第42話 人形、哀れ
日は既に暮れ、真昼のような強烈な暑さもなくなり過ごしやすい気温となっていた。
宮殿の部屋から見た空には雲の陰は無く綺麗な星空だけが広がっており、その光景をミシェルは窓際でじっと見つめていた。
「ミシェル、ご飯の時間だよ」
その愁の声にミシェルが振り向くと、既にテーブルには豪華な料理が並べられていた。
窓際から離れて料理の置いてあるテーブルに向かうと、愁はゆっくりと椅子を引いてミシェルを座らせる。
「しゅうは、たべないの?」
「俺はお腹空いてないから、君が全部食べていいんだよ」
ミシェルの隣にはしっかりと愁が側に立っており、片時も警戒を怠らない。
食事を運んできたラティスはそんな愁を見て何だか複雑な気持ちになっていた。
「前から思っていたが、お前は何故お嬢様の下で戦おうと思ったんだ?」
突然の質問だったが、愁はその質問に簡単に答えてしまった。
「守りたいから……ですね」
「守る? 誰を?」
「皆、皆守りたいです。もちろんそれは簡単な事ではないですし、出来るかどうかもまだわかりません。
それでも俺は自分の力を使ってこの世界を平和な世界にしたいんです」
愁のその言葉は、決して冗談や嘘とは感じさせないものが伝わってきた。
「そうか、それならお嬢様の力になってあげてくれないか。
世界を平和をする為にはお前のような強い意志を持つ者が必要だ」
ラティスはそう言うと部屋から出て行こうとしたが、愁には彼女に聞きたい事があった。
「待ってくださいラティスさん」
扉のノブに触れた手が止まると、ラティスはゆっくりとこちらに振り向いた。
「俺にも教えてください、貴方がここにいる訳を」
「……お嬢様を守りたい、それだけだ」
そう言葉を残しラティスは部屋から出て行く。
しかし何故だろう、ラティスの言葉に愁は違和感が感じた。
初めて聞くはずのなのに、前に一度同じ事を聞いた事があったような……そんな気がした。
宮殿の最上階にあるテラスにはフィリオと、その後ろにラティスが立っていた。
空に広がる星をただじっと眺め続けているフィリオに対し、その後ろ姿をずっと見つめているラティス。
「今日は星空がとても綺麗ですね」
「ええ、このような星空を見るのは今年初めてですね」
ふと見上げれば幾つもの星の輝きが見える、例え小さくても綺麗に光る星に見惚れていると、フィリオがふと口を開く。
「ラティス、いつもありがとうございます」
その言葉にラティスは視線をフィリオに戻すと、フィリオはこちらを向いて小さく頭を下げていた。
「お、お嬢様。突然どうしたのですか?」
「いつも支えてくれている貴方に、感謝の言葉を伝えただけです。驚く事はありません」
そう言って笑顔を見せてくれるフィリオにラティスは戸惑いと同様に嬉しさが込み上げてきた。
「ラティスがいなければ今の私はいません、いつも貴方は私の側にいて守ってくれていますよね」
フィリオの言葉を聞いてラティスは片足を跪かせると、片手を胸に当て忠誠を誓うようなポーズを取り頭を下げる。
「それが私の役目、お嬢様を守るのが私の生き甲斐であり、当然の事であります」
「それなら……これからも私の側にいてくれますか?」
「私でよければ喜んで、これからもお嬢様の側にいさせてもらいます」
ラティスは立ち上がると、フィリオに向けて敬礼を済ませる。
それを見ていたフィリオも敬礼をすると、二人の顔に笑みがこぼれる。
「さて、明日は朝から本部に行かなくてはなりません。そろそろお部屋に戻りましょうか」
敬礼を終えるとラティスを追い越して先に部屋の中に戻っていく。
「ラティスも早く、お部屋で紅茶でも一緒に飲みましょ」
「畏まりました、お嬢さ───」
部屋の中に戻ろうとした時、突然視界が斜めに傾いていく。
目の前には口を開き、こちらに手を伸ばしているフィリオの姿が見えたが、その顔は笑顔とは程遠い顔だった。
「ま──?」
何を叫んでいるのかラティスには聞こえない、一歩前に足を出そうとしても前に出ない。
そして次の瞬間、ブツリと音を立てて目の前が真っ暗になった。
フィリオの目の前で彼女は何の抵抗も無く地面に倒れた、頭に開いた小さな穴からは黒く濁った赤い血が止め処なく溢れ、髪と顔を赤く染めていく。
彼女の寝ている側に血溜りは簡単にできた、ラティスは目を開けたまま動かず顔が血に浸っていく。
その場にいたフィリオの全身が震えだす、怒りで?恐怖で?手足はガクガクと震えて力を失い、フィリオはその場に座りこんでしまう。
「ラ、ラティ…ス……?そん…なっ……」
全身が動かない、目蓋を閉じたくても閉じられない。
目の前にはどんどん地で赤く染まっていくラティスが倒れている、目を背きたくても首が動かない。
「嫌っ……嫌ぁッ! 嫌ぁあああああ────ッ!!」
宮殿中に響く悲鳴は一階にいるもの者にも聞こえた、兵士達が何事かと上の階に向かおうとした時。
宮殿の中を灯していた灯りが全て消え、宮殿の中に暗視ゴーグルをして武装をした兵士達が次々に入ってくる。
突然の出来事に成すすべも無く撃ち殺されていくSVの兵士達。その銃声は四階にいた愁の耳にも届いた。
「くらいよぉ、うぅっ……」
部屋の灯りも消えて暗闇に包まれる室内、ミシェルは急いでベッドまで走ると毛布を手に取りいつものように包まりだす。
「今の悲鳴はフィリオさん!?一体何が……ッ!」
扉を開けると部屋の前を警備していた兵士の姿は無く、4階の通路を銃を持ったSVの兵士が走っていた。
「何があったんですか!?」
「武装してきた組織が宮殿に侵入! 恐らくBNだと思われます!」
「なっ、こんな時にBNが!?」
「我々が足止めをしています! その間にフィリオ様を!」
そう言い残し兵士は銃を両手に階段の方へと向かう。
愁は部屋の中に戻り鍵を閉めると急いでミシェルの所に走っていこうとした瞬間、窓ガラスが破られ外から一人の男が入ってくる。
「痛ッてーなおい! 窓は蹴ったら開くのが普通だろ!!」
男は自分の服についているガラスを振り払うと辺りを見渡す、男は愁を見つけるとニヤリと笑みを見せて口を開いた。
「大変な事になってるようだな、俺には関係無いけど。とりあえずミシェルを返してもらおうか」
「甲斐斗さん!? 丁度良い時に来てくれました!」
その名前にミシェルが反応する、毛布から顔だけ出して辺りをキョロキョロと見渡すと、そこに甲斐斗の姿が見えた瞬間笑顔になる。
「かいと!」
「ミシェル無事か? 俺が迎えに来たからもう安心だ」
包まっていた毛布を脱ぐと急いで甲斐斗の元に向かうミシェル。
近づいてきたミシェルをそっと抱きしめると甲斐斗も安心したような顔をしていた。
そして甲斐斗はミシェルを体からそっと離すと愁に向かって歩き始める。
「さてと、後はお前を殺すだけだな。すまんなぁ本当は零時に来たかったけどこんな状況だし、また誰かに攫われたら嫌だからな」
「かいと?」
「ミシェルは向こう向いててくれ、すぐ終わるから」
いつの間にか甲斐斗の右手には剣が握られている。
その剣をゆっくりと持ち上げると、愁の前で立ち止まる。
「最後に何か言いたい事はあるか?」
剣を振り上げたまま愁の前に立っている甲斐斗、その姿を見て愁は怯えはいないが焦っていた。
「残り三時間、今日が終わるまで俺を生かしてくれませんか? 今日が終わるまでに必ず貴方の元に戻ってきます、だからどうか俺に時間を!」
「そうか、死ね」
そう言って甲斐斗が止めていた剣を振り下ろし、愁は目蓋を閉じて一生を終わろうとした時、ミシェルの声が室内に響いた。
「だめーーっ!」
多分二人は初めてだろう、彼女の大声を聞いたのは。
その声に二人は唖然としていた、特に甲斐斗は振り下ろした剣は愁の目の前まで振り下ろしていたがそれを止めてミシェルの方を向いていた。
「ミシェル?」
「ぜったいにだめ! ぜったいにだーめーっ!」
怒ったような口調でミシェルは甲斐斗の所に走っていくと甲斐斗の服を一生懸命引っ張り愁から離そうとする。
「わ、分かった分かった。こいつには何もしないから、な?」
「ほんとう?」
「本当だ、だから服を離してくれ」
その言葉を聞いて引っ張っていた甲斐斗の服を離すミシェル、愁は閉じていた目蓋を開き何が起こったのかを確かめた。
目の前で止められている剣は目の前から消え、甲斐斗の右手に握られていたはずの剣がなくなっている。
「あーあ、ミシェルに言われたらなぁ……殺す気失せた。まぁ、こうしてミシェルも無事に戻ってきた訳だ、今日はこの辺で引き下がってやるよ」
甲斐斗はミシェルを抱かかえると窓に向かい身を乗り出す。
「戦場で会ったら容赦なく殺すけどな、そんじゃあばよ!」
次に瞬きをした時には甲斐斗の姿は消え、約束は無事守られた。
しかし、約束を守れた事に安心している暇など無い、今自分がしなければならない事は一つ。
「待っていてください、フィリオさん……今行きますッ!」
その頃、一階の大きく華やかなバスルームにアリスがいた。
丁度髪の泡を流し、髪を洗い終えたアリスはふと目を開けるとバスルームの電気が消されている事に気づいた。
「ちょっと、なんで電気消してるの! ゼスト! 早く電気つけなさいよー!」
自分の声とシャワーの音だけがバスルームに響く、ゼストからは返事も無い。
と思った時、突然バスルームの扉が開き一人の男が入ってくる。
アリスは咄嗟に叫ぼうとしたがその口を塞がれしまい声も出せない。
「落ち着け」
そう耳元で囁くとシャワーを止め、左手に持っていたバスタオルをアリスに渡す。
アリスは急いで自分の体をタオルで巻くとゼストの右手を強引にどけた。
「ちょっとゼスト! あなた───っ!?」
「大きな声を出すな」
また右手で口を塞がれるとアリスは大きく頭を下げ、そしてまた右手を口元からどける。
「ど、どうしたのよ。何かあったの?」
「ああ、どこぞの連中がこの宮殿に侵入してきた、それも大勢な」
二人はゆっくりと立ち上がると、アリスは急いで更衣室に向かうと、ゼストも更衣室に向かい廊下に通じる扉の前に移動する。
「早く着替えろ、ここはもう奴等に占拠されつつある」
「えっ? でもここは基地もあるし、そんな奴等簡単に排除できるんじゃないの?」
下着を履き、用意していたパジャマ……では無く、一度来た服を再度着替え終わるとドライヤーで髪を乾かそうとするが当然電源がつかない。
「ジャミングが掛けられていて軍には通信不可だ、準備は出来たか」
「準備は出来たけど、お姉様やシャイラはどうするのよ」
「フィリオにはラティス達がいるから心配無い、シャイラは……もう間に合わない」
そう言った瞬間ゼストの顔面にバスタオルが投げつけられたが、ゼストは動じずバスタオルを顔からどける。
「はぁっ!? 何言ってんのよ!」
「じゃあ行くか? 死ぬかもしれないぞ」
「いいわよ! だから早くシャイラを助けに行きましょ!」
「……分かった」
ゼストが天井に手を伸ばした次の瞬間、天井に綺麗な丸い穴が開き、アリスを抱き上げるとその穴を使って一気に二階まで飛びあがる。
突然の出来事にアリスは何が起こったのかわからず辺りを見渡すと。
そこには綺麗なカーネーションの花束が置かれた机と、その横のベッドで寝ているシャイラの姿があった。
「ついたぞ」
「な、何よ……死ぬとか言ってもう着いたじゃない! 私を試したの!?」
「大声を出すな、気付かれる」
ゼストは扉に鍵をかけるとベッドで寝ているシャイラの口に付けられている酸素マスクを外した。
「な、何してんのよゼスト!今すぐマスクを元に戻して!!」
それを見ていたアリスは急いでマスクを戻そうとゼストの手からマスクを取ろうとするが、どんなに力を入れても外れない。
「安心しろ、これを外した所で死にはしない」
そんな事を言われても納得のいかないアリスは必死にマスクを取ろうとしていた。
ゼストはそんなアリスを無視してシャイラを抱きかかえると、また穴を通り一階に飛び降りる。
早く降りて来いと言わんばかりにゼストはアリスを見つめるが、この高さから飛び降りるのは少し怖い。
「降りればいいんでしょ……もう!」
意を決してアリスが飛び降りた瞬間、ゼストが片足を上げると勢い良く床に足を下ろす。
その瞬間、着地しようとしていた床は崩れ落ち、アリスは体勢を崩しながらその真っ暗な地下へと落ちていく。
が、ゼストの右手でアリスの服を掴み、何とか地面への直撃を免れる。
「非常用の地下通路だ、来い」
掴んでいた服を放すと洞窟のような所に小さな灯りが点々と通路を伝って点いているのがわかる。
「ちょっと待って! お姉様はどうするのよ!」
「ラティス達がいるから心配無い、今は自分の身の安全を考えろ」
安全な出口へと繋がる地下通路を走るゼスト、その後ろには不安な表情を浮かべながら走るアリス。
地下通路に響き渡る銃声、爆発音は、アリスの頭に最悪な状況を考えさせてしまう。
それでも今は走るしかなかった、フィリオの無事を祈りながら……。
宮殿の一階、二階、三階は既に占拠され、残るは最上階の四階だけとなり、残りのSVの兵士達は四階を死守していた。
「このままでは四階ももう持たない! 階段を破壊する、全員伏せろ!」
兵士が一度に二個の手榴弾のピンを抜くと勢い良く階段に投げ込む。
だがその瞬間、双剣を握り締めた一人の男が前に出てくると目にも止まらない速さで手榴弾を真っ二つに切り落とし、そのままSVの兵士達に近づいていく。
兵士達は手榴弾の爆発に備え身構えており、男に気づいた時には既に相手が持つ剣が自分の喉を貫いていた。
白い服に白いマントを羽織っている男、両手には二本の細い剣を持ち銃を持つSVの兵士に向かって走っていく。
兵士達は引き金を引くと同時に手に持っている銃を斬られ、喉を貫かれてもがき苦しみながら死んでいく。
もう抵抗する兵士は何処にもいない。階段から数名のBNの兵士が四階に上がってくると、四階の部屋を一つずつ探っていく。
「態々若様が行かなくてもよかったと思われますが……」
たった剣二本で機関銃を持った兵士達を捻じ伏せ各階を制圧した男『風霧紳』、その姿を見ていたセーシュは言葉をかけるが、紳は剣に付着した血液を吹き飛ばすと歩き始める。
「セーシュ、俺は見届けなくてはならない。神の子種が死ぬ姿と、SVの創始者が死ぬ姿をな」
BNの創始者として最高幹部、紳は四階にある一番大きな扉をした部屋へと向かおうとした時だった。
下の階の方から兵士達の悲鳴と銃声が四階まで聞こえてくる。
「若様、下の階で何かあった様子です、下りますか?」
「いや、いい。下の階には奴がいるからな……」
暗闇に包まれた一階のロビーには三人のBN兵士が銃を構え辺りを見渡している、その足元には仲間の死体が転がっていた。
「さ、さっきのは何だ! どこから来やがった!?」
「分からない! ここは一度引いた方が……」
また一人兵士の倒れる音が聞こえる、銃を持った兵士が後ろを振り向けば胸元が大きく切り裂かれた兵士の死体が転がっている。
「う、嘘だろ……しっかりしろ!」
その時、人影が横を通り過ぎた気配がした兵士はすぐさま銃口を向けて引き金を引く。
しかしそこには誰もいない、数発の銃弾が窓ガラスを破壊してしまうが、兵士の恐怖は収まらない。
「何処だ……何処にいやがる! 出て来───」
「出てきたぜ?」
兵士の目の前に現れたのは一人の女性、だが次の瞬間兵士は腸を引き裂かれ血を噴出す。
「けっ、雑魚供がうじゃうじゃ出てきやがって。エコ、お前はフィリオの所に行って様子を見てきてくれ」
「わかった……葵、無理しないようにね」
「おう、分かった。数分したらそっち行くから先に行ってろ」
「うん」
ふとエコの姿がその場から消えると、葵は鍵爪に着いた汚い血を振り払うと手足を伸ばしてストレッチを始める。
すると、そこに一人のサングラスを掛け、煙草を銜えた男が入ってくる、その男の両手には一丁ずつ拳銃が握られていた。
「こんな夜中にサングラスかよ。渋いねぇー。おいおっさん、死にたくなけりゃここから出て行ったほうがいいぜ?」
「出て行く訳にもいかんのさ、これも仕事でな」
「そーかいそーかい、んじゃあ……仕事で死ねるならてめえも本望だろ!?」
男の前から葵が一瞬にして消えると、宮殿内の床や壁を走り回るわずかな音が聞こえてくる。
そして音が止まった瞬間、葵が男の後ろから鍵爪を突き立てる飛びかかってきていた。
「死にはしねえさぁ、まだ煙草買ったばかりなんだからよ」
男は後ろに振り向くと、拳銃の銃口を飛びかかる葵の目の前に突き出した。
銃口を突きつけられた葵の顔は蒼白としていた、今自分の目の前には銃口が見えているからだ。
躊躇い無く引き金は引かれ、銃口から出てきた小さな火が葵の顔に当たると、葵はすぐさま男から距離をとる。
「ん? これライターじゃねえか……こっちが本物か」
男はそう言うと右手に持っている銃をしまい、もう一つの銃に持ち変える。
そして一発の銃弾を天井に発砲すると両方の拳銃の銃口を葵に向けた。
葵の頬は少し火傷の後が見えるが、そんな事葵は気にしていない、ただ眼つきと瞳の色が前と変わっていた。
「おっさん、どうやら俺を本気にさせちまったようだな……」
ニヤリと笑みを見せる葵に対し、男は煙草を銜えていたが口元が小さく笑っている。
「お遊びで殺される程俺は安く無いさ」
「面白れえよおっさん! この世界で殺し甲斐のある人間と会ったのは初めてだぜ!?」
葵が叫んだと同時に一気に男の元へ走る、男は右手の銃を構え引き金を引くが葵は間一髪で交わし更に距離を縮める。
しかし男は慌てることなく左手に握っている拳銃を葵に向けて引き金を引く、しかしその銃弾も葵に当たる事は無かった。
葵の鍵爪が男の顔を引き裂こうと両手を顔に伸ばしてくる。
男はすかさず両手に持っていた拳銃で鍵爪を弾き、葵から距離をとりながら2丁の拳銃で狙いを定め引き金を引くが、葵はその場から跳び上がると男をかく乱するように宮殿内を肉眼では確認できない程の速さで跳び回る。
「オラオラオラッ! 俺を撃てるもんなら撃ってみやがれよ!!」
葵の右手には瓦礫の破片が握られている、その破片を男に勢い良く投げると、その投げた方向とは反対方向から飛びかかった。
男は飛んでくる破片に気づき一歩後ろに下がり破片を回避するが、その時を葵は狙っていた。
そしてこの時を……その男も狙っていた。
擦れ違う二人、男の掛けていたサングラスが真っ二つとなり足元に落ちる。
頭からは微かに血が流れているが、それを気にせず男は振り返った。
そこには右肩から流れる血を左手で抑え、苦痛に顔を歪めている葵の姿があった。
「中々やるじゃねえかおっさん、今日の所はこれぐらいにしといてやるよ……!」
そう台詞を吐き捨てると、葵は暗闇に包まれた宮殿に内に姿を消す。
男は足元に落ちている真っ二つに斬られたサングラスに目をやると、胸ポケットの中からスペアを取り出しそれを掛ける。
両手の銃を腰のベルトに仕舞うと銜えていた煙草を右手で挟み口から細く大量の煙を吹き出した。
「こりゃ上乗せだな」
四階にあるフィリオの部屋、エコがその部屋に一瞬で移動したのは彼女の持つ一つ目の力だ。
エコは辺りを見渡すと、小さく蹲っているフィリオを抱きしめている愁の姿を発見した。
「愁、フィリオ…大丈夫……?」
その声に気づいた愁は顔を上げると、自分の無事をエコに伝えた。
「でも、ラティスさんが!」
「えっ?」
エコがふと開いたままのテラスの扉に目をやると、そこには血溜りの中に倒れたラティスの姿が視界に映る。
それを見たエコの顔は驚きを隠せない程ショックを受けていた、まさかラティスが死ぬとは思ってもいなかったからだ。
「そんな……ラティスが……?」
「遠くから誰かに狙撃されたらしいです、それで……」
フィリオは愁の腕の中で泣き崩れているが、エコは焦りを隠せない。
愁の言う事が本当ならこの宮殿の周りはBNの狙撃部隊が待機しているという事。
それに別の部隊が宮殿内に潜入してきている、これはBNがここにいる者を殺す為に本格的に動いている可能性が高い。
狙いはリシュテルト家と、あの謎の少女。今宮殿を襲えば両者を殺せる事になる。
「愁、早くここから逃げないと」
「分かっています、しかし外に出れば狙撃部隊がいる可能性が……」
「それなら地下に避難通路がある、それに……私の力があれば、平気」
エコはそう言うといつもの冷静な表情に戻り、部屋から出て行こうとした時、部屋の扉が開くと数名の兵士が部屋の中に雪崩れ込む。
兵士達は銃口を愁達に向け、引き金を引くと無数の弾丸が三人に放たれる。
するとエコは素早く手を前に出して、呪文のような事を口走る、途端に三人を緑色の光が包み、全ての銃弾を弾いていく。
「ほらね、これで平気……」
幾ら銃を撃とうがエコ建ちには傷一つ付かない、その光景を愁は驚いた様子で見ていた。
「地下から行こ……」
愁はフィリオを抱き上げると、ゆっくりと歩いていくエコの後ろについていく。
それを止めようと兵士達は銃を撃ち続けるが全く歯が立たない、触れようとした者は次々に光に弾き飛ばされてしまう。
「安心して、力の無い人間の力で破壊する事は、不可能だから」
部屋の扉をも簡単に吹き飛ばすと、エコは部屋から出ようとするが、目の前には白服を着たあの男が立っていた。
立ちはだかる男の姿を見た愁は驚きの余り眼は見開いている、無理もない、そこに立っていたのはBNの総司令官、風霧紳なのだから。
「愁、大丈夫だから。私に……」
だがエコは落ち着いた様子で一歩足を前に出し、何事も無く部屋から出ようとする。
それに続いて愁も足を前に出した瞬間、床に亀裂が走ると共に前を歩いていたエコが後ろに向かって吹き飛んでいく。
「えっ───?」
吹き飛んだまま壁にぶち当たるエコ、胸元は斬られ血が溢れ出しているのが誰が見てもわかる。
そのままぐったりと壁にもたれ掛かったまま動かないエコを見て愁は何が起こったのかすらわからなかった。
「この力、やはりな」
紳はそう呟いた後両手に持つ剣を一振りすると部屋の中に足を踏み入れる、それと同時にセーシュも部屋の中に入り、銃を持った兵士達も部屋の中に入ると愁の左右を囲む。
愁は前を向いたまま一歩ずつ下がり、部屋の中に戻って行ってしまう。
セーシュは銃を愁に向けると、周りにいる兵士達が全員銃口を愁達に向ける。
「抵抗しても無駄だ、大人しくその娘をこちらに渡してもらおうか」
その声は聞くにしては懐かしすぎる声だった、昔は紳やセーシュとも共に戦った事のあった愁にとっては耐えられない状況。
しかし今は敵として現れた、いや違う。愁が自らBNの敵となっていたのだ。
もう羅威やエリル、穿真等の親友と一緒に過ごす事も出来ない、もう何もかもが遅い。
でも、それなら何故愁はSVに来たのか、何故BNにいないのか、答えは簡単だった。
愁は両手を放し、抱かかえていたフィリオをその場に落とす。
「それで良い、そのまま両手を上に上げろ」
両手はゆっくりと上げられていくが、頭の位置まで上がると手が止まり自分の頭を両手で押さえ込む。
「貴方達はっ、また……また俺から、大切な人達を、をぉっ!」
愁は跪くと、急に体を捻りながら唸り声をあげて苦しみだす。
周りにいた兵士は銃を構えただその状況をじっと見つめている事しか出来ない。
するとセーシュは溜め息を着くと兵士達に命令を下した。
「我々には時間が無い、もういい、殺せ」
「殺すのですか」
そう呟きながら立ち上がった愁だったが、兵士達が引き金を引いた銃の発砲音で簡単に声は掻き消された。
だがその微かな声は紳だけが聞き取れた、それとも紳だけに伝えたかったかもしれない。
銃弾は次々に愁に目掛け飛んで行くが、愁が倒れる事は無かった。
愁の着ている服に銃弾が当たると、服を貫通せずに力を無くした銃弾は愁の足元に落ちていく。
数発の銃弾が仮面に当たるものの、簡単に銃弾を弾き愁の首は全く動かず前を向いている。
銃口は熱をおび、火薬の臭いが部屋中に立ち込めていた。
兵士達は全弾を撃ちつくしたが、相変わらず愁はその場に立っている。
「終わりですか」
その一言は回りにいた兵士達全員に聞こえたが、兵士達は銃のカートリッジを外すと、腰についている予備の弾を銃に装填しようとする。
しかし、愁が黙ってそれを見ている訳がない。
兵士達の目の前から愁が消えたと同時にグシャリという何かが潰れた音が部屋中に響き渡る。
一人の兵士がふと隣の兵士に目をやると、あるはずの頭がそこには無い。
愁の服や仮面には夥しい血と肉片が飛び散るが、その男は全く反応をしない。
頭を潰された兵士はその場に跪くと、力無く横たわる。
それを見ていた紳はセーシュの方に顔を向けるとこう言った。
「セーシュ、今すぐ兵士達を撤退させて作戦内容をプランCに変更しろ」
「は、はい? お言葉ですがもうここまで来ているのです、後はこの男さえ始末すれば……」
「早くしろ、死ぬぞ」
血みどろの男の手がセーシュに伸びて来たのを見た紳はすかさず剣で拳を受け止める。
セーシュはポケットの中から無線機を取り出すと電源を入れてこの作戦に参加している兵士全員に作戦内容の変更伝えた。
「プランDを行なう。宮殿にいる兵士達は速やかに撤退しろ」
その言葉を聞いて部屋の中にいた兵士が出て行こうとするが、頭を握りつぶされた男の隣にいた兵士はその場から一歩も動けていない。
「セーシュ、その兵士を連れてお前もここから離れろ」
「し、しかし。それでは若様が……」
「離れろ」
「っ……了解しました、若様。どうかご無事で」
その場から動けない兵士に肩を貸して部屋を出て行くセーシュ達、それを見て紳も少し安心したのか眼つきが変わっていた。
愁は紳の顔目掛けて左腕を伸ばすが、紳は首を曲げて簡単にかわすと右手に持つ剣で愁の左腕を切り落とそうと振り上げる。
だが愁はその剣が来るのが分かっていたかのように左腕を素早く引き下げる、その動きに紳はある男が頭の中に浮かんだ。
でもそれはありえない、何故ならそれはBNの兵士だった男、こんな場所で、こんな姿で、今、目の前に立っているはずがない。
紳は左手に握る剣を愁の顔目掛け振るうが、愁はそれを避けようとはしなかった。
一閃の残光と共に顔に付けられていた仮面に亀裂が走り、真っ二つになって吹き飛ぶ。
いるはずの無い男はそこにいた、顔は無表情のまま、虚ろな目をしたその男が。
「裏切りましたね、紳さん」
「愁……?」
その瞬間、愁の右腕は紳の腹部を貫く勢いで突き出された。
紳の口から吹き出る血は愁の顔に飛び散るが、愁は目を開けたままその様子をじっと目に焼き付けるかのように見つめている。
睨む事も、笑う事もしない、ただ虚ろな目だけが見つめ続ける。
腹部を殴られた衝撃で部屋から吹き飛ばれる紳、そのまま廊下の壁へ叩きつけられると、愁は凄まじい速さで飛びかかると今度は頭を狙い左腕を突き出した。
間一髪でその拳を交わすが、拳はそのまま壁を砕き、吹き飛ばす。それでも愁は平気な顔をしたまま紳に顔を向けると紳に向かって走り出す。
だが紳は両手の剣で足元の床を切り落とすと、その場から一瞬で姿を消した。
「……何か、来る」
愁はそう呟くとフィリオ達のいる部屋に戻ると、フィリオやエコを無視して部屋の外まで歩き始める。
テラスに倒れているラティスの死体等にも目をくれず、一人夜空の下へと出てくる。
夏だというのに異様な涼しさが立ち込めているその場所で、愁は頭から流れる血を拭き取る事無く夜空を見上げた。
「クロノ、エリル、プランCに変更だとさー気合入れて頑張れやー」
穿真の声が二人の機体に流れると、クロノは小さく頷く、エリルは言われなくてもわかってると言わんばかりな表情だ。
市街地の上空を一機の戦闘機が凄まじい速さで飛んで行くのをエリルが発見すると、それをクロノに伝える。
「クロノ、周りの市街地に被害を出さないようにね」
「ええ、分かっています。エリルさんも爆撃終了後直ちにその場から離れて下さい」
「了解、頼んだわよ」
一機の戦闘機は宮殿の上空まで行くと、空中で形を変えて一気にDシリーズへと変形する。
空中で銃を宮殿に向けると、銃口の下についてある特大のグレネードを一発放った。
「任務完了、コレより帰還します……なっ!?」
クロノの表情が一変していく。
宮殿の前にはさっきまでいなかったはずの赤い機体が、降臨されたかの如くそこに立っていたのだ。
それもグレネードの射線上に立っている、
宮殿を一発で吹き飛ばす程の威力を持つ特製のグレネードを前に一体この機体は何をするのかとクロノはその機体を見つめている。
赤い機体、それは前に見た事のある鬼神の姿。鬼神は迫るグレネードを鷲掴みにすると何を思ったのか突然グレネードを抱きかかえた。
「あの機体、一体何を……」
鬼神が抱きかかえた瞬間。グレネードは強烈な爆発を起こし、市街地が一瞬だけ明るい光に包まれた。
その様子をクロノはじっと見つめていると、エリルから突然通信が入る。
「宮殿に被害無し!? あの機体が自らを犠牲に受け止めたみたいね」
「分かりました、では二発目の準備をします」
落ち着いた様子で機体の腰に着いてある特製グレネードを掴むと、それを銃に取り付けようとした時、レーダーが強い反応を示す。
「これはっ!?」
爆煙を吹き飛ばし、赤く煌く装甲をした鬼神が怒りを露にしたかのような勢いで迫ってきていた。
「あれ程の爆発で無傷!? 何なんですかあの機体は!」
すぐさま手に持っている銃で応戦するがまるで歯が立たない、銃弾は鬼神に当たっているが装甲に一つも傷が付かないのだ。
「この機体の色、形状。前にBNの基地に現れた機体のようですね……」
クロノは銃が駄目だとわかると背中に銃を仕舞い、両肩からLRSを取り出し、両手に握ると鬼神目がけ特攻していく。
機体が振り下ろしたLRSを鬼神は素手で受け止める、だがその隙を狙いクロノの乗る機体が足を前に突き出し鬼神を蹴り飛ばす。
そして背部についてある長い銃口が特徴的なスナイパーライフルを取り出し、地面に落ちていく鬼神目がけ照準を合わす。
「このレーザーライフルならあの機体を!」
素早く照準を合わせ引き金を引くと、銃口からは細く強烈な光が放たれた。
光は簡単に鬼神の腹部を貫くが、まるでその衝撃で目が覚めたかのように目が光りだし体勢を立て直す。
「そんな馬鹿な! 何故立っていられる!?」
倒れる事が無い鬼神に対し歯が立たないクロノ、次こそはと思いライフルを構えるが、それを止めさせるようにエリルから通信が入った。
「クロノ、もう引いた方がいいわよ。長引けば増援が来るし、そうなったら私達が危ない」
「しかし宮殿の破壊がまだです、それで下がれば作戦が……」
「それなら私に任せて」
ステルス機能を解除した無花果の握っているマルチプルランチャーから宮殿目掛け数多の小型ミサイルが飛んで行く。
ミサイルは全弾命中、宮殿は炎に包まれ崩れ落ちていくのを見て任務成功を確認した二人はその場から一気に離れていった。
虚ろな目をしていた愁はその光景をただじっと見つめ続けている、何も思わず、何も考えず。
だが、その炎を見ている内に虚ろな目に段々と光が戻っていった。
「あれ、俺は…何をしていたんだ……」
ふとレーダーを見ると二機の機体が離れていくのが見える、そしてモニターに目をやると、火炎に包まれ崩れ落ちる宮殿が目の中に映った。
「えっ」
宮殿の周りには消防車が駆けつけ、近辺の人達は安全な場所へと避難している。
今まで溜め込んでいた感情が段々と現れてくるのが自分でもわかった、抑えようの無い感情、その鉾先を誰に向けるのか。
「俺はまたBNに奪われた……大切な人をッ!」
機体のハンドルに手を掛けると、市街地から出て行った2機を追って鬼神は走り出した。
そのまま一気に市街地の外の荒野に出ると、モニターに映る二機に向かって走り出す。
「お前等が! お前等がぁッ!! 俺の、俺のぉおおおおおっ!!!」
言い様の無い怒りを爆発させながら、段々と二機に近づいていく鬼神だったが、ここでついに機体の限界が来た。
ブレーカーが落ちたかのように全ての機能が停止、走っていた足も急に止まりその場で機体は無様にこけた。
「うぐあっ!……う、動けよッ! 何やってんだッ!? さっさと動け!!」
両手の拳を目の前に装置に何度も振り下ろす愁、しかし機体は何も答えない、ただ装置を殴って聞こえる醜い音しか聞こえない
「あと少しで追いつけただろうがッ!? それなのに、それなのにぃいいいいいいッ!」
目の前の装置に両手を下ろしたまま、愁は俯きながら肩を震わせる。
頭の血と一緒に目から流れる涙が自分の足元に落ちるのを見て、愁はただただその場で肩を震わせながら泣く事しか出来なかった。
「しゅう、かわいそう……」
その状況を遠くの方で見ていた甲斐斗とミシェルだったが、ミシェルは目に涙を浮かべてあの赤い機体を見ていた。
「ミシェル、戦争で可哀想なんて言っちゃ駄目だ」
「でも……」
「まぁ、ミシェルは誰にでも優しいからな」
「ねぇかいと、しゅうをたすけて」
「助ける事は出来ない」
殺す事は出来るけどな───なんて、さすがに甲斐斗でもそんな事をこんな状況で言えるはずがない。
「人は自分の弱さを知って、初めて自分の無力さを知る。まぁアイツは初めてじゃないと思うけどな。だから自分で気づかないと駄目だ、気づいて直していかないと、アイツは一生ああやって生きていく」
(なんてカッコつけて言う台詞じゃねえな。まぁ強く生きろよ、生きてればその内良い事だってあるもんだ。それが後に辛い現実になるとしてもだ、それは全て自分が選んだ道だって事を自覚してな……)
「さてと、そんじゃ行くかな」
「どこに……?」
「NF、BN、SV。この三つの組織の首都にでも行って情報収集だ、まずはSVの首都にでも向かうか」
三つの組織の中で一番謎の多い組織はここだと甲斐斗は感じていた、
(一体何を隠しているんだこのSVの連中は……)
『神』の復活、他の組織とは異なる機体。Dシリーズの動力源、レジスタルについても何か分かるかもしれない。
「まだまだ謎だらけだが、少しずつその謎を解明して行こうじゃねえか」
「うん!」
そう言って頷いてくれるのは良いのだ、ふと甲斐斗はミシェルを見て疑問に思ってしまう。
(ミシェル……一番の謎はお前だ、お前は一体何者何だ……?)
SVに行けばわかるかもしれない、どんな真実でも甲斐斗は受け止めるつもりだ。
倒れた鬼神に背を向け、甲斐斗達の乗る機体は走り出した。全ての謎を明らかにする為に。
ゼスト
無口無表情男、笑った顔はアリスでさえ見た事が無い。
実力はSaviorsの中でも1位、2位を争う程高く、親衛隊副隊長だが地位には余り興味は無い。
本当はフィリオの護衛役であったが、フィリオ自身に頼まれアリス・リシュテルトの護衛役に変わった。