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第34話 負傷、必要

 甲斐斗は行かなくてはならない場所へと向かっていた。

 勿論顔がバレないよう軍帽を深く被り、軍服に身を包んだまま甲斐斗は交番へと向かいミシェルの迎えに来ていたのだ。

「ミシェル、迎えに来たよ」

 すると交番の中にいた警察官が甲斐斗を見て口を開く。

「き、君は軍の方だったんですか?」

 その反応は当然と言ってもおかしくない。

 甲斐斗が交番の中を見渡すと、丁度ミシェルはパイプ椅子に座ってお茶とお菓子を楽しんでいた所だった。

「まーそうです、んじゃ俺は行くんで。ありがとうございました」

 甲斐斗はそれだけ言うと警官に背を向け交番から出て行こうとすると、それを見ていたミシェルは持っていた湯呑みを机の上に置くと頭を下げた。

「おちゃ、ありがとう」

 礼儀正しくお礼の言葉を述べるミシェル。

 そんな様子を横目で見ていた甲斐斗は、まだ幼いのにしっかりお礼が言えるミシェルに関心していた。

「よし、美味いもんでも食べに行くか!」

「うん!」

(ミシェルを一人きりにさせてしまったんだ、美味い物でも食べさせてあげないとな)

 そう思いながら甲斐斗はミシェルの手を繋ぐと、二人仲良く歩き始めた。



 そんな訳で甲斐斗とミシェルの二人がやってきたのはハンバーガーショップだった。

(百年後の世界にもあるとか、ちょっと感動するな)

 早速甲斐斗は店に入りカウンターまで行くと、注文をする為にメニュー表を見ていく。

 そして百年後のハンバーガーはすごさを甲斐斗は思い知らされる。

、自分で様々なトッピングを行なえるのは勿論、子供向けに大人向け、老人向けのハンバーガーすら存在しているのだから。

 二人は適当に自分の食べたいハンバーガーを注文、席に座って待っていると一分もかからない内に注文通りの品が届いた。

 ミシェルは子供用の高い椅子に座り、足をバタバタと動かしながら美味しそうに自分の口より大きなハンバーガーにかぶりついている。

 そんなミシェルを見ていると何とも微笑ましくなる、何か嫌な事が頭からすっと抜けていくような感じがする、だからこのまま笑顔を見続けていたい、この笑顔をずっと守って行きたい。

(なんてな……)

 ミシェルの可愛らしさに癒されながら甲斐斗もまたハンバーガーを食べ始める。

 その後、ミシェルはハンバーガーを一個、果汁100%のリンゴジュースを飲み終わると腹いっぱいの様子で満足気な表情を浮かべていた。

 それを見て甲斐斗は伊達中尉から貸してもらった携帯電話で時間を確認してみると、戻っておかなければならない時間まであと一時間程度あった。

(まずは買うものを買っておくか)

 甲斐斗単独で基地内に入るのは簡単だがミシェルがいると少々困難になる、だからミシェルを隠す必要があった。

 既にお金は支払い終えている為二人はそのままハンバーガーショップの店から出て行くと、町中を歩き今度は鞄を売っている店へと入っていく。

 甲斐斗達が店を入るとたちまち店員が頭を下げて挨拶をしてくる、そして部屋の奥からも一人の男がヘコヘコと頭を下げながら近づいてくる。

「いらっしゃいませお客様、当店で何かお求めの物があれば何でも言って下さい」

(やけに店員の態度が優しい気がする、店では普通の事なのか? それとも、俺が軍服を着ているからなのか……?)

 どっちにしろ都合が良い、甲斐斗はすぐさま自分の欲しい鞄を買う事にした。

「この女の子が入る位の大きな鞄を下さい」

 そう言って甲斐斗は横に佇んでいるミシェルを自分の前に持ってくる。

「こ、この女の子が入る鞄……ですか?」

「そうです、言っておきますけど本当にこの子を入れる訳無いですからね、ははは」

『冗談キツイぜお客さん』と言いたそうな顔を定員が浮かべると、甲斐斗は冗談を言ったつもりで笑って見せ、それに続いて店員も笑ってくれた。




 こうして無事鞄を買い終えた甲斐斗は、人気の無い場所を探すと買ったばかりの大きな鞄の中にはミシェルを寝かせ始める。

「せまいよぉ?」

 不安な表情でミシェルは甲斐斗を見つめると、甲斐斗は罪悪感を感じつつも宥め始めた。

「が、我慢してくれミシェル。数分だけでいいからそこでじっとしているんだ」

「うん、わかっだ……」

 早くも涙目になっているミシェルには悪いと思いながら甲斐斗は鞄のファスナーを少しずつ閉めていく。

「せまいよぉ、くらいよぅ……」

(何だろう、俺って今とっても犯罪者な気分。もし警察に見つかり、これが明るみに知られたら……)

『少女を誘拐、容疑者は人気のいない場所に少女を連れ出しバックの中に詰めていた所を警察に見つかり逮捕───』

(とかなりたくないな。まぁ、余程の事がない限り鞄の中を見られる事なんてないと思うけど。さて、早く軍に戻ってゆっくり休もう、そういえば最近風呂に入っていない、ミシェルの服も洗濯しなくちゃな)


 そして準備は整った、大きな鞄の紐を肩に掛けたままあの裏門を平然な顔で通り自分の部屋に戻るだけだ。

 甲斐斗は更に深く帽子を被ると、意を決して軍の門に近づいていく。

 銃を持っている兵士の視線が自分に刺さってくるのを感じると、甲斐斗は内心焦りながらも歩き続ける。

(そんなに見つめないでほしい、息苦しくなってしまう。だが俺よりもミシェルの方がさぞかし息苦しいだろう、急がなければ……)

「おい、ちょっと待て。その大きな荷物は何だ?」

(速攻で捕まった俺を許してくれ、とか言っている場合ではない、内心焦りと緊張で心がやばい)

「え、あー、ちょっと……」

「念の為に中身を確認したい、中を見せてくれないか?」

 そう言って兵士が甲斐斗に詰め寄ってくると、甲斐斗は一歩後ずさりしてしまう。

(ほう、単刀直入だな。良いですよ見せますよ、見せればいいんだろ? ほーら鞄を開けるとその中には愛くるしい少女の姿が───)

「どうした、早く中を見せろ」

 実際に甲斐斗はまだ鞄を開けてはおらず、兵士の声で我に返った。

(はっ、いつの間にか現実逃避をしていた。このバックを開ける事等絶対に出来ない。となるとここは俺の話術で上手く切り抜けるしかない)

「実はな……この中にはお腹を空かした猫達が沢山いるんだ!」

「ね、猫だと?」

 驚いた様子を見せる兵士。こんな事を突然言われたら誰だって驚くだろうが、甲斐斗の語りはまだまだ続く。

「寒く薄暗い路地にお腹空かした子猫達がいたんだ。俺は黙って立ち去ろうとした……。でも後ろから聞こえてくるんだ、お腹空いたよぉ、助けてよぉ、ってな……まるで猫達が俺に助けを求めているかのように!! だから俺は部屋に戻ってこの子猫達に暖かいミルクを与えたいんだ! だから道を開けてくれ!」

(完璧だ……俺は今輝いている、心優しい青年の熱き訴えはきっとこの兵士に届いただろう)

 甲斐斗の訴えを聞いた兵士は、何処と無く優しい表情を浮かべながら甲斐斗の肩にそっと手を置くと、こう呟いてくれた。

「頭大丈夫か?」

 どうやら甲斐斗の思いは届かなかったようだ。

 甲斐斗は大きな溜め息を吐くと、自分の前に立ちはだかる二人の兵士を見ていく。

(見張りの兵士は二人、仕方が無い、気絶してもらうしかなさそうだな)

 甲斐斗は兵士に飛びかかり首に手刀でもしてやろうと思った時、見慣れた男が門から出てきた。

「待っていたよ、さぁ、早く中に入って」

「伊達中尉!? この者と知り合いなんですか?」

「ああ、俺の友人だよ。届けて欲しい物を届けてきてもらったんだ」

「一体何を?」

「それは機密事項で言えないさ、言うと俺達の首が飛ぶからね。だから彼を通してあげて」



 武蔵が現れた事により甲斐斗は難なく裏門を通れてしまった。

 建物の中に入るとエレベーターを使い自分の部屋がある階を目指す。

 その間、何故か甲斐斗と武蔵は一切会話をせず沈黙を保っていた。

 甲斐斗は自分の部屋の前に立つと、渡されていたカードキーをドアの前に翳す。

 ロックは解除され、無言のまま部屋の中に戻っていく、武蔵も自分の部屋に戻ろうとした時、突然甲斐斗が武蔵の腕を掴み部屋の中に強引に連れ込む。

「こんなマネをするとは思ってなかったけどな」

 怒ったような口調で甲斐斗が被っていた帽子を脱ぎ取り、その帽子を武蔵に投げつける。

 武蔵は投げつけられた帽子を片手でキャッチすると、小さく溜め息を吐き帽子を指先でクルクルと回し始めた。

「いつ気づいたの?」

「裏門に現れた時だ、余りにもタイミングが良すぎて怪しすぎる。帽子を調べればこんな物がついてたぞ」

 甲斐斗が握り締めている拳を開くと、手の平にはバラバラに砕かれた端末の残骸が乗っていた。

「俺の動きを監視していたな、それと盗聴もしていたはずだ。そうだろ?」

 装置の残骸を更に握り潰すと、その破片を粉々にして足元に捨てていく。

「何もかもお見通しのようだね、悪いとは思ってたけど。そうさせてもらうしかなったんだよ」

「目的は何だ? 俺をEDPとかいう作戦に参加させる事だけじゃなかったのか!」

 怒った様子で声を荒げる甲斐斗、その剣幕は今にも武蔵に殴りかかりそうも見える。

「まぁまぁ、落ち着いて。まずはその鞄の中に入ってる子猫を出してあげないと」

 落ち着いた様子の武蔵はそう言って部屋に置いてあるコーヒーメーカーの電源を入れる。

 その言葉に甲斐斗はミシェルの事を思い出し、すぐさま鞄のファスナーを全開にした。

「ミ、ミシェル!? 大丈夫か?!」

「んぅ……?」

 鞄を開けてみると、狭い鞄の中にいたせいかミシェルは少しぐったりした様子で汗をかいてた、鞄の中が思っていたより暑かったのだ。

「その子をお風呂に入れてくるといい、俺はコーヒーでも作ってるよ」

 言われるまでも無い。そう思いながら甲斐斗はすぐさまバスルームに向かう。

 すると、バスタブには既にお湯が溜められており、いつでもお風呂に入れる状況だった。

「脱いだ服は全部洗濯機に入れるんだぞ、風呂入ってさっぱりしてこい」

 小さく頷くとミシェルは自分から服を脱ぎ始める、それを見ていた甲斐斗は急いで部屋から退出し武蔵の元へ向かった。

 机の上には甲斐斗の分のコーヒーが注がれてある、湯気は立ってない、多分アイスコーヒーだろう。

 逆に武蔵の持っているカップに入っているコーヒーは湯気を出している為ホットコーヒーだ。

「さて、話を戻すぞ。俺が信用できないからこんな事をしたのか?」

「そう、信用できなかった」

 こうもハッキリ言われてはどうしようもない。甲斐斗は言葉に詰まり何と言い出そうか迷っていると、先に武蔵が口を開き始める。

「でも俺は今、やっと君を信用する事が出来たよ」

「ああそうかい、だが俺がお前を信用できると思うか?」

「そう言われると思って用意してきたよ。君に与える情報をね」

 武蔵は更に奥の部屋に繋がる扉を開ける、そこには夥しい量の本と、何枚ものメモリディスクが重ねられていた。

 机の上にある一台のPC、甲斐斗の為に用意していたかのような部屋だった。

「ここで君の知りたい事を全部調べればいい」

 その圧倒的な情報量に呆然としている甲斐斗、余りの量に一体どれから探していけばわからないのだろう。

「い、いいのか? 俺みたいな部外者にこんな情報を与えて」

「ああ、情報なんていくらでもあげるさ。それよりもう一つ聞きたい事があるんだけどいいかな」

 武蔵が次の質問をしようとした時、甲斐斗は前に手を伸ばしてストップの合図を送る。

 そして机の上に置いてあるコーヒーカップを手に取り、アイスコーヒーを飲み干すと自ら口を開いた。

「言いたい事はわかる、何故俺があの子と一緒に行動しているのかだよな。俺はあの子に助けられた時があった、そしてある約束を交わした。それだけだ」

 余りの説明の短さに武蔵は少し戸惑った顔をすると、コーヒーを飲み終えた武蔵はカップを机に置いた。

「えらく短く切ったね、あの子と君の関係を聞きたいな」

「関係か……さぁ、俺もよくわからない。ミシェルが何者なのか、何処から来たのか、嘘じゃない、本当だぞ」

「わかるよ、君は嘘を言ってない。目を見ればすぐわかる、それじゃ俺はそろそろ自分の部屋に戻る事にするよ」

「あ、ああ……それじゃあな」

 静寂に包まれる室内、武蔵は自分の部屋に戻り甲斐斗だけが部屋に立っていた。

 その異様な感じにまるで武蔵は甲斐斗との会話を全て予測していたかのように思えた、情報の提供にミシェルについての会話、甲斐斗が盗聴器を発見する事まで全て……。

(あの武蔵って奴、侮れないな……)

 武蔵に異様な雰囲気を感じつつ、それから数時間に渡り甲斐斗は与えられた情報の確認をはじめていく。


 ───やれやれ、あれから延々とこの世界の情報に目を通しているが、『ERROR』とは何なのかが未だによくわからない。

 それと『ERROR』と『神』についての関係もだ、どうして百年後になった今、神は出てこないのか。

 こっちは疲れて今にも寝てしまいそうだからそんなに頭を使えない。

 もらったコーヒーのおかげで少しは眠気は少し吹き飛んだけど、それも長くは続かなかった。

 丁度ミシェルもベットで寝ている、乾燥機で乾かした服はとても暖かく肌触りが良かったらしい。

 俺も少し仮眠を取っといてもいいだろう、丁度ソファもあることだしそこで寝る事にしよう。

 PCの電源は入れたまま俺はソファの上に横になると、静かに目を閉じた。

 ……えっと、この世界に来る前の俺はどんな奴だったっけ。

 最強の魔力を持っていた為殆ど敵無しだった俺は自分勝手で自己中心的で、そんで平和な世界で……。

 ってあれ、俺は元々どんな奴だったんだ、百年前の俺は何をしていたんだ?

 多分眠いから頭が良く働かないんだろう、適度な仮眠を取らないとこのまま頭がおかしくなってしまいそうだ。

 俺には時間がたっぷりある、焦る必要なんか無いな───。


 甲斐斗は考える事を止めると、重たくっていく目蓋を閉じ、眠りにつきはじめた。




 時を同じくして基地にある医務室には二人の女性が赤城のお見舞いに来ていた。

「赤城少佐!」

 一人は部屋に入ると、壁に凭れ掛かり呆然としている赤城の元へ走っていく。

「由梨音!」

 飛び込んできた由梨音をしっかりと抱きしめる赤城、由梨音もまた同じように赤城の体を抱きしめていた。

「良かった、無事だったんだな」

「赤城少佐も無事で本当に良かった……」

 二人が抱き合っている所に、もう一人の女性が腕に果物の入った籠を下げて現れた。

「お久しぶりね、体は大丈夫なの?」

「神楽!? 久しぶりだな、まさかお前がここに来ていたとは」

「伊達君が乗る機体とレンちゃんが乗る機体の輸送を手伝っていたのよ」

 果物が入っている籠を机の上に置くと、ベットの横に置いてある丸い椅子に腰を下ろした。

 すると果物の入った籠を見ていた由梨音が籠の中にある林檎を一つ取り出すと、一緒に籠の中に入っていた小さな果物ナイフを手に取った。

「えっと、神楽さん? このリンゴ切ってもいいですか?」

 どうやら赤城の為に林檎を切ってあげたいらしく、その言葉を聞いた神楽は笑みを浮かべる

「ええどうぞ、赤ちゃんが喜ぶように兎ちゃんの形にでも切ってくれないかしら」

「あ、赤ちゃん……?」

 由梨音が戸惑った様子で林檎の皮を果物ナイフで切ろうとする中、赤城は声を出さずに目で神楽を威圧していた。

「何でもないわよ、それより赤城、気分はどう?」

 問いかけに赤城は無言のまま俯く。その横顔を見ていた神楽は溜め息を着くと自分の腰に手を当てた。

「良くはなさそうねぇ、無理も無いわ。自分の部下を三人失ったんですもの」

 その一言が赤城の耳に届いた瞬間、愕然とした表情で神楽の方に顔を向けた。

 林檎の皮を剥いていた由梨音の手は一瞬で止まり、彼女もまた驚いた様子で神楽の方を向いた。

「三人……?」

 赤城の口から一つの言葉が漏れる、神楽は赤城から目を背けると、そっと口を開く。

「貴方の部隊にはまだ伝わってなかったようね。第五独立機動部隊所属ノイド・パルシュン、ルフィス・ハイリッチ、カイト・アステルの三人は死亡扱いになっている。ちなみにこれは関係無いかもしれないけど、アステル少尉のお姉さんも死亡扱いになってるわね」

「そんなっ、ルフィスやアステルまでも死んだというのか……?」

 赤城の目が段々と虚ろになり、目に力が無くなってくる。

 体全身が脱力していくように力が抜けていき、また俯きだした。

「恐らく二人は基地内にいるHuman態に殺された、血痕が壁や床に付着しているのに死体が残っていないのは、全身をバラバラに千切られた後に喰われたんじゃないかしら」

 場は静まり返っていた、物音一つ聞こえない部屋。

 神楽は愕然としている赤城を見つめ、由梨音はまた少しずつ気を紛らわす為に林檎を切っていた。

「二人ともすまない、少し一人にさせてくれないか……」

 静まり返っていた室内でふと赤城が呟く、その声は掠れており、全く力を感じられなかった。

 神楽は黙って椅子から立ち上がると、そのまま部屋を出て行ってしまう。

 由梨音は丁度林檎を切り終え、その林檎を小さなお皿の上に並べ机に上に置いた後に部屋から出て行く。

 赤城が机に上に目を向けると、皿の上に可愛く兎の形に切られていた林檎だけが置いてあった。

 だが赤城はその林檎に手を付けようとはせず、自分の体に掛かっているシーツを突然握り締めた。

 両手が震える程の力を加えながらシーツを握り締めていき、真っ白で綺麗だったシーツには大きく深いシワが出来る。

 そして止め処なく零れ落ちる涙、その後も白いシーツに何滴もの涙が落ち、シーツを点々と湿らしていく。

 もう自分しかいない部屋で、赤城は押し殺していた感情を爆発させようとしていた。

 その時だった、突然医務室の扉が開いた音が聞こえてくる。

 扉が開くのに気づいた赤城は急いで涙を拭うと、誰が入ってきたのかを確かめる。

 そこにいたのは一人の男。青い軍服を身に纏い赤城の事を誰よりも知っている人だった。

「武蔵……」

「赤城、目が赤いけど。また一人で泣いていたの?」

 武蔵の一言に赤城の顔はたちまち赤くなり、急いで拭き取りそこねた涙を拭う。

「わ、私は泣いてなどいない。これは目にゴミが入って───」

 その瞬間、赤城の体を優しく暖かいものが包み込んだ。

 一瞬の出来事に赤城は言葉も出ず、その体から感に暖かさを実感していた。

「泣きたい時は俺が涙を拭ってあげる、だから無理に強がったりしないでいいよ」

 泣きたい時は泣いてもいい、でも一人では泣かないでほしかった。

 もうあの時のように、赤城は一人じゃないのだから。

 赤城は小さく泣きじゃくり、武蔵の胸元に顔を埋め。

 自分の泣き顔を見られないように顔を押さえつけて隠し、止めようの無い涙をその胸で流している。

 そんな赤城を抱きしめながら、武蔵は優しく髪を撫で続けた。



 この戦いで気絶をしていたのは赤城だけではない、レンもまた気絶をしており赤城とは別の医務室で眠りについている。

 だがその体には幾つもの装置が貼り付けられ、心電図や脳波計など、様々な器具が並べられていた。

 薄暗く不気味な部屋、そんな部屋でレンが寝ているベットの隣に一人の女性が立っていた。

 その女性は笑みを浮かべると、目蓋を閉じたままのレンの頭をそっと撫で続けていた。



 日が暮れてもNFの基地にはまだ多くの兵士達がいた。

 外壁の修復、機体の修理、機器メンテナンス、EDPに備えての補充。

 血で汚れた基地内の壁を綺麗に洗い、血を落とす作業。

 兵士は休まず働き続けている中、武蔵は一人自分の部屋に戻ってきていた。

 部屋に入ると大きな溜め息をして重い軍服を脱ぎだし、そしてバスルームの方へと向かって歩こうとした。

 だが一歩足を前に出した途端、武蔵の足が突然止まる。

 後ろから感じる気配、そして香水のような良い香りが部屋に立ち込めていた。

「おかえり、伊達君」

 武蔵が振り返ると、小さく笑みを見せる神楽が椅子に座っていた。

「神楽、またあのカードキーを使って部屋に入ってきたのかい?」

「ええ、この基地内全てのドアを開く事の出来る私特製のカードキーでね」

 そう言って指に挟んでいるカードキーを武蔵に一目見させるが、武蔵は呆れたような顔で部屋にあるソファに座る。

「こうして二人っきりで話すのは数ヶ月ぶりだね、本部はどうだった?」

 椅子に座っていた神楽は立ち上がると、部屋に飾られてあるコーヒーメーカーの電源を点けに行く。

「とても面白い所、私の調べたい事や研究したい事とか本部の方が許可を出してくれてね、思うように進んでるわ」

 二置かれているコーヒーカップを手に取ると、早速コーヒーを注ぎ始める。

 そして注ぎ終わった熱い方のカップをそっと武蔵に手渡す。

「ありがとう、それを聞いて安心したよ。神楽は本部で元気にやってるみたいだね」

 武蔵は笑顔のまま熱いコーヒーを平気で飲んでいくが、神楽の方は表情が少し暗くなっていた。

「元気にやってるし、退屈はしないわよ。でも、伊達君がいないから少し寂しい……かな」

「えっ?」

 最後の方が聞き取れなかった、武蔵がもう一度言った事を聞こうとしたが先に神楽が口を開いた。

「伊達君はさっきどこに行ってたの? 格納庫? 司令室?」

「んーと、医務室に行って赤城と会ってきたかな。体の方は心配無さそうだけど、精神的に少し弱ってたね……」

 武蔵の持っているカップの中にはもうコーヒーは無かった、目の前にある机にカップを置くと前かがみになり額に手を当てる。

「無理もないけどね、僕達は三人の仲間を、親友を失ってしまったんだ。誰だって深く傷つくさ」

「それで、その傷を手当てする為に赤ちゃんに会いに行ったのね」

「うん、赤城はまだ隊長になって日も浅いから。辛いかもしれないけど頑張ってほしいから」

「ふーん、ねぇ伊達君、さっき誰だって傷つくって言ってたけど、貴方も傷ついたのよね」

 空のカップを机に上に置くと、神楽はソファに座っている武蔵に歩み寄る。

「仲間を失ったんだ、とても辛いよ。でもここで俺が不安な気持ちになれば残されている部隊の皆が───」

 視界に神楽の足が見え、そっと顔を上げた武蔵。

 覆いかぶさるように抱きつかれると、温かいものが口の中にまた広がってきた。

 声も出せずただ抱きしめられながら口の中に暖かいものを入れられ、舌を重ね合わせる。

 気持ちよく、心地よい、このままそっと目を瞑ろうとした時、神楽がそっと顔を離す。

「それなら、私が傷ついている伊達君を手当てをしても……いいわよね」





 今日、NFが激戦に晒されていた中、BNもまた激戦を繰り広げていた。

 ある一人の兵士を除いて───その兵士は戦艦の医務室でベッドの上に座り、壁にもたれ掛かっている。

 喉が渇いた、机の上には飲み物が置いてある。手を伸ばせば簡単に届く距離だ。

 青年は飲み物を取ろうと手を伸ばそうとした、小さく、ゆっくりと、震える手で飲み物の入っているコップに指先が届く。

 そのコップを掴もうとしたが、手から逃げるように離れる。いくら力を込めても掴めない、握れない。

 目の前にある物さえ握る事が出来ない事の悔しさ、腕も手も指もあるのに。

 静かな部屋に扉の開く音が聞こえてきた。

「おーっす羅威、元気にしてっかー?」

 そんな雰囲気の中、穿真はいつもの用に周りの空気を気にせず入ってくる。

 だがその方が羅威にとっては楽だった、悲しげな顔をするよりも明るく笑ってくれる方が気分が楽になる。

「穿真、作戦の方はどうだったんだ」

「心配ご無用!クロノの新型のおかげでかなり楽に作戦が遂行出来たからな、にしても新型が戦う所、お前にも見せてやりたかったぜ」

「そうか……」

「そんな暗い顔すんなっての、お前はまだラッキーな方だぜ? リハビリすればその両腕はまた使えるようになるんだからよ」

「……俺はこれからどうなる、部隊を外されるのか?」

 気になっていた、腕も満足に動かせない男が軍に入る事などできない。ましてやDシリーズを扱うパイロットならなお更だ。

「さぁな、それはまだわかんね。お前が両腕を俺の手のように機械にすれば大丈夫だと思うがなぁ」

 切り落とされた手は鋼鉄の手と化し、様々な装置まで内臓されている手。

 そんな手を欲しいとは思わないが、手が無いよりはマシな物だ。

「止めとけよ。一生機械の手とか嫌だろ? だからお前は一日でも早くその腕が使えるようにリハビリする事だ」

「ああ、分かっている」

「そんじゃ俺はそろそろ自分の部屋に戻るからな、あーばよ」

 へらへらと笑いながら後ろに手を振り部屋を出て行く。

 羅威は自分の喉が渇いている事を穿真に言わなかった。

 誰の力も借りず、自分の力で掴み取りたかったからだ、震える腕にもう一度力をいれ、目の前に置いてあるコップに手を伸ばした。

 今度こそコップを掴む事が出来た、震えている、力も余り入らない、それでもコップは自分の手で握られている。

 後はそれを自分の口にまで持っていけばいいだけ、ゆっくりと自分の口の方にコップを引き寄せようとした。

 手から滑り落ちるコップ、自分の手から床に落ちるまで、羅威の目にはスローモーションのように遅く感じた。

 床に落ちると中の飲み物とコップの破片が飛び散り、ガラスの割れる音が室内に響く。

 音は羅威に己の無力さを伝える。

 それでも羅威は諦める事は無かった、机に上においてあるもう一つのコップを見つけると、また精一杯腕を伸ばしコップを掴もうとする、羅威の心はそう簡単に折れはしなかった。


正式名MFE-アストロス (Saviors製)

全長-17、5m 機体色-水色 動力源-光学電子磁鉱石

Saviorsの主力機とされている機体。

武装が充実しており一機でより多くのERRORと戦えるようになっている。

ちなみに、Saviorsの新型は主にこの機体を改良して作られている。

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