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第33話 一日、夢


───平和な世界など限りなく少ない。

 


 腐敗し、荒れた世界へと変化している中、それでも平和に暮らす人々達はいた。

 昔、幼い頃の赤城もその一人だった。

 山の奥にある大きな屋敷で母と父の三人で不自由ない暮らしをしており、いつも二人の親友と楽しく過ごしていた。

 屋敷の横にある剣道場、丁度お昼に差し掛かる時に竹刀と竹刀がぶつかり合う音が聞こえてくる。

「面ッ!」

 すると、少年の一声と共にさっきまで聞こえていた竹刀の音がピタリと止む。

 道場の中では茶髪の青年と赤髪の少女が面を外し、流れる汗をタオルで拭き取っていた。

 その二人の間には赤と白の旗を持った赤紫色の髪をした少女が立っている。

「また伊達君の勝ちね、これでもう何十回目だろ」

 少女は両手に持つ旗を床に置くと道場から出て行こうとした時、赤髪の少女が止めに動いた。

「ま、待って神楽! 次は絶対に倒すから!」

 両手を広げ神楽の進行方向を塞ぐ少女、神楽は呆れた様子で腰に手を当てていた。

「そんなこと言っても全然倒せてないじゃん、赤ちゃんには無理よ」

「赤ちゃんって言うなぁ! 私は赤城だ!」

「だから赤ちゃんなんでしょ、それに伊達君だってもう何度も試合して疲れてると思うし」

 すると赤城は今にも泣き出しそうな顔で神楽を見つめると、それを見ていた神楽は急いで赤城を慰める。

「わ、わかったって。ほら、よしよし」

 泣きそうな赤城の頭を撫でるが赤城は一向に顔色を変えない。

 そこに面をつけた武蔵が突然入ってくる。

「俺は大丈夫だから。赤城さん、もう一度試合やろっか」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 さっきまで泣きそうだった顔は一変し、笑顔で自分の防具の前に走っていく。

「もぉー、伊達君いいの? 赤ちゃん一本取るまで止めないよ? もうお昼ご飯の時間だし、私お腹空いた」

「神楽は先に行っててもいいよ、俺は赤城さんの気が済むまで試合をしてあげたいから」

 そう言って神楽に背を向ける武蔵、赤城と試合をする為に試合場に戻ろうとした。

「……いつも赤ちゃんには優しいね」

「えっ?」

 聞こえないように言ったつもりだったがその声は武蔵の耳に届いていた。

「なんでもない。それと、私も付き合ってあげる。審判いないと勝負が終わらないでしょ?」

「本当? 神楽ならそう言ってくれると思ってたよ。ありがとう」

 面から見える武蔵の笑みに、神楽は頬を赤らめながら床に置いていた旗を取りに行く。

 そしてまた聞こえてくる竹刀のぶつかり合う音、まだまだ稽古は終わらなさそうだ。


 

「母上ー!やったよー!」

 元気の良い声と、ドタドタと走り寄ってくる音が茶の間に聞こえてきた。

 その茶の間では朝食を作り終えた赤城の母が座っていた、四つのお茶碗に炊き立てのご飯を乗せ、それを卓袱台の上に並べている。

 赤城は茶の間に行くとすぐさま母の胸に飛び込み、抱きついてしまう。

「あら、そんなに慌ててどうしたの? なにか良い事でもあったのかな」

 母は抱きついている赤城の頭を優しく撫でると、胸に顔を埋めていた赤城がそっと顔を上げる。

「私勝ったんだよ! 武蔵に勝ったんだよ!!」

「すごいじゃない! 武蔵君に勝ったんだ、赤城は強くなったね~」

「えへへ~」

 すると茶の間にもう二人入ってくる、武蔵と神楽だ。

 二人は赤城の母に挨拶をすると、母はゆっくりと頭を下げ挨拶を返してくれた。

 そして二人は軽く頭を下げるとご飯の並べられている卓袱台の前に座る。

「三人ともお腹空いてるでしょ、どんどん食べてね」

 武蔵がふと時計を見ると既に午後一時を回っていた、いつもは十二時にご飯を食べる決まりなのに一時間も遅れていたのだ。

 しかし母は赤城を叱ろうとはせず、まるで赤城がこの時間に戻ってくる事をわかっていたかのように振舞っている。

 『いただきます』。三人は両手を合わせてそう言った後、一斉に食事をし始める。

 その部屋では開けている障子からは心地よい風が吹き込み、町の景色が見渡せる。

 雑音も無く静かな場所、そこにはまさに『平和な世界』が存在していた。


 だが、平和というものは長くは続かないもの。

 突然玄関から扉を叩く音が聞こえてくる、その音に赤城達は驚いた様子を見せた。

「誰かしら、お母さん行ってくるから。皆良い子にしててね」

 母はそう言うと正座していた足をそっと立て、玄関へと向う。

 赤城は気にせず美味しそうにご飯を食べていくが、武蔵は少し不安な表情で玄関の方を向いていた。



 数分すると母は茶の間に戻ってきたが、何処と無く元気の無い母の顔に赤城は不安な気持ちになる。

「母上、誰が来たの?」

 純粋な声、赤城はただ誰が来たのかが気になって聞いてみた。

「近所の人よ、それより赤城、好き嫌いしてはいけません、ちゃんと食べないとだめよ」

 見ると赤城のお皿には漬物だけが多々残っており、武蔵も神楽も料理を食べ終え両手を合わせていた。

「母上ぇ、私も早くお外に行きたい……」

「だめよ、全部食べ終わるまで遊ぶのは禁止します」

「そんなぁ……」

 母は二人の食べ終えた食器を重ねていくと台所に持っていき洗い始める。

 お皿に盛られている漬物は二口程度しかなく、食べようと思えば食べれそうな量だった。

 だがその少量でさえも赤城は食べようとしない、延々と漬物と睨めっこをしている。

 見れば見るほど美味しく無さそうに見えてくる、というか美味しくない、大嫌いだ。

 そんな赤城を見かねた神楽は腕を組みながら呆れ顔で喋り始める。

「そのぐらいすぐ食べれるでしょ? これだから赤ちゃんは……」

 神楽が早く食べろと言わんばかりに急かすが、赤城は箸を持ったまま漬物を見つめている。

「赤ちゃんじゃないもん、赤城だもん……」

 そう言うと赤城はまた目に涙を浮かべ今にも泣き出しそうになる。

「そ、そんな顔したって駄目なんだから、好き嫌いする赤ちゃんが悪いのよ」

 神楽は顔を赤城から背けると外の景色に目を向ける。

 すると、かすかに後ろから物音が聞こえてくる、お箸が食器に触れる音だ。

 そっと後ろを振り向いてみると。その光景に神楽は目を丸くした。

 武蔵が赤城の箸で漬物を摘み上げ、赤城の口元に近づけていた。

「ほら、美味しいから食べてみて」

「で、でも……」

「とっても美味しいよ? それに好き嫌いは早いうちに直さないと、ね」

 とても赤城と同じ小学生とは思えないような態度で武蔵はそう言ってみせる。

 赤城はその武蔵の顔を見ると、決心したのかそっとその箸に顔を近づけていく。

「あ、それは……!」

 神楽がとっさに前出て手を伸ばしそれを止めようとしたが遅かった。

 ぱくっと箸で挟まれてあった漬物を食べた赤城は必死に漬物を噛んで飲み込もうとしている。

「うん、これで嫌いな物が一つ減ったね。ちゃんと食べてくれたから、最後の一口は俺が食べてあげる」

 そう言うと武蔵はお皿に残っている漬物を箸で摘まむと自分の口元に近づていく。

 そして口を開けて食べようとした時、何故か武蔵の箸が止まった。

「……神楽?」

 止まったのではなく止められた、箸に摘まんであった漬物は一瞬で神楽に食べられたのだ。

「はい、これで終わり。早く外にでも行きましょ」

 神楽は口の中にまだ入っている漬物を噛みながらさっさと外へと行ってしまう。

 食事も食べ終え赤城は自分の食器を重ね台所に持っていく。

「あら、ちゃんと嫌いなもの食べたのね。えらいえらい」

 赤城は小さく頷き笑みを見せると、武蔵と一緒に玄関まで走っていった。

「赤城さん、今日は何処に行くの?」

 靴を履きながら武蔵は聞いてみた、すると赤城は笑顔で手を上げて指を空に向ける。

「ああ、今日は天気が良いからね。うんわかった」

 二人が玄関から出ると、出口のすぐ側の壁には暇そうに俯いてる神楽がいた。

「神楽、今日はあの場所に行くみたいだよ」

 武蔵の声に神楽が我に返る、ぼーっとしていたのだろうか二人が玄関から出ている事に気づいていなかった様子だ。

「今日は天気が良いから行くんだ、うん、行こっか」



 三人は森へ入り、森の奥にある場所を目指して進んでいく。。

 傍から見れば無我夢中に森の中を進んでいくようにも見えるが、三人はいつもと同じ道を走っていた。

 生い茂った木々は三人から見れば標札代わりだろう、自分の居場所が何処なのか、どれくらい進んだ所なのかはすぐにわかる。

 そしてすぐに目的の場所についた。森を抜けた所、眩い太陽の光が降り、辺りの花畑と草原を照らす。

 心地良いそよ風が吹き、その風に優雅に揺られる木々花々、ここは三人にとって秘密の場所であり秘密の遊び場。

 ここに来ると大体三人の行動は分かれる。

 武蔵は草原の上に横になると大きな青空を静かに眺め始める。

 神楽は草花、そして昆虫観察に熱中している。

 赤城は木々の枝に止まっている鳥達、空を飛んでいる鳥達、花々に舞う蝶を見つけると近づいていきその姿を楽しそうに見ていた。

 両手を鳥のように広げて腕を上下に動かして花畑を走っていく赤城、その先には小鳥達が羽ばたいている。

「赤ちゃん花畑荒らさないでよ? というか私の周りを走って邪魔しないでほしいんだけど」

「赤ちゃんじゃないもん、赤城だもーん」

 嫌いな物を前にしては曇り顔だった赤城も今は笑顔で走り回りとても上機嫌。

 だが逆に神楽の方はさっきから腹が立っている様子、明らかに顔が怒っている。

 そんな中、ふと横になっていた武蔵が口を開く。

「ねえ、二人は将来の夢ってある?」

 その問いかけに真っ先に答えたのは赤城だった。

「飛びたい!」

 そう言ってまた笑顔で腕を上下に振り、武蔵の周りをグルグル回る。

「と、飛びたい? 赤城さんは将来飛行機のパイロットになりたいの?」

 赤城は首を横に振り、今まさに上空を羽ばたいている鳥を呼び指した。

「鳥みたいに大きな翼があって、自由に飛びたい!」

 笑顔で武蔵に詰め寄る赤城、その純粋で明るい笑顔に武蔵は呆然としていた。

 だがそこに割り込むように神楽が入り、赤城の前に立ちふさがる。

「やっぱ赤ちゃんね。それが将来の夢? あー馬鹿馬鹿しい。そんなの無理に決まってるじゃない」

「うっ……じゃあ神楽の夢は何なの!?」

「私の夢は将来学者になる事。新しい発明や発見とか色々興味あるからね」

 同じ小学生だと言うのにここまで夢は食い違うものなのだろうかと思ってしまう程神楽の夢は現実味のあるものだった。

「ねぇ伊達君の将来の夢は何なの?」

 神楽が後ろに振り返る、今度は神楽が武蔵に詰め寄ってきた。

「俺の将来の夢?言ったら笑われそうだけど、俺の将来の夢は───世界を平和にする事かな」

 その答えに赤城と神楽の顔の表情が固り慌てだす武蔵。

「や、やっぱり。将来の夢が世界平和って変かな?」

 照れ笑いしている武蔵、きっと二人とも呆れているんだろうと思っていた。

 だが二人は呆れてなど無かった。神楽は目を輝かせ武蔵に詰め寄ると、興奮した様子で口を開く。

「伊達君の夢が世界を平和にするなんてすごい! 是非私にも手伝わせて!!」

「えっ?」

すると、今度は赤城と神楽両方が目を輝かしながら武蔵に詰め寄ってくる。

「私も武蔵と一緒にこの世界を平和にしたい!」



『世界を平和にしなさい』子供達は小さい頃からそう教えられていた。

 この世界が平和にならない限り『神』は地に舞い降り制裁を下す。

 NFはそう教えられてきていた、神は正しい、世界を平和にするのはNFだと。

『将来の夢はNFの兵士になり世界を平和にしたい』と自ら軍に志願する子供は多い。

 小さい頃から親や教師にそう教えられ、中学を出るとすぐに軍の養成所に行く事が出来る。

 ……いや、半ば強制で養成所に行かされるのだ。

 この十数年で世界の人口は激減、子供達は中学を出ると働く場所を学校に決められる。

 逆らう事は出来ない、クラスの半分は軍に行く事になる。

 何も軍は戦うだけの軍ではない、荒れた大地に木を植え自然保護をしたり 新しい町作りをするのも軍の仕事となっている。

 既にこの時代にはDシリーズが完成されてある為、戦闘用の他に様々な種類の機体が作られており。それを操縦できるのは軍人のみと決められているのだ。

 Dシリーズを使う事で都市は拡大、更に別地域に物資を運び町を作っていく事も可能になっていた。



 夢について語り合う三人は時間を忘れていた。

 気づけば既に日は暮れ、鳥や蝶の姿も見えなくなっていた。

 今日はこれで解散、武蔵と神楽も自分の家に帰ることになり、二人と分かれた赤城は家に戻ると一人居間で寝転がりながら本を読んでいた。

 足をパタパタと動かしながら本を読んでいる赤城、機嫌が良いのだろうか鼻歌までしている。

 その赤城の姿は、当たり前の事だが普通の小学生と何も変わらない少女の姿だった。

「こらこら、本を読む時は行儀良くしなさい」

 障子を開けて居間に入ってくる母、赤城は急いで寝ていた体を起こし正座をして本を読み始める。

「何の本を読んでるの?」

 湯呑みに入っているお茶を啜りながら赤城の読んでいる本に興味を示している。

 すると赤城は立ち上がり座っている母の横に移動すると、読んでいた本の表紙を見せた。

 『剣の心得』そう書かれている本は赤城の好きな本ベスト3に入るものであった。

 内容はとても小学生が読むようなものではなく、難しい漢字や文章が沢山並んでいる。

 それでも赤城はまるでマンガや絵本を読んでいるかのように楽しく読んでいた。

「明日も武蔵に勝てるように頑張って読んでるの!」

 そう言って母の横でまた熱心に読み始める赤城、その姿を見た母も自然と顔が笑顔になっていた。

 その時、玄関の扉が閉まる音が居間に聞こえてきた。

 すると赤城はさっきまで熱心に読んでいた本を閉じると机に置き、急いで玄関へと向かった

 赤城には誰が帰ってきたのかが分かっていた。母もまた湯呑みをゆっくりと置くと玄関へと向かう。

 しかし、その顔は赤城とは逆で不安な様子を浮かべていた。

「父上! おかえりなさい!」

 仕事から返ってきた父の胸に飛び込む赤城、その軽く小さな体をしっかりと父は受け止めた。

「ただいま、今日も良い子にしてたかい?」

「うん!」

 笑みを浮かべながら赤城は父に抱きついていると、居間からは母も現れ声をかけた。

「貴方、お帰りなさい」

 笑顔で赤城を抱きかかえる父だったが、妻の不安な表情が見えた途端に表情が険しくなっていく。

 その表情を赤城に見せないかのように父は赤城の頭を優しく撫でると、居間へと向かうのだった。



 家族三人が居間に集まる事なんて滅多に無い、父が家に帰って来るのは早い時は一週間だが遅い時は一ヶ月以上帰って来ない。

「ねえ父上! 今日ね、武蔵と剣道で戦って勝ったんだよ!」

「ほー、あの武蔵君に勝ったのか! すごいな赤城は~!」

 居間で胡坐をかいている父の横に赤城はしっかり正座して座っている。

「しかしだな、剣道は勝ち負けに拘り、勝敗に囚われては駄目だぞ。それは分かっているな?」

「うんうん!」

 本当に分かっているのだろうか少々不安だが、今の赤城は日頃負け続けていた武蔵に勝てた事で嬉しいのだ。

 毎日稽古して、毎日本を読んで、ようやく掴み取った勝利は赤城にとって幸せであった。

 幸せは重なる、日頃会えない父が家に帰ってきてくれた。

 しかも自分が武蔵に勝利した事も話す事ができた。

 今日、この日は赤城にとって絶対に忘れられない一日となった。



「赤城、ちょっといいかな」

 さっきまで明るく話していた父の声がどこか寂しげに聞こえた。

 それでも赤城は明るい顔をして父の顔を見つめている。

「お父さん、これから遠い所に行ってお仕事をしないといけないんだ」

 明るかった赤城の顔も次第に笑みが消えていく、父の服の袖を掴み弱く引っ張る。

「いつ帰って来るの?」

「赤城が大きくなった頃に帰って来るよ、それまで良い子にしてるんだぞ?」

「大きくなった頃っていつ……?」

「……赤城が立派に成長した頃さ。赤城が良い子にしていればそれだけ早く帰ってくる。分かったかい?」

「う、うん……分かった……」

「赤城は良い子だな。それと、赤城は部屋に戻っていなさい、今からお母さんと大事な話しをしたいんだ」

 その父の落ち着いた静かな喋り方に赤城はゆっくりと頷くと、赤城は居間から出て行ってしまう。

 だが、赤城はそのまま部屋には戻らず襖を僅かに開けて中の両親の様子を窺い始めた。



「貴方、今日昼に軍の人が来てましたよ、一体何があったの?」

 父も母も赤城がいなくなった途端に急に弱々しくなり、元気が無くなる。

「俺は軍の秘密を知ってしまった、それを口外させない為に捕まえに来たんだろう」

「軍の秘密って、一体何を知ったんですか? 軍は貴方を捕らえるつもりですよ……」

「それで君と赤城が平和に暮らせるなら。俺は軍に投降しようと思う」

 その時だった、母は急に立ち上がると父の背中に涙を零しながら縋り寄る。

「私は嫌! 貴方がいない生活なんて絶対に嫌よ……本当ならこうして毎日貴方の側にいたい。赤城だってそう、ずっと貴方の側にいたいと思ってるのよ? それなのに、どうして……!」

 泣き縋る母を父はそっと抱きしめ、髪を優しく撫でている。長い期間二人と会えなくなるのは父だって辛かった。

 

 その時、突然玄関の扉を勢い良く叩く音が聞こえてきた。

 襖からこっそり覗いていた赤城は驚き、すぐさま隠れようとするが、その音に気づいた父が襖を開け見つかってしまう。

 だが父は赤城に何も言う事無く玄関へと向かった、赤城はその父の後をそっとついていく。

 父が玄関の扉を開けると、NFの軍服に身を纏った男達が立っていた。

「私を捕まえに来たんですよね、わかっています。抵抗はしません、貴方達の所へ行きます」

 そう言って玄関から出ようとしたが、二人の兵士が立ち塞がり家から出られない。

「どうしたんですか、私を軍に連れて行くのでは?」

 一人の軍人が父の前に出ると、手に持っている銃の銃口を胸元に押し付けた。

「上からの命令が変わった、お前を捕まえるのではなく『殺せ』と。安心しろ、家族諸共あの世に行かせてやる」

「そんなっ!? か、家族は関係無い! 殺すなら私を殺せ!」

「お前があの情報を家族に話した可能性がある、可能性があるのならそれを無くさなければならない」

「私は家族にその話はしていない! だからどうか、お願いだ……家族にだけは手を出さないでくれ……」

 余りにも弱く、惨めな父を見たのはこれが初めてだった。

 赤城はそんな父の背中をただ見つめる事しか出来ない。

「我々は忙しい、それは貴方も知っているはずだ。事を早く済まさせてもらうよ」

 躊躇い無く引き金を引く指、けたたましい発砲音は屋敷内に響き渡り何発もの銃弾が父の胸を撃ち抜いた。

 夥しい血が辺りに飛び散り、幼い赤城の顔にもその血が付着した。

 父の体は力無く倒れる、口からも血を流し目は剥き出したまま死んでいた。

 何が起こったのが赤城には理解できない。さっきまで一緒に笑い喋っていたはずの父の無残な姿。

 赤城の足元には既に大量の血が流れ広がっていた、その血が赤城の足に触れた時、履いている白い靴下が赤く染まっていく。

「さてと、次は君の番だねお嬢ちゃん。大丈夫、すぐにお父さんの所に連れて行ってあげるから」

 赤城は逃げる事も、亡き父に縋る事も出来なかった、今日で震え両足は全く歩こうとせず、ただその場で立ちすくむだけだった。

 父を殺した軍人はその銃を躊躇い無く赤城に向け、照準を定めている。

「さっきは心臓だから……今度は頭かな」

 そう言って銃口を赤城の頭部に向けた直後、今度は発砲音では無く玄関の壁が崩れる音が聞こえてきた。

 兵士には何が起こったのかまるで分からなかったが、赤城にはその光景が全て見えていた。

 壁と共に吹き飛ぶ軍人の腕、そしてその崩れた壁からは刀を持った母が現れた。

 腕を斬り落とされた軍人は悲鳴を挙げその場に崩れ落ち、腕から噴出す血飛沫を見ながら混乱している。

 その隙に母は放心状態の赤城を抱きかかえ一目散に居間に飛び込む。

 そして抱きかかえた赤城を台所に連れて行くとその場に下ろし、顔を近づける。

「赤城、今直ぐ裏口から家を出て森へ逃げなさい! そして武蔵君の家に行って匿ってもらうのよ、いいわね」

 赤城の肩を掴み裏口の扉の前に立たせ、そっと背中を押す。

 だが赤城は裏口から出て行こうとはせず、すぐさま振り返り母の元に駆け寄る。

「はっ…母上は……?」

「お母さんが時間を稼ぐからその内に行きなさい! 早く!」

「い、嫌っ! 母上も一緒に行こう!」

 母の服を引っ張り一緒に裏口に行こうとするが微動だにしない。

 どんなに一生懸命引っ張っても、涙が零れ落ちるほど引っ張っても、母は一歩も動こうとしなかった。

「赤城、良い子だからお母さんの言う事を聞いて。お願いだから……」

 二人の会話は長くは続かなかった、すぐさま別の兵士が居間に入り台所にいる二人を発見した。

 兵士達が二人に標準を定め引き金を引こうとした時、母は自分に縋りよる赤城を勢い良く裏口へと押し飛ばした。

 押し飛ばされた赤城は腕を伸ばし、母の手に触れようとした。

 だが……互いの指先が触れる事は無かった、銃声と共に何十発もの銃弾が母の腕や足、体を貫通していく。

 それでも母は、最後まで赤城に微笑みかけていた。

 血塗れで台所に倒れる母、裏口を出た赤城の脳裏に母の言葉に聞こえてくる。

『森へ逃げなさい』……その言葉が赤城を走らせた。

 だが裏口から銃を持った一人の兵士が姿を見せる、赤城は全速力で森へと走っていく。

 兵士は銃を構えると、森へと逃げる赤城に照準を定めた。

 この距離なら十分に当たる距離のはず、しかし兵士は狙いを定めるのを止め、銃の構えを解いた。

 そして赤城を見送るかのように、森へと逃げ込む幼い背中を見つめ続けていた。


 靴なんて履いていない、ご飯だって食べていない、止まらない涙を必死に手で擦りながら森深くへと走っていく。

 ただひたすら走り続ける、生きる為に。走っていると自分が今さっき見た事が全て夢のように思えてくる。

 意識が朦朧としてきた、段々と視界が狭くなり、意識が遠のいていく。

 それも良いかもしれない、もしかして、もしかすれば。

 起きた時に悪い夢から覚めて、またいつもの様に平和な生活が送れるかもしれない……と。



───「赤城……!赤城っ!しっかりするんだ!」

 聞こえてくる声は聞きなれた男性の声、赤城はすぐにその声が誰なのか分かった。

「むさ、し?」

 ゆっくりと目蓋を開けると、そこには武蔵の姿があった。

 青い軍服を身に纏い、あの幼い面影はすっかり消えている。

「良かった、気がついて……酷く魘されていたんだよ。大丈夫?」

 赤城は黙ったまま武蔵の顔を見つめている、ここは医務室だろう、白いベットに白いシーツ、白い天井に白い壁壁が広がっているのだから。

 そこで漸く赤城は今、軍の医務室で寝ていた事と、幼い頃の夢を見ていた事に気付く。

「幼い頃の夢を、見ていた……」

「赤城?」

 そう呟いた赤城の目からは、一筋の涙が流れていた。

 赤城はそっと顔を武蔵から背け、泣き顔を見せないようにしている。

 その時、武蔵が寝ている赤城の肩を掴みそっと体をベットから離す。

 そして武蔵は自分の胸元へ赤城を寝かせるように優しく抱きしめる。

「赤城、一人で泣こうとしないで」

 武蔵の言った一言で、赤城は大粒の涙を流し始めた、止めたくても、もう自分では止める事が出来なかった。

 静かに泣く赤城、武蔵の腕の中で零す切なくて暖かい涙は武蔵の胸の中へと消えていった。

神楽かぐら

白衣に眼鏡、赤紫色の長髪が印象的な女性。

プライドが高く気品が感じられ、武蔵や赤城の幼馴染。

実は武蔵より年下だが、喋り方や外見から判断すると年上に間違われる事も。

優秀な科学者であり、今までに数々の発明をしてきている。


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