第21話 信じた者、孤独
愁の家族が監禁されている部屋は二つ、どちらも三階に有り二組に分かれて行動する事になった。
愁は運悪く銃を突きつけてきた女性とペアを組む事になってしまう、どうやら監視の為らしい。
「あの、名前はなんて言うんですか?」
「名か? ラティスだ」
「わかりましたラティスさん、俺について来てください」
この女性といると何処と無く懐かしさを感じる、雰囲気が少しセーシュに似ているからかもしれない。
その分とてつもなく危険な雰囲気も伝わってくる為、この女性との会話は慎重に言葉を選ばなければならなかった。
「あの、警備の人に見つかった場合はどうするんですか?」
「殺す」
「こ、殺す!?」
今までBNの基地で働いてきた愁にとって仲間である兵士達をなるべく傷つけたくはない。
精々気絶程度で終わらせばいいと思っていたが、ラティスの答えは愁の思いとは全く逆だった。
「安心しろ。私の持っている銃はサイレンサーが着いてある。バレはしない」
安心する所が違う気がする。
ちなみに愁達が何処から侵入するのかというと格納庫からだった。
格納庫の中にある非常階段を上っていけば直ぐに三階に上れる、だがその分警備兵も多く気づかれずに向かうのは難しい。
愁とラティスは警備兵にバレないよう慎重に格納庫に移動していくと、ふと愁の視線がラティスの右手に向いた。
ラティスの右手には本当にサイレンサーの付いた銃が握り締められており、犠牲者を多く出さない為にも愁は警備兵に見つからないように慎重に移動していくと、ようやく格納庫内に進入する事が出来た。
「さすが元BN兵士、基地内に詳しいおかげで今の所誰にも見つかっていないな」
「はい、後は階段を上るだけです」
そう言って階段のある部屋と向かう為扉を開けた時、非常階段に一人の警備兵が立っていた。
それに気づいた二人、ラティスと警備兵はほぼ同時に銃口を向ける。
すると、銃を持っている警備兵が愁の顔を見て驚きを見せた。
「おいおい魅剣じゃないか!? お前どうしてこんな所に……」
驚きを見せたがやはり銃口は愁に向けたまま。すると何を思ったのか愁は、その警備兵を説得しだした。
「家族を助けたいだけなんです! お願いします、見逃してはくれませんか?」
「お前みたいなスパイを信用しろと? 何言ってんだ?」
突然の話し合いにラティスは困惑していたが、その場は黙ったまま愁の話に耳を傾けていた。
「それは違います! 俺はスパイなんかじゃないんです!」
「だったらお前の後ろにいるその女性は誰だ」
「この人は俺と一緒に家族を助けに行くのを手助けしてくれています。大体BNは民間人を拉致監禁するような組織ではないはず、それなのにどうして……!」
無駄に血を流す戦いは避けたい、この兵士も愁達と共に戦ってきた仲間なのだから。
「お願いします、家族を助けるだけなんです!」
愁は深く頭を下げて警備兵に頼む、それを見ていた警備兵は溜め息を吐くと愁に向けていた銃を下ろした。
「……まぁ実は俺、お前がスパイだなんて信じられなかったんだよ。お前はいつも真っ直ぐで馬鹿正直だったからな、だから俺はお前を信じる。ここは見逃してやるよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
警備兵の右手を握り締めて感謝の握手を交わす愁、仲間の血を流さずに済んで本当に良かった──そう思いながら愁は兵士の横を素通りする。
「後はここを上がるだけです、早く行きましょう!」
「そうだな、行くか」
ラティスも銃を下げて愁の後を追うように階段を上ろうとした時だった。
愁が階段を上っていこうと一段足を前に出した時、非常階段に銃声が鳴り響いた。
銃声と言ってもあの火薬が爆発する音ではない、とても綺麗で静かな銃声だ。
「ラティスさん?」
愁がその音に反応して後ろに振り返る。
そこには頭から血を吹き出しながら壁にも凭れ掛かっている警備兵の姿があった。
手足は痙攣しながら少し動いているが、既に顔は血で真っ赤に染まり、目を開けたまま動かなくなっていく。
「そんな……どうして発砲したんですか!?」
「早く上がるぞ」
ラティスは何事も無かったかのようにまた階段を上がろうとする。
愁を追い抜いて前に出ようとした時、愁がラティスの腕を掴んだ。
「どうして彼を撃ったのか理由を聞いてるんです! 彼は俺達を見逃してくれたんですよ!?」
「……馬鹿が、見逃しただと? 違うな、奴は私が背を向けた所を狙おうとした」
「な、何を言っているんですか、彼は俺達を信じてくれて、それで……」
「それなら奴の銃の引き金を見てみろ」
ラティスにそう言われて愁は壁にもたれ掛かりながら死んでいる警備兵に目を向けた。
警備兵の人差し指を見ると、警備兵の指は銃の引き金を引く所で硬直し止まっている。
そしてラティスは愁の顔を自分の方に向けさせる。愁はラティスを睨んでいたが、その表情はとても冷静だった。
「何故奴が最初に撃たなかったかわかるか? お前は銃を持っていない、だが私は持っている。そして私はお前の後ろにいた、もし奴から先に発砲したとしても死ぬのは魅剣、お前だけだ。私と奴が同時に発砲したとしても奴の銃弾は私には当たらずに私の前にいたお前に当たるだろう。武器の無いお前を殺しても意味が無い、もし撃てば私に殺されていたのだからな、これでわかったか?」
「そんな……彼は俺達を信じるって……」
「何を馬鹿な事を言っている、お前はもうBNの兵士ではない。反逆者でありBNの敵だ」
「でも、俺っ……」
「無駄口を叩く暇は無い、他の兵士に気づかれる前に行くぞ」
そう言うとラティスは一人階段を上っていく。
それでも愁は仲間に裏切られた事が信じられず、殺された兵士に申し訳ない気持ちで一杯だった。
「監禁室はどこだ?」
「たしかあの部屋だったと思います」
それは一番端にある部屋だった、ラティスと愁はその部屋の前まで移動する。
部屋の前に着くが辺りに人の気配は無い、急いで部屋の中に入ろうとしたがドアを開くには横にある装置にIDカードを入れなければならない。
「ここはIDカードが必要なのか、それならさっき殺した兵士からIDカードを奪ってこい」
「それもそうですね……わかりました、取りに行って来ます」
もう一度仲間の死体の所に行かなければならい……正直愁は行きたくはなかったが、これも家族を助ける為。
ラティスはその場で誰か来ないか見張る為に部屋の前で待機、愁はすぐに非常階段を下りると兵士の死体の上着ポケットからIDカードを抜き取り急いでラティスの元へと戻っていく。
「ありましたよIDカード、これでこの部屋に……」
部屋の前に戻ると、そこにはラティスの姿は無かった。
愁が部屋の前から離れてたった一分ぐらいだろうか、たったそれだけの間にラティスの姿は消えていた。
少し通路を移動して探してみるがラティスの姿は何処にも無い。
仕方が無いので愁は兵士のIDカードを使い一人で監禁室に入ることにした。
一体彼女は何処に行ってしまったのだろうか、そんな不安を抱きながらカードを装置に差し込む。
IDカードにより無事部屋の扉が開いていくが、そこに広がる光景に愁は目を疑った。
そこにいたのは愁の母だった……だが、両手に手錠を付けられ、両手は天井からぶら下がっている鎖で吊り上げられていた。
そして顔には青く腫れたアザがいくつもあり、口元には血まで付いている。
「かあ……さん……?」
目の前の光景が理解できない、何故自分の母が監禁され更に暴行までされているのかが愁には分からない。
声を掛けても返事が無く、愁の頭の中は段々と真っ白になっていく。
「しゅ……う……」
その時、微かに聞こえる自分の名を呼ぶ声、意識が朦朧とする状態の中、母は愁の名前を呼んだ。
「母さん!」
愁が母の元に駆け寄ろうとした時、男の声が愁の足を止めた。
「おっと、動かないでもらおうか」
暗い部屋の奥から現れる数人の兵士達、手には銃を握り締めている。
「まさか本当に来るとはな、魅剣一等兵。待ってい───」
「これはどういう事ですか?!」
兵士が最後まで話し終わるまでに問いかける、この今の状況……というより、母親の状態に納得できず苛立ちを露にしていた。
「どうしてこんな事をッ……母さんが何をしたって言うんですか!?」
「お前の居場所を吐かせていたんだよ。結局何も喋らなかったがな」
「何の罪も無い人をこんなに殴って……こんなに傷つけて……貴方達はなんとも思わないのですか!?」
「それはこちらの台詞だよ魅剣。貴様SV(Saviors)のスパイだったのだろう? お前達が仕掛けた爆弾で何人のBN兵士が死んだと思っている」
その言葉に耳を疑った、あの時フィリオはたしかに死者はいないといったはずだ。
「死んだ? 死人はいないんじゃ……」
「何寝ぼけた事言ってんだ、格納庫を爆破されて死者が出ないとでも思ってるのか?……今まで仲間だと信じていたお前に、こんな形で裏切られるなんてな」
「ち、違う。俺は裏切ってなんかいない! 俺はその件に関しては何も知らないんだ!」
「そうか? だがSVの奴等が何処にいるのか、居場所ぐらいは知っているよな?」
銃を持った一人の兵士が愁の母に近づいていき、両手に付いてある鎖の鍵を外す。
愁の母は力無く地面に倒れこむ、だが兵士はその髪を掴むと強引に引っ張り上げた。
そして銃口をこめかみに当てニヤリと不敵な笑みを見せる。
「止めろ! 母さんに手を出すなッ!!」
「それじゃあ奴等の居場所を吐け、そうすれば放してやる」
「そんな……ッ!」
「言わないのか?それなら……」
兵士は銃口をずらし引き金を引いた、銃弾は頭ではなく足を撃ちぬく。
「あああっ! ぐ、っ……」
余りの激痛に悲鳴が出てしまうが、兵士は構わず引き金を引こうとした。
「わかった全て話す! 話すから母さんに危害を加えるのだけはもう止めてくれ! 頼む、お願いだ……もう全て話すからッ!」
「ほぉ、親思いの良い子だ。それじゃあ全て話してもらおうか」
愁の目からは涙が零れ落ちていた、全身傷だらけで、しかも足から血を流している母の姿を見ると絶望が自分を襲う。
全部自分のせいだ、あの時一緒に逃げていれば、自分だけ逃げて母さんを置いて行ったから──そんな罪悪感が愁を追い詰めていく。
「だから約束してくれ……話したら、母さん達を逃がしてくれると……」
「良いだろう、これは取引だ。SVの情報を全て言えば見逃してやる」
愁はもう傷つく母の姿を見たくなかった、血を流し、苦痛に苦しんでいる母の姿を。
「街の西に大きな屋敷がある、C1方面だ、その屋敷が……」
「C1方面の屋敷か……よし分かった」
「俺が知っているのは場所だけだ、後は本当に何も知らない!約束どおり見逃してくれるんだろ!?」
「ああ、約束どおりお前を見逃してやるよ。ほら早く逃げたらどうだ」
「なっ、俺だけじゃない! 母さんも一緒だ!」
母の元に駆け寄ろうとしたが、数人の兵士が一斉に俺に銃口を向ける。
「親切にお前の命は助けてやると言っているんだ、素直に逃げたらどうだ?」
「俺一人で逃げるはずないだろ、母さんと一緒だッ!」
「ったく、母さん母さんってお前はマザコンかよ。そんなに言うなら二人仲良くあの世に送ってやるよ」
「約束が違う! 母さんを帰して──」
一発の発砲音、そして一発の弾丸が愁の腹部を撃ち抜いた
だが愁は両足に力を入れ踏ん張ると、なんとかその場に踏み止まってみせる。
自分の撃ち抜かれた腹に目をやると、着ていた服は見る見る赤く染まっていき激痛が愁を襲う。
「さて、必要な情報は聞いた。もうこいつ等には用は無い。殺せ」
銃を持っている兵士が銃を構え、一斉に引き金を引こうとした。
だが引き金を引く前に数発の銃声が室内に響く、室内にいた兵士達全員の頭部に弾丸は命中していた。
愁の信じていたBNは、一体何だったのか……。
撃ちぬかれた腹を抱えながら何とかその場に立っている愁。
銃声と共に死を覚悟したが自分はまだ生きていた。
「魅剣、生きているようだな」
「ラティスさん!? 一体今まで何処に……ッ!」
「お前を試していた」
「はっ……?」
「部屋の外で聞かせてもらった、お前がSVに忠誠を誓っているのかどうかな」
ラティスの言葉に愁は動揺が隠せない。
何を言っているのか……こんな時に冗談を言っているのか?
愁があの状況だったというのに、助けずにずっと聞いていただけと言うのか?
「私が憎いか? 助けてくれなかった私が憎くてたまらないか?」
「なっ、何が言いたいんですか……」
「甘えるな、そして自分一人で何も出来ない非力さを悔やめ」
「ぐっ!」
今にも殴り掛かろうと愁は腕に力を籠め近づこうとするが、足に力が入らない。
「お前はこう言いたいだろう、人は一人じゃ非力だ、何も出来ないのだと。だがそれは甘えだ、非力な人間が何人集まろうとも所詮非力だ」
ラティスはそう言うと頭を撃ち抜かれた一人の兵士に近づく。
「お前はSVを、お嬢様を裏切った。我々の居場所を喋ったのだからな。お前のした事は兵士としては間違っている、だが……」
そしてポケットから手錠の鍵を取るとそれを持って愁の前に投げた。
「人としては間違っていないのかもしれん」
「ラティスさん……」
その言葉でようやく彼女の優しさのようなものを分かりはじめた気がした。
愁はすぐさま鍵を拾い上げると母の元に駆け寄り直ぐに手錠の鍵を外しにかかる。
「母さん! しっかりして! 母さん!」
「愁……」
意識が朦朧とする母を背負うと、すぐさま部屋を出て行く。
ラティスは愁の後ろを追いながら追っ手が来ないか辺りを見回しながら走っている。
だがその時、第二旧本部内に警報音が鳴り響き、天井に着いてある赤いランプが愁達を照らした。
「気づかれたみたいですね……早く階段を下りましょう!」
「言われなくとも降りる、お前も急げ」
二人は非常階段を下りていくとき、愁が背負っている母が口を開いた。
「ごめんね愁、迷惑かけて……」
「何で母さんが謝るんだ!? 謝りたいのは俺の方だよ! 大丈夫、すぐに脱出して手当てをするから、だから!」
焦る気持ちで呼吸が荒くなる中、愁は無我夢中で走り続ける。
逃げる途中何人かの兵士と出会うが、ラティスは無言で現れた兵士達を次々に撃ち殺しなんとか基地の外にまで逃げる事が出来た、だがまだ安心は出来ない。
基地の近くの外で待機していた車に既に乗り込んでいたSVの二人の兵士。
そして車の荷台には愁の弟と妹である琉と茜の姿がそこにあった。
琉と茜は気を失っているのか目を瞑って壁に凭れかかりながら座っている。
愁達が車の荷台に乗り込むと同時に一気にアクセルを踏み込み車をかっ飛ばす。
追っての車が基地から出てくるのが見えたが、ラティスが車の中にあった黒い包みに包まれていたロケット砲を取り出すと、自分達を追ってくるBNの車に目掛けロケット弾を放った。
追っての車はロケット弾を交わそうしたが間に合わず直撃。乗っていた人間諸共も木っ端微塵になり無事愁達は脱出する事ができた。
「愁……」
母が震えるような声で愁の名前を呼び、両手を握り締めてくる。愁もまた母の両手を力強く握り締め返した。
「もう大丈夫だよ。基地からは無事脱出できたから……もう少しで手当ても出来るからね……」
「愁……琉と、茜の事、頼んだわね……」
「な、何言ってるんだい母さん。変な事言わないでよ、もうすぐなんだから……!」
握り締めた母親の手は冷たく、段々と目が虚ろになっていくのを見て愁は更に力強く母親の手を握り締め声を掛け続ける。
「そんな……嘘だろ……しっかりしてよ母さん、ねえ、母さん!」
いくら呼びかけても、もう返事は返ってこない。それでも愁は名前を呼び続けるが、母はゆっくりと目蓋を閉じ息を引き取った。
「あ、ああ……うッ……!かあ、さんッ……!!」
母親を助ける事が出来なかった事に対し無力感と同時に絶望が愁を襲う。
止め処なく涙が溢れ出しもう動く事のない母の体を抱き締めると、愁は亡き母に約束するように話かけた。
「分かったよ母さん……俺、琉と茜は、絶対に守ってみせるから……!」
そして愁は振り返り、座っている琉と茜に近づいていく。
二人は目を瞑って深い眠りについおり、全く動かずにただただ座っていた。
「琉、茜、大丈夫か?」
愁がそっと二人の肩に手を伸ばし指先が肩に触れると、二人の小さな体は力無く横に倒れた。
「りゅう? あか、ね……?」
母は深い眠りについた、琉と茜の無事を確認した後、二人を愁に託し。
だが母も愁も気づいていなかった。既にこの二人は、母より早くもう二度と目覚める事のない深い眠りについていた事に。
「嘘……嘘だ、こんな……の、あっ……あああッ!うあああああああああああああッ!!?」
母親、幼い弟と妹が死んだ。BNの兵士の手によって拷問に合い殺されていたのだ。
何も出来なかった、誰一人守ることが出来なかった、一夜で愁は家族を失った。
絶望と怒りで愁が叫び声を上げたその時、彼の心と精神は遂に限界を向かえる。
突如視界が暗闇に包まれ気を失ってしまう、それは自分を守る為、現実から逃げる為のものだったのかもしれない。
同じ荷台に乗っていたラティスはそんな愁を見て遣りきれない悔しさと怒りを胸に抱くと、ラティスは徐に気を失っている愁の右手を掴み、それを母親の手に伸ばすと。今度は愁の左手を掴み弟達の手を掴ませた。
もう失った家族は戻ってこない。こんな事をした所で気休みにもならない事ぐらい分かっている、それでもラティスには我慢が出来なかった。
一夜で全てを失った青年の世界を見てしまったのだから。