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第38話 生きた、代償

「EDPは無事成功したようです、しかし全地上部隊が七十パーセント、空軍五十パーセントが壊滅した模様。これでNFは当分動けないと思われます」

 BNの司令部のとある一室に彼等はいた、紳が椅子に座り資料に目を通している中、その横ではセーシュが立っていた。

「戦死した兵士の数は数万を超えています、その中でもGATE戦に参加していた兵士は一番犠牲が多いです。

 GATE戦で生き残った兵士はわずか数十名、その中に伊達武蔵はいないとの事です」

 紳が次の資料を捲ろうとした腕が止まる、そして小さく溜め息をつくと、資料を机の上に置いた。

「伊達が死んだか……」

「そのようです、最後の最後まで生きていたのですが、身を犠牲にし生き残った仲間を救ったとの事です」

「仲間の為に自分の命を犠牲にしたか、奴らしい死に方だな」

 そう言うと紳は立ち上がり、一人部屋を退室しようとする。

「ついてこなくていい」

 セーシュは紳についていこうと一歩足を前に出そうとしたが、紳の言葉で動きが止まる。

 部屋の扉が開き、部屋から退室しようとすると、セーシュが一言紳に話しかけた。

「若様、どちらに行かれるのですか」

「病院だ」

 紳は歩く足を止める事なくそう呟くと一人部屋を出て行った。



「えーっと、203号室、203号室、203号室は……っと、ここのようね」

 病院では周りをキョロキョロと見回しながら頭の中に憶えている部屋番号を連呼しているエリルがそこにいた。

「あ、あったあった。ここが羅威のいる部屋ね」

 ようやく羅威のいる病室にたどり着くと、扉の前で突然足が止まる。

 髪を触り、身だしなみを整え、一息ついた後にようやく病室の扉を開けて中へ入る。

「羅威おはよー!元気ー?」

「ん、エリルか。おはよう」

 部屋に入るとそこには壁にもたれ掛かりながらベッドに座っている羅威の姿と、その横でカルテに何かを記入している女性が立っていた。

 女性は振り向くと笑顔で軽く頭を下げる。

「エリルさんおはようございます!」

「あれ、アリスがどうしてここに?」

 エリルにとっては予想外だった、てっきり病室で二人っきりになると思っていたがまさかアリスがこの場にいるとは。

「セーシュさんの命令で今日から羅威のお世話は私がする事になったんです」

「俺は世話係なんていらないと言ったんだけどな……」

「へ、へぇ〜。そうなんだ」

 エリルは内心驚いているもののそれを表に出さず、羅威の寝ている左側の椅子に座る。

 ……座ったのはいいが、何を話して良いのかわからない。

 とりあえず世間話でもしようかとした時、羅威が先に口を開いた。

「NFが行なった『EDP』。成功したらしいな」

 アリスから聞いたのだろうか、既に羅威はNFのEDPが成功した事を知っていた。

「そうみたいね、でもNFの被害は大きいらしいわよ。だからNFは当分動けないと思う」

「SVの方は……何か動きを見せているのか?」

「NFのEDPに参加したぐらいかな。それ以外何も動きを見せていないらしいけどね」

「……わかった、ありがとう」

 室内に何処と無く気まずい雰囲気が立ち込めている。

 エリルにはこういうしんみりとした空気が好きになれない。

「ね、ねぇ。両手の調子はどうなのよ、動かせるの?」

 そう言うとベッドの中に手を入れて羅威の左手を握り締める。

 羅威は視線をそっと下ろすと、ゆっくりと目蓋を閉じた。

「今お前は俺の手を握っているんだろうが、俺には手を握られている感触が無い。それでも少しぐらい腕を上げたり、物を握る事ぐらいなら出来る」

 羅威は弱々しい力で左手を握り返す、そのわずかな力がエリルの左手に感じられた。

「あ、エリルさん。私このカルテを持っていかないといけないので、それまでここ頼みますね」

「はいはーい、いってらっしゃーい」

 書き終えたカルテを両手で握り締め、アリスはさっさと病室から出て行ってしまう。

 その間も羅威はエリルの左手を握ったまま。

 羅威にはエリルの手を握っている感触は無い、だから羅威自身エリルの手を握っているのか握っていないのかわからない。

「顔が赤いぞ、熱でもあるのか?」

「あ、暑いのよ!もう7月だからね!あー暑い暑いーここ冷房完備してるのかしら」

 その声に驚きエリルは握っていた手を咄嗟に放す、そしてその手で自分の顔を必死に仰ぎ始める。

「暑いのか?それなら何か飲み物でも買っこい、ついでに俺のも頼む」

「しょーがないわねぇ、今回は私の奢りで買ってあげるわよ、何が飲みたいの?」

 エリルは立ち上がると、軍服のポケットから花柄をした可愛らしい財布を取り出し、財布の中にはいっている小銭を確認していた。

「そうだな、この前雪音が美味しそうに飲んでいた『超刺激炭酸ミックスオーレ』でいい」

「何その炭酸水に炭酸水でも混ぜた感じの飲み物……ま、いいや。買って来るね」

 扉の閉まる音は部屋に静けさをもたらした、そんな部屋で一人、羅威は目を瞑ると小さく溜め息を吐く。

 日が差し込む部屋は暖かく、心地よい。このままベッドの中で昼寝をしたいとも思ってきた。

 少しずつ睡魔が羅威を襲う、うとうとと首が上下に揺れながら、目蓋が少しずつ下がってきていた。

 が、その時。微かに扉の開く音が聞こえてきた、それでも睡魔には勝てない、

 目蓋が完全に閉じようとした時、一人の男が視界に入る。

「し、紳!?」

 羅威を襲っていた睡魔が全て吹き飛んだように目を見開き驚きを隠せなかった。

 そんな態度の羅威に紳は特に動じず、静かに部屋の壁についてある窓を開ける。

「見舞いに来た、体調の方は良好らしいな」

 あえて目を合わせずに紳は窓の外から街の景色を眺めている。

「あ、ああ。だが腕が……」

「心配ない、腕が無くとも生きていられる」

「そうじゃない、この腕じゃ俺はもう機体を動かす事が出来ない。俺は……軍を辞めなければならないのか?」

 弱々しい声、羅威が恐れているのは死ぬ事じゃない、軍にいられなくなる事だ。

 軍は自分を支え、自分も軍を支えている。軍では仲間や親友も出来た、そして共にBNの為に戦いたいと思っている。

 だがもしこのまま軍を抜ける事になれば仲間達は命を賭けて戦っている時、自分は安全な所で平和に暮らす事になる。

「……二度も言わせるのか。心配ない、お前は軍にいてもらう」

「だが俺の腕では機体に乗る事が……」

「羅威、穿真から話を聞いていないのか?……全く、話しておけと言っておいたはずだが、まぁいい。明日1時、軍の第7格納庫に来い、いいな?」

「ああ、わかった、必ず行く。けどそこで何があるんだ?」

「来ればわかる」

 紳が開けていた窓を閉め、部屋から出ようとした時、今度は荒々しく部屋の扉が開く。

「見て見て!自販機で私2回も当たりが出たのよ!!4個もゲットしちゃった!」

 缶ジュースを胸に抱きかかえながらエリルは笑顔で部屋に入ってきたのはいいが、

 そのエリルの目の前には紳が無表情で立っている。

「か、風霧総司令官!?」

 笑顔だった顔が一瞬にして崩れ、慌てて敬礼をする。

 足元に散らばる缶ジュース、当然だ、敬礼したらそりゃ落ちる。

 だがその缶を拾うわけにいかない、目の前にはBNの最高司令官が立っているのだから。

「お前はたしか無花果のパイロットのエリル・ミスレイヤ……邪魔をしたな」

 紳は足元に落ちている缶ジュースを拾うと、羅威の寝ているベッドの机に置いていくと、無言で部屋を出て行った。

「び、びっくりしたぁ。何で風霧総司令官がここにいるのよ」

「見舞いに来てくれたんだよ、所でお前同じジュース4つも買ってきたのか?」

 机に上に四つ並べられている『超刺激炭酸ミックスオーレ』、缶には美味しそうな果物の絵が描かれている。

「いやーまぁ私も飲んでみようよ思って買ってみたのよ、ささ!飲もう飲もう!」

 エリルは机の上においてある缶の一つを手に取ると、勢いよく缶を開ける。

「いやまて!開けるなっ!」

 羅威が止めようとしたが時既に遅かった、缶は開けられた瞬間凄まじい勢いで炭酸が抜け、ジュースがエリルの顔面を直撃する。

 炭酸が抜けるのはあっというまだった、エリルは全身びしょ濡れになってしまう。

「な、何で……」

「お前さっき落としただろ、あの時の衝撃でそうなる事ぐらいわからなかったのか?」

 握られている缶の中身は半分しか残っていなくとても軽い。

 裏面を見るとしっかりと大きな文字で『刺激を与えないで下さい』と書かれていた。


 

 その頃残りの部隊の面子は格納庫の横にある小さな部屋にいた。

 穿真は真剣な顔つきでラースを睨み、微かながら何かの力を感じられる。

 ラースも同じように、真剣な顔で穿真を睨んでいた、そして目を大きく開き口を開いた。

「合体なんて僕には理解できない。何のメリットも無いしただ機体が重くなるだけだ!」

 その声に穿真も負けじと声を張り上げた。

「お前にはわかんねえのか男のロマンがッ! 二体のロボットが一体に、三体のロボットが一体に! 合体する事でどれだけ強く! カッコ良くなるのか! お前は全然わかってねえッ!」

「いいかい、穿真は見た目だけで合体の良さを判断しているがあんなの非効率的作業に他ならないのさ!」

 そんな二人を余所に部隊メンバーの香澄、雪音、クロノの三人はお喋りをしていた。

「クロノ君、穿真君とラース君は何の話しをしてるのかな?」

「え、えーと。そうですね……わかりやすく言うと穿真さんはピザは六等分に切って食べたいって言ってラースさんはそのまま一枚で食べたいって言うような話をしているのかな……?」

「そうなんですか……二人とも好きな食べ方で食べたらいいのに」

 その通りだが二人はピザの話をしているわけではない。

「ラース! 俺達の部隊全機とは言わねえ!せめて一機と一機が合体して最強の機体! とか出来上がればいいんだよ!」

「それなら手っ取り早く一機強い機体作ればいいだけの話! 合体など必要ない!」

「てめえ前に貸した『レジェンドクロス』って言うアニメ見たのか!? 煮体の機体が合体して究極になっただろ!」

「ふっ……何を言う。あのアニメは既に二十回以上見ている。穿真、たしかに合体すればエネルギー保有量が増え力が高まる。それは認める、だがな!」

「うるさいわよあんた達!」

 二人の声で騒がしい室内が今まで黙っていた香澄の一喝により静かになった。

 だが二人の闘志はまだ消えていない、無言だが互いに睨み合い一歩も引かない状態。

 ……が続くと思ったが、ここでラースが口を開いた。

「僕とした事が取り乱してしまった。そろそろ機体開発に向けて仕事をしなければならない。忙しいからね、それじゃ」

 そう言ってラースは肩に手を当てながらその場を退室する。

「同じアニメ二十回も見てる奴が忙しいだって? 全く……」

 そう言って穿真は何か考え事でもあるのか腕を組みながら眉間にシワを寄せていた。



 一方、NFにはBNのような安らかな時は無かった。

 東部軍事基地の前には何百人もの兵士が並んでいる。

 東部だけではない、北部、南部、中部、西部、全ての基地で兵士達が並んでいた。

 その兵士達の中には負傷し包帯を頭に巻いている者や、松葉杖で立っている者、両足が無く車椅子できている者もいる。

『諸君、我々はついに『EDP』を成功させた。だが……我等の受けた傷は余りにも大きく、多くの兵士達の命が散っていった』

『しかし!我等NFはついにERRORに勝利した!争いの無い世界を作るために、我等は命を削りこの星を、世界を!人類を守ったのだッ!』

『そして誇り高きNFの兵士達よ、我等にはまだ成し遂げなければならない事がある。戦いは終わっていない!』

『この世界を真の平和にする為に、争いの無い世界を作るために、我等は日々平和を守る為に戦い続けるのだ!』


「やれやれ、平和って簡単に言うけど、何回戦争を起こせば平和になるんだ? 低脳の俺には分からねえや」

 その演説を一人病室のベッドにおいてあるテレビで見ていた男、『甲斐斗』がいた。

 甲斐斗はボリボリと腹を掻き大きなあくびをした後、突然テレビの電源が切れる。

「テレビの時間はおしまいだ、甲斐斗」

 甲斐斗の寝ているベッドの隣にはリモコンを握り締めた赤城の姿があった。

 甲斐斗は小さな溜め息をすると上半身を起こして壁にもたれ掛かる。

「んじゃ、お喋りの時間にするか……俺から先に喋ってこんな事聞くのも変だが、武蔵は死んだのか?」

「ああ、死んだ。私達を助ける為に……」

 こんな事赤城に直接聞く事ではなかっただろう、だが甲斐斗は知りたかった。

 伊達武蔵はNFに、この世界に必要な男だと甲斐斗は思っていたのだから。

(それに一度戦ってみたかったもんだ『東軍最強の男』と言われていた伊達武蔵と……)

「次は私が聞かせてもらう、お前は……」

「俺の名は甲斐斗。ちなみにカイト・アステルとは全くの別人であり別の世界から来た男。これでいいか?」

「そんな事は既に知っている。私の聞きたい事は何故お前がEDPに参加したのか、それにあの機体が出した力は何だったんだ?」

(何で赤城が知ってんだ? 武蔵が赤城に俺の事を話していたというのか……? まぁ、それにしてもしっかりしたもんだな。仕事に忠実なのは良い事……だが伊達が死んで精神的にも相当キツイ時だっていうのに、こいつはなんで無理に強がってやがるんだ)

 赤城は明らかに無理をしている事ぐらい甲斐斗にはすぐ理解できた。

 その態度を見る限り自分に悲しみや怒りといった感情を見せないようにしてるのだろうが、目が赤いのが見てすぐに分かってしまう。

(武蔵とはあんなに仲が良かったんだからな……こいつが誰よりも辛いのは他人の俺でも分かる)

「EDPに参加したのはこの世界の情報が知りたいからだ、そしてあの力は俺が魔法使いだからだ」

「魔法か、魔法が使えるなら今すぐここで使ってみろ」

「残念、MPが足りねえなぁ」

 少し冗談混じりで言ってみたが俺の言葉に赤城の眼つきが一層鋭くなる。

(正直に話してみるか……)

「そんなに睨むなよ。おれはこの世界に来てから魔法が使えなくなっていた。だがあのEDPの時、何故か俺は魔法を使う事が出来た。理由は俺でも分からねえ。それと、伊達は俺が他の世界から来た事、そして魔法使いだった事全てを信じた。お前はどうだ? 信じられるか?」

「信じる」

 即答だった、赤城は相変わらず視線を甲斐斗から逸らさずじっと見つめている。

「お前は私達を助けてくれた命の恩人でもあるからな……」

(全く同じ台詞を聞いた事があるな……全く、武蔵も赤城も似たような奴だからな)

「命の恩人って、俺は伊達の命は救えなかったけどな」

「武蔵は私が救いたかった、助けたかった。私が守ると言ったのに、私は最後まであいつに助けられてばかりで……」

 赤城の声は弱々しくなり、視線が下がる。

 こういう時、何て言葉をかけていいのか甲斐斗には分からない。しんみりとした空気は苦手だ。

(それにしても赤城はすごいな。愛していた人が死んだというのに……俺は駄目だな、俺にはそんな死は耐え切れない。だから俺は二つの選択肢を用意していたはずだ……)

「他に俺に聞きたい事は無いか?」

「そうだな……お前を機体から運び出した時、腹に開いていた穴が小さくなっていた。お前は人間なのか?」

 赤城の言葉に甲斐斗は即答出来なかった、自分でも分からない。

 自分では人間だと思っているが魔力が無いにも関わらず相変わらずの化け物じみた生命力を発揮してるみたいだ。

「人間じゃないのかもな、だが俺はERRORのような気味悪い化け物でもないから安心しろ」

「そうか……お前には謎が多い。しかしこれは言える、お前は悪い者じゃないと。お前には傷が治るまでしばらくここにいてもらう。いいな? 勝手に動くなよ」

「分かったよ」

 そう言い残すと赤城は病室から出て行ってしまった。

 どうやら今回は牢屋にぶち込まれる事は無いみたいだ、それと自分は赤城に信用されていると思えてくる。

 正直赤城の言葉が嘘かどうかはまだ分からないが、あの状況で平然に嘘なんて言えないだろう。

 甲斐斗はまた生き残った、喜ぶべき事なのだと思うが素直に喜べない、武蔵が死んだろうのだから。

(あの時俺は力を出せたのは理由も不明。あの力がもう少し長く続けば伊達を助けれていたというのに……。やめよう、色々あって疲れた、少し休もうじゃないか。とりあえずミシェルのいる部屋にでも帰るか)

 ついさっき赤城に動くなと言われたにも関わらずすっかり忘れてしまいベッドから起き上がろうとした───その時だった。


 僅かに扉の開く音が聞こえてくる。

 一瞬赤城が戻ってきたのかとも思ったが、不気味に足音が素早く近づいてくるのを感じ何か様子がおかしい事に気付く。

 寝ていた体を急いで起こし誰が入ってきたのかを確認しようとすると、目の前には拳銃を握り締めて銃口を甲斐斗に向けている女性が立っていた。

 その瞬間に女は躊躇い無く引き金を引いてきた。

 瞬時に体を転がしベッドを倒す、盾代わりにようとしたがベッドにはいとも簡単に穴が開いていく。

 静かだった病室に何発もの銃声が鳴り響き突然の出来事に頭が回らない。

「待て待て待て!! なんで俺を殺そうとしてんだ!?」

 銃声に負けない程の大声で喋ったにも関わらず女性は何も答えずに引き金を引くのを止めない。

「調子のってんじゃねえぞ!」

 甲斐斗は穴の開いたベッドを勢い良く蹴り上げる、ベッドは宙を舞い女に向かって飛んでいく。

 この隙を狙い女性に飛びかかろうとするが、女性は俺が蹴り上げたベッドを拳で弾き返す。

「嘘だろおいッ!?」

 甲斐斗の蹴り上げたベッドを腕一本で弾き返したのを見て只者ではないことを悟る。

(だが、俺だって只者じゃあねえ!)

 一筋の残光がベッドを真っ二つして吹き飛ばす。女性は少し驚いた様子をしていた、どうやらこれは計算外だったらしい。

 右手に握り締めている黒剣が朝日で煌き一瞬女が怯む。その隙を逃がす程甲斐斗は甘く無い。

 一歩前に出て甲斐斗は剣を振るい女が手に持っている銃を斬り捨てる、そして剣先を顔に向けようとしたが、女性は速かった。

 銃を放すと服の中に隠してあったのかナイフを二本取り出し甲斐斗目掛けて投げ飛ばす。

 剣を盾代わりにしてナイフを弾いたが、女性に余裕を与えた事には変わりない。

 女性は両手にナイフを持ち俺目掛けて突っ込んでくる。

(そんな小さなナイフでこの剣に勝てるとでも思っているのか? 笑わせてくれる!)

 女性は相変わらず黙ったまま向かってくる、その身のこなしを見ながらも今まで見てきた軍服では無い事に甲斐斗は気付いた

(軍服がNFやBNが着てる奴でもねえ。となると、こいつはSVの奴か……ッ!)

 甲斐斗は剣を女性目掛けて振り下ろす、すると女はナイフ一本で剣を受け止めようとするではないか。

「そんなちっぽけなナイフで俺の剣を止められると思うなよ!」

「止める気は無い」

(初めて喋ったかと思えば何を言ってやがる……ナイフ諸共切断してやるよッ!!)

 甲斐斗は殺し勢いで剣は振り下ろした……だが、刃先は女性に当たらず女性のすぐ横に振り落とされていた。

(こいつ、ナイフの刃先を斜めにずらしただけで俺の剣の軌道を変えやがった!?)

 完全な隙、女性は止まらず甲斐斗の目の前にまで飛び込んで来る。

(クソッ、間に合わないし避けきれねえ!)

 だが何故かナイフが甲斐斗の頭上を掠めた、一体何が起きたのかわからなかったが足元を見てわかった。

 避けられた剣が病室の床に当たった時大きな亀裂を走らせ穴を開けたのだ。

 甲斐斗はそのまま下の階の部屋に落ちていく、そこは倉庫らしく沢山のダンボールが山積みにされていた。

 壊れた床の瓦礫に何とか着地をすると急いで顔を上げる。

「……いない?」

 上から飛びかかってくると思いきや、甲斐斗を襲ってきた女性は何処にもいない。

 戦いで騒がしかった部屋が急に静まり返るのに違和感を感じる。

(……本当にいないのか)

 実は息を殺して自分を狙っているのではないかと思い周りを見渡してみる。

 すると、上の階の部屋の扉が開くと銃を持った数人の兵士が入ってきた。

「何事だ!? お、おい! 大丈夫か!?」

 下の階に落ちている俺を見つけると兵士達が銃口を甲斐斗に向けながら安否を確認してきてる。

(心配するならまずその銃下ろせよ)

「大丈夫だが、変な女が俺を襲ってきたぞ。まだ近くにいると思うから探せって」

 甲斐斗の言葉に銃を持った兵士達は慌てて部屋から出て行くと、甲斐斗は溜め息を吐き手元から剣を消すと、腕を組んで考え始める。

(ったく、一体何だったんだ? 見たことも無い女、SVの奴。何故俺がSVに命を狙われなきゃならねえんだよ……SVといえば葵やエコ、あとは仮面の奴とかのいた軍か、SVには奇妙な奴が多いな……)

 なるべく関わりたくない。それが甲斐斗にとってSVにおける一番の印象だった。



 NFの基地、その屋上で一人の少女、フィリオがNFの街を眺めていた。

「どうでしたか、彼は」

 フィリオが徐に口を開くと、その後ろに立っていたラティスが口を開いた。

「申し訳ありませんお嬢様」

 そう言って頭を下げるラティスだが、フィリオは怒ることなくむしろホッと胸を撫で下ろしている。

 そして振り向くとラティスに近づき安心したような顔をしていた。

「いえ、ラティスが無事に帰ってきただけでも私は嬉しいです。彼は危険な存在、貴方に無理はしてほしくありません」

「はい、だからこうして言われた通り3分たったので戻ってきました。しかし、あの男の身体能力には驚かされました、恐らく何か特殊な肉体強化を受けているはず」

「ラティスが驚くのも無理はありません、彼は人間ではないのですから……」

 フィリオはまた振り向き、手すりに掴まりながら街の景色を見つめる。

「人間では、ない?」

「はい、彼は神を汚す悪魔……それ以外の何者でもありません」

 フィリオは振り向く事なく口を開き、ただその目の前に広がる街を眺めているだけだった。

 そしてラティスにはそのフィリオの後姿が妙に冷たく見えた。


 

「神楽、いるのか? いなくても入らしてもらうぞ」

 赤城は一人神楽がいる部屋に来ていた。

 部屋の中から神楽の声は聞こえない、だが赤城は構わず部屋の中に入っていく。

 部屋に入ると、部屋中鼻をつくようなアルコールと煙草の臭いが立ち込めていた。

 電気はついておらず、カーテンも締め切ったまま、赤城はすぐさま部屋のカーテンを開けようと窓に向かい

 カーテンに手を掛けようとした時、突然その腕を何者かが掴む。

「人の部屋に勝手に入ってきて何してるのかな? あ・か・ちゃ・ん」

 眼鏡を外し、目が少しとろんと垂れている、どうやら今までずっと酒を飲んでいたのだろう。

「いたのか……なら話しが早い、お前はたしか武蔵の部屋のカードキーの複製を持っていたはずだ、それを貸してくれないか?」

「あら、何に使うのぉ?」

 赤城の腕を放し机の上においてあるグラスを手に取ると、一気に酒を飲み干しまたグラスに酒を注いでいく。

 そして胸ポケットから煙草を出し火をつけると、ソファに座り一服する。

「武蔵の部屋にあるPCに何か情報が残っていないか調べに行く、キーを渡せ」

「人の部屋に勝手に入って色々とあさっちゃうのね。そんなの私じゃなくて基地からスペアをもらってくればいいだけじゃない?」

「無いんだ、探してもらったが何処にも無い。しかしお前はたしか万能なカードキーを持っていたはず」

「さぁ、どこに置いたかしら……」

 神楽がそう呟いた瞬間、口に銜えていた煙草が切り落とされる。

 軍服で隠してある刀、それを取り出すと一瞬で鞘から刀を抜いたのだ。

 刀の刃先が神楽の目の前で光るが、神楽は驚く様子も無く切り落とされた煙草を灰皿に入れる。

「出してもらおうか」

「変に強がるのはよしたら?」

「強がる? 何を言っている、そんな事より早くキーを……」

「貴方、今誰に刀を向けてるか分かってるの?」

 その神楽の冷たい口調に赤城の目が微かに揺らぐ。

 すると神楽はソファから立ち上がると、自分の机に向かい一番上の引き出しを開ける。

 手には一枚のカードキー、そのカードキーを赤城に指で投げ渡す。

 飛んできたカードキーを受け取ると、神楽はまたソファに座りグラスを掴み酒を飲む。

「いいわよ、行ってきなさい。貴方が耐えられるのなら……ね」

 神楽の後姿を見つめながら赤城は黙って振り返り無言で神楽の部屋を出て行った。


 

 廊下に人影は無い、いるといえばカードキーを持っている赤城だけ。

 そっとキーを通すと扉はすんなり開いてくれた。

 赤城は足を一歩前に出そうとするが、ふと足を止めてしまう。

 だが意を決して赤城は足を踏み入れた、部屋には朝日が差し込んでいたが全体的に暗く感じる。

 整理整頓されている為綺麗な部屋にも見えるが、これは物が少ないだけなのだろうか。

 部屋を見渡すと奥の部屋にノートパソコンがあるのが見える、赤城はそこに向かうと早速電源をつける。

『パスワードを入力してください』

 電源をつけた途端にモニターに映し出された文字、そしてその文字の下にパスワードを入力するらしい所がある。

「パスワードか……」

 とりあえず武蔵について思い当たる事を入力してみる。

 武蔵の誕生日や好きな色、数字、その他諸々。

 しかしどれも違うと表示されていく内に赤城は少し疲れてしまい後ろにあるベッドに寝そべってしまう。

「何をやっているんだ、私は……」

 一人誰もいない部屋で呟いてしまう、何を急いで、何を焦っているのか。自分でもよくわからなかった。

 正直情報などどうでもよかった……しかし赤城は今、何かを考え、何か行動していないと耐えられない状態だった。

 もうパスワードなんてわからなくていい。結局自分のしていた事は単に気を紛らわせようとしていただけ……そう思いパソコンの電源を切ろうとベッドから起き上がると、パソコンに表示されていた画面が先程とは違っていた。

『君の誕生日は?』

 パスワードを入力してくださいという文字が消えて誕生日はいつなのかという質問に変わっていた。

 すぐに武蔵の誕生日を入力したがそれでも違うと表示されてしまう。

 何かの暗号かとも思えた、普通自分の事を『君』なんて言うだろうか。

 それにこれはパスワードのヒントのようなもの。どうしてこんなものが態々表示されているのか分からない。

「っ……もしかして……」

 頭の中を過ぎる数字、その数字を打ち込むとパスワードの入力画面は簡単に消えた。

 その画面には大きく『赤城、誕生日おめでとう!』という文字が映し出されている。

 呆然とした表情で画面を見つめ続ける赤城、何が何だかわからない……。

 でもそれはすぐに気づく事ができた。今日、七月八日は……自分の誕生日だという事を。

 よく見ると画面に映っている大きな文字の下には数行の文が書かれてあった。


 

 赤城は無意識に顔を画面に近づけているとは知らずに、その書かれている文字を凝視していた。

『七月八日は赤城の誕生日だったよね、おめでとう。って言っても、プレゼントとかは用意してないんだ。ごめん。EDPもあって赤城は多分自分の誕生日を忘れてたと思うけど、憶えていたかい? 本当なら誕生日会を開いてあげたかった、プレゼントも用意したかった。けど、この文を今君が読んでいる時には俺はここにいないはず、本当ごめん』

「何故武蔵が謝る? 謝らなければならないのは……私なのに……」

 パソコンの画面を見ながらまるで武蔵と会話をするかのように赤城は無意識に喋り始めていた。

『俺が死んでも泣かないでほしい。赤城にはずっと笑ってもらいたい。小さい頃からそう思ってる。だから俺は言ったよね、もし俺が死んだら、その時は泣かないで、笑顔で俺を見送ってくれって。でも……多分赤城は笑ってくれないだろうけどね』

「当たり前だろ……でも武蔵、お前の顔は笑っていた、微笑んでいた……今から自分が死にに行くというのに……」

『赤城達と過ごした十数年、とっても楽しかった。今まで本当にありがとう』

 赤城の体は震えていた、今まで押し殺していた感情が爆発寸前にまで来ていた。

 すると、突然誕生日のメッセージが画面が真っ暗になり消えてしまう。

 赤城はそっと視線を下ろしパソコンの電源に震える指をかけようとしたが、モニターにまた何かが映し出された。

 今度は何が……そう思いふと顔を上げてパソコンの画面を見てみる。

 そこに映っていたのは一枚の写真だった。

 皆がいる、皆が笑っている、去年の誕生日の時に撮った写真だ。

 大きなケーキの周りに皆が集まっている、その真ん中で私は顔を赤らめながら照れくさそうに立っている。

 あの時、部屋に入った瞬間、皆がクラッカーを鳴らし私を迎えてくれた。

 セレナがコップにシャンパンを注ぎ、奥の部屋からアステルとルフィスがケーキを持ってきて。

 そのケーキに由梨音がロウソクを立てて火をつけてくれた。

 神楽は煙草ではなく息を吹きかけると袋が伸びていくヘンテコなオモチャを銜えており。

 その後ノイドが赤城の頭にパーティー帽を被せて、そして最後に武蔵が私に花束を渡してくれた。

『赤城、誕生日おめでとう!』



「馬鹿者…ばか、もの……うっ、ああっ……」

 赤城は一台のパソコンを抱きしめながら、床に座り、声を殺しながら泣く事しか出来なかった。

 一人で耐え、我慢していた感情を取り除き。一人の女として、肩を小さく震わせながら泣いていた。

 止め処なく零れ落ちる涙、赤城は一人では泣いていない、今、武蔵の腕の中で泣いてる。

 平和だった時間、楽しかった時間、嬉しかった時間……今ではそんなもの見る影も無い。

 あの頃に戻りたい、あの頃に戻りたい……あの頃に……皆と一緒に、一緒に楽しく過ごしていた日々に……。



 部屋の奥で赤城が泣いている、やはり愛した者の死を耐えれるはずがない。

 甲斐斗は病室を後にして自分の部屋に戻ろうとしていた時、偶然にも赤城が武蔵の部屋に入っていくのが見えた。

 気になってこっそり部屋に入ってみたが、見つかる前に部屋を出た方がようさそうだと思い甲斐斗は部屋の扉を開けるとバレないよう慎重に部屋を出て行く。

「あら、どうして貴方が伊達君の部屋に?」

 聞き覚えのある声、その声の主は扉のすぐ横に立っていた。

「え、いや。それは……」

 前に格納庫で出会った神楽だった、今一番会ってはならない人と甲斐斗は出会ってしまった。

「でも好都合ね、私は丁度貴方を探していた所なの。話してくれるかしら、全部」

 神楽が白衣の中から何かを取り出すと、それを甲斐斗目掛けて投げてきた。

 突然の出来事に甲斐斗は何も出来ずその投げられたものが見事に首に当たる。

 だが痛みはなく、息苦しさだけを感じた。

(な、なんだ? これ……)

「それ、爆弾ね。死にたくなければ私についてきなさい」

「は……?」

 気づけば甲斐斗の首には銀色の首輪のようなものが取り付けられていた。

(これは……あれか、外そうとすれば爆発するという感じの爆弾、てか大抵の爆弾は外そうとすれば爆発するが……)

「どうしたの? 早く来ないと殺すわよ?」

 神楽の眼は本気だ。

 本当に自分を殺しかねない眼をしている、甲斐斗の命など武蔵の命と比べればミジンコ程度にしか思っていなさそうだ。

 ここは逆らわないように行動するしかない、甲斐斗は息苦しいままその女についていくことにした。

ラティス

フィリオの護衛役、親衛隊隊長でありいつもフィリオの側についている。

並外れた身体能力の持ち主であり、フィリオの為なら命を惜しまない。


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