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第183話 切羽、微笑み

───甲斐斗が過去に帰る為の魔力は、残り僅かな時間で完全に溜まろうとしていた。

進入してくるERRORを無言で殺し続ける神楽、騎佐久、龍だったが、格納庫の入り口には既に夥しい量のERRORの死体が溢れかえっており、龍の吐く火炎や神楽の放つ短機関銃の弾丸は山積みになった死体に邪魔され徐々にERRORが近づきつつあった。

短機関銃の残弾も少なく、まるで死へと追い詰められる恐怖を味遭わせるように迫ってくるERRORに神楽は焦りながらも戦い続けていく。

「後三パーセント!もう少しの辛抱よ……!」

そう言って白衣の内ポケットに掛けてある手榴弾を手に取りピンを引き抜くと、ERRORが進入してくる入り口へと投げ入れる。

見事に手榴弾は入り口に入ると爆発を起こし、炸裂した爆撃は周囲にいたERRORをバラバラに吹き飛ばすが、次から次へと進入してくるERRORの流れをほんの数秒止めただけに過ぎなかった。

神楽達が徐々に追い詰められているのは、魔神に乗る甲斐斗にも十分に伝わっていた。

皆の意思が強制的に伝わってくるのだ、今の神楽の思いや感情が手に取るように嫌でも分かってしまう。

闇の中で焦り続ける甲斐斗、目の前には守りたい人が居るというのに守る事が出来ない無力さが腹立たしく、握り締める拳は痛みを忘れる程強く握っていたが、突如その拳が解かれてしまう。

確かに神楽から感じられた感情、それは体が傷付く焼けるような痛みだった。

「う゛っ!」

三発の弾丸が神楽の胴体を貫き、激痛に苦しみながら血反吐を吐きその場に跪いてしまう。

ERRORには人間が使用していた武器をも取り込み利用するERRORも存在しており、重火器による攻撃は付近にいたERROR諸共巻き込むように攻撃を続けていた。

「神楽ぁっ!?クソッ───!!」

負傷した神楽に気付いた騎佐久は目の前に立っていたERRORの首を刀で斬り飛ばすと、神楽を撃ったERRORの元に駆け寄り一撃で胴体を切断してしまう。

そのまま神楽の元に駆け寄りたかったが、ERRORの進入してくる数は増すばかり、既に格納庫内にも何十体ものERRORが侵入しており刻々と自分達の元に迫ってきていた為、休む事無く排除し続けなければならない状況だった。

体を撃ち抜かれた神楽の呼吸は荒く、自分の腹部に右手を当てると赤黒い血がべっとりと付着しているのを見て、右手が徐々に震えはじめていく。

戦っている間は自分が死ぬ事など何も考えてもいなかったが、こうして自分の血を目の当たりにして再び気付かされてしまう。

出血は止まらず神楽の白衣は血で染まり続ける中、ふと座ったまま格納庫を見渡していく。

壁や天井にもERRORが張り付いており、入り口には溢れんばかりのERRORの大群が見える。

これ以上、格納庫を守りきる事は不可能。両手の短機関銃の残弾も尽きてしまい、神楽は激痛に耐えながらその場に立ち上がってみせると、ゆっくりと甲斐斗の乗る魔神に近づいていく。

魔力充電完了まで残り一パーセントを切った直後、神楽は血塗れの姿で魔神が入っている魔方陣の前に立ち、その行く末を見守ろうとした。

だが再び神楽の胴体、そして足を貫く弾丸の前に神楽はその場に倒れ込んでしまう。

騎佐久が切り捨てたのERRORと同類のERRORは既に数多く存在しており、格納庫の天井に穴が空けられると次々に降りてきていた。

甲斐斗には嫌でも分かる、嫌でも伝わってくる。

神楽の痛み、苦しみ、悲しみ。全ての感情が伝わってくると、甲斐斗は堪えきれず涙を流しながらその手を伸ばした。

(神楽ああああぁぁぁッ!!)

すると魔神は甲斐斗の意思に答えるように跪いている状況から魔法陣の外で倒れている神楽に向けて手を伸ばそうとした時、神楽は地面に倒れながらも顔を上げ叫んでみせる。

「駄目よッ!甲斐斗!!」

(っ───!?)

魔方陣から魔神の手が出ようとしたが、神楽の声にその手を止めてしまう。

それを見て神楽は足を震わせながら再び立ち上がってみせると、ヒビの入った眼鏡を掛け直し、再び魔神を見つめ始める。

「貴方は、過去に帰って世界を救うんでしょ……だったらこの世界に拘らないで、貴方の使命をしっかり果たしに行きなさい。私達は信じてるのよ、貴方なら必ず過去に帰り、未来を平和にしてくれるって……」

夥しい量の血が神楽の足元に血溜りを作り、苦痛に顔を歪めそうになるものの、神楽は真っ直ぐと甲斐斗と向き合うように立ち続けた。

「私はね……この世界に、もう未練なんて無いの……貴方が、無事に過去に帰れるのだから……」

この状況でも体は無意識に胸ポケットに入れている煙草に手を伸ばすが、そこに煙草はなく指先には温かい血が付着しているのを見て、神楽は再び視線を甲斐斗に向けた。

「ねえ……憶えてる……?貴方が私を、慰めてくれた時の事……」

それは神楽が騎佐久に襲われ、自分が助けた時の事だと甲斐斗は直ぐに理解できた。

甲斐斗と神楽、二人きりでベッドに横になっていたあの時の事を鮮明に思い出していく二人。

神楽の後方からはゆっくりとERRORが近づいてきているが、神楽は何も抵抗することなく話を続けていく。

「あの時、貴方は私を優しく抱き締めて……ずっと側にいてくれて、頭を撫でてくれたわよね……」

神楽が甲斐斗に口付けした後、甲斐斗はベッドの上で神楽を抱き締め続けていた。

正直、甲斐斗は頭の中が真っ白になり神楽に何をしてあげていいのか分からなかった。だから自分が出来る事と言えば、神楽を抱き締め安心させる為に優しく頭を撫でていく事しか出来なかった。

それは今、甲斐斗が一番神楽にしてあげたいと思った行為であり、甲斐斗は神楽の気が済むまで側に居続けた。

「貴方は一日中私の側にいてくれた。ずっと抱きしめてくれて、ずっと側にいてくれて……とても嬉しかった」

ベッドの上で横になる二人、抱き締められながらも神楽は顔を上げてみると、甲斐斗は顔を赤く染め照れながらもじっと神楽を抱き締め続けてくれる、そんな甲斐斗を見て神楽は微笑み目を瞑ると、その胸に顔を当て抱き締められる温かさと頭を撫でられる心地良さを感じ続けていた。

「でも、ね……その時私は気付いたの……。貴方にはもう、愛してる人がいるんだなぁ……って……」

その神楽の言葉に強く反応した甲斐斗は、闇の中で立ち尽くしたまま神楽の声がする前方を見つめ続ける。

気付かされる神楽の思い───。神楽は、不器用ながらも甲斐斗の事を愛していた。

この想いが伝わる事はないのかもしれない。

この恋が叶う事はないのかもしれない。

この愛が届く事はないのかもしれない。

それでも、神楽は良かった。

何故なら、もし神楽の願いが叶えば、甲斐斗を過去に帰す事に未練が生まれてしまうからだった。

もう過去なんてどうでもいい、未来なんてどうでもいい、世界なんてどうでもいい。

平和になったこの世界で、ずっと側にいて、ずっと抱き締めてくれて、ずっと愛してくれる人がいるだけで満足なのだから。

「だからっ……」

涙を零しながら神楽は自分の正直な思いを伝えていく。

甲斐斗もまた無意識に涙を流し、止め処なく溢れる涙を拭う事なく神楽の思いを聞き続ける。

「愛する人がいるのに……愛してくれてありがとう……」

甲斐斗の優しさに触れ続けた神楽は、そう言って微笑んだ。

寂しい気持ちも辛い気持ちも、愛する人が側に居てくれるだけで消えてなくなってしまう。

一人では絶対に消せない不安な気持ちも、自分の為に側に居てくれる人がいるだけで救われるのだから。

神楽は甲斐斗に愛され、救われた。今、こうして自分の気持ちを素直に伝えられるのも甲斐斗の御蔭。

その想いの全てを甲斐斗が感じた直後、神楽の声、そして神楽の意思が消えて無くなるのを感じた。

それは現実の世界で、ERRORの触手が神楽の全身を貫いた瞬間だった。

全身を貫かれ朦朧とする意識の中でも絶望なんてしてはいない。

何故なら神楽は最後まで人を愛し、愛されたのだから。

(かぐ、ら……ぁ……ぁあッ! あああああああああああぁぁぁぁぁぁ───ッ!!)

闇の中で絶叫し手を伸ばす甲斐斗。

格納庫内はERRORで埋め尽くされており、刀一本で戦っていた騎佐久もHuman態に囲まれてしまい右腕を吹き飛ばされてしまう。

だが片腕になっても騎佐久は抗い続けた。全てのHuman態を刀一本でぶった切り、神楽を殺したERRORの元に駆け寄ろうとしたが、背後から無数の触手が蠢いているのに気付かず、全身を神楽と同様に貫かれてしまう。

血反吐を吐き、全身に突き刺さる触手を切ろうにも体には力が入らず、騎佐久はその手から刀を離してしまった。

魔神を守るのはもはや龍のみだが、既に龍すらもERRORに取り囲まれ多くの傷を負い出血していた。

もう全滅は免れない。だが今更ここまで生き延びようとも思っていない龍は、全身をERRORに撃たれようが食い千切られようが一歩も動く事はなく、己の命を掛けて魔法の発動に執りかかる。

何故なら黒剣に送られていたレジスタルのエネルギー充電率の数字が、遂に百に達したからだった。





───貫かれる小さな心臓。

基地の屋上でオリジナルを封印する為に戦い続けた赤城、そしてアビアは目を見開きその瞬間を目撃してしまう。

一本の触手がミシェルの胸を貫いたが、それはオリジナルが伸ばす触手ではなかった。

忘れてはならなかった、敵はオリジナルだけではない。最早基地を守る者など誰も存在せず、地上に溢れ返えっていたERRORは屋上へと目指し、そして辿り着いていた。

無数のHuman態とPerson態だけでなく、見たこともない変異したERRORが壁を這い登り、階段からも登ってきていた。

「エルルッ!!」

叫ぶアビア、ミシェルの両肩に手を置き支えているが、飛行が可能なERRORは空からも現れ一斉にミシェルとアビアに襲いかかる。するとアビアは全てのナイフを乱舞させERRORを片っ端から切り刻んでいく。

だが既に手遅れだった、ミシェルの胸部からは血が滲み出し、歯を食い縛りながら吹き出る血を止めようとミシェルが自分で傷を抑える。

「うう゛ぅ゛っ……!」

口から血を滲ませ跪くミシェル、その痛みに制約し続けていた力が一瞬だけ緩んでしまう。

一瞬にして膨大な魔力がオリジナルから溢れるのを感じアビアは咄嗟にミシェルを突き飛ばす。

その瞬間、オリジナルは巨大な口を開けアビアを喰らうと、何度もアビアを噛み砕いた後、噛み潰され肉塊となったアビアの肉体を飲み込み消化してしまう。

不滅のアビアの再生能力でも歯が立たず、強酸のような赤い液体に浸けられ続け原形を保てなくなるアビアは徐々にオリジナルに吸収されてしまう。

「アビアちゃん……っ!?」

自分を守ってくれたアビアにミシェルは涙を零すと、再び制約を続けようと力を発動する。

だが胸から溢れ出る出血は増すばかり、制約の力も不安定となりオリジナルは背部の触手を一斉に伸ばすと刀を突き刺し続けていた天極鳥の全身をバラバラに切り刻んでしまう。

「あかぎぃ……!」

翼は捥がれ、刀は折られ、レジスタルの輝きが失われていく。

これ以上の戦闘は不可能。力が消えていく天極鳥を感じていく赤城は口から血を流し、静かに目蓋を閉じる。

「甲斐斗、世界を……頼む……」

人類は平和の為に全力で戦った。

自分達の力ではERRORに勝てなかったが、今までの戦いは決して無駄なものではない。

人類が抗い戦い続けた事で、世界を変える為の準備は出来たのだから。

甲斐斗が過去に帰れば世界は救われる、それだけを信じ赤城は閉じていた目蓋を開くと、切り刻まれ落下していく操縦席の中から大空を見上げていた。

「お前が平和にした世界で、私達は待っているからな……必ず会いに来い……これは、約束だ───」

そう言って赤城は目を瞑ると、仲間達と過ごした楽しかった日々を思い出していた───。

バラバラに切り刻まれた天極鳥は落下しながら爆発を起こし、周辺に残骸が拡散していく。

これでもう、この世界に残った人類……いや、全世界の全人類は甲斐斗とミシェルのたった二人だけとなってしまった。

そしてミシェルにはもう、制約の力を発動出来る程の力は残されていなかった。

呼吸すら間々ならず血を吐き出すミシェル。全身は震え、その場に跪いたまま立ち上がる事すら出来ない。

回りからは無数のERRORがミシェルに近づき、制約の力を耐え抜いたオリジナルもまた全ての触手を広げ赤い粒子を拡散させていた。

「かいとぉ……っ」

絶望的光景に目を瞑るミシェル、今までの思い出が脳裏を過る。

辛い日も悲しい日も、いつも甲斐斗が側にいてくれた事をミシェルは思い出していく。

何時も守られてきた、何時も助けられてきた。だから今度は、自分が甲斐斗を守り、助ける番。

制約は出来なくてもオリジナルの注意を引く事は十分に出来た。後は甲斐斗が無事過去に帰るだけ。

「みんなを……しあわせに……」

きっと甲斐斗は過去に帰った後、昔の自分やアビアと出会うはず。

その時、甲斐斗は自分達を救ってくれると信じている。

失われた記憶の訳、絶対名とその使命、そして過去に自分達の身に一体何があったのか。

必ず甲斐斗は皆を救い、世界を平和にしてくれるとミシェルは信じ続ける。

だからミシェルと交わした約束も、過去に居る自分にきっと叶えてくれる。

(たのしみ、だな……)

この闇の先には楽しい日々が自分を待っている。

皆で山に行ったり、川に行ったり、海に行ったり。

遊園地に行く事も出来るし、美味しいものだって沢山食べられる。

春は綺麗な花畑に見惚れながら走り回りたい。

夏は蛍を見ながら川原で花火がしたい。

秋は紅葉を見ながら祭りを楽しみたい。

冬は一面真っ白な雪の上を走り回り、皆で雪合戦をしたい。

普通の女の子みたいに皆と一緒に遊んで、皆と一緒に笑いあいたい。

そして、そこに有る幸せな世界には、必ず甲斐斗が居てくれる───。

 


───ミシェルの命が消えた直後、魔神のいる格納庫に黒く輝く魔法陣が浮かび上がると、黒い光の柱が昇り始める。

強力な魔力の爆発に全てのERRORが格納庫に視線を向けたが、黒い光の柱は直ぐに消滅し、浮かび上がっていた魔方陣も消えてなくなってしまう。

もう格納庫からは何も力を感じない。格納庫にいた龍の命も消え、世界は完全にERRORのものとなった。

オリジナルは倒れていた体を起こし立ち上がると。両手を高らかに広げ始める。

その瞬間、次々に空間に亀裂が走り扉が開かれていくと、各世界に存在するオリジナルのERRORが次元の壁を越えてこの世界に集まり始めた。

どのオリジナルも世界を滅ぼし、人間を最悪の過程で滅ぼしてきた存在。単体で世界を軽々と破滅させる化物が次々に集まり、瞬く間に空や大地はオリジナルのERRORに埋め尽くされていく。

それはこの周辺だけでなく、この星の外、宇宙空間にさえもオリジナルは構わず現れ始める。

どのオリジナルも大きさや姿形は異なっており、人間サイズのオリジナルも存在すれば、宇宙には惑星サイズを遥かに超えるERRORすら出現しはじめる。

その数と大きさに宇宙すらERRORで赤く染まりはじめる状況は、最初から人類がERRORに勝つ事など不可能だと思い知らされてしまうには十分な光景だった。

世界はERRORに侵食され続け、人類は最悪の過程の中で命を散らしていった。

だが、少なくともオリジナルが望んでいた最悪の過程の中、絶望の中で死んでいった人間達は全員ではなかった。

一人の男に希望を、未来を、世界を、人類を、そして自分自身をも託した者達。

その絶望の中にも有った確かな希望は、何者にも消せないものだった───。



















一人の足音が聞こえてくる。







空を見上げていたオリジナルは、その足音を聞きゆっくりと顔を下ろしていく。

そこには一人の男が歩いており、血塗れのミシェルが倒れている前で止まると、体を抱き上げ優しく抱き締めていた。

「約束は守る、絶対だ」

男はそう言ってミシェルを抱き締める。

その光景をオリジナルが見た直後、全世界から集結したオリジナル達が一斉に臨戦態勢に入る。

「ただその前に、一つだけ俺の我侭を通させてくれ」

ミシェルを抱き締める男は指先でミシェルの涙を拭った後、後ろに振り返りミシェルを優しく寝かせると、再びオリジナルと向き合うように振り返ってみせる。

そこには怒りも悲しみも見せない、澄んだ表情を浮かべた一人の最強の男、甲斐斗が立っていた。

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