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第3話 戦い、化け物

 甲斐斗がこの世界に来てから一週間の月日が流れ、体調の方はすっかり良くなっていた。

 体の痛みも無くなり自由に病院内をを歩き回れるようになったが、病院の外に出ることを許されていない。

 そんなある日、突然ルフィスが甲斐斗の病室に現れた。

「おはようございます」

 前のような明るい笑みはない。無理もないいだろう、記憶を失っている設定なのだから未だにショックが残っているに違いない。

「おはよう、確か名前は……」

「ルフィスですよ」

「憶えてる憶えてる、それで今日はどうしたの?」

「はい、アステル少尉。これが貴方の軍服です」

 そう言って手に持っていた軍服を甲斐斗に手渡すと、ルフィスは更に言葉を続けた。。

「アステル少尉は東部の基地に移されたんですよ、早速着替えてください」

(は? 入院していたのにいきなり基地に移されるのか? 急な話しだな……)

「部屋の外で待ってますね、着替え終わったら出てきてください」

 伝える事を全て言ってルフィスは病室から出て行ってしまう。

 その言葉と態度は前に会った時よりも少し冷たくなっている事を感じながらも甲斐斗は渋々渡された青い軍服を身に纏っていく。

 そして着替え終えた後、甲斐斗は病室のドアをゆっくりと開けると、そこには壁にもたれ掛かりながら不安げな表情で自分を待つルフィスが立っていた。

 部屋から出てきた甲斐斗に気付いたルフィスは甲斐斗の姿を足先から頭のてっぺんまでじっくり見つめていると、その不安が少し消えたように見えた。

「さ、さあ行きましょう。ついてきてください」

 そう言ってルフィスはすぐに甲斐斗から視線を逸らし、一階に下りる階段へと向かう。

 その後ろを甲斐斗は服の襟を直しながらついていき、一階に下りて病院を出ると、一台の黒い車が甲斐斗を待っていた。

 ルフィスがその車の助手席に乗り込んだので、とりあえず甲斐斗は後部座席に乗り込む。

 すると甲斐斗が乗り込んだ途端、開いていたドアが勝手に閉まり急加速で車が走り出した。

 まるで拉致られているかのような状況に甲斐斗は少し緊張していたが、助手席に座っているルフィスは一冊の束ねた書類を甲斐斗に差し出した。

「Dシリーズに乗れるかテストを行います、コレは説明書です。読んでおいてください」

 そう言って差し出された書類を甲斐斗は手に取ってみるが、その束ねた勝利は辞典程の分厚さを誇っており、その重みで一瞬落としそうになってしまう。

 両手でしっかりと掴み勝利の表紙を見てみると、そこには人型のロボットの絵が描かれていた。

「Dシリーズって何?」

「簡単に言うと人型機動兵器、デルタマシンナーズの事です」

(簡単に言って無い気がするが……兵器って事は、これでこの世界は戦争をしているのか)


 とりあえず今渡された書類を目に通せば何か分かるかもしれない。

 甲斐斗は字を読むのが少し苦手だが、分厚い書類を丁寧に一枚ずつ読んで行く。

 戦車や戦闘機より高性能で頑丈。甲斐斗の思ったとおり、この世界の戦争の基本はこのデルタマシンナーズ、通称『Dシリーズ』で戦う事が書かれていた。

 この資料を見ればこの世界の人間がどのような戦争をしており、どれほどの科学力や文明が発達しているのかが良く分かる。

「着きました、降りてください」

 ルフィスの声で甲斐斗は我に返ると、既にルフィスは車から降り始めていた。

 どうやら熱心に書類に目を通している間に配属先の軍事基地に到着したらしい。

 正直甲斐斗はこの世界の街並みでもじっくり見てみようと思っていたのだが、『Dシリーズ』に興味を示し資料からめ我はなせなかった。

 車から降りてみると、甲斐斗の目の前には大きな建物が聳え立ち、巨大な門が見える。

 基地周辺は大きく分厚いコンクリートの壁で囲まれており、多くの監視カメラもちらほら付いているのが見て分かった。

(何か基地というより要塞にも見える。ん、基地も要塞も一緒か……)

 そんなどうでもいい事を考えながら甲斐斗はルフィスの案内の元、後ろについていくと、基地の中央に聳えている建物には入らずその横に建てられている建物に案内された。

「あの、俺は一体何処に向かってるの」

「さっき言った通りです、Dシリーズに乗れるかテストを行う為の試験場に来ました」

 甲斐斗が建物に入った瞬間、凄まじい音が部屋中に響き渡っていた。

 案内された部屋は一枚だけガラス張りになっており、そのガラスの先に見えるのは書類に描かれていた通りの二体の機体が戦っていた。

 かなり広いスペースが設けられており、その建物の大きさに甲斐斗は関心してしまう。



「今、赤城少佐と伊達中尉が模擬戦をしている所です。もうすぐ終わると思うので待ってください」

 部屋には二体の機体の模擬戦が見れるように椅子が置いてあり、ルフィスはその椅子に座ったが、甲斐斗は機体同士の戦いをより見やすい所であるガラスの前に立ち、面白そうに戦いを見つめていた。

 (それにしても、何だこの動きの速さは。この機体の中に人が乗って戦ってるのか? すごいな……)

 甲斐斗が思っていた以上の速さで二体の機体は素早く動き、激しい戦いを繰り広げている。

 両機が持っている剣と盾。

 互いの剣が激しくぶつかりあい、両者一歩も引かない。

 と思っていたが、一機の機体がもう片方の機体の剣を弾き飛ばす。

 剣を弾かれた機体は背中に付いている機関銃を手にして銃口を向けるが

 相手の機体は高速で左右に動きながら接近し、照準が合わせられない。

 それでも攻撃をしようと引き金を引いた瞬間、懐に潜り込んだ機体は剣を振り下ろし向けられた銃口を切断。

 そのまま剣先を機体の胸部に付きたて、両機体の動きが完全に沈黙する。

 機体の胸部、それは操縦席が付けられている場所、Dシリーズの心臓であり脳でもある場所だった。

 二体の激しい戦いを見ていた甲斐斗は圧倒されていたが、ルフィスにとってこの二人の模擬戦のレベルの高さは毎日と言う程見ている為に特に驚いた様子もなく、二体の模擬戦が終わったのを見て近くの壁に付けてあるマイクの電源を入れると、二人に声を掛けた。

「赤城少佐、伊達中尉。そろそろお時間ですので交代してもらえないでしょうか……?」

 ルフィスが二人の乗っている機体に呼びかける。

 剣を突き立てていた機体はゆっくりと剣を背部に戻し、後退する。

 それに合わせてもう一機の機体も格納庫に移動していった。

「アステル少尉、パイロットスーツに着替えてください」

 そう言うと、ルフィスは指を指して部屋を教えてくれた。

 言われるがままに甲斐斗はその部屋へと足早に進んでいく。

 それもそのはず、現在甲斐斗はあの機体に乗れるという期待を胸に若干テンションが上がり始めていた。

(あれ程の動きが可能な乗り物に乗れるのだから男なら興奮して当然! 面白そうだな!) 

 ルフィスに言われた更衣室へと入りパイロットスーツとやらを甲斐斗が探していると、室内には一人の男性が青い軍服に着替えている途中だった。

 多分先ほど模擬戦をしていた人だろう。甲斐斗はその男性に視線を向けると、男性もその視線に気付き声をかけてきた。

「君はたしかアステル少尉だよね、久しぶり」

 甲斐斗から見てその男性はとても温厚で優しそうに見えた為に、本当に先程の激しい模擬戦をしていた男なのだろうかと疑ってしまう。

「あっ、記憶を無くしてるんだよね。ごめん、驚かせたよね。俺の名前は伊達だて武蔵むさしって言うんだ、よろしく」

 そう言って武蔵は甲斐斗に握手を求めるように手を差し出すと、甲斐斗も言われるままに手を差し出し握手を交わした。

「ああ、よろしく」

「これからDシリーズのテストみたいだけど頑張って、応援してるよ」

「どうも」

 やはり何とも優しそうな雰囲気を出している。

 軽く会話をした後、武蔵は軍服に着替え終わり部屋から出て行く。

(そういえば、さっきの男と模擬戦をしていた『赤城少佐』って言うのは、この前数分で部屋を出ていったあの赤髪の女の事か……さっきの模擬戦、どっちが勝ったんだ?……誰がどの機体に乗っていたのかわからなかったし、ちょっと気になるな)

 武蔵対赤城、その二人の勝敗の結果を考えていると、急かすようなルフィスの声が室内にあるスピーカーから聞こえてきた。

『アステル少尉、何をしているんですか? 早く着替えてください。時間がありません』

 ルフィスの怒りの警告で我に返った甲斐斗は急いでパイロットスーツらしき服を慌てながら着ていく。

 着替え終わった甲斐斗は急いで更衣室を後にすると、格納庫には既に今から自分が乗る機体の準備が出来ていた。

 しかし、甲斐斗が乗る機体は先程の二体の機体とは全く違う、何とも地味な色と形をした機体だった。

(うん、ダサい。俺もさっきみたいな機体が乗りたかったなぁ……)

『アステル少尉が乗る機体は訓練用ギフツです。早く乗り込んでください。テストを始めます』

 急かされ続ける甲斐斗は取りあえず操縦席に乗り込んでみる。

 広くもなければ狭くもない、何とも言えない空間。そして乗ってみたのはいいが操縦席の扉の閉め方を忘れてしまい思い出せない。

 書類読んで多少は覚えたのにはずだったが、既に頭の中は機体を動かせる機体で一杯だった。

 取りあえずそれっぽいスイッチを押してみると、機体の眼であるメインカメラが発光し、急に扉が閉まりはじめる。

 目の前に広がっていた黒い壁が一面モニターに変わり。

 頭の上などについてあるスイッチにもランプが点き、操縦席が明るくなっていく。

 その光景に甲斐斗は少し感動してしまった。

 まさか今、自分がこんなアニメでしか見た事無い光景を味わえるなどと思っておらず、その感動は半端なかった。

(よ、よし。感動に浸ってるとまた急かされるし、取りあえず電源が付いたんだ、機体を動かしてみないとな)

 機体を動かそうと甲斐斗が操縦を試みようとした時、目の前にあるモニターの横にある小型のモニターにルフィスの姿が映しだされた。

『今から私がオペレートします。アステル少尉、前進して試験場に移動してください』

 甲斐斗が左右に有る操縦桿を前に倒し、足元にあるアクセルのような物を踏むと、機体は一歩ずつ歩き始め前進していく。

 初めて味わう機体の揺れに甲斐斗は再び感動しつつ、なんとか試験場に移動すると、遠くの方に人型の板のような物が現れはじめた。

『射撃データを取ります、人型の板に現れる赤い点を狙って撃って下さい』

 ルフィスの映像が小型モニターに現れたまま、ずっと甲斐斗の様子を見ている。

「……了解」

 甲斐斗は機体の腰に付いてある小銃を手に取り構えてみせるが、その的の遠さに少しばかり動揺していた。

(あんな遠くの的、しかもあの赤い点を撃てだと? 何か初っ端から難しすぎる気がするんだが……) 

 正直この距離で狙って撃ってもあたる気がしない、そう思いながら小銃を発砲すると、思ったとおり一発の弾丸も赤い点所か板に掠りしらしなかった。

『ターゲットに当たっていません。もう一度お願いします』

(いや無理だろ、的が遠すぎる。とりあえず照準合わせるの面倒だから勘で撃ってみたのはいいが駄目だったか)

 今度こそ正確に撃ち抜いてみせる。そう思いながら甲斐斗は心を落ち着かせると、照準を狙い定め、引き金を引いた。

 放たれた弾丸は一直線に飛んでいき、そしてターゲットの頭部に弾丸が命中する。

「おっ、おお! 当たったぞ!」

 当たった喜びでつい声を出し、喜びを露にしてしまう。

(正直当たるとは思っていなかったがまさか当たるとは、やはり俺には素質があるに違いない)

 すると操縦席で一人嬉しさを隠せない甲斐斗に、ルフィスは少し呆れながら喋り始める。

『あの、頭部ではなくて胸部を狙うんですけど……』

「え?」

 ターゲットの板、赤い点は胸部で点滅している。

『頭部に当てる事は今のテストに関係ありません。胸部の赤い点を狙って下さい』

 呆れた様子のルフィス、モニターの前で大きくため息を吐く。

 射撃テストはこの後も続いたが甲斐斗は余り良い結果を出せなかった。

『射撃テストの結果、四十点程ですね』

「何だと? 四十点って低くない?」

『続いては近接戦のテストを行ないます、ここで高得点を取らなければ降格です。頑張ってください』

(お、俺の言葉を無視して次のテストに移りやがった、って。降格だと?)

 露骨のスルーされてしまった事より降格という言葉に甲斐斗は反応すると、その反応を見たルフィスは急にテストについての説明をしはじめる。

『少尉の階級の方は射撃、近接、機動、合計で百八十点以上を取らないと階級を落とされます』

「は?……ちょっと待て、俺は記憶を失っているんだぞ!? いきなりこんな機体を動かせる訳が無いだろ!」

(実際は記憶喪失という設定だが。それにしても厳しすぎないか? こんなの素人がやった所で良い結果が出せる訳がないだろ!)

 ルフィスの急な説明に納得のいかないと甲斐斗は不満を露にしてルフィスに反論すると、ルフィスは視線をやや下げながら答え始める。

『だからっ、頑張ってください……』

 甲斐斗に見せたルフィスの悲しげで不安な表情。

(何なんだその顔は このルフィスって子は俺に少尉でいてほしいとでも思っているのか? しかし俺は記憶を失っていて何も憶えていないんだぞ……ったく)

「頑張れって言われたら、頑張るしかないな」

 ルフィスが応援する理由は分からないが、とりあえず応援されたら頑張るしかない。

 甲斐斗は余裕の笑みを浮かべると、次からのテストを満点を目指す勢いでやる気が込み上げてくる。

『少尉……』

(さてと、俺が今成すべき事はテストに合格する事だ。やってやろうじゃねえか)

「近接と機動のテスト、七十点以上取ればいいんだろ?」

『はい、ですが今のアステル少尉では……』

 確かに甲斐斗の言う通り、七十点以上を取れば合計で百八十点以上になるが、記憶を失った人間がそれ程の点数を出せるとは思えなかった。

「まぁ俺を信じろ、必ず取ってやるよ」

 甲斐斗の機体の前にはターゲットである数枚の板が現れ始める。

 次のテストは銃器を使わずに近接戦闘でどれだけ早く、正確に板を壊せるかのテストだった。

(降格なんてしてたまるか、俺は負けるとかそういうのは大嫌いでな) 

「おらよっ!」

 甲斐斗の乗る機体は右手に持っているナイフで次々にターゲットの胸部を突き刺していく、その一連の流れはルフィスの予想を遥かに上回る素早さで動いており、全くミスを出す事なくターゲットの急所を仕留めていく。

 更に甲斐斗は次にターゲットの板が何処に現れるのかを勘のみで予想し破壊していく為、まるで次のターゲットが何処から出てくるのが分かっているかのように悉くターゲットを破壊していく。



 射撃テストとは大違いの甲斐斗の機体の動きに、そのテストの様子を見ていた武蔵と赤城も驚きを露にしていた。

「赤城、あの動き」

 先ほど赤城と模擬戦をしていた武蔵が甲斐斗の乗っている機体の動きに興味を示している。

「ああ、あの機体、記憶を無くしたアステルが乗っている機体のはずだが」

 二人が見ている最中でも、甲斐斗の乗る機体は試験場でひたすらターゲットを壊し、武蔵と赤城はその機体の動きを真剣に見つめていた。

 すると武蔵は赤城の方に顔を向けると、少し笑みを浮かべながら問いかけてみた。

「記憶無くしてアレだけの動きをするなんてね。すごいと思わない?」

「確かにな……」

 赤城は甲斐斗の乗っている機体を見ながら静かに答えると、武蔵は再び試験場に視線を戻し、甲斐斗の機体を眺める。

「もし自分が記憶を無くして。いきなりあんな物に乗れなんか言われても乗れるかな、しかもあの動き……素人には真似できないね」

 その言葉に反応を示す赤城、甲斐斗の機体を見ている武蔵の背中に視線を送る。

「武蔵、何が言いたいんだ?」

 赤城の問いに武蔵は何も答えない。そんな武蔵の態度に赤城はただ黙って試験を見ている武蔵の背中を見つめる事しか出来なかった。



「これでラストッ!」

 ターゲットの板が出てきた瞬間、胸部をナイフを突き刺して破壊した。

『近接戦のテスト結果が出ました、九十五点です!』

「満点じゃなかったか……ま、初めてにしては上出来な方だろ!」

『すごいですアステル少尉! この勢いで機動試験も高得点を期待しています!』

 次第に甲斐斗に笑みを見せてくれるようになるルフィス。

 その表情を見て甲斐斗も俄然やる気が湧いてくる。

「最後の機動テスト、内容は……」

 モニターに映し出される指令、次々に現れる障害物を避けながら目的地に到達する事。

「なるほど、障害物競走みたいなもんか」

 既に甲斐斗の準備は完了しており、早速機動テストを行なおうとした時。事件は起こった。

 試験場内にけたたましいサイレン音と共にアナウンスが鳴り響く。

『B4エリアにERROR確認。B4エリアにERROR確認』

「警報? てかエラーって、機械の不具合でも起きたのか?」

 甲斐斗には何が起きたのか分からずルフィスの指示を待っていると、ルフィスの顔からは先程の笑みは消え、険しい表情を浮かべていた。

『機械の不具合ではありません……敵です、アステル少尉もすぐに現地に急行してください!』

「お、俺もコレに乗って戦場に行くのか?」

『はい、ERRORが出た場合もテストとして現地に向かわせるように上から指示が来ていますので、今回のテストは一時中断とします。それに、アステル少尉の実力なら大丈夫だと思います』

(おいおい、早速実戦を行なえるなんて。これは運が良いのか悪いのか。だがこれで俺の実力を発揮できるじゃねえか、テストより実戦で成果上げるのが俺にとっちゃ一番楽だぜ」

「了解、それで何処に行けばいいんだ?」

『今からB4エリアのデータを機体に送ります。その機体で構いませんので実戦用の武器を装備して赤城隊長の部隊に合流してください』

 操縦席に付いているモニターに地図が表示され、自軍の機体の位置と数が青い点で表示される。

 試験場に着いている門が開くと、甲斐斗は機体の出力を全開にして外へと飛び出していった。




 甲斐斗が現場に辿り着くよりも早く、既にNFの軍の機体が十機程現場に到着しており、各機付近の探索をしていた。

 そこには赤城の乗る機体も到着し付近を探索しはじめていたが、元々現場にいた機体から通信が流れ操縦席のモニターに兵士の姿が映し出される。、

「赤城少佐、現場にいたはずの四機の『ギフツ』の反応がありません」

「何だと? 各機警戒して付近を探索しろ。奴等はまだ近くにいるぞ」

 荒れ果てた市街地、建物には大きな亀裂が走り、倒壊しているものもある。

 植物も無く人影も見当たらない、ただ砂嵐が街を駆け巡る荒廃した場所が広がっていた。

 赤城は操縦席から同じように現地にいるはずの武蔵の機体へと通信を繋ぐと、状況を確認する為に声をかけた。

「伊達中尉、そちらの現在の状況を報告してくれ」

 するモニターには操縦席で腕を組み背凭れに凭れ掛かりながら寝ている武蔵の映像が映し出された。

 仲間の機体の反応が消え、いつ『ERROR』に襲われるかも分からない状況でのその態度に赤城は呆れた様子で武蔵を見つめている。

「武蔵ッ……!」

「いやいや、寝てないよ。ちょっと考え事してただけさ」

 赤城の怒りの混じった声に武蔵は閉じていた目蓋をパチリと明けると、少し笑みを見せながら手を横に降り始める

「今度から任務中で寝ると減給にするぞ」

「いや、だから寝てな──」

 誤解を解こうと武蔵が再び答えようとした直後、武蔵の映っているモニターの映像が乱れ、交信が途絶える。

「なっ、応答しろ。武蔵!」

 映像が映らないが、けたたましい銃声が聞こえ始めてくる。。

 すると、他の場所を探索しに行っていた部隊の兵士から通信が繋がり、その通信からも銃声が聞こえてきていた。

「あ、赤城隊長! 南西部でERRORに……クソッ! 来るな! 来るなぁあああああっ!!」

「落ち着け! 周囲の状況を再確認し、その場からの離脱を最優先に実行しろッ!」 

 混乱状態の兵士の様子に赤城が必死に呼びかけるが、兵士は完全に取り乱し、弾丸が尽きるまでひたすら機関銃を撃ち続ける。

「ひいっ、奴等が機体に張り付きました! 装甲がああ! うあああああッ!!」

「私も直ぐに向かう。だから……!」

 赤城がモニターに映っていた兵士の姿を見ながら会話していたが、瞬きをした瞬間、もう操縦席には兵士の姿は無かった。

 通信機からは何かが削れ、砕けていく音が聞こえて来る。その音を聞いた赤城は唇を噛み締めると、突如ある機体から通信が繋がりモニターに一人の少女の姿が映し出される。

「赤城少佐ー! 援軍に参りました!」

 聞き覚えのある元気良い声が赤城の通信機から聞こえてくる、それはあの由梨音と名乗る少女の声だった。

「由梨音? お前はERROR掃討部隊には入っていないはずだ、何故ここにいる」

 その時、由梨音が答える前にもう一機の機体から通信が繋がると、由梨音の姿映るモニターの横に、今度は甲斐斗の映像が映し出された。

「えーと、俺も援軍に来ました」

「何ッ!? 何故お前まで戦場に出て来ている!? ルフィス、どうなっているんだ? 説明してくれ」

『申し訳ありません、赤城少佐には報告が遅れましたが。上からの指示で由梨音さんとアステル少尉の出撃許可が下りました』

 今度はルフィスの映像が流れる、赤城のモニターには三人の姿が映っている。

「由梨音はともかく、アステルは記憶を無くしているんだぞ? それなのに実戦に出るなど、上は何を考えている……」

 赤城が思いもよらぬ援軍に困惑していると、三人の姿が映るモニターにもう一人の姿が追加された。 

「こちら武蔵、援軍は大歓迎だよ」

「武蔵! 大丈夫だったか!?」

「俺は大丈夫、でも味方三機がやられてね……ERRORの数は増し続けているよ」

「B4エリアの地図を解析。データの更新、機体及び敵の位置を表示します」

 現場にはまだ辿り着いていたいがルフィスの乗っているのは普通の機体では無い。

 特殊なレーダーを取り付けており、正確な地形、味方・敵の位置と数を正確に伝える事が出来る代物だった。




 ルフィスの機体の力により。赤城、由梨音、甲斐斗の乗っている機体のモニターにより詳しい現在の状況が映し出された。

 自軍の数は現場にいる全ての機体を含め七、敵の数は二十。武蔵は現在十体程の敵に囲まれているのがレーダーを見て分かった。

「こっちの数は七機で、敵の数は二十って。相手の兵士の数はこっちの倍以上かよ」

 すると、その言葉を聞いたルフィスは甲斐斗の発言の誤りを指摘しはじめる。

『違います、今私達の戦っているのは兵士ではありません』

「兵士じゃない? それじゃ今から俺達は何と戦うんだ?」

 その時だった、甲斐斗の機体を囲むかのようにして突如レーダーに赤い点が表示されはじめる。

「ERRORです」

 甲斐斗の機体を囲むかのようにして突然地面から現れた生物。

 全長は軽く三メートルを超えており。人間と同じような赤い肉の色、二本の足と四本の腕で地べたを這いずり回るその姿は余りにも酷く、醜かった。

 皮膚が透けており、赤い血肉と太い血管が体内に張り巡らされているのが見て分かる。

 顔には目が無く、血のように真っ赤な歯茎を剥き出しにしており、不気味な笑みを浮かべているかのような表情に甲斐斗は度肝を抜かれてしまう。

「おいおいおいッ!? 何なんだよこの化け物!?」

  「そのERRORは第一種とされる『Person態』と呼ばれるERRORです、気を付けてください!」

 ルフィスの説明を聞きながら甲斐斗は急いで機体の背部に装備されている機関銃を手に取ると、躊躇い無く引き金を引き射撃を始めた。

 数匹が撃ち殺され、辺りに血や肉片が飛び散っていくが、残りのERRORが甲斐斗の機体に近づきはじめていた。

「ったく、戦う相手は兵士じゃないって、そういうことかよ……」

 冷静に向かってくるERRORを見つめる甲斐斗、すると通信機からは赤城の声が聞こえてきた。

「アステル、お前は実戦経験すらないんだ。下がれ、死ぬぞ」

 そんな赤城の心配を余所に、甲斐斗の心は高ぶり興奮していた。

 普通の人間がこのような醜い化物を前にすれば怯み、怖気ずくだろう。

 だが甲斐斗は違う。如何なる意味でも戦いにおいて『素人』ではない。

 甲斐斗は無意識にニヤニヤと不敵な笑みを浮かべると、自信有り気に喋り始めた。

「こちらアステル、大丈夫です。出来ます」

「何だと?」

 甲斐斗は全ての通信を無断で切ると、向かってくるERRORの姿を見つめながら一人喋り始めた。

「相手が人間だろうが化物だろうが関係ねえ、もう『慣れっこ』なんだよこういうのは。気持ち悪い化物め、さっさと死ねッ!」

 甲斐斗は機体の腕に装備してある小型ナイフを両手に取ると、次々に近づいてくるERRORを小型ナイフで片っ端から突き刺し息の根を止めていく。

 機体に張り付いてくるERRORにも冷静に対応し、全てナイフで切り殺していく。

 地上から出てきたERRORを甲斐斗一人で全てを殺し終えると、甲斐斗は余裕の笑みを浮かべていた。

(思ったよりも弱いな、魔法が使えなくても俺が化け物に負ける訳無えだろ、なんたって俺は最強だからな)

 甲斐斗は切っていた通信の再び繋ぐと、機体が握り締める両手のナイフを仕舞い、堂々と話し始める。

「どうですか、俺の近接戦の力。見ていただけましたか?」

 その場にいた全員が黙っている、驚きで唖然としているのだろう。

 少しやりすぎた感もあったが、甲斐斗は自分が戦えることをアピールするのにはこの方法が一番丁度良かった。

「あの、何か言ってください……」

 化け物もそうだが、甲斐斗の動きも少し不気味に見られていたかもしれない。

 何せ記憶を失った人間が卓越した操縦技術でERRORを倒すという結果に、その様子を見ていた兵士が驚かない訳がないのだから。 

 由梨音もルフィスも驚愕したまま何も言えなかったが、一部始終を見ていた赤城は甲斐斗の力を見て納得すると直ぐにその場にいた兵士達に命令を下した。

「ふむっ……まぁいい、各機付いて来い。伊達中尉の元に向かうぞ!」

 赤城の指示の元、その場にいた機体は全て赤城の乗る機体『リバイン』の後方に並び、移動を開始した。

 武蔵の居る位置に辿り着くのにそう時間もかからず、数分で合流する事が出来たが、武蔵もたった一機、リバインを操縦し十を超えるERRORと戦っていた。

 その動きは模擬戦で見せた動きよりも軽快で素早く、流れるようにERRORを切り捨てていく。

 だが数が多い、リバインが幾らERRORを切り捨てても、地上に出来た穴を使い地下からは次々とERRORが這い出てくる。

 そして武蔵の乗る機体の後方にも穴が空くと、一匹のERRORが着たいの後ろから忍び寄り、飛び掛ろうとしていた。

 するとそのERRORの出現を見ていた由梨音は自分の乗る機体『ギフツ』の機関銃をERRORに向け、引き金を引き始める。

「このーっ!」

 放たれた弾丸は見事にERRORを撃ちぬ息の根をとめると、合流した機体は陣形を組み周囲にいたERRORを次々に掃討していく。

 武蔵の操縦席にあるモニターには赤城と由梨音の姿が映る。

「こちら赤城。武蔵、どうやら無事だったみたいだな」

「ああ、けど仲間が……予想以上に数が多い」

 すると、赤城達を囲むかのように建物の影から複数のERRORが姿を見せはじめる。

「全機、周辺のERRORを掃討後、奴等が出てきた穴を破壊する」

「了解!」

 赤城の指示の元、各兵士達は冷静にERRORを掃討していくと、突如ルフィスから声がかかった。

「あっ、アステル少尉! センサーに反応ありです!」

 モニターにルフィスの姿が映り、レーダーには緑色の点が現れる。

「また敵か?」

「いえ、人間の反応が探知されました。直ちに救助に向かってください!」

(人間の反応? 何で化物溢れる荒れ果てた市街地に人間がいるんだ……まぁいい、さっさと助けにいってやるか)

 甲斐斗がルフィスの指示の元、機体を動かそうした時、今度は赤城から声をかけられた。

「アステル。警戒を怠るなよ、何時何処からERROR出てくるか分からないからな」

「了解」

 赤城の言葉を軽く聞き流し、甲斐斗は人間の反応を示した場所に向かいはじめる。

 その場所とは荒れ果てた市街地の中央にある巨大な教会のような場所で反応していた、機体に乗ったままでは探せない為甲斐斗は機体を跪かせ操縦席の扉を開くと、扉に付いてあるワイヤーを使い地面へと下り、その教会の中に入っていく。

「さてと、反応はこの建物の中からあったけど、いったい何処にいるんだ?」

 とりあえず錆びた教会の扉を押し開け中に入ると、大声を上げながら人間を探し始める。

「おーい! 誰かいないかー? いたら返事してくれー」

 自分の声が建物内に響くだけ、耳元で風が通っていく程の音しか聞こえない。

 余りにも静か過ぎる過ぎて不気味に感じてしまう、正直本当にこんな所に人間がいるのかすら甲斐斗は疑い始めていた。

「けて……」

 その時だった、甲斐斗の耳に微かに助けを求める少女の声が聞こえてくる。

「たす、けて……」

 その声がか細いものだったが、何故か甲斐斗にはその声の主が何処に居るのかが分かってしまう。

 甲斐斗は声のする方へと走り出し、自分のいた教会の奥にある大きな部屋へと来ていた。

「奥にも部屋があるのか、しかも広い……」

 先程いた部屋よりも大きく、無数の椅子が並んでおり、部屋の置くには神を象った石造のような物が置かれていた。

 しかし白く塗られていたはずの壁は茶色く染まり、ガラスなども割れている。

 壁には大きな亀裂も走っているため、何時崩れてもおかしくない危険な雰囲気を漂わせる。

 甲斐斗は慎重な足つきで教会の中を歩き、奥へと進んでいく

 きっと昔は綺麗で神聖な場所だったに違いないが、今では埃しか無い汚い廃墟にしか甲斐斗には見えなかった。

「ん?」

 すると、教会の一番奥に誰かがその場に座り込んでいるのが見え、急いで少女の元に駆けつけた。

「お前だろ、俺を呼んだのって」

 修道着のような白い衣服を身に、青く綺麗な髪が特徴的な幼い少女。

 少女は壁にもたれ掛かりながら座っており、黙ったまま震え続けていた。

 その目は赤く腫れており、頬は涙で濡れている。余程の恐怖を味わい泣き続けていたのかが一目瞭然だった。

「大丈夫だって、助けに来たんだから」

 甲斐斗が優しく手を差し伸べるが、差し伸べられた手を避ける少女。

「え? いや、だからさ。助けに来たんだって……」

 何故手を避けたのか分からない為、甲斐斗はもう一度手を伸ばそうとした直後、天井の一部が崩れ落ち、その穴から何かが降って来る。

 はぁはぁと犬のように舌を出し、ゴキブリのように地べたを這いずり回る生き物。

 それは先程戦場で見たERRORだった。甲斐斗は何時のまにか付近にERRORが出ていた事に気付いておらず、

「出やがったな、化け物が。拳銃を持ってきておいて正解だったぜ」

 甲斐斗は操縦席にあった拳銃を腰に掛けていた為、その拳銃を手に取ろうとした。

 すると天井に出来た穴からは次々にERRORが落ちてくると、その異常な数の多さに甲斐斗は目を見開きながら愕然としていた。

(おいおいおいちょっと待て、多過ぎだろ!?)

 教会の天井に空いたから次々に落ちてくるERROR、先程まで広々とした空間が広がっていたというのに、今では六匹のERRORが壁や天井、地面に張り付いている。

 更に甲斐斗が入ってきた入り口からもERRORが姿を見せ始めており、完全に追い詰められた状況になっていた。

(何だこれは、軽く死ねる状況じゃないか? 武器は拳銃一丁、最強である俺の魔法も使えない。それでこんな化け物をどうしろって言うんだ?)

 正直甲斐斗は自分でも分かるぐらい額から汗が噴き出し、その場からどう逃げようかと必死に考えていた。

「いや考えてる場合じゃねえ! 逃げるしかないだろ!?」

 甲斐斗は後ろでしゃがみ込んでいた少女を軽々と抱きかかえてると、もう一方の裏口に向かって全力疾走を始める。

 後ろにを振り返らずに裏口を抜け、なんとか教会の外に出るのに成功。

 後は機体に乗り込み先程のERRORを皆殺しにするだけ。甲斐斗はすぐさま自分が乗って来た機体に向かった。

「あれ……無い……?」

 そこに止めてあったはずの機体は忽然と姿を消していた。

(そんな馬鹿な事があるか、絶対にこの場所に止めて置いたはずだ。機体が勝手に動く訳無いし……)

 その時、甲斐斗の耳に何か鈍い耳障りな音が聞こえてきていた。

 何の音かは分からない。甲斐斗はその耳障りな音のする方へと向いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

「嘘だろ……?」

 甲斐斗が乗って来たギフツを十匹以上のERRORが装甲を噛み砕き、喰い千切っている。

 更には口から酸の様な物を吐き出して装甲を溶かしており、貪るように機体を食散らしていく。

(何でこいつ等機体何か食べてんだよ、いや、それよりも今はこの状況をどうすればいいんだ……? まぁ、流石に誰か助けに来るだろ。レーダーには人間の反応を感知していたんだ。ERRORの反応だって分かるはず、だったら直ぐにでも助けに来るに違いない)

 甲斐斗は不安を紛らわせるようにポジティブに物事を考えていくが、ふとある予想が脳裏を過ぎった。

(で、でも……もし仲間達が寄り多くのERRORの出現に苦戦して梃子摺っていたら……それ所か既に全滅してたりして……)

 『ヤバイ』。この一言だけが甲斐斗の頭の中で増え続ける。

 少女を抱えて走った所で逃げ切れる訳がないし、拳銃一丁では一匹を殺せるとしてもあれだけの数を相手に出来る訳がない。

 だからといってここで諦められる訳がない。訳も分からず他世界に飛ばされたかと思えば化物に食い殺される結末など絶対に考えたくはなかった。

「あの」

 甲斐斗が無残に喰い散らかされている機体の光景を愕然とした様子で眺めていると、抱かかえて居居る少女が口を開いた。

 だが体と共に声も震えており、甲斐斗は少女の方に顔を向けると。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「ん? ああ、お前のせいじゃないって。まぁ大丈夫だ、なんとかなるだろ、多分──」

 甲斐斗が少女を見て話しているとき、建物に登っていた一匹のERRORが甲斐斗目掛けて飛び掛り、頭上から襲い掛かかってきた。

 すると甲斐斗はERRORの行動に気付き少女を強く抱き締めたままその場から跳躍して離れると、ERRORが振り下ろしてきた右腕を回避してみせる。

(思ったよりも素早いッ! やっぱ走って逃げるのは無理か……)

 地面に着地しながらも甲斐斗はERRORから目を放すことがなく、次の攻撃を回避するために動きを見極めようとERRORを見つめていた。

 だがERRORは一匹だけではない、教会の中にいたERROR、そして機体を貪っていたERRORが次々に甲斐斗に気付き近づき始めると、甲斐斗は身構え一匹一匹のERRORの様子を見定めていく。

(全く、こんな気持ち悪い化物見たくもないが。動きを見て対応していかねえと、コレだけの数に襲われたら一たまりもないからな……)

 ERRORの顔に目はない。だが甲斐斗は自分の周りにいるERRORから視線のようなものを感じており、ERRORは甲斐斗の方に顔を向けながら二本の腕と四本の足を器用に使って近づいてくる。

 すると甲斐斗は軽く溜め息を吐くと、一番近いERRORに声をかけてみた。

「まぁ待てって。話し合いで解決出来ることもあるだろ? まずは話し合ってみないか?」

 対話が出来ればまだ助かる望みはあるが、声をかけてもERRORは無反応であり、甲斐斗の額に更に汗が滲み始める。

(訳もわからん世界に飛ばされて、記憶喪失のフリをしたあげく。ロボットに乗せられ、気がつけば化け物に囲まれて、そのまま食べられてはい終了? そんな簡単に死んでたまるかよ……俺が魔法さえ使えれば、こんな奴等今すぐにでも消し炭にしてやるというのに……ッ!)

 絶対に諦めない。甲斐斗は何時襲われて攻撃を回避出来るように身構え、集中力を高めていた時だった。

『貴方は何故死にたくない、何故生きたいのですか?』

 突如、甲斐斗の脳内に直接語りかけように女性の声が聞こえてくる。

(なっ……声だと? お前誰だ、何処に……)

 何処の誰がこのような事をしてきているのか、ふと甲斐斗は抱かかえている少女に目を向ける。

 すると少女の体の震えは止まっており、虚ろな瞳でじっと甲斐斗を見つめ続けていた。

(まさか、この子が……?)

『貴方は何故死にたくない?何故生きたいのですか?』

(そんな事を今聞いてどうするんだよ。まぁいい答えてやる、何故死にたくないか、何故生きたいか)

「俺は死にたくない、何故なら生きたいからだ」

 答えになってないのは百も承知だが甲斐斗は堂々とそう言ってのけた。

『何故そこまで生きようとするのですか、死ねば……楽になれますよ』

「……死んで楽になれるなら俺は喜んで死ぬけどな。お前は生きていて楽しい事とか嬉しかった事とか無かったのか?」

『楽しかった事もありません、嬉しかった事もありません』

「余程辛い人生を送ってきたみたいだが。生きていれば楽しい事や嬉しい事があるんだよ」

『本当に?』

「本当だ。っつーか、生きる理由ってそういうもんだろ? そりゃ生きてたら嫌な事もあるが、だからといって死んだら楽になる訳がないんだよ。何故なら楽しい事や嬉しい事が味わえなくなるからな、生きてたら自分がしたいと思う事は大抵出来るんだぜ? だったら生きていたほうが良いだろ」

『……私も、味わってみたい。生きる喜びと言うものを』

 抱かかえていた少女に額に、ふと光輝く魔方陣が浮かび上がり始める。

 その光を見つめたまま甲斐斗は話しかけ続けた。

「ああ、なんなら俺がそれを叶えてやってもいい。生きる楽しさをな」

 甲斐斗がそう言って絶望的な状況に立たされているにも関わらず微笑んでみせると、少女の額に浮かび上がる陣の光は更に強さを増し、強烈な光は周囲を照らし飲み込んでしまう。

 その時、甲斐斗は自分の中にある『何か』が解かれた感覚が全身を駆け巡った。




 甲斐斗が少女と話している最中にERRORは甲斐斗の回りを囲むように集まっており、もはや何処にも逃げ場は残されていなかった。

 だが。今の甲斐斗にとって逃げ場などもはや必要無い。

 甲斐斗は顔を上げ目の前にまで迫っているERRORを見つめると、軽く笑みを浮かべてみせる。

「運が悪かったな、化け物」

 甲斐斗が抱きかかえていた少女は気を失っており、すやすやと寝息をたてている。

 すると甲斐斗は自分の足元に優しく少女を寝かせると、再びERRORに向けて喋り始める。

「よく見とけよ。今からお前と戦うは、『最強』の男だ」

 腕を組み、堂々と言ってみせる甲斐斗。しかしERRORには甲斐斗の言葉が通じず、一匹のERRORが巨大な口を開き甲斐斗に喰い千切ろうと飛び掛った。 

「あ、お前等って目が無かったっけ」

 その直後だったが、飛び掛ったERRORの頭部が一瞬にして撥ね飛ばされると、血飛沫をあげながら体が甲斐斗を逸れて倒れてしまう。

「魔法は使えないが。どうやら俺の『レジスタル』だけは出せるみたいだなぁ、さっさと気付くべきだったぜ」

 甲斐斗に右手に握り締められている巨大な黒剣。それは元々甲斐斗が近接戦闘用として生み出す事が出来る『大剣』だった。

 その大きさは軽く人の大きさを上回るものの、甲斐斗は片手一本で軽々と大剣を振るい剣についた血を飛び散らせる。

「十分だ。俺にはこの剣一本でも有れば誰にも負ける気がしねえ」

 そう言って自分に襲い掛かった哀れなERRORを見ると、首を撥ねられたERRORはのたうち回りやがて動かなくなっていく。 

「なるほど、化物だろうと首を撥ねれば死ぬのか。楽勝だな」

 甲斐斗は大剣を構えると、自分を囲う無数のERRORに向けて更に言葉を続けた。

「どうした、さっさとかかってこいよ」

 甲斐斗がそう発言した直後、回りを囲んでいた無数のERRORが一斉に甲斐斗に向けて飛び掛りかかりはじめていた。




 その頃、赤城の率いる部隊は異常なまでのERRORの出現に掃討に時間がかかってしまい、甲斐斗が向かった場所に無数のERRORの反応が有ったにも関わらず直ぐに助けに向かう事が出来なかった。

 そして漸く全てのERRORを掃討し終えた後、赤城達が町の中央にある教会へと向かうと、そこで目に飛び込んできたのは無残にも喰い散らかされた機体の残骸の光景だった。

 その機体の様子を見たルフィスは目を見開き震え上がると、最悪の結末を想像してしまう。

「そんなっ、ア、アステル少尉がっ……!』

 蘇る恐怖。全身を飲み込むような巨大な恐怖にルフィスの目に涙が浮かんでくると、直ぐに赤城はルフィスに声をかけた。

「落ち着けルフィス、アステルは生きている。レーダーをよく見ろ」

 言われた通りレーダーを見てみると、そこにはERRORの赤い反応はなく。教会の中に二つの緑の反応が確認できた。

 これだけで二人が無事だという事は直ぐに分かる。

 二人は無事、何故ERRORの反応が無いのか赤城達は分からなかったが、教会に近づき辿り着くと、その答えは直ぐに分かった。

「これはっ……」

 赤城を含めその教会の現場を見た誰もが息を呑む。

 そこには十匹以上のERRORの残骸が散らばっており、地面は血で赤く染まっていたのだ。

 ERRORの死体はどれも鋭利な刃物で斬られたかのように綺麗に切り落とされており、血と肉片が辺りに散乱している。

 それは地面だけではない、付近の建物にも血が飛び散っており、ここで激しい戦闘があったのは明白。

 しかし機体が破壊されていた以上。どうやってERRORを倒しのかが皆は分からず困惑していると、近くの建物から甲斐斗が姿をみせた。

 その姿は所どころに血が付着していたが、甲斐斗自信の血ではないと証明するよに甲斐斗は元気よくその場に立ち、少女を抱かかえていた。

「えーと、無事に民間人の救助に成功しました」

 そう言ってとりあえず敬礼してみる甲斐斗だったが、違和感だらけの状況に皆は困惑し続けていたが、武蔵の乗る機体が甲斐斗の前に跪くと、右腕をゆっくりと下ろし掌を広げた。 

「とりあえず無事で良かった、詳しい話は基地に戻ってから聞かせてもらおうか」

 武蔵はそう言って機体の掌に乗るように指示を出すと、甲斐斗は少女を抱かかえたまま掌に乗り、こうして記憶喪失後の初任務を終え甲斐斗は基地へと帰還するのであった。

-ERROR-

未だ謎に包まれている生物。

様々な形、種類のERRORが存在する。

虫のように地面から湧き出る事もあり、以前作られた地下都市に巣があると考えられている。

人間のような形のERRORもいれば虫のようなERRORも存在しており、数、種類は未だ不明。




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