第182話 道理、捩れ
───人類が居る最後の世界、その人類の数も残り僅かとなっていた。
世界は赤く染まり、人類が絶滅するのは時間の問題だが、それでも平和の為に戦い続ける人間達は存在していた。
神楽達は甲斐斗を無事過去に帰す為に格納庫を死守し、赤城達はオリジナルのERRORを封印するべくオリジナルと激戦を繰り広げている。
紫陽花が自機の分身を無数に生み出しオリジナルを基地の屋上へと連れて行く為に特攻をしかけるが、オリジナルは背部の触手を鞭のように撓らせ悉く分身を破壊していく。
それでも紫陽花は分身を作り続ける、オリジナルの眼前には空を覆い隠す程の紫陽花の分身が作られており、強力な個に対し圧倒的物量で紫陽花は戦っていた。
しかし、それでもオリジナルを動かす事は出来ない。だがエリルはたった一人でオリジナルを動かせるなど思っていない。
何故ならエリルには頼もしい仲間が存在しているのだから。
「お願いします!赤城さん!」
オリジナルの背後に回る天極鳥。当然触手の間合いであり一斉に襲われ始めるが、天極鳥は刀を鞘に入れており、触手が機体に触れる寸前に刀を抜いてみせる。
「任せろ」
その太刀筋はたった一振りで全ての触手を切り落とす完璧な居合いを成し、オリジナル自身が初めて負う傷となった。
切り落とされた触手は血飛沫を上げながら暴れ狂うと、その隙を逃さず天極鳥は刀を構え再び巨大な光の刃を作り出すと、触手が切り落とされた背部へと突き出した。
するとオリジナルは後ろに振り返り魔法を発動、再び光の壁を作り出し天極鳥の刀を防いでしまうが、今度は赤城がエリルに向けて声を荒げた。
「隙は作った、今だエリル!」
「はいッ!」
触手を失ったオリジナルの背後はがら空きであり、紫陽花の無数の分身が次々にオリジナルにしがみ付いていくと、そのまま基地の屋上へと強引に連れて行き始める。
基地の屋上では巨大な魔方陣を展開させるミシェルとアビアが立っており、オリジナルがこの陣の中に入るのを待ち続けている。
どうにかオリジナルを屋上と同じ高さにまで連れて行くが、再生を終えた触手により全ての分身が軽々と掻き消されると、オリジナルは屋上に佇むミシェルとアビアを見た後、無数の触手を二人に向けて伸ばし始めた。
「邪魔はさせん!」
ミシェル達の前に瞬時に移動する天極鳥は刀を振るい再び触手を切り落とそうとするが、先ほどまでの動きとは比べ物にならない程の速さで触手がうねりはじめる。
オリジナルの計算ではこの触手で天極鳥の手足を削ぎ落とすはずだったが、天極鳥は一瞬で刀を振るうと全ての触手を完璧に切り落とす。
「その程度の動き、見切れぬとでも思ったか?」
吹き出る血飛沫。オリジナルの胸部は確かに天極鳥の振るう刀から放たれた斬撃により血を流していた。触手を切り落とすだけでなく攻撃まで気付かれずに行い傷を与えた天極鳥。
ERRORも生物に変わりはなく、傷を負えば当然血は流れる。それがオリジナルが無敵の存在ではない事を証明していた。
殺せる程の致命傷にはならないが、一瞬の隙を作るにはこれで十分。紫陽花が再び無数の分身を向かわせた瞬間、突如オリジナルは背部の触手を広げ赤い粒子を拡散しはじめる。
それはオリジナルから見て、人類と戦うのはこの程度で良いと判断した証だった。
紫陽花が作り出した無数の分身は赤い粒子に触れた瞬間悉く形が崩れ粉々になり消えてしまう、紫陽花の拡散していた美しい花弁は全て赤い粒子に飲み込まれ、空を赤く染めようとしていた。
「言ったでしょ……世界を思い通りにはさせないって!!」
オリジナルに対抗するように紫陽花は羽を広げ花弁を拡散させはじめるが、オリジナルは両手を広げ紫陽花の方を向くと、紫陽花の左右に魔法陣が作られ巨大な赤い壁を形成しはじめる。
「あれはっ!?いかん、逃げろッ!」
オリジナルが発動した魔法を見て咄嗟に逃げるように促す赤城だったが、巨大な壁の中心に立つ紫陽花にとって既に逃げ場は無くなっていた。
「えっ───」
慈悲の心などERRORには無い。困惑するエリルを見てオリジナルは広げていた両手を打ち合わせると、その音と共に左右の壁が一瞬にして幅を縮め紫陽花を挟み込んでしまう。
「きゃあああああああああッ!」
徐々に押しつぶされていく紫陽花、既に両肩は瞑れ、操縦席は火花を散らしながら歪んでいく。
「うっ、ぐぅ……!」
それでもエリルは操縦桿から手を離さない。操縦席が徐々に押し潰され、機体が挟まれた衝撃で頭を切り血を垂れ流そうとも、その指が緩む事はなかった。
「はぁ……はぁっ…………」
機体は大破、直に壁に押し潰されるのは明白。
これで何度目だろう、自分が命の危機に晒されたのは。
前回のEDP、死の恐怖を味わったエリルは呼吸すらまともに出来ず思考も混乱していたが、今のエリルは混乱する所か冷静な面持ちで操縦席に座り続けていた。
もはや抵抗も無意味、機体の軋む轟音と共に操縦席は圧縮されはじめ、エリルは涙を零しながら空を見上げた。
「皆……ごめんね……世界、救えなかった……っ゛……」
震える声で呟くエリル。
死の恐怖やERRORへの怒りよりも、今まで託されてきた人々の思いに答えられなかった事への悲しみの方が大きく、エリルは大粒の涙を流し続ける。
世界を平和にする為に軍へと所属し、今まで戦ってきたエリルだが、時が流れていく度に昔からいた親友達は姿を消し、今はもう誰もいない。
戦い続けた彼女に待っていたのは平和な世界ではなく、血のような汚れで赤く染まる混沌とした世界だった。
「ラースッ……せっかく、プレゼントしてくれたのに゛ぃ……」
口から血反吐を吐き、涙を浮かべる瞳でじっくり操縦席を見渡した後、エリルは目を瞑ると操縦桿を握っていた手を離し、ゆっくりと座席に凭れ掛かった。
「紫陽花……枯らしちゃって……ごめんね───」
───完全に押し潰され原形を留める事なく破壊された紫陽花。
左右の壁が消えると、スクラップと化した紫陽花が煙を上げながら地上へと落下し、地面に触れる寸前で爆発を起こすと機体はバラバラに散ってしまう。
「エリルッ!!───くぅっ!」
オリジナルの発動した魔法を解こうと攻撃を続けていた赤城だが、オリジナルは幾ら切られ血飛沫を上げようとも振り返る事はなく、無残に圧殺された紫陽花の方を向き続けていた。
人類に残された戦力、機体、希望は、赤城の乗る天極鳥のみ。対してオリジナルは依然健在しており、幾ら傷を与えた所で忽ち再生してしまい全く弱る気配が無い。
すると赤城はこれ以上の攻撃は無駄だと察し天極鳥の攻撃を止め、胸の前で刀を握り締め感覚を研ぎ澄ましていく。
「お前達の死、無駄にはしない!」
目を見開く赤城の額に輝く魔方陣が浮かび上がると、二枚の美しく透き通る翼が輝きを増し、全身が眩い光に包まれていく。
天極鳥、そして己の全てを掛けて───赤城は思い、願い、覚悟すると。まるでこの世の全てのレジスタルの力を取りこむように、大地や大空から眩い光が天極鳥に集まり始める。
その光景を見てもオリジナルは特に動揺した素振りもみせず、むしろこれから人間が何を起こすのかを期待するかのように無抵抗のまま待ち続けていた。
天極鳥は巨大な光の刃を凝縮し一本の光の刀を作り出すと、刀を構え翼を輝かせてみせる。
「全人類が託した希望による覚悟の一撃……お前に防ぐ事が出来るか?」
この一撃に全てを懸ける───底知れぬ人間の意志を感じたオリジナル、突如触手を広げ赤い粒子を拡散させると、天極鳥を迎え撃つ為に臨戦態勢に入る。
人間を面白いとも思わないし人間の力を見てみたいとも思わない。
ただ、その過程の先に絶望が有るのであれば喜んでオリジナルは立ち向かう。
予想を超えてもいい、上回ってもいい、人間がどれだけ力を振るおうが結果は決まっているのだから。
だからこそ、オリジナルは自分の胸部を貫く光の刃を見ても、何も動揺などしなかった。
「はああああああああぁぁぁぁぁッ!!」
一瞬で接近し天極鳥の突き出した光の刀はオリジナルの胸部を貫くと、そのまま速度を緩める事無く基地の屋上へとオリジナルと共にを突き進んでいく。
オリジナルは抵抗しない訳ではない、天極鳥の攻撃に合わせ何らかの攻撃を仕掛けようと考えていたが、思考は天極鳥の速度についていけず、気付けば基地の屋上に背部から叩きつけられ倒されると、胸部から背部を貫く刀を根元深くまで更に突き刺し続ける天極鳥が立っていた。
「後は任せるぞ!ミシェルッ!アビアッ!!」
準備は全て整った。血反吐を吐きながら無様に倒れるオリジナルの姿を見てアビアの額の魔方陣が浮かびあがると、それに続いてミシェルの額にも魔方陣が浮かび上がる。
そして今まで目を瞑り続けていたミシェルが目を見開くと、上空に巨大な魔方陣が作られオリジナルの持つ全ての力を制約しにかかる。
オリジナルの全身から力が抜け、うようよと蠢いていた背部の触手も力無く垂れていく。
そんな無様なオリジナルの姿を見ていたアビアは余裕の笑みを浮かべてた。
「あっれー?動揺してるー?制約されて当然でしょー、エルルの制約の力はあの『最強』も制約しちゃうんだから」
エルルが制約の力を発動する中、余裕の表情でオリジナルを蔑むアビアだが、その頭はオリジナルの触手から伸びる一本の細く赤い触手により一撃で粉々に砕かれる。
まだオリジナルの全ての力を制約された訳ではない、次はこの制約の力を発動しているミシェルに矛先を向けようとしたが、突如空中に無数のナイフが出現すると次々に赤い触手を切り払っていく。
「エルルには指一本……ううん、触手一本触れさせはしないんだから」
絶対名『不滅』によりオリジナルの攻撃でアビアを消す事は不可能。
砕かれた頭部も瞬時に再生しその場に堂々と立ってみせると、ミシェルに襲いかかる無数の触手を全てのナイフで切り刻み防いでいく。
(それにしても、制約され続けてるのにまだこんなに動けるんだ、ちょっと意外かな……)
ミシェルの制約の力を使いオリジナルの力を制約しているのは間違いないが、オリジナルの全ての力を制約するのに時間が掛かっていた。
オリジナルは魔法は使えないもののまだ力を込めれば触手を自在に動かす事も可能であり、胸部に刀を突き刺している天極鳥に向けても無数の触手を伸ばしていた。
次々に赤く鋭利な触手が天極鳥の全身を貫いていくが、それでも赤城はその場から引こうとせず刀を突き刺したまま動く事はなかった。
のたうち回り暴れ続けるオリジナルだが、その力も徐々に衰え始めるのが目に見えて分かった。
その時、一人の人影が屋上に現れると、制約の発動する魔法陣の中に足を踏み入れオリジナルに近づいていく。
「エラッ!?」
赤城がエラの存在に気付いた時、エラは右手をオリジナルの頭部に手を当て、目を瞑りながらその手を減り込ませていく。
「今なら私にも理解できるかもしれない。ERRORとは、何なのかを───」
その言葉の直後、オリジナルの頭部から無数の触手が溢れ出ると、まるでエラを取り込むように絡みつきそのまま頭部に吸収してしまう。
正確にはオリジナルに吸収されたのではなく、エラに意思によって自ら吸収させ同化する事によりERRORの全てを知る事が目的だった。
『なくてはならない』とは何なのか、何故このような過程を生み出す必要が有ったのか、その全ての真実をエラが知った時、生まれて初めてある感情を理解する事が出来た。
(そうか……これが、心を持った存在、優しさの……『愛』が生み出してしまった結果だと言うのか……)
エラがERRORの全てを理解した瞬間。それは一つの小さな心臓が貫かれ、この世の終わりが確定した瞬間でもあった。