うと唯は嬉しそうに笑った、また話が出来るからだろう。
だったら面白い話をしてやるか、100年前、俺が世界を救ったときの戦いの話でも。
アビア
ピンク色の長髪の女性、白色でシンプルな服装をしており、帽子を被っている。
魔法を使用できる為この世界の人間では無く、人間離れした生命力と治癒能力を持っている。
ある男からの命令で動いているが、たまにサボる時があり、ルールに縛られるのが嫌い。