第44話 爽快、理解
アルトニアエデン。科学と魔法の両方が発展した偉大な世界。
そんな世界の平和な町で、中学生のエコは普通に暮らしていた。
「いってきます!」
元気の良い言葉と共に玄関の扉を開け、家の中から制服姿のエコが現れた。
履いている靴のつま先を二、三回地面に当てて靴をしっかり履くと、塀の門を開けて中学校へ向かっていく。
道には他の中学生もちらほら見えるが、エコは一人で下を向いたまま歩いていく、すると後ろの方から大きな声でエコの名前を呼びながら近づいてくる少女がいた。
「エコー! おっはよー!」
名前を呼ばれてふと後ろに振り返ると、笑顔でこちらに手を振りながら走ってきていた。
「おはよー」
二人は軽く挨拶を終えると、少女はエコの横に並びいつものように二人で会話をしながら学校へ向かっていく。
「来週から魔法のテストあるけど、エコは大丈夫なの?」
「うん、私は大丈夫だけど。貴方は大丈夫?」
「大丈夫だと思う、エコがノートを写させてくれたらね!」
「また? ノートぐらい自分で書いてよ……」
「書いてるよ? エコのノートを見ながら」
「……もういい」
エコは少しムッとした表情を浮かべ歩く速度を上げるが、隣にいた少女もそれに合わせて歩く速度を速める。
「もー、怒らないでよー。ほら、こんなに頬っぺたプニプニしてるのに」
そんな怒った表情をしているエコの頬っぺたを横から摘まむと、エコの顔は更に険しくなっていく。
「関係ない!」
確かに関係ない、結局エコは登校中ずっと怒った顔をしたまま学校に着いてしまった。
靴箱に靴を入れた後、自分の教室に向かう。それは何も変わりのない、いつも通りの事。
教室に入れば数人の生徒が椅子に座り仲の良い友達と話している。
エコは一番前の窓際の席に座り、今日の授業で使う教科書を机の中に入れていくと、その後ろの席では登校中にエコの隣にいた少女が後ろから顔を覗かせてきていた。
「ね、数学のノート見せて」
「えー……」
「謝るからノート見せて! お願い!」
少女は両手を顔の前に合わせてお願いのポーズをしているが、エコは後ろに振り返らない為に何も見えていなかったが、
しかし、エコは机から一冊のノートを取り出すと、無言で後ろの席に置きはじめる。
それを見た少女は笑顔でノートを拾い上げると、満面の笑みでエコにお礼を言いはじめた。
「ありがとう! 一時間目が始まるまでには返すから!」
彼女に毎朝、毎日ノートを渡す、エコにとってこれは日課のようなもの。
気づけば教室には生徒達が揃っており、扉から担任の先生が入ってくる。
起立、きをつけ、礼。それが終わると朝から先生の長い話しを聞く事になる。
大体話しの内容は来週のテストの事、エコはその話しを窓の外に広がる気色を見ながら聞いていたが、そのエコの後ろにいる少女はノートを写すのに必死でそれ所ではなかった。
一時間目、二時間目、三時間目……そして等々四時間目の授業が終わり、お昼休みの時間が来る。
それが終われば五、六時間目の授業が終わり家に帰る、いつもの流れだ。
今日、唯一普段と違う事があると言えば、それは弁当を食べる場所がいつもと違う所ぐらいだった。
「ねぇエコ、今日は天気が良いから屋上で食べようよ!」
「暑いの苦手だから嫌」
キッパリ断ったのにも関わらず、少女はエコの弁当箱を持って勝手に教室から出て行く。
渋々エコも屋上へ向かうのだったが、この時屋上に行っていなければ今のエコはこの世にいなかっただろう。
屋上に上っていく彼女の手から自分の弁当箱を取ろうとするが、彼女は階段を素早く上っていき手が届かない。
「ほらほらー、早く来て来て」
「返してよ、私のお弁当!」
屋上に繋がる扉を開けて少女は屋上へ行ってしまう。
それに続いてエコも扉を開けて屋上に出た時、弁当を持っていた少女の背中にぶつかってしまった。
すぐさま少女の右手に持っている自分の弁当箱を取り上げるが、少女は全く動かずただ前方を見つめているだけだ。
「どうしたの?」
視線の方向に目を向けると、エコの握り締めていた弁当箱はするりと手から抜け落ちた。
屋上が赤い。何故なら赤い液体が辺り一面に飛び散っているからだ。
そしてそれだけではなく、人間の体の一部だと思われる部分が辺りに飛散までしていた。
赤色の塊、ピンク色をした肉片、腕や足、眼球に、空っぽの弁当箱、そして一人の少年。
その少年はこの学校の制服を着ており、まだ意識のある人間の手足を簡単に捥ぎ千切っていた。
この光景を見て何を思う、何も思えない。ただ目の前の光景が現実なのか夢なのか、そんな事すらも考える事が出来ない。
「飽きた」
少年はそう言うと、手に持っていた人間の形をしていたものを屋上から投げ捨てる。
そして少年は微笑む、人間の顔とは程遠い悪魔の顔で。
少年は赤く染まった手をゆっくりと振り上げると、まるで腕の力を抜いたかのように腕を下げた。
その瞬間、エコの視界には確かに映った。
強烈な波動と共に視界に映っている全てのものが吹き飛ばされていく光景が───。
───「ん……うっ……」
ふと、おぼろげな視界が明るくなっていく。明るいと言っても、その明るさは日の光程ではない。
気がつけばエコは瓦礫に埋もれており、瓦礫の隙間に上手い事挟まれていたエコはかろうじで動く手足を必死に使うことでなんとか這い出る事が出来た。
そして立ち上がると、目の前に広がる光景に絶句した。
無い、あるはずの町が、そこに。
全ての建物が倒壊し、見渡す限り瓦礫の山しか広がっていない。
空には暗雲が立ち込め、さっきまで広がっていた青空は何処にも見当たらない。
後ろを振り向いても同じ、瓦礫の山しか広がっておらず、人間の姿は何処にも無い。
が、その時。ふと耳に届いてくる微かなうめき声。
その声の数、そして声の大きさは、次第に数を増して大きくなっていく。
瓦礫の中から数百、数千、数万の人間が生き埋めとなり、助けを求めている。
言葉が出ない、さっきまで自分のいた所は何処だったのかを思い出してみる。
学校、昼食、来週のテスト……何故今、自分がこんな所で突っ立っているのか意味がわからない。
「助けて、助けて……」
足元から少女の声が聞こえてくる、ふと足元を見てみると瓦礫の隙間から一本の腕だけが地面から出ていた。
指が微かに動いている所から見てまだ生きている、エコは急いで地面から出ている腕を掴むと、勢い良く引っ張る。
千切れる音……雑草の根を引き抜いたような音が聞こえた瞬間、腕だけが無残にも引き抜かれた。
が、エコは驚いた様子も無く、自分が引き抜いた腕を手から離す。もう何に反応していいのかがわからない。
「外れ、残念だったね」
「えっ……?」
後ろから少年の声が聞こえてくる、手に持っていた腕を放すとそこには血塗れの制服を着た少年が立っていた。
屋上で人を千切っていた少年が今目の前に立っているのを数秒かかってやっと理解したエコは、その男をじっと見つめたまま動く事が出来ない。
「君の探してる子、僕が探してあげるよ」
そう言って瓦礫の中に手を入れると、勢い良く何かを引き抜き、その引き抜いたものをエコに投げ渡した。
ふと渡されたものを受け取ると、それは重くて赤い、つい先程まで生きていたあの少女の首だった。
「きゃあああああああッ!」
勢い良くその首を投げ捨てると、地面に落ちた衝撃で頭蓋骨が割れ、そのままゴロゴロと瓦礫の上を転がっていく。
すると、まるでエコの反応を楽しむかのように少年は笑い始めた。
「君は運が良い」
笑みを浮かべながら近づいてくる少年から逃げる事はできない、全身が石のように重く、足を動かす事が出来ない。
「この町で、君だけが無傷で生き残った。でもそれは皆に悪いと思うよね? だから君は特別に苦しんで、苦しんで苦しんで苦しんで……それから死ねばいい」
少年はそう言って右腕でエコの頭を鷲掴み、軽々と持ち上げていく。
エコは必死に抵抗しようと両手で少年の右手に触れるが、この少年の腕を外せるはずもなく、必死にもがきながら苦しそうに少年の顔を見つめてしまう。
頭を握り潰される。エコはそう思ったが、少年は左手をエコの顔の前に出し、そっと何かを呟いた。
「君───『死』───『抹消』───」
少年の声がはっきりと聞こえずエコは何を言ったのか聞き取れずにいた直後、少年の左手に黒い稲妻のようなものが見えた瞬間、その稲妻が自分の全身に駆け巡った。
「ぁああああああああああああああああああッ!!」
苦しみ叫ぶエコの悲鳴は、辺り一面から聞こえてくるうめき声を掻き消す程のものだった。
全身の血液が酸のように熱く、それが体全体に駆け巡り、激痛を及ぼす。
見開いたその目からは涙を流し、全身が激しく痙攣して動きが止まらない。
「君は本当に幸せ者だ」
少年の声を聞きエコの視界は再び暗闇と化し、意識を失った。
エコは全てを憶えてる。
意識を取り戻してから、それからが本当の地獄だったのかもしれない。
起きても自分の知る人間は誰も生きていはいない、あらゆる都市は崩壊し、世界は混乱していた。
混乱していたのはエコもだ、体は何年経過しても歳をとらない体へと変わり、しかも全く声を出す事の出来ない体になっていた。
あの町でただ一人全くの無傷で生き残ったエコは皆から気味悪がられ、呪われていると罵れられる。
家族や友人、全てを失ったエコは遠い町の孤児院に引き取られるが、そこでも気味悪がられ、様々な嫌がらせの日々を受ける生活が続いた。
何年も、何十年も続く。他に身寄りの無い彼女に何が出来る、声も出せる事が出来ない彼女はどうやって生きていく。
そんな奴隷生活が長きに渡り続いていた時、世界を揺るがす事件がまた起きた。
そう、ERRORである。この世界にもERRORが出現したのだ。
ERRORが出現して数十年、等々この世界にも限界が訪れ、滅亡の危機が迫っていた。
そしてついにエコのいた町にもERRORが訪れる、軍は必死に町を防衛しようとしたが僅か三十分程でほぼ全滅。
町は無防備となり逃げ遅れた人々は次々にERRORの餌食になっていく。
孤児院にいた子供達も次々にERRORに喰い殺されていく、そしてついにエコにERRORの手が伸びようとした時だった。
ERRORの汚い腕を鍵爪で刎ね飛ばし、その鍵爪をつけた腕でエコを簡単に抱えるとすぐさまその孤児院から脱出する一人の少女。
それが葵との出会い、この出会いが後に、エコの声と生きる活力を取り戻す事になる。
アルトニアエデンがERRORとの長き戦いに敗れ、生きていくには他の世界に移住する事しか出来ない状況まで追い詰められていた。
そして、決断される他世界への移住。移住と言うが他の世界に行けるのはたかが数千人程だ。
しかし問題はこれだけではない。それはまだERRORのいない世界という、この条件の当てはまる世界等もう何処にも存在していなかったのだ。
だが、それから丁度一年が終わった頃にある出来事が起きた。
あるはずのない世界がそこに存在していたのだ、まだERRORの出現していない世界が。
それがこの世界、何故この世界に長きに渡りERRORが出現しなかったのか。
その理由はただ一つ、この世界の平和を望む『神』という名の兵器の力だった。
百年神は他の世界からの侵入を防ぎ続けていたのだ。それも、ERRORをも退ける強大な力で。
そして今、百年が終わった時、その力は無くなり、他の世界からの侵入が可能となった。
「それで私達はこの世界に来た……目的は、『神』を復活させて、世界を守る事……」
話しを終えたエコは顔色一つ変えず、ただじっと甲斐斗を見つめている。
その甲斐斗は壁にもたれ掛かりながら床に座り、両手で頭を抱えながら震えていた。
「話してくれて、ありがとな」
ベッドの隣にいる葵はエコに近づいていくと、そっと頭の上に手を載せて優しく撫でていた。
話しを聞き終わった甲斐斗は人が変わったかのように臆病になり、体を小さくしていた。
「あれは俺じゃない……『僕』だ、俺じゃない。俺じゃない『僕』なんだ、僕なんだ、俺じゃない? あれは俺じゃ……」
自問自答を一人ブツブツと繰り返す甲斐斗の頭に、白く小さな手が触れた。
「ミシェル?」
隣の椅子に座っていたミシェルが差し伸べた手が、甲斐斗の頭を優しく撫でている。
「俺が……怖くないのか……?」
「うん」
迷いの無い純粋な目は甲斐斗を恐れてはいなかった。
その様子に信じられない甲斐斗はミシェルから目を背ける。
「い、今の話し、聞いてただろ……? 俺は無差別に人を殺してきた男なんだぞ?」
「うん」
「ならどうして俺を恐れない! 化物の俺をどうして恐れないんだ!?」
「かいとが、だいすきだから」
呆然とした様子の甲斐斗、だがミシェルの言葉は嘘でも冗談でもない、本音だ。
ミシェルにとって甲斐斗は悪魔でもなければ怪物でもない、たった一人の、掛替えの無い友達。
いや、それ以上なのかもしれない。彼女は誰よりも甲斐斗を頼もしく思い、信頼している。
「俺も好きだよ、ミシェル。だからお前だけは守りたい、見せてやりたい、生きる幸せを……」
そう言って甲斐斗もまた手を伸ばし、エコの頭を優しく撫でる、そこにはもう臆病だった甲斐斗の姿は何処にも無い。
「甲斐斗……次は貴方が、話す番……」
エコに言われて甲斐斗はまず立ち上がると、エコに問いかけた。
「なぁエコ、俺の事今でも恨んでるか……?」
「うん、恨んでる」
「……だよな、当然だよな。でもこれだけはわかってくれ、世界を崩壊させたのは『俺』じゃない」
「どういう事?」
「俺じゃない……それしか言えない。しかし、俺の力でアルトニアエデンを崩壊させたのは事実、それは悪いと思っている」
ただの言い訳にも聞こえるかもしれないが、エコはその言葉を聞いて頷き、口を開く。
「もう一人の貴方……たしかに外見は一緒だけど、中身は何処と無く違うような感じはした……」
「だろ?時々俺も自分が変になる時があって……っと、俺の話しをするか……」
葵に睨まれながらも甲斐斗は口を開いた、自分が百年前の世界からこの世界に来た事。
そして今では自分は魔法使うことが出来ず、過去に戻る方法を探している、と。
実に呆気なく甲斐斗の話しは終わった、内容も信じてもらえるようなものではない。
「俺は過去に帰りたい、その為にも俺は全ての魔力を取り戻さなければならないんだ」
「おいおい待てよ、いくら魔力があったって過去に帰る事なんて不可能じゃねえか?」
葵がこう言うのも当たり前だ、過去と未来では明らかに後者のほうが簡単で楽だ。
未来に行く事、ようは自分が冷凍保存のようにされていれば、いつか目が覚めた時そこは未来になる。
だが過去は違う、時間を遡る事など今まで誰一人として遣り遂げた者はいない。
「不可能かどうかはやってみねえとわからないだろ? 俺は絶対に過去に戻ってみせる」
「過去に戻る目的は?」
「俺の帰りを待ってる奴がいる、これだけで十分だろ」
その答えに場は静まり返る、俺は真面目に言ったつもりだったが冗談のように聞き取られていた。
「甲斐斗……私の話し、聞いてたよね……?」
エコの話しを勿論甲斐斗は聞いていた。
甲斐斗はエコがまた何か話しをするのかと思っていたが、そうではなかった。
「あ、ああ。聞いてたけど」
「じゃあその子、私達に返してもらえないかな……?」
指を指さなくてもわかる、返してもらいたい子、それはミシェルの事だ。
「その子がいれば、神は復活する……そうすれば、この世界に平和が訪れる」
その時甲斐斗は思い出した、エコと前に少しだけ話した事、ミシェルの秘密についての事を。
「そういえば聞いてなかったな、ミシェルが何者なのか。お前達は知ってるんだろ?」
「うん……知ってる。彼女は神を起動させる為に必要な子。第1MG」
マスターガーディアン。通称『MG』。
甲斐斗は『MG』を知っていたが、そのMGの一人がミシェルだと言う事は知らなかった、というかわかるはずがない。
「ミシェルが『MG』、それは本当なのか?」
「嘘じゃない……貴方は彼女といて、何も感じなかった?」
最初に出会った時に感じた、あの声、そして力。確かにミシェルの何かを甲斐斗は感じた。
「彼女がSVに来てくれれば、この世界は平和になる……だからその子を、返して」
「それはミシェルが決める事だな、ミシェル、お前はどっちにいたい」
そう尋ねてみた甲斐斗だったが、正直答えは聞かなくても分かっている。
「かいと!」
「決まりだな」
「ちょっと待って、言ったよね? 神を起動するには第1MGが必要だって……!」
今まで聞いた事の無いほどの大声を荒げて甲斐斗を止めようとするが、会ともここで止まる訳にはいかない。
「貴方はまた世界に破滅を齎すの!? ERRORを止めるには今しかないのよ!?」
「そんなつもりは無い、俺はお前等とは違う方法でこの世界を平和にしようとしているだけだ」
そう、甲斐斗にだって考えがある。言われるがままに行動するだけの男ではない。。
「何それ……貴方は、貴方はまた多くの人達を殺そうとしてる、『神』が起動すれば助けられると言ってるのに!」
「『神』はこの世界を滅ぼそうとした、そんな物また呼び起こせば、どうなるかお前もわかるだろ」
「『神』は私達を守ってくれる!絶対に!……貴方はやはり悪魔だ! 許さない、私は絶対に貴方を許さないッ!!」
そこにはもう平常心を保っているエコの姿は無かった、長きに渡る怒りと憎しみが込み上げてきていたのだろう。
憎まれても文句は言えない。一生悪魔と罵られて生きていかなければならないだろう、それでも甲斐斗は別に良かった。
甲斐斗は椅子に座っているミシェルを抱かかえ、その部屋の窓から出るとすぐさま宮殿から離れていった。
正直葵とエコに後ろ姿を見せた時、葵に背中を引き裂かれると思っていたが、葵はただ甲斐斗の後ろ姿を見ているだけだった。
「かいと、これからどこいくの?」
「この町から出て、ぐっすり休める所に行こうと思ってる。たまには休息も必要だろ?」
「うん、きゅうそくしよ!」
一人で色々と考えたいこともある、それに甲斐斗は自身が焦りすぎているような気もしていた。
今はゆっくり休んで考えて、それから行動すればいい……そう思い甲斐斗はまず休息できる場所を探しに行くのであった。
その頃、昨日の襲撃を終えたBNの兵士達は次の戦闘に備え休息をとっていた。
病室で休んでいる羅威は小型テレビを延々と見ていると、部屋の中に穿真が入ってくる。
「いよーう」
軽く手を上げて挨拶すると、羅威の寝ているベッドの横に置いてある椅子に座り、羅威の見ている小型テレビを覗く。
「どうした?」
「いや、アニメでも見てるのかと思っただけだ、気にすんな」
「お前と一緒にするな、それよりお前がここに来たのは何か用があっての事だろ」
羅威は見ていた小型テレビの電源を切ろうと腕を伸ばそうとしたが、先に穿真が電源を切ってしまう。
「まぁそう怒るなって、話しってのはお前が乗ったあの試作機についてだ」
「あの機体がどうかしたのか?」
「おう、明日から実戦で使えるようになるらしい、今我雲の武装をつけてるらしいからな」
「……という事は、俺も明日からあの機体に乗って戦えるのか?」
「まぁそういう事だ。またお前と一緒に戦えると思うと嬉しくてしょーがないぜ!」
「それは俺もだ、そうか……明日からか。分かった、ありがとな」
話しを終えると穿真は立ち上がり、そそくさと出口まで歩いていく。
「んじゃ俺は帰るわ、あ~ばよ」
穿真が出て行き、病室にまた一人になってしまった羅威。
小型テレビの電源を入れようと手を伸ばした時、ある男の顔が脳裏に浮かぶ。
「愁、今頃家族と幸せに暮らしてるだろうな……この戦争が終わったら皆で遊びに行くか」
エリルや穿真も愁に会いたいだろう、早くこの戦争が終わり、皆でまた笑える日々にしたい、羅威はそう思いながらテレビの電源をつけた。
時を同じくして、羅威達のいる基地にある一室の豪華な部屋に、風霧紳とその妹の唯、そして部下であるセーシュとダンの計四人が集まっていた。
「お兄様、あれで良かったのですか?」
「上出来だ、よくやった」
紳に軽く頭を撫でられると、唯の顔は忽ち笑みに変わりとても嬉しそうにしている。
「セーシュ、唯を部屋に案内してやれ」
「畏まりました」
そう言ってせーシュは紳に頭を下げると後ろに振り返り、部屋の扉を開ける。
唯とセーシュが部屋から出て行き、部屋には紳とダンの二人だけとなった。
「ダン、調べはついたか」
「ああ、お前さんの思っていた通りの事が起きていたようだな」
あの夜、確かに愁は紳の前に立ち塞がった、何故今平和な町にいる愁があのような場所でSVと共にいるのか。
そしてどうしてBNの敵となったのか。作戦後紳はダンに愁の事を調べさせたが、その事でようやく紳は知る事が出来た。
「それにしても、あの愁がテロリストだとさ。可笑しくて笑っちまうよ」
ダンは煙草を吸いながら笑みを見せたが、紳は真剣な表情のまま手に持っている資料に目を通している。
「愁は俺に言った、『裏切った』と。その言葉の意味がようやくわかった」
資料を机に上に置くと、高級な革で出来た椅子に座り両目を手で覆い隠す。
そんな紳の顔に煙草の煙が段々と近づいてきていた。
「愁はBNの機体を数十機破壊し、専用機にまで乗っている。今更説得してももう無理だろうなぁ。どうする、この事を皆に話すのか?」
「知れば余計な迷いが生まれる、それは俺だけで十分だ」
「なら殺すか、素直で良い奴だったが仕方無い。これも戦争だからな」
もはや二人の頭の中に『躊躇い』という言葉は無い、次にあった時は容赦なく愁を殺すだろう。
だが、それは愁も同じだ。今度会う時、今の彼なら誰であろうと殺すだろう。
BN基地の格納庫にはいつものようにラースが機体の整備を行なっているが、その隣に香澄と雪音、クロノの三人が立っていた。
そんな三人にも気にせずラースは装置に色々とデータを入力している。
「やっぱりラースさんは制御プログラムを組み込むのが上手ですね、今のプログラムは例の機体に組み込むものですよね?」
クロノが装置のモニターを見ながら横にいるラースに話しかけるが、ラースは気にせず打ち込んでいる。
「……よく分かったね、さすが部隊長。でも「さん」はつけないでもらいたい、ラースでいい」
「クロノ隊長、一体何の話しをしているんですか?」
「私も気になる、例の機体って何?」
香澄と雪音の二人同時に聞かれると、クロノは二人の後ろに立っている一体の機体を指差す。
「あの機体にあった試作版のSRC機能を改変して、羅威に合わせた新しいSRC機能を登録している所だよ」
難しい事をサラッと言いとげたのはいいが、雪音は余りわかっていなさそうだ。
その横に立っている香澄は小さく頷くと理解したような素振りを見せる。
「僕は今仕事中だ、君達三人は暇なら自分の機体整備でもしていたらどうだい?」
眼鏡を外し、ポケットの中から眼鏡拭きを取り出すラース、息を吹きかけながら綺麗にレンズを拭いていく。
「そうですね、暇だから僕も整備してきます」
クロノはやる気満々だが香澄はそっぽを向いて格納庫から出て行こうとする。
「私はパス、自分の部屋に戻るね」
「わ、私は整備します!」
香澄は部屋に戻っていくが、その隣にいた雪音は整備をする気らしい。
「クロノ隊長、一緒に機体の整備しませんか……?」
「ん?僕で良ければ全然いいよ。一緒にしよっか」
「はい!」
二人は肩を並べて格納庫の奥へと向かっていく、そんな二人の後姿を見ているラースは少し羨ましそうな表情をしていた。
「いいねぇ、純粋って……」
そうラースが呟くと、再びプログラムを打ち込んでいくのであった。
その頃、エリルと彩野は基地の屋上で荒野に沈んでいく真っ赤な太陽を眺めていた。
「ねぇ彩野、この戦争終わったらさ。皆で愁の所にでも行かない?」
「あ、それいいですね!きっと先輩達も喜びますよ!」
「うん、何か久しぶりに会って話したいなーって。きっと羅威もそう思ってるだろうし」
エリルが愁と初めて会った日も、こんな綺麗な夕日が印象的な日だった。
あの頃の愁は人が持っていない純粋な優しさと強さを持っていたようにエリルには見えていた。
「先輩、この戦争って。いつになったら終わるんでしょうか……」
突き刺さる言葉、始めるのは簡単な戦争だが、終わらすには何十年、何百年もかかる戦争。
この世に『神』という名の兵器がある限りBNは戦い続ける、平和の為に。
「分からない……でも、私達が終わらせようよ、こんな戦争」
その時、突然屋上に突風が吹き起こった、その風で彩野は目を瞑り風に耐えていたが、エリルは目を開けたままじっと夕日を見つめていた。
SVの宮殿、その宮殿には長く赤い髪を纏めた一人の女性と、一人の男が歩いていた。
「騎佐久、何故今になってSVはNFと手を組もうとしているんだ?」
「BNが消えてくれればSVはそれで満足らしい、もうBNに邪魔されたくないんだろ。
今は邪魔者のERRORもいない、それなら次の邪魔者を消す……それだけだろうな」
二人が扉の前につくと、赤城はその扉を開ける。
部屋の中に入ると、そこにはアリスとゼスト、フィリオに愁の四人が集まっていた。
「ようこそ、私の名はフィリオ・リシュテルト、隣にいるのは私の妹、アリスです」
そう言い終わると、騎佐久と赤城は同時に敬礼を済ませ自己紹介を行なう。
「中部陸戦部隊隊長の騎佐久と申します」
「東部軍事基地第五特殊部隊隊長の赤城と申します」
「第五?伊達中尉のいた部隊の方……」
小声で呟いてしまうフィリオ、じっと赤城の方を見つめている。
「今日は態々来て頂いてありがとうございます、貴方達NFの方々が明日の作戦に協力して下さる事で、世界はまた一歩平和に近づきます」
戦争は平和を壊すが、戦争で平和な世界を作ろうとしている。どう見たって矛盾している。
しかしそんな事を言っていては平和は来ない。
明日行なわれる作戦はまさにそれだ、平和を願うだけでは平和は来ない。
皆覚悟は出来ている───何故なら明日の作戦で、BNを終わらせる時が来たのだから。
瓜野 騎佐久
南部に所属していたものの、現在は中部軍事基地第1機動部隊の隊長である。
伊達武蔵と同い年でありながら少将で地位が異常に高い。
5ヶ月前に起きた事件で昇格したらしいが、詳しい事は明らかにされていない。
一見大人びた態度をしているが、友の側では素の自分が現れてしまう。
文武両道であり、Dシリーズの操作は『南軍最強』と言われる程だ。