第32話 気、狂
防護壁により閉じ込められていた甲斐斗とレン、壁は一向に開く気配が無くルフィスは立ち尽くしていると、甲斐斗は徐に剣を呼び出し目の前の邪魔な防護壁をぶった斬ってみせる。
「アステル少尉!?」
「俺はアステルじゃねえって何度も言ってるだろ!」
そう言ってそして振り向きざまにレンが閉じ込められている扉を破壊した。
「こんな所で閉じ込められるなんて真っ平ご免だ、行くならさっさといくぞ。それと俺には甲斐斗という立派な名前があるからアステルって呼ぶなよ」
甲斐斗は階段の前に降りている扉も簡単に破壊してみせると、甲斐斗自身銃を遣うよりこの剣があった方が敵無しだと再認識する。
「す、すごい。所でその刃物は何処から出したんですか?」
「今はそんな事どうでもいから行くぞ!」
こんな所で立ち止まる訳にはいかない、何かが甲斐斗を急かし焦られているかのような胸騒ぎを感じ最上階に急ごうとしていた。
レンは斬り落とされた扉の破片の上を飛び越えて階段へ向かうと、甲斐斗もその後についていく事にした。
この基地内は案外複雑な形をしている、それはまず階段だった。この基地の階段は階ごとにバラバラに分けられており、一気に最上階まで上る事が出来ない。
エレベーターを使おうとしても止まったまま動き出そうともしない、なんとも面倒くさい構造の基地になっている。
甲斐斗とレンが二階に駆け上がったその時、遠くの方でけたたましい銃声が聞こえてくる。
「誰かが戦ってる! 甲斐斗さん一緒に来てください!」
銃声の鳴る方へ勝手に走っていくレン、彼女を一人だけにする訳にいかないので甲斐斗もその後をついて行く。
それにしても、どうして軍なのに彼女のような少女が軍に入っているのだろうか、ふと甲斐斗は不思議に思った。
(考えてみれば俺の出会ってきた兵士は大抵が子供だったな、もちろん大人もいるが明らかに少ない。……まさかとは思うが、この世界はもう『そこ』まで追い詰められているというのか……?)
「ええっと、次はどっちに曲がれば……」
どうやら銃声が聞こえなくなり、レンはどっちに行っていいの分からないそうだ。
「右の通路から火薬の匂いがするから右だな」
甲斐斗はレンより先に右の通路を曲がり、先に進む。
「そ、そんな事がわかるんですか? 私には何も匂わなかったのに」
(だろうな。勘だからお前がわかるはずないんだよ。って、この通路は走った記憶があるぞ。たしか医務室に向かう通路だったかな。となると、次を曲がってずっと奥に進んでいけば医務室の前の通路に出れるって訳か。ん、医務室? もしかして……いや、まさかな)
不安を抱えながらも甲斐斗は通路を曲がった。
後はここを進んでいけばすぐに医務室にいけるはずだった。
「レン! 来るなッ!!」
甲斐斗が罵声を飛ばし、レンを止めようとしたが間に合わなかった。
「甲斐斗さんどうしたんですか! 何かあったんです、か……」
その光景に甲斐斗すらも目を背けたいと思った。だがそれを目と脳裏に焼きつくまで甲斐斗は見つめてしまう。
それはレンも同じだった、曲がり角を曲がった瞬間一面に広がる血の海、一歩も動けずにその場の光景をただ見つめていた。
レンはふと足元に何かがあるのを感じ、ゆっくりと視線を下げていく。
赤くて、大きくて、ボールのような丸い物がすぐそこに落ちてあった。
自分の目の前にあったのは、人の生首。
無残にも引きちぎられたルフィスの生首が、虚ろな瞳でレンを見つめていた。
「───っ!!?」
両手で手を塞ぎ、余りにも衝撃的な光景に声すら発する事が出来ない。
「うっ、ううぅ!」
急激な吐き気に襲われて両手を口元に押さえたまま後ろに下がるレン。
甲斐斗の耳に角の隅の方で嗚咽と、嘔吐して出てきた物がビチャビチャと床に落ちていく音が聞こえる。
「ウヴォェッ…、うっぐ、ぶぉぇ……」
食べた物が次々に口から溢れ出し、強い酸性の臭いが辺りに漂う。
それでも甲斐斗はその光景を見続けていた、目の前に広がる光景を否定しながら。
「嘘だ……ルフィスが、そんな、どうして……」
甲斐斗は愕然とした表情を浮かべてルフィスを見つめ続ける。
落ちている生首の耳辺りには何かが貫通したかのような穴が開いてあり、赤色と薄いピンク色のした脳が飛び出ていた。
すると甲斐斗の後ろにいたルフィスは涙を流し始めると、両手で頭を抱えその場に膝を付いてしまう。
「嫌ぁああ……ルフィ、スさん。そん、な、ううっ、ああッ……嫌ぁあああああああッ!!!」
その泣き叫ぶ声で漸く甲斐斗は我に返る。
汚物の臭い、自分の後ろで奇声にも近い泣き声。
すぐさま後ろ振り返ると、レンが一人壁にもたれ掛かりながら涙を流し、幼い子供のように座り込んでわんわん泣いていた。
「お兄ちゃん助けてよお! ううっ、助けてよぉ……怖いよ! お兄ちゃん! お兄ぢゃん!!」
「落ち着けレン! 落ち着くんだっ!」
強い口調でそんな事を言って彼女を落ち着かせる事など出来ない事ぐらい甲斐斗は知っていた。
でもこれぐらいしか甲斐斗は言えなかった、あんな物を見ていて落ち着いていられる人間の方が異常なのだから。
「レン、俺の目を見るんだ。頼む、俺の目を見てくれ」
手に持っていた剣を床に突き刺し、レンの前に座り込む。
甲斐斗は自分の洋服でレンの口元についている汚物をふき取ると、レンは震えながらも必死に甲斐斗と目を合わそうとしている。
「そう……大丈夫、何も怖くない。何も心配無い、な? 大丈夫、大丈夫」
優しい微笑みかける甲斐斗、レンの頭を優しく撫でていく。
「おにい、ちゃ……」
レンが一言そう呟くと、目蓋を閉じて甲斐斗に倒れ掛かってきた。
倒れてきた体を抱える甲斐斗、体は軽く簡単に抱き抱える事が出来た。
アレだけ泣き叫んでいた少女が、今では甲斐斗の腕の中ですやすやと寝息を立てている。
「気を失ったか、まぁその方が好都合だが……」
その時だった、甲斐斗の後ろから聞こえてくる、血の海を歩く足音が聞こえてきたのは。
甲斐斗は何も言わず立ち上がりながらその場で振り返った。
体の周り全てを血で塗りたくり、顔まで真っ赤に血塗られている男が一人銃を持って立っていた。
「アステル……」
その銃を握り締めた男がカイト・アステルだという事に気付いた瞬間、甲斐斗はアステルを殴り飛ばしていた。
倒れたまま起き上がらないアステルに甲斐斗はすぐさま近づき胸倉を掴み上げた。
「答えろ! 何故ルフィスを助けなかった!?」
甲斐とが罵声を飛ばそうが、アステルは何も答えず、虚ろな表情で甲斐斗見つめていた。
「答えろって言ってんだろがッ!」
アステルの気に入らない表情。全身はまるで抜け殻のように軽く、無気力なアステルを見ていると虫唾が走る。
甲斐斗は怒りに震える拳を振り上げ、もう一度アステルの顔面目掛け拳を振り下ろした。
「君は、人間が千切られる音を聞いたことある?」
小さい声、だがハッキリと聞こえた。甲斐斗の振り下ろした拳はアステルの顔面で止まった。
「僕はあるよぉ? すごいんだよ、ブチブチってぇ、それで内臓が次々にボトボトって落ちていくんだぁ。そしたら扉の隙間から沢山の血が僕の足元に流れてね、ルフィスの体がバラバラになってたんだ。ルフィスの血ってとっても綺麗なんだよ……」
薄気味悪い笑みを見せながら、アステルは一人語りだした。
(こいつ、一人で何を喋っているんだ? 目が正気じゃねえ)
「どいてよ、邪魔」
アステルは突然立ち上がると甲斐斗を押しのける。そして足元に落ちているルフィスの生首をそっと持ち上げた。
「それにほらぁ、こんなに綺麗ぃ」
生々しい血がまだ首から垂れている生首を両手で前に突き出す。
それを眺めていたアステルの顔は更にニヤけていく。
「気が狂ったか……もしかしてお前、セレナも助けられなかったんじゃないだろうな?」
「違うよ? 全然ちがぁうよ? 僕は正気で気が狂ってるんだよ ?狂ってないよ? 姉さんは化け物じゃないからまだ生きてるよぉ、違うよォおおッ!」
もはや何を言っているのか意味が分からない。
だが理解出来る事はあった、アステルがこのような状態だとすれば、既にセレナの身にも何かが起きているという事に。
(だとすると、カイト・アステル。お前は今日二つの大切な者を失ったか。……最悪だが、俺もこんな場面に出くわした事がある。その時俺はコイツと同じ姿をしていただろう)
だが甲斐斗はアステルに同情などしない、むしろ怒りが込み上げて来る。
アステルの姿を見ていると、まるで昔の自分を見ているかのようだったからだ。
「ねぇ、返せよ」
そう言ってアステル今度はいきなり下を向きながら、震える両手の拳をぐっと握り締めている。
「僕の平和な日々を返せよ……お前が来てから僕の人生はめちゃくちゃだッ! お前が来たから姉さんもルフィスも死んだ!!」
突然何を言い出すかと思えば、今度は甲斐斗に罪を擦り付けようとしている。
汚く愚かな姿、たしかに甲斐斗が来てこの世界は何らかの変化をしたかもしれない。
だがこの世界は元はといえば甲斐斗が住んでいた世界、そして何よりも二人を守れなかったのはアステル自身の責任だった。
「昔はもっと楽しくて、皆笑ってたんだ! それなのに、それなのにぃいいいいいいいい!!」
発狂と共にアステルは甲斐斗目掛け走ってくる、その顔はもう人間の顔には見えなかった。
「悪いがてめえに同情している暇なんて無いっ!」
その時だった、甲斐斗はは床に広がっている大量の血で足を滑らせてしまった。
体勢を崩した甲斐斗は座り込んでしまう、その隙に奴は甲斐斗の上に乗り、両手で首を握り締めてきた。
首を掴む両手を解こうとしたがまるで動かない、両腕を掴みいくら放そうとしてもアステルの腕は微動だにしなかった。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 死ね! 死ねぇえええええッ!」
(俺は……こんな奴になりたくない)
大切な人を守れず、助けられず。ただ死を見つめるだけなんて嫌だ。
例え強大な力がなくても、魔法が使えなくても、愛した者たちがもういなくても。
守りたい人がいる、助けたい人がいる。もう大切な人を死なせていくのは嫌だった。
(でもそれは無理な事かもしれない、今の俺では……)
復讐の為に生きる。アステルは甲斐斗と同じかもしれない。今のアステルには甲斐斗を殺す事しか頭に無い。
全てを奪った甲斐斗を殺し、姉とルフィスへとの罪滅ぼしをするつもりなのだろうか。
それは逆に甲斐斗にも言える事だ、皆を殺していった『神』や『ERROR』を殺して何になるというのか。
(殺す為に生きるのと、守る為に生きる……俺には、どっちがお似合いだろうか……)
「決めた」
甲斐斗の右手がアステルの顔面を掴む。
「ぎぃいいぅうあああ!?」
その力の強さに今度はアステルが甲斐斗の腕を掴みかかった。
アステルの両手が甲斐斗の首から離れた時、甲斐斗はアステルの顔面を掴んだまま一気に立ち上がる。
そしてそのままアステルの後頭部を壁に叩きつけた。
「あ…がっ……」
この一撃が効いたのか、アステルの体から力が無くなっていく。
甲斐斗は顔面を掴んでいる手を放し、アステルを血の海に投げ捨てた。
「両方だ。そんな俺は欲張りか? 人は皆欲望に満ちているだろ。そしてこれは俺の考え方、生き方だ、俺の好きにさせてくれ」
倒れたまま動かなくなったアステルを余所に甲斐斗はレンの側に行き、そっと抱き上げる。
そしてアステルに背を向け、最上階に行く為に歩き出した。
「そしてお前の生き方も自由だ、殺す為に生きるか、守る為に生きるか。もっとも、お前にはもう守る奴なんていないかもしれねえけどな」
その頃、東部軍事基地の前では突入部隊が編成され、今まさに突入を開始しようとしていた。
『A、B、CのエリアにERRORの反応無し、残るは基地内に入るHuman態だけです』
「了解、聞いたか皆。俺達が西通路を確保する。各部隊を5部隊ずつに分けては東、北、南に分かれて突入を開始せよ」
格納庫にはA、B、CエリアのERRORを掃討し終えた兵士達が集まっていた。
そしてその兵士達の前で一人指揮をとる人物、それは騎佐久の姿だった。
全ての部隊の兵士達が東北南に別れ、突入を開始している中、西通路には二人の男の姿しかなかった。
「武蔵、あまり熱くなるなよ。赤城はきっと無事だからな」
そう言って騎佐久は武蔵に視線を向けると、武蔵は思い詰めた表情で返事をした。
「分かってる」
その言葉を聞いた騎佐久は手に持っているガトリング銃をもう一度持ち直し、武蔵は腰に付いてある一本の刀に手を翳し、そっと鞘から刀を抜いた。
「自慢の愛刀を使うのか。武蔵、本当に熱くなるなよ」
「大丈夫、俺はいたって冷静だよ。それにしても久しぶりだね、こうやって二人で行動するのは」
「あ、ああ。そうだな……」
その言葉に騎佐久は武蔵から視線を逸らした。
あの出来事を騎佐久は思い出してしまったからだった、だが武蔵の方は別に気にしてはいない様子だ。
「よし、そろそろ行こうか騎佐久」
「ふっ……俺が上官だろ。俺に付いて来いよ」
基地内で激しい銃声が鳴り響く、その音を聞いた甲斐斗は本格的なERRORとの交戦が基地内で始まった事に気付いた。
だがその音は小さく遠くの方で聞こえる、それは甲斐斗が既に五階にある司令室にまで来ていたからだった。
レンを抱えたまま階段を登ってきたので少し息苦しいものの、甲斐斗は司令室の扉の前に立つと扉は自動的に開き、すぐに指令室内に入った。
「誰も……いない?」
それが司令室に入って最初の言葉、周りを見渡しても人の姿は無い、ERRORすらいない、異様な静けさが室内に広がっている。
(せっかく苦労して来たというのに余りにも酷すぎる、俺がここに来た理由は何だったんだ? ……そうだ、情報収集だ。室内には誰もいないよな)
ここでまた甲斐斗の悪知恵が働いた。誰もいないのなら好都合、勝手に情報を見るだけだ。
司令室にある機器は全て電源がついているから更に好都合、何で人がいないのかとか、そんなの気にしない……はずがない。
甲斐斗が機器に触れようとした瞬間に事は起きた。
『─ERROR─』
『─ERROR─』
『─ERROR─』
司令室に置いてある全てのモニターに、画面を埋め尽くされる程の『─ERROR─』が表示される。
静かだった司令室にはけたたましい警報音が鳴り響き、赤い灯りが室内を照らしていった。
「おいおい、今度は一体何が起きてんだよ……」
甲斐斗が困惑しながら辺りを見渡していると、司令室にある全ての機器の電源が切れてしまう。
(何だこりゃ、司令室に来ても誰もいなし何も出来なかった、何もならなかった。だが俺はここに来る事で知る事もあった、ルフィス達の死だ)
アステルは守りたい人を守れなかった。
(俺は違う、俺は絶対にあいつの様にならない、なりたくない。もう帰ろう、ミシェルの下に、もう人が死ぬのを見るのはご免だ)
いつのまにか甲斐斗の心は萎えていた、疲れたんだろう心身ともに。今はもう、ゆっくり休みたいと思えてくる。
そう思った途端、全身の力が抜けたかのように甲斐斗は倒れていしまう。
目蓋が重く、強烈な睡魔が突然甲斐斗を襲ってきた。
(あれ、なにしてんだよ俺……こんな所で寝てる暇なんて、無いのに──)
それでも睡魔には抗う事が出来ず、甲斐斗はその場で眠りについてしまう。
甲斐斗が眠りについて数十分後、突入部隊により基地内のERRORは完全に排除されていた。
「被害状況はどうだい?」
基地の管理室では武蔵が装置を扱っている兵士に声をかけると、現状を確認しはじめる。
「各部に破損、システムエラー、それと基地内にあった全てのデータが何者かに消されています」
「データが全て消されている? バックアップデータはどう、使えるかい?」
「それが、ウイルスに感染しているらしく修復には時間がかかると思われます」
「そうか……わかった、急いで修復に取り掛かってくれ。もちろん基地の修復もね」
基地内のERRORも全て排除し終えた兵士達にはまだ仕事があった。
休む間もなく基地内の警備、機体の修理、データ修復───。
武蔵もまた己の成す事をしようと司令室から出ていくと、一人の少女の声が聞こえてきた。
「伊達中尉! アステル少尉達の姿が見当たらないんですけど知りませんか?」
由梨音のわざと明るくした声が武蔵の足を止めた。
「アステル少尉とレン曹長なら無事発見されたらしい、今会いに行く所だよ」
「ほ、本当ですか!? 私も一緒に行ってもいいですよね!」
「由梨音、大変だとは思うけど君には先にする事があるはずだよ」
「ううぅ。そんなぁ、わかりました……」
軽く手を上げた後に武蔵はまた由梨音に背を向けて歩き出した。
まだ基地内の通路には生々しい血痕が残っているのも気にせずに進む武蔵、急いでいるのかその足取りは速い。
行く場所は司令室、エレベーターに乗り込むと五階のボタンを軽く押す。
エレベーターで移動している間、武蔵はこの基地で起きた事を頭の中で再確認していた。
数分前、ルフィス曹長と見られる体の一部が見つかったとの報告を受けた。
そしてもう一つ、医務室の扉が何らかの力の変形し、扉が開かなくなったらしい。
基地内の扉は全て防弾扉、破壊することは難しく今は放置している。
ノイド、ルフィス……二人を失ったこの部隊、赤城が知ったらどう思うだろう。
そう思うと胸が痛くなる、苦しくなる。武蔵は赤城になんと伝え、声をかけてあげればいいのか分からなかった。
そんな事を考えていると、エレベーターの扉が勝手に開く、どうやら五階についたみたいだ。
武蔵は足早にエレベーターから出るとすぐさま司令室に入っていく。
何人もの兵士達が司令室にはいた、その中には神楽の姿もあった。
神楽はぐったりと気を失っているレンを抱きかかえると、ゆっくりと武蔵に近づいて来る。
「レンちゃんは意識を失っているみたいなの、医務室につれて行ってもいいかしら?」
「うん、構わないよ。医務室なら一階の医務室に行くといい、二階の医務室は使えないらしいから」
「そう、ありがとう。また後でゆっくり話しをしましょうね」
レンを抱きかかえたまま神楽は医務室を後にした、そして数人の兵士は胡坐を掻いている一人の男の周りを囲んでいた。
その男の前に歩いていく武蔵、そしてその胡坐を掻いている男はそっと顔を上げた。
「アステル少尉……じゃないね」
その言葉に驚きを見せて兵士達、胡坐を掻いている男、『甲斐斗:はニヤリと笑みを見せた。
「ほぉ、やっぱりアンタなら俺がアステルじゃないって事ぐらい直ぐに分かると思ってたよ」
「君は誰だい、聞かせてもらおうか」
「ああ、いいぜ。俺は甲斐斗だ。久しぶりだなぁ伊達武蔵中尉」
「……俺の部屋に来てもらうよ」
甲斐斗は二人の兵士に肩を支えられ無理やり立ち上がらされると、別の銃口を向けられたまま通路を歩かされ、エレベーターに乗せられる。
兵士達は手荒な真似はせず、丁重に甲斐斗の後ろを歩く。
甲斐斗は連れて行かれるがまま歩かされ、武蔵の部屋に来ていた。
一人の兵士が甲斐斗の手首にはめられていた手錠の鍵を外すと、甲斐斗は武蔵の後に続いて部屋に入ってみる。
、室内は物が整理整頓され、目立った特長もないシンプルな部屋だった。
部屋の扉の前には二人の兵士が見張り、室内には甲斐斗と武蔵しかいない。
「いいのか? 手錠なんか外しちゃってさ」
「君はNFの為に戦ってくれた仲間だ、手荒な真似はしないつもりだよ」
その武蔵の言葉に甲斐斗は眉を顰めると、腕を組み壁に凭れ掛かった。
(気安く『仲間』なんて言ってほしくない。俺はNFの為に戦った訳じゃないからな)
不機嫌そうな甲斐斗を見ていた伊達は何を思ったのか、突然コーヒーメーカーの前に立ち電源を入れる。
コップにコーヒーが滴り落ちる心地よい音が部屋中に響く、そして注ぎ終わったコーヒーカップをそっと手渡してきた。
「ブラックだけど飲めるかな?」
「飲める」
(……コーヒーはあまり好きじゃない、どちらかといえばココアとかが良かった)
だがここは黙ってもらったコーヒーを受け取り飲もうとするが、思ったよりも熱く少しずつしか飲めない。
カップを手渡した武蔵は椅子に座ると、静かにコーヒーを飲んでいる。
「俺に聞きたい事があるんじゃないのか?」
(思わず言ってしまった、だってそうだろ。俺を目の前にして何故彼はここまで平然としていられるんだ)
「あるよ、甲斐斗君は何処から来たんだい?」
「君付け止めろ気持ち悪い。呼び捨てで結構、それと俺は過去から来た」
甲斐斗の即答に伊達も少し驚いた顔をしていた。
しかし過去から来たのは事実だ、事実だがこの話を信じてくれる人等いないだろう。
「過去……面白い答えだね。目的は何かな、僕達を助けてくれる為にでも来てくれた救世主か何かかな?」
(冗談だと思っているのか、それとも本当に信じているのか、あやふやな答えだ、多分信じていないだろうけど)
「残念だが救世主じゃない、それに俺は何故未来に来たのかもわからない。そして俺の目的は『神』という名の兵器を破壊した後に過去に帰る方法を見つける事ぐらいだ」
甲斐斗の答えもあやふやかもしれない、果たして武蔵に伝わったのだろうか。
相変わらず熱々のコーヒーを平気で飲んでいく武蔵、口からカップをそっと放すと甲斐斗の目を突然見つめてきた。
「それじゃ……NFの敵って事になるね」
次に甲斐斗が瞬きをした時、銀色に輝く刃が甲斐斗の首に突きつけられていた。
その刀を持つ武蔵の手に躊躇いは無かった、この距離ならいつでも甲斐斗の首を切り落とせるだろう。
「……ごめんね、手荒な真似はしないって言ったのに」
武蔵はそう言うと刀を鞘に戻し、椅子の横に立て掛けた。
「もう一つ質問していいかな」
「あ、ああ。いいけど……」
「ありがとう、君はアステル少尉に成り済まして僕達と共に行動していた時があったよね?」
(やはり怪しすぎたのか、俺の行動は。彼は俺とアステルが違う事を最初から知っていたというのか?)
「あった、たしか六月一日からだったと思う」
「うん、そしてBNがこの基地に来た時、君はこの基地から脱出したんだよね」
(何から何までお見通しのようだ、友人や姉さえわからなかったのにこの人はよくもわかったもんだ。顔や声だって似ている、そして記憶喪失ともなれば多少変な言葉、動作をしても怪しく思われないと思っていたが……)
「全部当たっている、でも俺はBNの仲間じゃないってのは先に言っておくぞ」
もしBNの仲間だと勘違いされた今度こそ自分の頭が吹き飛ばされるかもしれないと思い甲斐斗は自分がBNの人間ではない事を直ぐに伝えた。
「BNでもNFでもない……って言う事は」
「SVでもない! 俺は無所属だ無宗教だ! 本当に過去から来たんだよ!! 信じられないなら証拠を見せてやる」
甲斐斗は武蔵から少し離れると、いつものように剣を出現させた。
一瞬の出来事にこれは武蔵も驚いた様子だった、そんな武蔵を見て甲斐斗は満足気な表情を浮かべる。
(これで俺が過去から来たと……って、あれ。過去とこの力って関係無いよな。いや、今はそれより俺がこの世界の人間でない事を証明しなければならない)
甲斐斗は握り締めている巨大な黒剣を武蔵に突き出し、その剣を見せ付けた。
「ちなみに俺は魔法が使えた、だが今は使えなくなっている。使えるといえばこの剣をいつでも出せる事ぐらいだ」
「すごいね、この世界の過去は魔法が在ったのかい?」
(『んな訳無いだろ』、とツッコミを入れる前に説明をしなければならないか……)
「話せば長くなるから省略して話す、魔法を使える者はこの世界の人間はほとんどいないだろう、それに俺は元をたどればこの世界の人間でもない」
こんなに話しているが武蔵は信じてくれるのだろうか、まさか自分を頭がイカれた男だと思ってはいないだろうかと甲斐斗は少し心配だった。
「つまり、魔法のある世界からこの世界に来て。そしてある日未来に飛んでしまったって事?」
「その通り」
伊達が甲斐斗の言った事を纏めてくれた、どうやら理解してくれたらしい。
「甲斐斗、俺はその話を信じるよ。君が魔法使いだって事も、過去から来たって事もね」
「本当か? 本当に信じてくれるのか?」
(さすが伊達中尉、物事の理解速度は並外れじゃない。この人に話せてよかったかもしれない、俺はこの世界に来てそんな話はミシェルぐらいしか話していないからな。というか話しても誰も信じてはくれないだろう)
「うん、信じるよ。それにしても未来の光景を見てさぞ驚いたと思うけど、どう?」
「たしかに驚いた、気味悪い化け物はいるし、NFとかBNとか訳の分からない勢力もあるし」
「はははっ……それで、君はこれからどうするんだい?」
コーヒーを飲み終えた武蔵はお代わりをする為にもう一度電源を入れて熱々のコーヒーを注いでいた。
(今なら逃げれるかもしれないが、ここで逃げたとしても果たして俺は無事に帰る事が出来るのだろうか)
「そうだな、とりあえずこの基地から出たい」
「残念だけどそれは無理だよ、君は今から牢屋に行ってもらわないといけないから」
「なっ、これからどうするとか聞いておいて。んで結局俺を捕まえる気か!?」
(迷っている暇なんて無かった、やはりこの男は俺を捕らえるのが目的か。まさか今まで時間を稼いでいただけなのか?)
「でもね、俺は君に手荒な真似をするつもりはない。一人の部下の命を助けてくれたからね。だからこうしない? 俺とある約束をしてほしい、そしてその約束を守ってくれるのなら俺は君に情報や食料、何でも提供しよう」
『そんな旨い話しには釣られない!』と甲斐斗は言いたい所だが、悪い話でも無かった。
それに、甲斐斗がもし嫌だと言えば速攻で牢屋行きだろう。武蔵は必ず甲斐とが約束してくれると分かっているかのように笑みを浮かべていた。
「分かった、いいだろう。それで、俺は何を約束すればいいんだ?」
「簡単な事だよ、今度のEDPに君も参加してほしい」
それから甲斐斗は武蔵に詳しい話を聞かされた。
EDP、ERRORとの決着を付ける為の戦い。全てはこの戦いに掛かっている。
ERRORが現れたのは今年からだった、最初は数も少なく、Dシリーズを使うことで難なく倒す事が出来ていた。
だが日が増える事につれてその数は増し、小さな村や町は次々に崩壊、そして全世界にERRORが出没するようになっていた。
増え続けるERRORに対し抵抗する人類、そして見つけたERRORの弱点。
地下都市にERRORの巣のような物が作られており、そこから無限にERRORが湧き出ているのだ。
巣は巨大で頑丈、しかも地下にある為に容易に攻める事は出来なかった。
(この男、俺を利用する気か? 利用されるのは嫌いだが、やってみてもいいかもしれない)
「って、ちょっとまってくれ。俺がNFと共に戦ってもいいのか? 俺の存在がバレたらややこしくなるぞ」
「その点は心配無い、僕の隣の部屋は空き部屋なんだ。そこにいてくれて構わない。もちろん機体も用意するつもりだ、それとも君の乗ってきたあの機体のような物を使う気かい?」
「その方が俺は助かる、あの機体の方が俺には扱いやすいからな」
会話がどんどん進んでいく、甲斐斗は武蔵と約束をした。簡単だ、EDPに参加すればいいだけの事。
もちろん甲斐斗はNFの為に戦う訳では無かった、だが今はこうするしかない。
それにERRORについては甲斐斗も前から気になっていた、世界を滅ぼした化け物は他の世界にも幾つかいるのは甲斐斗も知っている。
だがこの世界は魔法等存在しない別世界。魔物もいなければ悪魔だっていない世界だ。
それなのに、どうしてあのような化け物がこの世界に居るのかが分からない。
どっちにしろ邪魔な存在に変わりはない。
「よし、後は俺に任せて今はゆっくり休むと良い。これが隣の部屋の鍵だから」
そう言って武蔵は甲斐斗に鍵を渡してくれた、だが甲斐斗にも聞きたい事が幾つもあり、その中でも気になっていた一つの質問をした。
「所で、アステルは今何処にいるんだ?」
「アステル少尉……それがまだ見つかっていないんだよ。見つけたと思ったら君だったしね」
(アステル、あの後ERRORに食われたのか? それもありえるが、あいつがそう簡単に死ぬような男には見えない、別の意味で)
「わかった、所で外出はしていいかな。もちろんバレないように外に出るから」
「いいけど、基地内を歩く時は制服を着るといい。部屋の中に軍服があるはずだからそれを着るといい」
ミシェルを迎えに行かなければならない。
甲斐斗は静かな部屋の中、無言でNFの軍服に着替えていた。一般兵士の軍服の色は少しダサいような気もするが、今はそんなのどうでもいい。
こんな所、本当はいたくない。
姉もルフィスもいないこの基地に甲斐斗の居場所は無い。元々部外者の甲斐斗には居場所など無かったわけだが……。
今は死んだ二人の事など考えたくも無い甲斐斗は、足早に部屋を後にした。
正式名Human態(第四種ERROR)
全長-2〜3m
他のERRORとは違って小さいが、人間と比べるとかなり大きい。
体の皮膚が厚く硬い、その為に大抵の銃弾は効果が無い。
人間の形に似てはいるが、人間の姿には全く似ていない。
豪腕であり、その力は人間の体を簡単に引き千切る程、また頤の力もPerson態と同等の力がある。
彼等は走る事は無いが、一歩一歩確実に歩いて近づいてくるのが特徴。
どんなに銃弾を浴びせようが怯む事無く近づいてくるその姿に誰もが恐れている。