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第31話 疑心、暗鬼

 アステルは基地に侵入したERROR、『Human態』を排除する為に基地内に進入していた。

 何故基地内にHuman態が進入しているかは不明だが、基地内に進入している以上、ERROR完全排除は第一優先である。

 アステルは右手に拳銃を握り締めながら基地内を歩いており、その横を拳銃を握り締めたルフィスが歩いていた。

 『Human態』、アステルは直接その姿を見た事はないが、資料によればERRORの中でも新種らしく、より人に近い姿をしているらしい。

 とある基地でHuman態が出現したという記録は僅かに残っていた。

 基地内での生存者はたった六名、その生き残った六名の内の半数は気が狂い、まともに話せる状態ではなかったと資料には記されている。

「ルフィス、Human態はどんな奴か見たことが無い。警戒して行こう」

「分かりました、アステル少尉。あ、でも……もしよければ少し寄りたい所があるんですけど……」

「ん、寄りたい所?」

「私達私服じゃないですか、一度部屋に戻って軍服に着替え直したいんです」

 確かにアステルとルフィスは未だに私服のまま基地内を歩いており、今からERRORと戦いに行くにしては場違いな服装をしている。

「Human態が侵入している所は基地の西側一階。うん、一度装備を整える為にも行こうか」

 ルフィスに服装を指摘されたアステルはそう言って自分達の部屋がある北側の三階に向かい始めた。

 ERRORが確認されているのは現在西側の一階の建物付近であり、未だに北側、南側、東側の建物にはERRORが出現したという報告はない。

 アステとルフィスは基地の北側へと向かい階段を駆け上がる中、銃を持った兵士が次々に階段を下りていく。

「着替え終わったらすぐにアステル少尉の部屋に向かいますね」

 三階についたルフィスはそう言って自室に入っていくと、アステルは向かいの部屋にある自室へと戻り、壁に取り付けられてあるモニターの電源を入れた。

 そこには既に基地内に進入したERRORの種類と数が明記されており、アステルが一通りの情報を見ようとしたが、思わず溜め息を吐いてしまう。

「はぁ……」

 今日は久しぶりの休日、本当ならルフィスとレンの三人で街を歩いていたはずだったというのにこの様である。

(でも仕方が無いんだよね、僕は軍人だから。皆を守る為に頑張らないと……)

 自分の立場を分かってはいる為、これも仕方ない内事だと理解はしているが気持ちはそう簡単には割り切れない。

(それにしても、あの僕と良く似た男『甲斐斗』……あいつがいるといつも事件が起こるような気がする。全てはあいつが原因じゃないのかな……)

 そんな事を考えながらアステルは私服から軍服に着替え終わると、壁に取り付けられているモニターを触りこの基地の状況を確認した。

 基地内のERRORの数は熱源探知で分かるようになっており、各階のERRORの数を調べていく。

(現在Human態の数、西側一階に二百二十一体、二階百五体、三階四十体、その上の階は無事みたいだけど。このERRRORの数、突破されるのも時間の問題かもしれない)

 アステルが思っていた以上にERRORは増えている、ほとんどの兵士が基地周辺にいるERRORと戦闘中、基地内の兵士が足りないのも分かった。

(それでも、やけに基地内に多い気がする。それにどうして3階まで侵入を許してるのだろうか、兵士達は何をしてるんだ? まだ人間の大きさのERRORとなら生身の人間でも銃があれば十分に戦えるはずなのに)

 アステルはさらにモニターを触りHuman態の詳しい位置を確認してみる。

 するとモニターからは基地のオペレーターの声が聞こえ始める。

『現在一階にいるERRORは西側の地下から出現中、多数のERRORが中央に集まっています。このままだと一階にいるERRORは北、南、東に分散して囲まれる可能性があります、直ちに排除してください』

(中央が突破されたっ!? このままじゃ二階より上にいる人達は閉じ込められたままじゃないか!? どうしてこんなにERRORに追い詰められているんだ、何故基地内のERRORを排除できない! こうなったら直接僕の手でERRORを──)

 クローゼットの中に隠してある特注の機関銃を手に取った時、アステルは一番大切な事を思い出した。

 南側二階の医務室にはアステルの姉であるセレナがいるのだから。



 アステルとルフィスが基地の北側の建物へと移っている途中、甲斐斗とレンもまた基地内へと進入していた。

(懐かしいなぁ、この廊下を走るのは何日ぶりだろうか)

 司令室に向かう為に現在甲斐斗とレンは走っており、甲斐斗は走りながらも少し懐かしく感じる基地内を見渡しながらこの基地にいた頃を思い出していた。

 中でも甲斐斗の心に残っているのはルフィス、そしてセレナの事だった。

(ルフィス、また会って色々と喋ってみたいが、俺は彼女に嘘をついてしまった。本当の事を知れば彼女も俺を憎むだろう、あのセレナのように……)

 事実を知ったセレナは甲斐斗に銃を向け、引き金を引いた。

 ルフィスも真実をしれば同じ事をするかもしれない……甲斐斗は少し俯き残念そうな表情を浮かべた時だった、甲斐斗達が走っている廊下の横の通路から現れる不気味な生き物が現れたのは。

「あ、あれがHuman態!」

 レンはすぐさま銃を構えるが、その姿に甲斐斗は唖然としていた。その姿は一言で言うと『不気味』だった。

 全身が赤白く、黒い模様が点々と見えるその皮膚は生き物の皮膚に甲斐斗には見えなかった。

 それに体全体が大きく、太く長い二本の腕を肩から伸ばし、黒い眼が甲斐斗達を見つめている。

 甲斐斗はすぐさま渡されていた銃を構え、躊躇う事無く引き金を引いた。

 放たれた弾丸は化け物の頭部に命中。しかし……確かに銃弾は頭部に命中したのだが、Human態は全く動じる事無くその光の篭っていない虚ろな眼で甲斐斗達を見つめていた。

「……え? 効いてなくね?」

 銃を握る手に力が入る、ERRORの頭部、そして体中に銃口を向けて甲斐斗とレンは何度も引き金を引いた。

 銃弾はHuman態の体を貫通しなかった、Human態はその厚い皮膚に守られており銃弾を生身で受けようとも軽傷しか負わせる事が出来ない。

 廊下内に無数の発砲音が鳴り響くが、未だに血の一滴所か傷一つすら見えない。

「なんだよ! 銃なんか全ッ然効かないじゃねえか!」

 気づけば甲斐斗はマガジンに入っている全ての弾を撃ちつくしていた。

 それはレンも同様であり、弾が尽きた為に腰に付いてある予備ののマガジンを手に取ると甲斐斗に渡してくる。

「みたいですね……この装備で倒せないのなら無理に戦う必要もありません、先に五階にある司令室に向かいましょう」

「それもそうだな、こんな気色悪い化け物視界に入れたくもねえ。早く上がろうぜ」

 甲斐斗は早く進もうと一歩足を踏み出して通路の角を曲がろうとした時、天井から一斉に防護壁が降りる。

 等間隔で次々に降りてくる防護壁、甲斐斗とレンは互いに違う場所に閉じ込められてしまった。

 防護壁には丁度顔の位置に小窓のような一枚のガラスが張られてあるので隣の様子が分かるようになっており、その小窓から甲斐斗が顔を覗かせた。

「おいおい、これは一体どう言う事だ?」

「た、多分ERRORの侵入をこれ以上させないようにしたんだと思われます」

「なんでERRORでもない俺達が閉じ込められるんだ、開ける事は出来ないのか?」

「残念ですが防護壁を開けるには司令室に行くか、各階に壁に取り付けられている簡易制御装置が必要です。近くに装置も有りませんし私の力では何も出来ません、でもこれでERRORから襲われる事も無いので安心してください!」

(閉じ込められて安心してくださいだと? 安心できる訳無えだろが)

 と、この子に言っても仕方が無いので甲斐斗は黙っておく。

 だが、だからと言って甲斐斗はこんな所で立ち止まるのつもりなど無かった。



 時を同じくして、アステルの部屋には軍服に身を包んだルフィスが来ていた。

「アステル少尉、着替え終わりました」

 アステルの部屋の扉を開き部屋に入ってみる。

「アステル少尉……?」

 だが、そこにはアステルの姿は無く、居る気配も感じられない。不思議に思いゆっくりと部屋の中に見渡していく。。

 綺麗にハンガーに掛けられている私服、そして開きっ放しのクローゼット。

 人の気配が無い部屋……、ルフィスは部屋の奥に入っていくと、壁についてあるモニターに電源が着いている事に気づいた。

 画面にはこの基地内の地図、そしてその地図の真ん中にはある一室が映っていた。

「二階の医務室……まさかアステル少尉、セレナさんの所に……!」

 ルフィスの予想は的中していた。

 既にアステルはセレナを助けに向かう為、機関銃を両手に抱えながら全力で走っていた。

 医務室に近づいていく内に仲間やHuman態が流したと見られる血が壁や床一面に着いているのが見える。

 しかしそこに兵士の死体は無く、Human態の死体も無い。ただ夥しい血が広がっているだけ。

 遠くの方で銃声が聞こえる、各兵士がHuman態と戦っているんだろう。本当ならアステルも参戦しなければならない。

「でも僕には、やる事があるんだ……!」

 角を曲がり、後は医務室に行くだけ。

 そう思っていた時、アステルの視界に入ってきたのは医務室に入ろうとする数体のHuman態の姿だった。

「その部屋から離れろッ! この化け物!!」

 機関銃を両手で構え、医務室に入ろうとするHuman態に引き金を引いた。

 引き金を引いた瞬間に何十発もの弾丸が撃ち出され 弾丸はHuman態の体を貫通して肉を吹き飛ばしていく。

 アステルの持つ機関銃に装填されていた徹甲弾の前にはさすがのHuman態の皮膚も歯が立たなかったようだ。

 そしてアステルはHuman態の死体など眼もくれずすぐさま医務室に入る。

「姉さん! 姉さん!!」

 医務室全体に聞こえるぐらいの大声でアステルは名前を叫んだ。

 だが返事が帰ってこない、医務室にある寝室のカーテンを勢い良く払いのけた。

 ベットには一人の女性兵士の死体が寝ていた。右腕が無く、目蓋を開けたまま死んでいる。

 一瞬驚いた様子を見せたアステルだが、無表情でカーテンを閉じる、そして安心したかのように小さな笑みを見せた。

「良かった、姉さんじゃない」、

 そう言って次に向かったのは医務室の奥にある部屋、薬品室だった。

 室内に入り、セレナがいないか探し始める。すると、一番奥の棚の前で蹲りながら体を丸めて震えているセレナの姿があった。

 震えるながら俯き顔が隠れて見えないものの、アステルは直ぐにセレナだと分かると、アステルは手に持っている銃をその場に投げ捨てすぐさまセレナの元に駆け寄る。

「姉さん、僕が助けに来たからもう大丈夫だよ。どこか怪我してない? 大丈夫?」

 蹲るセレナの前にアステルはしゃがみ込むと、その震える肩に優しくを手を置いた。

「ねぇ、カイト……」

 細々した声が聞こえでセレナはアステルの名を呼び、俯いたまま決して顔を上げない。

 本当ならすぐさまこの場から二人で逃げたかった。しかし、セレナからは逃げる気配が全く感じられない。

「姉さんどうしたの?」

 そうだ、きっと怯えているんだ──アステルはそう思い、右手でセレナの頭を優しくなで始める。

「私、ずっとカイトのお姉さんだよね……」

「突然どうしたの? 姉さんはずっと僕の姉さんだよ。僕が姉さんの側にずっといてあげる、僕が姉さんをずっと守るからね」

「本当……に……?」

「うん、だから早く逃げよう。姉さん」

(ここにいるのは危険だ、またHuman態が来るかもしれない だから早く、早く姉さんをこの場から逃がさないと……!)

 一向に逃げようとしないセレナを見て、アステルはセレナの腕を掴むと、半ば強引に立ち上がらせようとした──。



「うわぁあああああっ!?」

 アステルは掴んでいた姉の腕を放し、よろめきながら後ろに下がっていく。

 目の前には顔が融けて、剥き出した眼球でアステルを見つめる生き物がいる。

 口の辺りも融けており、血のようなドロリとした赤い粘膜が滴り落ちていた。

「助けテ、顔が、熱イノ……変な生き物がね、とつぜん、ワたしの中ニ……」

 セレナだと思っていた生き物がふらついた足つきでアステルに近づいてくる。

 蹲って見えなかった腕には小さな触手が無数に伸びており、左目ははアステルを真っ直ぐ見つめているが、右目は眼球を剥き出しにしてゴロゴロと動きながら、周りを見ている。

「痛イの、あついノ、タすけて…カイト……」

「えっ…お、お前は誰? 何……?」

 その言葉だけがアステルの頭を駆け巡っていた。

(誰なの? この生き物は誰なの? この化け物は何なの?)

「カイト? おねえちゃンだヨ……?」

 汚らしい触手が出ている腕を伸ばしアステルに近づいてくる。

「ち、違うよ。僕の姉さんはこんな化け物じゃないよ……」

(そうだ、僕の知っている姉さんはこんなのじゃない。美しくて、明るくて、優しくて──)

 アステルはセレナの姿を思い出していく。アステルにとって自慢の姉であり、掛け替えのない大切な存在。

 だからこそ、この前の前に立っている化け物がセレナであるはずがない、と。アステルの中で確定していた。

「わたシ、カイトのおねえちゃんだよ……? お願い、助けテ……」

 化け物が助けを求めアステルに近づいてくる、アステルはその化け物を見つめながら否定し続けていた。

(違うよ、全然違うよ。僕の目の前にいるのは化け物だ、そうだERRORだ。僕の姉さんは化け物じゃない僕の姉さんは化け物じゃない僕の姉さんは化け物じゃない──)

「そうか分かった! お前は、お前は姉さんの偽者だッ!」

「……えっ……?」

 その言葉に化け物は動揺したように見えた。

 両目から赤い液体が流れ出す。それは涙と言えたかもしれないが、アステルには決してそうは見えなかった。

「そうやって僕を騙そうとしてるのか? お前みたいな気持ち悪い生き物が姉さんなはずがない!」

(僕の偽者がいて姉さんを騙していたのなら、姉さんの偽者がいて僕を騙しにきてもおかしくない。コイツは僕を騙そうとした化け物だ、気持ち悪い、化け物ッ!)

「い…や、カイト……わたしは……」

 化け物は震えながら腕から赤色の触手を垂らし、その醜い様でアステルに近づいていく。

 アステルは先程自分が投げ捨てた銃を拾うとmその化け物の頭部目掛け銃口を向けた。

 だけど照準がブレてしまう。腕や足の震えが止まらない。

(違う、これは姉さんじゃない、違う。違う違う違う。姉さんは違う、化け物の姉さんは違うッ!!)

 アステルは否定し続ける。

 何故なら否定を続けなければ自分の全てが崩壊し、気が狂ってしまうと分かっていたからだ。

 現実を受け入れられない、現実を認めてはならない、今自分の目の前に広がる世界とは最悪の世界なのだから。 

 その時、化け物はアステルの前で立ち止まると。剥き出した目でアステルを見つめ、融けた顔でニッコリと笑った。

「カイト、わたしハずっト、カイトのおねえちゃ──」

 セレナはアステルを怖がらせないように優しく微笑んだつもりだった。

 しかし、その顔はアステルにとって恐怖と絶望しか与えてはくれなかった。

「ああああああああァァァァッ!!」

 けたたましい爆音と共に何十発もの徹甲弾がセレナの肉体を貫いていく。

 触手の生えた両腕を吹き飛ばすと、辺りに血が散乱し、肉が飛び散る。

 アステルの顔や体、握っている銃にも次々に血や肉片が付着していくき、そしてそれは一瞬の出来事で終わった。

 アステルが何度も引き金を引くが、それ以上銃から弾は出ない。

 目の前に散乱している血と肉の塊を見ながらアステルは肩で息をしていた。

 撃つ尽くしたマガジンを捨て。新しいマガジンを銃に取り付けると、返り血を浴び全身血塗れのアステルは薬品室から出る事にした。

「姉さん、今助けに行くからね。待っててね……」

 未だに居ると信じている、本物の姉を助ける為に──。



「アステル少尉!」

 アステルが医務室を出て廊下を歩いていくと、すぐさま呼び止められた。

 声のする方向に顔を向けると、両手に銃を持ったルフィスの姿がそこにあった。

「ルフィス、無事で良かった」

 アステルは急いでルフィスの元に駆け寄り、身の安全を確かめる。

「あ、あの。その血、何があったんですか……?」

 アステルの浴びている血を見て不安な表情を浮かべるルフィス。

 するとアステルはそんな不安な表情を浮かべたルフィスを見て少し笑って見せた。

「僕は大丈夫、それよりよくここがわかったね」

「す、すみません。少尉の部屋に勝手に入ってしまって。そしたらモニターにこの場所が映ってて……それで、セレナさんは無事だったんですか?」

「姉さん? 大丈夫だよ、今助けに行く所だから」

「えっ、医務室にいたんじゃないんですか……?」

「いなかったよ、いなかった、でも。姉さんの偽者はいたけどね」

 ルフィスはいつまでも笑みを続けているアステルに少し不気味さを感じていた。

「偽者?」

「うん、偽者」

 アステルの様子が何かおかしい、ルフィスは疑問を抱きながらその医務室の中に入ることにした。

 医務室に一歩足を入れただけで血の臭いが肺の奥まで入ってくるのがわかる。

 息苦しさと胸苦しさを感じながら少しずつ医務室の中に入っていく、ベットには一人の女性の死体があった。

 医務室を見渡してみると死体は一体しかない、アステルの言っている偽者とはこの女性の事なのだろうかと思った。

 ルフィスが医務室から出ようとした時、あの薬品室の入り口が視界に入った。

 薬品室の中に入っていくルフィス、別に変わった様子は無いと思った時、一番の奥の棚に夥しいほどの血が付いているのが見えた。

 慎重に一番奥の棚に向かい、そしてその惨劇の広がる方向に顔を向けた。

「えっ……」

 血肉が散乱している光景をどう表現していいのかルフィスには分からなかった。

 ただその血みどろの光景が目に焼き付いていくのだけは分かる。

 顔を向けたまま動きが止まってしまったルフィス、目の前の光景を理解しようと時間を費やしていたのかもしれない。

 一人の人間だろうか、腕や足がバラバラに散らばり、その人間の頭らしき塊が一番部屋の奥に転がっている。

 そしてふと足元を見ると、人間だっと思われる手が落ちていた。

 何か煌く物がある、千切れとんだ手の指に何かはめているのがわった。

 その指からそっと物を外すと、この無残に散っている人間が誰なのかが直ぐに分かった。

「ゆび、わ」

 分かったけど、理解する事が出来ない──いや、ルフィスは理解を拒んでいた。

 段々と足が震え、全身が震えてくるのが自分でもわかる。

 絶望と恐怖はルフィスの頭の中を真っ白にさせ、震える足でその部屋から出ようとした。

「ルフィス、大丈夫?」

 振り返ると、そこには血塗れのアステルがニッコリと笑みを見せながら立っていた。

「ア、アス……アステル少、尉……」

 全身が震えて思うように声が出ない。血の気が引いてしまいルフィスの体は固まったまま思うように動く事も出来ない。

「ん、どうしたの?」

 だが、その指輪を握っている腕だけは動かす事が出来た。

 ルフィスはゆっくりと手を伸ばすと、アステルの目の前で握ってる指を開いた。

 血で汚れた指輪を見たアステルはそれでもまだ微かに笑っている。

「この指輪、誰の物か憶えてないんですか……?」

「よく憶えてるよ、姉さんの指輪だよね。どうしてルフィスがそれを持ってるの?」

 ルフィスは指輪を握り締めると、散乱した血肉を指差した。

「こ、この死体の指に、填めてありましたよ……ね?」

 時が止まったかのように、二人は沈黙していた。

 ルフィスの額から汗が流れ、段々と呼吸が荒くなっていた。

 セレナを殺したのがアステルだということにもう気づいているからだ。

 アステルはルフィスを見つめたまま動かない、その顔は焦りも恐れも何も感じていない様子だった。

「アステル少尉……この指輪は、去年セレナさんの誕生日に買ってあげた物ですよね……? 一体ここで何があったんですか……何をしていたんですか!?」

 つい声が大きくなってしまったルフィス、目には涙を浮かべていた。

 どうして、何故アステルがセレナを殺したのか……それが分からなかった。

 すると、先程まで沈黙していたアステルが簡単に口を開いた。

「何って、ERRORを殺しただけだよ」

「ERROR? 違いますよ! この人はセレナさんですよ!? アステル少尉はセレナさんを殺──」

「違うよ、全然違うよ……僕が殺したのはERRORだよ、姉さんじゃないよ、化け物だよ。それより姉さんを助けに行こうよ、さぁ……早くッ!!」

 壊れてる、外見の殻はまだ剥がれてないけど。アステルの中身はもう崩壊しているだろう、その手がゆっくりとルフィスの腕を掴んだ時、ルフィスは反射的にその手を振り払った。

「い、嫌っ! 放してください!」

 震える体を何とか動かし、ルフィスはアステルから逃げるように薬品室から出て行く。

 手を払われたアステルはその場で固まっていたが、すぐさま薬品室を出てルフィスの後を追う。

「待ってよ、一人で動くと危ないよ。僕の側にいないと、危ないよ。僕から逃げないでくれ……もうここは危険なんだ、誰も失いたくないんだ! ルフィス!!」

 アステルも急いで部屋から出る、そして血塗れの格好のまま逃げ出したルフィスを追った。

 ルフィスには信じられなかった、どうしてあんなに仲の良かった二人が……。

 だからルフィスには分かる。アステルがセレナを殺したのなら、今のアステルの状態がどんなに異常なのかを──。



 ルフィスの後ろから聞こえてくるアステルの叫び声、段々と近づいてくるのが分かる。

 必死に名前を叫んでいる、必死に捕まえようと追ってくる。

 優しかったアステルが実の姉を殺した、気が狂っている、もしかしたら今度は自分殺されるのでは……。

 そんな事を考えてしまう自分が、ルフィスには正しいのか、間違っているのだろうか、分からない。

 アステルとは一年前から一緒に働いていた。温かくて、優しくて、時々弱音も吐いていて、それでもアステルは強かった。。

 自分がまだ軍に入って間もない頃だった為、分からない事も多く皆に迷惑を掛けていた時、いつもアステルが自分を助けてくれた。

 不安な表情を浮かべていた自分に、優しく教えてくれたアステルの笑顔をルフィスは今でも忘れない。

 だが、しかし……今のアステルは違う。怖い、自分の信じていたアステルがもうこの世にいないとさえ思えてきてしまう。

 ルフィスはアステルを信じる事が出来ず、後ろから追ってくる声から逃げるようにただ走り続けた。



 逃げ続けるルフィスを追っていくアステル、その思考は徐々に平静を取り戻していた。

(僕は何をしていたんだ……いや、何をしているんだ……)

 まるで何かに取り憑かれていたかのような感覚、頭の中がボーっとして、自分が何をしていたのかよく思い出せない。

(違う! 今は考える事は止めるんだ。失う前に、今度こそ自分の力で助けるんだ、守るんだッ!)

 銃を握る両手に力が入る、今はルフィスの事で頭がいっぱいだった。

「ルフィス! 待ってくれ! 止まってくれぇッ!!」

(僕は誰も失いたくないんだ、もう誰も死なせたくないんだよ、お願いだよ、ねえ、待ってよ、待ってよ!)

 言葉で叫び、心の中でも叫び続けるアステル。 

 通路の曲がり角をルフィスが曲がり視界から消えると、アステルは急いでルフィスの後を追って角を曲がった。

 その瞬間、悲鳴が廊下内に響いた。尻餅をついて動けないルフィス、そしてその前方にいるのは血塗れのHuman態の姿があった。

 何体ものHuman態がルフィスを見つめ、ゆっくりと近づいていく。

 ルフィスが立ち上がろうとするが腰が抜け足に力が入らないのか、全身を震わせ身動きが取れない。

「化け物!それ以上ルフィスに近づくなッ!」

 銃の引き金を引く指に力が自然と入る、少し引き金を引くだけで簡単に銃弾は発射された。

 だがその銃弾がHuman態に当たる事は無かった。

 突然目の前に降りてきた扉に次々に弾が命中する。幾ら徹甲弾とはいえ防衛用シャッターの前には歯が立たなかった。

「なっ、今更扉を下ろしてどうする!?  司令室にいる人達は何をしているんだ!」

 壁についてある小さな窓からはルフィスが立っているのが見える、そして幸いルフィスとHuman態の間に扉は下りていた。

「でもこれで時間は稼げる、ルフィス待ってて。今僕側の扉を開けるから」

「は、はい。ありがとうございます。アステル少尉」

 Human態は太い腕で何度も扉を殴り、金属がぶつかりあうような重く響く音が次々に聞こえてくる。

 その音にルフィスも不安な表情を浮かべていた、アステルは急いで壁に着いてある制御装置に手を掛けた。

「大丈夫、すぐに終わるから。そしたら二人で逃げよう!」

 暗証番号を二つ入れると簡単にアクセス出来た、一枚や二枚の扉を開ける事などアステルからすれば簡単な事。

 アステルはすぐさま二階の扉を開けた、勿論それはアステルとルフィスの間にある扉をだ。

「よし、出来た! すぐに扉が開くから待っててね」

 アステルとルフィスの間にある扉が動き始めた、ゆっくりと開いていく。

 だが余りにも遅い、そして数センチ程扉が開いた後、突然動きが止まってしまう。

 わずか数センチ程しか開いていない扉を見て、緊張と焦りが二人を襲う。

「アステル少尉、これは一体……」

 その時だった、ゆっくりと扉の開いていく音が二人に聞こえてきた。

 しかし、二人の目の前にある扉は止まったままで動いていない。

 その扉の開く音が何処から聞こえてくるのか……ルフィスが急いで後ろに振り返ると、Human態と自分の間にある扉が少しずつ開いていくのが見えた。

「アステル少尉!? 壁がっ、防護壁が開いてます! 止めてください!!」

 扉についてある小さな窓から顔を覗かせる、その顔は恐怖と焦りで一杯だった。

 目には涙を浮かべ、必死にアステルに助けを求めている。

 その表情が返ってアステルを焦らした、幾ら装置を弄っても扉を止める事が出来ない。

 それ所かルフィスとアステルの間にある扉を開ける事さえ出来なかった。

「助けて……助けてくださいっ! カイトさん!」

 最早冷静さを保っていられずルフィスはアステルの名を叫び、細い腕を振り上げ扉を必死に叩きながら助けを求め続けた。

 わずか数センチ程しか開いていない扉の間を通る事は不可能。アステルの持っている銃すら渡せない。

「おかしい……全然動かない! どんなに弄っても操作を受け付けない、扉を動かす事が出来ないんだよっ!」

 装置を弄った所で扉には何の反応も無い。

 もうアステルにはどうする事も出来ず、悔しさで拳を握り締め、その拳を壁へと振り下ろし続けた。

 その時、先程まで焦っていたルフィスは突如、冷静になると、そっと呟いた。

「ごめんなさい」

 突然ルフィスは涙を流しながらアステルに謝ってきた。

「ルフィス……?」

 アステルは不思議そうにルフィスの顔を見ている、何故。どうして謝るのか理解出来なかった。

「私、カイトさんを疑ってしまったんです、私を殺すんじゃないかって……」

「僕はそんな事しない! 何を言ってるんだ!? 僕はルフィスを守りたいだけだっ!」

「はい、分かっています。カイトさんが優しい人だって、私は良く知ってますからね」

 その時、アステルの視界にはルフィスの後方で開き始めていた防護壁が完全に開いたのが映った。

「そ、そんな! ああ……! ルフィス! ルフィスッ!!」

 アステルはルフィスと自分との間にある防護壁の前で泣き叫び、ルフィスの名を呼び続ける。

 そして防護壁の小窓からは何十体ものHuman態がゆっくりとルフィスに近づいてくるのが見えてしまう。

「カイトさん、私やセレナさんの分まで……生きてくださいね」

 数適の涙がルフィスの瞳が零れ落ちる、でもその顔は微かに笑っていた。

 そして懐から取り出す一丁の拳銃、ルフィスはその銃口をそっと自分の頭に突きつけた。

 それはERRORと戦う兵士達にとって必然の行動。このままでは自分はERRORに食い殺される。それなら今ここで自分の頭に銃口を突きつけ自殺する事が唯一の救いなのだから。

「や、止めろ……止めてくれ! 死なないでくれ! もう僕には君しかいないんだ! ルフィス!!」

 アステルの目からも止め処なく涙が零れ落ちていくものの、その眼はずっとルフィスを見つめていた。

 ルフィスが涙を零しながら見せた笑み。それはアステルの目にもしっかり映っていた。

「私もカイトさんしかいません。今までありがとうございました……えへっ……最後に一言言わせてください──」

 恐怖と絶望が全身を飲み込み。今、まさに死が迫ってきている状況だというのに、それを感じさせない程の満面の笑みをルフィスは浮かべてみせた。

「カイトさんの事、大好きです」

 それがアステルの見たルフィスの最後の笑み、最後の言葉だった。

正式名MFE-フェリアル (New Face製)

全長-17m 機体色-青白 動力-光学電子磁鉱石

唯一『フェアリー』を遠隔操作可能、同時に六個の『フェアリー』を操作する事が出来る。

ただし『SRC機能』を使わなければ起動不可。

ちなみにこの機体はレン・スクルス専用機であり、レン以外の人間は動かす事が出来ない。

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