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第2話 嘘、記憶

 男が閉じていた目蓋開いて見た景色は、真っ白に塗られた天井だった。

 顔を横に向ければ小さな机の上に花瓶が置かれている。

 暖かい光が窓辺から射し込んでおり、その輝かしい部屋で男は目を覚ました。

 目蓋に射し込んでくる光は余りにも眩しい。 右手で目元を擦った後、ふと自分の腕を見てみると腕には包帯やら点滴やら色々と付けられている。

 その時、ふと男は思った。

(ここは一体何処なんだ?)

 確か世界が崩壊した後に飲み込まれた所までは覚えているが、その後の事を全く憶えていなかった。

 とりあえず回りを見渡してみるが、白い普通の部屋が広がっているだけ。

(なんで俺はこんな部屋にいる、それにこの点滴は何だ?)

 ベッドから起き上がる事は出来るが、体全身や両足がとても痛くベッドから出る事が出来ない。

 すると部屋にある扉が開き、そこから白衣を着た女性が現れた。

「あっ」

 ベットから出ようとする男を見た途端、口に手を当て立ち竦んでいる。

 すると女性は突然目に涙を浮かべると、手に持っているカルテを落としてしまった。

 すぐに拾うと思われたが、女性は男を見つめたままカルテを拾おうとしない。

「あの、それ落ちたけど。って、え?」

 男はそう言って落ちたカルテに指を指そうとした時、その女性の顔を見て思わず二度見してしまう。 

 間違いない、間違えるはずがない。男はこの女性を知っていた。何故ならこの女性は───。

「セレナ姉さん……?」

 その一言が女性の耳に届いたとき、女性の表情は曇りから一気に晴れへと変わった。

「カイト! 気がついたのね!」

 そう言ってセレナは満面の笑みを見せながら男に抱きついてくる。

 その温かく柔らかい体に抱き締めら、男の体は更に温かくなっていた。

 それはただ単に抱き締められているからではなく、もう二度と会えないと思ってた姉に会えたからだった。

(信じられない、死んだはずの姉さんが俺を抱きしめている……なるほど、ここは天国なのか!? 俺はあの時に死んで。それで姉さんの所に……)

 これで全て合点がいった。

 セレナという姉に抱き締められている男の名は甲斐斗かいと

 姉の名前を呼び、その名前を聞いて自分の名前を呼んでくれた。ここが死後の世界である事は間違いないと確信し、甲斐斗は漸く安心しはじめる。

「ずっと心配してた、カイトの機体が破壊されたって聞いた時なんて、私、もう……」

 だが、ここに甲斐斗の予想が大きく外れてしまう。

(……はて、機体が破壊された? 何の事だか分からない、天国行きの飛行機が墜落、それとも船が転覆したのか? まぁ生きた人間は誰も天国を見た事が無いからな、そういう事情が有っても知らないだろう。……あれ、ここ死後の世界なのに何で俺は点滴を打ってるんだ? それに抱き締められ続けて息が苦しい)

「でも良かった、本当に。カイトが無事で……あ、そうだ。飲み物でも買って来るから少し待っててね」

 セレナは笑みを浮かべながら上機嫌な様子で甲斐斗から離れると、先程落としたカルテを拾い机の上で軽くカルテを叩いて綺麗に揃える。

 そして後ろに振り向き甲斐斗に軽く頭を下げた後、部屋から出て行ってしまった。



(……もしかして生きてるのか、俺)

 恐る恐る甲斐斗は自分の左頬を強くつねってみる。

(痛い痛い! 痛てえッ! 何をやっているんだ、俺は馬鹿か)

 『こんなに強く抓るんじゃなかった』。と、一人で突っ込みをしてしまうが、その行為が痛みよりも自分が今、生きている証拠にすら思えてきてしまう。

 甲斐斗は痛む頬を摩りながら状況を整理していく。

(俺はあの時の戦いで力を使い果たし、次元の狭間に吸い込まれた……だとすると、ここは俺がいた世界じゃないって事か。それなら俺の元いた世界に魔法で帰ればいいだけじゃないか。でも、なんで姉さんがこの世界に? まぁ考えてみれば、他の世界には似ている人なんていくらでもいるか……)

 そうと分かれば元の世界に帰る為にベッドから出ようとしたが、ふとセレナの存在が頭の中で引っかかった。

 甲斐斗を見てあれだけ嬉しそうにしていたのだ、もし甲斐斗が元の世界に帰りいなくなってしまえば、再びセレナを悲しませてしまう。

 だが、あのセレナという女性は容姿も名も一緒だが全くの別人、自分の本当の姉ではない、その現実を再認識した甲斐斗は軽く溜め息を吐いてしまう。

「カイトー! メロンソーダ買ってきたよ!」

 甲斐斗が一人考えていると、飲み物を買い終えたセレナが部屋に入ってくるが、『なんで炭酸なんだ』などと、甲斐斗は脳内で突っ込みを人がいれながら差し出された飲み物とを受けとる。

(まぁ俺、メロンソーダ好きだけど)

「ありがとう」

 セレナから渡されたメロンジュースの入った紙コップには沢山の小さな氷が入っていた。

 甲斐斗は『氷を入れると味が薄くなるから嫌い』。などというどうでもいい事を考えながら渡された飲み物を飲みはじめる。

 美味しそうに飲み物を飲む甲斐斗の姿を見てセレナは安心すると、後ろに振り返り部屋の出口に向かって歩いていく。

「私はこれから健診のお仕事がしてくるから安静にしててね」

「分かった。俺の事は心配いらないよ、安静にして寝てるから」

「『俺』……? まぁいいや、それじゃあね」

 甲斐斗の言葉に少しだけ違和感を感じたセレナだったが、特に気にする事もなく部屋を後にする。

 こうして再び部屋には甲斐斗だけになってしまったが、これで漸くじっくり自分の身に何が起きたのかを考えられる。

 この世界に多くの疑問を感じながら甲斐斗はベットから下りてみると、自分の足が動くかを確かめてみる。

 歩く事は可能。だがやはり痛い、それに全身に力が上手く入らず体が重く感じていた。

 自分の身は痛みが残るものの無事、命に別状はない。

 とりあえず自分の身体は大丈夫な事を確認すると、今自分が居る世界について考え始めていた。

 この世界は自分が元いた世界とは違う『別世界』。そして先程現れた女性は名前も見た目も瓜二つの、自分の実の姉のそっくりさんという事になる。

 甲斐斗は部屋を出る為に一歩ずつ痛みを堪えながら歩き始めると、ドアノブに手が触れる。

 それと同時に扉は開かれるが、甲斐斗が開けた訳ではない。部屋の外から誰かが扉を開けたのだ。




「アステル少尉!?」

 扉が開き通路に立つ一人の小柄な少女。

 甲斐斗は少女を見つめたまま固まっていると、少女は突然涙目になり甲斐斗に向けて敬礼をしはじめた。

「いえ、おかえりなさい、カイトさん!」

「た、ただいま」

 『おかえり』と言われたので『ただいま』と返したものの、当然甲斐斗には何が何だか分からず困惑し続ける。

(アステル少尉? というか、何でこの少女も俺が『甲斐斗』って名前なのを知っているんだ……)

「セレナさん。普段は東部軍事基地の医務室で仕事をしているのに、弟のカイトさんの看病がしたいからって今だけこの病院に来て働いているんですよ? すごいですよね」

「待て、今弟って言った?」

「えっ? 何言ってるんですかカイトさん。セレナさんはカイトさんのお姉さんじゃないですか……大丈夫ですか?」

(この世界でも『セレナ』と『カイト』は血の繋がった姉弟関係なのかよ。偶然ってすごいな……)

 名前所か姉と弟という関係すら一致してしている事に甲斐斗が戸惑っていると、立ったまま動かない甲斐斗を見ていた少女は声を上げた。

「あ、無理しちゃだめですよ! ベットで安静にしていてください!」

「い、いや。ちょっとトイレに行こうと思ってね」

 そう言って甲斐斗は苦笑いをしながら少女を避けて部屋を出てみる。

「すぐ戻ってくるから、部屋で待ってて。ははは……」

 重い体を引きずりながら一歩ずつトイレのある方へと歩いていく。

 少女は一言「お気をつけて」と言って、甲斐斗を見送ってくれた。

 トイレに行く素振りを見せた後、とりあえずトレイの横にある階段を下りていく。

 どうやらここは二階らしく、一歩づつ階段を下りてロビーの様な所に辿り着いていた。

 ロビーはさすがに人が多い。とりあえず新聞が束になって置いてあったので、甲斐斗はそれを手に取ると近くにあったソファに座り、新聞を広げてみた。

 新聞の記事には政治にスポーツ、天気予報、四コマ漫画など色々書かれていおり、至って普通の新聞。

 軽くだが一通り新聞を広げ写真などを見ていくと どうやらこの世界が今戦争をしているらしい。

 何処の世界でも争いは絶えないものだということがよくわかる。



(まぁ正直俺は他の世界の戦争とかどうでもいい。さっさと自分の元いた世界に帰るだけだ)

 甲斐斗は新聞をソファに置いて立ち上がり、右腕を前に突き出して目を瞑る。

(短い間だったが、この世界とはさよならだ)

「転移魔法発動ッ!」

 その瞬間、甲斐斗の足元に光り輝く魔方陣が出現。

 陣が強烈な光を放つと共に甲斐斗の体を包み込むように光の強さが増し、気が付けば甲斐斗は元の世界に帰ってこれた──はずだった。

 何も起こらない。

 何も発動しない。

 大声を上げた甲斐斗に、病院のロビーにいる人達全員が甲斐斗に視線を向けて来る。

(は……?)

 動揺が隠せない甲斐斗、魔法が使えない事と、周りの視線が自分に集まる事で若干恥ずかしく感じてしまう。

(見るな、俺を見るな、そんな可哀想な者を見る目で俺を見るなっ!)

 額に汗が滲む、突っ立ったまま周りの視線に耐え続ける甲斐斗だが、病院のロビーにいた一人の少女が母親の左手を握り締めながら、右手で甲斐斗を指差した。

「ママー、あのお兄ちゃん変な事言ってるよー」

「しっ! そんなこと言っちゃだめでしょ!」

「えー、だってあのお兄ちゃんがーっ!」

 母親が少女の手を引いて病院から出て行く。

(ふっ、きっと俺は脳に重い病気でも抱えている人間だとでも思われているのだろう)

 恥ずかしさを克服しようと何故か開き直ってみせる甲斐斗だが、とりあえずこの場に留まる事が恥ずかしくなり若干体勢を低くしながら早歩きで病院を後にした。

 とは言っても、私服姿でもないので病院の建物から出る事は簡単でも敷地内から出る事は難しいだろう。

 甲斐斗が病院を出ると大きな庭があり、中央には噴水まである。

 そして病院の周りを囲むかのように木が並んでいた。

 何とも平和な雰囲気を漂わせている、甲斐斗は大きな噴水の横にあるベンチに腰掛けた。

「て、転移魔法、発動……」 

 今度は小声で、誰にも聞かれないようにボソボソと言ってみる。 

 しかし、先ほどと同じで何も起こらない。

 以前は使えていたはずの他世界へと渡る魔法が使えなくなっている。

(最強であるこの俺が魔法を使えない? 嘘だろおい、今までこんな事ありえなかっただろッ!?」

 魔法が使えないという事は元の世界に帰れない。

 甲斐斗はこの世界に来る前、元いた世界には戻ると約束したのに、これではどうしようもなかった。

(理由は分からんが魔法が使えないとなると、俺は一生この世界で生きる事になるのか?……考え方を変えてみよう、案外それも悪くは無いのかもしれない、この世界にはこんな綺麗な所があるんだ、それに俺は少尉らしいし仕事もある。……そういえば少尉って、俺の立場は軍人なのか)

 甲斐斗はもう一度病院に戻った後、自分が先程取ってきた新聞の隣には、もう一種類の別の新聞が置いてあった。

 その新聞を手に取り、また噴水のある中庭に戻ると、ベンチに座ってゆっくりと新聞を開いてみる。

(なるほど、これはこの国の軍事の事について書かれているのか)

 何気なく新聞の記事に読み始めると、そこに書かれていた一つの記事に目が止まる。

 記事の内容によれば昨日、『カイト・アステル』という男が一人生還したらしい。

 どうやら昨日、この『アステル』が率いる部隊はは敵軍と戦い『アステル』を残して全滅したらしい。

 そして記事には甲斐斗と全く同じ顔をした男、『アステル』の顔写真まで貼られていた。

(このアステルって奴の姉がセレナか……やっぱり、俺の姉ではなかったか。当たり前だけどな、俺の姉はもう死んでるし……って、ちょっと待て)

 ここで一つ、甲斐斗の頭に一つの疑問が思い浮かぶ。。

 甲斐斗が今ここにいるとしたら、カイト・アステルという男は現在何処にいるのかが気になった。

 その記事には更に詳しい事が書かれてあり、俺は新聞紙を顔に近づけながらその記事を読んでいった。

 『カイト・アステル』は機体を破壊されその機体は爆破、炎上をしたらしい。

 その時はBNの部隊がまだ近くにいたのでNFは部隊の生存確認が確認できず、BNが去った後に調査をしてみた所。

 機体の周辺には生存者が一人、瀕死の状態のカイト・アステルを確認。

 激戦の中、唯一生き残びたカイト・アステルはすぐさま病院へと運ばれ、今に至る。

 ……しかし、その戦場で倒れていたのは『アステル』ではなく、顔は同じだが全くの別人『甲斐斗』だった。

(大体の話しの流れは理解できた。何というか、俺も運が悪すぎるだろ。あくまでも予想だが、多分このカイト・アステルって奴は戦場で死んでるな)

 甲斐斗は死んだかと思っていたが、実際は別の世界に飛ばされ、運悪くこの世界のその場に現れてしまった。

 『甲斐斗』と『カイト・アステル』。顔が瓜二つで名前までほぼ同じ。

 そして甲斐斗はアステルと間違えられた病院送りにされ、気が付き、現在に至る。

(笑えねえ)

 生きていると思われている人間は死に、全くの赤の他人の甲斐斗が来てしまった。

(俺が真実を伝えた所で、信じてはもらえないよな……)

 当たり前だ、確信できる。甲斐斗が自分がアステルではない、別の世界から来た人間だ、などと言った所で通じるはずもなく。

 戦闘の時に頭を打ったか、それとも精神的に錯乱してしまい記憶障害が起きたと言われるんごあオチだろう。

 だがその方がまだマシなのかもしれない。『アステルは死んだ』と言うより『記憶を失っている』と言った方が都合が良い。

「カイトさーん! 何処ですかー!?」

 これからの事をどうするか考えようとしていたが、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくると、病院からあの病室に現れた一人の少女が出来てた。

「俺ならここにいるぞー」

 甲斐斗は力無くへらへらと笑みをみせ、左手を軽く振ってみせる。

 どうやら少女は甲斐斗に気づいたらしく、小走りで駆けつけてくれた。

「カイトさん、トイレに行ったんじゃなかったんですか? 私ずっと待ってたんですよ」

 少女はそう言って寂しそうな表情を見せる。

 本気で心配しているのだろう『アステル』の事を、だから甲斐斗は今、少女に真実を伝えるのに抵抗を感じてしまう。

 しかし、だからと言って、これ以上騙し続ける訳にもいかなかった。

「ああ、ごめん。所でさ……君は誰?」




 甲斐斗が少女に真実を告げてから数日後、とある一室で一人の女性と一人の少女が休憩をしていた。

 白く四角いテーブルが並び、壁には三台程自動販売機が並んでいる休憩室。

 その部屋で赤い長髪を括った女性が椅子に座り、紙コップに入ったコーヒーを飲んだ後、隣に座っている少女に話しかけていた。

「アステル少尉が記憶喪失だと?」

 女性がコップを机に置くと、その横にいる背の小さな少女は数枚の書類を目に通していく。

「みたいです、そうここには書かれてますよ? あとルフィスからも直接聞きましたし!」

「本当に何も覚えてないのか?」

「えーと、覚えてる事と言えばお姉さんの名前は憶えていたらしいです」

「セレナの名前だけ憶えているのか……」

 赤髪の女性は深いため息を吐くと、徐に立ち上がりコーヒーを飲み終えたので空の紙コップをゴミ箱に捨てると、机の上に置いてあった黒い軍帽を被り休憩室を後にした。

 するとそれを見た背の小さな少女は慌てると、急いで女性の後についていく。

「赤城少佐ー! 普通に置いていかないでくださーい! どこに行くんですか~!?」

 『赤城少佐』と呼ばれた赤髪の女性は少女の声に答えはするものの、その足を止める事はない。

「アステル少尉のお見舞いだ。最近忙しくて行けなかったからな」

「えっ、でもアステル少尉は記憶が……」

「私は前から見舞いに行こうと前から思っていたからな、今更行かない訳にもいかん。由梨音も来てくれるか?」

 そう言って赤城の隣を歩く少女、『由梨音』に声をかけると、由梨音は笑顔で答えてくれた。

「もちろんです! 一緒に行きましょー!」

 こうして赤城と由梨音の二人は『カイト・アステル』の居る病院へと向かう事になった。




 その頃、肝心の『カイト・アステル』。ではなく、『甲斐斗』が何をしているかと言えば、病室のベットであるテストを行っており、そのテストも漸く終わりを迎えようとしていた。

「だっる、やっと終わったぜ……」 

 今甲斐斗がしていたのは精神鑑定に使うテストらしく、甲斐斗は一通りのテストを終えるとベットに寝転がり天井を見上げた。

(それにしても、あれ以来あの子は一度も病室に来なくなったな……)

 甲斐斗が言う『あの子』というのは、セレナの後に病室に現れた少女の事を指していた。

(あの少女、名前は確か『ルフィス』だっけ。記憶が無いって言った途端、動揺半端なかったからな……やっぱり言わなかったかった方が良かったのか? でも、いずれ分かることだし今の内言ったので正解、だよな……)

 これが正しい事だとしても、数日前に記憶が無いと言った直後、ルフィスは目に涙を浮かべ甲斐斗を見つめると、本当に記憶を失ったのか何度も質問をしてきた。

 だが当然甲斐斗はその事を憶えているというより知っている訳もなく、全て憶えてないと答えると、ルフィスはショックでその場に座り込んでしまった。

 気が動転してしまったルフィスを抱えて甲斐斗は病院に戻る姿はどっちが怪我人か分からない程であり、甲斐斗は近くにいた医者にルフィスを任せた後、一人病室に戻ることになった。

(ルフィスって子も傷付いたが、それ以上に姉であるセレナも相当傷付いただろうな……やれやれ、これから俺はどうなる事やら)

「失礼しまーっす!」

 突如、病室に元気の良い少女の声が聞こえてくると、二人の女性が甲斐斗の病室に入ってくる。

 一人は背の低い少女、もう一人は黒色の軍服と黒色帽子を被っている女性。この二人が何者かなど甲斐斗には分からずただただ黙って見つめる事しかできない。

「初めまして! 私の名前は由梨音ゆりねと言います! アステル少尉!」

「あ、ああ。初めまして」

 どうやら記憶喪失という事は既に把握しているらしい、何とも元気そうで明るい少女、由梨音はそう自己紹介をしてくれたが、それよりも甲斐斗が気になるのがこの由梨音という少女が『軍服』を着ている事だった。

(まだ子供だろ、軍人なのか? ……てか、その横にいる怖そうな人は誰なの)

 見た所赤い髪は背中の辺りまで伸びている為、女性だと分かるが、その鋭い視線に甲斐斗は固まったまま動けない。

 すると由梨音の横に立っていた赤髪の女性は甲斐斗を見つめながら喋りかけてきた。

「何をやっているんだアステル、記憶喪失だと? 嘘を言うならもう少し上手い嘘を言え」

「へ?」

 この黒い軍服を着た赤髪の女性は『記憶喪失の事を知らない』のか? などと思っていると、赤髪の女性は腰に右手を伸ばすと、鞘から刀を抜きその刃を甲斐斗の顔に向けてくる。

「私の名を言え、言わないと斬る」

(ちょっ、この人何言ってんの!?) 

 そんな事言われても分かる訳が無い。

 だが女性の目は真剣そのもの、まるで鷹のような鋭い眼で甲斐斗睨みつけている。

「どうした、さっさと言え」

 (いや言えないし、というか分からない。だがこのままだと首を撥ねられ兼ねない、一か八かデタラメに言ってみるしかねえ)

 女性は視線を逸らさずに甲斐斗の目を見てくる。その時、甲斐斗の口から一つの名前を呼べるか分からない言葉が漏れた。

「あかげ?」

「あっ……」

 甲斐斗が漏らした言葉に一番早く反応したのは由梨音の方だった。

 その反応の意味を甲斐斗が知るはずも無く、今はそれよりも自分が余りに単純過ぎた言葉を発した為に少しだけ恥ずかしくなっていた。 

(なんだ、『あかげ』って。髪が綺麗な赤色だったから咄嗟に言ってしまったが、我ながらネーミングセンスが無いな)

 などと甲斐斗が感傷に浸っていると、刀を突きつけてきた赤髪の女性が強い口調で喋り始める。

「貴様ぁ……やはり記憶喪失というのは嘘だな!?」

 憤りを露にしながら甲斐斗を睨み、刀を握る力が強くなるのがわかった。

(あれ、俺の考えた名前が意外にも当たってたのか? でもそれなら何で怒ってんだ……?)

「私の名前は赤城あかぎだ、何時も何時もお前は名前を間違え、あれ程間違えるなと散々言ったのに、まだその名で私を呼ぶかっ!?」

(って違うのかよ! 知るかそんな事!)

 などと本音をぶちまけ様としたが、赤城と名乗る女性は刀を振り上げ甲斐斗に向けて振り下ろし始める。

 すると隣に立っていた由梨音がそれを止め様と体を張って止めはじめる。

(名前間違えられたぐらいで怒りすぎだろ。俺が記憶喪失っていう設定なのに名前間違えたぐらいで怒り過ぎだろ……)

 そう思いながた二人の様子を見ていた甲斐斗だが、この二人を見て大体は理解できた。

 この二人も『カイト・アステル』と親しき仲だったのだろう。

「全く貴様という奴は……由梨音、帰るぞ」

「えっ、もう?」 

 由梨音が部屋についている時計を見ている。

 二人が来てまだ十分程しかたっていない。

「今は仕事が山積みだからな」

「はーい、それじゃあアステル少尉! さようなら~!」

「ああ、さよなら……」

(嵐のように訪れ、去っていったが。何しに来たんだあいつ等)

 特に何もせずに帰っていったので甲斐斗は二人の後姿を見つめながら首を傾げていたが、ここで自分の立場が軍人である事を自覚しはじめる。

(俺は軍人らしいから、傷が治れば戦場に行く事になるのだろうか、だが記憶喪失だから軍復帰は無理か? 分からんな)

 これから自分何が起こるのかなど分かりはしない、甲斐斗は再びベッドに寝転がり天井を見つめると、今は深く考える事よりもこの病室で過ごす平和な時間を満喫しはじめていた。 

NewFace(NF)

争いのない、戦争のない世界を実現する為の組織。

その為に全ての国を支配下に置く事で叶うとされている。

NFの目標は一つ、平和な世界にする事。


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