第4話 兵士、使命
薄暗い牢屋、その中にこの甲斐斗と甲斐斗が助けた少女が閉じ込められていた。
少女は毛布で体を覆い、部屋の片隅で座りながら恐怖の余り小刻みに震えている。
「おい、体調が悪いのか?」
甲斐斗が手を指し伸ばすが少女はその手から逃げるように離れ、もう一方の部屋の片隅に移動してしまう。
「お、おいって。別に何もしねーよ」
(何だこの少女は、出会った時から思っていたが不思議な奴だ。荒れた市街地の中たった一人で何をしていたんだ?ここに連れてこられる時も相当怯えている様子だったし)
「んじゃさ、名前教えてくれないか?」
少女は何も答えようとしない、仕方が無いのでまずは甲斐斗が自己紹介をはじめることにした。
「俺の名は甲斐斗、最強の魔法使いだ」
甲斐斗が名前を言った途端、大きく反応を見せる少女。最強と名乗った男の姿をまじまじと見つめている。
(お、反応良いな。『魔法使い』って単語に反応したのか?)
「まぁ、気軽に甲斐斗って呼んでくれ。それで君の名前は?」
「なま、え?」
その言葉に首をかしげる少女。
「もしかして自分の名前がわからないのか?」
甲斐斗が近づこうとすると少女はまた俯き、体を丸くして部屋の片隅で震える。
(怖がらないでくれよ……俺があの時。レジスタルを黒剣を変える事が出来るようになったのはこの子が関係しているかもしれないというのに)
本来なら元々甲斐斗はあの巨大な黒剣を取り出す事が可能だった。
しかしこの世界に来て魔法が使えなくなった時、同時に剣も出す事が出来ないと思っていた。
だがこの少女と出会い、そして光に包まれた時。甲斐斗は剣が出せる事を確信し、そして実際に剣を出す事に成功した。
(俺が魔法を使えない事とこの子は何か関係しているのか……分からん)
何もかも分からない。それは甲斐斗が何故、牢屋に入れられているのかも甲斐斗自信分かっていなかった。
基地に戻ってきた直後に手荒な真似で拘束され、訳も分からず少女諸共牢屋に入れられてしまい現在に至るのだから。
「アステル少尉、出てください」
すると一人の兵士が牢屋の鍵を開けてくる、甲斐斗は自分だけ釈放されるのかと思いながら牢屋を出る。
思ったとおり少女は牢屋から出してもらず、甲斐斗が出た直後に鍵を閉められると、牢屋の中にいる少女は寂しそうな眼差しを送っていた。
その視線を受けながら甲斐斗は牢屋の後にすると、少し歩いた場所にある部屋に連れていかれた。
兵士に言われるがままに甲斐斗はその部屋に入ると、その部屋には胸に勲章を幾つも付けた上級階級の兵士達が集まっていた。
U形の机軍人達が座っており、その中に赤城少佐や伊達中尉の姿もあった。
「で、どうして俺は牢屋に入れられたんですか……?」
そろそろアステルの振りにも疲れ敬語を止めようかとも思ったが、とりあえず今まで通りに敬語で聞いてみる。
「言葉を慎め、アステル少尉」
いかにも偉そうな軍人にそう指摘されると、甲斐斗は露骨に不満そうな顔を浮かべていた。
(やれやれ、どうやら俺の意見など聞くつもりは無さそうだ)
「貴様、本当に記憶を無くしているのか?」
再び偉そうな軍人が口を開きにそう問いかけてくると、甲斐斗はその言葉に少し反応してしまう。
(やはり記憶を無くしたにしては暴れすぎたのかもしれないな)
だが、甲斐斗はERRORに襲われたあの時の事を語ってはいない。
さすがに剣を出してあのERROR全部倒しました。などと言っても信じてもらえるはずもなく、記憶喪失所か頭が狂ってると思われてしまうのがオチだからだ。
なのであの時の状況は『意識を失い起きたらERRORが死んでいた』でなんとか無理やり押し通そうと思っていた。
「はい、俺は過去の事は何も憶えていません」
「何も憶えてない? では何故Dシリーズの操作を行なえるのだ」
一つも質問に答えればまた新しい質問をされる。
甲斐斗は自からも色々と質問したいと思っていた、この世界の事、そしてあの化け物の事を。
「操作方法を教えてもらい、多少の訓練をしたから動かせました」
とは答えたものの、甲斐斗への質問攻めは続く。
「では、B4エリアで起こった事について。詳しく聞かせてもらおうか」
「憶えていません」
「なにぃ?」
部屋には軍人達は戸惑いの様子を見せる。
それは当たり前の事だった、その場にいた人間がその場の事を憶えていないなど理由にならない。
「いや、ERRORに襲われて気を失ったんです。だから憶えていません」
回りの軍人が甲斐斗を鋭く睨んでくる。やはりこの嘘には無理があったかもしれないと今更ながら甲斐斗は思ってしまう。
「そんな嘘が、我々に通用するとでも思っているのかね。君は」
やはり嘘だとバレたが。正直に話した所で無駄な訳であり、甲斐斗は頷いてみせると、その話を聞いていた武蔵が喋り始めた。
「大佐、彼は今、脳に軽い障害を持っているのです。突如意識を失ってもおかしくはありません」
甲斐斗をフォローしようとしてくれる武蔵の心遣いは嬉しいものだったが、脳に軽い障害が有ると言われ少し落ち込んでしまう。
更に武蔵の言葉はこの場にいる軍人達には全く聞いてもらず、一人の軍人が机を戦うと武蔵に向けて指を指した。
「伊達中尉、貴様は黙っていろ」
その遣り取りを聞いただけで甲斐斗は胸糞が悪くなり、苛立ちはじめていた。
(なんだこいつ。うざい、うるさい、俺が嫌いなタイプだ。力も無い雑魚がグダグダと、腹が立ってきた。今直ぐにでも殺してやりいが、さすがに今、人間相手に暴れる訳にはいかないか……)
暴力で解決する方が手っ取り早い時もあるが、ここは怒りをぐっと抑えた甲斐斗は偉そうな軍人に反抗してみた。
「それじゃあ、憶えていない事を話せと言われて、お前は話せるかよ」
「なっ!? 上官に向かって何だその口の聞き方は!」
(こんな奴に敬語使ってまで話したくもない、というかもう敬語止めたい)
甲斐斗の言葉に次々に怒り出す上官達だがm赤城と武蔵は顔色変えず甲斐斗の様子を見ている。
「いやいや、俺の質問に答えろよ。お前は記憶に無いこと話せるのか? ったく、憶えている事は何もないんだからもういいだろ。俺は帰るぞ」
そう言って強引に部屋を出ようとした時、赤城声を上げ甲斐斗を呼び止めた。
「待て、改めてもう一度問う。お前は本当に何も憶えていないのか? 本当に全て忘れてしまったのか?」
「……貴方達の知っているカイト・アステルは、もうこの世にいません」
そう言葉を残した後、甲斐斗は一人部屋から出て行った。
結局部屋を出た直後に兵士に拘束され、甲斐斗は再び牢屋へと戻ってきていた。
「ということで、俺当分ここから出られないわ」
牢屋を出て僅か十数分で戻ってきたかと思えば、先程までの話とへらへらと笑いながら少女に説明していく。
少女は相変わらず怯えているが、甲斐斗の話しは聞いてくれているようだ。
「ああ、そうだ。嘘だと思うけど面白い話をしてやろう」
「はなし?」
「俺はこの世界の人間じゃない。別の世界からんだぜ」
それから甲斐斗の世界の話しを少女に聞かせてあげた。
と言うより、甲斐斗は誰かに、真実を聞いてほしかったのだろう。
甲斐斗が元々いた世界は魔法の世界だった。
科学と魔法が同じ文明を築いてきた世界。
だが甲斐斗は『転移魔法』というもう一つの別の世界に行ける魔法を使い、別の世界に飛んだ。
その世界に魔法は無く、科学だけが発展していた世界だった。
とは言っても、それ程高度な科学力は無かった訳だが
甲斐斗はその世界で平和に暮らせると思っていた。しかし、色々と戦いに巻き込まれたあげく、最後にはこの世界に何故か飛ばされてしまった。
「剣と魔法の壮絶なバトル!弾けるアクション!」
(って、こんな話を突然されてもリアクション取れるはずがないよな。もしかして俺ってまたおかしな人間とか思われてるんじゃないのか?)
その時だった、甲斐斗の不安を余所に、小さな笑いが聞こえてきた。
甲斐斗の話を面白そうに聞いていた少女は微笑んでいる。
今まで寂しそうな表情しか浮かべていなかったあの少女が微かに笑っていたのだ。
「お、面白かった?」
こくりと小さく頷く少女。
だが、果たしてこの少女甲斐斗の話を真実しとして聞いていたのかは分からない。
「おはなし、もっと」
「えっ?」
それは甲斐斗にとって予想外だった、まさかこの話に少女から興味を示すとは思ってもいなかったからだ。
それから甲斐斗は話し続けた、その理由は自分の話を楽しそうに聞いてくれるのもあったが、この少女が何者であるかを確かめる為にも仲良くなる必要があった。、
この少女は絶対に何か重要な事を知っているはず。あの時の声、あの時の力、あの時の事、甲斐斗は忘れはしない。
甲斐斗はその後も魔法など色々な話しをしてあげた、少女が眠りにつくまで──。
甲斐斗が会議室から出て行ってしまい尋問は終了、甲斐斗はそのまま牢屋へと連れていかれて、会議室にいた赤城は自室へと戻ってきていた。
赤城は部屋にある何時もの長椅子に座っており、机の前で大きな溜め息を吐くと、机の上に置かれたコーヒーカップを手に取る。
真剣な面持ちでコーヒーを飲み、そしてまた何かを考え込み始める。
そんな赤城の様子を見て、ソファに座っていた由梨音立ち上がると赤城のいる机の前に立ち、は心配そうに声をかけた。
「赤城少佐、何かあったんですか?」
「ちょっとな」
元気が無い、誰が見てもそれがわかる。
つい先程由梨音が淹れたれたコーヒーも既に飲み干してしまう。
「由梨音、コーヒー」
「ええっ、もう三杯目ですよ?」
由梨音が止めようとするが、空のコーヒーカップを由梨音の前に突き出す。
「コーヒー」
「だ、だめですってば! 飲みすぎです!」
由梨音も負けじと抵抗する。
赤城はコーヒーカップを持ったまま、由梨音を見つめて……いや、睨んでいる。
「由梨音軍曹を減給にする」
「ほぇええっ!?」
『減給』と言うの言葉に驚きを見せる。
すると赤城はゆっくりと席を立ち、コーヒーメーカーを使って自分のカップにコーヒーを注ごうとする
「冗談だ、自分で淹れる」
「えっ、あっ! ま、待ってください!」
両手で顔を隠す由梨音、赤城は気付いていない由梨音は今その場から逃げ出したい状況に今立たされているのだ。
赤城がコーヒーメーカーの電源を入れても動かない。
「ん?」
もう一度押してみるが、やはり動かない。
何度も押してみるがまったく動こうとしない。
それ所かコーヒーメーカーが勝手に振動、そして内部から爆破音が聞こえてくると、小さな煙を上がり始めた。
「由梨音、まさかお前……」
赤城が後ろを振り向いてみると由梨音が何度も頭を下げていた。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
確信犯、謝るという事は由梨音が壊したに違いないのだろう。
丁度その時、武蔵が赤城の部屋に入ってくる。
「赤城、例のレポートが出来たよ」
「伊達中尉~!、助けてくださぃ~!」
すぐさま武蔵の後ろに隠れる由梨音、涙目で必死に武蔵に助けを求める。
何が起きているのか武蔵には分からないが、赤城から感じる怒りのオーラを見て大体の察しはついた。
「由梨音、一体何台壊せば気が済むんだ?」
赤城の言葉に由梨音は震えながら武蔵の後ろに隠れて出てこない。
怒りを表に出してはいないが、何時もと雰囲気が明らかに違う。
赤城からは黒い殺気が溢れ出ているかのように由梨音には見えていた。。
「……って事は、由梨音さん。また壊しちゃったのか」
武蔵がそう言って後ろに隠れている由梨音を見ると、由梨音は大きく頭を下げて頷きながら武蔵の背中から離れない。
武蔵はこれまで由梨音が壊してきたコーヒーメーカーの数を頭の中で数えてみる。
「確かこれで、八台目だっけ」
こんなに壊せば怒られてるのも当然だと思ってしまう武蔵だったが、一体どうやったら八台ものコーヒーメーカーを壊せるのか、逆にそっちのほうも気になってしまう。
「全部私の給料で購入した物だぞ! それなのに……!」
「まぁ抑えて抑えて。由梨音さん俺が赤城を宥めておくから。今のうちに自販機でコーヒーでも買ってきてくれないかな」
「は、はい!」
急いで赤城の部屋を出て行く由梨音。
「あ、こら待て!由梨───」
赤城が一歩前出た時、武蔵が赤城の右腕を掴むと同時に引っ張り、赤城の体に抱き寄せた。
だが思ったよりも赤城の力が強く、武蔵は少し強引に体を引っ張ってしまう。
するとそのまま赤城は武蔵に倒れこむように抱きついてしまい、武蔵はなんとか赤城の体をしっかりと抱かかえ、受け止めてみせる。
「す、少し落ち着いたら?」
武蔵の言葉と息が赤城の耳元に微かに掛かる。。
「きっ、貴様ァッ!!」
さっきまで普通だった赤城の顔は赤く染まり、抱きしめている武蔵を両手で突き放し、腰に掛けてあった刀を鞘から抜き取ってみせる。
「上官に向かって何をしているッ! 減給にしてやるぞッ!」
「いや! だから落ち着いてって言ってるんだって!」
減給所か死刑を実行されつつある武蔵、部屋の中で刀をぶんぶんと勢い良く振り回し、武蔵はその刀を必死に避けていく。
その時、運悪く由梨音が部屋に入ってきてしまう。
「赤城少佐! コーヒーを買って来ました!」
「由梨音さん、タイミング悪すぎます!」
赤城の振り下ろした刀が由梨音の目の前で止まった。
「買ってきまし───」
缶コーヒーを握っている由梨音の手が小刻みに震えている。
「はわわ……」
突然の出来事で、硬直してしまう由梨音。
そのまま後ろに倒れようとするが、武蔵がすぐに後ろに回りこみ受け止めた。
「あ、ありがとうございます。武蔵中尉」
「すまなかった由梨音、ケガは無いか?」
赤城は握っていた剣を壁に掛けると由梨音の側に近づいてくる。
「赤城少佐、コココ、コーヒーをどうぞ」
「……これで許したと思うなよ」
由梨音はすぐに買ってきた缶コーヒーを赤城に手渡すと、赤城は早速缶を開けて自分の席に戻ろうとする。
何とか騒動は静まり、武蔵は由梨音が壊したコーヒーメーカーをその場で解体して修理を試みる。
その様子を武蔵の横で心配そうに見ている由梨音。
赤城はまた長椅子に座り、美味しそうに由梨音の買ってきたコーヒーを飲んでいた。
武蔵の姿を見ながら、昔の事を思い出していた。あの事件の事も。
「わぁ! 直りましたよ! 赤城少佐!」
壊れていたはずのコーヒーメーカーが動き、空のコップにコーヒーを注ぐ。
「いやー今回はそんなに破損が酷くなかったから、なんとか直せたよ」
「ありがとうございます! 伊達中尉!」
何度も頭を下げてお礼の気持ちを示す由梨音。
「うん、今度は壊さないように気をつけて。それじゃ」
笑顔を見せた後、少佐の部屋を後にする武蔵。
由梨音は直ったばっかりのコーヒーメーカーを嬉しそうに眺めていた。
その頃、甲斐斗の寝ている牢屋には一人の少女が来ていた。
「アステル少尉」
寝ているのにも関わらず、誰かが甲斐斗の名前を呼んでいる。
その声で目が覚めた甲斐斗は、半開きの目蓋を手で擦りながら牢屋の外にいる人が誰か確認する。
「ルフィス?」
「ERRORについて書かれている書類を持ってきました」
ルフィスはそう言うと書類を牢屋の中に入れ、すぐに立ち去ろうとする。
「ちょっと待て」
甲斐斗がそれを止めようと声をかけると、立ち去ろうとしていたルフィスは足を止め、後ろに振り向いてくれた。
「ルフィス、お前は俺の事。いや、アステル少尉の事。どう思ってるんだ?それとも、どう思っていたんだ?」
聞きたかった、回りの人達と色々と話しをしてみたかったが時間が無かった。
彼女にとって『カイト・アステル』は特別な存在な気がする事ぐらい甲斐斗でもわかる。
牢屋の中に入っている今だからこそルフィスと話す事が出来る、聞くのなら今しかないと思ったのだろう。
ルフィスは甲斐斗を見つめながら、そっと口を開いた。
「大好きです」
思っていた通り、この子とアステルの関係は簡単なものではなかった。
甲斐斗の予想はルフィスとアステルは友達以上恋人未満の関係、それとも恋人なのかもしれないと思っていた。
「そうか、記憶を無くす前は。二人とも仲が良かったんだな」
これではっきりとわかった、彼女は苦しんでいる、甲斐斗にはそうとしか見えない。
好きだった人は記憶を無くして自分の事を忘れている。
でも自分はその人との思い出を全て憶えている。
だけどこの気持ちを伝えることは出来ない、伝えてもその人は全くの別人。
それなら、今の甲斐斗はどうしてあげるべきなのだろうか。
甲斐斗は頭の中で思考を巡らし、何か気の利いた言葉を言えないかと悩んでいた。
記憶を無くしている以前に甲斐斗は全くの別人。
どうすればいい、今目の前で苦しんでいる彼女をどうしてあげればいい。
どうせならアステルは死んでいた方が良かったのかもしれない。
記憶を無くしているなど余りにも残酷すぎる、ましてや甲斐斗はアステルとは別人だ。
「ごめん」
この空気が耐え切れなかったのだろう、甲斐斗は小さく謝ってしまった。
「変な事を聞いてごめん、それと、残酷な事を言うようで辛いけど。もう、君の知っているアステルはこの世にいない」
甲斐斗は小さく下げた頭を上げると、ルフィスの目には涙が溜まりぽろぽろと零れ落ちていた。
そんなルフィスを甲斐斗は見る事は出来なかった、再び頭を下げて視線を足元に置き、足元が見える範囲しか顔を上げれない。
一粒一粒、彼女の足元に落ちる涙しか見えない。
今、ルフィスは甲斐斗をどう見ているのだろう。
甲斐斗はルフィスにとって酷い事を言ったたのかもしれない。しかしこれを言わなければ彼女はずっと苦しむと甲斐斗は思ったのだ。
アステルを重ねて暮らし続ける日々など、所詮それは作り物、本物ではない。
すると、ルフィスの足が視界から消えてドアの閉まる音が聞こえた、ルフィスが出て行ったのだろう。
どんなにアステルに似ていようと甲斐斗とアステルは全くの別人、それは揺るがない真実だ。
甲斐斗はルフィスに渡された書類を手に取りページを捲る。
ERROR、突然現れた正体不明の化け物。
性別不明、目的不明、何もかも不明な化け物。
地中から突然現れた奴らは人々を次々に襲い、喰らっていく。
その数は未知数、更に様々な種類のERRORが確認されている。
現在確認出来ているのは三種類。
昔作られた地下都市に巣を作っている事が現在確認されている。
(って、場所わかってんならさっさと潰しに行けよ)
そんな事を思いながら甲斐斗は無理やりルフィスとの遣り取りを忘れようとしていた。
(なんでこんなややこしい世界に飛んでしまったんだろうか、ああ、帰りたい、今すぐ元の世界に帰りたい……)
甲斐斗は冷たい牢屋の中、眠りにつくまでこの世界の事について考えていた。
この時甲斐斗はまだ知らなかった、自分が今いるNFの基地が今正に、危機を迎えようとしている事に……。
ある少年のおぼろげな記憶、荒れ果てた市街地に少年と少女、そして母親の三人がいた。
街は銃弾が飛び交い、爆薬が次々に投下されている。
周りには死体が転がっており、敵兵の姿も見える。
そんな中、母親が我が子である少年と少女の手を引きながら走っていた。
男の子と女の子、二人は母親の手をしっかりと握り締めている。
「神よ、私達をどうかお助けください、お願いします……」
母親が呟きながらも、戦場の中を走る。
上空では戦闘機が飛び交い、爆弾や撃墜された戦闘機が街に降り注ぐ。
足が血だらけになっても走るのを止めない、その足に靴は履かれていなくても、走り逃げ続けなければ待つのは『死』しかない。
だが願いは虚しく消える、逃げ切る事は出来なかった。
母親の足を一発の弾丸が撃ち抜く。
瓦礫の上に倒れこむ母親、子供達は涙を零しながら必死に母親の肩を揺する。
撃ち抜かれた足から血が噴出し、母親の足に激痛が走った。もはや立ち上がる事すら出来ないず、母親を心配する子供達の後ろからは数人の敵兵が歩いて来る。
「お願いします、この子達だけは助けてください……」
血が流れ出る足を曲げ、敵兵の足元で土下座をする母親。
必死に、何度も頭を下げていた。子供達はその母親の姿をただ見つめる事しかできない。
「隊長、この者達は女性と子供です。殺す必要は無いのでは……?」
一人の兵士が、隊長らしき人物と話をしている。
隊長は煙草を吸いながら兵士の顔を睨みつけた。
「お前、本部の命令を忘れたのか?この街にいる『Back Numbers』を全員排除する、それが本部の命令だ」
「しかし、この人達がまだ『Back Numbers』と決まった訳ではありません、それに……」
「新兵が何を偉そうに、命令に逆らう気か?」
隊長は腰に付けてある拳銃を取り出し、兵士の顔面に拳銃を突きつけた。
だが兵士は拳銃を突きつけられたにも関わらず隊長に抗うように視線は逸らさず、隊長と睨み合いをしている。
「子供達だけは助けてください、お願いします、お願いします……」
直も頭を下げ続ける母親。
その時、拳銃の引き金は引かれた。
火薬が小さく爆発する音と共に、頭を下げ続けていたていた母親の頭部を撃ち抜く。
「さっきからうるさいんだよ、『BN』が」
引き金を引いたのは隊長だった、ためらいも無く子供の前で母親を殺したのだ。
子供達は動けない、本当は母親に抱き縋りたい。
しかし恐怖と悲しみ、そして母親が殺された事がショックで体が動かなかった。
女の子の方は無言のまま涙を流し、死んだ母親の右手を握る。
「ママ……?」
「隊長!? 貴方と言う方は……ッ!」
「これは命令だ。貴様、軍人の癖に軍の命令を聞けないのか?」
「それは……っ!」
「これは戦争だ、奇麗事を言う暇があれば国の為に結果を出せ」
そう言って隊長は兵士に唾を吐きかけると、その様子を見ていた少年が怒りに震えながら声をあげた。
「お前等ッ……」
一人立ちはだかる少年、怒りの眼差しで兵士達を睨んでいる。
両手を強く握り締め、その怒りは自分の爪が手の平に食い込み血が滲み出る程だった。
「よくも、よくも母さんを、母さんをッ!!」
「っち、ガキの癖に。何だその目は」
その少年の言葉に隊長は容赦無く拳銃を構え、銃口を向ける。
だが少年は怯えない、憎しみの目で睨み続ける。
その時だった、少年と兵士達の頭上から一機の戦闘機が炎を纏い落ちてきたのだ。
戦闘機は墜落し、その場にいた兵士達と少年少女を吹き飛ばした──。
──東部軍事基地を肉眼で確認できる程の距離、岩場に機体を隠し、機体の操縦席で眠っていた青年は目を覚ます。
「っ……また、あの夢か……」
幼い頃の最低最悪な記憶。青年は額に滲む汗を拭い大きく溜め息を吐くと、機体の通信機から一人の少女の声が聞こえてくる。
『羅威先輩!羅威先輩!』
無線機から羅威の名前を呼ぶ声が聞こえてくる、寝ていた体を起こし、急いで状況を報告する。
「こちら守玖珠羅威、予定通りのポイントで待機中。何か用か?」
『もぉーっ! こんな時によく眠れますね!』
無線機からは怒ったような口調で少女が喋りかけてくる。
「俺は五時間前からずっとこの場所にいるんだ、退屈でな」
『だからってなに暢気に寝てるんですか!」
「そう怒るなって、それより予定時刻が迫ってきているが準備の方は大丈夫か?」
腕時計を確認してみる羅威、時計の針は九を指している。
『準備は全て整いました、あとはあの方の指示を待つだけです』
「紳の指示を待つだけか、了解」
『えっ、えええ! 風霧総司令官を呼び捨てですか!?』
「あの人がそう言っていいと言ってくれたんだよ」
『なんで羅威先輩みたいな人に……』
「紳は俺の全てを受け止め、分かってくれた理解者だからな」
『何カッコつけようとしてるんですか!? 通信を切ります!』
何故か勝手に通信を切られた、羅威は無線機を耳に見つけたまま呆然としている。
小さなため息をつくと、テントから出てみる。夜空に星は無く、暗闇だけが辺りに漂っていた。
首に掛けてあるペンダントを優しく握り、大空を見上げた。
「この作戦で和解すればそれで良し、だが決裂すれば……」
青年は握っていたペンダントを強く握り締める、憎しみと怒りの眼差しを東部軍事基地に向けた。
「俺がNFを潰す」
-Back Numbers-(BN)
100年程前にこの世界を滅ぼしたといわれる『神』と戦う為の組織。
少しずつ軍事力が増し、強大な組織へと変わった。
世界を滅ぼしたといわれる『神』という名の兵器がいつこの世界に現れても戦えるようにしている。
だが、未だに『神』という名の兵器が現れず、兵器が無い平和な世界を求めるNFと武力衝突をしている。